ホスト異世界へ行く

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第十四章

婚約発表

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ブークリエ国とアルク国の中間にある武闘大会会場。
本大会が行われたそこには招待を受けたアルク国の貴族家とブークリエ国の貴族家が集まった。

『……尊いッッッ!』

胸を押さえてグフっとなるプリエール公爵家の面々。
勇者の子孫の一族は今日も変わらず。
ベルとエドはもう見慣れて穏やかな目で見守っている。

「婚約発表でここまで衣装に気合い入れるものなのか?」

ミディ丈のチャイナドレス。
赤い布地やレースには白銀の糸の意匠と細かな宝石まで。
今回の衣装は全てプリエール公爵家に任せてたから今日まで見ていなかったけど、繊細な銀細工と宝石が散りばめられた髪飾りも含め相当かかって(金額)そう。

「当然です!英雄エローの婚約発表なのですから!」
「う、うん。圧が強い」

今日は珍しくヴィオラ嬢も気合いたっぷり。
グフっとなったままの家族を尻目に力説する。

「お色直しの際の衣装は男性用をご用意してありますので」
「ありがとう。ドレスも着心地がいいし、任せて良かった」
「婚約発表ですのであまり奇抜なデザインなのはどうかと思いましたが、ミランがどうしてもと言うものですから」
「そっか。この星だと奇抜なデザインになるのか」

プリエール公爵から言われて気付いたけど、この星でチャイナ風のデザインは見たことがなかった。

「この星だとということは異世界のデザインなのですか?」
「あ、閣下がミランお兄さまにデザインをお渡しに?」
「いや、私は何も。初めて見た時から思っていたが、総領がデザインする衣装は不思議と私が居た星にあった衣装と似てる。同じ星から来た勇者たちも見たらきっと驚くだろう」

ユーリア嬢とヴィオラ嬢に答えながらドレスを見る。
この星の人からすれば型破りのデザインに見えるだろうけど、俺はパッと見てチャイナ風(裾はフィッシュテール形)のドレスだなと思ったし、日本でなら結婚式に呼ばれた女性が着ていてもおかしくない色気と上品さを兼ね備えたドレス。

「この星のドレスはどれも似たデザインだから色や装飾品で変化を持たせるしかないが、私が居た星のドレスは幾つあるか分からないほど種類が多かった。普段の衣装も同じく。数多の種類の衣装を見慣れてる異世界人でもないのに、ゼロスタートで様々なデザインが思い浮かぶ総領は天才だな」

異世界の洋服を見たことがないゼロ知識からデザインしてるんだから、どんな頭の中をしているのかと思う。
プリエール公爵家の人たちみんなから日本人味を感じることを考えると、勇者の子孫というのが影響を与えてるんだろう。
嫁いだ夫人は夫のプリエール公爵に釣られてそうなって行ったんだろうけど。

「本当に英雄エローはミラン兄さまに甘すぎです」
「そうか?本音なんだけど」

ヴィオラ嬢から指摘されて苦笑する俺にプリエール公爵家の人たちは笑った。


支度が済んでそろそろ時間。
鏡の前で入念にチェックしたあとエドとベルに付き添われ闘技場の廊下を歩いてアリーナの入口に向かう。

「総領。エミー」

扉の前で既に待っていた二人に声をかける。

「……う、美しいが過ぎるッッッ!」

軍服姿の総領は俺を見て胸を押さえる。

「本当に大丈夫なのか?が婚約者で」

冷めた目で総領を指さすエミー。
流れを確認するため昨日リハを行ったから二人も既に会っていて会話もしていたけど、総領がグフっとなるたびに冷めた目で見るエミーが面白い。

「人の事を言えますか?男性用の正礼装で婚約発表なんて」
「シンが女性の姿の間は男性用衣装でもいいだろ。ヒラヒラしたドレスは動き難いんだよ。文句を言うなら着てみろ」
「はいはい。じゃれ合うのは終わってから」

エミーも最初は軍服姿で。
話し合いの段階で聞いていたから驚きもない。
むしろエミーらしいとすら思う。

「二人とも似合ってる」

白の軍服に赤の外套ペリースで色を揃えてある二人。
総領はロングの外套ペリースでエミーはショートの外套ペリースという違いはあるけど、祭事仕様に飾緒などの装飾品で華やかに着飾っている衣装が二人によく似合っている。

「閣下もよくお似合いです」
「作ってくれてありがとう」
「光栄です」

表情を緩めて頭に口付けた総領。

「割と動き易そうだね」
「動き易さ重視の軍人さまらしい視点だな」
「いざって時に動けないと危険だろ」

真っ先に動き易さを確認するエミーに笑う。

俺に甘い総領と、俺の師匠のエミー。
この二人が今日から正式に俺の婚約者になる。

「さあ、そろそろ行くか」
「ああ」
「行きましょう」

婚約発表は放映石を使って各領地に報される。
今まで交流の少なかった人族とエルフ族の関係性がいい意味で変化する第一歩になるよう、これも俺たちの大切な役目。
丁寧に頭を下げたアルク国の騎士とブークリエ国の騎士が開けた扉から三人でアリーナに入った。


各領地で放映される映像に人々は釘付け。
華やかに着飾った美しい三人の姿に。

英雄エローが女性の姿になってる!」
「そんなこと出来るの!?兄妹とかじゃなくて!?」

雌性の姿をした英雄の姿に驚く人々。
腰まである白銀の長い髪と白銀の虹彩は英雄の特徴色で間違いないけれど、普段の逞しい男性の姿とは正反対に小さく線の細い女性の姿をしていて別人にしか見えない。

「両性ってそういうことだったのか」
「男性にもなれるし女性にもなれるってこと?」

英雄が両性だということと婚約発表が行われることは先に国の御触れで報されていたけれど、普段の姿に両方の性があるというのを想像していた人たちは姿を変えられるということだったのかと、そんな会話を交わしていた。

三人が立ち止まると人々は口を結ぶ。
こちらの声は会場には聞こえていないけれど、拡声石のスタンドの前に立った英雄の声を聞くために。

『私の声は届いているだろうか』

放映石に向かって自分たちに声をかけた英雄を見て人々は無意識に頷いて返す。

『私の姿を見て驚いた者も多いだろうが、今のこの姿は私の能力を使って女性に変身しているだけで、異世界から共に召喚された姉や妹という訳ではなく諸君の知る私本人だ。今後は婚約者の性別に合わせて私も姿を変え催事に参加する機会もあるだろうから、諸君にも知っておいて貰うことにした』

ああ、だから。と納得する人々。
たしかに催事で突然女性の姿で現れたら驚くだろうと。

『婚約者の紹介をする前に誤解を招かないよう私の性別について改めて説明しておくが、女性の姿に変身している今の肉体は女性。普段諸君が見ている男性の姿の私の肉体が両性だ。諸君が身体構造で男や女の性に区分されているのと同じく、私も身体構造で両性に区分されている。両性の区分だから女性とも男性とも成婚を許されているのであって、能力で変身できるからという理由でもなければ、英雄だから国が法に反して特別に許可をした訳でもない。そこは誤解のないよう願う』

国が批判されることがないように改めて。
その為に婚約者を発表する前に説明する時間を設けた。

『それを承知して貰った上で婚約者を紹介する』

一歩前に出た二人は英雄を間に両側に立った。

『私の名はエミーリア・ブランザ・アポトール。ブークリエ国王軍最高指揮官で魔法研究所の博士で賢者だ。此度婚約することになった英雄とは師弟関係でもある。よろしく頼む』

先に自己紹介をしたのは軍服姿の女性賢者。
ブークリエ国王軍の最高指揮官でもあるエミーリアは最年少で賢者に覚醒したことでも有名だけにエルフ族や獣人族も知っていて、天才賢者と英雄の婚約を歓迎して歓声をあげる。

『プリエール公爵が長子ミラン・エルマンデルと申します。アルク国王陛下の血族で国家技術開発研究所博士、そして賢者です。今まで賢者ということは隠していましたが、今後は英雄に助力できるよう明かすことにしました。お見知りおきを』

背の高いスラリとした美青年。
王家の血族で博士で賢者とあれば文句のつけようもない。
自分たちを幾度も救ってくれた英雄に相応しい婚約者たちの自己紹介に人々は大喜びで歓声をあげながら拍手をする。

『今日の婚約発表は人族のエミーリアとエルフ族のミランの二名だが、獣人族とも婚約する予定で居る。今日の発表には間に合わなかったというだけの理由で、獣人族からは伴侶を選ばないという訳ではないから誤解しないでほしい。人族もエルフ族も獣人族も同じ命で同じ精霊族。全精霊族の守護者という英雄の私にとって守るべき大切な者たちには違いない』

それを聞いて獣人族の人々はホッとする。
英雄は獣人を差別するような人ではないことは分かっていたけれど、やはり婚約者の中に自分たちの種族だけ居なければ不安にもなるというもの。

『改めて今この場で諸君に誓おう。私は婚約をしても成婚をしても変わらない。両陛下から賜った英雄という立場の責任の重さを忘れず、能力や権力に溺れず、驕らず、今後も大切な精霊族の諸君の日常を守れるよう努めると約束する』

ああ、紛れもなく英雄だ。
女性の姿でも神々しく美しく頼もしい。
力強い誓いに人々は無意識に両手を祈りの手に組む。

『奇しくも賢者と英雄という死と背中合わせの三人が婚約することになったが、だからこそ分かり合えることや支え合えることがあるだろう。互いに残された時間がどれほどか分からないが、この者たちとなら有意義に過ごせるだろうと私が見初めた二人だ。大切な者たちだ。温かく見守って貰えると嬉しい』

笑顔で言った英雄に人々は割れんばかりの歓声をあげる。
いつも自分たちを守ってくれている英雄の幸せを願って。

『今日という日が私たちだけでなく全ての精霊族によい変化を齎してくれることを願いたい。諸君にも幸あらんことを』

各地であがる祝砲と人々から発されるおめでとうの声。
カーテシーやボウアンドスクレープで挨拶をした英雄と二人の賢者の婚約を歓迎する人々の声は長らく続いた。





「終わったぁぁぁあ!」
「お疲れ」
「お疲れさまでした」
「二人もお疲れさま」

控え室に戻って真っ先にソファにダイブした俺をエミーは苦笑して総領は笑い、エドとベルはサッと来て装飾品を外す。

「この数十分の為にどれだけの労力がかかったことか」
「英雄の婚約発表ともなれば仕方ない」
「本来放映石を使った婚約発表をするのは王家だけですが、閣下の影響力を考えたら両国も動かない訳にはいきません」

総領とエミーもそれぞれ椅子に座って一息つく。

「国王のおっさんとアルク国王から武闘大会の会場を使えって言われた時にも大袈裟すぎるだろって思ったけど、まさかここまで厳戒態勢で婚約発表をすると思わなかった」

この闘技場を含む会場一帯が関係者以外立ち入り禁止。
総領の家族が披露パーティの会場に行った後はこの控え室に入れる関係者も俺の執事と召使のベルだけに制限されていて、闘技場の中も外も両国の軍人がガチガチに警備を固めている。

「本来なら25年に一度しか解放しない共同施設を会場に選ぶほど、両国にとって君の婚約発表が重大行事ってことだよ。仮に君の王都屋敷でやってご覧?一目見ようと多くの一般国民が詰めかけて大変なことになる。でもここなら招待客以外が入れないよう制限できるから警備や護衛もし易い。君や私たちだけじゃなく、招待客の安全も確保しないといけないからね」
「なるほど」

たしかに壁で囲まれているここなら人を制限できる。
武闘本大会の時はこの闘技場も含めどこもかしこも人が居て賑やかだっただけに、警備の軍人しか見かけない昨日と今日は逆にゴーストタウンのようで奇妙だったけど。

「婚約に反対する勢力が居てもおかしくないですし、襲撃から国民を守るためにも厳重になるのは致し方ないかと」
「そういう奴はシンが誰と婚約しても納得しないだろうよ。神と盲信する奴からすれば、君と私は不敬極まりない愚人だ」
「神と婚約するなどあってはならないと?閣下の人気を考えると有り得ない話ではないところが恐ろしいですね」

エドとベルが紅茶を淹れてくれたティーカップを手にして話しながら苦笑するエミーと総領。

「そういう人らって俺が二人を見初めたって言っても変わらないのかな。放映で言ったけどそれでも変わらなかったら、自分たちの勝手な理想を押し付けないでくれって思うけど」
「大抵の人はそれならってなったと思うよ?でも狂信者ってのは自分が正しいと思ってるから考えを改めない」
「自分一人が思ってるなら自由にしてくれていいけど、周りを巻き込むような牙の剥き方をするタイプは厄介」

神と思うのも不満に思うのも自分が思うだけなら自由。
実際に行動に移すなら迷惑。

「自分の思う理想像から外れたことが怒りに変わって、俺本人ならまだしもエミーや総領へ攻撃的になられるのが怖い」
「ふん。そんな奴は叩きのめしてやるよ」
「黙らせれば済む話ですのでご安心を」
「俺の婚約者たちが逞し過ぎる」

アッサリと答えた二人に俺がボソリと呟くとエドとベルはくすくす笑う。

「ミランさまの実力はまだ拝見したことがありませんが、お二人は断言できるだけのお力をお持ちでしょうから安心して良いかと。一般国民に負けるようでは賢者は務まりませんので」
「シンさまの婚約者は強く逞しくなければ」

まあ二人が一般国民より強いのは確かだけど。
エドとベルは『だから安心しろ』ということを言ってくれてるんだろうと受け止めて苦笑した。

「はあ。休憩したら移動してまた着替えか」
「披露パーティはドレスを着るんだろ?」
「君が男性の姿に戻るからね。そのままの姿で居てくれたら私は着ずに済んだのに」

大きな溜息をつくエミー。
ドレスを着るのがよほど嫌らしい。

「本来なら婚約発表もドレスを着るべきだったかと」
「女性は婚約発表の時にドレスを着ないと駄目なんて誰が決めたんだ。法律で決まってる訳でもあるまいし」
「マナーですよ、マナー」
「そういうのはお淑やかな貴婦人たちに任せればいい。軍人の私に戦闘力の落ちるドレスの着用を求めるな」

仲がいいのか悪いのか。
言い合いをする二人に苦笑して紅茶を飲む。

「俺は二人が何を着ても気にしないけどな。エミーが軍服でも総領がドレスでも、自分が着たければそれで」
「私がドレスを着るのはさすがに……」

嫌そうに断る総領にエミーは大笑い。
どんな姿を想像をしたのか一人でツボっている。

「線が細いですしお顔も端正ですから似合うのでは?」
「いや、無理だ」

ベルに真顔で無理と手を横に振る総領。
ツボり続けてるエミーは腹を抱えて笑っていて苦しそうだ。

「そういえば総領の身体は見たことがないな」
「え?まだ肉体関係なし?」
「ありません」

ピタっと笑いが止まったかと思えば驚くエミー。
そんなに驚く?

「婚前交渉はしないと。昔に倣った生粋の貴族だね」
「いえ。我が家にその手の方針はありません。閣下とはないというだけで、経験自体は人並みにあります」
「じゃあなんで?シンを神聖化してるなら可哀想だけど、残念ながらコイツは美形の誘いなら乗る容易い奴だよ?下手に誘いに乗って既成事実を作られるなって忠告されるくらいに」

真顔で失礼な。
たしかに言われるし、据え膳はいただくクズだけど。

「それはどうでもいいのです。閣下ご本人も言っておりましたから知っています。単純に私の問題で、お顔を直視しただけで胸が苦しい私が易々と性関係まで発展できると思いますか?口付けでさえ勢いに乗らなければ唇にする勇気が出ない私に」

眉を顰めて胸元を押さえる総領にエミーはまた笑う。
バカ笑いと言えるほどにゲラゲラと。

「一度それっぽい雰囲気になったけどな。ご両親から成婚の許しを貰ってからにしようって俺が言って止めたけど」
「シンが?そんな常識的なことも言えたのか」
「失礼だろ。さすがに俺も成婚っていう重大なことを申し込んだ相手にいい加減なことはできない。総領は王系公爵家の長子だし、俺の容姿が男にしか見えないことも含めて反対される可能性が高かったから、最低限の筋を通してからと思って」

それでなくても結婚は人生の一大イベントなのに、総領がアルク国王と血族の公爵家の跡継ぎということと、容姿は男にしか見えない俺が両性だと信じて貰えるかという問題つき。
クズの俺は結婚するまで性交渉はしませんってタイプの人間じゃないけど、伴侶に貰うなら両親に筋は通さないと。

「自分に親が居ないから尚更かも知れないけど、俺が成婚を申し込んだ所為で相手の家族仲が悪くなるのはイヤだ。エミーと俺には家族が居ないから個人間の話で済んだけど、総領はそうじゃないから。成婚しても親兄弟は大切にしてほしいし、俺も伴侶や姻族になる人たちのことは自分なりに大切にしたい」

恋愛結婚でも政略結婚でもそこは変わらない。
一夜の関係の相手と生涯を誓う相手では事の重さが違う。

「そういうところは召喚された時から変わらないね。あの時君だけが国王に、アンタらの都合がコイツらの今までの平和な生活を奪ったことはもちろん、家族や恋人や友人のような大切な人まで失う結果になったことを生涯忘れるなって噛みついた。勇者の四人と君はそれまで見知らぬ者同士だった筈なのに。何らかの縁を持った人を大切にするところは相変わらずだ」

そう言ってエミーは苦笑する。

「私と君には恋も愛もないけど、縁のある人を大切にする君なら私らしく生きることを認めてくれるって信頼感はある。愛弟子の君と私はお互い素の姿を知ってるからね。言っとくけど、君が変わらないように私も成婚しても変わらないから」
「知ってる。むしろ変わられたら怖い」

愛弟子を痛めつけて悦る悪魔のような師匠。
結婚したからと言って急に女性らしくなったり軍人を辞めたり優しくなられたりしたら逆に怖い。
賢者で軍人のエミーはそのままが一番似合っている。

「じゃあ披露パーティもこのまま軍衣で」
「駄目ですよ?言質をとって閣下を丸め込もうとしても」
「……厄介な婚約者を選びやがって」

上品な所作で紅茶を飲みながら言葉を遮った総領にエミーは眉を顰めて舌打ちする。
スンッとしてる総領とガルガルするエミーの温度差にエドとベルと俺は笑った。





披露パーティの会場は巨大宿泊施設。
本来武闘本大会に参加した選手たちしか宿泊できないその施設の大フロアに集まったのは招待を受けた両国の貴族たち。

「凄い人の数ですわ。会場も豪華」
英雄エロー公の披露パーティだからね」

華やかに飾られた会場には多くの貴族の姿。
正礼装の軍服やドレスで着飾り会場の様子を眺めるのはジョゼットとロック。

「私たち侯爵家にも携わる名誉を頂けて光栄ですね」
「本当に。交流の幅が広がっても変わらず私たちにも目をかけてくださっているのだから、なんと義理堅い方なのか」

そう話すのはシモン侯爵とデュラン侯爵。
国規模で行われる英雄と賢者公爵の婚約披露だから王宮と深い繋がりを持つ公爵商家に限定されてもおかしくないのに、英雄が声をかけたのはシモン侯爵家とデュラン侯爵家だった。

「お母さまたちやアデライドお姉さまは間に合うかしら」
「ああ。やはり私たちも手伝った方が良かったのでは」
「心配するな。入場までには間に合わせると言っていた」
「じきに来るだろう」

アデライドは披露パーティに出される異世界料理の確認、デュラン侯爵夫人とシモン侯爵夫人は多くの侍女や着付け士を連れて英雄やエミーリアの支度を手伝っている。

「お父さまたちもお話しでしたけど、ワタクシ嬉しいですわ」
「携わることが出来て?」
英雄エローさまが信頼してくださってることが。会場の装飾に携わる名誉を頂けたことも商人としてありがたいですが、多くの貴族の口に入ることになるお料理やお身体に触れる身支度は信頼できる両家に任せたいと言ってくださって」

嬉しそうに言ったジョゼットにロックと両侯爵は微笑む。
それは両家にとって何にも代えがたい名誉なこと。
信頼があって成り立つ重要な部分に携わる者として選ばれたのが、英雄をもう一人の主君として忠誠を誓っている自分たちデュラン侯爵家とシモン侯爵家だったのだから。

「閣下が知識を与えてくださることで私たちの商会も規模を拡大することが出来た。英雄が目をかけている侯爵家ということで客足も増え公爵家や王家にも商品を購入して貰える。返しきれないほどの恩をいただいているのだから、閣下の信頼を裏切ることのないよう私たちも努めなければならない」
「「はい」」

デュラン侯爵の話を聞いたジョゼットとロックは頷く。
今や両国に名の知れた商会になれたのは英雄のお蔭。
自分たちは領地管理の手助けくらいしか出来ていないことが申し訳なくなるほどの恩を貰っているのだから、せめて信頼を失うような真似はしてはいけないと改めて誓った。

会場で貴族同士の交流が続いて一時間ほど。
英雄と賢者の二人の盛大な婚約披露パーティが始まった。

「デュラン侯、シモン侯」

華やかな正礼装を身に付けた英雄が婚約者の二人を連れて真っ先に声をかけたのはデュラン侯爵家とシモン侯爵家。

「両家を代表して英雄エロー公爵閣下並びに御両名へご挨拶申し上げます。この度は御婚約誠におめでとうございます」

披露パーティの主役の三人が婚約者の両親や家族に挨拶をしたあと真っ先に向かった人たちとあって注目を浴びるなか、代表して挨拶をしたデュラン侯爵に続きシモン侯爵とロックもボウアンドスクレープで挨拶をして、デュラン侯爵夫人とシモン侯爵夫人とアデライドとジョゼットは姿勢を低くしてカーテシーをする。

「ありがとう。でも堅苦しい挨拶はそのくらいで終わりにしてくれ。私たちは両家にお礼を言うために来たのだから」

英雄にそう言われて両家は顔をあげる。

「デュラン侯爵家とシモン侯爵家の両家が尽力してくれたお蔭でこのように立派な披露パーティを開くことが出来た。当事者の私が慌ただしくしていてろくに話し合いの場も設けられなかったというのに、期待以上に仕上げてくれた事に心から感謝する。両家を信頼して任せて良かった。本当にありがとう」

胸に手をあてて頭を下げた英雄の両隣で婚約者のミランとエミーリアも胸に手をあて頭を下げて感謝を伝える。

「感謝をしているのは私どもの方です。本来ならば侯爵家の私どもには携わることの出来ない世紀の瞬間のお手伝いをする名誉を賜ることが出来たのですから」

シモン侯爵が言うように本来なら有り得ないこと。
両国の手も加わっている重大な婚約披露パーティに侯爵家の商会が選ばれるなど前代未聞。

「そうか?私や婚約者にとって大切な披露パーティだからこそ信頼できる者たちに任せるのは当たり前だと思うが。両家に任せることは婚約者の二人からも反対されていない」
「私も両家とは付き合いがあるからね。反対などしない。融通もきかせてくれたし感謝してるよ」
「閣下が信頼した方々でしたら私も信頼できます。それに両家の商会はアルク国でも知られていますからね。同じ商人として両家にお任せすれば大丈夫だろうと安心しておりました」

何がおかしいのかと言うように言った英雄。
この星で生まれ育ったエミーリアや商人でもあるミランはそれがどれほど名誉なことかを知っているけれど、忖度なしに実力で選ばれた人たちだからこそ二つ返事で承諾した。

「ミラン」
「はい」

感動で胸が熱くなる両家を前に英雄が声をかけるとミランが魔導具の腕輪で防音魔法をかける。

「閣下?」
「防音をかけたからみんなも言葉を崩していいぞ。改めてありがとう。みんなも忙しいのに丸投げしてすまなかった」

公の場だから英雄らしく振舞っていた口調が普段自分たちと話す時の口調に戻ってくすりと笑う。

「エミーのことは知ってるから置いといて、もう一人の婚約者を紹介しておく。今後関わる機会が増えるだろうし」
「では改めて皆さまへご挨拶を。ミラン・エルマンデル・プリエール、陛下より賜った賢者公爵としての名はミラン・エルマンデル・エステティークと申します」
「……エステティーク?」

ミランの自己紹介を聞いて呟いたのはジョゼット。

「恐れながら、エステティーク大商会とご関係が?」
「私の商会です」

質問したジョゼットだけでなくみんなが驚く。
それもそうで、エステティーク大商会は貴族や商人ならば知らない者が居ない両国最大の大商会だから。

「その反応だとみんなも知ってるのか」
「も、もちろんですわ!エステティーク大商会に頼めば手に入らない物はないと言われるほどの大商会ですもの!」
「そのような大商会を差し置いて私どもの商会が準備を」

興奮気味に答えるジョゼットと青ざめるシモン侯爵。
本来ならエステティーク大商会の役目を両家の商会が奪った状況なのだから青ざめもする。

「いえいえ。今回の婚約披露パーティに私が商人として関わるつもりは最初からありませんでした」
「そうなのですか?」
「閣下のご衣装を制作することに集中したかったので」

恐縮する両家に説明したミランは苦笑する。

「つまり英雄エローさまのご衣装はエステティーク公が?」
「うん。今の俺たちの衣装も含め、婚約発表の時の衣装も全部ミランがデザインして職人と作ってくれたものだ」
「す、凄いですわ。婚約発表の際の英雄エローさまのドレスも今のエミーリアさまのドレスも初めて見る素敵なドレスだと思っておりましたけれど、才能の塊ではないですか」

驚愕するジョゼットに英雄とミランとエミーリアは笑う。
群を抜いたジョゼットの人懐っこさにハラハラしていた両家は三人が笑ったのを見てホッとした。

「知ってるなら早い。デュラン侯とシモン侯。俺と血判契約を結んでエステティーク大商会と協力関係を組まないか?」
『え?』

聞き間違いか?と言うように聞き返した両家。

「英雄の俺がアルク国の爵位を叙爵したことで、今までより種族間の交流が活発になって行くと思う。それに先駆けてまずは大商会のエステティーク商会とデュラン商会とシモン商会が協力関係を結んでくれたら、他の商会も国や種族を問わず協力関係を結び易くなると思うんだ」

ぽかんとする両家の面々。
たしかに限定的だったエルフ族との関係も広がって商売をし易くなるだろうとは考えていたけれど、突然舞い込んだ商会を揺るがすほどの大き過ぎる話に驚くなというのが無理な話。

「俺の紋章を掲げれば英雄色や俺の名前を使って商売が出来るようになるだけじゃなく、もし二人の商会に営業妨害したり騙したりすれば俺に不敬を働いたってことになるから、悪意があって近寄る奴らの数も減らせるって利点もある。全体的に見れば悪い提案じゃないと思うんだけど、どうかな」

それはそう。
英雄の紋章を掲げるのは王家の勅許と変わらない。
英雄が庇護する信頼できる商会だという証明のそれを欲しがる商人は腐るほどに居るだろう。

「婚約したことで私も英雄屋敷に居る日が増えますから、ブークリエでも信頼できる商会と契約を結びたかったのです。私のエステティーク商会と契約を結ぶことで互いの商会の商品を取り扱うことが出来ますし、英雄の紋章を掲げた商会同士であれば英雄の名を使った商品の販売もできます。両国の発展の為にも私たちが英雄の紋章を掲げて先駆者になりませんか?」

侯爵家の自分たちに舞い込んだ機会チャンス
ミランの意見も聞いたデュラン侯爵とシモン侯爵は顔を見合せて頷く。

「謹んでお受けしたく存じます」
「同じく私も謹んでお受けしたく存じます」

これは人生における最大の分岐点。
今この時を逃がせば二度と機会は得られない。
覚悟を決めて深く頭を下げたデュラン侯爵とシモン侯爵に英雄とミランは顔を見合わせてくすりと笑う。

「両家とは変わらず仲良くやっていきたいと思ってる。今後アデライド嬢にはカフェを手伝って貰うし、ロック卿やジョゼット嬢からも忌憚ない意見を聞きたい。シモン侯爵夫人には商品開発に協力して欲しいし、デュラン侯爵夫人にも社交界で商品をアピールする促進活動をお願いしたい。デュラン侯爵とシモン侯爵には今後も領地や商売の面で知恵を借りたい。血判契約は返しきれないほど恩がある両家へ俺が出来る恩返しの一つだと思って気楽に考えてくれたらと思う」

英雄の話しで互いに返しきれない恩を感じていたことを知った両家の面々は笑う。

「何かおかしなこと言ったか?」
「実はつい先ほど私たちも、英雄エローさまから返しきれないほどの恩をいただいていると話していたばかりですの」
「え?俺は特に何もしてないけど」
「そういうところが英雄エローさまらしいですわ」
「ん?」

ジョゼットに首を傾げる英雄。
異世界の知識を与えるだけでもとてつもないことなのに、本人はただ雑談をしただけのように恩着せがましさがない。
出会った時から身分でも種族でもなく個人を見て親交を持ってくれる人。

「変わらず素晴らしい御方だな」
「ああ。その御方の信頼を裏切りたくはない」
「私もだ」

子供たちや夫人たちと気軽に会話をする英雄を見ながら小声で会話を交わすデュラン侯爵とシモン侯爵。
手の届かない距離のある身分になろうとも変わらない英雄に対する感動と喜びと気が引き締まる思いを感じる二人を見ていたエミーリアも、この家族なら血判契約を結んでも裏切ることはないだろうと静かに笑みを浮かべた。
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