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第十三章 進化
小悪魔
しおりを挟む警備のためボーイに扮装した王宮騎士が運んできたワイングラス(鑑定済み)を受け取り、まだ小難しい話をしている魔王とルナさまに渡して(護衛の師団長は飲食NG)、華やかなドレスや装飾品で着飾った貴族たちがオーケストラの演奏に合わせてダンスに興じているパーティホールを眺める。
令息や令嬢の付き添いで来た大人たちは慣れた様子で踊っているけど、成年を迎えたばかりの令息や令嬢はまだ初々しい。
「何か気になることでも?」
話に混ざらずホールを眺めているから気になったのか、師団長からコソッと聞かれる。
「新成人の緊張してる様子が初々しいと思って見てただけ」
「ああ、それか。成年舞踏会は毎年そうだ。まだ成年後のダンスには不慣れな上に王家の御前で踊るのだから緊張もする」
まあ気持ちは分かる。
ダンスを間違わないようにという緊張と、国王のおっさんたちが見ている前で踊るという緊張を同時に味わうんだから。
「成年後のダンスは難易度が上がるからな。成年前はみんなで並んで次々に交換しながらワイワイ楽しく踊れる単純で可愛らしいダンスだったのに、成年後は一対一で距離感がグッと近くなる上に曲の種類もダンスの種類も一気に増える」
例えるなら成年前のダンスは学生時代のフォークダンス。
子供でも覚えられるよう簡単な振り付けで曲も少ない。
貴族は子供だろうと関係なく貴族の嗜みとして親や家庭教師にダンスを教わるけど、成年前は楽しく踊ることが目的だけに多少下手だろうと厳しい目で見られたりしない。
それが成年後には一対一で踊る本格的な社交ダンスに。
対面同士で片手を組み反対の手は腰に添える(女性は男性の腕に添える)のが基本型で一気に距離が近くなるし、曲やダンスの種類が増えるぶん覚えることも増えて難易度が爆上がりする。
「お互い異性に触れることに恥じらいがあってろくに目も合わせられないあのもどかしい感じが、自分の思春期真っ盛りの頃を思い出してムズムズする」
まだ思春期真っ盛りの15歲。
異性を意識し過ぎて肝心のダンスがぎこちない動きになっているのが『The青春』って感じでムズムズ。
学生時代にフォークダンスを踊らされる時に異性に触れるのが恥ずかしくて指先だけ重ねたり、触れるか触れないかの距離ギリギリを攻めるようなあの感じ。
「シンさまにも異性に触れることを恥じらっていた頃が?」
「もちろん俺にも………あれ?ないかも」
口元に手をあてたルナさまからハッとした様子で聞かれて俺にもあると言いかけたものの、思い返せば周りの人と違って自分は恥じらったことがなかったことにハッと気付いて俺自身が驚き魔王や師団長から吹き出し笑いをされる。
「さも自分の体験のように話しておきながら」
「うん。周りを見てムズムズした経験があるだけだった」
そんな魔王と俺の会話でルナさまはクスクス笑う。
俺の距離感がバグってたのは昔からだった。
「ダンスと言えば、お二人はどうなさるのですか?」
「え?」
「舞踏会ですので最低でも一曲パートナーと踊るのがマナーですが、男性のフラウエルさまが女性パートを踊れるのかと」
そうだった。
夜会なら踊らなくてもいい(極力踊るのが望ましい)けど、今日は成年舞踏会なんだから一曲は踊らないといけない。
それが舞踏会のマナー。
「……踊れないよな」
「踊れるが?」
「え?何で踊れるの?」
「ダンスはテオから教わりマルクと練習した。パートを交換しながら互いに練習をしていたからどちらも踊れる」
ああ、そっか。
幼い頃の魔王を怖がらなかったのはマルクさんとマルクさんの父親だけだったと言ってたから、ダンスも含め教養を教わるのはマルクさんの父親からで、練習相手はマルクさんという環境になっていたのか。
「でもな?」
「ん?」
踊れる理由は分かったけど肝心なことを忘れているようで、少し身を屈め口元を隠して魔王の耳元に口を近付ける。
「フラウエルが知ってる曲は地上にないけど大丈夫?」
そう囁く。
俺も魔界流のダンスはマルクさんやクルトから両パート教わったけど(晩餐などは雌性の姿で参加するから)、魔界にある曲は地上にはないし、地上にある曲は魔界にはない。
「曲ごとに踊りが決まっているのか?」
「ううん。基本は用意されてるけど、曲調と踊りが合ってれば平気。慣れた人は同じ曲でもその時々で変えてるし」
曲ごとに『この曲に合うのはコレ』という基本となるダンスはあるけど、基本はあくまで『それを踊っておけば間違いない』というだけで必ずそれを踊らないといけない決まりはないし、踊り慣れた人は曲調でダンスの種類を決めて自由に踊る。
そこは魔界でも同じだけど、その基本も曲も地上と魔界では違うから、知らない曲でも大丈夫かと。
「ならば問題ない」
「そう?」
踊れるならいいけど。
「大丈夫そうです」
「それなら安心しました。シンさまが踊る際には必ず注目を浴びますから、一曲も踊らなければ分かってしまいますので」
「主役は成年たちだから目立ちたくないんですけどね」
「それは無理なお話しかと」
ヒソヒソ話したあとルナさまと話して互いに苦笑する。
俺に英雄という肩書きがある限り目立たないのは無理。
今日は貴族家の夜会ではなく王家主催の成年舞踏会だから声はかけて来ないけど、行動を伺われてることは分かっている。
「シンさまお一人でも目立ってしまいますが、今日は特にフラウエルさまが気になって見ている方も多いですから」
「俺が?」
「普段のフラウエルさまのお姿でしたら見覚えのある方も居られるでしょうが、今日は女性のお姿ですので」
「英雄と居る見知らぬ令嬢は誰だと気になっていると?」
「ええ」
元の姿(魔力制御してる地上での姿)の魔王なら見たことがある人も中には居るだろうけど、俺すら今日初めて見た雌性の姿は誰も見たことがないから気になるのも分からなくない。
「言葉を濁さず申しますが、英雄のシンさまが誰とお付き合いをして誰と成婚するかは誰もが気になるところでしょう。一般国民の場合は純粋な興味でしょうが、英雄の親族を名乗れる地位を手に入れたいと考えている者も少なくない貴族の場合はまた別。そこに普段は表に出て来ず聞き覚えもないエヴァンジル公爵家という貴族家の令嬢が現れたのですから、フラウエルさまも注目を浴びてしまうのは当然かと」
本当にハッキリ言ったな。
周りに誰も居なくて俺と魔王と師団長にしか聞こえていないから濁さず言ったんだろうけど。
「まさしく俗物だな」
鼻で笑う魔王。
「その俗物の中の何人が夕凪真を見ているのだろうな。英雄の地位を失い権力や金や能力を失ってもなお恋仲や伴侶になりたいと思うだろうか。親族になりたいと思うのだろうか」
ならないだろうな。
英雄の俺が好きな人や英雄の俺の紋章が欲しい人は。
「夕凪真を英雄の肩書でしか見ていない俗物が俺との仲を勘繰り諦めるなら良いことではないか。好きなだけ見るといい」
微笑して手を差し出した魔王の手をとり甲に口付ける。
「俺は相手が俗物でもいいんだけどな」
「英雄としか見られていなくてもいいのか?」
「いい。俺が結婚する理由は紋章分けのためで情以上の感情を望まれても困るし、相手にも望んでない。むしろ英雄の肩書きや影響力を上手く使って俺が居なくても生きていける逞しい人がいいし、夫婦というよりパートナーみたいな関係が理想」
娘をゴリ押しされるのは嫌だから仲を疑って諦めてくれるのはありがたいけど、俺に情以上の感情を求められても困る。
困るというより最初から無理だと分かってるから、英雄の権力や影響力を悪用しない人なら俺を見てくれなくていい。
「……思えばエミーリアに政略結婚を持ちかけていたな」
ふと思い出したらしく師団長は眉間を押さえる。
「うん。パートナーならエミーが最善だから。結婚する気がないのに周囲から勧められてうんざりしてる者同士だし、俺がどんな奴かよく知ってるし、エミー自体が国王軍の最高指揮官で危険な場所にも行くから心配かけるのもお互いさまだし、俺の愛情なんて興味もなければ子供も欲しがらない。秘匿情報を漏らすこともなければ英雄の肩書きを悪用することもない」
どう考えてもエミー以上のパートナーは居ない。
だから結婚(婚約)する時はエミーにもう一度話すつもりだ。
「シンさまは成婚したくないのですか」
「本音ではしたくありません。ただそうは言っても公爵家の当主として紋章分けのためにしますけど」
地球に居たら結婚してない。
人を愛せないのに結婚の選択肢はなかった。
「え?するのですか?」
「はい。近々陛下にお話しするつもりです」
その予定だと話すと師団長は噎せるように咳き込む。
「ま、待て。英雄の婚約や成婚となると事が大きくなるだけに簡単な話ではない。アルク国にも報告が必要になる」
「アルク国の国王とは公務で行った時に話した」
「なに!?」
口を手で隠し驚くルナさまと珍しく大声をあげた師団長。
「我が国の陛下よりも先に話したと?」
「治療の最中に色々と話してて。駄目だった?」
「駄目だろう!ブークリエに属していながら……いや、シンは全精霊族の英雄だからアルク国にも平等な権利が」
勢いよく詰め寄ったものの難しい表情で独り言を呟く。
「アルク国の陛下からも俺が属してるブークリエ国の陛下に話を通してから両国で話し合おうって言われたから、具体的なことまでは話してない。結婚するつもりって話しただけで」
「そ、そうか。ご配慮いただいたのだな」
ホッと胸を撫で下ろす師団長。
いつ誰となんて細かいことは決まってないから『するつもり』と話しただけなのに、まさかこんなに驚かれるとは。
「えっと……個人的な報告は他にもあって」
「…………」
公務に関する報告はしたけど個人的な報告はまだ。
そんな俺を師団長は真顔で見る。
「……年が明けてから謁見の申し入れをしよう」
「あ、はい。お願いします」
また眉間を押さえる師団長とビビる俺に魔王は笑う。
これが成年舞踏会の最中じゃなければ雷が落ちていたと思うと背筋がひんやりした。
「あの男も苦労するな」
「師団長のこと?」
「ああ。お前に振り回されている印象しかない」
ルナさまと師団長が戻って行ったあと新しく受け取ったグラスを渡す俺に魔王はそう話して苦笑する。
「迷惑かけてることは確か。自分のことは自分で決めて生きてきたから英雄の肩書きがついた今でもまずは誰かに相談してからって感覚がない。自由に生きたいし国にも人にも束縛されたくない。自分で言うのも何だけど究極のワガママだと思う」
自由を奪われたくないし、何かを強要されるのも嫌だ。
誰かが定めたレールなんて興味もなければ歩きたくもないし、法律を守った範囲のことであれば好きにさせて欲しい。
英雄なのに何でも勝手に決めてしまうことであらゆる人の悩みの種になっていることは自覚してるけど。
「果たしてワガママなのだろうか。当然の権利だと思うが」
「え?」
「自分は何もせず相手に求めるだけならワガママだろうが、お前は自分に課された英雄という重責を果たしているのだから自由に生きる権利がある。最も重要な役割は果たしている者にそれ以上を望み自由すらも奪おうとする者の方が強欲だ」
そう話して魔王は俺を見上げ目を合わせると微笑する。
「自分の人生は自分のものだと、自分にしか生きられないと言ったのはお前だろう?お前が自分の人生を自由に生きたいと望むならそうするといい。俺は俺で自分の望むまま半身のお前に寄り添い命尽きるまで愛そう」
ああ……ほんとに。
距離を重ね魔王の背中に手を添えて頭に口付ける。
見た目は絶世の美女になっていても中身は半身に激甘な魔王さまのままだから本当に困る。
「成年を祝う神聖な舞踏会で人目も憚らず何をしているのかとまたあの男から怒られるのではないか?」
「フラウエルが悪い。今すぐ抱きしめたいキスしたいと思わせるエロかっこいいフラウエルが悪い」
分かってるけど溢れる気持ちが止められない。
腕におさめて頭にスリスリしながら責任を押し付ける。
人前で取り繕っている俺の英雄の仮面を全力で、むしろ助走をつけてぶん殴り破壊する好みドストライクな魔王が悪い。
「何をやってるんだ」
「痛ぇ!」
聞き慣れた声と同時に背中がビリッとして振り返る。
「お前いま魔法で攻撃しただろ」
「今日は王家や貴族の集まる城の警備が私の仕事でね。城内で風紀を乱す者を発見すればお仕置きするのは当然だろう?」
「口で注意しろ、口で。口があるんだから」
俺の背中に雷魔法(静電気でバチっとした時程度)で攻撃したのはエミーで、口を指で挟んで文句を言う俺と口を尖らせヒヨコのような顔になっているエミーに魔王は笑う。
「お前たちが揃うといつも賑やかだな」
「笑いごとじゃないよ。シンを止めろ。甘やかし過ぎだ」
「自分の半身を甘やかすのは当然だろう?どうせなら俺が居なければ生きられなくなるほど甘やかしたいんだが」
「「怖っ」」
悪い顔で微笑する魔王に背筋がゾワッとする。
お蔭で溢れていた感情がスンとさめた。
「今度は会場の警備につくのか?」
「もう少しで休憩に入るからその前に交換した」
「休憩?」
「オーケストラの。その間は招待客も休憩時間になる」
「ああ」
エミーに聞いた魔王は納得する。
魔王と俺が食事をしてルナさまたちと話している間もオーケストラの人たちはずっと演奏していたんだから休憩が必要。
その間は招待客も休憩時間になるからトイレに行ったり化粧を直したり食事をしたりする。
「確か日が変わる前には帰るんだよね?」
「うん。新年を迎える時間は魔界でフラウエルたちと過ごして明日の新星の祝儀に間に合うよう地上に戻ってくる」
「君もここ数日はバタバタだね」
「地上では英雄。魔界では魔王の半身の役目があるからな」
どちらの役目も果たすとなると予定が詰まるのも当然。
以前から分かってたことだからしっかり予定をたてた。
「魔界の祝儀は無理をしなくていいと言っているのに」
「だから俺がそうしたいんだって。明日の公の祝儀には不参加なんだから軍官や城仕えとの祝儀には参加する」
英雄の役割も半身の役割も蔑ろにするつもりはない。
しかも今回は大事な新年の祝儀なんだから。
「魔界でも明日は祝儀なのか」
「ああ。魔族は精霊族と違い普段は個人で生活しているが、一年に一度だけ城に集まってくる。それが明日の祝儀だ」
「へー。一年に一度なんだ。さぞかし盛大なんだろうね」
「俺は城のバルコニーから出て民に姿を見せ話す程度だが、民にとっては一年に一度の祝い事とあって一日中続く」
「魔界も地上も新年の怒涛の慌ただしさは変わらないね」
やれやれという様子で首を竦めるエミー。
日本の正月はお節や雑煮を食べてゴロゴロしながらのんびりするけど、この世界の正月はむしろ祝儀で大忙し。
「成年には贈り物をして国王のおっさんやルナさまとも挨拶できたことだし、休憩に入る前に踊って帰るかな」
「え?まだ踊ってなかったのかい?」
「飯食ってルナさまや師団長と話してた」
「普通の夜会じゃないんだから。舞踏会のマナーを忘れて踊らず帰るなんて失態をしなかったことだけは褒めてあげよう」
ルナさまが言ってくれるまで忘れてたけどな。
そんなことを言えば呆れた目で見られることは分かっているから狡さに定評のあるクズの俺は言わない。
「思ったけど君は踊れるのか?」
「踊れる」
「女性パートを?」
「ああ。離宮の召使すら恐れて近付かない俺とダンスの練習が出来る者など一人しかいなかったからな。先代四天魔のマルクの父から教わりつつマルクと互いにパートを交換しながら練習をした。精霊族のダンスとは少し違うかも知れないが」
ルナさまと同じく踊れるのかと思って聞いたエミーは魔王の話を聞いて素っ気なく「ふーん」とだけ返す。
自分から聞いたのに適当に流したんじゃなくて、内容が内容だから深掘りしなかったというエミーなりの優しさ。
「精霊族のダンスと違っても問題ない。君のパートナーはシンだからね。みんな異世界のダンスだと思うだろうよ」
「たしかにそうだな」
異世界人の俺と踊るために異世界のダンスを覚えた令嬢。
ますます勘繰る人が増えそう。
「じゃあ遠慮なく魔界流のダンスを踊ろう」
「ああ」
曲が終わりそうなタイミングを見計らって差し出した俺の手に手を重ねた魔王は微笑する。
「成年たちにもいい思い出になる。行っておいで」
「うん。行ってくる」
エミーに見送られながら魔王をエスコートしてダンスを踊る成年たちの邪魔にならないよう間を抜け中央に向かった。
「落ち着いた曲が続いてたから次は激しめの曲だと思う」
「そうか。何を踊るかは任せよう」
「了解」
曲が終わるタイミングに合わせて中央に到着して白いグローブをしながら軽く会話を交わす。
遠慮しているのか少し離れた位置にズレて魔王と俺を見ている成年たちにはホストで鍛えた標準装備の笑みで応えた。
「よろしく頼む」
人二人分の距離を空けて対面に立ち胸に手をあてダンス前の挨拶をすると魔王も綺麗なカーテシーで返してくる。
「異世界のダンスなのだからリードはしっかり頼んだぞ」
互いに一歩前に出て片手を組み基本姿勢をとると魔王は悪い顔の微笑を浮かべて俺を見上げる。
それでなくとも好みドストライクの顔で悪戯を企むような可愛い顔をされるとまた理性が崩壊しそうだから勘弁して欲しいんだけど。
「じゃあフラウエルもしっかり俺の恋人役を頼んだ」
「役ではなく事実だ。精霊族と魔族で呼び方が違うだけで」
「いや。それを言うなら恋人じゃなくて夫婦。魂の契約を結んで創造神にも生涯を誓ったんだから」
魂の契約を結んだ時点で魔王と俺は精霊族でいう夫婦関係。
どちらかが死ぬまで契約は終わらない。
「そうか。では魂の契約を結んだたった一人の半身として、俺の半身を不純な動機で狙う者には早々に退場して貰おう」
ニヤリと笑った魔王はまた悪い顔。
そんな魔王に笑いながら額に口付けると演奏が始まる。
予想していた通りここ数曲の落ち着いた流れをぶった斬る激しめの曲がきて、組んでいる手と魔王の腰に添えた手で軽く引き寄せた。
離れて唇が触れそうなほど顔が近付いてを繰り返すダンス。
魔界流のダンスは地上と逆で激しめの曲調が多いから魔王と踊る曲としてはちょうど良いけど、離れるたび動き一つで揺れるけしからんサイズの胸が視界に入るし、スタイルのいい身体で迫られてるみたいに艶かしいし、近付くたび胸の感触がダイレクトに伝わるし、数センチで唇が重なるほど顔が近いし。
「理性がぶっ壊れそう」
「雌性の俺を好き過ぎるだろう」
「どっちも好きだけど、雌性は見慣れてないから仕方ない」
踊りは止めず唇が触れそうな距離に近付いて会話を交わす。
雄性の時も雌性の時も美形の魔王はまさしく俺の好み。
どちらの姿の時も好きだけど、まだ見慣れていない雌性の姿は俺の性癖を擽るどころかゴリゴリ削ってくる。
「望むならいつでも変身してやろう」
俺の首の後ろに手を添えた魔王は妖艶に微笑する。
人の反応を楽しむ魔王は意地が悪い。
「あんま煽ると本当にキスするぞ」
「俺は構わないが?」
「出来ないって分かってて言ってるだろ」
「意外に状況を見て行動する常識人なところがあるからな」
ふっと笑う魔王の言う通り。
祝いの席ではさすがにクズの俺でも空気を読む。
「まあこれで俺との仲が確信に変わった者も居るだろう」
「それは間違いない」
ただのパートナーとだけならこんなダンスは踊らない。
この世界に来てから舞踏会や夜会に招待されて幾度か踊ってきたけど、その時にパートナーをお願いする機会が多いアデライド嬢やエミーと踊る時は教わった未婚の男女の基本形に倣って近付き過ぎないよう気をつけてる。
「あえてこのダンスを選んだんだからそうでないと困る」
組んだ片手はずっと繋いでいるものの密着したり逃げるように離れたりするダンス。
動きも激しくて一見戦っているシーンを表現しているようなダンスだけど、実際には情事に持ち込むまでの駆け引きを楽しんでいる者同士のそれ。
誘う者と誘われる者の駆け引きという戦い。
どちらも誘う者で誘われる者。
魔王と俺の仲を疑って貰うためにあえて選んだダンスで本当に性欲を擽られてしまったことは予定外だったけど、そうなってしまったからこそ今の俺たちの表現力は満点だろう。
最後はくるりと回った魔王を背中から腕におさめる。
曲の終わりに合わせてピタリと終わらせると舞踏会なのに何故か大きな拍手が起こって少し驚いた。
「みんなで踊ってたはずなのに拍手されたのは初めて」
「それほど注目されていたのだろう」
拍手を受けながらボウアンドスクレープとカーテシーで挨拶したあと魔王の手をとって甲に口付ける。
夜会や舞踏会やパーティの最初に一組(その日の主役)だけ踊る時はみんなも見てるから拍手が起きるけど、今はみんなも自由に踊っていい時間だから誰かに対して拍手なんてしない。
「付き合ってくれてありがとう」
「半身のためになるなら幾らでも付き合おう」
お礼を言いつつ頬を重ねチークキスをして目を合わせると魔王は微笑して、身長差を埋めるために少し身を屈めて待つ俺の頬にチークキスで返しながらそう答えた。
「お疲れ。呑むかい?」
「ありがとう」
「いただこう」
また注目を浴びながら魔王をエスコートして人々の間を抜けるとエミーが居て、スパークリングワインが注がれている冷たいグラスを載せたトレイを指さされる。
「ちょうど雰囲気が変わったからこのまま休憩するそうだ」
「そっか。拍手されたから少し驚いた」
「普通は有り得ないね。まあ見たこともない情熱的なダンスを見せられたら思わず眺めてしまうのも分からなくない」
「魔界のダンスは地上の人には刺激が強いかもな」
紳士淑女の精霊族とは真逆を行く魔族。
むしろ今のダンスは序の口で情事の最中を表現しているダンスも存在しているけど、それが下品には感じないよう上手く表現されているから凄いと思う。
「休憩になったから帰るんだろ?少し休んだら先導する」
「わざわざ?」
「休憩時間になったら君たちと接触しようと近付く者も少なくないことは最初から予想できたからね。君たちが囲まれて騒動になる前に護衛するよう国王やテオドールから言われてる」
「ああ、それで俺たちのところに来たのか」
「そういうこと」
俺たちが人々の間を抜けた先に偶然居たんじゃなくて、俺たちが抜けてくる先に合わせて待っていたのか。
話を聞いて軽く見渡すとたしかにボーイに扮した数名の騎士たちが近場に居る。
「時間的にそのまま魔界に行くのか?」
「うん。御者は帰らせたから人目のないところで転移する」
「舞踏会の真っ最中の今なら外を歩いてる人も少ないだろうし見られることもないだろうけど、一応周囲に気を付けな」
「分かった」
今日はもう屋敷には帰らない。
エドやベルにもそう伝えて年の節目を迎える今夜くらいは使用人のみんなで年越しを楽しんでくれと言ってある。
「どちらも明日は多くの人の前に出ないといけないんだし、ダンスの勢いで昂ったまま情事に耽ってお互いに明日の祝儀に響くなんてことがないようにね」
真顔で忠告されてスパークリングワインで噎せる。
「僅か数時間の情事で明日に響くと思うか?」
「魔王ともなると色々と凄そうだからね」
「試してみるか?」
「私の魔力でも酔わない貴重な存在ではあるけど、あいにく私はシンほど身体が頑丈じゃないんでね。遠慮しとくよ」
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「そうか。召使は不要。二人で済ませる」
「承知しました」
休憩時間のタイミングで帰ってきたから予定より時間の余裕があるけど、年を跨ぐ時間は魔王の部屋で四天魔やラーシュやエディと一緒に過ごすからさっさと入ってしまおう。
「さあ、時間まで水入らずの時間を過ごそうか」
「喜んで」
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「湯浴みが済み次第呼ぶ。用意をしておけ」
「承知しました」
魔王は山羊さんに言って、俺も自分の補佐官のラーシュとエディに『後で』という意味を込めて目を合わせたあと腕輪を使って魔王の部屋に転移した。
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自分が思う以上に限界だったみたいだ。
「これは誘われてると思っていいんだよな?」
「ああ。俺の半身のお前が俺のものであるように俺もお前のものなのだから、時間の許す限り好きにするといい」
はい、魔性の小悪魔。
異世界最強の魔王さまの手のひらの上で踊らされているのを感じながらも笑ってもう一度口付けた。
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