ホスト異世界へ行く

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第十四章

手続き

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裁判が終わり身元引受人の手続きも済んで数日。
元アルシュ候が俺の臣下になり領主代理の手続きもして身分をハッキリさせたあと、アルク校にレアンドルの退学手続きと身元引受人(保護責任者)の変更手続きに向かった。

英雄エロー公爵閣下、エステティーク公爵閣下へ敬礼!」

二回目の訪問。
総領の転移の術式を使ってグラウンドに姿を現した俺たちを迎えてくれたのは王宮騎士や王宮魔導師などの軍人。

英雄エロー公爵閣下、並びにエステティーク公爵閣下へご挨拶申しあげます。ようこそ足をお運びくださいました」
「迎え入れ感謝する」

左右を軍人たちが並んで警備する中、学長が代表で挨拶をして数名の講師陣も跪いて頭を下げる。

「私の訪問通達は急遽になってすまない。手数をかける」
「滅相もないことで。ようこそ足をお運びくださいました」

総領も一緒なのは護衛という理由も含め、総領自身が父親のプリエール公爵に次いで代表出資者(高額の出資をしている人を代表出資者と呼ぶ)になっているから、その手続きのために。
婚約発表の際に賢者の身分を明かしたから、今後名乗ることになる『エステティーク公爵』の名に変更する必要があって。

「では学長室へ」
「よろしく頼む」

今生徒たちは講義の時間。
元アルシュ候のシリルとレアンドルとジェレミーも一緒に学長室へ案内された。

「すぐに終わる私から先に手続きをしてしまいますね」
「ああ」

学長の対面のソファに座ってまずは総領の変更手続き。
ミラン・エルマンデル・プリエールの名前からミラン・エルマンデル・エステティークに変更して自分の紋印を押す。

「思えば成婚したら再度変更に来る必要があるな」
「はい。婚約期間が数日足らずでしたら二度手間にならないよう成婚後に変更しましたが、数ヶ月から年単位はエステティークを名乗るのに変更しない訳にもいきませんので」

名前を見てふと思った俺に総領は苦笑する。
今までプリエール公爵の息子として登録してあったものは全て変更しないといけないということだから大変だ。

「こちらが変更手続きと、ロニー」
「はい」

総領の従者は呼ばれると魔導鞄アイテムバッグから小切手を出して渡す。

「これは運営に役立ててくれ」
「いつもありがとうございます。お預かりいたします」

従者が置いた小切手は援助金。
変更するついでに渡そうと用意してきたようだ。
書類と小切手を預かってすぐ学長は封筒に入れると、用意してあったシーリングスタンプで封をして保護魔法をかける。
これで学長以外の人には開けられなくなった。

「レアンドル」
「はい」

総領の手続きが終わったから次はこちらの用事。
レアンドルはシリルから言われて退学届けをテーブルに置く。

「御父君から事前に聞いたが、本当に退学を決めたのだな」
「はい。アルク国を離れてブークリエ国に行きます」

複雑な表情の学長にハッキリ答えたレアンドル。
事前に父親のシリルが伝達を送っていたらから学長ももう事情を含めて分かっていたけど、改めて生徒自身から退学届けを受け取るのは複雑な心境なんだろう。

「私は退学しますが、弟のジェレミーは閣下のご配慮で変わらずアルク校に通えることになりました。社交的で心優しい弟が一人前になれるよう今後もご指導ご鞭撻を願います」

学長に深く頭を下げたレアンドルを見るジェレミー。

「父親の私からも改めて謝罪と感謝を。レアンドルは卒業ではなくこのような形での自主退学となってしまったことをお詫び申し上げます。ジェレミーについては私が爵位を失ったことで一般国民となってしまいましたが、閣下の元で働き学費は変わらず支払いますので今後もよろしくお願いします」

シリルも同じく深く頭を下げてジェレミーも頭を下げる。
アルシュ侯爵の身分は奪爵になって一般国民になったけど、貴族として生まれ育った三人の気品は失われていない。

「頭を上げてください。今までアルシュ侯爵家には幾度も援助をいただいてきました。例え一般国民になられてもその感謝の心が失われることはありません。学長として大切な生徒の一人のレアンドル子息が退学することは残念に思いますが、こちらこそ今後もよろしくお願いいたします」

頭を下げ合う学長とシリル。
レアンドルは志半ばでアルク校を去ることになるけど、ジェレミーは今後も変わらずここで知識と技術を学んで行く。

「では手続きをお願いします」
「はい」

副学長が置いたのは三枚の書類。
シリルの前には保護者名のシリル・ルセ・アルシュからシリルとだけに変更する手続き書類を、ジェレミーも同じく生徒名のジェレミー・ルセ・アルシュからジェレミーとだけに変更する書類を、俺の前には先代のモーリス・ルセ・アルシュから俺が保証人になる手続きの書類を。

「閣下」

後ろに立っていたエドが俺に耳打ちする。

「シリル、ジェレミー。少し待て」
「「え?」」

書こうとした二人を止めてエドに耳打ちして返す。

「学長。すまないが少し時間を貰う」
「はい。構いません」
「エド、頼む」
「はっ」

頷いたエドは腕輪の晶石に魔力を流す。

「ベル。見えてる?」
『ええ。私の方も見えてる?』
「大丈夫」
『移動させるから少し待ってね』

晶石から映されたのはベルの姿。
先に姿が投影されることをお互いの姿で確認してからエドは腕輪を外すとテーブルの上に置く。

「……ち、父上!?」
「「御祖父さま!!」」
『久しいな、シリル』

投影された姿を見て驚き立ち上がったシリル。
相手はシリルの父の伯爵で、ベッドに身体を起こしている。

「私が分かるのですか!?大丈夫なのですか!?」
『落ち着け。騒がしいのは相変わらずだな』

くつくつと笑う男性。
身体は痩せ細ってはいるけれど気品がある。

『シリルの隣に居る若者が私の孫か?』
「は、はい。私の息子のレアンドルとジェレミーです」
「長子のレアンドルと申します」
「二男のジェレミーと申します」

胸に手を当てて頭を下げたレアンドルとジェレミー。
挨拶をした二人を見て伯爵は頬を緩ませる。

『私は二人の祖父のヨハン・バース・オーブだ。孫が生まれたことも知らず何もしてやれなかったことを許してほしい』
「こうしてお言葉をかけてくださっただけで充分です」
「私も同じ気持ちです。お目覚めになって良かった」

涙を零すシリルの背に手を添えるレアンドルとジェレミー。
三人がこんなにも喜んでいる理由は闘病中だったオーブ伯爵が言葉を交わせるようになっているから。
まだシリルが成婚する前に倒れてから自分は疎か妻や子供のことも分からなくなって正気を失っただけでなく、一年ほど前には再び倒れてベッドから起き上がれなくなった。

『孫とゆっくり話す前に、シリル』
「はい、父上」
『お前に私の持つ子爵位を襲爵させる』
「……え?」
『再び私の息子としてシリル・バース・レーグルを名乗れ』

唖然とするシリルとレアンドルとジェレミー。
突然の状況に追い付けずぽかんとしている三人を見て笑い声が洩れる。

「オーブ伯。挨拶するのは初めてだな。私が英雄エローだ」
「私はエステティークと申します」

会話が止まったタイミングで総領と一緒に挨拶をする。

『やはりそうでしたか。第三者の前でお呼びしてよいのか迷いましたのでご挨拶が遅れたことをお許しください。お二人の治療のお蔭でこうして身体を起こせるまで回復いたしました』
「まだ暫くは投薬を続けてくださいね」
『はい。このご恩は必ずお返しいたします』

ベッドの上で深々と頭を下げるオーブ伯爵。
ひとまず起き上がれるくらいには回復したようで良かった。

「お二人が父上の治療を……?」
「国王陛下からシリルの御父君が闘病中だと聞いてな。裁判後に総領とオーブ伯の屋敷へ訪問して治療を行った。原因自体は私の恩恵と魔法で取り除いたものの目覚めずミランが投薬治療を続けていたが、無事に目覚めたようで良かった」

極秘裁判の後に行ったのはオーブ伯爵の屋敷。
元気になる保証はなかったから秘密にしてたけど、オーブ伯夫人から目が覚めた伝達が総領に届いてベルに行って貰った。

『私の代わりにシリルが家族を背負いアルシュ侯爵家に婿入りしたことは聞いた。前侯爵夫妻やシリルの妻が罪を犯したことで奪爵されシリルや孫たちが一般国民になったことも。今までお前たちに何もしてやれなかった償いとして私が持つ爵位の一つを受け取ってほしい。陛下からも許可を得ている』
「父上」

ぼろぼろと涙を零すシリル。
今この瞬間はレアンドルとジェレミーの父親ではなくオーブ伯爵の息子に戻っている。

『シリル。今までもこれからもお前は私の大切な息子だ。そしてお前の子供のレアンドルとジェレミーは私の可愛い孫だ。私は父や祖父としてお前たちのために出来ることをしよう』
「ありがとうございます、父上」

父親の背中をさするレアンドルとジェレミーを見て学長も安心したように表情を緩ませる。
第二の人生が始まったばかりの三人に心強い味方が居てくれて良かった。

「後ほど魔法検査のために屋敷へ訪問する。その際にシリルとレアンドルとジェレミーも連れて行こう。空白期間にあったことをゆっくり話せるようそれまでは身体を休めていてくれ」
『承知いたしました。お心遣い感謝いたします』

学長や副学長が居るこの場では話せないこともあるから後で訪問することを伝え、ベルにはそのままオーブ伯爵の屋敷で待つよう伝えて通信を切った。

英雄エロー公爵閣下、エステティーク公爵閣下。父をお救いくださりありがとうございます。この御恩を生涯忘れず英雄公爵閣下の臣下として剣となり盾となりお仕えすることを誓います」

椅子から降りて跪き頭を下げる三人。
そんな三人を見て総領と顔を見合わせ苦笑する。

「どうにも私に仕える者たちは忠誠心が強すぎるな。シリルは私の直属の臣下になると言っても、頼みたいのは元アルシュ領の代理領主の仕事だけだ。剣にも盾にもなる必要はない」

苦笑しつつ三人を魔法で浮かせてソファに座らせなおす。
シリルが言った『剣となり盾となり』という言葉は『剣として戦い盾として身を呈して守る』という誓いだけど、領地や領民のために働いてくれる以上のことは望んでない。

「臣下のシリルやレアンドルやジェレミーも含め、精霊族のために戦い守るのは英雄の私の役目だ。シリルたちは御父君との交流も深めつつ自身の役目を果たしてくれたらそれでいい」
「はい。神に誓って」

ソファに座り直した(座り直させた)三人にすかさずエドがリフレッシュをかける中、その返事を聞いてくすりと笑った。

「御父君のオーブ伯爵閣下のご回復お慶び申し上げます。そして新子爵にご襲爵おめでとうございます」
「ありがとうございます」

学長と副学長は頭を下げて伯爵の回復と襲爵を祝い、シリルもお礼を言って頭を下げる。

「さあ、手続きを済ませよう。名前を間違えないようにな」
「はい」

シリルの名前はシリル・バース・レーグルに。
ジェレミーの名前はジェレミー・バース・レーグルに。
レアンドルの名前はレアンドル・バース・レーグルに。
今日のタイミングで目覚めたのは偶然だったけど、それぞれがサインをする前で良かった。





「懐かしい」

手続きを済ませて向かったのは魔導校の校舎。
講義をしている講師たちの声が聞こえてくる廊下を歩きながら総領は窓から景色を見て呟く。

「総領は魔導科を卒業したのか?」
「魔導科と魔術科と武器科と薬学科を卒業しました」
「え?四つも?」
「一年ずつ学んで卒業しましたので」
「俺の婚約者が優秀過ぎる」

訓練校と魔導校を卒業してるエミーといい優秀過ぎる。
つくづく賢者という生き物はチートだ。

「勉強が苦手な賢者って居るのか?」
「賢者も様々ですので勉学にも得手不得手はありますが、魔法の知識以外の勉学には興味が無いという方は多いです」
「色々と学んだ総領やエミーの方が変わり者ってこと?」
「どうでしょう。あらゆる知識を詰め込んだアポトール公や私が変わり者なのか、魔法だけを極める者が変わり者なのか」
「どっちも極端すぎるな。つまり賢者は賢い変人と」
「そこは反論できません」

そんな会話をする総領と俺の前を歩いているシリルとジェレミーとエドはくすくす笑う。

「エステティーク公爵閣下が在籍中に成した数々の功績は今でもトロフィーや勲章としてアルク校の各所に飾られていて、私を含め閣下に憧れている生徒は多いです」
「へー。見て回ろうかな」
「お辞めください。過去のことですから」

レアンドルが教えてくれて答えると即座に止められる。

「過去でも俺の婚約者の功績には変わりないだろ?」
「両陛下から数々の栄誉勲章を賜っている閣下が見て楽しめるようなものではありません。私がただ恥ずかしいだけです」
「楽しいって言うか、すげぇってなると思うけど」
「駄目です。何年も前の過去の栄光の話題になるのは辛い」

よほど厭なようで大きく首を横に振る総領に笑う。
むしろ凄いことで恥ずかしがるものじゃないと思うけど、卒業後から今までに数々の大きな功績をあげている総領にとって学生時代の功績は既に些細な功績になっているんだろう。

そんな話をしている間にも更衣室に到着。
アルク校では生徒一人につき一つ鍵付きのロッカーが用意されていて、講義に必要な教科書や武器や体操服などの私物はそこに仕舞ってあるらしい。

「全部持って帰って家でゆっくり分ける?」
「武器以外は要らないが」
「教本は残して勉強するよう閣下から言われただろ」

ロッカーの中の私物を魔導鞄アイテムバッグに仕舞う二人。
武器にしか興味がないレアンドルに呆れたように文句を言いつつも手伝っているジェレミーの方が兄のように見える。
しっかり者の弟と天然気味な兄という組み合わせの双子。

「持ち帰るものはロッカーの中身だけなのか?」
「武器以外は要らないので」
「いやレアンドルが必要かどうかじゃなくて、残しておいたら学校側が処分に迷うだろう?」

シリルも手伝って三人で。
明らかにロッカーより長い弓も出てきたということは、魔導鞄アイテムバッグと同じ仕様になってるロッカーなのか。

「あ、チャイムが鳴りましたね」
「うん」

更衣室の出入口で三人の様子を見ていると講義終わりを報せるチャイムが鳴って、各教室から講師や生徒が出てくる。

『…………』

廊下に出てきてふと人の存在に気付いた生徒たちは固まる。

英雄エロー!」

一人の生徒の声でハッと正気に戻ったように廊下はザワザワし始めて、声を聞きつけた生徒も教室から出てくる。
すぐに講師たちが近付かないように止めると講師の一人がこちらへ歩いてきた。

「こちらから失礼いたします。英雄エロー公爵閣下、並びにエステティーク公爵閣下へご挨拶申し上げます」

護衛で立っているエド以上には近付かず頭を下げた講師。
そこが近寄っていい境界線だと理解しているのはさすが。

「エド。この人はいい。訪問した際に世話になった講師だ」
「左様でしたか。失礼をいたしました」
「滅相もないことで」

胸に手をあてて頭を下げ合うエドと講師。
俺の方から講師に近付く。

「数ヶ月ぶりだな。また騒がせてすまない」
「講師陣は学長より訪問報告を受けておりましたので」
「そうか。だから生徒たちへの対応が早かったんだな」
「はい」

最初に講師たちが教室から出てきて後から出てきた生徒たちを止めたかと思えば、今も数名でエドより前に立ってこちらには近付かないよう誘導している。

「レアンドル・ルセは私物を纏めている最中ですか?」
「ああ。父親と弟のジェレミーも手伝って魔導鞄アイテムバッグに仕舞っているところだ。武器以外は要らないと本人は言っていたが、全て持ち帰らせて屋敷で必要な物と不要な物に分けるらしい」
「左様ですか」

訪問した時に合同練習で的を射る実技を指導していた講師。
今まで魔導科に在籍していたレアンドルのことも当然知っているだろう。

「魔力暴走を起こして容姿が変化したと聞いたのですが」
「髪が白になり虹彩が赤に変化した」
「体調は問題ないのでしょうか」
「そこは心配要らない。私の魔法検査でも異常はなかった」
「そうですか。成年して魔力暴走を起こすのは稀ですので体内に異常がないか気掛かりだったのですが、安心しました」

言葉通りホッとした講師にくすりと笑う。
退学すると知ってる生徒でも身体の心配をするいい講師だ。

「本人は容姿が変化したことを気にしているのでしょうか」
「気にしていないと言えば嘘になる。容姿が変化した自分を穢れ者と言う者が居れば父親や弟にも迷惑がかかるというのがアルク校を辞めて国を離れることにした第一の理由だからな」
「やはりそうでしたか。ただの迷信に過ぎないのですが、年配の中にはいまだに信じている者もおりますからね」

容姿が変化したと聞いて退学する理由を察したんだろう。

「ビルト講師」

講師と話していると更衣室から出てきた三人。
レアンドルが気付いて名前を呼ぶ。

「退学するそうだな。まだ教えることがあったのに残念だ」
「すみません」
「謝る必要はない。例えアルク校を辞めても勉学はどこでも出来るのだから今後も知識や技術を学ぶことは続けてほしい」
「はい。ありがとうございます」

軽く肩を叩いた講師にレアンドルは頭を下げる。
本人とは魔力暴走についても容姿についても触れず今後のことを話しているのを見ていると、さすが講師だなと思う。

「ジェレミーは今後もアルク校でお世話になりますので、指導の際にはどうぞよろしくお願いします」
「ああ。学科は違うが、指導する際は手加減せずにいよう」

レアンドルやシリルと一緒に出てきて話を聞いていたジェレミーが苦笑するのを見て総領と俺も笑う。
一番指導が厳しそうな講師だから嘸かし魔法技術が磨かれることだろう。

「レアンドル!」

聞こえてきたのは聞き覚えのある声。
こちらには来れないよう止めている講師陣の向こうで手を振っていたのはパストルで、隣にはアメリアも居る。

「友人たちにも挨拶をして来なさい」
「はい」

近々アルク国を離れるからその前に。
シリルから言われたレアンドルはパストルたちの方に行く。

「せっかくだからジェレミーも自分のクラスメイトや親しい者に顔を出して、近々復学することや名前が変わったことを報告してくるといい。突然の休学になって心配していた者も居るだろうからな。私たちはカフェテリアで待っている」
「ご配慮ありがとうございます」

俺が行くよう言うと嬉しそうに走って行くジェレミー。
ジェレミーの方は社交的で友人も多そうだから、本当は一日でも早く報告したかったんだろう。

「魔導校の三階にあるカフェテリアをお使いください。今の時間でしたらそこが一番生徒の出入りが少ないですので」
「ありがとう。これ以上は迷惑をかけないよう早速行こう」
「「はい」」

総領とシリルとエドに声をかけ講師にも挨拶をしてから、卒業生の総領に場所を教わったエドの護衛で更衣室を離れた。

「前回訪問した際には生徒たちが押しかけて大変だったと聞きましたが、今回は見ているものの近寄ってはきませんね」
「もう二度目だから前回ほどのパニックにはならないのもあるだろうけど、総領やエドも居るからって理由もありそう」
「エステティーク公とエドワードさまが?」

ジェレミーから聞いたのか、前回の騒動のことを知っていたシリルに答える。

「前回は講師や生徒の素の様子を見るために雌性の姿で来たから傍に護衛を連れてなかったけど、今回はアルク国の筆頭公爵家の長子で賢者公爵のミランと武闘本大会の個人戦準優勝者のエドが護衛についてるから。下手に近寄れないと思う」

総領は婚約発表でアルク国の賢者だと明かしたし、エドも今日は尻尾や耳を出したままの獣人族の姿で来てるから、俺の執事で本大会の準優勝者だと分かってる子が殆どだと思う。
前回のように不用意に近寄ろうものなら不審者と判断されて強者の二人からその場で拘束されても文句は言えない。

「確かに。怒涛の月日でしたので英雄エロー公やエステティーク公やエドワードさまとお会いすることに違和感がなくなっておりましたが、本来ならば私如きがお近付きになる機会のない方々と御一緒させていただいてることを改めて気付かされました」

そんな返事をしたシリルに笑う。

「自分のことを如きって言うのは今ので最後にしろ。英雄の俺の直属の臣下で、婚約者になるレアンドルの父親でもあるシリルももう俺たち側に立ってることを忘れるな。誰に何を言われようともどんな目で見られようとも堂々としていろ」
「そ、そうですね。肝に銘じます」

今更ながら緊張が入混ざった真剣な表情で返したシリルに総領とエドもくすくすと笑った。


術式で階を移動して魔導校三階にあるカフェテリアに到着。
高級感のある扉にはカフェテリアと書いてある。

「よ、ようこそお越しくださいました」

エドが開けてくれた扉から先に総領とシリルに入って貰って俺もすぐに続いて入ると、カフェテリアの右側にあるカウンターに居た男性が声をかけてくる。

「四名利用したい」
「承知いたしました」

さすが卒業生。
カウンターは受付らしく総領が即座に男性に伝える。

「座席は」
「お兄さま!?」

男性の声に重なった女性の声。
席から立ち上がった二人は急ぎ足でこちらに来る。

「お兄さま、英雄エロー公、なぜ訓練校に」

驚いた様子で聞いたのはヴィオラ嬢。
婚約者のアクセルも一緒に来て兄妹の会話の邪魔をしないよう言葉は発さず胸に手をあて軽く会釈をして挨拶をしてきて、俺とエドとシリルも同じく胸に手をあて挨拶を返す。

「私は代表出資者名簿の名前の変更手続きだ」
「ああ、そういうことですか」

総領が来ることを知らなかったらしいヴィオラ嬢は話を聞いて納得する。

「ヴィオラ嬢とアクセル卿も来たばかりか?」
「はい。今日は研究日ですので朝から研究棟に居たのですが、一時間ほど休憩を挟もうと話してこちらに」

二人が座っていたテーブルに何も無いのを見て聞くとヴィオラ嬢が答える。

「飲食がまだなら一緒にどうだ?」
「よろしいのですか?」
「婚約者同士の語らいの邪魔にならないのであれば」
「そ、そんな邪魔なんて!」

ほんのり赤い顔で否定するヴィオラ嬢に総領と笑う。
ヴィオラ嬢とアクセルは互いの両親のすすめで幼い頃に婚約したらしいけど、まだまだ初々しい。

「アクセル卿もいいか?」
「光栄にございます」

アクセルは正反対に落ち着いていて冷静。
いい組み合わせだ。

「待たせてすまない。後ほど二名の男子学生も来る。こちらの生徒と合わせて八名ぶんの席は用意できるか?」
「テーブルを組み合わせた席となりますが構いませんか?」
「ああ。それで構わない」
「早急にご用意いたしますので少々お時間を頂戴します」
「慌てなくていい。無理を言ってすまない」
「滅相もないことにございます」

待っていた受付の男性は俺に深々と頭を下げるとすぐにカウンターを離れる。

「二名の男子学生とは?」
「私の臣下になったシリルの子息だ。私がシリルも含む三人の身元引受人となったために変更手続きに来た」
「閣下が身元引受人に?」

きょとんとするヴィオラ嬢。

「私と息子二人は元アルシュ侯爵家にございます」
「アルシュ……あ」

シリルが説明するとヴィオラ嬢も気付いてチラと俺を見る。
総領の家族のヴィオラ嬢は俺がアルシュ侯爵家と極秘裁判をしたことを知っているから、なぜ裁判相手の身元引受人にと思ってるんだろう。

「今はシリル・バース・レーグルだ。御父君のオーブ伯爵の爵位を襲爵してレグール子爵となった」
「え?オーブ伯のご子息さまなのですか?」
「はい。一度はアルシュ侯爵家に婿入りしましたが、父の持つ爵位の一つを賜り再びバース一族として迎えられました」
「そうでしたか。知らず失礼いたしました」
「まだ手続きは済んでおりませんので」

知らないのも当たり前。
ついさっき襲爵したばかりだから。

「改めてご挨拶を。シリル・バース・レーグルと申します」
「ヴィオラ・エルマンデル・プリエールと申します」
「アクセル・ライル・アヴェルスと申します」

ボウアンドスクレープとカーテシーで挨拶をする三人。
それを見て総領やエドと微笑した。

十人以上は座れそうな席を急いで用意してくれた従業員たちにお礼を言って六人で席に着き、みんなで好きに飲食できるよう紅茶や珈琲やお菓子や軽食などを注文して一息つく。

「本当にここはあまり生徒が来ないな」

チャイムが鳴った後だから今は休憩時間。
校内にあるカフェテリアだから続々と来てもおかしくないのに俺たちの後に来た生徒の数もポツポツ。

「こちらのカフェテリアは一般国民が来ませんので」
「ん?貴族専用ということか?」
「いえ。ただ、お値段が。訓練棟やグラウンド傍のカフェテリアの方が手の届き易い価格帯ですのでそちらに」
「ああ、そういうことか」

総領が教えてくれてメニュー表を見ると確かに一般国民が頻繁に来るには厳しい価格かと納得する。

「私が在籍していた時も魔導棟にある魔導科や薬学科や魔術科に属している貴族家の生徒が主でしたので、ゆっくりしたい時や書籍を読みながら飲食をしたい時には来ていました」
「静かだしゆっくり出来るのは間違いないな」

講師がここがいいと言ったのも生徒の数が少ないということにプラスして安全だからというのもありそう。
厳しく礼儀作法を躾られている貴族家の令息や令嬢ばかりだからワッと集まって来ることもない。
今も目が合いはするものの会釈をするだけで近寄らないし。

納得してカフェテリアの様子を眺めていると扉が開く。

「あ、シスト」

四人で入って来た男子生徒の一人にシストが。
思わず声をあげるとみんなも扉の方を見る。

「訪問の際に特別講義で戦っておりましたね」
「ああ」
「お連れいたしますか?」
「いや、友人と一緒に居るのだからやめておこう」

アクセルが気を遣って呼びに行こうとしてくれたけど、友人と居るのにこちらから声をかけるのも。
そう思っていると四人の顔がこちらを向く。

「あちらからご挨拶に来るようです」
「気を遣わなくて良かったのに」

呟いた俺に総領は苦笑する。
これだけの人数で座っていて目立っているのに気付かないはずもないか。

「ご休憩のところを失礼いたします。英雄エロー公爵閣下、並びにエステティーク公爵閣下へご挨拶申し上げます」

シストが代表で挨拶をして一緒にボウアンドスクレープで挨拶をする男子生徒三人。

「元気そうだな、シスト子息」
「はい。お蔭様で今は健康体で過ごせております」

そう会話を交わした総領とシスト。

「知り合いだったのか」
「シストの祖母や父母は同じ国家研究員ですので」
「ああ、そうか」

そう言えばアルク国王が言ってたな。
曽祖父が国の元宰相で祖父も元騎士団長だしラウロさんも魔導師団の団長だし、一族揃ってエリートの公爵家だった。

「祖母や父母が国家研究員ということもありますが、私自身エステティーク公爵閣下には命を救われた恩がありまして」
「命を?」
「はい。初等科の頃に魔力を上手く制御できず命が尽きかけていた時に制御薬を開発してくださったのが閣下でした」
「そんなことがあったのか」

俺の婚約者、ほんと天才だな。
こんなクズと婚約させて申し訳なくなるくらいに。

「シストを救ったのは他でもないご家族だ。孫や息子を救いたい一心で熱心に研究していたことに私が少し助力したに過ぎないのだから、感謝の心はご家族に」
「ありがとうございます」

深々と頭を下げるシスト。
うん、俺の婚約者が紳士なイケメン過ぎる件。

「……そんなにジッと見られては動悸が」

俺が見てることに気付いた総領は胸を押さえる。
途端に知能指数が落ちた残念なイケメンをヴィオラ嬢は虚無の目で見ていて、そんな兄妹の変わらない様子に笑った。

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