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第十二章 邂逅
騎士団訓練所
しおりを挟む『では29日に』
「うん」
孤児院へ行った翌々日。
アルク国に来てから8日目。
定期的に連絡をとっている国王のおっさんに報告を終えたあと魔封石に流していた魔力を止めて一息つく。
「今日を入れて後3日か」
今日は26日。
29日の早朝にはこちらを出てブークリエ国に戻るから、アルク国王の治療をするのは今夜と明日と明後日の3回。
「不安しかねえな」
3回の治療で魔力神経がどれだけ柔らかくなってくれるか。
今回の治療だけでは完治しないことは最初から分かっていたけど、思っていた以上に軟化時間が継続してくれない。
命の危険に晒されるほど悪化していた魔力神経が10日程度の治療で治るはずもないとはいえ、せめて半月に一度の治療で済むくらいには治って欲しかったんだけど。
また完全に硬化してしまったら治療も初めからになる。
そうならないようもう少し治療を続けたかったけど、年末年始はさすがに俺も英雄としてブークリエ国の行事に参加したり魔王の半身として魔界の行事に参加したりと外せない予定があるから、このままアルク国に滞在している訳にもいかない。
ギリギリまでは滞在期間を伸ばしたものの、あと3回の治療で劇的な変化は望めないだろう。
戻った翌日の30日は代理で頼んである自分の領地の報告を確認したり年末年始の祝典の準備を詰めたりで忙しくなることは目に見えているから、国に帰ったらそのまま提出できるよう先に報告書を書いてしまおうと机にスクロールを広げて書いていると静かな部屋にノックの音が響く。
「閣下。昼食をお持ちいたしました」
「もうそんな時間か。運んでくれ」
「はっ」
扉の外から聞こえたのは護衛の声。
いつの間にか昼食時間になっていたらしく、中に運んでくれるよう伝えつつもペンを置く。
「失礼します。お食事の支度をいたします」
「頼む」
食事を運んで来たのはボーイが1人とメイドが2人。
机でスクロールを丸めている俺を尻目に3人は分担して食事用のテーブルにリフレッシュをかけたりクロスを敷いたりナイフやフォークを置いたりとテキパキ支度をする。
今日も王城の使用人は優秀。
「ごゆっくりお召し上がりください」
「ありがとう」
支度を始めて10分足らず。
食事を用意した3人は丁寧に挨拶をして頭を下げると颯爽と部屋を出て行った。
「今日も豪華。まだ昼なのに」
肉・魚・野菜と揃った昼食を眺めながら席につく。
最終日まで夜の治療以外の公務はもうないから(報告書の作成はするけど)、一人でのんびりと豪華な食事を楽しんだ。
・
・
・
「訓練辞め!英雄公爵閣下へ敬礼!」
昼食後も報告書を書いて一旦休憩。
師団長から許可を貰って気晴らしに騎士団の訓練場まで足を運ぶと俺に気付いたダンテさんが号令を出して、訓練中だった騎士たちは手を止めて敬礼する。
「如何なさいましたか?」
「私も訓練に参加させてくれないか?」
「訓練に?」
「身体を動かしたくなった。騎士たちの訓練の邪魔にならないよう端でもいいから参加させて欲しい」
英雄の公務としてアルク国に訪問しているから報告書は必須とはいえ、ずっと机に向かって頭を使っていると気が滅入る。
昨日も前日に総領と行った孤児院の報告書類に目を通したり他の孤児院に寄付をするための書類を書いたりと一日中机に齧り付いてる状況だったし、基本的に勉強嫌いな俺が毎日大人しく机に齧り付いていられる訳もない。
「英雄も訓練に参加するとあれば騎士たちの士気も上がりますので、こちらとしても願ってもないことです」
「ありがとう。よろしく頼む」
今訓練をしているのは新人騎士と新人魔導師。
ダンテさん以外の上の騎士たちは何かしらの仕事中。
「先日お倒れになったばかりですからほどほどに」
「疾うに回復しているがな」
「まだ2日前の話です。ひと月はお目覚めにならなくてもおかしくない状態だったのですからご自愛ください」
「気を付けよう。気遣い感謝する」
一緒に来た師団員からチクリと忠告されて笑う。
白苺と魔王の魔力譲渡がなければまだ目覚めてなかったことが事実だし、許可をくれた師団長も含め同行した師団員も心配してくれてることは伝わるからほどほどにしておこう。
新人騎士たちが行っていたのは二人一組の実践訓練。
俺は身体慣らしにランニングから始める。
「天気がいい」
新人騎士たちの邪魔にならないよう訓練所内の端をぐるりと走りながら空を見上げる。
やっぱり身体を動かしている方が気が楽だしスッキリする。
天気がいいからなおさら気持ちいい。
今となっては個人的に鍛えているだけでエミーと訓練することはなくなったけど、鍛えて貰っていた頃は体力をつけるために必ず長距離のランニングをしたあと数十本の全力ダッシュを数セットやらされていたことを思い出して少し懐かしくなる。
苦い思い出でしかないけど。
「あ。エミーと言えば晦日の予定を聞かないと」
この世界では日本でいう大晦日の31日が成人式。
成人式と言っても日本のように各地でその年に成人した人が参加するような式典をやる訳ではなく、貴族家の子息や令嬢が家族と一緒に登城して王家主催の成年舞踏会に参加する。
俺も英雄の公務としてその舞踏会に顔を出す予定(強制)だから同行してくれるパートナーが必要。
普段止むを得ず舞踏会に行く時はエミーやアデライド嬢に頼んでパートナーになって貰ってるけど(基本的には断ってる)、今回は王家主催の成年舞踏会だから軍人のエミーは護衛や警備に着く可能性が高いし、アデライド嬢も年末年始は家族で過ごすだろうから邪魔をしたくないし、2人が無理なら無理で他に誰か同行できる人が居ないか聞いてみないと。
舞踏会は時間のかかる支度も含めて面倒くさい。
着て行く衣装に関しては、ズボラで面倒くさがりの俺の代わりに優秀なエドやディーノさんが衣装屋に依頼して準備をしてくれるから助かってるけど。
「お疲れさまです」
「ありがとう」
ほどほどと言われたから10周で止めてダンテさんのところに戻ると走って来た師団員から飲み物を渡される。
「タオルは……必要なさそうですね」
「慣らし程度しか走ってないからな」
「10周しても息切れ一つしていないとは」
「ここに俺の師匠が居ればあと40周は走らされてるし、そのまま全力ダッシュを100本はやらされてる」
「過酷」
そんな師団員と俺の会話でダンテさんは笑う。
今は王宮騎士団の団長になっているダンテさんも新人の頃には同じような経験をしているだろう。
精神的にも肉体的にも自分を極限まで追い込むような過酷な訓練を経験してきたからこそ騎士たちは強い。
「組むのは私でもいいですか?新人には荷が重いので」
「団長と組めるならむしろ喜んで」
武闘本大会で当たったものの俺はラウロさんと雑魚虫3人が相手だったから、ダンテさんとは直接戦ったことがない。
訓練だろうと団長クラスの騎士と剣(大怪我をしないよう模擬刀だけど)を交えられるならありがたい話。
「お手柔らかに願います」
「よろしく頼む」
周りを巻き込むような戦い方をしては邪魔になるから軽く。
二人一組で散らばらり実践訓練をしている新人騎士たちの中に加わってダンテさんと互いに頭を下げた。
訓練所にテンポよく響く剣の音は小気味よい。
ただ、小気味よい音に反してダンテさんの剣は重い。
あくまで肩慣らし程度にしか剣を交えていなくとも、その重さと剣さばきだけでも充分に実力者だと分かる。
以前の俺に言いたい。
エルフ族はみんな自分が強いと勘違いしている井の中の蛙だと決めつけていた勘違い野郎は俺の方で、国や国民を守ることが役目の軍人はしっかり鍛えていて才能もある実力者だと。
武闘本大会に出ていた人の殆どは、普段から戦うことを生業にしている訳ではない腕に自信があるだけの素人。
魔導具も含め、技術が発展していて軍事力も強化された平和な国で生きているエルフ全体が以前より弱くなったことは事実だとしても、その国民たちを守ることが本職の軍人は強い。
学生の中にも地に足をつけて頑張っている生徒はもちろん強い心と確かな実力を持つ才能ある生徒もいたし、種族で差別はしないと言いつつ『エルフ族だから』と一緒くたにして考えていた馬鹿は俺の方だ。
「ご子息の武闘本大会後の様子はどうですか?」
剣を交える手は止めず雑魚虫のリーダーの様子を聞く。
俺とフラウエルを囮にすることをコソコソ話していたあの雑魚虫が、騎士の職務をまっとうするダンテさんの息子だということがいまだに不思議でならないけど。
「戦う前から強いと分かっていた閣下どころか他の選手との試合でも無様に敗北して己の実力を思い知ったようで、あれ以来怠けることもなく日々鍛錬に励んでおります。反対に妻は渋い顔をするようになりましたが、私としては漸く心を入れ替えてスタートに立ってくれたかと安堵しております」
そう話してダンテさんは苦笑する。
「渋い顔?」
「息子には危険なことをして欲しくないようで」
「ああ。怪我をしないか心配してるんですね」
「はい。私がいつ命を落としてもおかしくない軍人ですので、なおさら息子には過保護になっているのかも知れません」
確かにそうか。
亭主が戦地に出ればいつ逝くかも分からない軍人だからこそ、息子にはそうなって欲しくない思いが強いのかも。
「口だけ達者で何をやらせても中途半端で辞めてしまう息子に育ったのは親の責任でもあります。本大会の経験を活かして心を入れ替えた息子を見習って、いまだに過保護な妻も、仕事が第一で妻の過保護を止められなかった私も反省しなければ」
国に仕える軍人は家に帰れない日も多い。
それが騎士団の団長クラスとなればなおさら事ある毎に駆り出されるから、家にすら帰れないことも珍しくない環境。
その環境では夫人と話し合う時間も中々とれないだろう。
「国仕えは基本的に家庭も子育ても夫人任せになってしまいますからね。成婚しない軍人が多いのも分かる気がします」
近衛のノアも婚約破棄したと言っていたし、ブークリエ国の師団長や団長や副団長も結婚しないで独身を貫いている。
いつ死ぬか分からないからという理由だけでなく、裕福な生活が出来る変わりに家庭や子育てを任せることになる相手のことを考え結婚しない選択を選ぶ軍人が多いことも理解できる。
「それも気遣いでしょう。私も妻に軍人は家族よりも王家や国民を優先しなければならないと説明して承諾を得た上で成婚したものの、いざ家庭を築いてみると妻はやはり私が家に居れないことや子育てに協力できないことが不満なようですし、私自身も妻に任せきりにしている申し訳なさがあります」
事前に話し合いをしてから結婚に踏み切ったものの、実際に結婚したら夫人からは不満を持たれているし、ダンテさんも家庭より王家や国民を優先している状況が心苦しいと。
そうなると知らず結婚したならまだしも事前に話して承諾を得てもそれなら、夫人は本当の意味で軍人と家庭を持つことの大変さを理解していた訳ではなかったと言う他ない。
「ご夫人は生まれも育ちも貴族ですか?」
「はい」
「珍しいですね。貴族家で生まれ育ったご令嬢は自分の父親も第二夫人や第三夫人との屋敷を行き来していて毎日居る訳ではないことを経験しているだけに、成婚した伴侶が家に居ないことも一緒に子育てを出来ないことも当たり前で、妻が家庭を守って主人は働くという生活が染み付いている印象です」
夫は外で働いて金銭的な面で家庭を支える。
妻は子育ても含め家庭を支える。
それがこの世界に来て出会った多くの貴族たちの常識。
夫と同じく妻も着替えや風呂の世話まで従者がしてくれるし、家事全般は使用人がやってくれるし、子育ても乳母を雇っていて夫が不在でも一人で育てる訳じゃないから、妻だけに大きな負担がかかっている過酷な状況でもない。
夫は夫の、妻は妻の役割を上手く分担して生活している。
貴族令嬢は自分が子供の頃からそんな両親の元で育っているから、ダンテさんの夫人のように夫が家に居れなかったり子育てが出来ないことを不満に思う人の方が珍しいと思う。
地球の夫婦の不満としてはよく聞く話だけど。
「私もそうですが、妻の父君も第一夫人しかおりません。ですから妻にとっては毎日夫が家に居る方が当然なのかと」
「なるほど」
下流貴族のご令嬢か、何か理由があってのことなのか。
上流貴族は例え第一夫人と熱愛して結婚しても、家の繋がりなどの理由で第二夫人や第三夫人を迎える場合が多い。
女性より男性の人数が少ないから一夫多妻制になっているこの世界では、恋愛感情は抜きに財力のある上流貴族が複数の妻を娶って養うのが一般的だし、それも上流階級の務めの感覚。
軍人のダンテさんの場合はこれ以上の家庭を築くことが難しい環境だから一人としか結婚してないんだろうけど。
生まれ育った環境で当たり前も変わる。
家庭を優先できない軍人なのに、なぜよりによって主人が家に居て子育ても協力するのが当たり前の環境で育ったご令嬢と成婚したのかと思うけど、そこまで根掘り葉掘り聞けない。
「ご夫人も過保護なところは変わってくれるといいですね。両親が子供に無関心なのも問題ですけど、可愛がる余り過保護の度が過ぎても子供の人格を歪ませる毒になりますから」
「私にも耳の痛い話です」
剣を交えながら会話してお互いに苦笑する。
あの雑魚虫のリーダーが他人(人族や獣人族)を見下す人間に育ったのは父親が王宮騎士団の団長という身分の高い人物だからという理由だけでなく、息子が心配で仕方ない母親からも過保護に育てられたからだということは分かった。
それでも息子が心を入れ替えて頑張っているのなら次に成長しなくてはいけないのは両親の方。
自分が心配だからと子供の成長を邪魔するのでは毒親。
ただ、ダンテさんは『自分も反省しなくては』と言っていたから、今までのように『夫人の過保護を止められなかった』ということも無くなるだろう。
周りに人が近寄って来ない今だから話せたこと。
プライベートな会話を交わしつつ数十分ほど剣を交わした。
「陛下」
剣を交わして身体が温まって来た頃、師団員の声が聞こえてお互いにピタリと剣を止める。
「訓練辞め!国王陛下へ敬礼!」
ダンテさんの号令でまた新人騎士たちは訓練の手を止めてアルク国王に敬礼する。
「陛下、如何なさいましたか?」
「英雄が騎士と訓練をしていると聞いてな。三妃の宮殿へ様子を見に行った帰りに寄らせて貰った」
国王と居るのは師団長と近衛騎士たち。
俺が騎士団の訓練所に行く許可をしてくれた師団長から聞いたんだろう。
「英雄。私とも手合わせしないか?」
「陛下!お戯れが過ぎます!」
「あくまでも手合わせをするだけだ。身体を動かす程度であれば問題ないだろう?」
慌てて止める師団長に軽く返すアルク国王。
やむにやまれぬ状況でもないのに騎士たちも居る前で手合わせをしようと言い出したんだから、師団長が慌てて止めるのも近衛や騎士たちが驚くのも当然だろう。
「今日は今以外に鍛錬の時間がとれそうにない。国王の私と対等な身分とも言える英雄であれば短時間の鍛錬でも私にとって有意義な時間になると思うんだが、どう思う?」
ニヤリと笑うアルク国王は悪い顔。
他の人が国王に傷を負わせようものなら大問題になるから戦えないけど、勇者と同じく個の権力を与えられている英雄の俺なら国王の希望を叶えたというだけで済む。
命を奪ったらさすがに首が飛ぶけど。
「エルフ族の頂点に君臨する陛下が鍛錬を怠らない努力の人であることは喜ばしいのですが、ご自身がまだ療養中の身であることもお忘れなく。無理はしないと約束してください」
「誓おう」
活き活きと鍛錬するアルク国王に駄目と言っても無駄。
机に齧り付いて書類に目を通していると鬱憤が溜まることは俺にも分かるから(俺自身も気晴らしで身体を動かしに来たくらいだし)、お望み通り身体を動かしてスッキリして貰おう。
「万が一もないよう物魔防御をおかけします」
「…………」
「障壁にしますか?一切の攻撃が届かなくなりますが」
「物魔防御でいい」
不満そうだけど俺の立場も考えてくれ。
国王専用のあの訓練所で二人きりの時なら後で回復すればいいからある程度の無茶はできても、国仕えも居るここで国王に傷を負わせたらどんな目で見られることか。
「お怪我のないようお気を付けて」
「怪我を気にしていては鍛錬にならないだろう?」
「陛下は国王です。ご自身で鍛錬中に傷を負うのと他者から傷を負わされるのでは事の重大さが違います」
「だから英雄に頼んだのだろうに。仮に怪我をしても私が弱いというだけのことで、手合わせをした英雄に罪はない」
師団長がハラハラするのは痛いほど分かる。
脳筋気味のアルク国王には通用しないけど。
脱いだクロークを師団長に渡したアルク国王と一緒に訓練所の中心まで移動する。
「手合わせを受けてくれたことに感謝する」
「そのぶん今夜の治療は念入りになりますのでお覚悟を」
「身体を動かすことで念入りに治療してくれるのならば、むしろ疲れきった方がいいと感じてしまうのだが」
「駄目です」
疲労するぶん治療は念入りに。
俺の返事を聞いてアルク国王は笑った。
「ではよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わして剣を構えると同時に訓練所には剣のぶつかり合う音が響き渡る。
「…………」
「剣を交えるのは初めてだったな」
ビリビリと痺れるような腕の痛み。
力の篭めて互いの剣を押し返し合っている状態でアルク国王はニヤリと口を歪ませると俺に顔を近付ける。
「貴殿には情けない姿ばかり見られているが、私もただ玉座に座っているだけのお飾りの国王ではないぞ」
この国王、只者じゃない。
背筋がぞくりとして自分にも物魔防御をかけ剣を押し返す。
「深く反省します。剣を交える相手の真の実力を測れなかった自分の不甲斐なさを。大きなハンデを抱えていながら有能な兄弟たちを退けて王位を勝ち取った人が弱者なはずもない」
まともに魔法が使えないハンデを抱え国王に選ばれた人。
大きなハンデを埋めるために鍛えた剣の腕は、アルク国王が必死に努力したことで得ることのできた努力の結晶。
「能ある鷹は爪を隠すとは正しくこのこと。陛下がこんなにも素晴らしい実力を隠していたとは」
この人を甘く見てはいけない。
強化なしの純粋な腕力も身体の運びも剣技も優れている。
剣の腕という一点で勝負をすれば俺の方が膝を付く可能性だって充分有り得る強者。
「私に神の力はないが、今後もヒトの到達できる限界を目指して鍛え続ける。盾の国の王が敵の攻撃を防いで国や民を守るように、弓の国の王である私も敵を倒すことで国や民を守る」
それは心からの誓い。
この人は骨の髄まで国王だ。
次々と振るわれる剣を受け止めたり捌いたりとしつつ、その誓いを聞いて口元が綻んだ。
「陛下が多くの人を救いたいと願うのでしたら私は幾らでも協力しましょう。このさき天地戦が起こったとしても一人でも多くの人が生き残れるように。私の願いも同じですので」
天地戦を避けられないならせめて。
精霊族も魔族も一人でも多くの人が生き残れるように。
そのために民を守る国王は心身共に強くあって貰わないと。
【ピコン(音)!神魔特殊召喚。妖精王を召喚します】
突然の中の人の声と同時に訓練所の地面に巨大な召喚陣が広がったかと思えば、その召喚陣から木々や草花が生える。
「……これは」
一瞬にしてアルク国王と俺の周囲が森に。
高い木々に囲まれていて姿は見えないけど、遠くからは師団長や団長たちが国王や俺を呼ぶ声が聞こえていた。
「妖精王」
「なに?」
大木の上に座っている神々しい存在。
気配で気付いて見上げるとアルク国王も俺の視線を追いかけるように見上げてすぐにその場へ跪く。
「用があるのは俺じゃなくて陛下か?」
妖精王はエルフ族の守護神。
だから俺じゃなくてアルク国王に用があって顕現したんだろうと察して聞くと、正解だったらしく頷かれる。
『開祖のエルフよ』
「開祖……?私のことでしょうか」
アルク国王にも声が聞こえたようで顔をあげる。
今森の中に居るのは妖精王と俺とアルク国王だけだから、エルフと聞いて自分のことだと気付いたんだろう。
『願いは聞き届けた。力を解放してやろう』
ふわりと地面に降りた妖精王がアルク国王の頭に手を置くと光が放たれ、そのあまりの眩しさに目を細める。
『宿命に導かれこの時代に再誕した開祖のエルフよ。私の愛しき子よ。奥深くに眠っていた其方の能力を解放したのはあの方が愛した生命のため。人々を守るという誓いを忘れた時には再びその力は封じられるだろう』
光が消え妖精王はそれだけ伝えると霧散するように姿を消し、生い茂った森も召喚陣へ吸い込まれるように消えた。
「陛下!英雄!」
「お怪我はございませんか!?」
「……ああ。私も英雄も無事だ」
すぐに走って来た近衛やダンテさんに答えるアルク国王。
ひと足遅れて走ってきた師団長もアルク国王と俺を交互に見て怪我がないかを確認する。
「陛下、今の術式や森は何だったのですか?」
「私もまだ理解できていない。整理する時間が欲しい」
まあ簡単には理解できないよな。
自分たちエルフ族の守護神として妖精王の存在は知っていても実際に見たことなんてなかっただろうし、自分の前に顕現したことや能力を解放して貰ったことに誰よりも混乱しているのはアルク国王だと思う。
「英雄。二人で話したい。時間を」
「承知しました」
妖精王の姿を一緒に見た俺と話して整理したいのも分かる。
あまりにも突拍子もない出来事だったからどう説明すればいいのか、どこまで説明していいのか、そもそも現実に起きたことだったのか、頭の中ではフル回転で考えていることだろう。
「今見たことは口外を禁ずる」
『はっ』
アルク国王はそう言うと俺の背中に軽く手を添え誘導するように歩き出した。
・
・
・
馬車で城に戻ってアルク国王の自室へ。
帰路では師団長や近衛も居たから一言も喋らず、先に俺を押し込むように部屋に入らせると二人にしてくれるよう話してアルク国王も部屋に入った。
「あれは現実だったのだろうか」
急くように机まで行ったアルク国王はハンドベルを手にとり防音魔法をかけると早速俺に聞いてくる。
「ステータスを確認してみては?」
「ああ、そうか。確認してみよう。座ってくれ」
「はい」
本当に何かしらの能力が解放されていたら少なくとも夢や幻覚じゃなかったことは分かるだろう。
そう思いながらソファに座るとアルク国王も隣に座る。
「…………」
座ってすぐステータスを開いたアルク国王は固まる。
その反応で何かしらの能力が増えたことは察せた。
「妖精王は私を開祖のエルフと呼んでいたな」
「はい」
呼んでいた。
私の愛しき子とも。
精霊神が創ったという『エルフ族の始祖となる者』というのが妖精王のことだったのか、妖精王が創った『エルフ族の始祖となる者』から誕生した初孫ということなのかは不明だけど。
「誰にも話さないと王位をかけ誓うから教えて欲しい。あの術式は貴殿の能力だったのだろうか」
「そこまでしてくださらなくても陛下は口外しないと信用しておりますので隠したりいたしません」
王位をかけなくても答える。
今まで神階の高い神々の声が聞こえた人は居なかったし(創造神は除く)、顕現しても俺の身に危険が迫った時とかだったけど、今回は俺ではなくアルク国王に用があって顕現したり声を聞かせたりしたんだから何かしらの意味があるんだろう。
「あれは神魔特殊召喚という私の特殊恩恵です」
「神魔特殊召喚?」
「武闘本大会で私が聖と闇の大天使を召喚したことはご記憶かと。特殊恩恵ですので自分では発動できませんが、あの時も神魔特殊召喚が発動して召喚されてきたのが大天使でした」
正直に話した俺を隣からジッと見るアルク国王。
何を考えているのか暫く黙ったあと長い呼吸を吐く。
「英雄。やはり貴殿は神だ。神のような人ではなく神。初めて見た時に不思議とそう思ったが、何を馬鹿なことをと自分の考えを否定してきた。だがもう否定できそうにない」
精霊神が言っていた通り、本能で俺が神だと感じていたと。
本人の俺ですら未だに神族の自覚がないのに。
ステータスに書いてあるからそうなんだろうとだけで。
「あれは貴殿が召喚した本物の妖精王だった。貴殿から夢や幻覚を見せられた訳でなく現実に起きたことだった。その証拠のように私の特殊恩恵に〝開祖〟という能力が増えている」
妖精王から呼ばれたままの名前の特殊恩恵。
それを見て現実だと受け入れたんだろう。
「覚醒おめでとうございます」
「ありがとう。まだ複雑な心境ではあるが」
まあそうか。
本来なら覚醒して喜ぶところだけど、妖精王が解放した能力というヒトにとっては重すぎるものでもあるから。
「どこまで聞きたいですか?」
「ん?」
「真実を。これ以上知って生きるのは負担だというのでしたら何も話しません。知らない方が幸せなこともありますから」
妖精王に会って話したというだけでもヒトには重すぎる。
墓場まで持って行くことが余りにも重い内容だと精神的に辛くなって潰れてしまうかもしれないから、知らないままという選択肢は残してあげたい。
「少し時間が欲しい。事の大きさに考えが纏まらない」
「では続きは夜にしましょう。ゆっくり考えてください」
「ああ。夜までに考えておく。さきほどの訓練所でのことも話が纏まってから話すと私から伝えておこう」
「承知しました」
自分の身に起きたことに頭がパンクしそうなんだろう。
夜(治療の時間)まではまだ時間があるからゆっくり考えて貰うことにしてアルク国王の自室を出た。
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その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
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元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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