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第十三章 進化
交渉
しおりを挟む腕輪の晶石がチカチカ点滅して魔力を通す。
放映を通して映し出されたのは王城の謁見室だろう場所でご立派な玉座に座っている二人の国王。
「……両陛下」
呟いたのはアルシュ侯爵。
使用人や家令や護衛騎士を含めた全員がその場に跪く。
「ご挨拶申し上げます」
スカートを軽く掴んでカーテシーで挨拶する。
『なぜそのように乱れた姿をしている』
『まさか辱めを受けたという報告ではあるまいな』
「少なくとも辱めは受けておりません」
『そうか。もしそうなら首を飛ばそうと思ったのだが』
会話開始数秒で極刑判断しないで!
いや、もし俺を辱めたとなったらそうなるのか。
『違うのならばなぜそのような姿に。あえて浄化も回復もかけていないのは私たちにその姿を見せるためだろう?』
「ご明察の通り。証拠として両陛下へお見せしたく、このような姿での御目通りとなりましたことをお詫び申し上げます」
俺なら浄化も回復もかけられることを二人は承知。
国王のおっさんに答えて謝罪する。
「私の他にもう一名、証拠として回復をせず待たせておりますので結論から申します。アルシュ侯爵家の奪爵を願います」
「な、なにを!」
奪爵と聞いて声をあげた夫人の頭を祖父がすぐに掴んで下げさせる。
『そういうことのようだ』
『見たことのある顔が居る時点で悪い予感はしていたが』
椅子の肘置きに肘をついて蟀谷を押さえるアルク国王。
国王のおっさんもエルフ族ばかりの中に俺が乱れた姿で居ることで察していたんだろう。
『その者たちが貴殿をその姿にしたという認識でいいか?』
「今のこれは強化魔法をかけたアルシュ侯爵夫人から髪を鷲掴みされて椅子から引きずり降ろされた上に身体に乗られて拳で四発殴られたことによる成れの果てです」
『……なんということを』
一息に説明してニコっと笑うとアルク国王はますます眉根に寄せたシワを深くする。
『今のとは?その前にも暴行を受けたのか?』
「はい。もう一名証拠として回復を待たせていることはお話ししましたが、もう一人の被害者がこちらのアルシュ侯です」
「両陛下へご挨拶申し上げます」
『挨拶はいい。それより酷い怪我ではないか』
『確認した。すまないが被害者は治してやってほしい』
「承知しました」
二人に確認して貰ってすぐに上級回復をかける。
『侯のそれも強化魔法を使っての暴行か?』
「いえ、こちらは先代による杖を使っての暴行です。武器としても使われている杖で御子息に暴行をしようとしたところをアルシュ侯が庇って入り、身代わりで数十発打たれました」
回復をかけながら国王のおっさんに説明する。
『杖は歩行を補助する道具で暴行の道具ではないのだが』
『武器になる杖なら硬金。そのよう物で暴行すれば死ぬ』
『躾という言い訳で目を瞑る範囲を超えているな』
『ああ。息子を案じ身を呈して庇う父親を一方的に殴りつけるなど非道な真似を。しかも元財政官がしたこととは呆れる』
『元財政官?』
『今は退役しているが、アルク国の財政官だった男だ』
会話を交わすアルク国王と国王のおっさん。
アルク国王は元国仕えが起こした不祥事とあって肘をついている肘置きを指先でカツカツして怒りを現している。
「治りました。すぐに治さず申し訳ありませんでした」
「いえ。貴重なお力を幾度も使わせて申し訳ございません」
「したくてしていることですから」
アルシュ侯爵を治療するついでに自分のことも回復して、治ったことを伝えつつ浄化もかけて乱れた髪や服を直した。
「アルク国王陛下。お話しを続けても?」
『続けてくれ』
怒っているアルク国王に聞くとカツカツが止まる。
「なぜアルシュ侯の怪我を証拠として残したかですが、私も先代から同じ杖を使った暴行を受けて怪我を負ったからです」
『『……なに?』』
綺麗に重なったアルク国王と国王のおっさんの声。
二人とも今までで一番深いシワが眉間に刻まれる。
「その際は先代が怒り任せにどこまで人を打てる人物かを確認するためと、アルシュ侯爵家がどのような貴族家を見極めるため防御魔法は使わず反撃もしないまま打たれたのですが、私を庇ってくれていた長子のレアンドルが頭を切って大量に流血をしたので回復をかけました。ですから先代から暴行を受けた証拠が私には残っておらず、アルシュ侯の怪我で怒り任せに杖を振り回すような暴力的な人物だとの証明になればと」
夫人が暴行した形跡は残ってるけど、先代が暴行した形跡は残っていない。
だからせめて祖父の性格だけは知って貰いたくてアルシュ侯爵の怪我を治さなかった。
『アルシュ侯爵に命ずる。今まで発言の真偽を答えよ。私に嘘の証言をすれば一族もろとも命はないと思え』
「嘘偽りなく証言すると神に誓います」
『うむ。では答えよ』
威圧感すらあるアルク国王へ胸に手を当て頭を下げるアルシュ侯爵。
「ご令嬢の発言に偽りはございません。義父が私を打った物と同じ杖を使い息子もろとも殴打されました。義父から最初に殴打された二の足は赤く腫れ上がり血が滲んでいて、息子が庇いきれず当たった複数箇所も痛々しい痣となっておりました」
説明を聞いてどんどん険しい顔になる国王の二人。
アルク国王は頬杖をついて聞きながら眉を顰めていて、国王のおっさんは眉を顰めた眉間を押さえる。
「同じく妻から暴行を受けたことも事実です。妻は容姿に自信があって自分よりも美しい女性を酷く嫌います。見惚れるほどに美しい容姿のご令嬢がよほど気に入らなかったのでしょう。無防備な状態のご令嬢に強化魔法を使った身体で暴行を加えました。額の傷は強化のかかった拳で殴られた際の傷です」
頭を抱えるように項垂れてしまったアルク国王と国王のおっさんは暫くすると溜息をつく。
『貴様らはなんということをしてくれたのだ。もう貴様らだけを処刑すれば収まる話ではない。国内外で暴動が起きる』
顔をあげたアルク国王は怒りが露わ。
事の重大さを考えれば『国民の前では感情を見せないように』とはさすがにいかないようだ。
『いいか?よく聞け。貴様らと居るその人物は英雄だ。ブークリエ国王とアルク国王の私が英雄勲章と称号を授けた特級国民の英雄本人だ。英雄公爵家当主シン・ユウナギ・エローだ』
深く眉を顰めたアルク国王の発言で一斉に視線を浴びる。
大半の人は既に察していて『やはり』と見たんだろうけど。
髪や瞳の色と能力と急遽でも両国王に謁見できる人物という要素が揃えばさすがに勘づく。
『先代が杖という武器で攻撃をして怪我を負わせたのは英雄。夫人が強化魔法を悪用し暴行して怪我を負わせたのも英雄。貴様らは悪を裁く精霊族の守護者に対して自らの罪を自白するかのように法に反する手段で攻撃をした愚か者だ。今の貴様らの立場は、自分たちを一瞬で葬ることのできる能力と権力を持つ英雄の慈悲によって生かされているだけの咎人に過ぎない』
自分たちがしたことがどのようなことか。
自分たちが今どのような状況にいるか。
それを言い聞かせるアルク国王。
『此度のことを民が知れば各地で暴動が起きる。お前たちと同じエルフ族も暴動を起こすだろう。法に背いた卑劣な手段を用いて英雄に暴行した者たちを断罪せよ。アルシュ侯爵家を断罪せよ。一族を断罪せよ。エルフ族を断罪せよ。アルク国王を断罪せよ。アルク国を滅ぼせ。とな。シン殿の影響力はそれほどに大きい。私とアルク国王でも止めることは出来ない』
冷静ながら冷やかな目で告げる国王のおっさんに今にも死にそうな祖父母や夫人はぶるぶると震えている。
『言っておくが、普段とは姿が違って英雄だと分からずやったという言い訳は通らない。貴様らがしたことは英雄に対してやってはいけないことではなく、誰に対してもやってはいけないことなのだから。法に反した手段で暴行した時点で罪。知らずとも相手が英雄だった時点で重罪。言い逃れはさせん』
詰めに詰める二人。
アルク国王は若さも手伝って威厳+眼光も鋭く怖め。
国王のおっさんはアルク国王より国王歴が長いぶん冷静で落ち着いているけど、威厳たっぷりな姿で淡々と諭してくるから精神的に追い込まれる。
どちらどうという話じゃない。
怒りを伝えるアルク国王も、これから起こりうる事態を伝える国王のおっさんも、犯した罪の重さを自覚させるプロ。
もし俺が二人から責められたら……考えたくない。
『ブークリエ国王。今回の件は英雄保護法違反という国家反逆罪だけに、公開裁判を行う前に民へお触れを出さなければならない。エルフ族が罪を犯したのだから本来ならばアルク国がホスト国となって裁判を行わねばならないが、王都にまだ襲撃の爪痕が残る今は裁判所に集まり極刑を叫ぶ多くの者たちに対処する人員を割くのが難しい。襲撃を受けたことは同じだと理解しているが、今回はブークリエ国側に頼めないだろうか』
既に先々のことまで考えていて頭が痛いのか、険しい表情でこめかみを押さえるアルク国王。
「その必要はありません。アルシュ侯爵家には今までに犯した罪を明らかにして償って貰いますが、民の混乱を招くお触れも公開裁判を行う必要もありません。私の望みは奪爵です」
本来なら国民にお触れを出して公開での貴族裁判を行う。
ただ当事者の俺はそれを望んでいない。
『英雄保護法に違反した者を極秘で裁けと?』
「はい。両陛下も民の暴動はお望みでは無いのでは?極秘裁判にすることで両陛下は国乱や暴動の心配をしなくて済む。私も自分の希望を叶えて貰える。お互い利のある取引かと」
国王のおっさんにニコっと笑って答える。
「私の希望をお伝えします。まずは私への罪以外にも今までアルシュ侯爵家が犯した罪を明らかにすること。その上で爵位を奪爵すること。私財を没収して何らかの形でアルシュ領の領民に還元すること。そしてアルシュ侯と長子レアンドル・ルセと二男ジェレミー・ルセの三名を私にください。以上です」
え?という表情の二人。
さっきまでの威厳はどこ行った。
『……私にください?』
「人は物ではないので言葉は悪いですが、ください。まずは三名とも私の領地に籍を置かせて、父親のアルシュ侯には私の部下として事業を手伝って貰います。私の部下になるということは忙しいし口外できない事柄も増えるしで肉体的にも精神的にも苦労を強いられますから、塀の中で罪を償うよりも大変でしょう。しかも大切な息子二人の身柄も私に握られている鬼畜の所業ですからね。それを償いの手段とします」
眉間を押さえる同じ仕草をする二人。
そんな仕草をされても希望は変わらない。
俺の手の届く場所に置くことで元アルシュ侯爵家の三人を非難する人たちから守りたいから。
『貴殿は本当に……』
『私たち国王を惑わす天才だな』
呆れ顔の二人にもう一度ニコっと笑う。
極秘裁判にする事を餌に強請って申し訳ないけど、それがアルシュ侯爵とレアンドルとジェレミーの為になると思うから。
『どうする。窮地の我が国には救いの申し出だが』
『…………』
瞼を閉じて天を仰ぐ国王のおっさん。
答えを待つ間にレアンドルをまだ寝ているか確認する。
『ま、待て。それは誰だ』
「それ?」
『白髪の』
「ああ。彼がアルシュ侯爵家の長子レアンドル・ルセです」
床で横になっているから今まで気付いていなかったのか、アルク国王は驚いた様子で聞いてくる。
『まだ若いのに白髪とは珍しい。元からそうなのか?』
「い、いえ。先ほど魔力暴走を起こしまして」
『魔力暴走だと?命は。怪我は。無事なのか?』
「はい。英雄公爵閣下が暴走を止め回復治療を施してくださったお蔭で命に別状はございません」
『そうか、ならば良かった。魔力暴走は命に関わるからな』
「温かいお心遣い、心より感謝申し上げます」
素の善い人が出てしまった国王のおっさん。
ホッと表情を緩めた国王のおっさんにアルシュ侯爵は胸に手をあて深く頭を下げる。
アルク国王の方はそれ以外のことでそれどころじゃなさそうだけど。
『アルシュ侯、二男ジェレミー。面をあげよ』
「「はい」」
国王のおっさんは二人に顔を上げさせると無言で凝視する。
二人もそんな国王のおっさんから目を逸らさず。
『本来であれば長子のレアンドルも目覚めている時に問いたかったが、今ここで判断せねばならない故に目覚めを待つことが出来ない。二人が嘘偽りなく答えよ』
「「神に誓って」」
胸に拳をあてて誓うアルシュ侯爵とジェレミー。
『お前たちは英雄を、シン殿を裏切らないと誓えるか?』
国王のおっさんが問いかけたのはそれ。
他のことでそれどころではなさそうだったアルク国王も国王のおっさんを見る。
『知っての通りシン殿は勇者ではないのに勇者召喚に巻き込まれた異世界人だ。盾の国の王の私にとっては精霊族を守る為に決断した儀式だったが、異世界で平和に暮らしていた勇者殿やシン殿には知らぬ世界の無関係な出来事。それを一方的に召喚されて異世界に居た頃の生活や大切なものを奪われたのだから恨まれてもおかしくない。幾度謝罪しようとも許されることではないと召喚命令を出した私自身が一番思っている』
真剣な表情でアルシュ侯爵とジェレミーに語る。
『それでも私は精霊族を護る役割を担う盾の国の王として彼らを召喚したことを後悔してはならない。彼らからどれほど恨まれ罵声を浴びせられようとも後悔はしない。だがせめて謝罪だけはとその思いで勇者殿たちに謝罪をした後日、勇者宿舎ではない場所で暮らしていたシン殿にも会って謝罪をした』
そこまで話して国王のおっさんの表情が少し和らぐ。
『その時にシン殿は言った。勝手に召喚された事は確かに腹が立つが私のことは嫌いではない。良くはないが、この世界の人を守る責任がある私にとっては必要悪だったのだろうと。勇者殿の気持ちは今後も大切にしてやってほしいが、自分にはもう謝らなくていいと。シン殿にとっては何ということもない言葉だったのかも知れないが、気を抜けば後悔してしまいそうだった私の罪を必要悪と言って許してくれたことに救われた』
そう言えば初めて謁見した時にそんな話をしたな。
今言われるまで忘れてたけど。
『シン殿は国王ではない私個人にとってもう一人の愛児のような存在だ。愛らしく振舞って姑息におねだりをする困った愛児ではあるが、それでも私はシン殿が可愛い。理不尽な召喚に巻き込まれたに関わらず私の罪とこの世界の人々を受け入れてくれただけでなく、英雄となり民を守るために己の身を削るシン殿を裏切るような者には近付いて欲しくない』
まるで愛娘を心配する父親だな。
アルク国王もそう思ったのか苦笑する。
『改めて問う。シン殿を裏切らないと誓えるか』
「「神に誓って」」
再び神に誓うアルシュ侯爵とジェレミー。
この世界で神に誓うという宣言は『破った時には死』ということを表している。
『では信じよう。シン殿が傍に置くと判断したということは、貴殿たち三名に特別な何かを感じたのだろうからな』
俺に苦笑する国王のおっさんに笑って返す。
信じてくれてありがとう。
『ブークリエ国十九代国王ジェラルド・ヴェルデ・ブークリエの名のもと、三名の身柄を英雄預かりとする事に同意する』
『アルク国二十一代国王カミロ・バルビ・アルクの名のもと、同じく三名の身柄を英雄預かりとする事に同意する』
「ありがとうございます。我儘をお許しください」
俺の希望を叶えてくれた二人にカーテシーでお礼をする。
これでアルシュ侯爵が何かしらの罪を犯していても俺の元で償っていくことになる。
『逃走を謀る可能性の高い三名は拘束する必要があるな』
『既に向かわせている』
『ん?』
『師団長から女性の姿をしている英雄が髪も衣装も乱れた姿で私に謁見を希望していると聞いて軍を配備した。早急に刎ねなければならないだろう?神にも背く愚か者の首を』
苛烈!
こう聞くとアルク国王の方が夫人の何倍も苛烈!
『まあ首を刎ねるのは冗談だが、私たちに急遽謁見を申し出るなど余程のことが起きたのだと分かる。師団長から報告を受けた時点で配置させ、知った顔で場所が判明した時点で向かわせた。幸い術式がある領地だけに既に到着しているだろう』
「心臓に悪い冗談をっ!」
俺の(みんなの)心臓がヒュンとなる冗談はやめてくれ!
アルク国王はニヤリと笑うと地球のトランシーバーのようなものを口元に近付ける。
『英雄を暴行した先代アルシュ侯爵夫妻と娘ネージュの三名を拘束して私の前に連れて来い。突入を許可する』
その発言のあと僅か一分ほどで軍が応接室に突入してくる。
「閣下!ご無事ですか!?」
「え、総領?」
「ご衣装が破れて……」
数名の騎士や魔導師と突入して真っ先に俺のところに走って来たのは王宮魔導師のローブを着た総領。
浄化はかけても破れや解れは直らないから、俺の両肩を掴んで怪我を確認していた総領は衣装が破れていることに気付いて青ざめる。
「暴行したのはあの三名ですね?粛清しましょう」
「待て待て待て!粛清じゃなくて確保!」
据わった目でローブの中に帯刀していた剣をスっと抜く総領の腕を掴んで止める。
「美の結晶である閣下に暴行した大罪人は死あるのみ」
「うん分かった!分かったから強化するな!」
暴走する総領と引き摺られる俺にアルク国王は笑いを堪えていて国王のおっさんは苦笑。
アルシュ侯爵やジェレミーや使用人たちは『何事?』というようにポカンと見ている。
『ミラン。気持ちは分かるが落ち着け』
「ですが!」
『私の前に連れてこい。私がやる』
「陛下が?承知しました」
「そこは承知しなくていい!」
アルク国王の発言で剣を収める総領。
血が繋がってるだけあって息がピッタリ。
『安心しろ。裁判は法に則って行う』
「お願いします」
『その前に全ての罪を吐かせるがな』
「…………」
ニヤリとするアルク国王は悪い顔。
裁判の前に聴取をして余罪も調べておくことは貴族裁判の当然の流れだけど、アルク国王が言うと裏がありそうで怖い。
『シン殿の希望の中には今までにアルシュ侯爵家が犯した罪を明らかにすることも含まれていた。英雄預かりとなるアルシュ侯とジェレミー子息の両名も一旦は国の聴取を受けることになるが、その際に二人も知りうる全ての罪を話してほしい』
「お約束いたします」
「必ず」
胸に手をあてて答えたアルシュ侯爵とジェレミー。
ジェレミーは罪に問われるようなことはしてないだろうけど、アルシュ侯爵は片棒を担がされていた可能性はある。
まあ俺が身柄を預かっていなくても人の命を奪う手助けをしていない限り極刑は免れていただろうけど。
祖父母と夫人が拘束され連れて行かれて一旦散会。
国王のおっさんとアルク国王とは別で詳しく報告することを話して通信を終わらせた。
「お怪我はありませんか?」
「回復をかけたから大丈夫」
「またわざと魔法を使わなかったんですね?」
「顔が怖い」
「私が知るだけでも既に二度目ですよ?なぜ大切なお美しい御身にあえて傷を負うようなことをするのですか」
「その時点では正体を隠してたから」
「傷を作るくらいなら明かしてください」
笑顔で詰め寄ってくる総領。
怒りが露わな人より笑顔の人の方が怖い。
「あ。ほら。まだやることが残ってるから」
「私よりも優先しなければならないことですか?」
「総領とは後でゆっくり話せるし。でも二人とはいま話をしないと下手に身動きが取れなくて困惑してる」
使用人たちは残った軍人から話を聞くために連れて行かれたけど、まだアルシュ侯爵とジェレミーとレアンドルが居る。
俺の行動でこの状況になったんだから話さないと。
「分かりました。じゃあ私とは後でゆっくり」
身を屈めた総領は俺の額に口付ける。
納得してくれて良かった。
「先ほどから気になっていたのですが、床に寝かされているのは誰ですか?アルシュ侯爵家の者ではなさそうですが」
「長子のレアンドルです」
「え?御子息は白髪ではなかった記憶が」
「先ほど魔力暴走を起こしまして」
「魔力暴走を?この年齢で?」
「はい」
知り合いなのかレアンドルの隣にしゃがんだ総領は脈拍などを確認しながらアルシュ侯爵と話す。
貴族の中でも位の高い侯爵家と公爵家だから親交があってもおかしくないけど。
「暴走を止めたのは閣下ですか?」
「うん」
「やはりそうですか。閣下がこの場に居て幸いでしたね。他の者では止められず命を落としていたと思います」
「「え?」」
腕を持ち上げて確認しながら話す総領にアルシュ侯爵とジェレミーは疑問符を浮かべる。
「魔力暴走だったことが事実の前提で話しますが、覚醒が原因で魔力が制御しきれなくなって暴走を起こしたのかと」
「覚醒でそのようなことが起きるのですか?」
「普通は起きません。ただ例外があって、覚醒前後の数値差が大きい時にそれまで出来ていた制御が効かなくなります」
へー、そうなのか。
さすが国の研究所の博士だけあって詳しい。
アルシュ侯爵との会話を聞きながら俺が感心する。
「つまりレアンドルは覚醒して数値が大きく変化したと?」
「覚醒前の数値を知らないので断言は出来ませんが」
「息子たちは私に似て魔力系の数値はあまり」
「ああ。アルシュ侯は大剣専門でしたね」
「はい」
意外。
スラッとしてるから魔法系かと思えば。
「うーん。これは言っていいのか」
「何か気になるのでしたら」
暫くレアンドルをジッと見ていた総領は顔を上げてアルシュ侯爵を見る。
「彼は覚醒前から魔法系数値は悪くありませんでした」
「え?」
「私は魔力が見える目を持っていて、その魔力の大きさで相手が強いか弱いかくらいの判断は出来ます。閣下のように魔力系数値が高過ぎる強者は逆に無になって見えないのですが」
え、すご。
俺は感覚で感じるけど総領は目視できるのか。
会話の腰を折らないよう口は挟まず総領をジッと見る。
賢者はやっぱチートだな。
「彼の画面を確認したことはありますか?」
「幼い頃はレアンドルもジェレミーも数値が上がると嬉しそうに見せてくれましたが、訓練校に通うようになってからは」
「では最近の数値は分からないのですね」
「はい」
子供の頃は上がると嬉しくて自慢したかったんだろう。
孤児院の年少組と年中組の子たちも数値が上がると『見て見て!』と俺に見せてきてドヤるから可愛い。
ただ年長組の子は見せてこないから、数値が上がることに慣れてからはいちいち見せなくなるのも普通なんだと思う。
「彼の魔法系数値があまりというのは侯爵の予想ですか?」
「魔導科の成績でそうなのかと」
「成績が芳しくないと?」
「正直に申しますと。初等科の成績は物理も魔法も平均だったので進学の際に本人が魔導科を選んだのですが、試験の結果が振るわないだけでなく素行も講義中に寝たりサボったりするようで、訓練科にした方が良かったのではと講師からも」
なるほど。
確かに成績もイマイチでやる気もないのは父親の自分と同じく魔法が得意じゃないからと思うのも分からなくない。
「私が前回彼に会ったのは半年ほど前。私が取引している商人がこちらの商業地区でひと月だけ商売をすると聞いて来たのですが、その際にカフェテリアでお会いして挨拶をしてきた時には既に学生の平均以上の魔力はありました」
どういうことなのか。
目視できる総領がそう言うなら間違いないと思うけど、魔導科の成績がイマイチなのも事実のようだし。
アルシュ侯爵とジェレミーも顔を見合わせる。
「事情は分かりませんが、隠していたのでは?」
「隠していた?」
「実力を。あえて素行が悪く振舞って、講義中の訓練や試験でもわざと手を抜いて成績を落としていたとか」
「な、なぜそのような」
「分かりません。私が断言できるのは、あの時で既に中等科の首席でもおかしくない実力はあったと言うことだけです」
有り得る。
少なくとも悪い奴じゃないのに家族の前では悪者ムーブをしてたし、成績や素行もわざと悪くしていても不思議じゃない。
「家督を継ぐのが嫌だったから?」
「ん?」
「祖父との会話で話してましたよね?以前から祖父母や母上には私に家督を継がせるよう言っていただろうと」
「そういえば」
ジェレミーが思い出してアルシュ侯爵も頷く。
多分それだな。
自分が二男のジェレミーより劣ってると思われるようにわざと素行を悪く振る舞い成績も落として評判を下げていた。
「……私は本当に何も分かってやれていなかったのだな。そして分かっていても何もしてやれなかっただろう。何一つ決定権のない情けない父親ですまない」
仮に継ぎたくないと分かっても侯爵にはどうも出来ない。
一番の決定権を持つ当主が長子のレアンドルが跡取りと言えばそれが絶対だから。
「先代がでしゃばりな貴族家は本当に大変ですね。さっさと次の世代に全権を渡して引退後の余生をのんびり過ごせばいいものを、いつまで経っても現役時代の栄光にしがみつく」
「辛辣」
「実際にそれで次世代が苦労する貴族家も多いのですよ」
ツッコミを入れた俺に総領は苦笑する。
シストもそんなことを言ってたな。
「床で寝かせておくのも可哀想なので寝室に運びましょう」
「うん。あ、アルシュ侯。まだ籍を抜いていない今は三人もアルシュ侯爵家の扱いですから、証拠を隠滅されないよう国の調査が終わるまでは祖父母の屋敷には入れなくなります。レアンドルを寝かせてから私と祖父母の御屋敷に行って、私の目の前で着替えなどの必要最低限の荷物だけ纏めて貰います」
「「承知しました」」
調査自体はすぐ入るだろうけど何日かかるかは不明。
幾つ余罪があるか分からないとなると家をひっくり返す勢いで屋敷中を探すことになるから。
「アルシュ侯はこちらに協力的なようですから屋敷の調査に加えると思いますよ?実際に触るのは軍の者になりますが、分かっている範囲でどこに何があるのかの協力を仰ぐかと」
「そっか。じゃあまだ屋敷には連れて帰れないな」
俺が三人の身元預かり人だから屋敷に連れ帰って事情聴取の時だけアルク国に連れて来ようと思ったんだけど。
「屋敷に連れて?誰の屋敷ですか?」
「俺の」
「はい?」
強化をかけた腕でレアンドルを抱き上げようとしていた総領がピタリと止まる。
「なぜ彼らを閣下の御屋敷に?」
「え、俺が三人の身柄を預かることにしたから」
「身柄を預かる?」
「裁判が終わったら屋敷は別に用意するつもりだけど、アルシュ侯には俺の部下として働いて貰う」
「それまで閣下の御屋敷で暮らさせると?」
「……また顔が怖い」
立ち上がって俺に詰め寄る総領。
本日二度目。
「あ、あの!英雄公爵閣下は奪爵になる私たち家族を心配して路頭に迷わないよう保護をしてくださっただけで!」
慌ててフォローしてくれるジェレミー。
ほんと良い奴。
「知っている。閣下はそういう慈悲深い方だとは。そういうところも尊い。……だが、英雄公爵屋敷にはまだ私も行ったことがないのに!家族で聖地巡礼した際に唯一行けなかった禁断の聖地に他のエルフが先に立ち入るなど!」
その場に跪いて悔しそうに床を殴る総領。
いつもの残念なイケメンスイッチが入ってしまったらしく、アルシュ侯爵とジェレミーは総領を見てポカン。
聖地巡礼とか完全にオタ活じゃないか。
「ミランもうちに来たいの?来て私と何をするつもり?」
総領の前にしゃがんで聞くと胸を押さえてグフっとされる。
今日もチョロいな。
「まあそれは冗談で、時間の都合がつく日時を教えてくれれば招待するから家族で遊びに来るといい」
「優しい……尊い」
顔を両手で覆って呟く総領に苦笑する。
じきに婚約発表するんだから遠慮しなくて良かったのに。
たんに忙しかったのかも知れないけど。
アルシュ侯爵とジェレミーを見上げて三人で苦笑した。
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気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
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