ホスト異世界へ行く

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第十三章 進化

プリエール公爵家

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「ようこそお越しくださいました」
「盛大な迎え入れ感謝する」

年末年始はあっという間に過ぎて既に月の半ば。
今日はアルク国にあるプリエール公爵家の本家屋敷がある領地に来ている。

「ち、直視してしまった!」
「今日も神々しいッッ!」
「美しく尊いッッ!」
「落ちつきなさいみんな、せめてお迎えの間は」
「お母さましっかり!」

ぐふっとなるプリエール公爵家の面々と、そんな家族に翻弄される苦労人のヴィオラ嬢。
今回は護衛兼従者として一緒に来て居るエドとベルがその様子を見てスーっと引いたのを感じた。

「御無礼をお詫び申し上げます。閣下の神々しさと足をお運びくださいました栄誉に胸が一杯で取り乱してしまいました」
「構わない。変わらず楽しい家族で何よりだ」

気を取り直して詫びたプリエール公爵に笑って答えると再びぐふっとなる四人。
うん、ヴィオラ嬢、余計な仕事を増やしてごめん。

「申し訳ありません。中へご案内いたします」
「よろしく頼む」

ぐふっとなってる家族は放っておくことにしたのかヴィオラ嬢が言って、出迎えに出て来ている使用人たちに指示をする。
末っ子が一番のしっかり者なのが面白い。

ちょっとした城のような巨大屋敷の中に入って案内されたのはご立派な家具が揃えられている広い応接室。
これまたご立派なソファに座ると待っていた使用人たちがすぐに飲み物やお菓子をテーブルに用意してくれる。

「プリエール公爵は家具の趣味がいいな」
「ありがとうございます。ただ、祖父の代から引き継いだ物で捨てるに捨てられずというのが実のところでして」
「そうなのか。祖父君の代からあるものがこうして現役なのだから大切にしているのだろう。素晴らしいことだ」

年代物の重厚感。
新しい物はそれはそれで機能面に優れていたりといい所があるけど、プリエール公爵は屋敷も家具も厳かで品がいい。
海外で観光した城の中のようで思わず背筋も伸びる。

「ありがとう」

俺の前に紅茶を注いだティーカップを置いたメイドにお礼を言うと無言ながら深々と頭を下げて返される。
これもさすが公爵家というか、王城と同じく来客に直接対応するメイドやボーイ(従僕)は美形揃いだ。

「商売に関しての契約を結ぶ前に総領との件の話をしよう。そのあと改めて契約を交わすかを考えて欲しい」

紅茶を一口飲んで話を切り出すとプリエール公爵は使用人たちを部屋から下げさせる。

「私の従者を荷物を置ける部屋に案内してくれるだろうか」
「承知いたしました。ご案内いたします」
「「ありがとうございます」」

俺も後ろに付いていたエドとベルを下がらせる。
二人にも今回訪問した理由は説明してあるから、使用人に案内されて一緒に部屋を出て行った。

「大まかなことは既に聞いているだろうが、改めて私からも両親の二人へ頼みに来た。公爵家の大切な跡取りだと理解しているが、ミラン卿を伴侶として迎えさせてくれないだろうか」

総領が俺の屋敷に来て契約を結ぶはずだった予定を変更して俺の方からプリエール公爵家に訪問したのはそれが理由。
どう見ても同性にしか見えない俺との婚約(成婚)は反対される可能性が高いから、契約を結んで繋がりが出来てからだと本当は反対なのに断るに断れない状況になってしまうんじゃないかと思って先にそちらを話しておきたかった。

「本当によろしいのでしょうか。ミランで」
「ん?」
「父親の私が言うのも何ですが、一つのことに没頭すると周りが見えなくなるミランに偉大な英雄エロー公爵閣下の伴侶が務まるかどうか。逆にご迷惑をおかけするのではないかと心配で」

あれ?心配なのはそっち?
俺が両性か疑うでも大切な跡取り息子はやれないでもなく。
夫人も公爵と同じ気持ちらしく大きく頷いている。

「少なくとも私の見た目は男性にしか見えないだろうが、本当にミラン卿と成婚できる性別なのかと疑いはないのか?」
「それについては陛下より伺っておりますので。国で定められた法律に違反しないのであれば私どもは問題ございません」
「ミランを見初めてくださいまして光栄にございます」

その話を聞いて笑い声が洩れる。
もし疑われたら国王のおっさんやアルク国王に頼んで両性と認める何かしらの証明をして貰わないとと思ってたんだけど、アルク国王が先手を打っていてくれたようだ。

「精霊族に居ない両性の私と成婚させるのは不安なのではないかと思ったが、本当にミラン卿でいいのかという心配であれば問題ない。私と成婚しようとミラン卿が何をするも自由だ。英雄公爵家の主人の一人として自身の役割を果たしてくれることと、英雄の紋章や名前を使って悪さをしなければ、商売も恋愛も自由だと本人にも言ってある。研究も没頭して体を壊しそうな時には止めるが、そうでないなら好きにやって構わない」

公爵家の長子で跡取り息子だから認めてくれないんじゃないかという心配もあったけど、一番心配だったのはそれ。

「ミラン卿に成婚を申し込んだのは今後エルフ族と交流を深めようと考えていたタイミングだったことと、陛下が信頼している血筋の者なら英雄の機密を漏らすことはないだろうという理由もある。だが何よりの理由は、賢くて面白くて気も合うミラン卿となら残された互いの時間を有意義に過ごせるだろうと思ったからだ。防衛の最前線に立つ英雄の私も賢者のミラン卿も天地戦後に生きている可能性は低い。だからこそ残りの時間は悔いのないよう好意を持つ者と生きたいと考えている」

タイミングも家柄も人格も含めて総領が良かった。
半身の魔王とも信頼する師匠のエミーともまた違って総領とは慣れ親しんだ地球人と居るような感覚になれる。
それはこの世界に突然召喚されて同胞のヒカルたちとも離れて暮らしている俺が望んでいた相手。

「改めてお願いする。プリエール公爵家の大切な子息を私の伴侶に迎えさせて欲しい。総領の自由を奪って縛り付けたりしないことと、私なりに大切にするとお約束する」

そう頼んで頭を下げると啜り泣く声が聞こえて驚く。
パッと顔を上げると夫人が目元をハンカチで押さえていた。

「賢者は赤い月が昇れば死ぬのだからと恋をすることもなかったミランが閣下には恋心を抱いていると気付いた時には、息子に初めて好きな人が出来た喜びと同時に、応援してあげることの出来ない身分の違いや性別の壁がある恋のお相手だということに不安で一杯でした。ですが閣下がそこまでミランのことを考えてくださっていたなんて何とお礼を言えばいいのか」

泣きながらも言葉を紡いだ夫人の背中にプリエール公爵が手を添える。

「ミランは昔から明るく元気で器用に何でも熟す子でしたが、五歳の祝福の儀で賢者の血継を持っていることを知ってからは家に引き込もるようになりました。訓練校に行く年齢になって自分から外に出るようにはなりましたが、賢者だと知ったその時からだったと思います。人に関心を持たなくなったのは」

総領の過去を話してくれるプリエール公爵。
この星では一般国民でも知っているくらい賢者が天地戦で死ぬことは常識だから、まだ幼い五歳の子供が自分の運命を知ってすぐに受け入れられるはずもない。
きっと怖くて悲しかっただろう。

「気付かれないよう人とは上手く付き合うんです。ただ、そこに心はない。親の私から見て、学生時代の友人すらも周囲の人に合わせて自分にも居た方が体裁がいいと計算してを作っただけにしか見えず、ミランが真に打ち解けて心を許していると感じる友人はおりませんでした」

他人に見せる姿は少なからず取り繕った姿。
孤児院に訪問した時に総領がそう話していたけど、まさしく自分が取り繕った姿の塊だったのか。

「そのミランが変わったのは武闘本大会で閣下のお姿を拝見してからでした。私たちはアルク国の招待客として来賓席から観戦していたのですが、開幕の儀を夢中で見ていたかと思えば家族の私たちも驚くほど饒舌に閣下のことを話し始めて。地上に神が顕現されたと目を輝かせて言うものですから、最初はそのあまりの突拍子もない話と興奮ぶりに呆れたほどです」

神が……それは比喩か?
それともアルク国王のように神の存在を感じとったのか?
他の人なら比喩だろうと気にしなかったけど、総領と出会ってから〝繋累けいるい〟という特殊恩恵が解放されただけに、アルク国王と同じパターンもないとは言えない。

「以前からそうなのですが、うちの家族はみんな人や物を問わず美しいものや可愛らしいものに目がないのです。ですからお恥ずかしくも閣下に醜態を晒す事態になっているのですが」

なるほど。
気絶しそうなほど(ヴィオラ嬢を除く)『美しい可愛らしい』と好意的に思ってくれているならありがたい話だ。
中身はクズだという事実は置いといて。

「ただ、ミランのそれは美しいものや可愛らしいものを見て愛でるという感情ではなく、好いた人を見る目だとすぐに気付きました。精霊族の守護者である英雄になんと恐れ多いことをとは思いましたが、ミランに欠けてしまった感情が閣下のお蔭で埋まって行くのを見て、遠くからひっそりと思い慕うだけであれば神もお許しくださるだろうと見て見ぬふりをしてまいりました。親として止めなければならないことを見ぬふりをしていたことをお詫び申し上げます」

深く頭を下げたプリエール公爵にくすりと笑う。
貴族は上下関係が厳しいから例えひっそりとでも英雄の俺に恋心を抱くのはよくないという考えなんだろうけど、言わなければ分からないのに正直に話して謝るんだから真面目な人だ。

「その感情を公爵夫妻が咎めず見て見ぬふりをしてくれたことに感謝しよう。大切な子息を思う夫妻の親心のお蔭でミラン卿の私への好意がすり減ることのないまま出会えたのだから。ミラン卿は心優しいご両親や姉弟に恵まれたな」

笑いながらそう話した俺にプリエール公爵はもう一度深々と頭を下げて、夫人もその隣で頭を下げる。

「英雄と賢者という死と背中合わせの伴侶同士にはなるが、ミラン卿とならばよいパートナーになれると確信している。人生の残された時間をミラン卿と生きる許可をいただきたい」
「か、閣下!」
「私たちにそのような!」

椅子から降りて床に跪き頭を下げると二人も驚いた声をあげて床に跪き土下座をする勢いで俺に頭を下げ返してくる。

「どうかミランをよろしくお願いいたします」
「私からもよろしくお願いいたします」

俺の前に跪いたまま顔をあげたプリエール公爵と夫人は、真剣な顔でそう返事をくれた。

その瞬間に重厚な扉の向こうから聞こえた物音。
まさかという表情で扉をパッと見た夫妻に笑って立ち上がる。

「立ち聞きはよろしくないぞ?」
『申し訳ありませんッッ!』

扉の前に居たのは娘のレオナ嬢を抱いた姉のユーリア嬢と次男のベルナルドとヴィオラ嬢。
そして総領のミラン。

「お前たちなんという御無礼を」
「どうしても気になってしまって」
「反省します」
「申し訳ありません」

プリエール公爵に怒られてシュンとする三姉弟。
礼儀に厳しい公爵家に生まれ育った三人がそれでも気になって立ち聞きしていたのは、それほど総領の婚約や成婚がどうなるのかが心配だったからだろう。

「総領、聞いていたか?あの日の約束を守ってご両親から正式に認めていただいた。これからの時間を私と生きて欲しい」

改めて本人にも言うと総領はその場に跪く。

「プリエール公爵が長子ミラン・エルマンデル。偉大なる英雄エロー公爵閣下の伴侶となる者として気を引き締め、閣下の手となり足となりお役に立てるよう尽力してまいります」

胸に手をあてて頭を下げた総領の前にしゃがむ。

「総領。俺が望んだのは残された時間を有意義に過ごせる伴侶であって、仕事の部下でもなければ従者でもない。だから俺の手や足になる必要はないし、俺が好意を持った素の総領の姿を隠して役に立とうと頑張る必要もない。お互いいつ死ぬか分からないからこそ総領にも自分らしい人生を謳歌して欲しい」

俺の英雄という肩書きが重圧になってるのかも知れないけど、自分の役に立つか否かで総領を選んだ訳じゃない。

「異世界で名乗っていた俺の真名は夕凪真。この世界での名前はシン・ユウナギ・エローだ。お互いの準備期間としてまずは婚約からスタートするけど、成婚したら総領の名前はミラン・ユウナギ・エローになる。今まで名乗ってきた名前を奪って大切な家族と過ごす貴重な時間も少しばかり分けて貰うことになるけど、その名前で俺と一緒に生きてくれるか?」

改めて確認すると総領は滲んだ目元をぐいっと拭って目を合わせると笑みを零す。

「私の方こそ役目を果たす日までお傍に居させてください。やはり閣下が男前すぎてどちらが主人で夫人か迷いますが」
「形式的には男性の総領が主人で両性の俺が夫人だけど、俺も夫人の要素は性別だけだし両方主人で良いんじゃないか?」

ぎゅっと抱きしめる総領の背中を軽く叩いて笑う。
書類等に書かれる時は俺が夫人で総領は入婿という立場でも、俺も外性器と内性器があるというだけで見た目も中身も男でしかないから、普段はどちらも主人の役割を果たせばいい。

「ミランが閣下と成婚したら私も閣下の姻族ということに」

今まで考えていなかったのかハッとするユーリア嬢。

「そういうことになる。成婚する際に改めて総領の血族とは姻族契約を交わすことになるが、英雄の名を使って悪ささえしなければ商いにも英雄の紋章を活用してくれていい」
「よ、よろしいのですか?」
「それが私と成婚することのプラスでもあるからな。プリエール公爵家はみな賢いだけに、悪用すれば自分の首を絞めることになると分かっているだろうから信用している」

申し訳なさそうに聞いた夫人にも頷く。
英雄の俺の場合は影響が大きいだけに制限することも出来るらしいけど(国王のおっさんから教わった)、当初から考えていた通り使用を許可するつもりで居る。

「閣下。恐れながらお願いが」
「ん?」
「座って話しましょう」
「ああ。そうだな」

総領から言われてみんなで椅子に座る。
気を使って全員が俺の対面の応接椅子に座ろうとしたから、婚約することが決まった総領と子供を抱いているユーリア嬢はせめて窮屈じゃない俺側の応接椅子に座るよう促して。

「それで?」
「英雄の紋章を使う権利を与えるのは私の家族と一部の者だけに制限していただけないでしょうか」

そう話す総領。
俺が制限しなければ一族が掲げられるから、俺と成婚した総領やプリエール公爵夫妻や家族は一族から称えられるのに。

「なぜそんなことを?」
「プリエールを一つの一族として信頼して英雄の姻族と認めてくださることは光栄なのですが、一族の中にはあまり性根のよろしくない者もおりますし、今まではそうではなかったのに過ぎた権力を与えられたことで悪巧みに走ったり、逆に悪事に利用されたりとする者も居ないとは限りませんので」
「なるほど」

強い権力は人の性格や生活を狂わせることもある。
元から性根の悪い人は悪用するだろうし、今までは良かったのに変わってしまう人や悪事に利用される人も居るだろうと。 
総領が心配しているのはそれか。

「プリエール公爵はどう思う」
「私もミランに賛成します。閣下は多くの精霊族が憧れ慕う偉大な英雄。その御方の姻族となり名を汚すような愚か者が現れれば、その者だけでなくプリエール全てが非難を受けます」

夫人も公爵の意見に同意らしく頷く。

「……思えばルリジオン公も血縁者か」

プリエール公爵はアルク国王の従兄弟。
報告会議の時にあれこれ口を挟んできたルリジオン公もアルク国王の血縁(叔父)だから、総領の血縁者に含まれる。

「ご存知なのですか?」
「陛下の治療を行う際に報告会議で少々喧嘩を売られてな」
『ああ』

え?そんな反応?
みんな納得の理由だったってこと?

「ルリジオン公もミランが使用を制限して欲しい人物の一人でしょう。陛下の叔父という身分なのをいいことに、お優しい陛下や王妃殿下にまでも不遜な態度をとるのですから」
「本当にあの者だけは無礼が過ぎます」

嫌われてるなあのおっさん。
ユーリア嬢と夫人はムスッとした表情で文句を言って、ベルナルドやヴィオラ嬢がまあまあと宥めている。

「私が制限をかけることでプリエール公爵家や総領が悪く言われるのではないかと思ったが、一人思い当たる人物が居たことで公爵や総領が懸念するのも理解できた。そういうことであれば姻族契約するまでに一族の中から使用許可を与える者を選んでおいてくれ。私はそれに従って契約を結ぶことにしよう」
「ありがとうございます」
「申し訳ありません。お手数をおかけします」

深々とみんなから頭を下げられる。

「礼も謝罪も不要だ。私が伴侶に迎えるのは総領であって、一族ではない。最も繋がりを深めたいのは自分の伴侶の総領を育ててくれた両親である公爵夫妻と共に育った姉弟。その者たちが望むというのなら断る理由もない」

言ってしまえば俺の方は総領の家族以外と契約を結ばなくても何の問題もない。
だからお礼を言われるようなことじゃない。

「閣下は人を甘やかすタイプですね」
「否定はできない。好意的に思う者には甘くなってしまう」

ヴィオラ嬢に言われたそれは図星。
恋人はもちろん、気に入った人にはつい甘くなる。
言うことは言うし、厳しくしないといけないことには厳しくするけど、普段の時は甘やかし癖がある。

「ミランお兄さまを甘やかすと図に乗って大変なことになりますよ?閣下が好きで好きで仕方がない人なので」
「ヴィオラ。余計なことを言うな」

妹に暴露されて罰の悪い表情の総領に笑う。
まあ俺を見て気絶しそうになるくらいだから嫌われてないことだけは間違いない。

「一日中閣下を眺めていそうで心配です」
「そんなのむしろ羨ましいッッ!」
『同意』

ヴィオラ嬢の心配にベルナルドが力強く訴え、それに声を合わせて同意する公爵夫妻とユーリア嬢。
謎に地球人(日本人)っぽさがある家族だから話してると面白いし落ち着く。

「そうだ、ヴィオラ嬢。あれから体調はどうだ?痛みや熱が出たり、魔力の流れが滞ったりしていないか?」
「閣下の治療のお蔭で元気にしております。魔法が使えるようになったことで魔力量も増えました」
「それなら良かった。念のため魔法検査をしていいか?」
「はい。お願いします」

ヴィオラ嬢の検査も訪問した目的の一つ。

『中の人。魔力神経も含めた魔法検査を頼む』
【承知しました】

本人に許可を貰って対面に座っているヴィオラ嬢の魔法検査を中の人にお願いする。
顔色もいいし大丈夫そうだけど念のため。

【検査結果が出ました】
『え?もう?』
【覚醒をして能力があがったために時間も短縮されました】
『そんなに変化したのか。吃驚した。ありがとう』

二分もかからなかったんじゃないかと思う。
以前から他の人に比べて早かったけど、かけたその場で検査結果が出るチート魔王さまに迫る早さで驚いた。

「結果が出た」
『え!?』
「もう終わったのですか!?」
「最近は人にかける機会がなかったから自分でも驚いたが、覚醒したことで検査の速度もあがったようだ」

驚くみんなに説明しながら画面パネルを確認する。

「覚醒したことをそのようにサラリと」
「さすがにもう六回目ともなると慣れた」
「英雄の極秘情報を容易く明かさないでください」
「覚醒した回数は別に隠すつもりもない。機密なのはその覚醒で変化した能力の方で、そこは話さないから安心してくれ」

総領に答えながら体重などは隠した画面パネルを拡大する。
俺がじゃないことなんて今更。
魔王に比べれば六回なんて可愛いものだ。

「うん。異常なしだな。硬化していた部分も含めて他の魔力神経もしっかり広がったままだし、病があれば載る欄も何も出ていない。これで漸く完治したって断言できる。おめでとう」
「ありがとうございます!」

公爵夫妻や姉弟と喜ぶヴィオラ嬢。
もう魔法は使えているようだから検査結果も分かっていただろうけど、俺の魔法検査にしか出ない病にかかっていただけに調べようもなく多少の不安はあっただろう。

「改めまして、娘の治療をしてくださいましたことに感謝申し上げます。閣下が居られなければ娘は未だに魔法が使えず苦しい思いをしていたでしょう。ありがとうございます」

ソファから降りて跪き感謝を伝える公爵家の面々。
冗談を言うくらいの距離感になっても礼儀を重んじるところはさすが。

「あの時には思いもしていなかったが、自分の義妹となるヴィオラ嬢を救うことが出来て良かった。正常に戻った力を使って怪我や病に苦しむ人々を救ってくれることを期待している」
「はい。お約束いたします」

総領はヴィオラ嬢を見て微笑む。
妹の元気な姿を見て喜ぶいい兄だ。





果樹園の契約を交わして昼食後。
みんなで公爵家の広い庭に出て来た。

「動きが大き過ぎる。次に来る場所を読まれてしまうぞ」
「はい!」

運動を兼ねて始めたのは剣の鍛錬。
次男のベルナルドと実際に剣(木剣)を交えているところ。

「動体視力が良くて早さはいい。しっかり相手の動きを見ているところもいい。ただ、焦りが動きに表れていて大振りになっている一手が多い。訓練ならまだしも実戦では致命的なマイナスだ。無駄な体力を使えば相手より先に力尽きてしまう」

ベルナルドには剣のセンスがある。
動体視力がいいことは本来ならプラスだけど、逆に良過ぎるのか分かり易くかけたフェイントにも律儀に反応してしまって体力が持たない。

「よし。やり方を変えよう」
「え?はい」

異空間アイテムボックスから黒い絹布を引っ張り出す。

「こ、これはなにを」
「ベルナルドは目に頼り過ぎだ。目隠しをして音や気配に集中して貰う。最初は攻撃を当てないと約束しよう」

目元を黒い布で覆って後頭部で縛る。

「見えないと動けないのでは」
「そうか?私は眼帯で片目が見えていないぞ?死角になる眼帯側から来る攻撃には音と気配で反応している」
英雄エローと私では能力の差が」
「ベルナルドなら出来るからやっている。努力が苦手で剣の才能もない者なら長々と付き合ったりしない。無駄なことは辞めて茶でも飲みながら会話していた方がよほど有意義だ」

食後の運動で気まぐれに始めたことだったけど、思いの外ベルナルドに剣才があったからマイナス面を矯正したくなった。

「まずは集中して自然が発する音を聞け」
「はい」

深呼吸して口を結んだベルナルド。
俺もベルナルドの前で黙ったまま様子を眺める。

プリエール公爵家は庭園も広いから外部の生活音はしない。
今日は風もないから聴こえるのは時々鳴く鳥の歌声や木々から飛び立つ羽ばたき音くらいのもの。

音を聞くことに集中しているのを見て試しに横へ移動するとベルナルドも俺が移動した方に少し顔を向ける。
この場所の地面には芝が生えているから耳を澄ましていれば足音も聞こえやすい。

また前に戻るとベルナルドの顔もしっかり後を追う。
そのまま少し待ってからベルナルドの顔に手を伸ばすと構えていた剣を持つ手がピクリと動いた。

「攻撃がくると思ったか?」
「最初は当てないと聞いておりましたが、何も見えない不安感から衣の擦れる音でも敏感になってしまいました」

顔に触れて聞いた俺に答えている最中のベルナルドの顔に反対の手も動かすとまたピクリと反応する。
喋っていてもしっかり音や気配を感じていると言うこと。

「……閣下?」

覗き込むように顔だけを近付けると伺うような声を洩らすベルナルド。

「か、顔が近いです」
「正解。音は立てていないのによく分かったな」
「閣下の香りが」
「香り?」
「花のような。香りが強くなったので」
「なるほど」

視界を塞がれたことで耳に聴こえる音や香りに敏感になっているということ。

「では次は音を奪おう。私の香りと気配を追え」
「は、はい」

再び異空間アイテムボックスから耳栓を出して音を遮断する。
完全に遮断される訳じゃないから大き目の声で話せば聞こえるけど、衣が擦れるような僅かな音は聞こえなくなる。

音を遮断したあと少し離れてまた様子を見る。
離れたことが分かっているようで、顔を近付けた時に少し赤くなっていた顔も元に戻った。

今のベルナルドは目も見えず耳も聞こえない状態。
頼りは嗅覚と気配のみ。
今まで以上に集中しているのが分かる。

食後のティータイムをしながら訓練の様子を眺めていた公爵家の方を見て、目が合った総領を手招きする。

「さっきの俺のように近付いてみてくれ」

小声で耳打ちした俺に頷いた総領はベルナルドの前に歩みを進める。

「ミラン兄さん?」

まだ顔を近付けるにも至ってない。
ただ目の前まで行っただけで誰かまで言い当てた。

「もしかして私は臭いのですか?」

振り返って聞いた総領に吹き出す。
臭いから目の前に行っただけで気付いたと思ったらしい。

「それはない。いい香りならしてるけど」

笑いながら総領の頬に軽く口付けて、ベルナルドの耳から耳栓を外す。

「どうして総領だと分かった」
「私が調合した香水を使ってくれているので」
「総領の爽やかな香りはベルナルドが作った香水なのか」
「はい」

正解らしく総領は頷く。
この世界の品物としては珍しく男性向けの爽やかな香りだとは思ってたけど、ベルナルドが調合したものだったとは。
兄弟揃って優秀。

「私が臭くて分かったという訳じゃないんだな?」
「え?何言ってるの?お風呂に入ってるよね?」
「もちろん入ってる。今朝もお迎えする前に入った」
「好きな人に臭いと思われたくない思考が透けて見える」
「違う。最低限のマナーだ」

兄弟のそんな会話を聞いて笑う。
歳が近い同性の兄弟だけあって、姉のユーリア嬢や妹のヴィオラ嬢と会話する時とはまた違う仲の良さがある。

「心配しなくてもいい香りがしている」

総領に言いながらベルナルドに両手を近付けるとスっと上半身を逸らす。

「目隠しを外すだけだ」
「し、失礼いたしました」

謝るベルナルドにくすりと笑う。
目隠しを外すことにしたのはで、その前に伸ばした両手は集中力が切れたことを確認するためだったけど。

「なんか眩しい」

布を外すとベルナルドは景色を見渡して目を細める。
完全に視界も光も遮られていたから眩しく感じるのも当然。

「結論から言うとベルナルドは剣の才能がある」
「「え?」」

早々に結論を出した俺に総領とベルナルドは疑問を含ませた声を上げる。

「剣に関係する特殊恩恵を持ってるだろ」
「……なぜそれを」
「大振りしたりと技術的にはまだ甘いところがあるが、訓練校や家庭教師から教われば身に付く範囲を超えている。動きを追う視覚、衣の擦れる音で動作を聞き分ける聴覚、嗅ぎ分けることの出来る嗅覚、皮膚に触れる空気の流れを感じとる触覚。味覚は分からないが、ベルナルドは五感が常人のそれ以上だ」

五感の良さは人から教わるものじゃない。
剣で戦う時に重要な動体視力が優れていることも含め、剣に関係した特殊恩恵天賦の才能を持っているんじゃないかと気付いた。

「ベルナルドが剣才を持ってるとなれば話は変わる。今度は攻守交代だ。視力と聴力を遮断した私に本気で攻撃してみろ」
「か、閣下に本気で剣を向けるなど出来ません!」

今度は自分の目元に布を巻きつつベルナルドの訴えに笑う。

「物理防御をかけるから英雄に怪我をさせたらという心配は要らない。それより一撃でもいいから私の身体に当ててみろ。当てられるものならな。総領は離れててくれ」
「承知しました」

距離をとって剣帯にさしてあった木剣を抜いて構える。
ベルナルドがなら軽く付き合って終わるつもりだったけど、だというならこのまま才能を燻らせておくのは勿体ない。

「攻撃魔法特化型の賢者ミラン卿。回復魔法特化型の聖女ヴィオラ嬢。物理攻撃特化型の剣聖ベルナルド。まるで勇者パーティのようだ。戦う力は自分が生き残る力でもあり、誰かを救う力でもある。精霊族の守護者として人々を救う力を持つ天才が揃ったプリエール公爵家と姻族になれることを嬉しく思う」

地球人と居るような感覚を覚えるプリエール公爵家。
それだけじゃ飽き足らず、異世界から召喚された勇者たちのように攻守の才能を持った兄弟が揃っている。
勇者たちのように運命に導かれたように。

「現状ではのベルナルドに遅れをとるほど私は弱くない。英雄は人々を守るために最期まで戦場に立って戦い続けることが使命なのだから。私を倒すつもりでかかってこい」
「胸をお借りいたします!」

ベルナルドの声に笑いながら改めて剣を握り直した。
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まりぃべる
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