ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

目覚めた後

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唇に重なる感触と身体に重なる体温で目覚める。
このフカフカはどうやらベッドに寝かされているようだ。
なにが起きたのか。

「目覚めたか」

耳元で聞こえた低い声。
聞き覚えのあるその声は……

「フラウエル」

俺の上に居るのは魔王。
あれ?俺いつの間に魔界に来た?
で、何がどうなってこの不埒な状況に?
しっかりだ。

「ここはアルク国の城だ」

それを聞いて吹き出す。

「なんでフラウエルが城に!?しかもこの状況は!?」

身体を押して聞くと魔王は眉を顰める。

「誰だ。また魔力を使い果たして倒れた愚か者は」
「え?」
「治療で使い果たして倒れたことを覚えていないのか?」
「…………あ!そうだった!」

そういえば城に戻った後すぐに三妃の治療をしたんだった。
もう大丈夫だろうとホッとして緊張の糸が切れたのか。

「見ていない間に何があったか知らないが、精霊神や魔神が報せてくれなければまた魔腐食で身体をやられるところだった」
「二人がフラウエルに?」
「ああ。お前がまた魔力が枯渇して倒れたという説明と、分ける量が少なくて済む半身の私が魔力譲渡するようにと」

魔王も精霊神や魔神と交信できるのか。
俺が居る時だけ限定なのかと思ってた。

「うん、分かった。でもこの状況は分からない」
「見ての通り魔力を譲渡している」
を突っ込まなくても譲渡できるよな!?」
「この方が早い」
「いやいつもは口じゃん!息苦しさで目覚めて『またこの状況かよ!』って流れになるのが俺たちのお約束だろ!」
「喧しい」

止まっていたのに動かれて言葉が詰まる。
デカいをお持ちの癖に容赦ないな。
魔王自身が天然媚薬製造機だから痛くはないんだけど。

「……もしかして怒ってる?」
「怒っていないが?」
「怒ってるじゃん」

いつもは俺の身体を気遣って加減してるのに今日は少し違う。

「お前は精霊族の英雄だが俺の半身でもある。あと何度お前は無茶をして、あと何度俺は半身を失う恐怖に肝を冷せばいい」

そう言われて胸がズキッと痛む。
怒っている理由はそれかと理解して。

「ごめん。心配ばかりかける半身で」

怒られて当然。
俺は自分の寿命が削られようと救いたいと思うけど、半身の魔王からすれば倒れるたび気が気じゃないだろう。

「別れ……られないんだよなぁ」

半身契約はどちらかが死ぬまで続く。
不安にさせるくらいならいっそ関係を終わらせるということも出来ない。

「……何と言った?」
「不安にさせるなら別れた方がいいかって思ったけど、契約してるから無理だった。会わずに距離を置くことは出来るけど」

ピタっと動きを止め聞きながら身体を起こして俺の顔を見た魔王に答える。

「俺との半身契約を破棄したいと?」
「そうじゃない。半身はフラウエルしか考えられない」

そもそもどちらかが死なないと無理という前提は置いて、仮に死なず契約を破棄できるとしても破棄したい訳じゃない。
一緒に時間を過ごして行く内に魔王も俺のかけがえのない大切な存在になってるから。

「でも俺が必死になるほどフラウエルは辛くなるんだろ?フラウエルを傷つけたくないけど俺も変われない。これからも俺は自分の目の前に瀕死の人がいれば助けてしまうと思う」

これは性根から染みついたもの。
誰かを守るために誰かを傷つけて生きてきた。
自分の正義に従って。

「なぜお前はいつも平然と自分を犠牲にして人を救う。それが俺には怖い。自分が死ぬことは恐ろしいとは思わないのにお前を失うことは怖い」

それを聞いて笑い声が洩れる。

「それって俺と同じだろ。フラウエルは魔王として魔族を守るために自分の命をかけて勇者と戦うけど、俺には死んで欲しくない。俺は英雄として精霊族を守るために自分の命をかけて救うけど、フラウエルには死んで欲しくない」

自分より誰かなのは魔王も同じ。
例え自分の寿命が削られても誰かを救うために命をかけてしまう俺と、魔族の未来のために命をかけて戦う魔王は同じだ。

「俺たちのことを大切に思ってくれる人からすればフラウエルも俺も同じ、自分の役割を果たすために信念を貫いて心配をかける迷惑な奴でしかない」

結局俺たちは似たもの同士。
俺は天地戦が起きる未来が変わらない限り魔王が死ぬかも知れない恐怖を拭えないし、魔王は限界を超えるまで能力を使ってしまう俺が死ぬ恐怖を拭えない。

「心配かけてごめん。魔力を分けてくれてありがとう」

手を伸ばし顔に触れながら謝罪とお礼を伝える。
魔界も忙しい時期なのにこうして助けに来てくれた。
迷惑をかけたことは申し訳なく思っているけど、真っ先に駆けつけてくれたことの嬉しさもある。

「無茶をする性格を変えられないのならばせめてもう少し俺を頼ることを覚えてくれ。常に傍に置いて自由を奪うことはしたくないが、自分が居ないところでお前の命が尽きて気配の消滅で別れを知ることになるのも耐えられない。俺にとってお前はたった一人しか居ない半身だ。頼ってくれれば手を貸す」

そう言って魔王は繋いだ手の甲に口付ける。
また無表情で甘ったるいことを。

「俺のこと好き過ぎだろ」

照れ隠しで言うと魔王はむうっと拗ねた表情に変わる。

「好きだが?他の者とは性交するのに俺のことは今度と言って後回しにする冷たい半身だが、それでも好きで愛しいが?」

そう言って再び動き出した魔王は容赦がない。
照れ隠しで咄嗟だったといえ言葉を間違った俺の馬鹿。

「お前も俺が好きだろう?」

人を組み敷きながら顔を見て聞く魔王は意地が悪い。

「……好き」

愛だなんだは分からないけど好きなことは間違いない。
ずっと一緒に居たいと思う相手が嫌いなはずもない。

「おい。ますます固くするな」
「不可抗力だ」
「自分のが俺の身体には凶器になるって自覚して」
「今のはお前が悪い」

魔力を制御してになっていても凶暴サイズなのに、角が隠れない程度にしか制御していない今は凶器。
それなのに容赦なく動かれたら堪らない。
天然媚薬製造機のお陰で痛みがないというだけで入っている感触はしっかりあるんだからもっと自粛して。


魔力譲渡という名目の行為で幾許か。

「……あれ?もう終わり?」

珍しく俺が力尽きる前に行為を終わらせた魔王に問う。

「アルク国王の治療はまだ続けているんだろう?」
「うん。今のところ毎日。昼は公務、夜は治療って感じで」
「それなら治療までに体力を回復できないと困るだろうに」
「ああ。だから加減してくれたのか」

時間は加減しても動きは加減してくれてなかったけどな。
天然媚薬には治癒効果もあるから疲労以外は何ともないけど。

「物足りないなら続けるが?」
「結構です」

キッパリ断った俺に魔王はくすりと笑うと口付ける。
ほんとに半身の俺には激甘。

「この部屋には魔祖渡りで来たんだよな?」
「わざわざ律儀に声をかけるはずもない」
「まあそうか」

魔王が城に来たとなれば大騒動になっているだろうし、俺も叩き起されてただろう。

「王都地区には来てるみたいだけど城に来たのは初めて?」
「ああ。アルク国とは竜人族が人族を装って買い物に来たり商人と取り引きをしたりとしているが、互いに利があるから精霊族と魔族という種族の事実を見て見ぬふりしているだけで、国と正式に交易を結んでいる訳ではない」

そう話しながら魔王は俺をベッドから抱き上げる。
向かった先は風呂。
この広い部屋でよく風呂の場所が分かったな。

「あくまでエルフ族と人族のていで商売してるってこと?」
「そういうことだ。むしろ魔族と知りながら商売をしている者は一部で、殆どの商人は魔族と知らず取り引きをしている」
「え?そうなんだ」
「竜人族が地上に来る際は魔力制御の腕輪を付け背も縮んで角も出ていないからな。人族にしか見えないのだろう」

全ての商人が魔族と知ってて取り引きしてる訳じゃないのか。
たしかに魔力制御の腕輪を付けたリュウエンの姿を見て魔族だと気付く人は一人も居なかった。

「大きな問題は起きてないから成り立ってることではあるな」
「問題になれば竜人族はアルクの技術で作った装飾品を買えなくなり、エルフ族は魔界にしかない貴重な品を仕入れられなくなる。互いに不利益を被るのだから下手な真似はしない」

うーん。商魂たくましい。
さすが妓楼を商売にしている竜人族と商売が盛んなエルフ族。
利益第一なところは同じ。

「身体は辛くないか?」
「大丈夫。逆にフラウエルは大丈夫なのか?結構な魔力量を譲渡してくれたみたいだけど」

湯船の方の蛇口を捻ったあとシャワーで流してくれる魔王。
至れり尽くせりで甘やかしてくれてるけど、やったあとの疲労感しかないってことは魔力量はかなり回復したと言うこと。

「魔法での譲渡は半分ほどしかしていない。後は体液だ」
「ん?」
「摂取しただろう?魔力を含む俺の体液を」
「え、ヤリたかった訳じゃなくて本当に魔力譲渡だった?」
「八割は俺の性衝動だ」
「悪いこと言っちゃったなって反省しかけた俺に詫びろ」

この野郎。
やっぱり突っ込む必要はなかったんじゃないか。

「体液でも回復することは事実だ。エルフが調べた時にはまだ始まっていなかったのか、ただ無能で気付けなかったのかは分からないが、精霊神や魔神から報せを受け俺がここへ来た時には魔腐食が始まった状態で寝かされていた。それ以上進行させないよう早急に魔力を回復させるために魔法と体液を使った」

なるほど。
八割は性衝動だったものの意味のない行為ではなかったと。

「魔腐食が起きた割にはどこも異変は感じないけど」
「治ったからな。魔神が与えた果物で」
「果物?それって白苺?」
「白い実だ。あれが以前話していた白苺という物なのか」
「あ、そっか。この世界では苺って名前の果物はないもんな」

この世界で苺に似た果物の名前は英語と同じベリー。
あくまで『似ている果物』というだけで、苺とはサイズや糖度や柔らかさも違うし林檎のように木になる果物だけど。

「あれ?って魔神が顕現して直接ってこと?」
「特定の種族以外の者が触れると腐ってしまうらしい。飲み物のようにすり潰したものを口移しで幾度か与えていた」
「意識がなくて自力では食べられなかったからか」
「ああ。お前が眠っている状態で長く顕現していては俺の負担が大き過ぎるらしく、飲ませた後はすぐに天界へ戻られたが」

魔王が触ると腐るから渡して食べさせて貰うことが出来ずに自分が顕現して食べさせて(飲ませて)くれたのか。
俺が触った時には腐らなかったってことは恐らく神族や神魔族以外が触ると腐るんだろう。

「あとで精霊神と魔神にもお礼を言わないと」

二人が魔王に報せてくれたから魔力を回復して貰えたし、わざわざ顕現して魔腐食の治療までしてくれたんだから。
お蔭ですっかり元気になった。

「そう言えばまた覚醒したようだな」
「え?うん。数日前に。なんで分かった?」

座らせて髪を洗ってくれながら聞かれて答える。
つい先日覚醒したばかり。

「意識が戻るまでの譲渡量が増えた。お前は精霊族にとって特別な存在なのだから王が賢者を呼んで譲渡をさせただろうに、なぜ精霊神や魔神は俺にも報せたのかと少し疑問に思っていたが、実際に譲渡してみて分かった。俺にしか出来ないのだと」
「フラウエルにしか出来ない?」

どういうことかと首を傾げる。

「乾いた広大な貯水地に水を一滴注いだところで乾いたまま。覚醒した今のお前の魔力量は、同じく魔力量が多い魔王で譲渡量が半分で済む半身の俺が譲渡しなくては意識を取り戻すことが出来ないくらいに多いと言うことだ」

そんなに?
今回の覚醒をする前から俺より魔力量が多い人は魔王だけだろうとは思ってたけど、化け物レベルの魔力量を持つ魔王じゃないと足りないって……。

画面パネルを見ても数値が分からないために自覚がなかったのだろうが、お前の魔力量はもう魔王の俺と大して変わらない」
「遂に俺まで人外レベルの領域に」

もう種族は人外ではあったけど、遂にパラまで人外に。
いや、数値が見えないだけで既に人外レベルになってたのかも知れないけど。

「その量を使いきったと言うことだ」

頭からシャワーをぶっかけられる。
はい、すみません。

「いいか?つまり俺が魔力譲渡できる状況にない時には魔腐食で死ぬと言うことだ。もっと危機感を持ってくれ」

俺の前にしゃがんで顔を掴み目を合わせて言い聞かせる魔王。
その表情は真剣で不安そうにも見える。

「これだけ言ってもお前は己の身を削って血を吐きながら人を救うのだろう。それはもう言っても無駄だと俺にも分かった。ただ、これだけは約束しろ。魔力が尽きると予想できる状況の時には必ず俺を呼べ。愚かなお前が倒れた後は俺が譲渡する」

そう言われて胸が締め付けられたように痛くなる。
魔王はどうしようもなくクズな俺を真剣に心配してくれて、こんなにも大切に思ってくれてるんだと。

「フラウエル」

雌性化して魔王に抱きつく。

「約束する。迷惑ばかりかける半身でごめん。クズの俺を見捨てずに好きでいてくれてありがとう」

大きな器と愛情でどうしようもない俺を受け止めてくれる人。
精霊族にとっては最大の敵でも俺にとっては大切な半身。
俺の半身が魔王で良かったと心から思う。

「こっちの身体の時の方が負担が少ないし、夜までに回復できると思うんだけど……駄目?」

見上げて顔を見ると魔王は眉を顰める。

「強請る時だけは愛らしくなってみせるのだから姑息な」
「だってクズだから」
「困った半身を持ったものだ」
「俺を選んだのはフラウエルだし」

大きな手が胸に重なり唇も重なる。
たったそれだけのことで鼻を抜ける声が洩れた。

「今誰か様子を見に来たら一大事」
「誘ったのは自分だろうに」
「フラウエルが悪い。そういう気分にさせたから」
「させた覚えもないのに理不尽だ」

治療とは無関係の行為。
魔王じゃないけど、これは紛れもない性衝動。
ただただ欲求を解消するための行動。

「扉の前に警備は二人付いているが、防音をかけたこの室内の音や声は聞こえていない。仮に誰か来ても俺がわかる」
「さすが魔王さま。有能」

防音魔法がかかってることは気付いてたけど、やっぱりかけたのは魔王だったか。

「お前が誘ったのだから泣き言は聞かない」
「少しは加減して。凶器なんだから」
「それは無理な相談だ」

ですよね。
その気にさせたのは俺だし。

「じゃあ満足させて」

お願いした俺に魔王はくすりと笑う。

「後で後悔しても知らないぞ」

そう言ってまた唇が重なった。





コンコンと数回。
夢現に聞こえてきたその音で目が覚める。
いつの間にかベッドの上に居て魔王の姿もない。

あれが夢ではなかったことは雌性体になっているから分かる。
風呂で情事に耽って力尽きた俺をベッドに寝かせてから魔界に戻ったんだろう。

魔力も回復してるし肉体的にも精神的にも調子がいい。
魔王さまと白苺様々。

身体を起こしたもののまだ覚めきれない頭でそんなことを考えていると静かに扉が開き、中を確認したのはノア。

「し、失礼しました!」

なにが?
慌てて扉を閉めたノアの行動に首を傾げる。

「あ、雌性体だからか」

思えばノアは俺が雌性になれるのを知らないんだった。
寝てるかと気を使って静かに開けて確認したら裸体の知らない女性がベッドに座ってたんだから驚かないはずもない。

コンコンと再度のノックの音。
雌性体の時には大き過ぎるガウンを羽織ってベッドから降り扉を開ける。

扉の前に居たのは護衛の二人とノア。
今回ノックしたのは護衛の一人だったらしく、ノアから見知らぬ女性が居ると聞いて確認しようと思ったんだろう。

「驚かせてすまない。私だ」
英雄エロー公爵閣下なのですか?」
「ああ。恩恵で雌性体になっている。私が雌性になれることは師団長や騎士団長が知っているから確認してくれていい」

顔を見合わせる護衛の二人。
そう言えば護衛も知らなかったな。

「護衛は離れられないのであればノアが聞きに行くか?」
「……私を名前で呼ぶということは本当に閣下なのですね」
「ああ。髪と虹彩は元の私のままだろう?」
「たしかに」

漸く納得してくれたらしく三人は安堵する。

「私が女性を部屋に招いたとでも思ったのか?」
「い、いえ!誰も通していないことは私どもが一番分かっておりますので女性など居るはずがないのにと確認を!」
「女性が居たのは間違いないな。肉体が雌性なだけの私だが」

冗談を言った俺に慌てた護衛たちに笑う。
驚かせて悪かったけど、不審者が侵入した訳じゃないことを分かって貰うためにそのまま姿を見せておきたかった。

「ノア。私に用があって来たのではないのか?」
「あ、はい。様子を伺いに」
「入ってくれ。中で話をしよう」
「お言葉に甘えて」

随行医や師団なら分かるけど近衛のノアが様子を見に来たのは理由があるんだろうと察して部屋に招き入れた。

「さて、言葉を崩すぞ。正妃殿下に言われて確認に来たのか」
「お察しの通り」

そうだろうと思った。
正妃はあの茶会とは無関係だから居なかったけど、何が起きたのかは耳に入っているだろうから。

「お身体の調子は如何ですか?」
「大丈夫。すっかり元気」
「枯渇したに関わらず数時間でお目覚めになるとは」

魔王から魔力を分けて貰ったし、白苺も食べたからな。
そんなことは言えず笑ってごまかす。

「ノアが部屋を出たら護衛に頼んで起きたことを報告して貰うけど、王妃殿下にはノアの口から報告しておいてくれ。忙しいのに俺が倒れた所為で余計な仕事を増やして悪かった」

近衛はそれでなくとも長時間立ったまま王家の傍で護衛についてないといけないのに、まだ起きてないだろう俺の様子の確認に来させることになって申し訳なかった。

「いえ。王妃殿下より下命を受けたことも事実ですし、魔力が枯渇したのだから数日眠ったままだろうとも思ったのですが、自分の目でご無事な姿を確認したかったというのが本音です」

ベッドに座った俺の傍に立って後ろに手を組み話すノア。

「三妃殿下と姫殿下の近衛二名から、閣下が自分たちにも回復と防御魔法をかけてくださったと報告を受けました」
「ああ。二人は無事だったのか?」
「閣下から頂いた慈悲のお蔭で無事生還いたしました」
「それなら良かった。やっぱり近衛は強いな」

深手を負いながら救出に向かっていた近衛たち。
多勢に無勢だったから念のため闇属性の物魔防御もかけておいたけど、無事に生還できたなら良かった。

「彼らだけでなく多くの者が閣下のお蔭で生き永らえることが出来ました。賊に傷を負わされ生死を彷徨っていた近衛や警護やご夫人、拐われたご夫人やご令嬢、そして三妃殿下も」

そう言ってノアは俺の足元に跪く。

「三妃殿下やご夫人だけでなく、お守りしなくてはならない身でありながら失態を犯した近衛や警護の命まで分け隔てなくお救いくださいましたことに深く感謝いたします。合わせて御身を削る行為をさせてしまいましたことをお詫び申し上げます」

深く頭を下げたノア。
ほんと真面目だな。

「たしかに近衛や警護は己の命をかけて王家を救うことを当然のものとして生きてるんだろうけど、王家も貴族も近衛も軍人も同じ大切な命には違いない。誰であろうと自分に救う手立てが残されている限りは救いたいってだけのこと。俺自身のその欲求を貫いただけなんだから堅苦しく考える必要はない」

床にしゃがんでノアの肩を叩く。
近衛だからこそ王宮に賊の侵入を許してしまったことや英雄の俺に力を使わせたことを悔いてるんだろうけど、少なくとも俺のことに関しては謝る必要はない。
俺は俺で自分の思うままに行動したんだから。

「ノアだって誰もがもう無理だと諦めかけてた状況でも一人諦めず蘇生処置を行ってただろう?それは俺と同じで、この人たちを救いたいと強く願っての行動だったんじゃないのか?」

顔をあげて俺と目を合わせたノアに笑う。

「ノアが諦めなかったからみんなも諦めなかったし、俺も必死で蘇生処置をするノアの姿に心打たれた。諦めない強い心を持つ自分を誇れ。近衛を名乗るに相応しい男なんだから」

腕におさめて頭を撫でる。
悔いるだけ悔いて反省したら後は何が悪かったかを考えて、同じことを繰り返さないよう次に繋げればいい。
人はそうやって成長していくものだ。

暫くそうしているとノアがモゾっと動く。

「閣下。恐れながら手をお離しくださいますと」
「あ、ごめん」

しょぼんとしていたからつい子供を慰めるようなことをしてしまったけど、ノアはしっかり大人だった。
パッと手を離してノアを見る。

「ん?」
「申し訳ございません」

俺から顔を逸らしたノアの顔は赤い。
苦しかったのかと思ったけど腰が引けてるのを見て察する。

「……男だもんなぁ」

そういえば雌性体になってるんだった。
人を惑わす(らしい)精霊神と魔神の香りをたっぷり吸っちゃった訳か。

「精霊族の守護者である偉大な閣下にこのような……普段は自制できるのですが何故か……どうお詫びをすればいいのか」

うん、ごめん。
全部俺の(精霊神と魔神の香りの)所為 \(^o^)/オワタ

「ノアは恋人や婚約者が居るか?」
「え?私ですか?以前は婚約者がおりましたが、王家に仕える近衛になった際に解消いたしましたので今はおりません」
「近衛って結婚したら駄目なのか」
「そうではありませんが、近衛は王家のお傍についてお守りすることが第一になりますので、家庭や妻や子供が二の次に」
「その状況で結婚してもってこと?」
「はい」

どうして急にそんな質問をと思ったのか、ノアは少し首を傾げたもののしっかりと答える。
結婚しても家庭が二の次になることが目に見えてるから、相手のためにも最初から結婚しないっていう優しさだろう。

「じゃあ」
「な、なにを」
「シーっ。護衛に聞こえる」

俺の所為だし、責任はとる。
ただ防音魔法はもうかかってないからお静かに。

「お戯れが過ぎます」
「俺の所為でこうなったんだから責任はとる」
「閣下は何も。私が自制できなかっただけで」

残念ながら俺の(ある意味精霊神と魔神の)所為なんだ。
普段は自制できていたとしても創造主の精霊神と魔神の香りをたっぷり吸ってはさすがに抗えなかったと言うこと。

「楽にしてやるのが俺では嫌か?」

床に押し倒した身体に乗って聞く。

「胸元を隠してください。開けております」
「さっきも見ただろ?」
「あれはわざとでは」
「知ってる」

目元を手で隠して見ないようにするノア。
たしかに自制心は強そう。
シモは自制心とは反対に元気だけど。

「嫌ならしない。嫌がらせしたい訳じゃないから」

無理にするのは俺のポリシーに反する。
今は雌性体だけど元の雄性の姿も知ってるから嫌悪感があるかも知れないし。

「閣下にそう言われて嫌だと言える者が居るのですか?もし居るのでしたら誰なら良いんだと問い詰めてしまいそうです」

なにそれ面白い。
面白いことを言いながら必死に自制心と葛藤してるけど、つまり嫌ではないってことだな。

「娼館に来たとでも思ってサクッとイってすっきりしておけ」
「そんなあけすけに身も蓋もない言い方を」
「本体は男の俺に慎ましい淑女を求められても困る」

どっちの肉体でもビッチだし。
恥じらいがあって男性任せで横になってるだけのウブでもなければ下品なことは言わない淑女でもない。

「文句を言いつつ元気だな」

うん、ご立派。
出されて諦めたのかノアは俺を見て苦笑した。


「申し訳ございませんでした!」

床に両手をついて俺に土下座するノア。
この世界に土下座の文化はないはずだけど綺麗な土下座だ。

「謝らなくていいのに」
「情けなくも自制が出来ず閣下のお手を煩わせた上にお顔を汚してしまうなど、お詫びのしようも御座いません」

自制できなかったのは俺の(精霊神と魔神の)所為だけどな。

「顔にかかったくらいで死にそうな顔しなくても」
「くらいではありません。英雄である閣下とこのような‪ことになっただけでも極刑にあたるというのに」
「それはノアが俺の同意なしに襲った場合で、今回はノアが喰われた方。サクッとイってすっきりしろって誘ったのは俺」

自分とノアに浄化をかけながら説明する。
保護法でも行為自体を禁じている訳じゃない。
もし性行為を禁じる項目があれば断固拒否してる。
俺は禁欲主義の修行僧にはなれない。

「お互い同意の上だったんだから問題ない。顔も簡単に浄化できるんだから問題ない」

そもそも全ては俺の(精霊神と魔神の)所為だし。
むしろ俺が(精霊神と魔神が)悪い。

「何なら別の場合も汚しておくか?」
「漸く治まったところですのでお許しください」

ガウンをチラリと捲って見せるとサッと隠したノアに笑う。
いつ誰が来るか分からないから手と口しか使ってないけど、ひとまず治まったようで何より。

「戻って王妃殿下に報告するだろうけど今のことは秘密で」
「元より報告できません」
「王家にそんな報告したら不敬罪になるか」
「罪に問われることはありませんが、近衛としてはお仕えすることが出来なくなるでしょう」

王家の前で肌を出すことすら無礼なこととして非難されるくらいだから、シモの話なんてしたら一大事。
俺はアルク国王と下品な話もするけど男同士だからって理由も大きいだろうし、ノアが普段ついてる王妃(正妃)は女性だから例え報告だろうと言葉を間違えたらセクハラ扱いされそう。
この世界にセクハラって言葉はないけど。

「難しいよな。深い意味も悪意もなく言った言葉や冗談でも相手が不快に思えばセクハラになるんだから。不快になるポイントなんて人それぞれだし、極論を言うと女性とはもう話す必要性に迫られたこと以外は話さない、近寄らないが唯一の身を守る術な気がする。まあホストに遊びに来る女性はセクハラとか言う人は少ないし、むしろこっちがセクハラを受けてるけど」
「閣下?」

女性との距離感の難しさ(地球での)を思い出して独り思い詰めているとノアから不思議そうに声をかけられる。

「俺が王家の女性の近衛になるのは無理だなって思っただけ」
「なりたいのですか?」
「全く。口の悪い俺なら秒で解任される」

ナチュラルに無礼なことを言って解任されることは明らか。
触らぬ神に祟りなし。

「英雄や貴族らしく振る舞う俺なんて取り繕っただけの紛い物だ。庶民として生まれ育った俺が勲章や称号や爵位を貰ったからって急に立派な人になれる訳じゃないし。態度も言葉も気遣うことが当然な偉い人と居るより、言葉を取り繕わなくて済む一般国民と酒呑みながら馬鹿な話をして笑ってる方がいい」

そんな俺がエリート集団の近衛は無理。
王家からしてもお断りだろうけど。

「あれ?何でこんな話に?」
「分かり兼ねます」
「なんか謎のお気持ち表明スイッチが入ったらしい」

近衛って大変だよなって改めて考えていたら謎の着地点に。
そんな俺にノアは苦笑する。

「一般国民がいいと言われてしまうと貴族の私はつまらないと言われたようで複雑な心境です」
「貴族がみんな苦手な訳じゃない。取り繕ってない素の俺でも受け入れてくれる人は居るし、一緒にくだらないことで笑える人だって居るし。ノアも素の俺に嫌な顔しないでくだらない話にも付き合ってくれてるし、つまらないなんて思わない」

むしろノアは融通が効くし懐も深い。
近衛と聞くと王家に仕えるエリート集団で厳格でお堅い印象だけど、ノアは凝り固まった考えを押し付けてこないから楽だ。

「王妃殿下の近衛のノアとは顔を合わせることはあっても二人で話す機会はもうないかも知れないけど、今日は俺の我儘に付き合ってくれてありがとう。素で居られたから気が楽だった」

王家の中でノアが主に護衛するのは王妃(正妃)。
今回はノアが管轄の第一訓練所に行くことになったからアルク国王の命令で案内役も兼ねて護衛についただけ。
だから王妃と顔を合わせる時に護衛としてノアがついていたとしてもこうして直接二人で話す機会はもうないだろう。

「こちらこそ貴重な経験をありがとうございました」

二人でお礼を伝えあって握手を交わす。
これからも命を大切にする近衛で居てくれますように。

深く頭を下げてから部屋を出るノアを見送った。

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