ホスト異世界へ行く

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第十三章 進化

新星の祝儀

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新星の月一日。
正月の今日は王都大聖堂で〝新星の祝儀〟が行われる。
一年の始まりを祝う祝儀なのはもちろん、聖職者が王都に結界をはる儀式も兼ねている大切な祝儀だ。

多くの人々が集まる大聖堂前。
その大聖堂に最も近い噴水広場は特に、少し身動きをすれば人とぶつかりそうなほどの人が集まっていた。

「ヒカル、リク、サクラ」
「「シン(さん)!」」

護衛のエドとベルを連れて大聖堂内の右側バルコニーに出る扉の前に行くと居たのは勇者のヒカルたち。
姿を見つけて後ろから声をかけると三人は振り返り俺の所に小走りで近寄ってきた。

「久しぶり。元気そうだな」
「シンも。公爵になったとか屋敷を下賜されたって話は聞いてたから元気にしてるだろうとは思ってたけど、久しぶりに会っても全然変わってなくて安心した」

三人と会うのは武闘本大会以来。
落ち着くまではリサと会わないよう止められているから、会いたい気持ちはあっても勇者宿舎には行かなかった。

「居ない。俺たち三人だけ」

護衛たちが集まっている中を見渡した俺に苦笑したヒカル。
何を捜しているのか察して教えてくれたんだろう。

「私たちも暫く会ってないの」
「え?」
「部屋から出たり食事もするようになったらしいけど、私たちとは会いたくないみたい。だから完全に別行動」

そう話すサクラ。
体調や精神状態は以前より改善されたって事だろうけど、同じ勇者の三人とも会っていないと聞いて驚かないはずもない。

「今日は祝儀だから会えるかもと思ったんですけど」
「……そっか」

リクも残念そうに話す。
三人は駆り出されてるんだからリサも参加するよう言われたはずだけど、国の行事を蹴っても会いたくなかったのか。

「勇者さま」
「なんだ」

久々の再会に気を使って少し下がったエドやベルや護衛と違い三人の後を追いかけてきたのは従者だろう青年と魔導師。
従者の青年がヒカルの名前を呼ぶ。

「お戻りください。護衛から離れては危険ですので」
「大聖堂の中は警備と護衛しかいないと言わなかったか?」
「そうですが」

言わされてる感たっぷりの従者。
急襲のあと魔導師長アホを筆頭に一部の魔導師や有識者は解雇されて大人しくなったけど、それでもまだ勇者を自分たちの意のままにしたい奴や俺をよく思わない奴が居るようだ。

「警備と護衛しか居ないはずの中で危険だと判断するような人物とは私のことか?私が勇者たちに害をなすとでも?」
「滅相もございません!」
「では何が危険なんだ?勇者や私を気遣い警備や護衛は少し距離をとってくれたとは言え、何かあれば対処できる距離には居ると言うのに。同胞との再会を邪魔するほどの理由は?」
「も、申し訳ございません」

謝ってチラリと魔導師たちを見た従者。
やっぱりソイツらに言われて追いかけて来たのか。
勇者のヒカルたちや英雄の俺への不敬にあたると分かっていながら身代わりで行かされるんだから可哀想に。

「仮に今ここで何かが起きたとしても勇者たちの身は私が守ると誓おう。それでもまだ危険だからと御託を並べるのであれば受けて立つが。私が英雄権限を使う前に下がれ」

従者の青年ではなく一緒に居る魔導師たちを見て忠告する。
王宮魔導師という身分を利用して勇者の従者に言わせるようなクズどもには容赦しない。

「はあ……ごめん」
「ヒカルたちが悪いんじゃない」

従者の青年や魔導師たちが離れるのを見てヒカルは大きな溜息をついて謝る。

「講師や護衛が入れ替わって前より話が分かる人も増えたと思ったけど、まだシンと絡むのを嫌がる人が居たんだね」

呆れた表情で言ったサクラにリクもこくりと頷く。
リサだけじゃなくて三人も以前よりマシになったなら良かったけど、勇者に関わる魔導師の中から魔導師長アホの影響が残っているヤツを全員排除した訳じゃないから仕方ない。

「なあ。シンだから聞くけど、俺たち大丈夫だと思うか?」
「なにが?」
「こんな状況で本当に俺たち魔王と戦えるのかなって」

意味が分からず首を傾げた俺にヒカルは小さな声で呟く。

「リサはリサで身体の負担にならないよう一時間程度の訓練は再開したみたいだけど、今まで訓練を続けてきた俺たちとはさすがに実力差ができてる。それでも一緒に訓練してれば全部は頑張らなくて良いからここだけは鍛えて欲しいとか話し合えるし、遅れた分を取り戻せるよう協力も出来るけど、俺たちに会うのが嫌ならそれもできない。その状況が不安で仕方ない」

一時間でも訓練できる程度は回復したのかと安心したけどヒカルの不安な気持ちも分かる。
この星で最も神に近いと言われる魔王と命をかけた戦争をするのにパーティ内で分裂してるんだから。

「リサは俺たちパーティの回復役だ。天地戦の最中に傷を負った時はリサの回復一つで俺たちの勝敗が左右される。今のまま別々に訓練を続けて能力は上がったとしても、いざ天地戦が開戦した時にそれまでは会いたくもなかった俺たちと協力して戦えるのか、リサに命を預けても大丈夫なのか分からない」

負ければ次はない命懸けの戦争で信頼関係を築けない仲間に背中を預けるのは怖いと思うのは当然。
こんな状況で本当に戦えるのかと不安になるのも当然。

「回復魔法はリサしか使えないのか?」
「俺が少し。でも擦り傷や切り傷が治せる程度」
「一応使える程度ってことか」
「うん。だから大怪我をしたらどうにもならない」

その話を聞いて軽く袖を上げ腰に帯刀していた刀を鞘から少し抜いて自分の腕を斬る。

「な、何やって!」
「大丈夫!?」
「回復量がどんなものか見せてくれ。試しに」

血が滴る腕に慌てるヒカルとサクラ。
リクは唖然としている。

「確認したいからって自分の腕を傷つけなくても!」
「実際にかけて貰った方が早い」

青い顔で文句を言いながら回復ヒールをかけるヒカル。
血を見慣れてないのは相変わらずか。

「なるほど。もういいぞ。ありがとう」

どの程度なのか分かってヒカルを止め自分で回復する。

「回復特化型じゃないことは分かった」
「だから少しって言っただろ!身体を易々と傷つけるな!」
「俺にとってこの程度の傷は怪我にも入らない。今は衣装を汚さないよう回復をかけたけど、普段ならかけてない」

ホワイトなカリキュラムで訓練をしているヒカルたちと毎日死にかけながら訓練をした俺では傷一つでも感覚が違う。
手足を斬り落とされたり腹を貫かれたり焼かれたり溺れたりした経験のある奴が切り傷一つで騒ぐ訳もない。

「リクは物理特化、サクラは魔法特化、ヒカルは万能型か」
「え、うん。よく分かったな」
「リクは剣士だから物理特化。サクラは黒魔術師だから攻撃魔法特化。リサは聖女だから回復魔法特化だと予想はつく。その上でパーティのバランスを考えれば、勇者は全てのポジションを補える万能型の人が選ばれてるだろうってのが俺の予想」

あくまで予想。
確信があった訳じゃない。

「誰が勇者を選んでるのか知らない。でも黒髪黒目とか勇者になれる才能がある人って条件がある時点でランダムに選ばれてる訳じゃない。個人の能力はもちろん協力した時に魔王に勝てる可能性を秘めた人たちでパーティを組まれてると思う」

創造神両親か他の神か。
生命のやることを見守っている創造神両親じゃない気はするけど、誰かが勇者を選んでいるのは間違いない。

「その時代の魔王の能力の高さで異世界から召喚される勇者の能力の高さや人数も変わる。勝敗を左右するのは勇者たちが才能を開花できたかどうか。魔族側にも精霊族側にも勝てる可能性と負ける可能性が平等に用意されてる」

魔王や勇者を選ぶのは何者かでも勝敗の行方は生命次第。
俺をジッと見上げる三人に苦笑する。

「ただの予想な。もし勇者と一行が才能を開花すれば勝てるようになってるんだとしたら、物理攻撃特化も攻撃魔法特化も回復魔法特化も居るパーティに必要な残り一人は万能型。特化した三人よりは力不足だけど、どのポジションにも対応出来る。俺ならそうするからヒカルは万能型だろうと思っただけ」

言ってしまえば器用貧乏。
物理攻撃特化のリクに物理攻撃で勝てないし、攻撃魔法特化のサクラに魔法攻撃で勝てないし、回復魔法特化のリサに回復で勝てないけど、それなりにどのポジションにもなれる。

それなりと言うと弱いように思えるけどそうじゃない。
特化型の人が欠けた時に本来ならそのポジションが居なくなるところを万能型の人が居ることで空席にならずに済む。
それが出来る万能型は重要な存在。

「まだ回復期のリサに無理はして欲しくないけど、四人のリーダーのヒカルが不安になるのも理解できる。解決方法は結局鍛えるしかなくて、本当に安心できるのは勝利した時。それまで精神力と肉体と能力を鍛えるしかないけど、リサが万が一戦えなくても何とかなるよう回復魔法も鍛えてみたらどうだ?」
「俺が回復魔法を」

悩む仕草をするヒカル。
今まで『回復役=リサ』ということを念頭に置いて訓練していたんだろうけど、現状でリサに背中を預けるのが怖いと思っているならそれも手だと思う。

「人を変えようとすれば悪い感情が生まれる。こうして欲しいのにこうなって欲しいのに変わってくれないって。逆の立場の人からしても、ああした方が良いこうした方が良いって理想を押し付けられるんだからたまったもんじゃない。そういう時に取る手段は二つ。相手を切り捨てるか自分が変わるかだ」

自分に考えや理想があるように他人にも考えや理想がある。
よく『君のため、貴方のため』と『ああした方が、こうした方が、こういうのは辞めた方が』と口出しする人が居るけど、自分では相手を思って言っているつもりのそれは勘違いだ。
相手のためではなく自分が見たいその人の理想像を押し付けているだけ。

少し身を屈めヒカルの顔に両手を添えて頭に額を寄せる。
リクやサクラやリサの命を預かっているとも言えるリーダーだからこその苦悩を抱えているヒカルに伝えたくて。

「良いかヒカル。お前は頭も良くて心も優しい。俺はそれこそがヒカルが勇者に選ばれた理由じゃないかと思ってる。頭が良いから今は色々と考えて背中を預けるのは怖いと思ってるみたいだけど、だからと言ってリサを切り捨てられる訳でもないよな?だったらヒカルが変わるしかないんだ。いつかリサが戻って来た時にお帰りって言えるよう自分が変われ。自分でも仲間たちを回復してやれるようになれば心に余裕が生まれる」

額を離して見たヒカルは涙目。
色々なものを抱えていたんだろうと思うと胸が痛かった。

「回復量は魔力量と魔力値と魔防値の目に見える数値以外に目に見えない願いの強さでも変わる。魔法を使う時にイメージが重要なのと同じで、回復は治してやりたい救ってやりたいって願いの強さが重要になる。ヒカルの回復魔法だけじゃなくてリクとサクラの能力もそう。自分が仲間を守ってやるんだって気持ちと生きたいって渇望がきっとみんなを強くしてくれる」

両隣から抱きついたサクラとリクの頭にも額を重ねる。
かけがえのない存在になった半身の魔王には死んで欲しくないし、同胞のヒカルたち勇者にも死んで欲しくない。
どちらもというのは無理だと分かっているけど、それでもどちらにも生きて欲しいと願ってしまう。

「勇者じゃなかった俺には勇者の重責を変わってやれない。一緒に魔王と戦うことも出来ない。だけどいつか天地戦が開戦した時には俺も英雄として戦場に立って戦うから。ヒカルとリクとサクラとリサが帰って来るこの場所がなくならないように、四人が繋いでくれようとしてる未来を守るために、俺も命を懸けて戦うから。強くなってくれ。生きて帰って来てくれ」

俺にはそれしか出来ない。
魔族と戦うことも精霊族と戦うことも出来ない。
出来ることは守ることだけ。

「何で泣かすかな!お化粧崩れたし!絶対に目が赤いし!」
「やば。俺も赤い?」
「祝儀に泣いたと分かる顔で出るのは心配されますよね」
「ヒカル君もリクも赤いよ!シンの所為!」
「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど」
「もー!控え室まで戻らないと侍女が居ないのに!」

少し泣いたあと落ち着いたら人前で泣いたことが恥ずかしくなったのか、人の所為にして怒るサクラに笑いながらエドとベルを手招きする。

「リフレッシュかけてやって。俺は回復ヒールかけるから」
「承知しました」

崩れた化粧や着崩れた衣装はエドのリフレッシュで。
赤い目と泣いたことが分かる顔は俺が回復ヒールをかけて治す。

「ベルはサクラの化粧を頼む」
「はい。サクラさま失礼いたします」
「は、はい!お願いします!」

魔導鞄アイテムバッグから化粧品を出したベル。
魔法と手の両方を使ってサクラの化粧をパパッと直す。
エドもリフレッシュを掛け終わるとヒカルやリクの衣装を正し始めて、それを見る三人はされるがまま。

「……エドさんもベルさんも優秀過ぎない?」
「何をするか分からないって言われる問題児の俺に仕えてくれてる執事と召使メイドだぞ?優秀じゃない訳がないだろ」
「自覚があるなら自重しろ」

手際のいいエドとベルに驚いたヒカルは俺の返事を聞いて呆れた顔に変わってリクとサクラは笑う。

「ご確認ください」
「ありがとうございます。直す前より綺麗になってる」

ベルが見せた鏡で顔を確認したサクラは驚く。

「その化粧品は俺が世話になってる侯爵家が出してるやつ。俺が異世界の化粧品の知識を教えて作ったやつだから、今までこの世界にあった既製品よりカラーも多いし成分も違う」
「え?シンが教えたの?凄くない?」
「俺は知識を教えただけ。凄いのは実際に作った人たち」

化粧直しに使ったのはシモン大商会の化粧品。
俺は化粧しないから美容系のあれこれの中でも化粧品は開発が遅くなったけど、試作段階を終えこれから売り出すところ。

「年明けに幾つか販売予定だから良かったら買ってやって」
「買う買う!ルースパウダー欲しかったの!」
「この世界の化粧品は種類が少ないからな。他のも見本で持っていくよう話は通しておくから、都合がつく時にでも侍女なり有識者なりに頼んでシモン大商会を呼んで貰って」
「うん!」

大人の女性には化粧品も大事なアイテムの一つ。
化粧品の知識を教えたのも、シモン侯爵夫人やデュラン侯爵夫人や腹黒娘から今までになかった新しい化粧品が欲しいと迫られたからだった。

「ウエットタイプの整髪料はない?」
「あるぞ。メンズ用の無香料も何種類か作って貰ったから」
「じゃあ俺も頼も。ガチガチに固まるのしかなくて」
「……ヒカルが髪型を気にするとか女が出来たのか?」
「俺をなんだと思ってるんだ!」

怒るヒカルと笑うリクとサクラ。
泣いてスッキリしたのか元気になってくれて良かった。

「エドさん、ベルさん、ありがとうございました」
「勿体ないお言葉をありがとう存じます。勇者さま方のお役に立ちましたなら幸いにございます」

頭を下げたヒカルとリクとサクラ。
エドは胸に手をあてて敬礼で、ベルはスカートを軽く摘みカーテシーで応えた。

「勇者さま、英雄エロー公爵閣下。そろそろお時間です」
「もう?まだヒカルたちと喋りたかったのに」
「残念ですが」

久しぶりに会えたからまだ話し足りないけど時間らしく、騎士団長が来て声をかけられる。

「仕方ない。英雄のお仕事しますか」

異空間アイテムボックスから出した白い手袋グローブを着ける俺の右側で外套ペリースや飾緒などの装飾品を直すベルとリフレッシュをかけるエド。

「こう見ると漫画やアニメに出てくる王子様みたいなのに」
「見た目はな。中身は残念」
「本当に容姿はかっこいいんですけどね」
「なんだお前ら苦情か」

残念な顔で俺を見るヒカルとサクラとリク。
エドとベルはくすくす笑って騎士団長は笑いを堪えている。
たしかに中身は自他ともに認めるクズだけど。

「お互い国王のおっさんから勇者だ英雄だ特級国民だとご大層で面倒な身分を与えられたけど、時にはその権力が自分を守ってくれる術になるし、誰かを守れる術にもなる。温かい家で暮らせて美味いものも食べられる。それを思えば人前で勇者や英雄らしく振る舞うくらいのはしてお返ししないとな」
「たしかに」

異世界人の俺たちを守るために与えられた身分。
勇者保護法や英雄保護法に守られた俺たちのことは上流階級の貴族でも自由には出来ないし、拒否もできるよう個の権力が与えられるし、給金も出るから衣食住も保証できる。
それが精霊族からの最大の配慮。

もっとも英雄はこの星の人でもなれるから勇者のヒカルたちと違っての身分じゃないけど、異世界から召喚されたのに勇者じゃなかった俺を守るために英雄勲章を与えることにしたのは国王のおっさんの優しさ。

「それが仕事の感覚なのがシンらしいけどね」
「中身はクズだぞ?仕事だと思わないとやってられない」

サクラにそう答えると三人は笑う。
勇者だからこそ抱える悩みや不安もあるだろうけど、召喚されたばかりの頃のようにくだらない話をして笑っている姿が見れて少し安心した。

「みなさまこちらへ」
「うん」

大聖堂の外の様子を見ていた騎士団長から呼ばれて四人でバルコニーに出る扉の前に行く。

「まずは公族の王妃や姫殿下プリンセス方が西側のバルコニーにお出になります。勇者のみなさま方と英雄エロー公爵閣下にはその後こちらの東側の扉からバルコニーに出ていただきます」
「承知した」

説明を聞いてエドとベルに視線を送る。
全てのバルコニーには障壁がかけられてるし王宮騎士や魔導師が護衛として付くけど、俺の護衛のエドとベルも一緒に付くことになっているから改めて周囲の警戒を頼むという意味で。

大聖堂も広場も警備は厳重。
それもそのはずで、今日の新星の祝儀には国王や王妃や王太女といった王家と勇者と英雄、大聖堂の中にはプソム教皇と、ブークリエ国で高い身分の人たちが勢揃いしているんだから。

そうこうしてる間にも外から歓声が聞こえてくる。
バルコニーに出て来たルナさまやルイスさまやミリーさまや二妃や三妃に歓声を送っているんだろう。

「勇者さま方、お願いします」
「はい」

周囲をガチガチに守られて先にヒカルたち勇者が出る。
その瞬間に国民の歓声はますます大きくなって聞こえてきた。

「英雄公爵閣下、お願いします」
「ああ」

少し間を空けて俺もバルコニーへ。
外に出て聞く歓声は身体に響くほどで、英雄と呼んで大きく両手を振る人々を見ながら新年早々元気だなと思いつつ標準装備の笑顔で手を振ってからヒカルの隣に座った。

最後に大聖堂の正面バルコニーに国王のおっさんと正妃の第一妃が出てきた時には国民の歓声も最高潮に。
この面子が揃って国民の前に出る機会など一年に一度しかないから興奮するのも分からなくない。

『諸君、静粛に』

拡声石(を使ったマイク)を通して聞こえた国王のおっさんの声で大歓声は波が引いたかのように静まる。

新星ノヴァの月一日。この晴れ日を今年も諸君と共に無事迎えられたことを誠に嬉しく思う』

国王のおっさんの新年の挨拶に耳を傾ける人々。
赤い月が昇った後の今は一年一年が、いや、一日一日が貴重で大切な日々だろう。

ヒカルたち勇者が覚醒すれば天地戦が始まる。
そのことは知っている俺でもヒカルたちがいつ覚醒するかまでは分からないから、国民と同じく一日一日が貴重。

このままずっと覚醒しなければいいと思うけどきっとそれは無理な話で、元から勇者になれる才能を持っていたから召喚されたヒカルたちは覚醒してしまうだろう。

俺が魔王と生きられる時間はどれだけ残されているのか。
ヒカルたちと生きられる時間はどれだけ残されているのか。
敗北した方と同じ結末を辿ることを選んだ俺がこの星で生きられる時間はあとどのくらい残されているのか。

新年という節目を一つ迎えたことで今までの日々が当たり前のものではないんだと改めて感じて、誰にも答えられないそんなことを考えていた。

粛々と祝儀は続いて祈りの時間。

『万物の創造主である主神に祈りを』

星を創造してくれたことに感謝を。
生命を創造してくれたことに感謝を。
今日この時を生きていられることに感謝を。

両手を組み感謝をこめて祈りを捧げる人々。
今がいつ天地戦が開戦していつ死を迎えるか分からない時だからこそ、人々の創世の神への祈りは真剣だった。

その祈りが終わり瞼をあげて見た空には大きな虹。
人々もそれに気付いたらしく騒がしくなる。

「虹?何で虹が?」
「虹が出るような天候じゃないのに」
「不思議ですね」

俺の隣でヒカルとサクラとリクも気付いてそう話す。
今日は一度も雨が降っていないのに何故かくっきりと空にかかっている虹を見れば不思議に思うのも当然。

「みんなの祈りが創造神に届いたのかもな」
「意外とロマンチスト?」
「似合わないから辞めとけ」
「でも本当にそうだったら良いですけどね」

感謝をこめて祈りを捧げた人々に創造神両親からの贈り物。
姿は見えないけど空から精霊神と魔神の気配を感じる。
きっと魔界にも大きな虹がかかっていることだろう。

「新年早々に虹が見れるとか縁起がいいから祈っとこ」
「たしかに」
「私も祈ろっと」
「僕も平和を祈ることにします」

改めて四人で両手を組み瞼を閉じて祈る。

ありがとう、縁起がいい贈り物をくれて。
何かに縋りたくなる人も多い今だからこそ、二人がくれた縁起がいい贈り物に希望を見いだせる人も居るだろうから。

「結界がかかった」
「え?分かるの?」
「うん。身体が軽くなった」

身体が軽くなって気付いた。
聖職者による儀式で王都全体に結界がはられたことに。
これで魔物は急襲の時のように正気を失わない限り王都に近付かなくなる。

空には創造神の贈り物の大きな虹。
目には見えないけど人々を守る結界。
平和の象徴のような二つに笑みが浮かんだ。

『プソム教皇より儀式は無事に済んだとの報告が入った』
「ほんとだった」
「身体が軽くなった感覚がないんだけど」
「僕もありません」
「シンが特別なのか」
「多分ね」

聖職者から報告が入ったようで国王のおっさんがそれを国民に伝えると人々はまた大きな歓声をあげて喜ぶ。
異世界人の俺たちにはピンと来ないけど、この星の人にとっては結界も自分たちを守ってくれる大切なもの。


結界をはり終えて祝儀も終わり。
時間にして一時間程度の祝儀だったけど、参加した大人も子供も表情は明るくて晴れやか。

「勇者さま方、お先に大聖堂の中へ」
「はい」

まだ冷めやらぬ歓声をあげる人たちに手を振って応えていると騎士団長から声をかけられる。

その瞬間だった。

「きゃー!」
「な、なんだ!?」
「爆発!?」

広場から聞こえてきたのは爆発音。
悲鳴があがり怯えた人々がパニックになる。
俺たちが居る真逆の西側の広場では煙が立ち昇っていた。

「勇者たちを」

バルコニーからパニックになっている人々の姿と状況確認に走る軍人の姿を見て護衛騎士に指示を出しながら振り返ると背筋がピリっとする。

「ヒカルっ!団長っ!」

俺が指示を出すまでもなく素早い判断でヒカルとサクラとリクを避難させようとしていた騎士団長と騎士たち。
嫌な予感がして一番手前に居たヒカルと騎士団長の前へ咄嗟に出ると同時に銃声が響き障壁が割れた。

「シンっ!」
「シンさま!」

【ピコン(音)!自動回復オートヒールを発動します】

右腕から右胸にかけて斜めに貫通した銃弾。
激しい痛みでその場に跪くと中の人が自動回復オートヒールが発動したことを教えてくれる。

「「シンさま!」」
「……の確認を、負傷者の確認を!」
「ですが!」
「行け!国民を優先しろ!」

駆け寄るエドとベルを手で制して指示を出す。
俺を心配してくれてありがたいけど、それより今は国民を。
顔を曇らせつつも二人は頷くとバルコニーから飛び降りた。

『シン(さん)!』
「早く勇者たちを中に!追撃に備えろ!」

こちらに来ようとして押さえられるヒカルとリクとサクラ。
ボタボタと血が零れ落ちる右胸に自分でも上級回復ハイヒールをかけながら騎士団長や騎士にも指示を出す。

「シンっ!」
「大丈夫だから。お前たちのことは必ず守る。また後でな」

俺がヒカルに笑ってまた後でと伝えると、多少強引ながら騎士たちは三人を抱き上げて大聖堂の中に走って行った。

「出血が」

一人残って斬り裂いた自分のマントで俺の右腕と右胸を止血してくれる騎士団長。

「動脈をイカレたみたいだ」

咄嗟だったからノーガードのまま撃たれた。
厳重にかけてあった障壁が多少は勢いを弱めてくれたようで即死はせずに済んだけど。

「「!!」」

話している最中に聞こえてきた二発目の爆発音。
今度は広場の中央で煙が上がったのを見て血の気が引く。

「シンさま!」
「エドとベルが」
「動いては出血が酷くなります!」
「二人に行かせたまま自分は行かない選択肢はない」

負傷者の確認に行くよう指示をしたのは俺。
上級回復ハイヒールをかけつつ重怠い身体で立ち上がる。

「俺は上級回復ハイヒールをかけてるから大丈夫。それより勇者たちを頼む。俺の大事な同胞なんだ。守ってやって」
「……承知しました」

騎士団長にヒカルたちのことを頼んで翼を出すとバルコニーから空に飛んだ。

「精霊神、魔神。二人がせっかく縁起がいい贈り物をくれたのにごめんな。生命は、ヒトは愚かで」

見上げた青空にはもう虹はない。
でもあの縁起がいい贈り物で平和への希望を見出した人々も居ただろうに、結局は同じヒトがその希望を砕いてしまった。
希望は人が生きるために必要なものなのに。

「神が祝福しても同じヒトがヒトの命を奪う」

王都の上空に広がり始めた黒い雲。
真っ黒の雲が空を埋めつくして行く。

朦朧とする意識。
もう自分でも何を話しているのかよく分からない。

「何度繰り返しても駄目なのか?なあ、***」
【神魔特殊召喚。聖天使シェル、死天使ヘルを召喚します】

真っ黒の雲で覆われた王都の上空に浮かぶ巨大な召喚陣。
二つの召喚陣からは白銀の鎧を纏った白の翼のシェルと漆黒の鎧を纏った黒の翼のヘルが召喚されてくる。

「裁きの時間だ」

滴り続ける血と激しい痛み。
目も霞んで呼吸も苦しい。
でもこれは俺の役目。
これ以上罪のない人々の命が奪われないように。

「罪なき者には生を。罪深き者には死を」
審判の時ジャッジメントタイム

消えかけの意識の中で聞こえた声。
不思議なほど他の音は何一つ聞こえてこないのに、中の人のその声だけは鮮明に聞こえた。

人々を斬り裂くヘルの剣と眩く温かい光を放つシェルの槍。
それを見届けると翼が消えて地面に向かって落下した。

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まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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