ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

真実

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その日の夜。
夕食や入浴を済ませたあと、予定に組まれている通りの治療時間になってアルク国王の寝室へ向かった。

英雄エロー公爵閣下がお越しになりました」
「通してくれ」

寝室の前に立っている近衛騎士が声をかけると中からアルク国王の返事が返り、そのあと開けてくれた扉から部屋に入る。

「では私どもは失礼いたします」
「ご苦労だった」

ベッドの傍には宰相や随行医が居て、ちょうど診察が終わったところだったらしく治療に来た俺に軽く頭を下げると部屋を出て行った。

「診察の結果は如何でしたか?」

ベッドの上に座って開けたローブを直しているアルク国王の肩にストールをかける。

「問診と魔法検査を行って異常なしとのことだ」
「疲労とも出ていなかったですか?」
「治療前よりも健康状態がいいとお墨付きを貰った」
「それは何よりです」

ずっとアルク国王の診察を行ってる随行医が一番以前と今の健康状態の違いに気付けるだろう。
その随行医が治療前よりも健康状態がいいと言ったなら、毎日の治療はしっかり実を結んでいるということ。

「治療の前に座って話そう」
「分かりました」

ベッドから降りたアルク国王がアンティーク調のハイバックソファを指さし、それを見て指示されるがままに座る。

「少し付き合ってくれるか?」
「大丈夫なんですか?呑んでも」
「一杯ならと許可が出た」
「じゃあ一杯だけ。氷と水は私が魔法で用意します」
「頼む」

キャビネットから出した酒瓶を俺に見せたアルク国王。
一杯だけの約束で俺もキャビネットに行き、酒瓶と一緒に用意されていたアイスペールや水を入れるポットを空のままテーブルまで運んで魔法を使い氷や水を入れた。

隣同士でソファに座ってまずは乾杯。
アルク国王が先に呑んだことを確認してから俺も口に運んだそれはスモーキーな香りのするウイスキー。

「酒を呑むのも久しぶりだ」
「療養中ですからね」
英雄エローの訪問前から体調を崩していて止められていたが、許可がおりるくらいには回復したのだと実感する」

この世界の人は食事の際に酒(主にワイン)を呑む。
酒と料理がセットかのように当たり前に食卓にあがるからなおさら、久々の酒の味で回復したことを実感するんだろう。

「完治した訳ではないので油断は禁物ですが、顔色も明らかに良くなりましたし、息切れすることも少なくなりましたね」
「ああ。心身が健康で動くことのできる生活が如何に幸福なことなのか、今回のことで改めて考えさせられた」
「分かります。私も自分の足で立って歩けることや生きていることに感動した経験がありますから」

デュラン領で療養した時のことを思い出して口元が綻ぶ。
生きていることは決して当然のことではないのだと、命について深く考えさせられた。

「貴殿も死ぬのか?」
「え?」
「神でも死ぬのか?」

軽い感じで聞かれてふっと笑い声が洩れる。

「死にますよ?この世界に生きる生命と同じように」

世の理を歪めるほど命は削られる。
人の生死を歪めるのは俺の生命力を削る行為だと創造神の一人の魔神が言ってたんだから、俺もいつか死ぬということ。

「自分はヒトだともう言わないのか?」
「私は異世界人です」

この世界(星)の精霊族でも魔族でもない異世界人。
別の世界(天界)の種族。

「たしかに嘘は言っていないな」

そう言ってアルク国王はククッと笑った。

「ブークリエ国王は知っているのか?貴殿の正体を」
「勇者たちと召喚された勇者じゃない異世界人だとは当然知っています。その場に居て見ていたのですから」
「本当に勇者召喚の儀式を使ってこの星に来たのか」
「え?嘘だと思ってたんですか?」
「いや。勇者召喚はブークリエ国だけに伝わる秘術だけに詳細は分からないが、何かしらの手違いがあって共に召喚されてしまったんだろうと思っていた。ただ貴殿が神だとするなら、正体を隠すため儀式で召喚されたことにしたのかと思ってな」

最初は国王のおっさんが公表したことを信じて疑ってなかったけど、俺を神だと思うようになってから実はそういうことにしただけなんじゃないかと疑うようになったってことか。

「私の所為でブークリエ国王の発言を疑われるのは不本意ですのでそこはハッキリ否定します。私も勇者たちも同じ地球という星から勇者召喚を使ってこの星に召喚されました」

国王のおっさんが公表した内容は嘘じゃない。
勇者しか召喚されないはずの儀式で俺も召喚された。

「同じ星から?勇者たちも神ということか?」
「彼らは人族です。私も自分を人族だと思っていました」
「ん?」
「勇者と同じ地球という星でヒトとして生きてたんです」

神族の俺がなぜ地球に居たのかは分からない。
堕天したことで記憶を失ったことは魔神から聞いたけど、堕天した理由も、なぜ地球に居たのかもまだ思い出せてない。

「真実を聞くということでよろしいですか?」

俺のことを知るなら覚悟をして貰わないと。
誰にも言わず墓場まで持って行く覚悟を。

「聞こう。そして口外しないことも誓おう。もし私がこの誓いを破った時には貴殿の手で私を殺せ。神の裁きをくだせ」

俺の目を見て言ったアルク国王は手の甲にキスをする。
その迷いのない目を信じよう。

「既に陛下はお察しの通り、私の種族は神族です」
「そうか」

知ってたとばかりに軽く返される。
アルク国王はもう確信していたということ。

「ただ、この星に来た時はまだ人族だったんです」
「召喚されてから神族になったということか?」
「本当は神族なのにステータスには人族と書かれていたというのが正しいかと。この星に召喚されるまでの21年間、自分が神族だと知らずヒトとして地球で暮らしていたんです」

自分が神族だった時の記憶は一切ない。
俺にある記憶は地球でヒトとして生きてきたことだけ。

「一部隠させて貰いますが私のステータスをお見せします」

魔法属性と恩恵と特殊恩恵の欄は隠して画面パネルを開く。

「本当に見てもよいのか?」
「はい。拡大しますね」

罪人以外はステータス画面パネルを明かす必要がないから聞いたんだろうアルク国王は、拡大させた俺のステータス画面パネルを見て驚いたまま絶句する。

「……この数値は」
「召喚された時からずっとこの数値のままです」

俺のパラメータはオールセブン。
数値がおかしいことは一目で分かるだろう。

「地球には魔法もステータス画面パネルもなかったので召喚されて初めて見たんですが、最初に確認した時からこの取って付けたような数値が並んだまま。覚醒して能力が解放されたことで本当の種族が明かされたように、このデタラメなパラメータもいつか真実が分かるようになるのかも知れませんが」

オールセブンは偽り。
本当の数値を隠すためだけの数値。

「陛下に画面パネルをお見せしたのはパラメータを見て欲しかった訳ではなく、私自身には神族だと自覚がないからです。能力をみればたしかに神そのものだと思うんですが、自分の種族を疑うことなく地球でヒトとして生きてきた記憶しか無いので。だから私が神族だと証明する手段として画面パネルをお見せしました」

ステータス画面パネルが当たり前に存在するこの世界の人が見れば瀕死状態の有り得ない数値にまず目が行くだろう。
ただ見て欲しかったのはそこではなくて種族。

「改めて否定しますが、ブークリエ国王が公表したことに虚偽はありません。陛下にとって私は、勇者じゃないのに勇者召喚に巻き込まれてしまった異世界人。知っているのは私のパラメータが全て7だということと、今まで誰一人として聞いたことのない特殊能力ユニークスキルを持った異世界人だということだけです」

国王のおっさんはありのままに公表しただけ。
勇者も俺も勇者召喚の儀式でこの星に来たことは事実。

「神族だということは知らないと言うことか」
「私がお話ししたのは陛下だけです」

俺の口から真実を明かしたのはアルク国王だけ。
唯一魔王は俺の正体を『神に準ずる者』と知っているけど、本当は創造神の孫にあたる『神魔族』ではなく創造神から創られた『神族』だったことはまだ話していない。

「……なぜ私には話した」
「私が神だと確信している人だからです」

酒で喉を潤すアルク国王にそう答える。

「多くの人は私を神のような能力を持っている異世界人とは思っていても、私自身が神だとは思いません。稀に神の化身と言う人もいるようですが、信仰心と同じくそうであればいいという願望であって、神だと確信している訳ではありません」

確信しているのはアルク国王だけ。
まだエルフ族が神族に近かった時代に誕生した初代エルフの生まれ変わりだから本能的に俺を神だと確信している。
神族の俺と近しい関係の人だから正直に話した。

「私はこの星で生きていきたい。地球に居た時から今に至るまでと変わらずヒトとして。自覚もないのに神だからと崇められても困りますし、祈られても願いを叶えてあげられるような壮大な力もありません。だから人々からは神のような特殊な能力を持った異世界人と思われている方が都合がいいんです」

俺が神だと知ったら期待してしまう人も居るだろう。
神なら何とかしてくれる、救ってくれると。
でも俺には創造も破壊も再生もできる創造神両親のような力はないから出来ることには限りがある。
期待に応えられず神なのにと恨まれるのも御免だ。

「もっとも、私は神ですなんて言っても大抵の人からは何を言ってるんだコイツはって思われるだけでしょうけど」

異世界人は特別な力を持っている。
だから異世界人の俺も神のような力を持っている。
そう思っている人からすれば、仮に俺が神族だと真実を話したとしても「は?大丈夫?」という感想でしかないだろう。

「エルフ族には自分を地上の神と信じる者が居るがな」

ふっと笑って言ったアルク国王。
触れないようにしてたけど、国王の方から言われるとは。

「そうらしいですね。陛下は思っていないのですか?」
「それを信じて悪事を働くのでないなら民が信仰しているものを否定したくはないが、貴殿と二人きりの今は正直に答えてもいいだろう。私はただの一度も思ったことがない」

キッパリ。
いや、料理店のメニュー名で『地上の神』をゴリ押ししてくる割には意外と言う人が居ないとは思ってたけど、エルフ族の頂点に居る国王がそもそも思ってなかったとは。

「ん?信仰ということは、そういう教団があるのですか?」
「ああ。貴殿も知る国教のアルク大教会は生命が神を騙るのは主神への愚弄だという否定派だが、アルク大教会が国教になる以前はエルフ族を地上に降りた神だと信じる教派の方が主流だった。今でも教団自体は残っているが殆どは年配の信徒で、私より少し上の代から下の者で信じている者は少ない」

そういうことか。
だから思っていたほど『地上の神』という言葉を聞かないんだと納得した。

「貴殿が大教会に属する一部の神職者の悪事を暴いてくれて再生に乗り出せたお蔭で助かった。今後もアルク大教会には国教として存在して貰わなければ困るのでな」
「困る?」

たしかに信仰先がなくなるのは人々の救いが失われるということではあるけど。 

「エルフ族を地上の神と信じる教団は過激派に分類される。明らかな罪を犯した教団は国の権限で潰したことで今は大人しくなっているが、以前の信徒は自分を高貴な存在と疑わず他種族を見下し差別したり迫害したりと酷いものだった」
「だから地上の神否定派のアルク大教会に再生して貰うことが国や民のためになるんですね」

危なっ!
そんなことは知らなかったから、アマデオ枢機卿が大教会の再生を選ばなかったらぶっ潰してしまうところだった。

「完全に居なくなった訳ではないのが少し不安ですね」
「ああ。祖父や祖母が教団の根強い信徒の家庭では未だに子供や孫の代の者まで他種族を見下す傾向にある。恐ろしいのが教職者の中にも信徒や信徒の家族が居て、教団の信仰を広げるため他種族を侮辱する講義を行っていたということもあった」

心当たりがある。
初めてアルク国に来て雑魚虫と揉めた(喧嘩を売られた)時、冒険者の中に『人族は弱いと学校で習った』と言っていた人が居たし、それに同意して人族の俺を見下している人も居た。
あの冒険者たちはその頃に学生だった人なんだろう。

「プリエール公爵家の長子ミランが入学後それを明らかにしてくれたことで偏った思想を持つ学長や講師陣を辞任させることが出来たが、若く多感な時期に植え付けられた思想というのは中々抜けないものだ。今に落ち着くまで時間がかかった」

もしかしたらそれまでも学長や講師陣の偏った思想に否定的な生徒は居たかもしれないけど、学校という限られた場所での事が国王の耳にも届いたのは従甥の総領だったからだろう。
もし総領が動かなかったら今でも他種族を見下して差別をしたり迫害するような子供が増えていたと思うとゾッとする。

「信仰するもしないも自由。何を信仰するも民の自由だ。それが心の支えになるなら咎める必要もない。だがその信仰が悪事に繋がるものであれば国王として認めることは出来ない。自国の民すらも重税で苦しめ他種族を見下し迫害した愚かな国王と王妃の居た時代をまた繰り返すようなことはさせない」

うん。
そうであって欲しいと思う。
いま俺の隣に居る今代のアルク国王なら二度と繰り返さないだろうけど。

「私は私に出来る形でアルク国と友好関係を深めてエルフ族の良さを広めていきたいと思います。今の人族や獣人族はまだエルフ族から見下されていると思っている人が多いですから」

武闘本大会の時もエルフ族は散々な態度だった。
それを咎める立場のアルク国王も病の影響で暴君になっていたから、未だにエルフ族に悪い印象を持つ人が多い。
ただ落ち着いた今は立派な国王だと思うし、国民だって今までのことを反省して心を入れ替えた人たちが居る。

他種族を見下す人はまだ居てもみんながそうじゃない。
どの種族にも良い人も居れば悪い人も居る。
種族で一緒くたにするのが一番危険な思想だ。

がらりと印象を変えるのは難しい。
だからまずは互いの良さを知るところから。
そのためにも俺が率先して友好関係を深めたい。
全ての精霊族の英雄という立場に居る俺が。

「では手始めに貴殿が私の寵妃にならないか?」

グラスを置いた国王は悪い顔でニヤリとするとソファに俺を押し倒す。

「私は男ですから寵妃にはなれません」
「同性とは成婚できないと法で決まっているが、寵妃が同性であってはならない法などない。それに貴殿は女性にもなれるのだから女性の姿の貴殿を寵妃に迎えればいいだけだ」
「姿を変えたところで中身は男です」

国王ともあろう者がそんな法の穴を狙うような真似を。
まあ冗談だと分かってるけど。
苦笑しながらも雌性の姿に変身する。

「幾度見ても逞しい男性の姿から柔らかな女性の姿に変わる瞬間に妙な背徳感を覚える」

そう話しながら緩んだ俺の服の中に手を入れるアルク国王。
に惹かれる気持ちは俺にも分かる。
本当は男性なのに抱いているのは女性。
本来なら有り得ないその状況に背徳感を覚えるんだろう。

「眺めていても治療にはなりませんよ」
「なる。目の保養という治療にな」

半端に脱がせたまま俺をジッと見ていたアルク国王は悪い顔で笑うと身体に指先を滑らせる。

「私の行為に戸惑っていた頃の陛下はどこへやら」
「あらゆる手段を覚えさせたのは貴殿だろう?子をなすために必要な行動しか教わらなかった私に。王家ならば閨の最中でも欲に流されることなく毅然としていろと叩き込まれた私に」
「つまらない性行為ですね。余計なことは忘れて欲望のまま流されて没頭するからいいのに」

そんな機械的な性行為なんてつまらない。
俺にとって性行為は気持ちいいかどうかが全て。
跡取りを作るためだけの性行為なんて御免だ。

「私との行為は子作りではありませんから我慢する必要も取り繕う必要もありません。本能に従ってただただ気持ちよくなってください。結果としてそれが治療になるのですから」

首の後ろに手を回すと誘われるように近付き唇が重なる。
行為中は難しいことなど忘れてお互いに楽しむのが一番。





「目が覚めたか」
「……申し訳ありません。また眠っていたようで」
「構わない。私も先ほど起きたところだ」

瞼をあげるとすぐに目が合ったアルク国王は微笑しながら俺の髪の先を口元まで運ぶと口付ける。

「体調はいかがですか?」
「体調?なんともないが」
「昨晩の疲れはとれてますか?」
「問題ない」

質問しつつも魔法検査をかける。

「体力も順調に回復してるようですね」
「それもあるが、自然治癒の速度が上がったようだ」
「え?あ、覚醒したから」
「ああ。全ての数値が上がった」

そういえば覚醒したんだった。
昨晩も疲れきって眠ってしまうほど行為に耽ったはずなのに、いつものような寝起きの気怠さがなさそう。

「睡眠時間は普段と変わらないというのに今日は目覚めから頭がスッキリしている。若い頃に一度覚醒した時にも全体の数値は上がったが、ここまでの大きな変化は感じなかった」

既に覚醒したことがあったのか。
国王の情報をサラッと暴露しないで欲しいけど。

「今日も公務の予定はなかったな」
「私ですか?治療以外の予定はもう何も」
「じゃあ昨日の続きをしよう」
「昨日の続き?」
「鍛錬だ。結局できないままだっただろう?」

たしかにそれどころじゃなくなったけど。

「陛下はご公務があるのでは」
「療養中で公務を制限しているのだから時間は作れる。それに新しく賜った自分の能力を知ることも重要だろう?私は弓の国の王として戦い民を守ると神に誓ったのだから」

口元を綻ばせて俺の額に口付けるアルク国王。
それを言われると断れない。

「陛下も精霊族の誰一人として聞いたことのない唯一の特殊恩恵を持つ人になってしまいましたね。私と同じく」

開祖という特殊恩恵。
奥深くに眠っていた能力と言って妖精王が直々に解放した特殊恩恵を他の人も持っているとは思えない。
恐らく初代エルフの能力だろう。

「光栄なことだが、なぜ私だったのだろうな」
「陛下が特別な存在だからです」
「ん?」

魔法検査の結果に異常がないことを確認して拡大する。

「異常ありませんでした」
「あ、ああ。それより特別な存在とはどういう意味だ?」
「聞きたいですか?」
「自分のことなのだから知りたいに決まっている」

まあそうか。
俺だって自分のことを知れるなら知りたい。
残念ながら自力で思い出さないといけないけど。

「防音を」
「分かった」

ベッドの隣のテーブルに手を伸ばしたアルク国王はハンドベルを鳴らして防音をかける。

「陛下は主神が創造したエルフ族の始祖となる者から誕生した初代エルフの生まれ変わりです」

精霊神から聞いたままに真実を話すとアルク国王は驚いた表情に変わる。

「人族や獣人族もそうですが、それぞれの始祖となる者から誕生した子が子を産んで、またその子が子を産んでと繰り返したことで今の精霊族からは神の力が失われました。ただ陛下はまだ神と近い存在だった頃の初代エルフの生まれ変わり。だから陛下だけは本能で私が神だということに気付いたんです」

初代の頃はまだ神が近い存在だった。
知らない人には分からなくても、生まれ変わる前の初代エルフだった頃のアルク国王は神を知っている。
だから俺が神だと分かった。

「私が初代エルフの生まれ変わり」

身体を起こしたアルク国王はポツリと呟く。

「自覚がありませんか?」
「ない」
「私もそうです。神族だという記憶も自覚もない」

アルク国王も俺も同じ。
記憶も自覚もないけどそれが真実。

「陛下が私に惹かれてしまうと話していましたが、それも陛下が初代エルフの生まれ変わりだから。私のことを主神が創造した神族だと本能で察しているから否が応でも惹かれてしまう。私と陛下は出会うべくして出会った縁の者ですので」

形は様々でも縁の者は惹かれ合う。
それがどんな意味を持つのかは分からないけど、運命に導かれて出会った。

「……自覚はない。だが話を聞いて腑に落ちた」

溜息のような長い呼吸をはいたアルク国王はベッドに横になったままの俺を見る。

「貴殿を見て今まで感じたことのない感情が芽生えたのは、私がおかしくなったのではなく必然のことだったのだな」
「そういうことです」

おかしくなんてなっていない。
縁の者が目の前に現れたから惹かれただけ。
出逢えば必ず惹かれ合うと精霊神や魔神が言っていた。

「ならばもう悩む必要もない。どんなに考えたところで私が貴殿に惹かれてしまうのは必然なのだから。幾度この肉体を求めても足りないと感じてしまうのもまた必然のこと」

そっちはほどほどにしてくれると助かる。
縁が長いほど執着心や性欲も強くなるとは聞いてたけど、魔王ほどじゃないにしてもアルク国王(初代エルフ)が神の力を持っていた頃からの縁と考えると中々の長さなのが怖い。

最初は愛おしさの伝わる様子で顔にキスを繰り返していただけだったのが、真実を知って吹っ切れたのか朝から激しい。
アルク国王の理性、仕事して。

そう思ったものの、治療期間が残り少ないことを考えたら悪いことじゃないかと頭を切り替えてコトに没頭した。


「今日も陛下が声をかけるまで誰も来ないのですね」
「療養中はそうしている」
「見られてしまう心配をしなくていいのは助かりますけど」

朝から一戦交えて風呂に入りアルク国王の背中を洗う。
忙しい国王の普段のスケジュールなら疾うに起こされてるだろう時間でも誰も部屋には来ない。

「貴殿を起こさないようにという宰相の配慮だ。毎晩私の治療を行い魔力を消費して、簡易ベッドで眠ってもまた起き様子を確認してとする貴殿を起こしてしまうのが忍びないようだ」
「……罪悪感が凄い」

本当は性行為を利用しての治療。
治療をして仮眠をとってまた様子を伺ってと甲斐甲斐しく治療していると思わせてしまっている罪悪感で胸が痛い。

「むしろ貴殿の場合は肉体を使った今の治療法の方が大変なのではないか?魔力は無尽蔵かと思うほど多いのだから」
「疲労で言えばそうですね」

ククっと笑うアルク国王。
魔力量が多い俺にとっては魔力譲渡で治療した方が楽なのはたしかだけど、誰の所為で苦労してると思っているのか。
俺の魔力が無尽蔵ならアルク国王は性欲が無尽蔵だ。

「29日の朝に国を発つのだったな」
「はい。1日は余裕を持って戻らないと31日の成年舞踏会や新星の儀の用意ができないので」

来た時と同じく魔導車で帰るから時間がかかる。
明日の夜も治療はするから帰りの車内で寝るつもりだ。

「帰国してしまえば暫く会うことはないと思うと引き留めてしまいそうな自分を浅ましく思う。私の病の治療ができる唯一の人物の貴殿が居る間は安心して生活できていたのだがな。すぐに会える距離ではないことに不安と寂しさを覚える」

その不安は分かる。
一度病で命が尽きかけたからこそ、まだ治療が終わっていない状態で唯一治療できる人が居なくなる不安。
例え悪化して俺を呼んだとしても、魔導車を使って一日がかりになるほどブークリエ国とアルク国は遠い。

「……すぐに来れる手段があるにはあるんですが」
「術式か?」
「いえ。私の恩恵で」

魔祖渡りを使えば一瞬で来れる。
アルク国よりも遥かに遠い魔界とだって一瞬で行き来できる便利な魔法だから。

「私は術式を使わなくても長距離の転移ができます」
「そのような恩恵があるのか。つくづく神の所業だな」

いや、本当は魔王の能力だけど。
それはさすがに話せないから恩恵ということにしただけで。

「私の正体を知っている陛下には知られても問題ないですが、他の人に知られると色々と面倒なことになりそうで」
「貴殿が神の力を使うことは知っているのだから問題はないように思うが……いや、やはり問題か。やろうと思えば不法入国もできてしまうのだから禁止するよう騒がれそうだ」

それ。
何か問題が起きた時に俺が犯人かもと疑われても困る。
それこそ誰にも気付かれずに来てアルク国王を暗殺することも出来てしまうんだから。
もちろんしないけど。

「王都の傍に転移して門を潜って入れば能力のことは誰にも知られずに済みますが、魔導車にも乗らず短時間でどうやってここまで来たと思われてしまうので」

治療の時は公務として来ることになる。
国と国で話し合って日程を決めるんだから、アルク国の関係者だけじゃなくブークリエ国の関係者にも疑問を持たれる。
国王のおっさんやエミーやエドやベルなどといった身近な人たちは既に知っているんだけど。

「飛んで来たということにすればいいのではないか?」
「え?」
「貴殿が空を飛べることは子供でも知っている。武闘本大会の際に多くの者が空を飛んでいる姿を見たのだから」

え、天才なの?
気付かなかった俺が馬鹿なだけ?

「国王の権限で極秘に貴殿と私だけが通れる術式をどこかに繋げようかと思ったが、魔力消費が多く賢者しか使えないために招集をかけなければならない。ただ貴殿が術式なしで長距離転移ができるのならば極秘にことを進める必要もない」

なにそれ。
使える人を制限できる術式なんてあるの?
初耳なんだけど。

「……国王が極秘で術式を繋げようとしてたとか」

シレッと言われて聞き流しそうになったけど。
独り言を呟いた俺の方を振り返ったアルク国王はまた悪い顔の笑みを浮かべている。

「貴殿にアルク国の爵位と王都の屋敷を下賜して、そことブークリエ国の王都屋敷を繋げてしまおうかと考えていた。どちらも貴殿の土地や屋敷なのだから問題ない」

また法の穴を突くような手段を。
本大会の時にディーノさんが言っていた『キレ者の国王』というあの評価は正しい。

「私が貴殿に惹かれることが必然ならば覚悟して欲しい。保護法に反して自由を奪うことになる寵妃の話は諦めるが、今までのようにブークリエ国だけに独占させはしない。貴殿は全ての精霊族の英雄なのだからエルフ族の私にも権利はある」

そう言って軽く口付けられる。
寒気がするのは浴室の寒さの所為じゃないだろう。
しっかり法律を知っていて穴も知っているアルク国王は王位を持たせたら駄目な人。

「ブークリエ国王は貴殿を我が子のように可愛がっているようだが私は違う。美しい神に心を奪われた哀れな男だ。治療が続く間はもちろん治療が終わっても、この関係を続けられるよう努力をしよう。長らくこの時を待っていたかのように簡単に私の心を奪った神を失いたくはない」

ああ、これが縁の者の執着心か。
出会ってしまったから執着心が芽生えた。

「何をするつもりですか?」
「何もしないが?ただ顔が見たい。ただ会いたい。ただこの肉体が欲しい。それが叶う環境を用意するというだけで、私だけのものにしようなどとは思っていないから安心していい」

それならいい。
……いや、いいのか?

「貴殿はエルフ族と交流を深めるつもりなのだろう?エルフ族とのことはブークリエ国王ではなく私を頼れ。法に反する悪事には加担できないが、そうでなければ手を貸そう。その変わり時にこうして会う機会が欲しい。私の望みはそれだけだ」

法に反する悪事には加担できない。
その一言がアルク国王らしくて笑う。
執着心が強くても何でも手を貸す訳じゃなく、国や民にとって大切なそこはしっかりと国王のまま。

「分かりました。都合が合う時でもよければ」
「十分だ」
「奪うのは会う時間だけとは小さな望みですね」
「私の年を考えてくれ。恋や愛に溺れて身を滅ぼすことも厭わない血気盛んな若者ではない。もっとも若者の頃にもそのような考えを持ったことはなかったがな」
「骨の髄まで国王ですからね」

国王になるために生まれてきたような人。
国のため、民のため。
それを考えて生きている人。

「またするのですか?」
「あと幾日もないのだから今日は治療に費やそう」
「本当に治療が目的ですか?」
「半分は私欲だ」

だろうな。
でもまあ国を発つ前に集中治療できるのは悪くない。
俺としても毎日続けて漸く軟化時間が長くなった魔力神経が次に来た時に治療前の状態に戻っていたら泣けるから。

「じゃあ宰相の許可が貰えたら治療の日にしましょう」
「貰えないはずもない。治療途中のまま貴殿が国に戻った後に悪化するのではないかと心配しているくらいだからな。もう日がないから一日かけて治療に専念すると話せばむしろ喜ぶ」
「そうでしたか」

みんな思うことは同じか。
今日は治療に専念して、次回は念のため早目に来よう。
それを繰り返して治療を続ければアルク国王の病は治せる。

まだアルク国王には王として君臨していて貰いたい。
国のため、民のために。
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