ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

帰国

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アルク国を発つ日の朝。

「成年舞踏会や新星の儀に出るのですか?」

見送りに来てくれた王家一同が揃っている城のエントランスでアルク国王と会話を交わす。

「貴殿の献身的な治療のお蔭で人前に立てるくらいには回復したのでな。公の場に姿を見せて民を安心させたい」
「左様ですか」

国民を安心させるために。
そんな理由がアルク国王らしい。

「改めて貴殿には感謝している。私が今こうしていられるのは貴殿が治療を買って出てくれたお蔭だ。この恩は忘れない」
「光栄です。ただ、ご無理はなさらず。毎日の治療を止めた後の状態変化が気になりますので、次回は早目に参ります」
「ああ。英雄エローも忙しいというのに私のために時間を取らせることになってすまないが、そうしてくれると安心だ」

しっかり両足を床に付け風格のある姿で立っているアルク国王は一見すると完治したかのようにも見えるけど、昨晩まで治療を続けてもやはり完治はしなかった。
見送りに来たみんなもそれは知っているから、内心では治療ができる俺が帰ることに少なからず不安を抱いているだろう。

「次回の治療までの期間にも異変や不調が見られた際は必ずお報せください。すぐに治療に参りますので」
「承知した。心遣い感謝する」

笑みを湛えたアルク国王は俺にすっと手を出す。
その表情と手を見てくすりと笑うと握手を交わした。

エントランスを出ると待っていたのは軍人たち。
赤い絨毯の敷かれた左右には最高指揮官のエミーを筆頭にブークリエ国の軍人、そしてダンテさんを筆頭にアルク国の軍人が一寸の狂いもないほど綺麗に整列して待っていた。

「ではお暇いたします。よい年をお迎えください」
「貴殿もよい年を」

アルク国王と会話を交わして最後にボウ・アンド・スクレープで挨拶すると、見送りに集まっていた男性陣も同じくボウ・アンド・スクレープを、女性陣はカーテシーで挨拶を交わした。


「お疲れさま。長いご公務になったね」
「本当に」

来た時と同じように王都を出るまでは馬車で。
御者コーチマンが開けてくれた扉から馬車に乗って走り出したあと、護衛として一緒の馬車に乗ったエミーから労いの言葉を貰う。

「体調を崩されたアルク国王の治療を行っていたと聞いていたけど、思ったよりもお元気そうで何よりだ」
「完治した訳じゃないからまた近日中に来るけどな」

魔力神経はまだ狭まっているし、体力も減ったまま。
体力に関しては無理をしなければ戻るだろうけど、魔力神経は治療をしなければ治らない。

「そんなに悪かったのかい?」
「ん?」
「君が治療しないといけないほどだったんだろう?」

体調を崩したことはアルク国の国民はもちろん軍人のエミーたちも知っていても、どんな病気なのかは知らされていない。
国王の健康状態は国に影響を齎すから優秀な随行医や医療師や魔法医療師まで付いているのに、英雄の俺が自国での公務を全てキャンセルして治療にあたったからそう思ったんだろう。

「ブークリエ国も今年はそうだったように、アルク国も祈りの日の浄化だけじゃ取り払えてなかった。その影響で体調を崩してたのに無理をして変にこじらせたから俺に声がかかった」
「そうだったのか」
「他の人には秘密な。エミーだから話したけど」
「もちろん言わない」

負の気が悪影響を齎すことはこの世界の人なら知ってる。
だからということにした。

「俺は負の気について詳しく知らなかったけど、酷い時には寝込むほどの悪影響が出るもんなんだな」
「うん。大人は体調を崩す程度で済む場合が殆どだけど、元々身体が弱い人だったり体力が落ちていたりする時は大人でも悪化するし、嬰児や幼子がそれで亡くなることもある」
「そんなにか」

病のせいで魔素を取り込み易く排出し難いアルク国王の身体にはそんな危険なものが大量に蓄積していたのか。
改めて治療が間に合って良かった。

「人もだけど魔物や自然環境への影響が何より大きい。普段は大人しい魔物でも気性が荒くなって人を恐れず襲ってくるようになるし、海や川の水が濁って魚が死んでしまったり、農作物も育ち難くなったり枯れてしまったりで食糧難になる。だから一年に一度行う浄化や結界は重要な国家行事なんだ」
「なるほど」

改めて神職者の重要性を感じる。
特に大教皇の特殊恩恵を持つアマデオ枢機卿は今後ブークリエ国の教皇と同じく重要人物になるだろう。

エミーと会話を交わしつつ、軍人たちが厳重に周囲を固めている馬車の中から沿道に居る人たちに手を振る。

「あ、そうだ。成年舞踏会の日は警備か?」
「もちろん。軍人に年末年始の休みなんてないよ」
「やっぱそうか」

予想通りエミーは仕事。
成年舞踏会は王城で行うのに国王軍の最高指揮官のエミーが警備につかないはずがないけど。

「どうかしたのか?」
「舞踏会のパートナー。俺も英雄のご公務で参加するから」
「まだ決まってなかったのか」
「それどころじゃなかったから」

ブークリエ国に居たら専属執事のエドが早目にお誘いの書簡を送るよう言ってくれただろうけど、バタバタとアルク国に来てから暫く帰れていなかったから。

「アデライド嬢は?」
「シモン侯爵家は今年で成年の子供が居ないから舞踏会は参加せず家族で過ごすだろうし、家族団欒の邪魔をしたくない」

シモン侯爵家は俺が誘ったら断らない。
それが分かってるから下手に誘えない。
大商会を営んでいていつも忙しい家族がゆっくり過ごせる貴重な時間を奪うのはイヤだ。

「遅すぎだろ。君のパートナーとなると下級貴族のご令嬢という訳にはいかないし、パートナーを務められそうな上級貴族のご令嬢はもうとっくに年末年始の予定が決まってるよ」
「だって本当にそれどころじゃなかったから」

呆れた顔で俺を見るエミー。
舞踏会だと聞いてたのにパートナーの存在を忘れてた俺が悪いんだけど。

「人族じゃないと駄目なんだよな?」
「ブークリエ国に属する人だから獣人族も含まれるけど、獣人族に貴族はいないから実際のところ人族に限られる」
「絶望的」

英雄で公爵家の俺のパートナーは誰でもとはいかない。
下級貴族のご令嬢に頼もうものなら後々で嫌がらせを受けたり俺に近付くために利用されたりと、パートナーになってくれたご令嬢はもちろん家族にまで迷惑がかかるから。

「もう魔王たちに頼むしかないんじゃないか?」
「は?」
「明後日のこととなると今から声をかけても厳しい。それなら魔王なり四天魔なり補佐官なり、クルトの能力で性別を女性に替えてパートナーになって貰うのが一番確実だと思う」

そう言ってエミーは苦笑する。

「王城で行われる舞踏会に魔族を連れて行けとか、相変わらずとんでもない発想するな」
「今更だろ。魔王や四天魔は何度も城に来てるんだし」
「それはたしかにそう」

魔王も四天魔も国王のおっさんと契約を結んだり晩餐に呼ばれたりで城に行ったことがある。
だからエミーの言うように『魔族を城に云々』というのは今更なんだけど。

「魔王たちも年末年始は忙しいからな」
「聞くだけ聞いてみれば?登城から数時間だけでも」
「ずっと居なくてもいいってこと?」
「体調が悪くなったからとでも言えばいい」
「なるほど。じゃあダメ元で頼んでみる」

無理だったら仕方ない。
その時は国王のおっさんに相談して登城するタイミングを先にして貰うなり警備や護衛として入るなり、パートナーを連れていなくてもおかしくない状況にして貰おう。


王都を出て魔導車に乗り換えるために馬車を降りる。

「あれ?総領?」
英雄エロー公爵閣下にご挨拶申し上げます」

降りてすぐ視界に入ったのはプリエール公爵家の総領。
アルク国の軍人と居て胸に手をあてると俺に頭を下げる。

「この先はこちらの術式をお使いください」
「術式?」
「ブークリエ国の王宮にお繋げしてあります」
「え?」

どういうことかとエミーを見る。
来た時と同じく魔導車で帰るものと思ってたのに。

「忙しいこの時期に長期滞在させることになって申し訳なく思う。ゆっくり休んで体調を整えて欲しい。とのことだ」
「ん?」
「アルク国の陛下のお言葉だ。我が国の陛下から最高指揮官の私が言伝を預かって来た。術式の使用許可もおりている」

つまりこの術式はアルク国王が国王のおっさんに話を通して用意してくれたってこと?
魔導車なら一日がかりでも術式なら一瞬で帰れるから。

「総領が術式を用意してくれたのか」
「陛下よりご下命賜りまして我々でご用意いたしました」

一緒に居る魔導師たちはダミーだろうに。
総領が賢者だと分からないように。

「そうか。みなが転移の術式を用意してくれたお蔭ですぐに帰って身体を休めることが出来る。ありがとう」
「勿体ないお言葉を」

と言うならそういうことにしておこう。
魔導師たちに感謝を伝えたあと総領に微笑すると微笑で返ってきた。

「では失礼する」
英雄エロー公爵閣下に敬礼!」

ダンテさんの号令で敬礼するアルク国の軍人の姿を見てもう一度総領と目を合わせてから術式に入った。





術式から出た先は騎士団の訓練所。
みんなとはそのまま解散して屋敷まで護衛してくれるらしいエミーと先に訓練所を出た。

「最後に居た魔導師のあの子、君の知り合いか?」
「うん。アルク国の訓練校を公務訪問した時に知り合って、別日の公務でも孤児院に案内してくれた」

訓練所を出てすぐエミーが聞いたのは総領のこと。
そこは隠す必要がないことだから正直に答える。

「魔導師と居たけど賢者だね」
「え?」
「あの術式を展開したのは彼だろう。転移の術式は転移する先が遠ければ遠いほど、描くサイズが大きければ大きいほど多くの魔力量が必要になる。何名か魔導師が居たが、あの中であれほどの立派な術式を展開できるのは賢者の彼だけだ」

あ、はい。
さすが賢者。
獣人族が特徴を隠した同族を分かるように、賢者も同じ賢者を嗅ぎ分けられるのかと疑うほどあっさりバレてる。

「俺にそれを話して良かったのか?賢者は秘匿だろ?」
「だからみんなの前では話さなかった」
「俺は知ってると思ったってこと?」
「言ってただろ。総領が用意してくれたのかって。君は彼にあの立派な術式を展開できる力があると知ってたってことだ」

鋭い。
魔導師は術式を使えるのが常識だから、総領が賢者だと知らない人からすれば聞き流す程度の話だっただろうけど。

「ほんとエミーの前では下手なこと言えないな」

改めて俺の師匠は恐ろしい。
たしかに術式を見てすぐ賢者の総領が用意してくれたんだろうと思って言ったけど、他の人はたったそれだけの発言で総領が賢者なんて思わないだろう。

「気に入ったのか。彼を」
「気に入った?」
「最後まで見てたからね。君も彼も」
「それ?後日会う約束してるからって伝えただけ」
「ん?」
「カフェで出すメニューに使いたい果物があるんだけど、その果物の果樹園を管理してるのが総領の家なんだ。後日条件を詰めた契約書類を持って屋敷に来てくれることになってる」

歩きながらそう説明する。
最後に総領を見たのは『また後日』と伝えるため。
他の人も居たあの場では個人的な話は出来なかったから。

「アルク国でも誑しこんで帰って来たのかと思ったら」
「言い方!」

人聞きの悪い。
いや、アルク国王と総領に関しては大きく間違ってはいないんだけど。

「だって君の好みそうな美形だったし」
「そこは認める」
「だろ?あと根性があって少し腹黒くて肝が据わってる子」
「研究者!俺の好みのタイプを分析するのやめてくれ!」

久々のくだらない会話。
それがブークリエ国に帰ってきたと実感する。
エミーは俺が英雄になる前も英雄になった後もずっと変わらないから気が楽だ。

「なあ」
「ん?」
「エミーには先に話しておくけど、弟子を迎えようと思う」
「は?弟子?」

右も左も分からない俺に戦い方を叩きこんだのはエミー。
だから師匠のエミーには先に話しておきたかった。

「待った。帰国後に言ったってことはエルフ族なのか?」
「そう。武闘本大会で戦った王都代表のラウロさんの弟」
「王宮魔導師団の隊長か」
「うん。訓練校に行った時に生徒と試合したんだけど、その子と戦ってる時にエミーと戦ってるような気分になって」
「私と?」

思い出し笑いする俺にエミーは首を傾げる。

「俺の師匠と戦ってるみたいだって言ったら、自分が目標にしてるのは俺だって。弟子は師匠に似るっていうか、俺ってこんなにエミーの戦い方に似てるのかって笑えた」

デスマーチで文字通り血反吐を吐きながら叩き込まれた分だけ俺にもエミーの戦い方が染み付いているんだと分かった。
エミーが師匠じゃなければ今の俺は居ない。

「まだ学生なのに闇属性も使えるし、本大会が初披露だった魔封武器も使いこなしてたし、魔法も学生とは思えない速さと威力だった。俺を目標に鍛えてるって言うだけあって武闘でも戦えるし、拳の骨が折れても一歩も引かずぶん殴ってくるくらい根性もある。後は実力差を分かってても負けたことを悔しがる負けん気の強さも良かった。俺を目標にしてるなら本当に俺が鍛えてやればもっと強くなるんじゃないかって思ったんだ」

コイツだと思った。
師匠のエミーが血の滲むような努力を繰り返して得た強さと、そのエミーから地獄のような特訓を受けて得た俺の強さを教える相手はシストだと。

「君がそこまで言うなら私は反対しない。ただ英雄が弟子をとるとなれば大きな話題になるし、それが他国に属するエルフ族となるとあらゆる方面から小煩い奴らが湧いてくるだろう。それでも君はその子を弟子にすると決めたんだね?」

立ち止まって見上げてきたエミーに頷く。

「その子シストって言うんだけど、兄のラウロさんと同じ王宮魔導師になりたいらしい。いつか俺のように剣でも魔法でも武闘でも戦える王宮魔導師になって国や国民を守りたいって」
「そうか。その子が正しく力を使ってくれるならいい」
「そこは嫌ってほど言い聞かせるつもり。俺がエミーから嫌ってほど言われ続けたみたいに」
「大事なことだからね」

そう話してお互いに笑う。

師匠から弟子へ。
弟子から弟子へ。
天地戦で死地に向かうエミーと敗北した方と同じ結末を選ぶと決めた俺が生きた証をシストに託す。


エミーはこれから国王のおっさんや師団長へ報告に行くらしく屋敷の前で別れ、俺は門番と軽く会話を交わしつつ開けて貰った門を通る。

「「シンさま!」」

声が聞こえた先を見ると勢いよく走ってくる二人の姿。

「「お帰りなさい!」」
「ただいま!」

飛びつくように抱きついたのはエドとベル。
満面の笑みで言った二人に俺も答えて頭にキスをする。

「長く屋敷を空けてごめんな」
「ご公務ですから仕方ありません」
「お元気そうで安心しました」

久しぶりのエドとベルの感触。
ピルピルする耳とブンブン左右する尻尾が尊い。
今はまだ鎮まれ俺のモフり欲。

「屋敷に帰って話そう。色々報告することもあるし」
「「報告?」」

キョトン顔で首を傾げるエドとベルが可愛い。
モフモフに飢えていた俺には今の二人が眩しい。

「お戻りなさいませ」
「ただいま」

屋敷のエントランスで丁寧に頭を下げて迎えてくれたディーノさんと使用人たちに口元が綻ぶ。

「上着をお預かりします」
「ありがとう。やっぱり家はいいな。ホッとする」

俺が過ごしやすいような環境をみんなが作ってくれてる。
暫く屋敷を空けて、そのありがたみをヒシヒシ感じる。
俺のことを分かっているみんなが居るこの屋敷は暖かい。

「そう言っていただけますと幸いにございます。主人が寛げる空間をご用意することが私ども使用人の務めですので」
「みんなが居て頑張ってくれてるから俺が帰って来る場所はここだって思える。いつもありがとう」

お礼を伝えると集まっている使用人たちも口元を綻ばせた。


「うわあああ!速攻で現実を突きつけられた!」

自室に入ってすぐ出迎えてくれたのは机の上に重ねられている書簡とスクロールの山。
頭を抱える俺にエドとベルはくすくす笑う。

「ご安心ください。一見多いですが、殆どは期限切れです」
「期限切れ?」

脱いだジャケットをエドに渡しながらベルに首を傾げる。

「英雄公爵家やシンさまと関係性のない方から届いた書簡は全て確認いたしましたが、殆どは成年舞踏会のお話しでした」
「成年舞踏会の?」

話を聞いて封が切られている書簡の一つを確認する。
貴族家から届いていたその手紙の内容を要約すると、成年舞踏会のパートナーは既に決まっているかという確認。
まだなら家の娘をとお勧めするもの。

「全部こんな感じ?家の娘をパートナーに的な」
「はい。普段シンさまのパートナーをお務めのエミーリアさまは王家主催の成年舞踏会では軍官として警護側に着くと予想がつきますから、居ないこの機会にというお考えでしょう」
「だからこんなに凄い量が届いたのか」

夜会の招待状は女性からも届くけど、夜会のパートナーになってくれないかと誘うのは男性側から。
女性から誘うのは下品という謎の理由でパートナーに誘う手紙が届いたことはなかったけど、今回はアルク国に行く前からちらほら令嬢本人ではなく父母が書いた手紙が届いていた。
その時はそういう理由だと思いもしなかったけど。

「今からお返事をしても間に合いませんので期限切れです」
「納得した。もう別の人に決まってるだろうしな」

明後日なのにまだ決まってない奴なんて俺くらいだろう。
女性の場合は特に衣装やら装飾品やら肌や髪のお手入れやら様々な準備に時間がかかるんだから。

「ご連絡してお聞きしようかとも思ったのですが、ご予定が分からなかったのでこちらからの連絡は控えました」
「俺もギリギリまで帰国する日の予定が立てられなかったくらいだし、連絡を貰っても選んでる余裕はなかったと思う」
「事情が事情でしたからね」
「うん」

返事が届く日数や準備する日数を考えると、殆どの書簡は俺がアルク国に行ってすぐの頃に届いてるだろう。
昼は公務で夜は治療と一日中予定が入っていたから、アルク国王の治療優先で英雄の公務すら全キャンセルしていたあの状況でエドから連絡を貰っていても余裕がなかった。

「パートナーはどうなさるのですか?」
「魔王に相談する」
「魔王に?」
「クルトに性別を替えて貰った誰かに同行を頼んでみる」
「「え?」」

封蝋が切られてないスクロールに魔力を通しながら話すと二人は声を合わせて疑問符を浮かべる。

「エミーに聞いたけどやっぱ警護に着くらしいし、アデライド嬢も年末年始は家族で過ごすだろうから邪魔したくない。今から予定が空いてる令嬢を探して誘うのは無理だから魔王たちに頼むしかないだろってエミーから言われた」

圧倒的な時間不足。
魔界も忙しいのに魔王たちに頼むのも申し訳ないのは同じだけど、それ以外に思いつく手段もない。

「たしかに彼らなら礼儀作法も精霊族の貴族とさほど変わりませんので貴族家の方には見えるでしょうが」

苦笑するエド。
そこはクリアできても不安が拭えないのは分かる。
不安なのは俺もだ。

「クルトさまなら他人を装って女性のフリをすることにも慣れているのですから上手く振舞ってくださるのでは?」
「まあ。すれ違っても分からないくらいだし」

クルト自身にかけるなら性別どころか別人にも変身できる。
その変身能力を使って普段から影の活動をしてるから女性のフリも完璧に演じてくれるのは間違いない。

「女性がどうより魔族を連れて行くのが問題なんだけどね」
「国王陛下から直々にお呼ばれして行っていたのに?」
「陛下から呼ばれるのとシンさまが連れて行くのは別だよ」
「魔族だって分からなければ大丈夫でしょう?シンさまのお立場が悪くなることはしない人達だもの」

呆れ顔のエドと不思議顔のベル。
ベルはエミーと同じタイプ。

「もう時間もないことだし他に方法もない。頼んでみて駄目なら警護や警備として軍人たちと登城させて貰うしかない」
「それはそれで国家行事で英雄に警護をやらせるなんてと王家がバッシングを受ける気がしますが……仕方ないですね」

その時は国王のおっさんたちに平謝りするしかない。
もしくは俺自身が望んでそうして貰ったことにするか。
どっちにしても魔王に聞くのが先だ。

術式で帰って来たから時間はまだ昼前。
さすがに起きてるだろうから今の内に聞いてしまおうと思って外した腕輪を机に置いて魔力を流す。

『どうした』
「あれ?寝起き?」
『昨晩は晩餐があって寝るのが遅かった』

映った魔王はまだベッドの上。
大事な部分はシーツで隠されているものの、全裸だろう姿で上半身を起こした魔王を見たベルはパッと目元を隠す。

「寝てたのにごめん」
『構わない。そろそろ起こしに来る時間だ』

気怠そうな魔王。
やっぱり忙しいんだろう。

『ん?二人が居るということは国に戻ったのか』
「ついさっき帰ってきたとこ」

まだアルク国に居ると思っていたようで、エドとベルの姿で気付く。

『……生娘でもあるまいし』
「生娘ですが!?」
『その歳でか』
「……シンさま、少し魔界まで行ってきます」
「うん、フラウエルが悪い。でも魔層を開こうとするな」

反応で悟ったらしい魔王にからかわれて魔神から渡されたネックレスに魔力を流そうとしたベルを宥めて止める。
ちょっとそこまでぶん殴りに行ってくるという気軽な感じで魔層を開かれても困る。

『それで?戻ったという報告ではないだろう?』
「違う。相談があって」

ベルを宥めるのはエドに任せて事情を説明する。
年末年始は国の行事の成年舞踏会や新星の儀があることは前々から話してあったから、エミーは警護に回るしアデライド嬢は家族団欒だろうからパートナーが見つからないということと、数時間だけでも良いからクルトにお願いできないかと。

『俺が行ってやろう』
「え?……フラウエルが?」
『不満なのか?』
「そうじゃないけど雌性になって貰わないといけないから」

雌性の姿になるのが嫌なんじゃないかと。
むしろクルト以外は嫌がるんじゃないかと思ってた。

『半身のためなら雌性になる程度のこと何ともない』
「……キュンとした」
『容易い奴だ』
「余計なお世話」

不覚にもキュンとしたチョロい俺に苦笑する魔王。
普段は雌性らしさの欠片もない雄性の姿なのに、俺のためなら雌性にもなるとか言われたらそりゃキュンとするだろ。

『まあ四天魔は祝儀の準備で行けないというのが真実だが』
「俺のキュンを返してくれ」

ククッと笑う魔王は悪い顔。
普段は真顔が標準装備のくせに時々思い出したかのように人をからかってくるから困る。

「冗談はさて置きフラウエルも忙しいだろうにごめんな」
『俺は暇だ』
「え?」
『祝儀の準備を魔王の俺がやるはずないだろう?明日までは視察や衣装合わせと予定が詰まっているが、最終日はやることもないから魔人街の様子でも見に行くかと思っていた』
「そうなんだ」

それもそうか。
精霊族の国王だって祝儀の準備はしない。
会場の準備をしたり迎える準備をしたり忙しいのは国仕え。

「じゃあよろしく頼む。数時間だけでも良いから」
『ああ。俺の衣装や装飾品類はこちらで用意できるから、お前は自分の衣装の用意だけ間に合わせろ』
「分かった。ありがとう」

登城する時間を教えて、それに間に合うような時間に屋敷に来てくれるようお願いして通信を終わらせた。

「セーフ!何とかなった!」
「魔王の予定が空いていて良かったですね」
「本当に。四天魔は無理みたいだから、フラウエルの予定が入ってたら国王のおっさんに何とかして貰うしかなかった」

魔族を連れて行く心配はまだ残ってるけど、とりあえず肝心の登城のタイミングだけでも居て貰えれば何とかなる。

「よし。フラウエルのお蔭でパートナーの件は片付いたことだし、封を切ってない書簡とスクロールを片付けるか」
「お飲みものをご用意いたします」
「ありがとう」

飲み物を用意するためにメイドのベルは部屋を出て、執事のエドは俺の手伝いで書簡にペーパーナイフを入れる。

「あ、そうだ。アルク国の果樹園と契約を結ぶことにした」
「果樹園ですか?」
「アルク国にしかないラクの実って果物の果樹園」
「少々お待ちください。メモをとりますので」

執事のエドは俺の仕事を把握しておく必要がある。
主人の俺の代わりに領地を管理したり関係者にアポをとったりするのも執事の役目の一つだから。

「相手はエルフ族のプリエール公爵家。総領のミランが契約を詰め次第ここまで足を運んでくれることになってる」
「ではおもてなしの準備が必要ですね」
「うん。ちなみにプリエール公爵はアルク国王の従兄」
「え?王系貴族と契約を結ぶと言うことですか?」
「そうなる。来るのは総領だけど、失礼のないよう頼む」
「承知しました」

種族は違っても国王の家系に連なる人を迎えるとなるとそれなりの準備が必要になる。
まだ日にちは決まってないけど、いつでも迎えられるよう準備をしといて欲しくて真っ先にその話をした。

「それともう一つ気になる果樹園があって、そっちには一度足を運んで確認したい」
「そちらもアルク国ですか?」
「うん。その時はエドとベルも一緒に来てくれ」
「承知しました。喜んでお供いたします」

アルク国に訪問した間に決まったこと以外にも、ああしたいこうしたいとまだ希望の段階のことも伝える。
仕事のことだけじゃなく、アルク国王からミットを譲り受けたことや継承者のことや弟子のことも。

「シンさま……たった数日で様々な報告があり過ぎでは」
「今までエルフ族とは交流する機会が少なかったからな。漸く得た機会だから今回は報告が多くても勘弁してくれ。ある程度の繋がりが出来たら落ち着くから」

一気に報告されたエドは苦笑。
なにかと運命に導かれた訪問だったとは自分でも思うけど。

「あ、それともう一つ」
「お伺いします。もう何を聞いても驚きません」
「アルク国の爵位と領地を貰う予定」
「はい!?」
「近日中にアルク国王が国王のおっさんと話して、決定したら俺にも報せが届くことになってる」

驚かないと言ってたけどやっぱり驚いた。
弟子をとること以上の大きな反応に『ですよね』という気分で苦笑する。

「英雄は全精霊族の守護者だからアルク国の爵位や領地を持っててもおかしくないってことらしい。アルク国からも俺に爵位や領地を与えることで、今はブークリエ国が優位なパワーバランスの均衡をとりたいって考えも当然あると思う」
「優位?」
「ブークリエ国には勇者も英雄も居るから」

勇者は召喚の秘術を引き継ぐブークリエ国が管轄と決まっているけど、英雄にはその決まりがない。
どの種族でも条件を満たせば英雄勲章を貰えるんだから、属する国もブークリエ国限定じゃないのは当たり前だけど。

「現状でブークリエ国にパワーバランスが偏ってるのは確か。仮に両国で大戦になったら異世界人特有の能力を持つ勇者と英雄が揃ったブークリエ国の方が有利なのは誰でも分かる。もし国王のおっさんが大戦をチラつかせて理不尽な要求をしてきたとしても、アルク国王は国や国民のために受けるしかない」
「陛下はそのような人では」
「うん。俺たちにとってはそうだな。でもアルク国側の立場で考えるとどうだ?国王のおっさんの性格がいいからって理由で不安要素を無視して国の安全を守れてるって言えるか?」

俺も国王のおっさんがそんなことをするとは思ってない。
国民のことを考えてくれてる立派な国王だ。
アルク国王も国王のおっさんを悪くは思っていない様子だったけど、だからと言って個人的な感情と国政は別。
両国の均衡を保つために懸念材料は潰しておきたいはずだ。

「今回アルク国に暫く滞在してみて色々と誤解してた部分が多いことに驚いた。自分たちを地上の神だと思ってる人なんて一部の教団の信徒だけの話だったし、自分たちの力を過信して鍛えてないんだろうって思ってたのに、未来を担う訓練校の生徒は勉強や訓練にも真剣に取り組んでて強い子たちも居た。何よりアルク国王は知れば知るほど立派な国王だった」

エルフ族にいばりくさった奴が居ることは確か。
プライドが高いのも確か。
ただそれは人族や獣人族にも同じことが言える。
たった一日アルク国に行って、武闘本大会に参加した選手を見て、全てのエルフ族がそういうものだと思い込んでいた。

「今まで交流が少なかっただけにお互いの良さを知らず誤解してる部分があると思う。だからまずは全精霊族の守護者って立場の俺が積極的にエルフ族とも親交を深めて行くつもり。今回数十日の訪問で土産話が多くなったのはそれが理由だ」

英雄の俺が動けば興味を持つ人も多い。
実際に交流してみてお互いを知るきっかけを作れたら。
その環境を作るのも英雄勲章を貰った俺の役目だと思う。

「承知しました。全てはシンさまのお心のままに。どのような道を進まれても私は最期までシンさまにお供いたします」
「ありがとう」

胸に手をあてて頭を下げたエド。
俺の優秀な右腕で家族のような大切な存在。
この先に何があってもそれは変わらない。
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