ホスト異世界へ行く

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第十四章

開店

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英雄の婚約発表が行われて数日。
まだ人々の間ではその話題が交わされることも多い中、西区南側は別の理由で賑やかだった。

「ようこそお越しくださいました」

出迎えたのはメイド服を着た女性。
スカートをちょこんと摘み簡易カーテシーで挨拶をする。

「ご案内いたします」

店内の席もテラス席も満席。
並んで待っていた人が席に案内される最中もメイド服の女性や制服姿の男性が慌ただしく料理や飲み物を運んでいる。

「パンケーキ豪華だし可愛すぎ!」
「カフェラテ?の絵も可愛すぎて飲めない!」

生クリームや果物が乗ったフカフカのパンケーキとラテアートが施されたカフェラテのセットを注文した女性二人は、運ばれてきた可愛らしい見た目のそれを見て盛り上がる。

「サンドイッチと言ったか。柔らかいパンに挟まれた野菜のシャキシャキ感とベーコンのカリカリ感がいい」
「私が注文したホットサンドも表面はカリカリ中はふわふわで美味しいです。見た目も美しくて食欲をそそられますわ」
「ああ。英雄公監修の異世界カフェを名乗るだけあって料理や飲み物がここでしか味わえない物ばかりな上に、店内の造りや従業員の制服に至るまで斬新なデザインだ。来て良かった」
「ええ。並んだ甲斐がありましたわね」

そう話すのは軽装姿で足を運んだ貴族家の夫妻。
サンドイッチやホットサンドのセット(サンドイッチ+飲み物+サラダ)を注文して会話も交わしながら食事を楽しむ。

「いらっしゃいませ!3名様ご案内いたします!」
「ようこそお越しくださいました!」

今日は異世界カフェのオープン日。
一般国民や貴族や一般国民を装った貴族までが異世界料理を目当てに足を運び、店内もオープンテラスも賑わっていた。

一方厨房では。

「料理長!レチュ追加します!」
「お願い!洗ったあとの水分はしっかり切ってね!」
「はい!」
「忙しくても鑑定は必ずするように!妥協は駄目よ!おかしな物を出しては英雄公の名を穢すことになるのだから!」
『はい!』

パスタを皿に盛りつつ指示を出しているのはアデライド。
異世界カフェの厨房で料理長として腕をふるっている。

「こちらへ並んでください」
「今の待ち時間は最後尾で二時間ほどとなっております」

店の外で来店した客人を誘導するのはネルとセルマ。
ロイズやレイモンやドニも警護に付いている。

「カムリン。こっちは大丈夫?」
「ええ。ウーゴの方は?」
「今のところは問題ない」
「引き続き気を引き締めて警備にあたらないとね」
「うん。何かあったら救援を出してくれ」
「了解」

勇者や英雄の故郷の異世界料理が味わえるカフェということで北区と西区の境界近くまで人が列になっていて、西区の警備隊のカムリンやウーゴの部隊も警備にあたっていた。

「異世界カフェ凄い人気だな。幾ら境界に近い南側に建てたとは言え、西区にこれほどの人が集まるのを初めて見た」
「私もこの境界に立つようになって七・八年が経つが、このように貴賎問わず人々が行き交うのを見たのは初めてだ」

そう話すのは境界を警備している騎士たち。
英雄が領主になってから多くの警備隊が配置され犯罪件数が大幅に減ったとは言え、スラム街とまで言われた以前の西区の悪いイメージにプラスしてわざわざ足を運ばなくてはならないような店もないとあって、他の地区の人たちが警戒して近寄らない状況は変わらなかった。

「どのような人物が領主になるかが領民の生活を大きく左右することを改めて実感する。スラムだった西区にまさかカフェが出来るなど少し前までは思いもしなかった。建築予定の商業施設も完成すればますます人の流入が増えるだろう」

英雄が領主になって西区は変わった。
犯罪の温床になっていた廃墟の殆どは取り壊され、境界から毎日のように見ていた物乞いの姿ももうない。
正式に西区の領民となり籍を置いた者たちは新たに建設された住居に入居をして、援助を受けながらも西区の建築解体の仕事や他の地区で何かしらの仕事をして生活する者が増えた。

今回オープンしたカフェから始まり、既に建築中の商店の他にも幾つもの商店が入った異世界式の商業施設が建築予定になっていて、それが建てば領民の雇用率も上がる。
今まで働きたくても働けなかった領民たちのために英雄は国と幾度も協議を交わし、スラムだった西区の安全性をまずは最重要課題にして乗り越え建築許可を得ることが出来た。

「真面目に生きていながらも苦汁を嘗めてきた領民が今後は異世界地区の領民として報われることを願う」

たかがカフェ、されどカフェ。
前領主から放置され続けてスラム街と化してしまった西区に新店がオープンしたということは大きな意味を持つ。
今後の発展を予感させる重要な第一歩になったのだから。

英雄が領主の異世界地区。
未来には西区がスラムだったことを知らない若者が増え、異世界地区と呼ばれ発展していることを願いたい。


再び異世界カフェでは。

「ようこそお越しくださいました」

メイド服姿で茶髪をお団子頭に結んでいる可愛らしい美少女がスカートを摘んで軽くカーテシーで挨拶する。

「似合っているではないか」
「何を着ても似合ってしまうから困りますわ」
「そうだな」

くくっと笑うのはブラウンの髪と瞳の背の高い男性。
その男性と一緒に来店した二人の背の高い男性は苦笑する。

「来てくれてありがとう」
「食事に来る約束だったからな」

来店したのは魔王とエディとラーシュ。
迎えた美少女とはもちろん髪の色と瞳の色を変えた俺だ。
三人とも魔力を抑えて人族を装い足を運んでくれたことにお礼を伝える。

「空いたのはテラス席だけどいい?」
「ああ。どこでも構わない」
「じゃあこのまま案内する。3名様ご案内いたします!」
「ようこそお越しくださいました!」

店内の従業員に来店人数を伝えてから三人を空いたテラス席に案内する。

「こちらが本日のメニューです」
「ありがとう」

水の入ったデキャンタやグラスやおしぼりをトレイに乗せて運んで来た従業員からそれを受け取り、先に真ん中にメニューを置いて一人ずつおしぼりを渡す。

「この温めてある小さな布は何に使うんだ?」
「おしぼり。手を拭くもの」
「ほう。そんなものがあるのか」
「うん。異世界では当たり前のようにあるものなんだけど」

グラスにデキャンタの水を注ぎながら説明する。
日本で暮らしていて飲食店に行けば当然のように渡されていたオシボリもこの世界にはない文化で、最初に用意するセットの中でオシボリの話をした時はアデライド嬢から驚かれた。

「一般国民のお客様には水が幾らか聞かれたりするし、席料が幾らなのかを聞かれたりもする。どっちも無料なんだけど」
「え?無料なのですか?」
「それも異世界では当たり前のことだった」

ラーシュから言われて頷く。
日本でもお高い店に行けばミネラルウォーターの値段を取られるけど一般的なカフェで出すような水は無料だったから、異世界カフェを名乗るこの店でも水は無料だし席料もない。

「今回オープンしたここはあくまでもカフェだから。一般国民でも来て貰えるくらいの値段設定にしてある」
「たしかにメニューを見ると安いな」
「はい。砂糖を使用した甘味は軽食より値段がはりますが、それでも通常では有り得ない値段かと」
「通常の砂糖じゃない砂糖で代用してるから」

メニューを確認する魔王とエディの会話を聞いて代用の砂糖を使っているから安く出せることを説明する。

「武闘大会の出店で使用したというアレか」
「そう。もう店はオープンしたから公にするつもり」
「やはり独占するつもりはないのか」
「ない。今までは贅沢品で一般国民が購入するには厳しかったお菓子類も買いやすい値段の商品が作れるようになるし」
「相変わらず欲のない」
「食文化が発展して欲しいって大きな欲ならあるけどな」

苦笑した魔王に笑う。
発見後すぐに開発権はとったけど、店がオープンするまでは他の店で先に使われることがないよう公にはしてなかった。
先に出されて今まで流通していた砂糖と似た値段で出されたらそれが基準の値段として人々に植え付けられてしまうから。

「俺は一般国民でも手の届く甘味料が欲しくて探したのに、流通してる砂糖より質が落ちる代用の砂糖を使った菓子を高値で販売する奴が居ないとも限らない。それだと発見した俺がみんなを騙した気分になるから嫌なんだ。ただそれだけ」

見た目は同じ白砂糖でも多少甘さは劣る。
そこを偽らず代用の砂糖として流通させたい。
今までは記念日の贅沢品としてしか買えなかった菓子が代用の砂糖を使った菓子なら買いやすくなるのはもちろん、料理などにも使えるように。

「糖分の摂り過ぎや食べ過ぎは良くないけど、カフェに来た時は貴賎を問わずたまの贅沢を楽しんで貰えたら嬉しい。食事をして美味しいと思えることは幸せなことだから」

貴賎問わずみんなに喜んで貰いたい。
それこそが異世界料理を扱うカフェを出した理由。

「そうか。じゃあ俺たちも注文するとしよう」
「「はい」」
「ありがとうございまーす」

わざと可愛らしく振舞ってお礼を言った俺に魔王とラーシュとエディは笑った。





「みんなお疲れさま」
『お疲れさまです!』

用意してあった食材が尽きたのは日が暮れる前。
元から食材が尽きるまでの営業予定だったけど、予想していたよりも客足が途切れず早々に閉店することになった。

「みんなが頑張ってくれたお蔭で大きな問題が起きることなく初日の営業を終えることが出来た。ありがとう」

厨房とフロアの従業員に集まって貰って感謝を伝える。
今日までに異世界流の接客や料理を学んだりと慌ただしかっただろうけど、みんなのお蔭で無事に営業することが出来た。

「今日は大入りだったから賞与が出る。料理長に預けてあるから忘れず受け取ってほしい。暫くは物珍しさもあって忙しい日が続くだろうけど、くれぐれも体調には気をつけてくれ」
『はい!』

大入りのボーナスは雇用する時点で決めていたこと。
月に一度の給料とは別に支給するそれは当日に渡すことになっているから、店の店長でもあるアデライド嬢から受け取ってくれるよう話して後のことは任せて俺は先に店を後にした。

「お待たせ」
「早かったな」
「後のことはアデライド嬢に任せてきた。オーナーの俺が居ると従業員がいつまでも気が抜けないし」

外で待ってくれていた魔王に声をかけて腕を組む。

「元の姿には戻らなかったのか」
「うん。元に戻ると髪や瞳の色も戻るからこのままの方がフードで隠さずに済む。なんで戻るのか未だに謎だけど」

髪は特殊鑑定を使って探した草(薬液を使って洗えば落ちる)を使って染めてるし、瞳は元からこの世界にある目薬を使って色を変えてるけど、何故か元の姿に戻ると色も戻ってしまう。

「目薬は勇者も使っていると言っていたな」
「そう。エルフ族が勇者のために開発した目薬。本来は元に戻す目薬を使わない限り一日は変化した色の虹彩のままで居られるはずだし、クルトにも試しに使った状態で変身して貰っても色はそのままだったのに、俺の場合は変身すると元に戻る」

変身すると戻るのかと思って試しにクルトにも雌性に変身した状態で使用して貰って元の姿に戻って貰ったけど、魔法で中和するまで色は戻らなかった。

「召喚された時に着けてたカラコンの色がそのまま裸眼の虹彩色になったくらいだし、元の姿の時はこの色じゃないと駄目って制限されてるんじゃないかとすら思えてくる」
「魔力を制御した子供の姿では変えられたのにか?」
「それも元の姿とは違う子供の姿じゃん」
「まあそうだが」

元の姿の時に色を変えたことが無いから分からないけど、髪が伸びなかったりと容姿が固定されている。
変身して違う色に変えてみても元の姿に戻った時にはその色が拒否されるように元に戻ってしまうんだから不思議だ。

結論の出ないそんな話をしながら境界とは反対に向かう。
予定していたより早くカフェが閉店したから西区の中を軽く巡回しておこうと思って。

「こう歩いてみると以前とは様変わりしたな」
「地区が廃れて見える原因にもなってた廃墟を解体したから。警備隊の配置で犯罪者や物乞いの数が減ったのも大きい。逆に今は殺風景にはなってるけど今後整備をして公園を作ったり店舗や住居を建てて行く予定だから、西区はまだまだ変わる」

以前は蔦の絡まるボロ廃墟が並んでいて廃村感が凄かった。
捨てられた地区と呼ばれるのも仕方ないと納得できる程に。
まずは安全面の確保を最重要課題に犯罪の温床になる廃墟を解体して警備隊も配置したことで犯罪率は減ったけど、建築の方は様子を見ながらになるから早急には進められない。

「犯罪者の数や犯罪率の低下は領主が英雄ということも大きく関係しているだろう。とてつもない力を持つ英雄が治める土地で犯罪をするなど捕まえてくれと言っているようなものだ。俺が犯罪者の立場ならむしろこの土地こそ避ける」
「なるほど。確かにそれもあるかも」

警備隊の見回りで発見されて逮捕された犯罪者も多いけど、逮捕された人数以上に居ただろう犯罪者たちはどこに行ったのかと思うほど西区からは姿を消した。
魔王が言うように俺が領主になったことで犯罪を遣り難くなったから西区を出て行った犯罪者も少なくないのかも。

「色んな店が一つの建物に入った異世界式のショッピングモールを建てる予定で話を進めてるし、魔導バスの開通もしたい。もし犯罪者から西区では犯罪が遣り難いって思って貰えてるなら願ってもないことだ。以前は建造物に使う材料さえ盗まれる心配をしないといけないくらい酷いものだったから」

建材を運ぶ道中ですら身の安全を心配をしないといけないほど荒んでいたあの頃に比べたら雲泥の差。
それでもまだ他の地区より犯罪率が高いから今後も警備の強化は続けて行くけど、英雄の俺の存在も犯罪率の低下に貢献できてるなら願ってもないこと。

「お前の名は何百年何千年と地上に遺り続けるだろう。貴賤種族を問わず多くの者を救った豪傑の英雄として。異世界の知識や技術を惜しみなく使って精霊族の生活を発展させた賢人として。いつかお前が旅立っても夕凪真の名は遺り続ける」

そう話す魔王に苦笑する。

「そんな御大層な遺り方はしなくていいや。親しい人が生きてる間に時々ふと思い出してくれるだけで充分」

それだけでいい。
俺がこの星で生きた証拠はそれで充分。

「名誉より楽な人生を望むお前らしい」
「希望とは正反対にハードモードな人生になってるけどな」

巡回しながらも会話をして笑う。
以前ならこんな呑気に笑いながら歩ける環境じゃなかった西区が変化したことをそんなことでも実感しながら。


「シン兄ちゃん!」

巡回しながら来たのは孤児院。
外で遊んでいた年少組の子が気付いて声をあげると子供たちがワラワラと走って集まってくる。

「フラウエルお兄ちゃんこんにちは」
『こんにちはー!』
「ああ」

しっかり魔王にも挨拶をする子供たち。
司祭さまたちの教えの賜物で、みんな善い子に育ってくれてなによりだ。

「今日はカフェの開店日じゃなかった?」
「そう。仕入れた材料がなくなって閉店したから地区の巡回がてらみんなに会いに来た」

年少組の子を抱っこして声をかけてきたのはカルロ。
すっかりみんなのいいお兄ちゃんになってるなと思いながら俺も抱っこをねだる子たちを両腕に抱きかかえる。

「その姿でも力が強いのは変わらないんだね」
「いや、強化魔法をかけてるだけ。スプーンより重い物は持ちませんってご令嬢よりは遥かに力持ちだけどな」

魔力は変わらないけど筋力はさすがに落ちる。
それでも鍛えていない人よりは戦えるけど。

「女の子の時はシンお姉ちゃんの方がいい?」
「無理に変える必要はない。この姿は能力を使って女性の姿になってるだけで俺には違いないから」

公に発表する前に孤児院の子供たちには俺が男女の性別を持つ両性だということと、変身後の雌性の姿も見せて『どちらも俺だから覚えてくれ』と話したけど、呼び方には迷うようだ。

「シンさん?」
「お疲れ司祭さま。巡回ついでに子供たちの顔を見に来た」
「そうでしたか。髪や瞳の色が違うので一瞬迷いました。フラウエルさんがご一緒ですので分かりましたが」
「そう言えば。子供たちは一発で分かったから色を変えてたのを忘れてた」

そう言えば俺だと分からないように色も変えてたんだった。
よくみんなすぐに分かったな。

「素直な子供たちの方が正しく物や人を見ているのだろう。大人はこんなところにまさか居る訳がないという考えを持っていたり、分かり易い身体特徴で判断してしまいがちだが」
「なるほど。確かに」

素直な子供たちだからこそ。
魔王の話を聞いてそうかもと納得できた。

「シンお兄ちゃん。魔法と剣の練習は?」
「そっか。最近忙しくて付き合ってやれなかったからな。時間があるから久々にみんなで練習するか」
「うん!」
「やったー!」

俺のスカートを掴んで聞いたのはカーム。
久々に練習に付き合うことを話すと他の子たちも喜ぶ。

「じゃあ剣の練習する子たちはフラウエルから見て貰え」
「フラウエルお兄ちゃんから?」
「うん。俺より強いぞ?」
「そうなの!?英雄より強いの凄いね!」
「かっこいい!」

子供たちに期待の眼差しで見られて俺を見た魔王に笑う。
せっかく異世界最強がここに居るんだから子供たちにもいい訓練になる。

「剣の練習をする子は木剣を取りに行って戻って来るように。魔法の練習をする子は的を取りに行って用意するように」
『はーい!』

孤児院の子には練習で使う物を自分で準備させている。
みんなでワイワイしながら準備をするその時間も遊びを兼ねているのと、自分に合う木剣を選んだり的が壊れていないか確認したりと目を養うために。

「俺に一言の相談もなく決めるとは何事だ」
「断らなかったじゃん」
「教えて貰えると疑いもしない目で見られて断われるはずがないだろう?がっかりさせては俺が罪悪感を持つはめになる」
「ごめんってば。手伝ってくれると助かる」
「先に言え、先に」

俺に詰めよる魔王に笑う。
血も涙もない(はずの)魔王さまは子供たちに弱い。
そんな魔王と俺に司祭さまはくすくす笑っていた。


練習に参加する子供たちを二組に分けて、フラウエルは剣の、俺は魔法の練習をする子供たちを教える。

「的をしっかり狙え」
「うん」

俺が物魔防御をかけた的を狙うカルロ。
集中して魔力を練ると的に向かって火球を放った。

「よし。カルロはもう今回で基本訓練は卒業だ」
「やった!」

的に当たったのを見て言うとカルロは喜ぶ。
俺が初めて孤児院に来た時は魔力を暴走させたのに、練習を重ねてすっかり魔法を使うことにも慣れて火力もあがった。

「凄いなあ。一番乗り」
「カームは魔法が得意だからすぐだよ。もう少し練習して慣れてきたらあっという間に追い越されると思う」

羨むカームの頭を撫でるカルロ。
あっという間に追い越されるというのは間違いない。
賢者の血継を持って生まれたカームは魔法の才能が他の子とは桁違いだから。

「カルロ兄ちゃんは剣も強いもん」

しゅんとするカームの頭を撫でながら困った様子で俺を見たカルロにくすりと笑う。

「カームはカルロが大好きだな」
「うん!怒った時は怖いけど、大好きな兄ちゃんだよ!」
「そうか」

力説するカームに笑う。
一番年上のカルロは面倒見が良くて、子供たちにとっては大切な兄さん。

「カルロは確かにカームより強い。それはそうだろう?年上のカルロはここに居る誰よりも先に魔法を覚えて必死に練習してきたんだから。お兄さんの自分がみんなを守らないとって」

カルロは俺と会うよりも前に魔法を覚えていた。
司祭さまや修道女シスターや子供たちや孤児院を悪い奴から守るため必死に練習していたんだと思う。
俺から簡単に手で魔法を消されたことで動揺して魔力を暴走させてしまったけど、その失敗を繰り返さないよう俺との訓練も真剣に取り組んできた。

「カルロはそもそも剣の方が得意なんだ。だからカームも含め魔法な得意な子たちがしっかり練習をして強くなれば、カルロは自分の得意な剣の練習に集中できて強い剣士になれる」

本当は剣の訓練がしたいだろうに魔法の練習をするのは、自分がどちらも出来てみんなを守らないとと思っているから。
その気持ちを優先してやりたいから魔法も教えていたけど、カルロの才能は圧倒的に剣だということは分かっていた。

「僕たちが強くなればカルロ兄ちゃんは剣士になれるの?」
「ああ。俺は精霊族の守護者の英雄だぞ?その俺がカルロは強い剣士になれるって言ってるんだから間違いない」
「じゃあ僕は魔法の練習を頑張る。強い剣士になったカルロ兄ちゃんと一緒に孤児院のみんなを守るから」
「カーム。ありがとう」

誓ったカームを嬉しそうに抱きしめるカルロ。

「私も頑張るよ!」
「僕も僕も!」
「みんなで強くなればいいんだよ!」
「そうしよう!」

いい兄弟だな。
カルロの周りに集まった子供たちの様子を見て改めて思う。
自分たちが辛い経験をして人の痛みを知っている子供たちの絆は本物の兄弟に負けないくらい、いや、それ以上に強い。

「よし、みんなで強くなるために練習を再開するぞ」
『はーい!』

子供たちの元気な声が庭に響き渡った。





「みんなお疲れさま」
「閣下。お疲れさまです」

次に向かったのは西区の領事館。
魔王は夜に軍官との集まりがあるから領事館の前まで一緒に来たあと城に帰った。

「もう営業は終わったのか?」
「師団長。来てたんだ」
「巡回を兼ねてルネに書類を届けにきた」
「そっか」

俺の後から事務室に入ってきたのは師団長。
領事館が出来て国仕えの事務官が増えたから師団長がそれまでやってくれていた仕事も他の人が引き継いだけど、西区の清浄化は国の政策でもあるから今でも時々確認に来ている。

「昼頃に前を通った時は列になっていたが」
「ああ、うん。お蔭さまで今日はずっと満席だったから予定より早く仕入れた食材がなくなって閉店した。これでも巡回しながら孤児院に寄って子供たちの訓練に付き合ってきたんだ」
「随分と早く閉めたんだな」
「比較的安全な南側に建てたと言っても西区に来るのは不安な人も多いんじゃないかと思ってたから。完全に想定外」

カフェは清浄化後初の店舗で試験的に建てたから、正直あれほどの客入りは想定していなかった。
アデライド嬢がもっと仕入れた方がいいと言ってくれて仕入れ量を増やしたけど、それでも足りなくなるとは。

「あのカフェは境界の警備隊からも見える場所にある。それもあって不安よりも異世界料理への興味が勝った者が多かったのだろう。今日は不安で来れなかった者も警備が強化されていて安全だと知れば足を運ぶようになる」
「そうだとありがたい。西区が変わったことを実際に見て貰えるきっかけになってくれたら」

カフェは売り上げどうこうより足を運んで貰うことが目的。
スラム化して店がなくなった西区に新しい店が出来て足を運んでくれる人たちが居た今日は、西区の清浄化を強く希望してきた師団長にとっても少しだけ特別な日になっただろう。

「暫くは店に立つのか?」
「ううん。今後も新しいメニューを考えたり時々見に行くことくらいはするけど、基本的にはアデライド嬢に任せる。開店日の今日は客の反応が見たかったのと、場所が場所だからおかしな奴が来たりしないか確認するために護衛も兼ねて店に立っただけで、今はアルク国の方でもやることが満載だしな」

婚約発表が終わってもまだ極秘裁判が控えてる今は特に。
まずそれが終わらないと進められない手続きもあるし、当分はブークリエ国とアルク国を行き来することになる。

「シンがアルク国でも叙爵したことで今後両国の関係性が大きく動くことは間違いない。その橋渡し役となってくれることは国としてありがたいことだが、無理をして体調を崩さないようにな。何よりもまずは自分の身体を大事にしろ」

そう言われて笑い声が洩れる。
息子を心配する不器用な父親のようなその言葉に。

「ありがとう。ある程度落ち着いたら休暇でもとる。師団長も叙爵の余波で忙しいと思うけど、休める時に休んでくれ」

忙しいのはお互いさま。
宰相の立場にあたる師団長も国同士の重要な手続きにも携わるからやることが満載。

「そう思うなら次から次に事を起こすな。両国の王宮師団の仕事を誰が一番増やしているかと言えばお前だ」
「それはもう暫く無理かな」

重要な領事館の仕事をしてくれてる師団員たちには本当に感謝してるけど、暫くは立ち止まってる時間が無い。

「叙爵後の今がむしろ正念場だし。技術大国のアルクとの関係性が深まればブークリエも今まで以上に発展するし、国民全体の収入も増えれば幸福度も上がる。稼げば納めてくれる税も増えるんだから国にとっても師団にとってもいいことだろ?」

既にアルク国との商売を考えてる貴族も少なくない。
国に足を運んでくれるエルフ族も増えれば商人たちは今より稼げるようになるし、店が増えれば雇用率も上がって税収も増えるんだから、普段から税金問題で頭を悩ませてる師団にとってもいいこと。

「たしかにそうだ。だが、未来ばかりを見て今身体を壊したのでは意味がない。私を丸め込もうとしても無駄だ」
「あ、やっぱ無理?」
「本当にお前は休め。私たちのためにも大人しく休め」
「ごめんって。もう少し踏ん張って。そのあと休むから」

詰め寄る師団長と苦笑する俺にルネや事務官たちは笑った。
    
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