貴方の憎しみ譲ってください

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一章

【優香(ゆうか)】1

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「ねえ知ってる?『404』ってサイト」
「なにそれ。繋がらない時に出るあれ?」
「4:04分にしか繋がらないんだって。他の時に観ても404 Not Foundだから『404』らしいよ」


              部活ダルいんだけど
              行かないと先輩煩いんだもん


「Not Foundならってことじゃん」
「うん。4:04分以外はないの」
「へー。それどこ情報?」
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは先輩から聞いたって」
「うさんくさ!友達の友達が~みたいな」
「だよね。私も聞いて笑っちゃったもん」


              じゃあね
              また明日ね


「それで?どんなサイトなの?」
「4:04分にアクセスすると白背景に一言書いてあるんだって」



【貴方の憎しみ譲ってください】



「え?それだけ?」
「リンクがあった人だけ憎しみの内容送れるんだって」
「なにそれ。選ばれし勇者みたいなノリ」
「私に言わないでよ。お姉ちゃんから聞いたんだから」
「本当に貰ってくれるならアクセスしてみたいけどね」
「でしょ?憎い勉強を譲りたい」
「そんな都市伝説より部活行くよ」
「待ってよー」







「馬鹿みたい」

教室を出て行ったクラスメイトの話に独りごちる。

二番煎じも三番煎じもしていそうな幼稚な噂話。
今時誰がそんな使い古された噂話を信じると言うのか。

「馬鹿みたい」
「優香」

2度目を呟いた時に教室の外から名前を呼ばれて顔をあげる。

「今日も塾?」
「うん」

友人の七海。
本当はね、友人なんて思ってない。

「さすが学年上位。まだ1年なのに偉いね」
「親に行かされてるだけだよ」
「良いじゃん。家は帰った途端に店を手伝えって煩いもん」

じゃあ代わる?
なんて。

「あ、引き止めてごめんね。塾頑張って」
「うん。七海も部活と手伝い頑張ってね」
「ありがとう。また明日ね」
「またね」

友人なんて思っていないのはお互いさま。
でも学校生活には友人が居た方が何かと都合が良いから。

友人との会話なんて腹の探り合い。
嫌われないよう上手く合わせてるだけ。

「馬鹿みたい」

下駄箱から靴を出しながらまた独りごちた。


「ただいま」
「なにをしてたの?遅れちゃうじゃない」
「ごめんなさい。授業のことで友達と話してたの」
「友達にレベルを合わせてどうするの。勉強遅れたいの?」
「ごめんなさい」
「言い訳は良いから早く乗りなさい。数分の勉強の遅れが命取りなんだから」

ああ、煩い。
それならお母さんが代わりに学校行ってよ。
周りの子と上手く合わせないと虐められたりするのに。

塾の日は母が車で迎えに来る。
私はこの時間が大嫌い。
母の話に付き合わなくてはいけないから。

「良い?優香もお兄ちゃんみたいに良い大学入るのよ?」
「はい」

良い大学って。
なにそのぼんやりした言い方。
なにを以てのかは人それぞれなのに。

「私も貴方の歳の頃は周りが遊んでても勉強してたの」
「はい」
「周りにレベルを合わせたら駄目。優香は私の子なんだから良い大学に行けるわ」

自分は希望の大学落ちたのに?
それなのに『私の子なんだから良い大学に行ける』はおかしくない?

「ちょっと。携帯触ってないで教科書を読みなさい」
「これタブレットだよ。勉強してるの」
「変な所は観ないでよ?」
「はい」

変な所って?
例えば『404』みたいな?

〝馬鹿みたい〟

匿名のSNSに独り言を呟く。
ここでは顔が見えないから好きなことを言える。
母には絶対に言わないようなことも。

私にはそこがゴミ箱のようなもの。
言わなかった本音を書いて捨てている。
だからゴミ箱の中はゴミでいっぱい。

今日はクラスメイトが話してた『404』のこと。
そのまま『404』とはもちろん書いていない。
聞いていた内容を少し変えて書きこんでいる。

ただの与太話。
今時こんな話を信じる人はいないだろうし、信じたとしても私が悪いんじゃない。
ネットに転がってる話を信じる方が迂闊なだけ。

クラスメイトが話していた内容を思い出しながら自分が体験したことように嘘を書く。
お姉ちゃんが、お姉ちゃんの友達が、なんて書いたら誰も見向きもしないから。

話を大袈裟に盛っておもしろおかしく書きこんだところで塾に着いた。







「あーあ」

塾が終わって外に出ると雨が降っていた。
いつもなら居る母の車が停まっていなくてスクールバッグからスマホを取りだす。

『エンジンがかからないからタクシーで帰ってきなさい』

確認すると母からそんなメッセージが届いていた。
仕方なく自分のスマホからタクシーを呼んだあと、暇つぶしでまたゴミ箱に愚痴っていようと自分のSNSを開いた。

「……え」

さっき書きこんだ与太話に付いていたメッセージが一件。

〝『404』でお待ちしております。〟

「あ!」

驚きで手を滑らせスマホを地面に落としてしまって、ガガガと嫌な音で地面を遠く滑ったそれを拾おうとすぐに階段を降りると先に拾われた。

「あの、それ私のです。ありがとうございます」

声をかけるとその人はさしていた傘を動かしてこちらを見る。

わー……綺麗な男の人。
近づいて来る男の人を目で追う。

「猫」

目の前まで来た男の人の肩に乗っていたのは猫。
真っ黒で可愛い。

「あ、すみません。ありがとうございました」

無言で私にスマホを渡した男の人はそのまま何も言わず歩いて行ってしまった。

不思議な人。
お礼を言っても愛想笑いすらしてくれなかったけれど、それでも不思議と不快には思わなかった。

男の人が行った先を見ていて思い出しスマホを見る。
衝撃で壊れてしまったかと心配だったけど、画面には無事ライトが灯った。

〝『404』でお待ちしております〟

見間違いじゃなかった。
一言も『404』の名前は出してないのに、このメッセージの人は分かっている。

かなり大袈裟に盛ったつもりだったけど甘かったみたい。
あの噂話を知っている他の人にも分かってしまうかも。
誰が書いたなんてことは分かるはずがないけど、万が一のことを考えて書きこみごと消した。


「ただいま」
「おかえり優香。今学校帰り?」
「塾だよ?」
「え?塾は休みだったんだろ?」
「ううん。ちゃんと勉強してきたよ?」

タクシーで帰って玄関を開けるとお風呂あがりの兄がいて、髪を拭いていた手を止め私を見て不思議そうに聞く。

「お兄ちゃんも雨で濡れたの?」
「いや。俺は駅まで迎えに来て貰ったから」
「誰に?」
「母さん」
「え?」

タクシーから玄関までの間に濡れた制服を叩いて雨粒を払っていて、そんな兄の話で顔をあげる。

「エンジンがかからないからタクシーで帰って来なさいってお母さんからのメッセージが届いてたよ?」
「車で迎えに来たけど。母さんの車で」
「え、でも」

スクールバッグからスマホを出して母から届いていたメッセージを兄に見せる。

「俺が連絡したのはもっと前だけど。大学を出る前に優香の塾がないなら迎えに来てって頼んだ」

どういうこと?
エンジンどうこうって話はなんだったの?

「優一。ご飯出来たわよ」

兄も不思議な顔をしていると母がダイニングから出てくる。

「母さん。優香今日は塾じゃないって言ったよね」
「エンジンがかからなかったんじゃないの?」
「仕方ないでしょ。お兄ちゃんが風邪ひいたらどうするの。優香はお兄ちゃんと違ってただの塾なんだから」
「いや待って。優香の塾の送迎がないならって言ったよね。塾の方が遠いんだから俺はバスで良かったのに」

兄は私の塾がなかったらと言ったみたいだけど、母は私より兄を迎えに行く方が重要だったと言うことなのだろう。

「そう」
「優香」
「良いの」

名前を呼ぶ兄の横を通ってバスルームに行く。

良いの良いの。
母は私より兄が大切だって知ってるから。
私も兄は好きだから良いの。

父が居るから良いの。
兄が居るから良いの。
私には2人が居れば良い。

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