竜の女王

REON

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二章

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「シャル。スフェール国の王城まで転移できるか?」
「ええ。知識にありますから出来ますわ」
「では頼む。私が竜になってもいいが背に乗せたくない」
「ふふ」

インベントリから長杖を出すロラ。
当主は拘束されている(元)第二夫人と祖父母の前にしゃがむと片腕だけ竜に変える。

「ドラゴニュート一族に宣戦布告したお前たちには反逆者の刻印を刻んでおく」

三人の額に刻まれた反逆者の刻印。
ドラゴニュート一族の紋章にバツがついたその刻印は一族の敵であることの印で、当主が許し消すまでは何をしても消えることはない。それこそ骨になろうとも。

「お店の方」
「は、はい!」

様子を見ていた店員の一人がロラから呼ばれ走って近付く。

ワタクシたちの飲食代ですわ」
「……え!?多いです!金貨一枚でも多すぎです!」
「受け取って頂戴。これには営業を妨げてしまったお詫びも含まれておりますから。送還することになって食べ切れずごめんなさいね。お菓子も紅茶もとても美味しかったですわ」
「あ、ありがとうございます!」

ロラが渡したのは金貨二枚。
騒ぎになって営業を中断させてしまったことのお詫び。
美しく微笑したロラに女性店員は直角以上に頭を下げてお礼を伝えた。

「カイ、レア。今から魔法を使いますけれど怖くないですからね。すぐに着きますからクリスお兄さまに掴まっていてね」
「「はい!」」

クリスにしがみついたカイとレア。
ふふと笑ったロラが長杖の先で軽く地面をノックすると一瞬にして(元)第二夫人と祖父母と護衛も含めた足元に魔法陣が描かれ、魔法を見慣れていない人々は初めて見るその美しい魔法陣に感嘆の声をあげた。

「みなさまお騒がせしました。ごきげんよう」

ロラは美しいカーテシーで、レアを抱いているクリスは片方の手を胸に当て軽く頭を下げて挨拶をすると、魔法陣の上から十人の姿はすうっと消えた。

「……す、すご。あれが魔法?」
「魔法も容姿も綺麗だったぁ」

魔法陣も消えたあと人々は途端に賑やかに。
偶然にも足を運んでいたカフェテリアで美しく優雅なドラゴニュート一族や貴重な魔法を見れたことに興奮して。

「誰だドラゴニュートを冷酷なんて言った馬鹿は。敵に対しては容赦ないだけで一般人には気遣ってくれてたじゃないか」
「冷酷って言われてたのは前の公爵家の人たちだよ。領主だからみんな我慢してたけど、あの人たちは本当に酷かった」

街の人々は前公爵の家族を知っている。
だから前公爵が無茶なことばかり命令していたことも、夫人が権力で好き勝手やっていたことも、女性にだらしないフランが娼館で多くの娼婦を泣かせてきたことも、カーラがワガママであらゆる店に迷惑をかける人物だったことも事実。

「新公爵はお綺麗でお優しい方だったね」
「うん。子供たちを見てる時は顔が緩んでらしたけど」
「そうそう。可愛くて仕方がないんだろうね」

ロラがカイやレアを見て蕩けているところもバッチリ見られていて、客たちはそのギャップの大きさを思い出して笑う。

「はーい!私はご当主を推したいと思います!」
「私も。背が高くて逞しくて素敵」
「でもお年は六百歳を超えてたような」
「見た目は私よりもお若いから問題なし!」
「私はお孫さま派!お優しそうだしかっこよかった!」
「分かる!」

きゃあきゃあと賑やかな女性たち。
本人たちの居る前では不敬になるから口が裂けても言えないけれど、男性も女性もそれぞれがドラゴニュート一族の話題で盛り上がっていて、カフェテリアの売り上げも逆に急上昇する状況になっていた。





自分たちが去った後のカフェテリアの状況などつゆ知らず、転移をしたロラたちはスフェール国の城門前に到着する。
一瞬で景色が変わってカイやレアは目をぱちくり。

「だ、誰だ!」

城の警備で立っていた兵士たちは突然城門前に現れた一行を見て槍を向ける。

「……待て!武器を下ろせ!」

物見台の上から王都の様子を見ていた兵士が慌てて止める。

「そちらの御方はドラゴニュート一族のご当主だ!」

スフェール国で起きた魔獣の氾濫の際に当主の姿を見たことがあったその兵士が言うと、槍を向けていた兵士たちも真っ青になってすぐに槍をおろす。

「御無礼をいたしました!ご挨拶申し上げます!」

一斉に跪いた兵士たち。
ドラゴニュートの特徴と言われている高い背丈と漆黒の髪と真紅の虹彩をしているのになぜすぐに気付けなかったのかと。

「国王に伝えろ。我らドラゴニュート一族はスフェール国の貴族であるこの者たちの宣戦布告を受け入れたと」

魔法で拘束されている三人と倒れている男性が二人。
兵士たちは当主の『宣戦布告を受け入れた』という言葉を聞いて顔面蒼白になり冷や汗が吹き出す。
当主が受け入れた側ということは、このスフェール国の方からドラゴニュート一族に喧嘩を売ったということになる。

「すぐに陛下へ伝令を!」
「はっ!」

ああ、この国は終わる。
兵士たちは慌ただしく動きながらも絶望する。

この小さな国には大きな戦力がない。
だからドラゴニュート一族が居る王国と同盟を組むことで魔獣の氾濫から生き残ることが出来ていたのに。
もう終わりだ。

「き、急に陛下へ謁見を申し出るなど許可される訳が」
「残念ですがその期待は捨ててください。ドラゴニュートが宣戦布告を受け入れたと聞けば国王は裸足でも飛んできます」

国王との謁見許可は手間暇のかかるもの。
突然来て会わせてくれと言っても門前払いされるだけ。
その常識に希望を見いだす祖父にクリスは苦笑する。

「しかも当主が直接赴いておりますから。不勉強でご存知ないのでしょうが、王国のある土地は当主や歴代のドラゴニュート一族が魔獣を殲滅してくれたお蔭で初代国王が建国できたのであって、現国王でも当主には頭が上がらないのですよ」

王国のある土地に先に暮らしていたのは当主と一族。
当主や一族が魔獣を殲滅させて安全になったその土地に目をつけて建国させて欲しいと頼んできたのは初代国王の方。
王権に興味がない、むしろ煩わしいと思う性格の当主が『人々が安心して暮らせるならば』と一族が暮らしていた土地に建国することを許したのであって、当主から土地を間借りしている形の王家が当主に頭が上がらないのは当然のこと。

「王国民ならば誰もが知っているその歴史を母上も学べる機会があったはずですが。いや、父上から聞かされたことだけは知っておりますね。ドラゴニュート一族が王家と権力を二分しているということくらいは。ただ真実は二分ではなく当主の方が上なのですよ。スフェール国など当主の一言で滅びます」

誰もが手に入れられなかった危険地帯に初代国王が建国できたのも、今も滅びず繁栄できているのも、当主が居るから。
その当主は建国や王権に興味がないから別の人が国王や王家となって存在しているのであって、王国にとってどちらが重要人物かと言えば当主。

行動力のある馬鹿な味方ほど厄介なものはない。
一度は許したのに今度は祖父母までが一緒になってそれ以上の愚行を働いたのだから当主が見限るのは当然のこと。
あの時ですらシャルロットが許してくれなければ命はなかったというのに愚かな。

「お、お待たせいたしました!どうぞお入りください!」

本当に謁見許可が。
真っ青な顔で冷や汗をかいている兵士の姿と本当に国王との謁見許可がおりたことで、三人は今更ながら『当主の方が上』というクリスの言葉が事実だったことを理解した。

「く、クリス。助けてくれないの?私たちは家族よ?」

兵士たちに連れて行かれながら自分たちの状況の悪さを把握した(元)第二夫人は前を歩いているクリスに助けを求める。

「家族?絶縁して赤の他人ですが?」

片腕にレアを抱いて片手でカイと手を繋いで歩いているクリスは歩みを止めることなく少し振り向いてバッサリ。
償いのために躊躇せず母の胸を貫き自分の命すらも捧げる息子に助けを求めることが間違っている。

「カイ、レア」

自分たちの名前も呼ばれてビクッとした二人。
後ろは振り向かず返事もせずクリスにしがみつくレアと、クリスの手を両手でギュッと掴むカイ。
まだ幼い二人に母親のこのような姿を見せるのは酷すぎると感じるかも知れないけれど、ドラゴニュート一族に生まれた限り他の子供と同じようには生きられない。

守護者は強い者だけが生き残る。
この程度のことを乗り越えられなければ淘汰されるだけ。
人々を守れない守護者など守護者ではない。

「どうぞお入りください」

謁見の間の前に居た兵士たちは青ざめた顔色で扉を開ける。
そこを通り中に入った者たちが見たのはスフェール国の重鎮たちが膝をついて頭を下げている姿。
そして玉座からおりている国王や王妃も例外ではなく、そこに居る全ての者が平伏していた。

「言伝は聞いたか」
「はい。兵士よりしかと」

当主は三人と護衛の首根っこを掴み国王の前に放り投げる。
ロラが魔法でクッションを作ったから怪我一つないけれど。

「では改めて宣言する。当主の私を筆頭に、我らドラゴニュート一族は今後スフェール国の救助要請には応じない」
「お、お待ちください!」

当主が宣言すると国王が止める。
国の長である国王がこのまま『はい分かりました』と言えるはずもない。

「恐れながらこの者たちが何者なのか、ドラゴニュート一族にどのような無礼を働いたのかお聞かせ願えますでしょうか」

額に反逆者の刻印を押されている三人。
その刻印と状況からスフェール国の国民らしいこの三人が何かをして当主の怒りを買ったのだろうとは分かるけれど、三人を見ても本当にスフェール国の者なのかすら分からない。
小国と言っても国民全ての顔を覚えられるほど少なくない。

「クリス。説明しろ」
「はい」

人物については当主も前公爵の元第二夫人としか知らない。
スフェール国の貴族だということすらつい先ほどクリスから聞いて知ったくらいなのだから。

「ご挨拶申し上げます。私は前ドラゴニュート公爵が二男クリス・ジーヴル・ドラゴニュートと申します。この者たちは崩御した私の父である前公爵の元第二夫人ノーラと、ノーラの父母シャン男爵と夫人です。気絶している二名はこの者たちの護衛で名前は分かりませんが、五名ともスフェール国の者です」

レアを下ろして国王に胸に手をあて挨拶をしたクリス。
本来であれば国王という立場の相手に対して正式なボウアンドスクレープで挨拶をするけれど、今回は宣戦布告を受け入れたことを伝えにきているのだからこれでも譲歩している。
これが他のドラゴニュート一族ならば胸に手をあてることすらしていない。

「この者たちは貴君の母と祖父母ということか」
です。父が崩御した際に母はドラゴニュート一族から除籍されシャンに戻り長子の私とも王国法に則って正式に絶縁しておりますし、接近禁止命令も出されております」

つまりノーラとクリスはもう赤の他人。
形式上と呼んでいるだけで親子ではない。
クリスの親は鬼籍に入った前公爵だけ。

「……遺産問題か」

貴族家には嫡子が居て爵位とともに遺産も相続するけれど、それ以外の者の遺留分で揉めることはよくある。
しかもドラゴニュート一族の本家である公爵家の二男ともなればかなりの遺産になるだろう。

「いえ。私が絶縁した理由は浪費家の母に遺産を食い潰されないようにするためでしたが、そのことで揉めてドラゴニュート一族が宣戦布告を受け入れたのではございません」

当主が宣戦布告と受け取ったのはそこではない。
ただ遺留分で揉めただけなら国を巻き込んでなどいない。

「この者たちはここに居る私の孫二人を誘拐しようとした」
「自分の子供を連れ戻すのが誘拐だなんて!」
「いや、誘拐だ。絶縁して接近禁止命令が出ているのだから」

ノーラの発言にキッパリ答えた国王。
誰がどう聞いても誘拐に違いない。
赤の他人となった者が連れ去ろうとしたのだから。

「違うのです!クリスは絶縁しておりますがカイとレアは絶縁しておりません!私の子供ですわ!」

たしかに二人は母と絶縁していない。
ノーラが言ったそれは正しい。

「やはり国王の話など聞かず絶縁させるべきだったか」

舌打ちした当主。
幼い二人は母親に会いたくなるだろうから絶縁せず会える可能性を残してあげた方がいいと言われて、親の温もりを知らず育った当主は『普通の親子はそんなものなのか』と思ってカイとレアの絶縁には口を挟まないことにした。

「では誘拐ではなかったと?」
「誘拐でしてよ?絶縁したのは成人済みのクリスお兄さまだけですけれど、接近禁止命令はカイとレアも含む三名に出ておりますもの。カイとレアの身元引受人は当主。保護する場所はドラゴニュート公爵家。当主の名のもと公爵家で保護されている子供を接近禁止命令を破って連れ去ろうとしたのですから」

一瞬当主の勘違いかと喜んだ人々にキッパリ答えるロラ。
保護されている子供を連れ去れば家族でも誘拐になる。
元第二夫人の言い方で絶縁したのも接近禁止命令が出ているのもクリスだけと勘違いしたのだろうとは分かるけれど。

「ご挨拶いたしますわね。ドラゴニュート公爵家現公爵、シャルロット・ロラ・ドラゴニュートですわ」

この女性が新たなドラゴニュート公爵。
微笑を浮かべて美しいカーテシーで挨拶をしたロラに重鎮たちは今の危機的状況も忘れ感嘆する。

「ご理解いただけましたかしら。当主から孫を、現公爵のワタクシから弟妹を誘拐しようとした誘拐犯だということを」
「はい。言い逃れのしようもなく」

当主の孫を誘拐した犯人で違いない。
国から出された接近禁止命令を破って近付いただけでも罪になるのに連れ去ろうとしたことでなおさら罪は重くなった。

「そんな!親子なのに!」
「親子だから何をしても許される訳ではありませんわ」

国王にまで誘拐だと言われて声を荒げたノーラにロラは正論で返す。

ワタクシも反省してますわ。クリスお兄さまや弟妹の母だからと情けをかけたことに。母や祖父母に抱えられ連れ去られそうになって泣き叫ぶレアや必死に抵抗するカイの姿が脳裏に焼き付いて胸が痛みます。可愛い弟妹に恐怖を植えつける前に大人のワタクシたちが憎まれ役となって悪縁を断ち切るべきだったのに」

冷たい目で三人を見下ろすロラ。
その目に三人は背筋が寒くなる。

「本当になんて愚かだったのかしら。カイとレアは母親に会いたいのではないかしらと思っていたワタクシが。泣き叫んでワタクシたちに救いを求めるほど貴女を嫌っていたと言うのに」

思えば心優しいクリスが縁を切るほどの人物なのだから並み大抵のことではない。
遺産を食い潰されるというだけでなく、カイとレアに悪影響を及ぼす母親だから引き離すことにしたのだと。

「子供は母が恋しいだろう、母は子供が愛おしいだろうなんてワタクシの幻想でしたわ。貴女そんなにお金が欲しかったのね」
「違うわ!私は子供たちと」
「お兄さまが襲爵すれば公爵家の遺産は自分のもの。でもドラゴニュート一族の襲爵は他の貴族と違って実力で決まると知って、最も多くの遺産を手にすることは出来ないと分かった」

自分の目をジッと見ているロラにノーラは生唾を飲む。
まさかこの子の竜の力は心や記憶を読むことではないかと。

「なぜ分かるの?もしかしてそれがこの子の竜の力?」

その言葉で確信した。
今まさしくノーラが考えたことだったから。

「それで諦めれば良かったのに諦めれきれなかったのね。今度はドラゴニュート一族の血を持つカイとレアが居れば血筋欲しさに上流貴族と再婚できると考えて連れに来た。離縁だと再婚に難色を示す上流貴族も死別となれば気にしませんものね」

真っ青になって冷や汗が吹き出すノーラ。
全てを見透かしているロラの恐怖に。

「本当に残念ですわ。あの時はまだ白(無罪)でしたのにすっかり黒く(有罪に)なって」

それを聞いて当主だけが溜息をつく。
つまり審判のヴァンピールのロラの制裁対象にまで落ちぶれてしまったと言うこと。

「カイ、レア」
「は、はい」
「あい」

涙を必死に堪えて嗚咽しながらも当主に返事をする二人。

「お前たちは母が好きか?母の元に行きたいか?」

クリスにしがみついている二人は大きく首を横に振る。

「母上がごめんなさい!謝ります!でもどうか僕たちを捨てないでください!お兄さまやお姉さまや当主と居たいです!」
「ごめんなしゃい!いい子にしましゅから!」

わんわんと声をあげて泣く二人。
クリスも必死な形相の二人に胸が痛む。
二人にとっても母はもう母ではなくなっていたのだと。

「今行かなければ二度と会えない。それでもいいのか?」
「僕たちの家族はお兄さまとお姉さまと当主だけです!」
「やだぁああ!行きたくないー!」
「分かった。お前たちは私の孫だ。嫌がっているのに行かせはしない。少しの間この中で大人しくしていろ」

そう言って当主は羽織っているクロークで二人を包む。

「クリス。お前も耳を塞いでおけ」
「はい」

素直に従ったクリス。
これから何が起きるかは既に理解していながら。

「この中は声も聞こえない。やれ」

当主の声とともにロラが長杖を謁見の間に突き刺すと眩い巨大な魔法陣が足元に広がって行く。

「我は始祖ヴァンピールの能力を継承する守護者なり。名はロラ・カタストロフ・ヴァンピール。愚かにも金欲に溺れ有罪に染まりきった魂たちに破滅を。主神より賜りし審判人の宿命のもと、黒き魂たちに刑を執行する」

聞いたことのない言語をロラが口にしたかと思えば魔法陣から黒炎が吹き上がり国王や王妃や重鎮たちは驚いたものの熱さを全く感じず、ノーラと祖父母だけが焼かれて絶叫をあげる。

「……これが守護者の制裁なのか」

ぽつりと呟く国王。
ドラゴニュート一族が戦っている姿は見たことがあるけれど、このように儀式的な光景を見るのは初めてのこと。
謁見の間の天井まで届きそうなほど黒い炎が燃え上がっているのにノーラと祖父母以外の誰一人として何の影響もない。

守護神の役割を果たす若きドラゴニュート公爵。
人の命を奪う恐ろしいはずのその制裁は不謹慎にも美しい。
謁見の間に居る者たちは目の前で起きている光景をただ黙って眺めることしか出来なかった。

制裁が終わると魔法陣が消えて謁見の間は元通り。
今まで起きていたことなどなかったかのように。
ロラは耳を塞いでいたクリスの肩を叩いて終わったことを先に伝えたあと当主のクロークの中に居る二人を覗く。

「カイ、レア」

当主がクロークの中から出した二人はぱちくり。

「何が起きているか分からなくて怖かったでしょう?貴女たちを連れ去ろうとしたお母さまと祖父母さまはワタクシの魔法でお帰りいただいたから安心してね」

それを聞いて二人はキョロキョロ。
ついさっきまで居た母と祖父母は居なくなっていて護衛だけがまだ床に倒れていた。

「あの二人はお仕事で間に入っただけですから、後のことはこの国の国王陛下にお任せしましょう?」

護衛は無罪。
審判のヴァンピールの制裁は必要ない。

「お姉さま、僕たちはお姉さまと居たいです」
「行きたくないでしゅ」
「え?ワタクシが可愛い弟と妹を行かせると思って?こんなに愛情を伝えているのにまだ足りなかったのね。欲張りさん」

二人に頬擦りするロラ。
母の元に行かされると不安だった二人はいつものロラの笑顔と愛情表現で漸く安心して嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「愚かにも宣戦布告してきたあの者たちをこの国に返し未来永劫手を貸さないつもりだったが、今の時を持って宣言を撤回しよう。だが、この国の民がドラゴニュートを野蛮な一族と言っていることは聞いた。それについての責任は果たして貰う」

首の皮一枚繋がったスフェール国。
でもまだ問題が一つ残っている。
この星の守護者であるドラゴニュート一族は見下されて舐められることを良しとしない。

「如何様な形で責任を果たせばよろしいでしょうか」
「あの者たちの私財を没収しカイとレアの遺産としろ。額は問わない。必要なのはあの者たちが二人に償ったかどうかだ」

公爵家からすれば男爵家の遺産など微々たるもの。
そこは額の問題ではなく、母親のノーラや祖父母が子供たちに償ったことの事実を形に残るもので求めている。
クリスを除いたのは既に親子の縁が切れているから。

「承知しました。すぐに手続きをしてドラゴニュート公爵家に通知いたします。寛大な処置に感謝申し上げます」

当主が求めたのは子供たちへの責任だけ。
今まで母として充分ではなかった子育てへの償いと、恐怖を植えつけたことへの償い。

「シャル。再びオペラに転移を」
「ええ」

これでお終い。
元第二夫人と子供たちの騒動は全て片付いた。

「ではスフェール国のみなさまごきげんよう」

頭を下げる国王や重鎮たちに魔法陣の上でロラがカーテシーをすると五人はスっと消えた。

「どうなることかと思ったが何とか首が繋がった」

五人が消えて国王は大きな溜息をつく。

「幾度も救われている我々はドラゴニュート一族に感謝することはあれ野蛮などという言葉は間違っても出ませんが、民はそのようなことを言っていたなど思いもしませんでした」

そう話すのはこの国の宰相。
当主から聞いて初めて知った。

「民は魔獣の氾濫の際に戦いに立つことはない。それでも必ず生き残れるのだから守護者のこともどこか他人事なのだろう。ドラゴニュート一族が氾濫の最前線に立って戦ってくれているから自分たちが生活を続けられているというのに愚かな」

国王からしても呆れるような話。
ドラゴニュート一族が実際に戦っている姿を見たことがない者たちは魔獣の群れの本当の恐ろしさを知らず、自分たちの力だけでも国を守れるとでも思っているのだろう。

「ドラゴニュート一族が救助要請を受けてくれなくなればこの国は終わる。自分たちだけで守れる力などない。ドラゴニュート一族の強さや恐ろしさを知らない者が増えすぎた」

今まで愚かにもブルイヤール国に戦を仕掛けた国は悉くドラゴニュート一族に敗れ国ごと消滅している。
領土を広げたい帝国の軍事力ですらドラゴニュート一族には敵わないからブルイヤール国と共存する道を選んでいるのに。

「今後はこの国も一族の邪魔にならない後方支援にでも民を立たせて氾濫の恐怖を見せる必要があるかと。実際にドラゴニュート一族が戦う姿を見ればこの星の守護者であることを嫌でも知ることになるでしょう。野蛮など二度と言えないほどに」

王妃も大きな溜息をつく。
小国だけに戦は避けているけれど魔獣はお構い無しに来る。
今まで民を危険に晒すことは避けていたけれど、それが魔獣の氾濫やドラゴニュートの恐ろしさを知らない人を増やすことに繋がったのなら戦場に立たせて現実を教えるしかない。

特に破壊竜と呼ばれる巨大竜に変身する当主はこの国などブレス一つで燃やし尽くしてしまう程の力を持っていることを。
もしドラゴニュートが殺戮を楽しむ一族であれば、彼らにとって塵芥でしかないヒューマン族は疾うに滅びていることを。

「新公爵も見目麗しい女性でしたが能力の高さは異常でした。当主が制裁を任せるほどの力をお持ちなのでしょう。その二人から子を誘拐するなど今考えても肝が冷えます」

片付いた今でも思い返すと肝が冷える。
不謹慎だとは分かっていても、騒動を起こした者がドラゴニュートの制裁となる対象で良かったと思ってしまうほどに。

短い時間に絶望と安堵を経験したスフェール国。
その場に居合わせた者たちの中からこの経験の思い出が消えることはないだろう。
    
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