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第十三章 進化
侯爵家
しおりを挟む「痛くないか?」
「加減し過ぎて擽ったいです」
「人の身体洗うのなど初めてで加減が分からない」
「ゴシゴシ擦って大丈夫ですよ?」
大きな浴槽にお湯を溜めながら先に二人とも髪を洗って、今は俺が風呂椅子に座って背中を洗って貰っているところ。
「白い肌を傷付けたくない。それに細くて折れそうだ」
「大丈夫なのに。それはレアンドルさまのお身体と比べたら逞しくはないですけど、これでも意外と頑丈なんですよ?」
「私と比べてどうする。性別が違うのだから」
怖々ながらも丁寧に洗ってくれるレアンドルは律儀。
力を入れ過ぎて傷付けないよう気遣ってくれているのが伝わってくる。
「身体に針を使って絵を描いているような者の肌を傷付けないよう気遣うなんて、レアンドルさまはお優しいですね」
「針で傷をつけて皮膚下にインクを入れるとは聞いたが、その割にはキメ細かで肌触りも良い手入れの行き届いた白く美しい肌だ。むしろ白い肌だからこそ黒を使った絵も映える」
そう言ってレアンドルは背筋を手のひらで撫でる。
「背中を洗っているだけの手つきではないのでは?」
「あまりにも気持ちのいい肌触りをしていて必要以上に触りたくなってしまう」
雌性体の俺の身体(肌触り)がよほど気に入ったらしく、背中を洗ってくれている今だけでなく最中にも肌を撫でていた。
まあ雌性体の俺の肌がつるつるぷるぷるなのは同意。
気持ちいいものは触りたくなるものだ。
石鹸のついた手が前に回って胸を触られ吐息が洩れる。
そんな俺の反応を見て前に来たレアンドルは胸を触りながら少し笑みで歪んだ口元で頬に何度も軽いキスを繰り返す。
さっきまでは衝動に逆らえない状況になっていたからさすがに余裕がなかったけど、落ち着いた今は人の反応を見て楽しむ余裕ができたみたいだ。
「今まで性に溺れる者が理解できなかったが、どうやら私もその一人だったようだ。なぜかメテオール嬢には自制心が効かなくなる。傷物にしたくないと思ったのは本心だったのだが」
それは恐らく俺の所為。
神族に戻った俺の身体は以前よりも精霊神と魔神の香りが強くなったらしいから、魔族のように香りで惹かれる種族じゃない精霊族でも本能を擽られてしまうんだろう。
唇を重ねられながら首の後ろに腕を回す。
「だから棘が刺さらないよう気をつけてと忠告したのに」
口が離れたタイミングで言った俺にレアンドルは笑う。
「忠告を素直に聞き入れるほど物分りが良くないと知られてしまったな。二度と抜けなくとも自業自得だ」
レアンドルの口と手でまた身体の奥が熱くなる。
「物分りが良くないのは私も同じです」
大丈夫。俺も率先して据え膳をいただく駄目な奴だから。
昂った性欲には勝てない。
「レアンドル!」
静かな浴室に聞こえてきた声。
レアンドルでも俺でもない男性の声。
重なっていた口を離したタイミングで浴室の出入口に声の主が姿を現した。
「……お前、なんてことを」
声の主は美形の青年。
深く眉を顰めて浴室に入ってきてレアンドルの腕を引っ張り俺から引き離すと頬を殴った。
「ネージュからお前が屋敷に子供を連れ込んだと聞いてさすがにと思ったが、まさか本当に子供に手を出すなんて!」
怒り心頭の青年とは正反対にレアンドルは無言。
着ていたクロークを脱いで前にしゃがみ俺の身体を包む青年の方は見ることもなく殴られた頬を軽く擦るだけ。
「父上!?」
怒声を聞きつけたのか浴室の出入口にもう一人姿を現す。
「レア……メテオール嬢!?」
「ごきげんよう。ジェレミーさま」
一足遅れて浴室に来たのはジェレミー。
双子の弟のジェレミーが父上と呼んだってことは美形の青年がレアンドルの父上か。
「知り合いなのか?」
「訓練校の体験入店日に白銀の髪と瞳を持つ女性が居たと話しましたよね?彼女がそうです」
「え、この子が?」
「はい」
ジェレミーに話を聞いた父上は顔色を変えて俺を巻いていたクロークから手を離すと一歩下がって濡れた床に片膝をつく。
「私は色の識別が出来ないため英雄色と気付かず御無礼を」
「色の識別が出来ない?」
「父上には全てが灰色に見えている」
「そうなのですか」
首を傾げた俺にジェレミーがそう教えてくれる。
全てが灰色ということは全色盲か。
「アルシュ侯。なぜ私に跪くのか分かりませんが、一つ誤解を解いておくと私は未成年ではありません」
「「え?」」
「確かに人族の成人女性の中でも背は小さい方ですが成人しておりますし、強引に連れて来られた訳ではなく私がレアンドルさまとお話しをしてみたくてご招待を受けただけです」
夫人から話を聞いてまさかと思いつつ確認に来たようだけど、子供を連れ込んだというその根本から誤解だ。
「こうなるに至ったのも同意の上。成人している者同士が同意の上でしたことを責められる謂れもありません。仮にレアンドルさまが未成年であれば責められるのは私の方かと」
「私は16だ。成人している」
鼻で笑ったレアンドル。
結構危なかったな。
まあ精霊族は男女共に15歳が成人年齢で16歳だと既に子供が居る既婚者でもおかしくないし、未成年で妊娠したら(させたら)罪になるもののやること自体は法律で禁じられてないから、同意でしたことなら問題無し。
「ですから夫人の誤解を解いた方がと申しましたのに」
「構わない。私が信用されていないというだけのことだ」
レアンドルの前にしゃがんで殴られた頬に回復をかける。
「話も聞かず手を挙げてすまなかった」
アルシュ侯爵はレアンドルに頭を下げて謝罪する。
「父上は甘い。体裁を気にする貴族なら例え成人していても妻でも婚約者でもない女性を傷物にした息子を咎めるべきだ」
「それはそうだが、話も聞かず誤解したまま手を挙げたことは私が悪い。謝罪が先だろう。そのことを咎めるのは」
なんだ、しっかりした父親じゃないか。
話を聞かず殴ったことはもちろん悪かったけど、俺の見た目が年齢を聞くまでもなく子供にしか見えなかったということだろうから、そこは申し訳ない気分。
「治りました」
「メテオール嬢も甘いな。私のような者に貴重な回復魔法をかけるのだから」
赤みが引いた頬を軽く撫でた俺の手をとったレアンドルは苦笑しながら口ではそんなことを言いつつ手の甲に口付けた。
「レアンドル!?」
またしても浴室の出入口から聞こえた声。
次から次へと忙しい。
そう思いながら見ると、苛烈な夫人とその後ろに男女のご老人が居た。
「まさか勢揃いするとはな」
小声で言ってくつくつと笑うレアンドル。
たしかに子供を連れて来たという誤解がとんでもない騒ぎになってる。
「お前たちは先に屋敷へ戻れ」
「お待ちください!未成年の女児というのはネージュの誤解でして、こちらのご令嬢も成人しておりました!」
男性の方のご老人が先に屋敷へ戻るよう言うとアルシュ侯爵は誤解だったことを説明する。
「未成年でなければいいという話ではない」
そう言ってご老人は従者だろう人物に支えられながら杖を付いて浴室に入って来ると俺をジッと見下ろす。
「随分と小さな娼婦が居たものだ。目当ては金か?」
「お祖父さま!なんて失礼なことを!」
「黙っていろ」
青い顔で咎めるアルシュ侯爵にご老人はそれだけ言うとまた俺を見下ろす。
「婚約者でもない異性の屋敷に容易く誘われて来る者など娼婦と変わらない。長子のレアンドルに傷物にされたとでも言って成婚を迫るつもりか?それとも金を寄越せと脅すのか?」
「メテオール嬢はそんな!」
「ジェレミー!」
ジェレミーの言葉を遮ったのはレアンドル。
「メテオールと言うのか」
ご老人が言ったそれでレアンドルは舌打ちする。
母親にも正体が分からないよう挨拶をさせなかったのに、わざとじゃないとは言えジェレミーが言ってしまったことに。
「人族でメテオールと言う名を持つ娘が居る両親を捜せ」
「「承知いたしました」」
夫人や祖母だろうご老人と居る従僕に命じるご老人。
まあ元財政官僚という身分を使えば他国の人族でも捜せないことはないだろう。
「捜してどうするつもりですか!」
「身体を使いうちの跡取りを誑かす教育のなってない娘と、そのようなふしだらな娘に育てた両親を放っておく訳にはいかない。一般国民か貴族か知らないが、財政官として長らく国に仕えていた私の孫に色仕掛けで迫るなど罰して貰わねば」
アルシュ侯爵に答えるご老人は悪い顔。
未成年に手を出していたらと心配で見に来たんじゃなくて、未成年でも成人でも関係なくレアンドルが屋敷に連れ込んで手を出したことを揉み消すために来たのか。
「早く警備隊を呼んで連れて行かせて!その方が早いわ!」
「警備隊を呼んでは騒ぎになるでしょう?」
「子供じゃないならアルシュ侯爵家の身分やお金が目当てで近付いたに決まってるじゃない!レアンドルが被害にあったのに落ち着いてる場合ではないでしょう!?」
やんわり止める祖母にヒスる苛烈な夫人。
すっかり俺の方が悪者に仕立てあげられたな。
元は国仕えだった祖父母は例え俺が色仕掛けをしたんだとしてもレアンドルも手を出したなら罪に問えないと分かっているからか、警備隊を呼ぶつもりがないようだけど。
「レアンドルから離れなさい!穢らわしい!」
「母上!」
「ネージュ!やめなさい!」
ヒスが極まって浴室に乱入して来た夫人はアルシュ侯爵が俺にかけたクロークを掴み、ただ巻いただけだったそれを勢い良く引っ張ったことでツルリと足を滑らせる。
「あの、お怪我はありませんか?」
怪我をしないよう咄嗟に風魔法のクッションを作ったから大丈夫だとは思うけど、自分でも驚いたのかペタっと床に尻もちをついた状態で唖然としている夫人に確認する。
「助ける必要などなかったと言うのに」
「頭を打っては命に関わりますから」
「隠してくれ。ジェレミーには刺激が強すぎるようだ」
「それは申し訳ありません」
夫人が落としたクロークを拾い俺にかけるレアンドルから言われてジェレミーを見ると後ろを向いていてくすりと笑う。
双子でもレアンドルとは正反対なようだ。
「無様な姿だな」
嘲笑を浮かべるレアンドルに夫人は顔を赤く染める。
「レアンドルもいつまでそうしてるの!衣装を着なさい!」
「入浴中に押し掛けて来て一方的に騒いでいるのは誰なのか。本当に長子思いの祖父母と母で涙が出る」
父親とジェレミーには無表情なだけだったけど、母親や祖父母を見る目や言葉には皮肉が混じっている。
その祖父母や母親に甘え放題の坊ちゃんの印象だったのに、実際に見たらレアンドルの方は嫌悪しているのが分かる。
「話は後にして浴室から出て行ってくれ。ご令嬢が未成年な訳でも不同意だった訳でもないことが分かったのにいつまで浴室で騒ぎ立てるつもりだ。風呂くらい静かに入らせろ」
今は無表情を超えて不快感が露わ。
子供だと誤解してた時に止めに来たのは分かるけど、問題なかったのにいつまで浴室で話を続けるんだとなるのはご尤も。
「早く出て行きなさい!」
「いい加減にしろ」
苛烈な夫人が俺の腕を掴むとレアンドルが夫人の手を掴んで止める。
「出て行けと言ったのは彼女以外の者だ。ただ恋人と風呂に入っていただけのことでなぜこれほど騒がれなければならない。過保護もここまで行くと気が触れてるとしか思えない」
母親の手を捻って離させたレアンドルは俺を腕におさめる。
俺が標的になってるから庇ってくれてるようだ。
「……恋人?」
「私に恋人が居たらおかしいのか?」
「そうではなくて」
「なんだ。お前も彼女に好意があったのか」
「ち、違う!」
「目を奪われる美しい容姿をしているからな。少々好奇心が強過ぎるところはあるが、外見だけ高価な物で着飾っただけの偽物とは違って中身も美しいのだから、気持ちは分かる」
俺を抱いたまま否定したジェレミーを煽るレアンドル。
どうして家族の前だとこんなに悪者ムーブをするのか。
無愛想ではあるけど悪い奴じゃないだろうに。
「駄目よ!貴方はアルシュ侯爵家の跡取りなんだからどこの誰かも分からないような女と付き合うなんて!」
「そうよ。レアンドル、私たちの言うことを聞きなさい。よいところのお嬢さんを見つけてあげるから」
口調の荒い苛烈な夫人と口調は静かだけど命令する祖母。
子供の頃のレアンドルが家出したくなったのも納得。
本人の意思は無視して自分の都合を押し付けるこんな家族と居れば無表情や無口になってもおかしくない。
「言うことを聞かないなら仕方がない」
そう言って杖を振り上げたのは祖父。
「痛っ!」
「お義父さま!お止めください!」
「メテオール嬢!レアンドル!」
脚を叩かれた俺をレアンドルがすぐに庇ってギュッと腕におさめてアルシュ侯爵とジェレミーが祖父を止める。
「お父さま!レアンドルは叩かないで!」
「言うことを聞かない者は躾るしかないだろう!」
「貴方止めて!」
レアンドルが叩かれるのを見て夫人と祖母も声をあげる。
俺は叩かれても良いのかよとツッコミたいところだけど、レアンドルが庇ってくれてるから俺には大して当たってない。
「レアンドルさま」
「すまない。巻き込んで」
ボソッと耳元で囁くレアンドル。
バシバシと叩かれてるのは自分なのに。
「お義父さま!」
「退くんだ!ふしだらな娘の色仕掛けに引っ掛かるなどアルシュ侯爵家の長子の自覚が足りん!」
容赦なく杖を振り下ろす祖父の行動で大騒ぎ。
夫人や祖母はキャーキャーと悲鳴のような声をあげるだけで役に立たず、怒り過ぎてもう邪魔する者は問答無用になっているのか間に入ったアルシュ侯爵やジェレミーも叩かれる。
「とめなさい!レアンドルに何かあったらどうするの!」
「邪魔をするな!」
従僕や従者も当主の命令が絶対なのか夫人から止めるよう言われても動かず、祖父自身が疲れたのかハアハアと息を切らして手を止めるまで暴行は続いた。
「少しは反省したか!」
爺さん老体に鞭打ち過ぎだろ。
元気なのは結構だけど。
「レアンドル!メテオール嬢!大丈夫か!?」
「二人とも医療院に行こう」
顔面蒼白でレアンドルと俺を確認するジェレミーは両腕が赤くなっていて、自分のシャツを脱いでレアンドルの肩にかけるアルシュ侯爵も顔に当たったらしく額から血が出ている。
でも一番ボロボロなのはレアンドル。
頭が切れて押さえた右手は血塗れになっているし、身体も叩かれ過ぎて赤どころか紫になってる場所や蚯蚓脹れになって血が滲んでいる場所もある。
「身内だけでなく他国のご令嬢にも暴行を働いて怪我をさせたとなればもう言い逃れは出来ないな。国に仕えていた元財政官というのが自慢の老人が暴行事件を起こすとは笑わせる」
そう言って笑うレアンドルからは憎しみすら感じる。
よほど根深い恨みがあるんだろうか。
「母上と祖父の暴行を訴えるなら私が証言しよう」
「な、なにを」
「つい先ほど母上も口汚い暴言でご令嬢を罵りクロークを引っ張ったり腕を掴んだりとしただろう?その所為で白く美しい肌が赤くなってしまったのに自分のそれは暴行ではないと?」
レアンドルは俺の赤くなった足や腕を確認しながら鼻で笑って夫人に答える。
「二人とも酷い怪我だ。一緒に医療院へ行こう」
「余計なことをするな!屋敷の随行医で充分だ!」
「レアンドルも私の息子です!」
俺たちを心配して医療院に行こうと言うアルシュ侯爵に祖父が怒鳴り、それを聞いたアルシュ侯爵が声を荒らげて返す。
「自分の息子と息子が必死に庇うほど大切にしているご令嬢に怪我を負わされて腹が立たない父親がいますか!?」
ボロボロの息子を見て堪忍袋の緒が切れたらしく、アルシュ侯爵は祖父に怒鳴る。
「頭を怪我しているのに脳に損傷を負っていたらどうするのですか!小柄なご令嬢の骨が折れていたらどうするのですか!魔法検査の出来ない随行医が体内の検査が出来るとでも!?体裁を気にするなら最初から暴行などしないでください!」
父ちゃんよく言った。
ほんとその通りで拍手喝采してやりたい。
硬い杖で殴れば死んでもおかしくないのにバシバシ殴っておいて体裁を気にして病院には行かせないとかクズかと。
いや、自分の手は痛まない杖で殴った時点でクズだけど。
「とりあえず話は置いて先に治療をさせてください。レアンドルさまが本当に死んでしまいそうなので」
一番重症のレアンドルから。
出血多量で気を失いそうだから。
「治さなくていい。さっきも魔力を使ったのだから」
「良いから大人しくする。動くとますます出血しますよ?私の魔力量はこの程度で尽きませんから安心してください」
避けるように身体を動かしたレアンドルの頭を両手で挟んで止めて上級回復をかける。
『中の人。念のためレアンドルとアルシュ侯爵とジェレミーに魔法検査をかけてくれ』
【はい】
上級回復をかけながら魔法検査は中の人に頼む。
正体を明かしてないから俺しか使えない範囲上級回復は使わず、先に検査だけして貰うことにした。
「ご令嬢は聖属性をお持ちなのでしたね」
「はい。それもジェレミーさまからお話しを?」
「回復魔法が使えることは聞いておりませんでしたが、聖属性魔法と剣で戦う強いご令嬢が居て自分の弱点を教わったと。それからというもの毎日弱点の克服をしようと鍛錬を」
「ち、父上。そのような話を今しなくても」
アルシュ侯爵を慌てて止めるジェレミーにくすりと笑う。
しっかり鍛えているなら何より。
「レアンドルさま?」
俺に凭れかかるように肩に顔を置いたレアンドル。
『中の人!レアンドルに異常は』
「私は知らない。メテオール嬢が戦っている姿を見てない」
「え?」
【骨折が複数箇所ありますが命に別状ありません。恐らく生命特有の嫉妬という感情かと】
ただのヤキモチかよ!
出血が多いから貧血で気を失いそうなのかと焦ったのに!
って、嫉妬?なんで嫉妬?
あ、恋人ってことにしてるからか。
「剣を握って戦う令嬢はイヤだとならないでくださいね?」
「ならない。自分や人を守れる力を身につけていると言うことだろう?自分は守られて当然と思っている者に興味はない」
そんなことを言うレアンドルの頭を撫でる。
甘えるような行動はわざとだろうけど、言っていることは本音だろう。
【検査結果が出ました。レアンドル・ルセは複数箇所の打撲と右上腕骨折と肩甲骨骨折と頭部の裂傷。デニス・ルセは両腕の打撲と額の裂傷。ジェレミー・ルセは左腕骨折と両腕の打撲。命に別状はありませんが上級回復治療を行なってください】
『分かった。ありがとう』
中の人から検査結果を聞いてホッとする。
三人とも打撲や骨折や裂傷と怪我を負ってるものの、命に関わるような重症ではないようだ。
【演技ではないと思います】
『ん?』
【演技ではないと思います】
『いや、聞こえてるけど』
そんな「大事な事なので二回言いました」みたいな。
何の話かと思って聞き返したのに。
【ご自愛ください】
『え?うん。ありがとう』
意味を聞く前に一方的に切られる。
結局なにが言いたかったのか。
「頭部の裂傷は塞がりました。痛みや違和感が残っていないか手足を動かして確認してみてください」
肩から顔をあげたレアンドルは腕や肩を回して確認する。
「凄いな。さっきまで折れていると思うほど痛かった腕や背中の痛みもなければ打撲も跡形もなく消えている」
「それなら良かった」
「感謝する。助かった」
「私を庇って負った怪我ですから。守ってくださってありがとうございます」
思うほどじゃなくて本当に折れてたんだけど。
しっかり治ったようで、お礼を言うレアンドルに俺も庇ってくれたことのお礼を伝えた。
「次はアルシュ侯の治療を」
「私は。魔力に余裕があればジェレミーをお願いします」
「もちろんジェレミーさまも治療しますが額に裂傷があるアルシュ侯から先に。打撲や骨折は回復で治りますが流れた血を全て元に戻すことは出来ないので」
服に染み込んだ血や蒸発した血は回復で戻せない。
だから優先するのは額から血が出てるアルシュ侯爵の治療。
「ですが三人も治療をしては魔力が」
「問題ありません。レアンドルさまにも申しましたが、この程度で魔力が尽きるほどヤワな鍛え方はしておりませんので」
遠慮する侯爵にも上級回復をかける。
範囲上級回復をかければ三人一気に治療できたけど、苛烈な夫人や祖父母が居る前で正体がバレる行動は控えたい。
これが命に関わる怪我だったら問答無用でかけてたけど。
「温かい…………え?」
クロークを羽織っただけの俺をなるべく見ないように気遣ってくれてるのか、目を閉じていたアルシュ侯爵は小さく呟いたかと思えばそっと目を開けて俺と目が合い驚いた表情をする。
「どうかしましたか?」
「い、いえ」
なにに驚いたのか。
レアンドルが庇ってくれたから顔は怪我してないはずだけど。
すぐに目を逸らされてそれ以上は追求せず治療を続けた。
「どうですか?痛みはありませんか?」
「どこも。本当に凄いですね。ありがとうございます」
「お役に立ちましたなら幸いです」
アルシュ侯爵も完治。
額の傷も綺麗になくなっている。
「最後はジェレミーさまを」
「先に自分にかけた方が。脚が腫れている」
「自分にも後でかけますから。それより痛かったですよね?出血のある御二方を優先してお待たせして申し訳ありません」
「いや、私は大したことはない」
左腕を骨折してるのに?
痛くないはずがないのに堪えているジェレミーに苦笑しながらまた上級回復をかける。
「少し失礼します」
ジェレミーの表情を見て骨折している左腕を軽く触る。
「っ!」
「すみません。弁償いたしますから袖を切りますね」
風魔法で先にシャツの袖を切って手で破る。
「砕けてるようです」
長袖で隠れてたから全く気付かなかったけど、骨折だけで見ればジェレミーが一番重症。
ポキッと折れただけではなく中で砕けているようで、腕が真っ赤になって倍と表現してもいいほど腫れ上がっている。
「強めにかけますから少し我慢してください」
両手を組んで威力を上げた上級回復をかける。
こんなになってたのによく耐えてたな。
相当痛かっただろうに。
「う……」
「じきに痛みが引きますから我慢を」
「……ああ」
砕けるほどの力を入れて杖で殴るとは。
本人は躾と言っていたけど、こんなのは躾を超えた暴力。
その勢いで殴ったのが頭だったら頭蓋骨が陥没した可能性だってあるのに、改めてろくでもない祖父だ。
医療院に行かれたくないから今は治療を邪魔してくることもなく静かにしてるけど。
「っ」
「堪えてください」
冷や汗をかいてるジェレミー。
痛みが酷いらしく腕が動いてしまうから、右手で手首を掴んで左手で腕に手のひらを添えそこを集中してかける。
「ちょっと!わざと痛くしてジェレミーに触って」
「下世話な想像で治療の邪魔をするな。そんなに下世話な話が好きなら一人で静かに妄想していろ」
あまりにもジェレミーが痛がるからわざとやってると思ったらしく俺の肩を掴んだ夫人を睨む。
自分の父親がした暴行で息子がこんなに痛がっているのに、ゲスな想像を膨らませて邪魔をするとか救いがない。
「なによその口の聞き方は!」
「私にも見逃してやれる範囲に限界がある。状況が読めない愚劣ならせめて口を慎め。治療の邪魔をするなら叩き出す」
静かになって溜息をつくとレアンドルがくつくつ笑う。
「強いな。メテオール嬢は」
「無礼な発言だということは承知しております。ですが今はジェレミーさまの治療を優先させてください」
「何の問題もない。早くジェレミーの痛みをとってやりたいのに邪魔をされたから腹が立ったんだと分かっている」
上級回復をかけ続ける俺の頬に口付けるレアンドル。
そのあとまた肩に頭を置く。
「なあ、ジェレミー。なぜ私たちは逆だったのだろうな」
「……何の話だ」
「お前が先に生まれてくれたら良かったのに」
「は?」
それはきっとレアンドルの本音。
家督を継ぐことを望んでいないのに少し先に生まれてしまっただけで母親や祖父母から選択肢を奪われている。
レアンドルではなくアルシュ侯爵家の長子として相応しい者になるようにと。
「レアンドル」
「ただの世迷いごとです。忘れてください」
アルシュ侯爵にも言葉の先を紡がせず俺の腰に腕を回すと口を結んだ。
「痛みは収まってきたようですね」
「あ、ああ。言われてみれば」
「赤みと腫れも引いてきましたからあと数分我慢を」
「ありがとう。魔法を使い続けていて辛くないか?」
「私が意外と頑丈なのはご存知では?」
「でも中等科女子の木剣も持ち上がらなかっただろう?」
「それは」
あの時はたまたま前日(朝方まで)にヤリ過ぎただけで。
そんなことを言えるはずもなく言葉に詰まった俺をジェレミーはクスクス笑う。
「私の知らない話をするな」
「心が狭過ぎるだろう」
「お前こそ気を使え」
「練習試合の話をしてるだけだぞ?」
「私はその場に居なかった」
「自分が真面目に講義を受けないから悪いんだろう?」
仲がいいのか悪いのか。
でも少し二人の雰囲気が良くなったのを感じて、レアンドルを見て苦笑するジェレミーに笑った。
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