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二章
5
しおりを挟むどうして濱名さんが。
どうしてそんなサイトにアクセスしようとしたのか。
教室から離れて屋上に上がる階段を駆け上がる。
きっと濱名さんも渡辺と同じ
誰かに話を聞いて興味本位で観ようとしただけ。
屋上のフェンスに指を絡めそう自分に言い聞かせる。
……ただの興味本位で朝まで何度もアクセスを?
「……誰?」
キーと音を立てて開いたドアの音がしてパッと振り返る。
立っていたのは黒い私服姿の女性。
制服を着ていないから生徒ではないだろうし、知っている教師でもない。
「死ぬの?」
「はい?」
誰かと先に問いかけた俺には答えてくれず、女性は隣に歩いてくるとヒールを脱ぎ捨てフェンスに足をかける。
「え、は!?」
スカートから出ている細くて白い足を平気で晒してガシャガシャ乱暴な音をさせながらフェンスをよじ登る女性にハッして咄嗟にスカートを掴んで止める。
「下着見えちゃう」
「見ません!見たくない!」
「失礼だな君は」
確かに見えてしまうと気付いて顔を逸らすと女性はフェンスの上に座った。
「履かせて?」
「危ないから降りてください」
「履かせて」
逸らしたままの顔の前に出された白い足の先。
なんなんだこの人は。
見上げると女性は俺を見下ろして口元を綻ばせていた。
「君が助けてくれるでしょ?」
「はい?」
「落ちそうになったら助けてくれるんだよね?」
おかしな人に関わってしまった。
でも飛び降りるつもりなのかと思ったから止めずにはいられなかった。
「履かせて?それ大事な靴だから」
大事な割にはついさっき脱ぎ捨てたように見えたけど。
「降りて自分で履いてください」
俺が履かせなくてはいけない理由はないし、何より今は手を離すのが怖い。
「良いよ。履かせてくれないなら」
背後に重心をかけたことに気付いて俺もフェンスに足をかけ女性の身体を抱えて止める。
両手で女性の身体を抱えてフェンスにかけた足だけでバランスを取れるはずもなく、そのままフェンスから内側に落ちた。
「痛……くない?」
女性を抱えたまま落ちた割に背中の痛みは大したことがなく、不思議に思って呟いた俺の上で女性が笑い声をあげる。
「君、勿体ないよ」
「はい?」
「最初に見た時は死にそうな顔してた」
だからあんなことを?
言われてみれば俺に死ぬのかと訊いたから恐らく勘違いしていたんだと思うけど、だからってこんな止め方はどうなのか。
「軽い」
「猫だからね」
身体に乗っている女性の体重に気付いて呟くと軽くそんな返事を返されて笑い声が洩れる。
「名前は?」
「秘密」
「編入生?臨時教師?」
「秘密」
不思議な女性。
いや、不思議な猫か。
少なくとも臨時教師なら名前はすぐ分かると思うけど。
「履かせて?」
身体の上から降りることがないまま女性は手を伸ばしてヒールを拾うとまた履かせろと俺に足の先を向ける。
「じゃあ名前は?」
「交換条件?」
「うん。教えないなら履かせない」
本当は言わなくても履かせるつもりだったけど。
どこか艶めかしい白い足に手を添えて、受け取ったヒールを足先に寄せて問う。
「君が名前つけてよ」
「名前を?」
「だって僕は猫だから」
「一人称〝僕〟なんだ?」
「嫌い?」
「いや。女性なのに珍しいと思っただけ」
話しながらも早くと訴えているのか動く足先。
やはりどこか艶めかしい。
俺はあまり女性に対してそういったことは思わないタイプなんだけど。
「色が白いからシロとか?」
「え。それだけは嫌だ」
「自分が名前つけろって言ったのに」
「それ以外にしてよ。シロだけは却下」
よほど〝シロ〟は嫌なのか綺麗な顔が歪む。
つけろとか却下とか、なかなか我儘な人だ。
確かに性格は気まぐれな猫っぽい。
「じゃあ白から連想する何かは?」
「シロじゃないなら良いよ」
「んー」
白い雲、わたあめ、砂糖、雪、牛乳。
「ミルクは?牛乳じゃあまりにもだから」
「もっと甘ったるい名前を選ぶかと思った」
「不満?」
「ううん。助けてくれたから特別につけさせてあげる」
「助けたお礼の割には上から目線」
名前が決まって笑いながらヒールを履かせる。
顔は綺麗だけど細く白い脚を隠すこともなく雑な印象だし、どうしてなのか上から目線だし、どちらかというと男友達と話してるような感覚があるけど、何故かどことなく艶めかしい。
「真っ黒で綺麗な髪だね」
「まあね」
「チャームポイント?」
「黒い毛並みが自慢」
どこまでも〝猫〟を貫くようだ。
長い黒髪を手で掬ってサラサラして見せる自慢げな表情に笑い声が洩れた。
「もう行く?」
「まだ居る。もう授業始まってるし」
1限を報せるチャイムはもう既に鳴った。
いま教室に戻っても授業を中断させてしまう。
「じゃあ僕とお昼寝する?」
「まだ朝なのに?」
「天気が良いから。お昼寝したくて来たの」
「ふーん」
まあ良いかと再び横になると女性はまた猫のように俺の身体に乗ってくる。
「ほんと猫みたいだな」
「猫だからね」
「そういうことにしとく」
「本当に猫だから」
「分かった」
軽い身体。
身体の上で猫のように寝られても不快に思わない。
その女性からは太陽の香りがした。
・
・
・
「ツトム」
パシパシ顔を叩かれて瞼をあげる。
「省吾。……ミルクは?」
「は?ミルクなんて持ってないぞ?」
「違う、猫」
「学校に猫が居るはずないだろ」
「ああ、まあ」
猫と言い張る女性だったけど。
周りを見渡してもミルクの姿はない。
「戻って来ないから捜してれば呑気に寝てたとか」
「ごめん。チャイムが鳴った後に戻ったら授業を中断させると思って」
ミルクの昼寝に付き合って俺まで寝ていたらしい。
学校の関係者だったのか不法侵入者だったのか結局分からないままだ。
「いつの間にか寝てた」
「昨日は寝ずに調べてたみたいだから寝れたのは良いけど」
「心配かけてごめん」
「大丈夫か?さっきの話」
「さっき?ああ、うん」
省吾が訊いたのは濱名さんのことだと気付いて曖昧に返す。
ミルクに絡まれなかったら独りで悪い方に考えてただろう。
それを思うとミルクが絡んでくれて良かったと思う。
「お兄さんにはもう連絡したのか?」
「ううん。どうしようか考えてる」
「だよな。俺たちが驚いたんだからお兄さんはもっと驚くかも知れないし」
驚くと言うだけならまだしも傷つけるかも知れない。
どうして〝憎しみを譲る〟といわれているサイトにアクセスしたのかと。
「……虐めが理由かな」
「もしかしたら」
省吾も俺と同じことを考えたようだ。
もしそうなら、そんな場所にアクセスするほど濱名さんは辛かったということ。
「濱名さんを虐めてた子って今日来てる?」
「俺に訊くなよ。知る訳ない」
「やっぱこういう時は優弥か」
「まあ。1年から3年まで女子の情報を網羅してるから」
「チャラいなあ」
「チャラいな」
チャラいという表現が今時代に沿ってるかは疑問だけど、優弥を表す言葉は「チャラい」という表現がぴったりはまる。
スマホという最強武器1つで学校中の女子の情報を手に入れる優弥はある意味で一番敵に回したくない男だと思う。
「教室に戻って優弥に訊くか」
「そうする」
見に行かなくても優弥に訊けば登校してるかくらいは知れる。
寝ていたから制服の背中を払って貰って屋上を後にして教室に戻った。
「優弥」
「んー?お帰り」
「ただいま。例の子来てる?」
「生き残り?」
「うん」
教室に戻ると優弥は正樹はプリッツを食していて、1限をサボったことは触れもせず机の上のスマホを手にする。
「寝てた?」
「うん。猫とついつい」
「猫?」
「なんだっけ。あ、牛乳」
「惜しい。ミルク」
「それ」
省吾と俺も優弥の机の隣の椅子を引っ張ってきて座り、省吾は俺と話しながらプリッツに手を伸ばす。
「猫なんてどこに居たの?」
「屋上」
「その猫どうやって入ったんだろ」
「さあ。知らないけど屋上に居たら急に現れた」
「へー。よく警備の目を潜って入ったね」
「猫くらいなら気付かないかもな。ライオンならまだしも」
ライオンよりも目立つ私服姿の女性だったけど。
あれだけ堂々と現れたんだからこの学校に用があってきた来客だったのかも知れない。
「可愛かった?その猫」
「まあ」
「ふーん。いやらしい」
最強武器を片手に言った優弥のそれに省吾と正樹が吹き出す。
「もしかして猫って……女子?」
「いや、猫だからメス」
「ん?やっぱ猫?」
「だから猫だって」
「吃驚させるなよ」
正樹と省吾の反応に優弥は笑う。
優弥が予想したように耳も尻尾もない猫だったけど、本人は猫だと言い張っていたからミルクはメス猫。
「休んでるって」
「そっか。ありがとう」
もう情報を得たらしく優弥は最強武器を机に置く。
「反省してるって思って良いのかな」
「さあ。休んでる理由までは知らないらしい」
まあそれはそうだ。
仮に反省して家に篭っているんだとしても、それを『反省のために休む』とは言わないだろうから。
「さっきのサイト、濱名さん関連?」
「うん。白井たちが居たから言わなくてごめん」
「いや。反応見てそうじゃないかと思ってたから」
「多分そうだろうってついさっき話してたとこ」
俺の反応で分かっていたようで優弥と正樹もまたプリッツを食べ始める。
「濱名さんがあのサイトを観てたのか?」
「らしい。昨日の夜にお兄さんから連絡きた」
「わざわざツトムに?」
「アドレスに見覚えがないか訊きたかっただけみたいだけど、俺の方が気になって」
省吾には先に話したことを2人にも説明する。
深夜から朝方にかけて何十回もアクセスした履歴が残っていてアクセスしてみたら〝404 Not Found〟だったから、濱名さんの様子がおかしかったことの理由を探しているお兄さんも気になってしまっているようだと。
「お兄さんが調べても全然引っ掛からなかったらしい」
「全然引っかからないっていうのも不思議だよな」
「なんで?」
「都市伝説的に広がってるのに誰も話題に触れてない」
「え?有名なサイトってこと?」
「全国的に有名なのかは知らないけど、少なくとも渡辺とか後輩たちはどこかで話を聞いたってことだろ?アクセスした履歴が残ってたなら濱名さんも知ってたってことだし」
優弥から言われて確かにと思う。
例えばこの学校の人間が冗談で作った身内ネタだとしても、誰独りとして話題にしてないのは逆に少し不可解ではある。
「渡辺に訊くか。どのくらい広がってる話なのか」
「うん。頼む」
また最強武器を手にした優弥は別クラスの渡辺にメッセージを送り始め、俺と正樹は『404』の名前で情報を検索をしている省吾の手元を覗く。
「女子には有名な話らしい」
「え?女子限定?」
「女の子の方がこういうネタ好きだからじゃん?」
「ああ。そっか」
俺も都市伝説系は嫌いではないけど、それを信じてアクセスするかというと面倒だからしないと思う。
「渡辺が聞いた後輩は姉貴から聞いたらしい」
「お姉さん?」
「この高校の3年前の卒業生だって。お姉さんの在学中にはもうあった話ってことみたいだな」
そんなに前から?
今まで一度も聞いたことがなかったから最近作られた話題なのかと思ったのに。
「俺たちと入れ違いの卒業生か」
「うん」
俺たちが今3年だから恐らく入れ違い。
そんな前の話題がどうして今になって流行り出したのか、それとも俺たちが知らなかっただけで女子の間ではずっと伝え知られていた話なのか。
「もうお兄さんに教えた?」
「まだ。省吾とも話したけど話すべきか迷ってる」
「んー。でもツトムに連絡して訊くくらい知りたがってるってことだろ?教えないといつまでも探すんじゃん?」
優弥が言うことも一理ある。
アドレスしか分からないのに俺に連絡をして見覚えがないかと訊いてきたんだから、知らないフリをしていたら独りでずっと探していそうだ。
「話した方が良いか」
「俺はそう思う。知ってどう受け止めるかはお兄さん次第だけど、昨日の様子を見るに凄い無茶しそうなタイプの気がする」
俺もそれは思う。
とことん思い詰めてしまいそうに見えると言うか。
まだ今だからなのかも知れないけど、俺から見てもお兄さんは危うい感じがした。
「省吾と正樹はどう思う?」
「正直俺は分からない。どちらが良いのか」
「俺も。妹がそういうアングラにアクセスしてたら今度はどうしてそんなところにって考えこむ気がする」
優弥と違って2人の返事は曖昧。
でも2人の意見もお兄さんの立場で考えてのこと。
「まあ帰りまでに考えよう」
「うん」
チャイムが鳴り優弥はプリッツの箱を机に押しこんだ。
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