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二章
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しおりを挟む「電車に乗るよね?」
「はい。白銀さんは」
「シロだって」
「あ、シロ」
「ゆっくりで良いけど呼ぶ努力はしてくれる?」
「すみません」
渾名で呼ぶような友人が居たことがなくて忘れてしまう。
こういう所も俺が親友と呼べる人が出来ない理由の一つなのだろうけれど。
「優一にだけはシロって呼んで欲しい」
「どうして俺を特別視してくれてるんですか?」
「特別な人だから」
「昨日まで話したこともなかったのに」
「あるよ。ずっとずっと昔に」
「昔?子供の頃ですか?」
それに対して彼は少し口元で笑っただけ。
俺が忘れてしまっただけで過去に会ったことがあったようだ。
記憶にないということは小学校の低学年の頃かもっと以前の幼稚園の頃か……。
「すみません。思い出せなくて」
「良いよ。覚えてなくて当然だから」
「え?」
「昔昔だからね。僕はずっとこの時を待ってた」
そんなことを言って彼はまた微笑するとパスを使って改札を抜ける。
「優一、早く早く」
「あ、はい!」
慌てて俺もバッグの手前からパスを取り出す。
彼は不思議な人。
タイミングよく来た電車に乗りこみいつもの癖でドアを背にして立つと彼も座らず俺の前に立つ。
「ねえ。この駅の名前の由来知ってる?」
「咲黒の?」
「元は柘榴だよ」
「果物のですか?」
「そう」
サキグロ・・・ザクロ。
なるほどと頷く。
「優一が降りる隣の駅の名前は?」
「訶梨帝です」
「釈迦が子を喰らう鬼神の訶梨帝母に食べさせたのが柘榴。咲黒と訶梨帝は鬼子母神繋がりの土地なんだ」
「知らなかった」
「訶梨帝母に柘榴を食べさせたって言うのは日本の俗説だけどね。鬼子母神が持ってるのは吉祥果で、その正体が分からないから柘榴であらわすことが多いってだけで」
詳しい。
鬼子母神くらいは知っているけれど仏教には詳しくないから、咲黒と訶梨帝の地が鬼子母神繋がりの名前であることなど知らなかった。
「柘榴って食べたことある?」
「ありません。ジュースになってたりしますよね」
「柘榴って人肉の味なんだって」
「……え?」
彼は笑みで歪ませた口を開くと目の前に居る俺の首筋にその口を近付ける。
「なんてねっ。柘榴が人肉の味っていうのも子を喰らうかわりに柘榴を食べさせたって俗説から来てるらしいよ。子供のかわりに食べさせたんだから人肉の味って発想なんだろうけど、人間って想像力が豊かだね」
すぐに離れて見せた彼の顔は子供のような笑み。
からかわれたことが分かって口を近付けられた首筋をつい摩りながら苦笑いする。
「どうしたの?」
「本当に噛まれるのかと」
不思議そうな彼に少し驚いたことを話すと笑われる。
「幾らなんでも食べないよ。僕が涅哩底王だったとしても優一のことだけは食べないから安心して?」
「他の人は食べるんですか?」
「悪い人は食べちゃうかも」
「じゃあ気をつけないと」
明るく笑う彼に釣られて俺も笑い声を洩らした。
「白がじゃなくて、シロも訶梨帝だったんですね」
「まあね」
咲黒から訶梨帝は一駅。
彼も一緒に電車を降りた。
同じ駅を利用していて俺のことを以前から知っていたのなら、やはり幼稚園や小学校が同じだったのかも知れない。
「優一の家はどっち?」
「こっちです」
「送っても良い?まだ話したい」
「徒歩じゃなくてバスに乗るんですけど」
「バスだから駄目?」
「いえ。距離があるのに良いのかなって」
「優一が良いなら送らせて?寝不足みたいだから気になるし」
バスに乗ってまで送って貰うのは申し訳ない気がしたけれど、心配してくれているのだから素直にお願いすることにした。
「一番後ろに座る?空いてるし」
「はい」
食事を済ませて来たと言ってもまだ正午すぎ。
帰宅時間としてはまだ早くバスも空いていて彼と一番後ろに並んで座る。
「訶梨帝の景色も変わったね」
「駅付近のですよね。大型店が出来てから」
俺が子供の時に出来た大きなデパート。
その後からショッピングモールや娯楽施設が駅付近に増えていった。
「昔は畑だったんだけど」
「畑?畑なんてありましたか?」
「ずっと昔にね。見たことない?訶梨帝の昔の写真」
「ああ、歴史写真で見たんですか」
デパートが出来た頃にも少なくとも畑ではなかったようなと思えば、もっと以前の歴史写真での話だったようだ。
「訶梨帝にずっと住んでるんですか?」
「大事な人の傍に居る」
「え?」
「大事な人が生まれる場所が僕の場所」
また不思議なことを言い出した。
「輪廻転生って信じる?」
「……あれば良いと思いますけど」
それがあるのならまた優香と出会う日が来るから。
本当にあるなら兄妹として再会したい。
「あるよ。魂が消滅しない限り」
まるで心を読んだかのように彼は言って頬に触れる。
「肉体は使い捨てだけど魂は転生する。唯一、消滅しない限りは。消滅する魂の色は黒。生まれた魂の色は白。真っ黒の魂は消滅させて真っ白の魂を作る」
やはりその指先は冷たい。
俺を見る目は優しいのに。
「何かの受け売りですか?」
「そういうこと。宗教家じゃないよ?民話は好きだけど」
「俺の魂は何色なんだろう」
「白だよ。優一は真っ白」
「そうだと良いんですけど。シロの名前と一緒ですね」
何かの受け売りでも作り話でも彼の話は面白い。
彼の周りに人が集まるのも分かる気がした。
「次のバス停で降りますけど少し寄って行きますか?」
「良いの?」
「心配して送ってくれたので」
優香が帰って来るまでまだ時間があるし父も母も不在。
送ってくれたのだからお茶くらいという気持ちと、もう少し彼と話したい気持ちもあって誘った。
「立派な家だね」
「両親のお蔭で。どうぞ」
バス停からはすぐ近く。
門を開けて彼を招き入れる。
「……鴉?」
「八咫烏かもね」
「神の遣いですか」
電線の上の鴉が妙に鳴いていて見上げると彼は冗談を言って微笑する。
「俺たちが帰って来て鳴いたから、シロが神様とか?」
「どうかな。そうなら人間にとっては怖い方の神様かも」
「怖い神様ですか」
「悪い子はいねがーみたいな」
「それ鬼じゃないですか」
「鬼神。元は鬼だった阿修羅みたいな」
スリッパを出しながら彼の話に笑う。
彼の引き出しは多い。
「俺の部屋でも良いですか?」
「うん」
「2階の一番奥なので先に。飲み物を持ってあがります」
「分かった。ありがとう」
2階を指さして言うと彼の顔が近付き唇が重なる。
男女問わずしている所を見たことがあるから、彼にとってはこれが挨拶なのだろうか。
そう思いながら階段を上がって行く彼の後ろ姿を見届け、何か飲み物をとキッチンに向かった。
手を洗ってお菓子を用意していると自宅の電話が鳴る。
ディスプレイに出ているのは母の番号で、優香が帰って来たかの確認かと電話に出た。
「はい。濱名です」
『お兄ちゃん?もう家に着いてたのね』
「うん。つい今」
『お弁当は食べた?昨日は食べなかったでしょう?』
「弁当は食べた。ご馳走さま」
本当は食べられなかったけれど。
余計な心配はさせないよう嘘をついた。
『夜には帰って夕飯を作るから』
「大丈夫だよ。忙しいんだからご飯のことは」
『食べないと勉強に身が入らないでしょう?一日遅れたら取り返すのも大変よ?』
こんな時でもそれを言うのか。
俺も優香も子供の頃からこれを聞かされて育った。
勉強において一分一秒の遅れが命取りと。
「何か用があったんじゃないの?」
『夕飯の話をしたかっただけ。引き取りだけお願いね』
「うん。じゃあ」
優香のことより勉強の方が大事と言われたようで、話題を替えて電話を切った。
母は優香が亡くなって辛くないのだろうか。
いや、きっと俺には辛さを見せないようにしているだけで、そんなことを思ってはいけない。
父は朝少し話したけど気丈に振舞っていても疲れて見えた。
こういう時は男の方が弱いのかも知れない。
ポットの電子音が鳴り余計なことを考えるのは止めて、紅茶とクッキーを持って2階にあがった。
「お待たせしてすみません」
「ううん。座らせて貰ってるよ」
「どうぞ。ベッドの上のクッションも使ってください」
「ありがとう」
彼が座っていたのはローテーブルの前。
ベッドの上に置いてあるクッションを敷くよう話しながらテーブルを挟んだ彼の前に座る。
「クッキーくらいしかなかったんですけど食べられますか?」
「うん。気を遣わせてごめんね。ありがとう」
「こちらこそ。送っていただいてありがとうございます」
紅茶もクッキーも優香が好きだったもの。
父がつい先日学会に行った先のお土産で買って来た。
「あの写真の子は?優一の隣の子」
「あ、妹です」
「妹が居るんだ?」
「……はい」
コルクボードに貼ってあった優香と俺の写真。
それは優香が中学校を卒業した時に記念と言われて一緒に撮った写真で、優香の部屋にも同じ写真が飾られている。
「笑った顔がそっくり」
「よく言われます」
優香と俺は似てるとよく言われていた。
自分では分からないけど周りから見れば似ているのだろう。
「妹は中学生?」
「それは中学生の時に撮った写真で今は高校生です」
「そうなんだ。妹も優しそう。直接会ってみたかったなぁ」
優香のことを褒められるのは少しむず痒いけれど嬉しい。
でも彼が褒めてくれた妹はもう居ない。
「優一?」
「……亡くなりました。昨日」
優香が亡くなったのは昨日。
つい昨日の話。
「登校中バスを降りてすぐの事故で。トラックが優香に」
「うん。分かった」
急くように話すと彼の手で止められる。
腕を伸ばして俺の頭を撫でた彼の手は優しい。
「あの子を死なせた人が憎い?」
「……はい」
それは憎いに決まっている。
たった一人の大切な妹だったから。
ここには彼しか居ないから正直に答えた。
「帰るね」
「え?」
「ゆっくり休んで。辛いことを話させてごめんね」
急に言って彼は立ち上がる。
「あの、反応に困る話をしてすみません」
亡くなった話などしてしまったから居心地が悪くなったのだと気づいて、バッグを掴む彼の手を掴んで謝る。
「違うよ。そんな時に来たら失礼だと思っただけ」
「誘ったのは俺ですから」
「うん。誘って貰えて嬉しかった。ありがとう」
彼は俺を腕におさめて少し頭を撫でるとすぐに離れる。
「あの」
「電話」
彼の声と同時に子機が鳴る。
1階と2階では少し遅れて鳴るから、1階で鳴った音が聞こえたのだろうか。
「じゃあね。ご馳走さま」
「えっと、あの、」
「早く電話に出た方が良いよ。また明日学校で」
電話は急かすように鳴っているし、彼はもう部屋のドアに手をかけているし、どちらを優先したらいいか困っている間にも彼は軽く手を振って部屋を出て行ってしまった。
「はい。濱名です」
鳴り続ける電話に出ると相手は葬儀屋。
予定している時間通りで大丈夫かの確認だった。
話を終え駆け下りたもののもう玄関に彼の靴はない。
表にも出てみたけれど姿もなかった。
明日もう一度謝ろう。
連絡先を知らないから明日直接会って。
自分の中に僅かに芽生えた執着心。
初めて親しく話してくれた人に対して執着心が芽生えたことを自分でも感じた。
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