ホスト異世界へ行く

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第十三章 進化

潜入

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「お待たせしました」

総領が戻って来たのは二時間ほど経って。
屋敷に戻る時に使った術式を使って戻ってきた総領は寝室の扉を開けて入ってきた。

「私は自慰行為をお勧めしたはずですが?」
「一回ならまだしも何回も一人でするのは限度がある」
「まあ確かにそうですが」

俺も隣室に居ないことで察していたのか、ノックもせず入ってきた総領はベッドで真っ最中だったレアンドルと俺のところに歩いて来ると苦笑しながらベッドに座る。

「これを飲んでください」
「一本全てですか?」
「はい。君の魔力量に合わせて調合してあります。味は美味しくないですが、そこは堪えて飲み干してください」
「分かりました」

行為を中断して俺が身体から降りるとガウンを羽織ったレアンドルは、総領から受け取った蓋を開けて中身を飲む。
先に忠告された通りマズイのか眉を顰めつつも綺麗に一本飲み干した。

「お水もどうぞ」
「ありがとうございます」
「どんな味でした?」
「苦い」

魔法で精製した水を注いだグラスを総領から受け取って一言俺に答えたレアンドルはすぐに水を飲む。
よほど苦かったらしい。

「どのくらいで効いてくる?」
「個人差はありますが、数十分ほどかと」
「じゃあ中途半端な分を済ませる間に効きますね」
「いやもういい」

総領から聞いて続きをしようとした俺を止めたレアンドル。

「途中で止めたら辛くないですか?」
「メテオールが変わり者なのは分かっているが、これ以上ミラン卿に不届きな姿を見せるのは。私にも敬意はある」

総領の前ではさすがにと言うことか。
ん?俺の感覚がバグってるだけでそれが普通か。

「不届きな姿もなにも最初に体液を出すよう言ったのは私ですから、それはお気になさらず。ただ、君の婚約者には秘密にした方がいいかと。今回は治療の一貫ということで」
「私に婚約者は居ません」
「え?居ないのですか?」

侯爵家の長子のレアンドルには婚約者が居て当たり前。
だからこの治療の内容は婚約者には秘密にしろという意味で話題にしたんだろうけど、居ないと聞いて総領は首を傾げる。

居ません。私がその都度破談にしてきましたから」
「どういうことですか?」
「祖父母が決めた相手と婚約したくないからです」

そう説明しながらレアンドルは枕元のテーブルに空になったグラスを置いた。

「君は家督を継ぐ長子ですよね?」
「弟に継がせるつもりでした」
「そう言えばジェレミー子息がそのようなことを」

言ってたな。
家督を継ぐのが嫌だから実力を隠していたんじゃないかと。

「昔から社交的な弟は多くの友人が居て領民からも慕われてますし、能力も訓練校の首席になれるだけの才能があります。無能な私より有能な弟が継いだ方が領民のためになります」

祖父母も集まっていた時にも言っていたそれを総領にも話したレアンドルは小さな溜息をつく。

「無能なフリをしていただけですよね?」

苦笑しながら言った総領をレアンドルはパッと見る。

「第三者の私が余計なことをして申し訳ないですが、君が魔法の才能があることをアルシュ侯や弟君に話してしまいました。私は魔力を見ることの出来る特殊能力を持っていて、戦わずとも相手が強いか弱いかくらいは分かってしまうんです」

それを聞いてレアンドルはまた溜息をつく。
この反応を見るに、実力を隠していたのが事実なんだろう。

「弟に家督を継がせる為に今まで実力を隠してきたのでしたら安心してください。アルシュ侯爵家は奪爵になりますから」
「奪爵?」

もう実力を隠す必要もない。
アルシュ侯爵家自体がなくなるんだから。

「先代が裏カジノを運営していたので」
「ああ。屋敷に使用人が居ないのはそれがバレたからか」
「ご存知だったのですか?」
「商業地区は私の庭だ。嫌でも耳に入る。表向きは通常のカジノとして運営しているが、裏ではあこぎな商売をしている」

驚くこともなくあっさり答えたレアンドル。

「行ったことは?」
「何度も行っている。ただ、私がそのカジノを経営する祖父母の孫と気付いていたのか尻尾を出さず、最終手段で私が店で問題を起こせば警備が来て摘発が入るのではないかと思ったが、誰が話すのか父やジェレミーが連れに来てしまうから祖父母にも話が回り隠蔽されてしまって上手くいかなかった」

その話を聞いて総領と顔を見合わせる。
つまりレアンドルは祖父母が運営する裏カジノを潰そうとしていたということだ。

「君は祖父母の経営の邪魔をしたかったのですか?」
「経営?文字も読めない一般国民を賭事にのめり込ませて金を貸付け利用することが領主のやる経営と言えますか?むしろ悪徳商売をする者から領民を守るのが領主の役目では?」
「その通りです」

総領はレアンドルの返事を聞いて苦笑する。

「そこまで領民を思いながら商会を妨害した理由は?」
「さっきも言ったようにヴェールから出て行かせるためだ。ここに居る限り人の良いあの家族は祖父母から利用される」
「利用される?」

首を傾げた俺の肩にレアンドルはガウンをかける。

「コーレイン家は祖父母と借地契約を交わした際に、ヴェールで販売する果物には一定額以上の値をつけられない契約を交わしている。あの家族がどんなに努力をして果物の品質を上げようとも、特産品の一つだからという聞こえのいい理由を餌に上限を制限されて値を上げられないなど理不尽だろう?」

商会で販売してる値段を見て質は高いのに随分と安く売ってるなとは思ったけど、まさかそんな契約になっていたとは。

「私はメテオールが何者なのか知らない。だが、レオポルトやアリアネが慕っているのだから悪者ではないだろう。契約をするのならばあの人の良い家族を利用しないでやって欲しい」

なるほど。
レアンドルはレアンドルなりに幼なじみのレオポルトやアリアネ嬢のことを考えて行動していたのか。

「理由は分かりましたが、妨害はやり過ぎだったのでは?」
「ヴェールではまともに商売が出来ないと分かれば他所に販路を広げるだろう?家族経営ながら質の高い果物を作れるランコントル商会であれば他所の貴族から目をかけて貰える。努力家のあの家族ならば例えヴェールの果樹園は畳むことになってもまた別の土地で質の高い果物を作れるはずだ」

そこまで見越して営業妨害をしたと。
コーレイン家の為に自分が悪者になって。

「不器用な守り方ですね」
「過去の栄光を利用して悪事を揉み消せる権力を持つ祖父母からあの家族を逃がす手段はそれしかなかった。アルシュ侯爵家の長子とは名ばかりで、私には権力などないのだから」

まあ確かに。
入婿の現アルシュ侯爵でさえ祖父母が権力を握ったままでお飾り状態になっているんだから、長子のレアンドルでも祖父母に逆らえるほどの権力はない。

「言いましたよね?先代がでしゃばりな貴族家は大変だと」
「うん。よく分かった」

総領と話して互いに苦笑する。
元財政官という国のエリートだった経歴を持つ祖父母だけに他の貴族家よりも厄介だろう。

「そうこう話している間にも落ち着いてきましたね」
「言われてみれば幾らか身体が楽になりました」
「良かった。同じ物を幾つか渡しておきますから、魔力制御できるようになるまでの応急処置として使ってください」

レアンドルの魔力が落ち着いてきたのを確認して魔導鞄アイテムバッグから数本の小瓶を出してナイトテーブルに置いた総領。
効いたら渡そうと思って多く作ってきてくれたようだ。

「ありがとうございます。執事が戻ったらお支払いします」
「お代はいいです。販売する為に作った物ではないので」
「そういう訳には」
「私にも魔力が乱れていた時期があってその際に独自で研究した抑制剤ですから、販売しては私が捕まってしまいます」

そう言われてレアンドルはぐっと口を結ぶ。
国の販売許可を得ていない物を売れば総領が逮捕されるのは事実だから。

「私自身が幾度も飲んだので後遺症などの問題がないことは保証しますし、医療免許も持ってますから安心してください。君におかしな物を飲ませては私の首が飛びますからね」
「え?」

疑問符を浮かべるレアンドルに総領はくすりと笑う。
レアンドルも英雄の俺が身元引き受け人になっているからそんなことを言ったんだろう。

「落ち着いたなら先に入浴を済ませて外出中の四人を呼び戻しましょう。心配しているでしょうから」
「あ、ああ」

抑制剤で落ち着いたならもう無理にヤル必要もない。
暴発しないか不安なまま報告を待ってるだろうアルシュ侯爵やジェレミーに早く教えてあげないと。

「別の衣装をお持ちしましたので上がったらお出しします」
「ありがとう。着て出た衣装は破ってごめん」
「謝る必要はありません。破ったのではなく破られてしまったのですから。御身がご無事ならばそれで」

プリエール公爵家から出掛ける時に借りた衣装は破れてしまったから謝ると、総領は微笑して俺の額に口付ける。

「ただし、防御をしないのは今回限りで。それを知るたびに私の手で粛清したい対象が増えてしまいますので」
「き、気をつける」

まだ防御や障壁を使わなかったことを根に持ってるらしく、にこりと笑って俺に言い聞かせる総領にヒヤッとする。
今後はもう少し気をつけよう。
俺が様子を伺ったせいで粛清されては困る。

「レアンドル、お風呂に」
「分かった」
「危な!」

話題を変えるためさっさとベッドから降りて声をかけた俺に応えて立ち上がったレアンドルがフラついたのを見て咄嗟に身体を支える。

「まだ支えが必要そうですね。浴室まで肩を貸します」
「私は後で入ります。これ以上ご迷惑をおかけする訳には」
「体調がよろしくない時にまで気遣いは不要です。君が普段は礼儀正しい青年だということは分かっていますから」
「……申し訳ありません」

雌性の姿でレアンドルの体重を支えきれなかった俺ごと支えて止めた総領は少し笑ってレアンドルに肩を貸す。

「行きましょう」
「うん」

俺も背後からレアンドルの背中を両手で支えて三人で浴室に向かった。


「痛くないですか?」
「ああ。メテオールにまで私の世話をさせてすまない」
「大丈夫ですよ。私がしたくてしてるんですから」

総領が浴室の椅子に座らせたレアンドルの身体を洗う。
この屋敷に来てから何度目の風呂だという感じではあるけど、最中にも熱があって大量の汗をかいていたレアンドルは特に浄化で済ませず風呂に入った方がスッキリするだろう。

「一つ聞いてもいいだろうか」
「なんですか?」
「メテオールとミラン卿の関係は」
「婚約者です。まだ発表前ですが」
「やはりそうか。随分と親しげだと思えば」

こめかみを押さえて項垂れるレアンドル。
まあ総領の距離感でただの知り合いだとは思わないよな。

「治療の一貫ということでお見逃しくださったが、婚約者が他の男と行為をしている現場に出くわしてどう思われたか」
「本人に聞いてみては?」
「聞けるはずがない。なぜメテオールも平然としてるのか」

そう言われて笑い声が洩れる。

「私の感覚がおかしいのでしょうね。魔力が乱れていてしっかり立てないほど体調が悪い状況で自慰をして体液を出せと言われても困るんじゃないかとしか考えていなかったので」

抑制剤を調合して貰うまでの行為は性欲ではなく治療。
俺がレアンドルの立場なら体調が悪い時に自慰行為なんてしたくないと思うだろうから、本当はしたくないだろう本人に変わって俺が手伝ってあげようとしか思っていなかった。

「総領を傷つけたなら謝ります」
「傷ついていませんよ?」
「あれ?会話が聞こえてた?」
「はい」

浴室の外にも会話が聞こえていたらしく、外で待っていた総領が扉を開けて直接返事を返してくる。

「大切な婚約者が傷つけられれば腹が立ちますが、そうでなければ腹の立たない私もおかしいのでしょうね。自慰でと言ったのに協力して貰って羨ましいとしか思いませんでしたから」

そう心境を話して苦笑する総領。
性行為に関して総領と俺は似た者同士ということか。

「君も内心では私の心境が理解できているのではないですか?婚約するなり肉体関係を持つなりして自分のものになった気になっても、自分だけのものになった気はしない存在だと」

浴室の出入口にしゃがんで話しかける総領を見たレアンドルは少し沈黙したあと頷く。

「私の婚約者を愛するのは神を愛するようなものです。生命に慈愛を与えてくれる存在の神に自分だけを愛して欲しいとは思いませんよね?私にとってこの方はそういう存在です」

神と言われてドキッとする。
あくまで『自分にとってそういう存在』というだけで本当に俺が神族だと分かってる訳じゃないんだろうけど。

「この方を傷付けない限り私が傷付くこともありませんからお気になさらず。それより汗も体液の一つですから、しっかり温まって少しでも多くの魔力を放出してください」

それだけ話すと総領はまた扉を閉めた。

「まさかミラン卿から牽制される日が来るとはな」
「牽制?」
「どんなに肉体関係を持ったところでメテオールを私だけのものにすることは出来ないという忠告だろう?」

俺に身体を洗われながらレアンドルはくつくつと笑う。

「尊敬するミラン卿から牽制されるとは光栄な話だ。少なくとも有象無象の一人ではなくなったということだからな」
「総領の印象に残れたことを喜ぶのは自由ですが、私を利用して印象に残ろうとするのはお断りします」
「今回は偶然そうなっただけで、メテオールがミラン卿の婚約者だとは知らなかった。幾ら尊敬する人だとは言え、誰かを利用してまで印象に残ろうとするなど卑怯な真似はしない」

嘘偽りなく偶然だったのは知ってる。
むしろ総領と俺の関係を知ってる人の方が少ないから。
不器用なやり方ながらコーレイン家や領民のために一人で行動していたり、総領と最も簡単にお近付きになれる手段の俺を利用しなかったり、人の口から聞かされていたレアンドルの人物像とは正反対に真っ直ぐな性格の男だ。

「まあ、余計なことをする必要もないんですけどね」
「ん?」

アルシュ侯爵とレアンドルとジェレミーの身柄は俺が預かるから俺の婚約者の総領とも関わることになる。
わざわざ印象に残ろうとしなくても顔を合わせることが増えれば必然的に印象に残るようになるだろう。

首を傾げるレアンドルにくすりと笑った。





「どうぞお入りください」

その日の21時を過ぎて。
総領と二人で商業地区にあるカジノに足を踏み入れた。

「ようこそお越しくださいました」
「換金を」
「承知いたしました」

入ってすぐのカウンターに行ってまずはチップに換金。
白銀貨を換金して貰う総領の隣で軽く店内を見渡す。

建物も店内の造りもご立派。
貴族らしき姿の老若男女が居て賑々しい。

「お待たせしました」
「ありがとう」

会話で換金が済んだことに気付いて見渡していた顔を前に向き直して、目が合った従業員の男性にニコッと笑う。

「何をやる?」
「カジノは初めて来たので分かりません」
「じゃあ先に一通り見て回って気になるのをやろうか」
「はい」

総領と腕を組んでそんな会話を交わしてから従業員が数人居るカウンターを離れた。

「本当に貴族らしき人しか居ないな」
「はい。レアンドル子息が言っていた通り」

総領と俺がわざわざ着飾り仮面で目元を隠してカジノに来たのは、今日がちょうど貴族限定の日だというのを聞いて。
このカジノも普段は国の許可を得たカジノとして営業しているけど、貴族限定のこの日がカジノになる可能性が高いとレアンドルから聞いてすぐ支度をして足を運んだ。

「ピニョン子爵の姿は?」
「少なくとも今のところは」
「貴族限定の日でも警戒して表には出て来ないか」
「そのようですね」

ピニョン子爵の行方を捜して貰っていたエドとベルがこのカジノに入ったことを確認して俺に報告してきたあと、アルク国の師団長へ報告をしてすぐに軍が配置された。
裏口も含めピニョン子爵が出て来た報告は受けていないから、まだこの店内のどこかに居るのは間違いない。

「今日の内に片付けたい」

先代アルシュ侯爵が拘束されたことがまだピニョン子爵の耳に入っていない今日中に裏カジノの証拠を掴みたい。
アルク国王もそのつもりだから英雄の俺と賢者の総領に潜入を命じたんだろう。

「目立つよう派手にやりましょう」
「ああ」

証拠を掴む為に何度も足を運んでいたレアンドルの情報によると、裏カジノに行けるのは一部の客だけらしい。
残念ながらレアンドルは従業員に顔を知られているから裏カジノに案内されたことはなかったらしいけど、賭けに勝っている人や金遣いが派手な目立つ人がいつの間にか居なくなっていることがあるというところまでは突き止めていた。

「これは?」
「ボールゲームだね。試しにやってみるかい?」
「はい」

総領と俺が座ったのはカジノの女王と言われるルーレット。
この星ではボールゲームと呼ばれてるらしいけど、ディーラーがホイールをスピンさせて止まった後にボールが入っている数字を予想して賭けるのは同じ。

「同席しても?」
「どうぞ」

既に遊んでいた人たちに一言声をかけた総領は椅子を引いて俺を先に座らせると自分も隣に座る。
さて。俺は何も知らないを演じますか。

「どう賭けるのですか?」
「最初は好きに賭けてみるといい。やってる内に分かる」
「んー。最初は0にします」

ルールを知らない鴨を装って地球の1万円と同等の価値になるブルーのチップを1枚ゼロの数字に置く。

「1枚だけでいいのか?」
「何枚まで賭けられるのですか?」
「このカジノの最大額は?」
「ブルーチップですと10枚までです」

総領が聞いたディーラーが答えたのは10枚。
つまり一度に賭けられる額は日本円で言うと10万円までで、この世界のカジノでは正規のレート。

「らしい」
「じゃあ初めての記念に10枚賭けてもいいですか?」
「好きに賭けていいよ。足りなければ換金するから」
「ありがとうございます」

俺が0に10枚。
総領は20と21に跨って10枚賭ける。

「よろしいですか?」
「ああ」
「よろしくお願いします」

勝ち負けではなく、いかに目立つかのゲームが始まった。


派手に賭け続けて一時間ほど。

「私の婚約者は運がいいようだね」

笑いながら言って俺の頬に軽く口付ける総領。
毎回適当に賭けていただけなのに何故か大勝ちしていて、テーブルの上のチップは来た時よりも高く積まれている。

「凄いな。ご令嬢はラックが高いのかな?」
「そうでもありません。たまたまです」
「じゃあビギナーズラックかしら」

同じテーブルの人や見ている人ともすっかりフレンドリー。
予定通り目立ててはいるけど、勝ちたい時には勝てないのに勝ちにこだわらない時には勝てるとか複雑な心境だ。

「あ。ディーラーさんが勝たせてくれてるのかも」
「ハハ。それだとイカサマになってしまうよ」
「イカサマ?」
「カジノでは細工をしてはいけない決まりなんだ」
「そうなんですか」

後ろで見学していた紳士が笑いながら説明する。
当然ながら知っていて言ってるけど、カジノ初体験の無知な令嬢が勝っていることを面白がって人が集まっていた。

「一度休憩して別のゲームをやろうか」
「ええ。少し喉が渇きました」
「ずっと賭けてたからね。カウンターで飲もう」

ルーレットでは充分目立てたから別の席に。
テーブルの傍に居た従業員に一度休憩することを伝えチップの保管を任せて、テーブルの人や集まっていた人たちと軽く会話を交わしてからバーカウンターに向かう。

「引きがお強いですね」
「ただ適当に賭けてただけなんだけど」

腕を組んで歩きながら小声で話して苦笑する。
ディーラーが細工したんじゃないなら本当にただの偶然。
地球のカジノでもこんなに勝ったことがない。

バーカウンターでスパークリングワインを呑んで休憩。
その間もわざとイチャイチャして恋人同士のフリ。
いや、婚約者だから本当に恋人同士か。

「今のところ総領の正体に気付いてる人は居なさそうだな」
「髪や瞳の色を変えて顔も仮面で隠れておりますし、普段から私と交流のある貴族ではない限り気付かないかと」

総領も俺も薬を使って髪や瞳の色を変えている。
雌性の姿で髪や瞳の色も変えている俺はまだしもアルク国の公爵家の総領はバレるんじゃないかと思ったけど、今のところ客はもちろん従業員やディーラーも気付いてなさそう。

「軽く食事をしましょうか」
「どこで?」
「ここで。慌ただしくて食事がまだでしたから」

そう話しながら総領は離れた場所に立っているバーテンダーに分かるよう手を振る。

「お呼びでしょうか」
「食事をしたい」
「承知しました」

話を聞きに来たバーテンダーが呼んだのは男性従業員。
こちらのお客さまを食事席にとそのバーテンダーが従業員に伝えると、テーブルが置かれたテラスまで案内された。

「カジノの中で食事が出来るのですね」
「食事処ような本格的な料理とはいかないが、大抵のカジノには飲食をしながら休憩できるよう席が用意されている」
「そうなのですか」
「テーブルでも飲み物は飲めるが食事は禁止だからね」

従業員が引いてくれた椅子に座りながら会話を交わす。
賭け事をするフロアは音楽や人の声で賑々しかったから、案内されたテラス席は余計に静かに思えた。

「二人分の軽食と白ワインを」
「承知いたしました」

総領が物は指定することなく注文すると、従業員も何を聞くことも無く丁寧に頭を下げて席を離れた。

「軽食とだけで伝わるのですね」
「カジノだからね。食事と言えば通常の料理。軽食と言えば軽めの料理が運ばれてくる。日によってメニューは違うが」

説明をしながら総領が腕輪に触れると軽い耳鳴りがする。

「防音魔法?」
「念のため。声を拾わているかも知れませんから」
「術式を使わずに防音魔法を?」
「この腕輪の内側に術式を彫ってあります」
「さすが技術大国のアルク。王家がベルを鳴らして防音魔法をかけてるのを見て驚いたけど、腕輪型の魔導具もあるのか」

ブークリエ国にはない技術。
国自体が豊かだからあらゆる分野の研究も進んでいる。

「この技術の研究元はブークリエ国です」
「え?でもブークリエには防音の魔導具はないはず」

ブークリエでは防音魔法をかける時に術式を使う。
だから必然的に使える術者が必要になる。

「研究の段階で発案者が亡くなってしまいましたから」
「亡くなった?」
「はい。難易度の高い魔法ほど術式も複雑になるのですが、それを簡易化して体や道具に付与することに初めて成功した方が先代勇者が召喚された時代のブークリエ国第五王子です」
「王子が?」

初めて聞いたそれに驚く。

「天帝と呼ばれる陛下と第二妃の間に誕生した二男で、男系の子息としては四男。王位継承権は第五位。御名はドナ・ヴェルデ殿下と申されます。数百年前に居られた方ですので実際にお会いしたことはありませんが、紛れもない天才です。同じ研究者としてお恥ずかしい話ですが、ドナ殿下が研究していた簡易化された術式や、それを固定する術式を紐解くだけでも数年の月日を要しました」

勇者の伝記を読んだあとエミーとその時代の国王の話をした時に、『天地戦の混乱期に四男も亡くしてる』と言っていた。
それで研究途中のままになっていたのか。

「専門分野は薬学だったそうですが、他にもあらゆる研究に携わっていたそうで、現代では当然のように使われている薬剤の数々を10歳で改良しただけでなく、12歳で下水道の浄化装置を、鉱石を再利用する魔炉を16歳で開発しております」
「……10歳?とんでもない天才が居たもんだ」

現役で使われている物の数々を開発した王子。
もしその王子が若くして亡くなっていなければ、この星は今よりももっと発展していたんだろう。

「それにしても随分詳しいな。他国の王子のことなのに」
「実は私の緋色の髪がドナ殿下にそっくりらしくて」
「え?血の繋がりはないよな?」
「はい。私は賢者に覚醒した際にこの色になったのですが、恐れ多くも運命を感じるというか、親近感が湧いてしまって」
「覚醒した時に?」
「以前は父と同じ色でした」

公爵の髪色は青だから、青色から緋色の髪に変化したと。
レアンドルも神魔族の能力が発現したことでアルビノのような白髪と赤黒い虹彩に変化したけれど、ただ覚醒しただけでも髪色が変わることもあるんだろうか。

総領は勇者の子孫。
それがなければただの偶然だろうと思っただろうけど、もしかしたら勇者が産んだ子の父親が第五王子だった可能性も。
いやでも何百年と経ってから誕生した子孫の総領が覚醒したタイミングで第五王子の特徴が表れるのも変な話か。
産まれた時から緋色の髪だったなら隔世遺伝的なものかと思うけど。

「そのように見つめられては心臓が持ちません」

顔を見ながら考えていた俺に総領は苦笑する。

「もしかしたら本当に何らかの運命に導かれた縁のある者同士なのかもと思って。同じ髪色で同じ研究者で同じ天才だし」

血の繋がりのない人同士でもというものはあるから。
総領と俺もそうであるように。

「私は天才ではありませんので畏れ多いことですが、もし真の天才と縁があるというのでしたら光栄なお話しで」

そう言って総領はフッと笑いながら腕輪に触れる。

「お待たせいたしました」
「ありがとう」

防音を解いたのは従業員が来たから。
カートで軽食や白ワインを運んできた従業員はテーブルにそれらを並べるとすぐに離れた。

「潜入中ですが、英気を養うために食事をしましょう」
「うん」

総領は両手を組み短く祈りを捧げて俺も手を合わせていただきますをしたあと、互いにワイングラスを持って乾杯した。

「そうだ。あの場では話を合わせましたが、レアンドル子息は本当に魔力暴走を起こしたのですか?」
「ん?」
「半年前と変わっているので覚醒したのは間違いないでしょうが、暴走したのは本当に魔力だったのかと。閣下が止めたことは聞きましたが、本人にはその時の記憶がないようですし」

そう言って白ワインを呑みながらチラリと俺を見る総領。
鋭いな。
魔法の知識が多いから違和感を持ったんだろうけど。

「瞬間的に彼の魔力量が測れなくなる時があります」
「どういうこと?」
「私にも分かりません。今は魔力が不安定な状態ですので私が目で捉えている魔力量も増減するのはおかしくないのですが、それまでは見えていた魔力が無になる時があるのです」

無になる?
意味が分からず首を傾げて返す。

「閣下のように魔力値の高い強者の魔力は見えないとお話ししましたが、彼も瞬間的に見えなくなるのです。覚醒して魔力値が上がったとはいえまだ私の目で測れる範囲なのに、一瞬だけスっと見えなくなる。つまりその瞬間だけ私の目では測れない強者になっていると考えるのが妥当ですが、そうであるならあまりにも魔力値の振れ幅が大きすぎて。まるでレアンドル子息の中に強者の別人が居るような」

……心当たりがあり過ぎる。
その瞬間だけという強者になっているから魔力(量)が測れなく(見えなく)なるんだと思う。
魔力を可視化できる能力を持つ総領だから気付けたこと。

「私は英雄の伴侶となる者。閣下が彼らの身柄を預かるのでしたら私も関わることになるでしょう。事実を知っていれば協力も出来ますし、閣下が隠した方がいいとお考えでしたら死ぬまで口外しないとも誓えます。ですから話して貰えませんか?レアンドル子息は魔力暴走を起こしたのではなく、普段の彼とは別の何者かが暴走したのではないですか?」

疑惑の目ではなく確信の目。
普段のレアンドルと瞬間的に魔力が見えなくなる時のレアンドルの実力が違い過ぎて、同一人物じゃないと確信している。

「認める。俺が暴走を止めたのはレアンドルじゃない。一つの肉体にレアンドルともう一人の別人が居て、今回暴走したのは別人の方だ。レアンドルとは性格や能力も違う全くの別人」
「……やはりそうですか」

その別人が神魔族ということは話せない。
ただレアンドルの身体には別人が居て、今回のことを起こしたのは別人だったことは認めると、総領は溜息混じりに呟く。

「本人も家族もそれを知らない」
「そのようですね。一つの肉体に二つの人物が存在するなど本来なら有り得ないことですから、容姿が変化したことも記憶を失っていることも魔力暴走が原因だと考えたのでしょう」

俺も似たようなものだけど。
一つの肉体に俺と月神が居るから。

「話すかどうかは考える。でも今はまだ秘密にしてくれ」
「承知しました」

本人が気付かない限り、今はまだ話さない。
ゆっくり考える時間もない慌ただしい状況の今はまだ。
それだけ守ってくれるよう約束を交わした。
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9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

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