ホスト異世界へ行く

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第十三章 進化

魔界観光

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時間は正午になろうとしているところ。
魔王と俺と四天魔の計六人+それぞれの眷属祖龍の計六匹は魔王城から一番近い魔層の前に居た。

「来たようだ」

モヤのように天まで続く黒の魔層ではなく、その隣。
何もなかった場所に黒いモヤで出来た扉がスーっと現れて魔王が口を開いた。

「「シンさま!」」

モヤの扉から出て来たのはエドとベル。
嬉しそうな表情で走ってきて俺に抱きつく。

「身体は大丈夫か?苦しかったり痛かったりしないか?」
「何ともありません。入口は黒いモヤなのに中に入ったら白い霧がかかった道が続いていて不思議な気分でしたが」
「通常の魔層の中もそう。中は真っ白」
「貴重な体験が出来ました」

尻尾がパタパタ耳がピルピルの二人。
以前エミーから俺以外に魔層を通って帰れた精霊族はいないと聞かされていたから、二人が魔層を渡れる特殊恩恵を得たことは知っていても実際に姿を見るまで不安が拭えなかった。

「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。魔王フラウエルさま並びに四天魔のみなさまへご挨拶申し上げます。本日はお招きくださいましてありがとうございます」

魔王たちを見てハッとした表情でエドが離れるとベルもすぐに離れ、ボウアンドスクレープとカーテシーで挨拶をする。

「そのような堅苦しい挨拶をする関係性でもないだろうに」
「お招きいただいた立場ですので最初のご挨拶くらいは」
「真面目なことだ」

魔王や四天魔とは顔見知りという以上に会っているのに礼儀正しく挨拶をしたエドとベルに魔王と四天魔は苦笑する。

「既に知った仲の俺たちのことはさて置き、眷属の祖龍たちに紹介しよう。獣人少年は急襲の際に小型化した眷属に会っているが、獣人娘の方はラヴィ以外会ったことがないだろう?」
「はい。お願いいたします」

まずは大事なそこから。
ベルは魔王が最初にブークリエ国に来た時にラヴィと戦ったものの四天魔や俺の眷属に会うのは初めてだし、エドもラヴィ以外の眷属とは小型化した姿でしか会ったことがない。
体躯が大きくて誇り高い祖龍と接触することは命の危機もある危険なことだから、眷属たちに改めて二人を紹介して襲わないよう命令しておく必要がある。

「ラヴィ、アミュ、サジェス、ノブル、シュヴァリエ、オネット。片方は見覚えがあるだろうが改めて紹介しておく。雄性獣人の名はエドワード。雌性獣人の名はベルティーユ。種族は俺たち魔族と敵対関係にある精霊族ではあるが、半身が大切にしている家族のような二人だ。半身の大切なものを俺や四天魔が害する訳にはいかない。お前たちも攻撃することを禁ずる」

俺と四天魔が自分たちの眷属の隣に行って(俺はラヴィとアミュの間に行って)手綱を掴んだことを確認した魔王は、並んでいる俺たちの前に立ってエドとベルを紹介する。

「シンさまの専属執事バトラーのエドワードと申します」
「同じく専属召使メイドのベルティーユと申します」
「「よろしくお願いいたします」」

胸に手をあてて頭を下げたエドとワンピースのスカートの両側をちょこんと掴んで頭を下げたベル。

「祖龍にも挨拶をするのか」

二人の様子を見ていた魔王はふっと笑う。

「シンさまより祖龍は賢く言葉も理解できると伺いました。特にみなさまの眷属は魔族の中でも格の高い存在だと。言葉が通じるのでしたら格の高い方に礼儀を尽くすのが当然かと」
ワタクシも同じ考えです。ワタクシたちの失態でシンさまのお顔に泥を塗るようなことがあっては申し訳が立ちません」

そう話したエドとベルに魔王はくつくつと笑う。
種族など関係なく敬うべき相手かどうかを判断してるのが二人らしい。

「お前たちへの注意点は一つ。不用意に近付いたり触ったりしないこと。祖龍はプライドが高く主人以外に触られることを嫌がる。頭から喰われたくなければそれだけ気をつけろ」
「「承知しました」」

祖龍の危険性は俺が事前に説明したけど魔王からも改めて。
祖龍たちもエドもベルも大切だからこそ、悲劇が起きるような行動はお互いに避けて欲しい。

「堅苦しい話はこれで終わりだ。魔界を案内しよう」
「よろしくお願いします」

魔王の話を聞いてまたエドとベルはパタパタピルピル。
よっぽど楽しみにしてたらしい。

「そういうことで。アミュ、二人を背に乗せてくれるか?」
「ピィー!」
「こらぴょんぴょんするな!地面に穴が空いてる!」
「ピィ?」
「あざと可愛いけど駄目なもんは駄目!」

すっかり成長したアミュの飛び跳ねは脅威。
地面はズシンと揺れるし穴は空くしですぐ止めると本人(龍)は相変わらず自分の成長速度を理解しておらず首を傾げる。
アミュと俺のそんなやり取りにみんなは笑った。

「エドとベルは俺と……オネット!」

今日は雌性に変化していて俺の体重も軽いしアミュ以外は背中に乗せるのを嫌がるから三人でと思っていると、クルトの眷属のオネットが背を向けてるエドに向かって顔を近付ける。

「……あれ?」

俺の声で気付いた魔王と主人のクルトが魔法で止めるよりも早くオネットはエドのクロークのフードをハムっと噛む。

「……じゃれてる?」
「少なくとも喰うつもりではなかったようだ」

エドのフードは噛んでるけど食べるつもりなら頭からガブッと行っているし、何かを訴えるように引っ張ってるけどエドが引き摺られるような強い力じゃなくてそっと。

「あの……シンさま、私からは触れないのでどうしたら」
「ああ、ごめん。驚いて眺めちゃってた」

威嚇するでも攻撃するでも喰うでもなく何をしているのかと見ていると申し訳なさそうにエドから聞かれる。

「オネット。もしかして背中に乗れって言ってる?」

クルトがまさかと伺うように少し首を傾げて聞くとオネットは首をコクコクと縦に数回動かした。

「クルトと半身以外にも背に乗ることを認めるとは」

正確には全員が乗れる。
ただそれは魔王が命令したらの話で、命令なしで乗せてくれるのは主人のクルトと俺だけだった。
しかも自分から乗るよう言ったんだからみんなが驚かないはずもない。

「オネットはエドが好きなのか?」

俺も質問するとコクコク頷いてエドの身体に鼻先でスリスリするオネット。

「まさかの種族を超えた恋」
ワタクシに祖龍の義妹が出来るということでしょうか」
「体格が違いすぎるだろ。添い寝で死ねるぞ」
「巨大な御屋敷でなければ夫婦で暮らせませんね」

衝撃の展開に驚く俺とベルに魔王は苦笑する。

「恋かは分からないが、気に入ったことは間違いないな」
「はい。半身さま以外に甘えているのを初めて見ました」

借りてきた猫のように大人しくしてるエドにスリスリしている様子を見て魔王とクルトも不思議そう。

「獣人族は私たち魔人族と同じく精霊神と魔神によって作られた種族ということですから、最初から他の精霊族よりは身近な存在に感じて嫌悪感がなかったのかも知れませんね」
「そう言えば魔神がそんなこと言ってたな」

赤髪が言うように魔人族と獣人族は魔神と精霊神が二人で作った種族という共通点がある。
感覚に優れた祖龍には獣人族に魔神の要素を感じとることが出来て、同じと思っているのかも。

「お話しは良いですがそろそろ止めた方がいいかと」
「オネットは加減して甘えてるつもりでも鼻息と怪力でエドワードの髪や衣装がぐしゃぐしゃに」
「ああ!ごめんエド!」

せっかくおめかしして来たのに観光前にぐしゃぐしゃになっているエドを不憫に思ったらしく、山羊さんと仮面から言われてハッとしたクルトと俺でオネットを止める。

「オネットがすまない」
「大丈夫です。リフレッシュをかけられますから」

謝ったクルトに軽く笑ったエドはリフレッシュをかける。

「ここ破れてる」
「あ、ほんとに?」
「替えの外套に着替えたら?」
「そうするよ」

リフレッシュは汚れやシワを綺麗になくす便利なスキルだけど破れたものを戻すことは出来ない。
噛んだ時に破れたのか引っ張られた時に破れたのか、フード部分が解れて破れてしまってることに気付いてベルが教える。

「それは直してやる」

魔王が魔法をかけるとあっという間に元通りに。
それを見てベルは「わあ」っと驚きつつ拍手をする。

「ありがとうございます。新品ですので助かりました。針や糸を使わず一瞬で解れや破れが直せるとは便利な魔法ですね」
「俺のこの魔法は汚れやシワを消す浄化とは魔法の種類が違って、変化前まで時間を戻すことで元の状態に戻している」
「最も神に近い存在と言われるだけあると言っていいのか。時間を戻す魔法などフラウエルさましか使えないでしょう」
「生命の時間や時間が経ちすぎた物は無理だがな」

異空間アイテムボックスを開きながら説明する魔王。
敵対関係の精霊族にペラペラと自分の能力を話してしまうのはどうかと思うけど、それは逆を返せば知られたところで困らない魔法でもあるということ。

恐ろしいのは〝魔王〟の特殊恩恵が解放された時。
俺も一度だけ特殊恩恵が解放された時の魔王の姿を見たけど、身長の高さもガタイも素早さも強さも今の比じゃない。
あの時に魔王が俺を豆腐を扱うかのように手加減してくれてなければ瞬殺されていただろう。

「俺たち以外の魔族が居る場所へ案内する前に渡すつもりで居たが、丁度いい。ここで先に渡しておこう」

そう話しながら魔王が異空間アイテムボックスから取り出したのは魔王直属隊の紋章が入った赤と青のクローク。
青は雄性魔族の四天魔やラーシュやエディが普段から着てるクロークで、赤は視察の際に雌性になる俺が着てるクローク。
今は雌性になってるから俺も赤い方を着ている。

「敵対関係の魔族の衣装を着るのは嫌かも知れないが、お前たちの身を守るためには必要なことだ。魔王軍の中でも直属隊の証であるこれを羽織っていれば下手な魔族は手は出せない。俺たち以外の者が居る場所でだけでも良いからこれを着ろ」

二人が遊び(観光)に来ることが決まって作らせたのか、魔王は青のクロークをエドに、赤いクロークをベルに渡す。
自分たちも一緒に居るとは言え、念には念を入れて二人の身を守るために考えてくれたんだろう。

「嫌ではありません。敵だとは思っておりませんので」
「エドとワタクシの敵はシンさまに害を成す者。主にとって良縁な者をワタクシたちが種族で敵と判断して遺恨を残すなど、主に生涯の忠誠を誓った者として恥ずべき愚行でしかありません」

二人は耳と尻尾をしまって魔導鞄アイテムバッグを地面に置くと、今まで着ていたクロークを脱いで魔王から渡されたクロークを羽織る。

「私たちの身を案じてくださってありがとうございます。やはり魔族の衣装は質がいいですね。肌触りも良くて軽いです」
「シンさまとお揃いで嬉しいです。似合いますか?」

お礼を言いながらクロークを触って確認するエドと言葉通り嬉しそうにその場をくるりと回るベルに魔王は困ったように笑っていて、様子を見ていた俺や四天魔にも笑みが浮かんだ。





「よし!出発!」
「祖龍たち、上昇」

なんだかんだあったけど、結局ベルは俺とアミュの背中に、エドはクルトと一緒にオネットの背中に乗って出発。
俺と魔王の声に応えて雄叫びをあげた祖龍たちはゆっくりと青空に向かって上昇した。

「地面が遠い!」
「怖いか?」
「いいえ!実は乗ってみたかったのです!」

俺の前に座って手綱を握っているベルは大興奮。
エミーといいベルといい、飛行機もない空を飛ぶ魔法もない精霊族のはずなのに楽しめるんだから肝が据わってる。

「アミュさま、ワタクシが乗って重くはございませんか?」
「ピィ!ピィ!」
「余計な行動はしなくていい!ベルが落ちたらどうする!」

左右に身体を傾けて大丈夫だと伝えるアミュ。
焦って手綱から離した片腕でベルの身体をがっしり掴んで怒る俺にベルは呑気に声を上げて笑う。

「アミュさまは社交的ですし、可愛らしいですね」
「主人の俺と同じ変わり者だからな。主従契約を結んだ主人しか乗せないのが普通だし、近付くだけでも警戒して威嚇する。だからこそオネットがエドを乗せたことには驚いたけど」

アミュは祖龍の中で特殊。
オネットも他の祖龍と同じく主従契約を結んでいる主人と俺以外は魔王の命令がなければ乗せないし、城仕えでも下手に近付けば威嚇して噛み殺そうとするけど、急襲の時に一度会ったことがあるだけのエドを気に入って背中に乗せようとするとは予想もしてなかった。

「アミュが社交的なのは半身に悪感情を持っていない者に対してだけだ。お前や獣人少年と同じく主人の敵かどうかで自分の敵を判断していて、半身に害をなす者は容赦なく噛み殺す」

腕輪の魔封石(魔界では晶石)を通してお互いの会話は聞こえているから、魔王が会話に加わりベルに説明する。

「同じ主君を仰ぐ同志のアミュさまが同じ考えをお持ちで頼もしいです。暮らす場所が地上と魔界ではあまり会う機会はないですが、これから同志としてよろしくお願いしますね」
「ピィー!」

元気に返事をするアミュ。
俺と主従契約を結んでいる仲間同士だと分かっているのか、単純に俺の敵じゃないと思っているのか分からないけど、ベルに対して嫌悪感がないことは間違いない。

「張り切るのは良いけど水平に飛んでくれ。エドとベルは俺たちみたいに翼を生やせないから空を飛べない」
「ピィ!」
「返事だけはご立派だな」

魔王や俺や四天魔は魔力の翼があるから仮に背中から落ちても空を飛べるけど、精霊族のエドとベルにはその能力がない。
祖龍には背中に乗せた物が落ち難くなる能力(固定したり風避けの障壁がオートでかかる)があるから早々に落下することはないけど、あくまでというだけで絶対ではなく、祖龍が真逆になったり意識を失えば能力が解除されて落下する。

だから魔王や四天魔も祖龍に乗る時は祖龍のオート能力にプラスして固定魔法(重力魔法)や障壁をかけるし、今も俺を含めみんなしっかりかけてあるけど、特にアミュは他の眷属祖龍と違いまだ成長したばかりで背中に物(人を含む)を乗せることには慣れていないから、飛べないベルが乗っている今日は万が一もないよう念には念でお願いしておいた。


最初に向かったのは死の谷……が見える丘。

「大きな谷」
「亀裂の端も谷底も見えない」
「ここは死の谷と呼ばれている魔界で一番の難所だ。谷底にある巨大な亀裂から濃い魔素が常に噴き出していて毒素も充満しているために草木も生息できず、魔族の中でも特に魔素に強く毒無効の能力を持つ限られた者しか近寄ることが出来ない」

丘の上から見ても遙か遠くまで延々と続いている谷を見て驚くエドとベルに説明する魔王。

「魔素に強い魔族でも限られた者だけとなると、精霊族の私やベルでは即死レベルの危険な場所ですね」
「ああ。魔神から特殊能力を解放されたお前たちは通常の精霊族よりも遙かに魔素に強くなっているが、それでも死の谷に近付けば命はない。能力の高い四天魔を含むこの中ですら息苦しさを感じず行動が出来るのは俺と半身くらいだからな」
「お二人の能力が高すぎて」

魔王の話を聞いてエドは苦笑する。
精霊族の二人が地上より魔素の濃い魔界層に来ても平然としていられるのも魔層を渡れる能力が解放されたから。

「ピィピィ!」
「どうしたアミュ」
「ピィピィピィ!」

何かを伝えたいらしくピィピィ鳴くアミュ。
翼を広げて谷の方を指さすように翼を向けている。

「ん?ああ、アミュも谷で行動できるな」
「ピィー!」
「そうだな。眷属たちも行動できる」

魔王の言ったそれが正解だったらしくドヤるアミュ。
胸を張ってみせるアミュにエドとベルは乗ってあげて「凄い素晴らしい」とパチパチ拍手をして付き合ってあげている。
さすが『察する能力』が高い二人。

「眷属の能力が高いのは間違いないけど、魔素に関しては祖龍はみんな強いんだけどな。魔素を吸収して成長するから」
「ピィ!」
「それが事実だし。まるで眷属だけが魔素に強いみたいな誤解をされたら他の祖龍が可哀想だろ?」

ゴスゴスどつくアミュの鼻先を強化をかけた腕で止める。
同志の二人に自分たちの強さを教えたいんだろうけど、魔素に関しては眷属じゃない祖龍も強い。

「そう言えば以前シンさまから祖龍の食事は肉と魔素だと聞いたことがあります。だから地上では育てられないと」
「ああ。野菜も一応食べるが、食べる種類が決まっていて生だと食べない。唯一生野菜でも食べるのはアミュだけだ」

俺が以前話したことを思い出したらしいベルが手を叩いて言って、魔王が詳しく教える。

「肉と一緒じゃないと食べないけどな。俺が飯を食ってると横取りする食いしん坊だから生野菜も喰い慣れたんだと思う」
「ピィ!」
「ほんとのことだろ」

余計なことは言うなというように俺を鼻先で押すアミュと押し返す俺とのパワー勝負でみんなは笑う。
強化した腕でも押されてしまうアミュのパワーは幼かった頃とは段違いで、成長したことを改めて実感した。

「祖龍の背から見下ろしていて魔界は自然豊かで美しいと思いましたが、死の谷のような場所は他にもあるのですか?」
「むしろ魔界層の半分近くは人型種の居住に向いていない土地だ。谷のように魔素が充満している毒沼や、美しい森に見えても毒を糧にしている草木が生い茂る死の森などもある」

質問したエドに死の谷を見ながら答える魔王。
俺も初めて祖龍の背中に乗せて貰った時に思ったけど、魔王城は自然豊かな場所に建ててあるというだけで、魔界層自体は人が住むような場所じゃない土地が多い。
魔王や四天魔や俺のように魔素や毒素に強い奴は視察に出て滞在する分には問題なくても、人が生きるために必要不可欠なが周囲にないから暮らすのは厳しい。

「死の谷が真に恐ろしいのは魔素が噴き出す谷底だから連れて来たが、それらの土地はさすがに案内できない。祖龍の背に乗り通るだけでも精霊族のお前たちでは命に関わる」
「ご配慮ありがとうございます。大自然が造り出した壮大なこの美しい景色を観光できただけで満足です」

エドが言うように死の谷も大自然が造り出した土地。
ゴツゴツした岩や剥き出しの地面ばかりで水や緑豊かな場所ではないけど、それとはまた違う美しい景色なのは事実。
人はちっぽけな存在だと実感できる場所。

「これで終わりではない。巨大な滝のある大森林や祖龍の塒と呼ばれる場所にも案内してやる。せっかく来たのだから」
「「ありがとうございます」」

嬉しそうなエドとベル。
精霊族の敵で恐ろしい存在のはずの魔王が精霊族の二人を観光案内してやろうとしてることに口元が綻ぶ。

「機嫌がいいな。そんなに二人が遊びに来たのが嬉しいか」
「勿論それも嬉しいけど」
「?」

表情が緩んでたからそう思ったのか、曖昧に答え両腕を広げた俺に不思議そうな表情で身を屈めた魔王の頬にキスをする。

「ありがとう。俺の大切な家族の二人を大切にしてくれて」

お礼を言うと俺の表情が緩んでいた理由を理解したようで、口元に笑みを称えて背中に手を添え口付けで返してくる。
俺のたった一人の半身は魔王らしくない魔王。

「ピィ!」

ポンと小型化したアミュが魔王と俺の間に特攻をかけてきて咄嗟に二人で捕まえる。

「半身との戯れの邪魔をするとは困った眷属だ」
「きっとアミュさまはフラウエルさまの戯れという以上の下心を感じとったのだと思います。さすがですアミュさま」
「ピィ!」

黒いベルがにょっきり。
アミュは小型化した尻尾で魔王をパタパタ。
図星だったのか、ベルとアミュに苦笑している魔王を見て四天魔とエドと俺は笑い声をあげた。


そのあと大森林に移動して昼食。
ヒーリング効果抜群の巨大な滝がある湖の畔にテーブルや椅子を用意して、俺が作ってきた料理の数々を並べる。
もちろん祖龍たちにも忘れず大量の肉と茹でた野菜を用意してお食事タイム。

「生魚ですか?」
「うん。魔界は水が綺麗だから魚も生で食べられる。普通のちらし寿司やサンドイッチもあるから無理しなくていい」

エドが驚いたのは大皿の海鮮ちらし。
地上では生魚を食べる習慣がないから無理に食べる必要はないと付け加える。

「みなさま驚かないのですね。魔界では普通なのですか?」
「いや?以前は魔界でも好んで食べなかった。ただ半身さまが生魚を使ったあらゆる料理を作ってくださるようになってからは私たちや城の者も当たり前のように食べている」
「そうなのですか」

海鮮ちらしを皿に取り分けながらエドに説明するクルト。
今では魔王城の料理人も俺が教えたメニューで生魚も普通に出してくるようになって料理の幅も広がった。

「半身さまが作ってくださる異世界料理を知れば知るほど、如何にこの星の料理が単調なものしかなかったかを思い知る。私はあまり食に興味がなかったが、今では食事が楽しみだ」
「それは確かに。私もシンさまの作ってくださるお料理の数々で味を知って好物が増えましたし」

そう会話してクルトとエドは笑みを浮かべる。
何気にこの二人は仲がいい。
四天魔の中でも特にクルトは話し易いのもあるだろうけど。

「もしかしたらクルトとエドが出来ちゃう可能性もあるな」
「「はい?」」
「ちなみにクルトは両性だから問題ないぞ」
「え?そうなんですか?いや、そういう話ではなく」
「フラウエルと俺がそうなように、他の人も種族を超えて好きになる未来も有り得ない話じゃないのかもって思っただけ」

大鍋からスープを装いながら笑う。
二人がそうと言ってる訳じゃなく、仲のいい二人を見てたらその可能性もゼロではないんじゃないかと思っただけ。

「敵同士である限り難しいがな」
「うん。だけど精霊族の最大の敵とも言える魔王のフラウエルが精霊族の俺を半身に選んだくらいだし、エドやベルや四天魔のように種族は関係なく個人を見て敵味方を判断する柔軟性を見てると可能性はゼロじゃないと思う」

難しいけどゼロじゃない。
魔王と俺という前例があるんだから。

「半身はそうなって欲しいのか」
「繰り返してきた歴史を考えれば仲良く手を取り合って生きるのは難しいと思うけど、せめて今のように天地戦を繰り返すだけの負の連鎖は終わって欲しいと思う。俺は異世界人で常識が違うし精霊族にも魔族にも大切な人たちが居るから、みんなのように種族って括りで敵対して戦うことを受け入れられない」

聞いた魔王に苦笑しながら答える。

「フラウエルにも勇者にも死んで欲しくない。四天魔のマルクさんやクラウスやクルトやウィルにも、賢者のエミーにも死んで欲しくない。国王のおっさんやアルク国王やエドやベルや地上に暮らす精霊族にも、眷属のラヴィやサジェスやノブルやオネットやシュヴァリエやエディやラーシュや魔界に暮らす魔族にも死んで欲しくない。例え無意味な願いで無駄な反抗だとは分かっていても、精霊族でありながら魔族の王の半身になった俺だけは死ぬ瞬間までそう思い続ける。それが俺の本心」

今まで濁してきた本音を魔王にハッキリと伝える。
実際は魔族でも精霊族でもない神族だったけど、俺はこの星も好きだしこの星に生きている人たちも好きだから、負の連鎖を繰り返すだけの天地戦を受け入れられない。

「はい。スープ」

気持ちを伝えたあと魔王にスープを装った器を渡す。
俺の本心に対する返事は要らない。
いや、ここに居る誰一人として返事は出来ないだろう。
この星に生きているみんなの考えが変わらない限り天地戦を止めることは出来ないんだから。

「昼食を済ませて観光の続きをしよう。エドやベルに魔界もいい所だって知って欲しいから」

そう言って頭に口付けた俺と目を合わせた魔王は苦笑する。
俺の願いが叶わないことを誰よりも知っている魔王にはそうすることしか出来なかったんだろう。

何事もなかったかのように会話をしながら食事を楽しむ。
みんな心の中では思うところはあっただろうけど、天地戦が起きていない今という貴重な時間を優先して。

「……美味しい」
「生魚がこんなに美味しい物だったとは」
「食べられるなら良かった。魔界の大自然に感謝」
「本当に。神と大自然と糧となってくれる魚に感謝します」

怖々と海鮮ちらしを食べたエドとベルは予想外にも口に合う味で驚いたらしく、改めて両手を組み神に祈る。

「半身が魔界に来て料理をするようになってから、今まで食べられたものではない酷い味だと思っていた物も処理次第で美味しく食べられることを知った。星が与えてくれる糧を無駄にしないよう、これからも地上だけでなく魔界にも知識をくれ」
「俺の知識が役にたつなら喜んで」

精霊神と魔神が最初に創った星と生命。
月神が心から愛する星と生命。
この星は沢山の恵みで溢れている。

「こらアミュ!どさくさに紛れて人のを盗み食いするな!」
「ピィ!」

小型化した祖龍たちも自分の主人と一緒に食事をしながら尻尾をフリフリ小さな翼をパタパタ。
魔王や四天魔も自分たちの眷属に肉を食べさせたりしながら盗み食いをする食いしん坊アミュと説教する俺を見て笑っているし、すっかり馴染んでいるエドやベルも楽しそう。

なあ月神。
月神が見てしまったのがどんな悲しい未来だったのか分からないけど、俺もこの星やこの星の生命が好きだから、自分の役割を思い出す努力をしながらその悲しい未来にも抗うよ。

精霊族と魔族と神族。
誰もが有り得ないと思っていた繋がりがここにはある。
つまりその奇跡は既に起きているということだから。

大切な星や生命を守りたい月神。
大切な人たちに生きて欲しい俺。
俺たちの願いが行き着く結末はきっと同じ。

「大自然の中で美味い物が食べられるとか幸せ」
「その美味い物を作ったのは自分だがな」
「料理人スキルに感謝しないと」
「俺はお前に感謝しよう。美味い食事をありがとう」
「どういたしまして!」

今日も創造神両親に生きていることの感謝を。
生命を育む星と豊穣の神の月神に感謝を。
生きるための血肉となってくれる全ての生命に感謝を。

いつか来る最期の時まで俺は大切な人と生きていく。

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