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 奴の話を聞いているとあの子との幸せそうな話が、情景が浮かんでくる。葵は黙って聞きながら酒を飲んでいた。あれから偶に髭の奴から連絡がきては「飲みに行かないか?」と誘われた。腕時計を見て葵はあの子が返ってくる時間までならとその誘いに乗った。それに奴の話からあの子のことが聞ける。悔しいけれど聞けるのなら我慢はすると心の中の自分に言い聞かし店の中に入って行った。髭は先に席を取っていて、葵が入ると

「こっちこっち」と手を振った。あたりを見渡し、奴が座るテーブルに向かい合わせで座ると、髭は

「おまえの分のビールも頼んどいたから」と笑った。髭の生えた男は前よりも伸びて更に偉そうに見える。奴の話を聞きながら葵はその男を睨みつけていた。やっぱり腹立つ。なんでこんな男と付き合っているんだ。今まで僕のほうが真面目に生きてきたはずだ。あの子に相応しいように準備をしていたらかっさられた気分だ。

「だけどな、あいつ怒るとかなり怖いんだ」

急に彼氏面して愚痴り始めた髭はそう言った。冷静を装って葵は

「どんな風に」と聞くのが精いっぱいだった。何かが込み上げてくる感じで鼻がツンと痛くなる。それでも構わず、そんな葵の心を知らない髭は

「俺に向かって、ですます体で話すんだぜ?俺はやましいことは何もしてねぇのにさ、疑ってばかりいるし」とどんどん話だす。声を録音してあの子に聞かせてやりたい。手元にあるスマホを操作し、ボイスレコーダーをそっと起動させる。こいつは酔うと色々話すタイプのようだ。葵はニヤリと笑い

「例えばどんなのがあったん?」と聞いた。髭は少し考えた素振りを見せ

「この間もな…」と話し始めた。聞けば会社の同僚がSNSに匂わせのようなことをツイートしていた為、喧嘩になったといった。

「ったく怖いよな、まだあいつには俺のアカウント教えていないんだぜ?なのになんで知ってんだっての。それにさ、夜中にそれを言ってきたってこっちは何もないから何とも返せねぇし、そうするとかっかキレるし」

それを聞いていた葵は鼻で笑った。

「まぁ、大変そうだね」

「そうなんだよなぁ、あんなキリキリしなくてもいいのによ。もう少し可愛げのある女だったらいいんだけどなぁ」

「十分可愛いんじゃ…」

思わず心の中のもう一人の自分が叫びだした。慌てて口を閉じ一呼吸置いてジョッキに手をかけた。それを全く気にしていない髭は「まぁな」と笑った。

「あんまり文句言っても仕方ないっか。完璧にできた女なんてそうそういねぇし、お前も知ってるとは思うけど、あいつって中学の頃モテてたし、高嶺の花っつーか」

「…うん」

髭の顔は赤い。口元はにやけだらしのない笑いをしている。こんな男がいいのか、写メに撮って見せてやりたいくらいだ。そう思ってる葵に髭の男は

「お前はいないんかよ?…まぁ、昔から興味なさそうだったもんな」

友人の目は横に伸び、漢数字の1のようだ。

「まぁな、僕に似合うやつなどいないでしょう。それに、今も昔も全く興味はない」

(お前の彼女以外は)

ふと心の中でそんなことを言ってしまう。まさか、友人のこいつに取られるとは思ってもいなかった。いや、取られたんじゃない。先を越されたんだ。何も努力などせず、只々待っていただけの自分よりも友人は確実に前を向いて進んでいた。いくら喧嘩をしていても彼女の目に映るこいつは彼氏には変わらず、愛がある。自分の一方的な愛とは全く違くて…それが妙に悔しい。どうせ目の前に座るこいつなんて彼女の上っ面しか見ていないんだろう。自分はこんなにも彼女を愛しているのに、なぜこちらを見てくれないんだろう。いつでもどんな時でも見守っているのになぜ気づいてくれないんだろう。もどかしくて近くにいるのに全然手が届かなくてそれでも必死にこちらを向いて欲しいから近くを彷徨う。周りからどう思われてもいい。ただ自分の気持ちが伝えられて、それに彼女が応えてくれれば何でもいい。帰り道、泥酔して足元が覚束ない髭の男に肩を貸してやりながらそんなことを考えた。

(でもお互いがいいならそれでいいのかもしれない)そんなことも思ってしまう。もし自分があの二人の仲を引き裂いてしまったら、それを彼女に知られたらあの子はなんて思うだろう。何て自分のことを思うのだろう。益々遠くに行ってしまうのではないだろうか?そんな不安が葵を襲い、家に帰ると鞄を置きその場に崩れ落ちそうになった。扉が開き、中に人が入ってきた。黒井だった。

「お前どうしたんだよ」

頭を抱えた葵に彼は聞いてきた。

「ちょっとな」

真っ青な顔をしている葵に黒井は心配した。目の前にいる子の友人はなぜこんな自分の味方でいてくれるのだろうか。本来だったら他人のことなど構わないはずだ。それに、自分は人の手を借りてまで彼女を手に入れようとしている。黒井達には何にも関係のないのに。聞きたくても聞けず、何度も口を閉ざした疑問だった。黒井や小山は葵の話を聞いては黙って頷いた。黒井も小山も葵とは違ってガタイがでかい。その中に華奢な自分がいると絡まれているように見られることがよくあった。

「考えすぎだぜ。俺たちもやりたいことをやってる。別にやらされてるとか思ってねぇし」

「気にすんなよ、案外楽しいしな。お前が喜べば俺達も何かと都合いいし」

黒井と小山はそんなこと言って笑った。やがて、

「よく考えりゃお前髪切ればそこそこのイケメンだぜ?なんで切らねぇんだよ」考え込んでいた黒井が顔を上げてそう聞いてきた。

「昔からこうだから」

小さく応える葵に黒井は笑った。

「一回バッサリ切ってみろよ。すっきりするぜ?」

「だったらお前もやれよ。あの子は僕が変わっても眼中にはないよ。彼女のタイプってあいつみたいなやつなんだ。今日会った時は彼は筋肉質で頼もしく見えた。そんな人がタイプだったんだって思って…」

「ならお前もそれを目指せばいいじゃんかよ」

「無理だよ。僕が生まれつき体が弱いの知ってるだろ?運動ができないんだ。激しい動きなんて無理だ」

俯く自分に小山が

「何かいい方法はないかなぁ…。髪を切るのはいいと思うよ。俺たちも協力するよ」とにこやかに言った。

 「ついたぜ」黒井が車のエンジンを止め、僕を叩き起こした。彼女が奴と喧嘩していたのが遠い出来事のように感じる。

(岡崎さん…)彼女が板倉に向けてる笑顔が嫌というほど頭によぎる。だが、絶対壊してやる。ドアノブをひねった葵はそう心に決め中に入った。
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