ホスト異世界へ行く

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第十三章 進化

二人の国王

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「両国から身分を賜るのでしたら、両陛下がお揃いのこの場で私からもよろしいでしょうか。手短に済ませますので」

国王のおっさんとアルク国王が揃う機会は少ないし、その場に俺も居る機会となるともっと限られるから、簡単にでも良いから今の内に話しておきたい。

「私は構わないが」
『私も構わない。なんだろうか』
「ありがとうございます」

二人から許可を貰って頭を下げる。

「一つ目は成婚を考えていること、二つ目は成婚後に養子を迎えたいこと、三つ目は弟子を取ろうと考えて」
『ま、待て!ひとつずつ話そう!』

会話を止めた国王のおっさんは咳き込む。

『成婚したい相手が出来たということか?』
「いえ、紋章分けのために成婚しようと考えております」

眉間を押さえた国王のおっさん。
アルク国王は既に知ってたから驚かなかったけど、国王のおっさんの反応を見て苦笑する。

『憧れ慕う者も多い英雄のシン殿が成婚するとなれば全ての精霊族に影響を及ぼす。先程のアルク国王の話ではないが、どの種族から伴侶を迎えても他種族との軋轢が生じるだろう』

アルク国王と同じく国王のおっさんが気にするのもそれ。
それこそ精霊族同士の諍いにもなり兼ねないから国王の二人がそこを気にするのは当然だろうけど。

「そうならないよう、全ての種族から伴侶を迎えます」
『……人族、エルフ族、獣人族からそれぞれ選ぶと?』
「はい。各種族に英雄の紋章を分けられた者が居れば一つの種族だけに影響力が偏るということもありませんので」

そもそも成婚するもしないも誰と成婚するかも好きにさせろと思うけど、この世界の人にとって英雄という存在がどれほど大きな影響力を持つかは身をもって知ってるから、自分の種族は優遇されるとか差別されるとか誤解されたくない。

「自分の成婚が多少の騒動になると理解した上で両陛下には事前にお伝えしておくべきだろうと考えお話ししましたが、まだお相手も決まっていない状況です。まずは成婚することで互いに利がある相手を見つけて婚約発表を行うつもりでいます」

真っ先に声をかけるのは人族のエミー。
後はエルフ族の警備長官の返事待ち。
今のところ成婚が互いの利益になる相手と言えばその二人。

『養子というのは?』
「私は非閉塞性無精子症という造精機能障害ですので子供を授かることが出来ません。成婚しても自分の子供を授かることはないので家督を継ぐ子供は養子を迎える他ありません」

そう説明すると国王のおっさんは難しい表情に変わる。

『それは異世界での病名か?』
「はい。非閉塞性無精子症がどのような病かを簡潔に説明すると、射精した精液の中に精子が居ない病気です。病名は違ってもこの世界にも同じ病の男性は居るのではないでしょうか」

小難しい言葉を使わず説明するとそういうこと。
不妊の原因の半分は男性側に問題がある男性不妊で、俺の場合は自分の魔法検査に治らない病として書かれてる。
精霊神も俺が子を授かるには魔力で作るしかないと断言してたし、受精することで妊娠する精霊族との間に子供は出来ないということ。

……あれ?そう言えば。
病だと説明してふと魔神の話を思い出し魔法検査をかける。
以前の身体に治らない病があってもこの神族の身体に戻った時に治っていると言っていたことを。

「養子に関しては特殊縁組制度を利用すればいい。アルク国の爵位も授けるのだから両国の制度が利用できる」
『あ、ああ。そうだな』

俺がひっそり魔法検査をかける間も難しい表情で考えている様子を見せていた国王のおっさんは、アルク国王が話すとハッとしたように返事をする。

「普段は冷静な貴台でもそのように動揺するのだな。英雄エローを我が子のように可愛がっていることは分かっていたが」

そう言ってアルク国王はくつくつと笑う。

『私からすれば貴台の方が意外だった。英雄エローに爵位や領地を授けることにしたのは諍いを回避することや利用価値を考えてとだけの話ではないだろう?国や民の利益になること以外で動かない国王の鑑とも言える厳格な貴台が私欲を挟むところなど初めて見た。まだ完治した訳ではないとはいえ、今は本大会の時のような性格が変化する症状は出ていないのだろう?』

今度は国王のおっさんが反撃してニヤリと笑い、倍返しされたアルク国王は苦笑する。

「言葉や行動一つで民を幸にも不幸にもできる国王が私欲を持つな。特別な存在を作らず全ての者に平等であれ。そう学んだが、私はまだその境地には到達していなかったようだ」
『それは貴台より歳上の私でも到達していないが?』

自嘲するアルク国王に国王のおっさんはキッパリ言うと椅子に背を凭れる。

『特別な存在の居ない国王など居るのだろうか。伴侶は?我が子は?両親は?兄弟は?他国の民と比べて自国の民は?傍に仕えてくれている者たちは?その者が居ると安らぐことも、信頼することも、反対に疑うことも、気にかけているという時点で自分にとって特別な存在には違いないのではないか?』

今まで一国の王の顔をしていた国王のおっさんは珍しく人前で気を抜いた様子を見せる。

『例えば盾の国の王の私にとって勇者方は特別な存在だ。精霊族を守るため平和な世界で生きていた若者を召喚して人生を狂わせてしまった罪は私が生涯をかけて償わなければならない。せめて不自由のない生活を、せめて天地戦までは安全な生活をと民とは違う扱いをしているのだから平等などではない』

たしかにそうだ。
国民とは扱いが違う時点で勇者は特別な存在。
もっと身近な存在の国民でも他国と自国の国民では扱いが違うんだから、国王が平等というのは無理な話。
自分の国と国民を守ることが国王の役目なんだから。

『私には国や民を守りたいという私欲がある。そしてそれは生涯持ち続けるだろう。貴台も国王として最重要なそこさえ揺らがなければ他にも特別な存在が居てもいいのではないか?』

そんな話を聞いて笑い声が洩れる。

「国王のおっさんはアルク国王よりも欲深いってことか。国も国民も家族も特別な存在も大事だし、全部守りたいって欲」
『アルク国王より歳も国王歴も長いのでな。国王とは何かと幾度も迷い悩んできたが、所詮は国王もヒトに違いない。全ての私欲を捨て感情を失くし傀儡になることなど出来はしない』

それが国王のおっさんが出した結論。
歴代の国王でも結論はそれぞれ違うだろう。
良くも悪くも誰が国王になるかで国は変わる。

「陛下もそれでいいのでは?私欲や権力に溺れて国を傾けたり国民を苦しめるような国王では困りますが、そうでないなら国民の他にも大切な人や大切な物があってもいいと思います。国民も大切なものは一つや一人ではないのに国王にだけは強いるような人が居れば私が陛下の代わりに怒りましょう」

私欲がない国王なんて逆に怖い。
国王のおっさんのように『誰かを守りたい』と思うことも私欲の一つで、それすらない国王は誰かの私欲に操られて振り回されているだけの国王でしかないんだから。

「そうか。ではその言葉に甘えて、国や民や王家や私を幾度も救ってくれた特別な存在の英雄へ早急に叙爵しよう」

ニヤリと笑うアルク国王は悪い顔。
誘導されて言質を取られた気分で苦笑する。

『叙爵しても両国の民になるだけだと忘れぬように』
「念を押さずとも独占しようなどとは思っていないが?むしろ両国の民になることで英雄エローが自由に活動できる幅が広がる」
『それならいいが』
「娘を他国へ嫁がせる父親のような心配をするのだな」

くくっと笑うアルク国王と不満気な国王のおっさん。
本大会の時も国王のおっさんはアルク国王が普段と違うことに一人気付いていたくらいだから、今までも同じ国王同士だからこそ見ることが出来ていた部分もあったんだろう。

『まあ良い。もう一つは弟子を取るという話だったか』
「はい」

座りなおして国王の顔に戻り話題を変えた国王のおっさん。
自分でも少しそう思ってバツが悪くなったんだろう。
アルク国王、もうこれ以上は弄らないでやって。

「アルク校で出会った総首席を弟子にと考えております」
『アルク校ということはエルフ族か』
「はい。アルク国王軍に属する王宮魔導師団のラウロ・ボナ団長の弟で、シスト・ボナという青年です」

そう詳しく説明する。

『フォコン公爵家か。家柄は問題ないな』
「ご存知でしたか」
『ああ。他国の民でも代々国に仕えてあらゆる分野の発展に貢献している優秀な一族くらいは知っている』

アルク国王にとっては自国の民だから知っていてもおかしくないけど、他国の国王でも知ってるとなるとラウロさんの一族が如何に優秀な人たちなのかよく分かる。

『国への忠義心も強く優秀なフォコン公爵家の子息ならば大抵の者は納得するだろう。それと英雄に近付くために利用したくとも出来る相手ではないというのも大きい。英雄の弟子というのはそれほどに大問題にもなり兼ねない話なのでな』

国王のおっさんが家柄を気にした理由もそれ。
アルク国王と同じく『フォコン公爵家なら大丈夫だろう』という考えのようだ。

『だが、多少の反発は免れないだろう』
「反発?」
『一族が才能を持つ者ばかりのフォコン公爵家の子息を弟子に迎えることには納得が出来ても、一人だけなのかと』

こめかみを押さえる国王のおっさん。
首を傾げる俺には気付かず溜息をつく。

「弟子になるということは英雄の戦闘技術を教わるということだ。魔法の才も剣の才も武闘の才もある万能な貴殿のようになるのは難しくとも、一つでも良いから学びたい者は多い。実際に厳しい訓練についていけるかは別として、自分や自分の子にも弟子になるチャンスをと訴える者は居るだろう」

ああ、なるほど。
アルク国王が補足してくれたそれを聞いて納得する。
優秀なシストを弟子にするのは納得できるけど、他の人にはそのチャンスがないことに不満を持つ人も出て来るだろうと。

『先ほど特殊縁組の話が出ていたが、元軍人などが弟子をとり戦闘技術を教える際には試験を行い選ぶことが多い』
「そうなのですか」
『試験を受け弟子になれなかったのならば実力不足だったと諦めもつくが機会すら貰えないとなると、そのシストという青年が英雄から特別視されていると逆恨みされる可能性もある』
「えぇ……」

シストを特別視してることは事実。
今まで弟子なんて考えたこともなかったけど、シストならエミーと俺の戦闘技術を引き継いでもっと強くなれるんじゃないかと思ったから。

『技術の価値は高い。それが素晴らしい技術であるほどに』
「例えば職人でもそうだろう?素晴らしい才能を持つ職人の技術は大金を払ってでも教わりたい者が居る」
「たしかにそうですね」

職人で例えられると納得。
学校だって知識や技術を学ぶためにお金を払って通う。

「ではシスト以外も募集をして試験をすれば良いですか?」
『無理強いするようですまないが、そうしてくれた方が実際に弟子となるシスト令息やフォコン一族のためになるだろう』
「私からも自国の民を守るために頼む」
「承知しました。シストやフォコン公爵家におかしな敵意を向けられることは私も不本意ですので」

俺が弟子にとった所為でラウロさんやシストやご家族に余計な敵を作ってしまうのは困る。
二人がしっかり考えてそうなる前に教えてくれて良かった。

『話は以上か?』
「少しお待ちください」

話している間に出た検査結果を含めて画面パネルを確認する。
魔神が言っていた通り以前は〝治らない病〟として出ていた無精子症関連の文字は消えていた。

「最後にもう一つ、これは質問なのですが、両性の場合の成婚は国でどのような扱いになるのでしょうか」

病は消えたけど性別が男から両性(インターセクシャル)に。
性別欄にハッキリ書かれてるから国としての扱いはどうなるのかを聞くと、国王のおっさんとアルク国王は俺を凝視する。

『……両性の相手を伴侶に迎える際はということか?』
「いえ。私が両性です」
『「なに!?」』

綺麗にハモった国王のおっさんとアルク国王。
まあ驚くなというのが無理な話だろうけど。

『た、たしかに今まで性別をあえて聞くような機会などなかったが……貴殿は両性だったのか』
「はい」

本当は男だったけど。
神族の身体に戻って両性になったということを話す訳にもいかず、誤解に乗っかって最初から両性だったことにする。

『目に見えている容姿だけを見て男性として対応していたことを詫びよう。全く気付くことが出来ず本当にすまなかった』
「言わなかったのは私です。申し訳ございません」

やめて!
本当は男に対する対応で正解だったから!
男の身体だったんだから気付かなくて当然だから!
罪悪感に押しつぶされそうになりながら、謝罪する国王のおっさん以上に深く頭を下げて謝る。

「両性?」

ボソッと呟いたアルク国王。
うん、俺が男性だったことを知ってるアルク国王には後で説明するから少し待っててくれ。

「お聞きしたかったのは両性でも成婚はできるのかということです。両国とも法律で同性との成婚が禁じられていますが、男性でも女性でもある私はどちらの性別のお相手と成婚しても法に触れてしまうのではないかと」

いや、そもそも結婚願望のない俺としては法に触れるから成婚禁止と言われた方がラッキーなんだけど、その場合は貴族として夫人が行うような務め(茶会などの交流)は果たせないし、伴侶が居ないまま後継者だけを養子に迎えることになる。

『少なくとも国に登録された人族や獣人族に両性は居ない』
「エルフ族にも居ない。戦女神のように両性の神や創造神のように無性の神の話ならば聞いたことがあるが、精霊族に両性や無性の者が居た話は聞いたことがない。唯一魔族には居ると聞いたことがあるが、それも事実なのかは分からない」

事実です。
魔族には両性も普通に居ます。
それについては実際に魔王や魔族と話したことがある国王のおっさんの方が真実を知っている。

『異世界には両性の者も居るのか?』
「おります。ただ、半陰陽として生まれた赤子は出来るだけ早い段階で男性か女性に見えるように手術をして事実を隠す傾向にあります。私の居た時代には本人の同意を得ず性器形成手術を行うことに批判的な意見を持つ者も増えていましたが」

どちらの性に生まれても肉体と心の性自認が噛み合わない人も居るんだから、本人の同意が得られない時期に手術をして性別を決めてしまうことの怖さはある。
男性の性器に形成したから男性らしく、女性の性器に形成したから女性らしくなるとは限らない。
その場合は肉体と性自認の違いに苦しむのは本人だ。

『シン殿はその手術を受けなかったということか。身体の機能に障害が出るのならば必要な手術なのだろうが、生まれ持った身体を変える行為に批判的な者が居るのも理解できる』

いや、手術を受けなかったんじゃなくて受ける必要がない身体だったんだけど。

『知識不足で不快な質問をしていたら申し訳ないが、男性でも女性でもあるというのはどこまでの話なのだろうか。例えば性別によって外性器や内性器も違う。男性としては子を授かれなと聞いたが、女性としても授かれないのだろうか。男性寄りなのか女性寄りなのかによって話は変わると思うのだが』

申し訳なさそうに聞く国王のおっさん。
今まで精霊族には居なかった性別をどう区分するか判断するためには必要な質問なんだから、そんな申し訳ない表情をしなくてもいいのに。

「半陰陽は一般的にどちらの生殖器も未熟なことが多いです。だからどちらかの外性器に形成して性ホルモンの補充治療を行う必要がありますが、私はどちらの外性器もしっかり形になっていますし機能もしているので生殖行為は正常に行えます」

精子は居ないし妊娠もしないけど、生殖行為を行う分には問題なく機能している。
そのことは精霊神も言っていたし、実際に神界にいる間に体験してこの身体の機能に問題がないことは分かった。

「体内も同じく男性の内性器も女性の内性器もあります。ただ女性にある月のものがそもそも来ませんので妊娠しません」

結論、どちらもあるけどどちらでも子供は授からない。
それが病として検査結果に出ないのは、神族が両性であることも普通なら妊娠で子を授からないことも普通だからだろう。

「ブークリエ国王には自身の性指向は話してあるのか?」
「いえ。その機会もなかったので話しておりませんが、ただ機会がなかっただけで隠すつもりもありません」

なんでそれを聞かれたのか分からないけど性指向という言葉でパンセクシャルのことを言っているんだと分かって答える。
国王のおっさんの前で性癖の話をする機会なんてなかったから言ってないけど、隠してた訳じゃない。

「アルク国王とは治療の際に雑談をする時間が多かったのでお話ししたことがあるのですが、私は男性にも女性にも好みのタイプがあって、好きになる相手の性別は関係ありません」

自分のことだから自分の口から国王のおっさんに話す。

『うむ。それは分かっていた』
「え?」
『この世界にも両方を好きになる者も居れば同性を好きになる者も居る。国王として子を成すことの出来ない同性婚を認めることは出来ないが、好きになるも共に生きるも個人の自由だ。誰かを好きだと思う当然の感情を非難するつもりはない』

地球の昔の人の考えに近い人の存在も多く感じるこの世界で国王の二人は先進的な考えをしているのが不思議だ。
ヒトのありのままの姿を受け入れているというのか。
国王として国を傾けないために成婚は制限しても、それ以上は干渉せず個人の自由だと言いきっている。

『シン殿が誰を好むも自由だが、性別が両性だったとなると考えられる選択肢が複雑になる。男性と区分して男性との成婚を禁ずるか、女性と区分して女性との成婚を禁ずるか、どちらとの成婚も禁ずるか、どちらとも成婚可能にするか』

こめかみを押さえて考える国王のおっさん。

「無理に男性か女性に分ける必要はないのではないか?精霊族は男の外性器や内性器を持つ者は男性、女の外性器や内性器を持つ者は女性と区分されている。それに従うのであれば両方の外性器や内性器を持つ者は両性の区分に違いない」

そうあっさり言ったのはアルク国王。

「同性婚を禁じているのは出生率が減ることを考えて。両性が増えれば本人に性別を選択して貰う必要性や成婚についても詰める必要性が出てくるだろうが、現状では一人しか居ない肉体を持つ者を敢えてどちらかに区分して成婚を制限する必要性があるのだろうか。子は授からないというならなおのこと、生まれ持った肉体の性別のままでよいのではないか?」

同性婚を禁じる理由が子供のことならたしかに、どちらの性別でも子供が出来ない俺が誰と結婚したとしても変わらない。
ただ、それをハッキリ言ってしまうアルク国王が凄いけど。

英雄エローは美しい容姿をしている。言葉は悪いかも知れないが、あまりにも完成されているため時にこの世の者ではないと感じてしまうほどに。同性には興味のない私でも美しいと思うのだから民の中にも英雄エローに惹かれている男性は居るだろう」
『ああ。性別問わず惹かれている者は居るだろうな』

俺は精霊神に似てるらしいからな。
この世の者じゃないと感じるのも強ち間違いじゃない。
俺にとっては22年付き合いのある見慣れた容姿だけど。

「精霊族の区分通り肉体の性に従うなら、両性の英雄エローはどちらと成婚してもいいのではないだろうか。相手からすれば女性でも男性でも平等に英雄の紋章を授かる機会が与えられるということで、英雄エローからしても条件に合う相手を捜しやすくなる」

なるほど、たしかに。
今までは結婚出来る女性にしか紋章分けが出来なかったけど、俺が両性なら男性にも紋章分けが出来るようになる。
機密情報も多く条件が厳しい中で相手を探すのは狭き門だったから、選択肢が広がるのは俺としてもありがたい。

そもそも俺には既に半身の魔王が居る。
結婚するのは紋章分けが理由だから、英雄の権力を利用して悪さをしない人なら俺を好きになってくれる必要もない。
俺が探しているのはパートナーの関係になれる相手で、男性には同じ男主人として領地関係の役割を、女性には女主人として屋敷での役割をお願いするのもいいかも知れない。

『法律はどうする』
「変える必要もない。全ての精霊族が肉体の性別に従い成婚できる相手が決められているのだから、両性も肉体の性別に従い成婚できる相手と成婚することに問題はないだろう」

アルク国王の性別の区分は、男性、女性、両性という考え。
その区分だとどちらとも成婚を禁ずるかどちらとも成婚を認めるかの二択になるけど、英雄の紋章を後世に遺すことを第一に考えて成婚を禁じる方は選ばなかったんだろう。

「ただ、男性を伴侶に迎えるならば肉体の性別は両性だと明かす必要がある。ブークリエ国王がどちらかの性別に区分することを拘っているのはそこだろう。貴殿が性別を明かすことで傷つかないかを心配をして。もし貴殿が明かしたくないのであれば見た目の容姿で女性を伴侶に迎えた方がいい」

ああ、そういうことか。
親のような心配をしてくれるのが国王のおっさんらしい。
しかも結構な過保護。

「私は自分の肉体を両性だと認識していますので明かすことにも問題はありません。肉体の造りが男性でも女性でも両性でも私は私だと、それだけは自信を持って断言できます」

今の身体が本物の身体だからなのかも知れないけど、最初は戸惑った両性のこの身体にもう違和感はないし、むしろこれが自分の身体だと不思議なほどに納得ができている。
肉体の造りが何でも俺は俺だから変わらない。

『そうか。シン殿がそれでいいならそうしよう。異世界人の肉体がこの世界の者の肉体とは違ってもおかしくはない。不満を溜めずありのままのシン殿で居てくれた方が私も安心だ』

まだ魔界に行ったことを気にしてるのか。
あの時も不満を溜めこんで出て行った訳じゃないけど。

「ありがとうございます」

召喚された時から勇者じゃない俺のことも気遣ってくれていた国王のおっさんは年月が経っても変わらない。
俺にとっては国王のおっさんもの一人。





「両性とはどういうことだ?たしかに私が全てを見たのは女性の姿の時だけだが、同性だと話していた気がするが」

国王のおっさんへの報告(と個人的な話)を済ませて放映石を切ると早速アルク国王から詰められる。

「陛下はもうお気付きのようなので話しますが、身体も神族になったタイミングで両性になったんです」
「嘘をついたのではなく今まで男性だったということか?」
「はい。神族は生命のように男性や女性という区切りがなく無性か両性。私の場合は両性だったということです」

嘘はついてない。
本当に以前の肉体が死ぬまではアルク国王と同性だった。

「私から寵妃にされたくないがために同性の男性だと偽ったのかと思ったが、そうではなかったのか」
「違います。覚醒して両性になったのは今日ですし」
「今日?」
「勇者を庇って銃弾で撃たれた時に覚醒して」

本当は肉体が死んだ後に覚醒したんだけど。
以前の肉体が死んで本物の身体に戻ったことはさすがに隠して説明するとアルク国王は俺のクロークをパッと開ける。

「……胸を撃たれたのか?」

時間が経って既に赤黒くなっている血で染まった軍服を見たアルク国王は深く眉を顰める。

「いえ、銃弾が当たったのは腕です。大聖堂にかけられていた障壁のお蔭で即死は免れたので自分の上級回復ハイヒールで生き長らえることができましたが、防御魔法をかけていない状態で銃弾を受けたために腕を貫通して胸まで到達してしまいました」

説明しながらクロークを脱いで軍服の袖にある銃痕と貫通した胸の横に残されている銃痕を見せる。

「ブークリエ国では銃を持った者も居たということか」
「アルク国には居なかったのですか?」
「誰かが撃たれたという話は聞いていないし、捕まえた者からも見つかった報告は受けていない。自爆した者や貴殿に粛清された者の中に持っている者が居た可能性はあるが」
「ああ、その可能性はありますね」

同じ爆破事件でも爆発した箇所も違えばタイミングも違う。
銃に関しても持っていた人が居たかも知れないし、誰も持って居なかった可能性もある。

「本当に貴殿は無茶をする」
「咄嗟のことでしたから。でも後悔はしていません。同じ異世界から一緒に召喚された大切な同胞を守れて良かった。勇者が死んだら多くの精霊族も死ぬことになりますし」

そう話すと顔を押さえられて口付けられる。

「私にとっては貴殿も大切なのだがな。ブークリエ国王が心配して過保護になってしまう気持ちも分かる」

心配ばかりかけて何かすみません。
唇を離して俺を見ながら言ったアルク国王に苦笑する。

「国王の私にも国や民の他に特別な存在が居てもいいと言ったのはブーク国王と貴殿だ。国も民も妃も子供たちも臣下も全て私にとっては大切で特別な存在だ。貴殿もその一人だと心の隅にでも留めておいて欲しい。特別な存在を失うのは辛い」

縁の者への執着心。
口付けられながら感じるその執着心を不快に思わないのはやっぱり、能力が解放されて俺とアルク国王の間に何かしらの縁があることを身体が思い出しているからなんだろう。

「私にも陛下は特別な存在です。だから生きてください」

この世界にも大切で特別な存在が居る。
精霊族側にも魔族側にも居てどちらも失いたくないけど、俺がどんなに願おうともその願いは叶わない。

叶わなくても俺は今後も思い続けるし言い続ける。
生きてくれと。
大切で特別な存在が一人でも多く生き残ってくれるように。

「陛下も重体だったのですから人のことは言えませんよ」
「たしかにな。正妃を庇ったまでは良かったが、左腕は吹き飛び身体中を負傷して血が滴っていた。残された右腕で剣を握り辛くも襲撃犯を粛清したことまでは覚えているが、それ以降の目覚めるまでのことは覚えていない。貴殿の救援が少しでも遅れていれば負傷していた正妃と共に死んでいただろう」

そんな状況でよく生きてたな。
右腕一本で襲撃犯と戦ったことにも驚くけど。

「陛下も正妃殿下も救えて良かった。みんなを救える能力が自分にあって良かった」

俺の能力は誰かを救うために使いたい。
それが叶ってみんなを救えたなら本当に良かった。

「今回は私も人のことは言えないが、貴殿も自分の身の安全を蔑ろにしていい訳ではないぞ?貴殿が死ねば多くの者が希望を失い絶望することになるのだと忘れるな」

ぎゅっと抱きしめるアルク国王の背中に手を添える。
自分の身を守って誰かを犠牲にすることはきっと俺には出来ないけど、そのことだけは胸に刻んでおこう。
俺のようなクズでも希望に思ってくれる人が居ることを。

その互いに生きていることを確認するかのような抱擁は暫くの時間続いた。
    
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