ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

命の代償

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辿り着いたのは三妃の王宮庭園。
白いクロスが敷かれた長いテーブルの上は参加者の混乱を表すかのようにティーカップやケーキスタンドが倒れていて、そのテーブルの傍には貴族のご夫人や令嬢が集まっている。
怖かったのか令嬢の中には号泣してる子も。

「報告せよ!」
「陛下!?」

到着と同時にアルク国王が声を上げると一斉に人々がこちらを向いて驚く。
まあ残党が居るかも知れない危険な場所に国王が直接来るとは思わないだろう。

先にミットから飛び降り身体を下げさせてアルク国王に手を貸して降ろす。

「なぜ陛下がこちらに!危険です!」
「御託はいい。手の空いた者で報告せよ」

鶴の一声。
アルク国王の登場に慌てる近衛たちを一喝した。

その近衛たちの向こうに見えた後ろ姿はノア。
報告を聞くのはアルク国王に任せてミットにも大人しく待つよう言ってノアの所に行くと、しゃがんでいるノアは地面に横たわっている女性の心臓マッサージを行っていた。

英雄エロー公爵閣下!」

俺に気付いた近衛の一人が声をあげる。
仲間から心臓マッサージを受けている近衛や護衛が数名。
怪我をしている夫人や令嬢も近衛や護衛から傷を押さえられていて、逃げ出した時に自分で負ったんだろう軽症の人も含めればかなりの数の人が怪我をしていた。

「話は後で聞く」

王妃宮殿の庭園になぜ賊の侵入を許してしまったのか。
警備に落ち度はなかったのか。
それを知るのは後でいい。

「傷を負った者たちに神の慈悲を」

両手を組んで範囲上級回復エリアハイヒールを使う。
まずは怪我人を回復させることが優先。

「お母さま!」

軽症者から傷が癒えて驚く声が聞こえてくる中、女児の悲痛な声が聞こえてくる。

「副隊長、もう」
「諦めるな!蘇生を続けろ!心臓さえ動けば閣下が回復してくださる!」

女児を押さえている近衛の声を遮るノア。
上級回復ハイヒールをかけてもまだ倒れたままの近衛や夫人は既に心臓が止まっている人たち。

「ベルマン卿。手を止めろ」
「閣下!まだ諦めるには」
「命令だ!救命処置を行っている者たちは手を止めろ!」

今度は俺が声を荒げ遮り心臓マッサージの手を止めさせる。

「誰が諦めると言った。駄目なら再度胸部圧迫を行う」

心肺停止している人の心臓を対象にして雷魔法をかける。
心室細動や心室頻拍を起こしている状態なら電気ショックが有効だ。

「閣下!呼吸が戻りました!」
「こちらも!」
「そのまま待て!纏めて上級回復ハイヒールをかける!」

一回目の電気ショックで心臓が動き始めた人が半数。
二回目と三回目の電気ショックで殆どの人の心臓が動いた。

「神々よ。生死を彷徨う者たちを癒し道を示せ」

二度目の範囲上級回復エリアハイヒールをかけると頭がズキッと痛む。
自分の鍛錬とアルク国王の鍛錬と数回の魔力譲渡で大きく魔力を使ったあとに二回も使えばさすがにこうなるか。
それほど範囲上級回復エリアハイヒールの魔力消費は多い。

「蘇生できなかった者は再び胸部圧迫を!」
『はっ!』

ここまでしてもまだ動かない者は三名。
ノアが心臓マッサージをしていた夫人と近衛が二名。
いつ心停止したか分からないけど俺がここに来るまでにも数十分かかっているし、来る前から心臓マッサージを行っていてまだ動かないとなると心静止している可能性が高い。

「お母さま!起きて!お母さま!」

目覚めない母親を呼んで必死に手を伸ばす女児。
ノアは近衛に押さえられている女児には目もくれず汗を流しながら心臓マッサージを続けている。

「ああ……ほんとに」

女児の悲痛な叫びを聞きながら空を仰ぐ。
英雄と言ってもただの人。
いや、神族だけど、だからって死を覆すことは出来ない。
完全に失われた命までは。

「ノア代われ!他の者も交代で胸部圧迫を続けろ!少しでも動けば回復するよう範囲上級回復エリアハイヒールをかけ続ける!」

諦めるのは全ての手段が尽きてから。
ずっと心臓マッサージを続けていて疲れているだろうノアと場所を変わって範囲上級回復エリアハイヒールをかけながら心臓マッサージと人口呼吸を繰り返す。

「閣下!もう魔法を使うのはおやめください!このままでは閣下のお命が」

それから数分、遂に魔力量が限界に達したのか咳と一緒に血を吐いた俺を止めようとしたノアを手で押し退け再び心臓マッサージを続ける。

「動け!まだ幼い娘を置いて逝くな!」

まだ母親が必要な小さな女児が泣いている。
仲間の近衛が必死に心臓マッサージを続けている。
それなのに三人の心臓は動かない。

俺は無力だ。

【ピコン(音)!系譜大召喚。月の使者を召喚します】

地面に描かれていく巨大な召喚陣。
今回は俺以外にも見えているらしく驚く声が聞こえる。
召喚陣から姿を現したのは月の使者…………月の使者?

「フラウエル?」

大きな三日月型の角に長いブラウンの髪に黒く大きな翼。
長い前髪で隠れて目元は見えないけど、以前見た二回とは違って建物を突き抜けるほどの巨大な身体ではなく、身長も含めてその姿は魔王にしか見えない。

『私の***』

また聞きとれない言葉。
その声を聞いた瞬間頭を鈍器で殴られたような痛みがする。

英雄エロー!」

召喚陣に気付いて駆け寄ったアルク国王から支えられる。
吐き気がするほどの激しい痛みのあと勝手に翼が生え、身体が焼けるように熱くなった。

「***」

自分の口から発された聞きとれない言葉。
月の使者に向けて勝手に紡がれた俺の声を聞いた月の使者は見えている口元に笑みを浮かべた。

「!?」

身体にズシリと重力がかかったように重くなったかと思えば焼けるような熱も激しい痛みも嘘のように消える。

「……魔力を分けてくれたのか」

限界を感じていた身体が楽になってそのことに気付く。
そして楽になったのも束の間、月の使者は剣を抜くと俺が蘇生処置をしていた夫人の心臓を目掛けてその剣を突き刺した。

庭園に響く女性の悲鳴と近衛の声。
みんなにとっては正体も分からない見知らぬ何か。
その何かが突然夫人の胸に剣を突き刺したんだから驚かないはずもない。

でも俺は不思議と驚かなかった。
その行動がとどめを刺す行為ではないと思ったから。
なぜそう思ったのかは自分でも分からないけど。

月の使者が胸から剣を引き抜くと血は疎か刺し傷すらない。
ただ、刺した場所が薄らと光っている。
すっと移動した月の使者は同じく心停止している近衛二人の胸にも剣を突き刺した。

『神の裁きを使って』
『今ならば動く』

聞こえてきたのは精霊神と魔神の声。
創造神両親の声を聞いてぼんやりしていた意識がはっきりする。

「生命に神の審判を。悪を裁き、善を救いたまえ」

アルク国王に支えられたまま両手を組み神の裁きを使うと俺から分裂するようにすうっと月神が姿を現し、月神に手を伸ばした月の使者のその手を握った。

「…………」

目を眩ませるほどの眩い光。
一瞬のその眩しさに目を細めるといつの間にか二人の姿は消えていて、変わりに浮いていた三つの光の玉が月の使者が突き刺した剣の痕から三人の胸の中に消えた。

「……ここは」

光の玉が消えてすぐ近衛の一人が瞼をあげて声を洩らす。
そのあとすぐにもう一人の近衛もまるで寝起きかのように眠そうな顔で身体を起こし、最後に夫人もゆっくり瞼を開けた。

「お母さま!」
「……オレリア!怪我は!怪我はない!?」

女児の声でハッとした夫人は飛び起きるようにぱっと身体を起こすと娘を心配する。

「お母さま!」

助かったのを見て近衛が手を離すと女児は夫人の許に走ってきて抱き着く。

「怪我をしたのはお母さまなの!英雄エローが助けてくれたの!」
英雄エロー?………陛下!閣下!」

泣きながら説明した娘が指す先を見た夫人はアルク国王と俺が居ることに気付くとすぐに体勢を変えて両膝を着いたままスカートを掴む。

「陛下並びに英雄エロー公爵閣下へご挨拶申し訳あげます!大変な御無礼を!お見苦しい姿をお見せいたしました!」
「よい。無事で何よりだ」

うん、もう大丈夫そう。
身なりを気にする夫人を見て安心して口元の血を拭う。

『精霊神、魔神、月の使者、月神、みんなありがとう』

聞こえてるか分からないけど四人に感謝を伝える。

『無理し過ぎだよ』
はお前の心からの祈りや願いに呼応し行動する。例えそれがお前自身の生命力を代償にする行為だとしても、ただ願いを叶えるために。人の生き死にを捻じ曲げる行為はお前自身の生命力を代償にしていると気付いているのか?』

返事をしたのは精霊神と魔神。
精霊神は心配そうに、魔神は呆れたように。

『分かってる。今の俺は神族だった頃とは違うはずなのに代償もなしに人の命を救える強い力が使えるはずがない』

自分の生命力(寿命)を代償にして他人の命を救う。
世の理を捻じ曲げる代償に自分の生命力が削られる。
それは気付いていた。

『でも駄目なんだ。全ての人は救えないけど、目の前で大切な人の命が尽きようとしてる人の悲痛な涙や叫びを聞くと無視できない。俺も自分の大切な人の命が尽きようとしてたら生きて欲しいって願うし、誰か助けてくれって祈ってしまうから』

自分もその痛みが分かるから助けたいと思ってしまう。
どんなに頑張っても全ての人を救うなんて出来ないけど。

『何度***もキミはキミなんだね』
『ん?ごめん。一部分が聞きとれなかった』
『謝らなくていいよ。伝わらないことは分かってたから』

伝わらないと分かっていながら言ったってこと?
なにが俺は俺なのか知らないけど。

『ボクたちはずっとキミを見守っているよ』
『言っても無駄だろうが無理はするな』
『ありがとう。精霊神、魔神』

お礼を伝えると二人の声は途切れた。

英雄エロー。身体は大丈夫か」
「問題ありません。あとはお願いします」
「どこへ行く」
「拐われた人たちの救出に」
「それは軍に任せて貴殿は休め。血を吐いたのだから」

身体を心配して聞いたアルク国王に怪我人の処置は終わったから拐われた人の救出に行くことを伝えると手を掴まれる。

「私は両陛下より勲章と称号を賜った英雄です。例え四肢を削がれ命尽きようとも民を救うことが英雄の役目。今こうしている間にも生命の危機にさらされている民が居るというのに行かなければ、私はもう二度と英雄を名乗る資格がありません」

拐われた人たちがまだ無事である保証はない。
でも生きている可能性がゼロじゃない限り行かないと。
生きて助けを待っている人を救えないなら英雄じゃない。

「陛下、貴方さまは国王です。民を救えとご命令を」

アルク国王の前に跪く。
親しくなっただけに俺の身体を心配してくれてるのはありがたいけど、国王が優先するのは民じゃないといけない。

「精霊族の守護者英雄エローよ。我が国の民を救出せよ」
「仰せのままに」

国王の顔で命令したアルク国王へ胸に手をあて頭を下げた。

「ミット。今回は空から捜索するから一緒には行けない。陛下や近衛の指示に従って厩舎に戻っていてくれ」

翼を出してミットに声をかける。
俺が指示しないとミットは誰にも従わないだろうから。

「悪い奴に拐われて助けを待ってる人たちが居るんだ。また会いに行くから厩舎に戻って良い子で待っててくれ」

顔をゴリゴリするミットを撫でながら言い聞かせると分かってくれたらしく、甘えるような鳴き声をあげた。

「では陛下、城で報告をお待ちください」
「承知した」

アルク国王に再度声をかけ、ミットのことはノアに目配せで伝えてから翼を使って空に飛んだ。

「え……増えてる」

森の中の探知をかけると生体反応が増えている。
軍人が先に救出に向かってるはずだから増えているのは当然なんだけど、それは後から追っていて距離があるから分かる。
ただ他にも仲間が居て合流したのか、さっきの三名、五名、二名という人数の情報は役に立たなくなっていた。

「どれが王妃と姫殿下だ」

この誘拐事件は王妃や姫殿下が標的の可能性が高い。
それが正しければ首謀者と接触する可能性が高いのは王妃と姫殿下。

「駄目だ。大天使の目を使うしかない」

月の使者が魔力を分けてくれたけど全回復した訳じゃない。
これから何が起きるか分からないから魔力はなるべく温存しておきたかったけど、人質の様子を把握するためにも大天使の目を使って確認した方がいいだろう。

大天使の目で一番近い場所から確認する。
その状況に舌打ちしてすぐにそこへ向かった。

空を飛んで僅か数分。
追いかけている軍人たちに追いつく。

「そちらではない!二時の方角に進めばすぐに追いつく!」
英雄エロー公爵閣下!」

全力で馬を走らせていた軍人たちの所まで下降して方角がズレていることを話しながら正しい方角を指差す。
俺は大天使の目が使えるから探知と合わせて正確な位置が分かるけど、みんなは俺が訓練所で指示した方角にある生体反応で追っているんだから探り探りになるのも仕方がない。

「救助者は女児が二名!賊は増えて八名!逃げ切ったと思っているのか不要になった人質を殺そうとしている!私が先に行って賊を仕留めるが急いで女児を救助しに来い!」
『はっ!』

この方角に居るのは女児が二名。
賊から馬の背中に括り付けられているのが見えた。
上手く逃げきれたと判断して安心したのか、不要になった人質を馬と一緒に殺すつもりなんだろう。

「止まれ!」

一直線に救助に向かうと女児を背中に括り付けられ目隠しをされて暴れる馬が大きな川に落ちそうになっているところで、止まるよう声をかけつつ受け止め目隠しを外してやると今まで目が見えずに興奮していた馬はすぐに落ち着いてくれた。

英雄エロー!?」
「逃げられると思うなクズどもが!」

俺を見て驚いたもののすぐに散り散りになって逃げようとした男たちをバインドで拘束する。

「……くそっ!毒か!」

捕まった時には自害できるようにしてあったらしく、男たちは次々と血を吐いて地面に倒れた。

「今解いてやる」

死んだのを確認してから唸っている女児たちに声をかける。
最初に口を塞いでいる布をとり口内に詰め込まれている布もとってあげると大声で泣きだした。

「怖かったな。よく頑張った」

目隠しを外してあげると大声で泣いていた女児はきょとん。
俺を見てすんと泣き声が止まった。

「……英雄エローさま?」
「ああ」
「……本物?」
「本物だ」

先に解いてあげた女児がそう話すとモゴモゴ動いて抵抗しようとしていた女児の方もすんっと止まる。
耳は塞がれていないから女児の会話を聞いて助けが来たと分かったんだろう。

英雄エローさま」

同じく口と目の拘束を解いてあげるとやっぱりきょとん。
その反応に少し笑いながら、二人一緒に身体を括り付けられている紐を解いてあげた。

「閣下!」

方角を教えたらあっという間。
軍人たちもすぐに追いついて、止まった馬から急くように飛び降りる。

「バインドで拘束したが自害された。手を動かせない状態でどのように服毒したのか、毒の種類も合わせて調べてくれ」
「はっ!」

恐らく何らかの形で口の中に毒を仕込んであったんだろう。
女児二人に回復ヒールと浄化をかけながら指示をする。

「私は別の方角に逃走した賊を追う。子供たちを頼んだ」
「承知いたしました。お気をつけて」
「「ありがとうございました!」」
「どういたしまして」

飛ぼうとすると大きな声でお礼を言った女児二人にくすりと笑ってその場を離れた。

「こいつら一体何者なんだ」

再び大天使の目で確認した方角に向かう。
最初に訓練所で確認した時には数人がこの誘拐に関わってると思ってたけど、今は数十人に増えている。
ここに居るのは実行犯だけで首謀者や指示役が別に居るとするならかなりの人数になりそうだ。

「……まさか壊滅派の残党か?」

ロザリアが属していた壊滅派。
後から自首した者も含めると数が多くてまだ全員の取り調べが終わった訳じゃないけど、終わった者から順に罪の重さに合わせた処分がくだされている。

「何にしても捕まえて吐かせるしかないな」

さっきは自害されてしまったから情報を得られなかった。
死を覚悟の上で事件を起こした者が自害したところで同情はしないけど、壊滅派のように組織化しているなら今後も何かしらの形で犠牲者が増える可能性がある。
それだけは止めないと。

「ラウロ団長!」
「閣下!」

訓練所から見て一時の方角へ救出に向かっていたのはラウロさんが率いる隊。

「賊は足を止めている!このまま直進を!私は先に行く!」
「はっ!」

ラウロさんの探知の性能がいいのか方角ピッタリ。
ただ、この方角の賊には結構な距離を逃げられているから馬で追いつくにはまだかかる。
方角を教え先に行くことを話して空に上昇した。

「こっちは大人だけか」

大天使の目を通して見えている光景。
さっきは女児が二人だったけど、こちらは口に布を噛まされ後ろ手に身体を縛られて地面に座らされている夫人が三人。
あの女児たちの母親なのか、別の女児の母親なのか。

「……は?」

様子を伺いながら急いで、あと少しの所で素の声が洩れる。
大天使の目で見えるのは光景だけで声は聞こえないけど、夫人の一人が頬を殴られたのを見て。
倒れた夫人を庇い覆い被さるように身体を倒した夫人二人も男たちから引き剥がされ暴行を受けてドレスを破られた。

「どいつもこいつもクソが!」

男たちから押さえられ抵抗できなくされた夫人たち。
拐ったついでに……なんて

「させるか!」

空を飛んできた勢いのまま夫人たちを襲っている男たちを纏めて飛び蹴りして吹っ飛ばす。

「嫌がる人を暴行して襲うとか、てめぇらそれでも男か」

残った男たちも蹴り飛ばして夫人たちから距離をとり、倒れている一人のところに転移して思い切り股間を踏む。

「紳士じゃないお前らのなんて去勢した方が世のため人のためになる。二度と使い物にならないよう潰してやろう」

痛みで転がる男を見て顔面蒼白になる男たち。
紳士的な手段で同意を得るのではなく暴行でに及ぼうとするとか男の風上にも置けない奴等だ。
人を拐ってる時点で性別関係なくただの犯罪者だけど。

「ああ、叫び声はあげられないし自害も出来ないぞ?さっきの奴等のように自害して罪から逃げることはさせない」

バインドをかけながら説明する。
こいつらもさっきの奴等のように自害するかもしれないから、蹴る前に口を開けられらないよう時空間魔法で口は塞いだ。
仮に口の中に噛んで漏れ出す毒を仕込んであっても口が動かせなければ噛むことが出来ないから。

縛られていて起き上がることも出来ない夫人たちを先に一人ずつ起こして口布を外す。

英雄エロー公爵閣下!王妃殿下と姫殿下を追ってください!」

大天使の目で見ていて最初に殴られた夫人。
自分も暴行を受けて傷を負いドレスも破られボロボロの姿になっていながら、口布を外すと開口一番そう訴える。

「ここで一度合流したのですが別の賊が現れ連れて行かれてしまいました!王妃殿下は姫殿下を庇った際に背中を斬られていて一刻を争います!王妃殿下と姫殿下の近衛が追っていますが二人も深手を負った状態ですので、あの人数にはとても!」

訴えを聞きながら身体を縛っている縄を切る。
ここで足を止めていたのは王妃と姫殿下を別の賊に引き渡すためか。

「承知した。すぐに向かう。こちらに向かっている軍の者が到着するまでここを動かず待っていてくれ。動けないようバインドをかけてあるが、念のため男たちには近付かないように」
「はいっ!」

肌を隠せるよう異空間アイテムボックスから出した三枚のローブを夫人たちに渡してすぐに翼で空へと飛んだ。

「一番深刻な状況はやっぱり王家の二人か」

大天使の目で王妃たちのは分かっている。
でもその光景に王妃と姫殿下の姿は確認できない。
賊の姿は見えているのに二人の姿は見えないということは、商人の荷馬車に偽装した馬車で運ばれている荷物の中のどれかに閉じ込められてるんだろう。

急いで向かいつつ様子を見てると二人の男が賊に追いつく。
赤い軍服を着ている二人。
夫人が話していた王妃と姫殿下の近衛だろう。

偽装した荷馬車から降りた賊との応戦が始まる。
さすが王家の近衛と思わされる実力者たちだけど、よほど傷が深いのか赤い軍服の胸や腹が濃い血の赤に染まっている。
出血が多くて意識もはっきりしないだろうに、それでもなお王妃と姫殿下を救出するために戦っている。

「命を賭して戦う不屈の騎士たちに祝福を」
「「英雄エロー公爵閣下!」」

地面には降りず下降だけして空から範囲上級回復エリアハイヒールをかける。

「私どもはお捨て置きください!王妃殿下と姫殿下を!」
「御二方はこの先に逃走した二台の荷馬車の中におられます!お怪我をなさっておりますので早急な治療が必要です!」

戦う手は止めず俺に訴える二人。
降りて戦っている賊は一部で荷馬車は既に逃走している。
大天使の目で見ていたから知っているけど余計なことは言わず回復をして闇属性の物魔防御もかけた。

「戦いに勝って追いついてこい。王家の近衛を名乗るならば自分の主人の無事を見届けるまでは何としても死ぬな」

多勢に無勢。
不利な状況で自らの命が潰えることも厭わず戦っているけど、最後まで守れず途中で死んでは意味がない。

「「はっ!」」

二人の返事を聞き再び上昇して荷馬車を追う。
夫人も近衛も示し合わせたかのように王妃の怪我のことを話したということは、早急に治療しないと危険だと分かる程の深い傷を負っているということだろう。

正妃や二妃と比べて三妃とはあまり接点がない。
何回か食事の席で同席してるから顔は知ってるし挨拶を交わすくらいはするけど、アルク国王の治療を打診してきた正妃や長官を娶るよう言われた二妃のように個人的な接触はない。

だから俺が知っていることは少ない。
成人年の十五歳の時に王家に嫁いできて今は俺の三歳上の二十四歳で、七歳の男児と五歳の女児が居るということくらい。
今回一緒に拐われた姫殿下は下の五歳の子ということ。

王家の女児は五歳になると自分の名前で茶会を開く。
貴族家の母親たちへのお披露目も兼ねているけど、一番の目的は姫本人が貴族家の令嬢と交流して友人を作ること。
本人も必死に礼儀作法を練習しただろうし、王妃や宮殿に仕える使用人も娘や姫に恥をかかせないよう念入りに茶会の準備をしただろう。

茶会は厳しい社交界で生きる女性にとっての戦場。
だからこそ普段は後ろに控えている近衛もこの時ばかりは距離を置き、警護も視界に入らない位置で警戒をしている。
女性の戦場を荒らさないように。

男性にも戦場があるように女性には女性の戦場がある。
招かれざる客がその時を狙い戦場に土足で踏み入って多くの人の努力を無にしたことは決して許されない。

「見つけた」

猛スピードで走り城壁のある森の端まで来ていた荷馬車。
王宮の森の先にある王家専用の南門から外に逃げる手筈になっていたんだろうけど、そんなことはさせない。

「逃げられると思うな」

下手に急停止させると荷物の中に閉じ込められている王妃と姫殿下が衝撃を受けて危険だから、速度を殺す+捕獲も兼ねて二台の荷馬車を巨大な水牢に閉じ込め地面に降りた。

「ようクズども。寒い時期の水遊びは楽しいか?」

荷馬車の中から泳いでわらわらと出てきた賊たち。
待っていた俺を見て動きを止める。

「顔を隠すために鼻まで覆った布が水に濡れてなおさら自分たちを窮地に追い込んでるんだから世話ないな。遊び終わるまで待っていてやるから存分に水遊びを楽しんでくれ」

ニヤリと笑う俺に焦る様子を見せる賊たち。
自害できないよう口は時空間魔法で塞いでいるし、賊たちには対象操作していないから、このままでは普通に溺れ死ぬ。
ろくに動けない状況で水牢を壊そうと剣で頑張ってるけど俺より魔力値も精神力も低いらしくビクともせず。

そのまま待っていると荷馬車から一人の賊が二人の人物を抱えて出てきて、外の状況を見て驚いたのか手を離す。

意識がないらしく水の浮力で浮かび上がる二人。
それを見て賊にはバインドをかけ水牢を無効化して、賊と一緒に落下する二人のことは翼で飛んで受け止めた。

「……チェーリオ?賊?……ワタクシを暗殺するのですか?」
「三妃殿下?」

地面に落下した荷馬車の破壊音か、受けとめられたことに気づいてか、薄らと目を開けてか細い声で問う三妃。
僅かでも開いているのにすぐ傍にある俺の顔が認識できていないということは目が見えていないんだろう。

「三妃殿下、私はシン・ユウナギ・エローです。陛下よりご下命を受け三妃殿下と姫殿下の救出に参りました」
「……英雄エロー……なのですか?」
「はい」

小刻みに震える手を伸ばして探す様子を見せた三妃に顔を近付け確認させる。

「ああ……良かった。どうか姫を……娘を助けて」

それだけ言うと再び力を失い腕がだらりと垂れた。

「ご安心ください。姫殿下はここにおられます」

姫殿下は眠らされているだけで傷は擦り傷程度。
最初に救出した女児ですら顔や手足を怪我して血が出ていたのに姫殿下が擦り傷なのは三妃が身を呈して庇ったから。

「愛されていますね、姫殿下」

三妃を抱いている腕とは反対の腕の中で眠っている姫殿下。
親に愛されてすくすく育っている幸せな子供。
この先もその幸せが奪われることがないよう願おう。

「後ほどしっかり回復いたしますのでお許しを」

二人を腕に抱いたまま範囲上級回復エリアハイヒールをかける。
ドレスにも抱いている俺の手にもべっとりと血がつくほどの深手を負っている三妃は集中して治療をしないと治らない。
でも今は荷馬車と一緒に地面に落下した賊も死なない程度に回復をしないといけないから延命措置くらいしかできない。

地面に降り二人を寝かせて身体にローブをかけ、物魔防御を複合した安全な時空間魔法のキューブで周囲を覆った。

「起きたか」

範囲回復エリアヒールで軽く回復をすると動いた賊が数名。
わざわざ律儀に全員を回復してやる義理はない。
最後に王妃と姫殿下を抱えて荷馬車から出てきた男の前にある荷馬車の残骸に座って声をかける。

「お前たちは壊滅派の残党か?」

顔を隠すための口布を下ろして確認するとまだ若い青年で、目が合った俺からサッと顔をそらす。

「あー……違うみたいだな。少なくともお前は」

手入れされているつるつるの肌と唇。
壊滅派は一般国民が組織化したもので、一般国民の彼らはこの青年のように日常的に肌や唇をケアする裕福な人は居ない。

「せっかくの美形で裕福な貴族に生まれたのに勿体ない。もっとマシな生き方があっただろうに」

キッと睨む青年。
この状況でも睨む元気があって結構なことだ。

「まあ貴族に生まれながらこんな事件を起こしたんだから事情があるんだろうけど、罪を犯した事実は変わらない。貴族だろうと一般国民だろうと王家を拐った罪の重さは同じだ」

王家を拐い傷つければ貴賎は関係なく極刑。
だから一般国民は組織化して王家への反発を起こす。
それが革命。

「お前たちが壊滅派の残党でも別の新勢力でも英雄の私がすることは一つ。自分たちの歪んだ欲望のために罪のない人々の命を奪うような奴は一人残らず追い詰めて根絶やしにする」

罪のない人を守るために罪を犯した人を断罪する。
それは精霊族の守護者という聞こえのいい免罪符のもと粛清を許されている英雄の俺が生涯抱え続ける業。

「閣下!ご無事ですか!」
「ラウロ団長」

馬に乗って現れたのはラウロさん。

「夫人たちとは会ったのか?」
「はい。増員要請を城に通達して数名を連れこちらへ」
「よく場所が分かったな」
「探知に閣下の一際大きな魔力がかかりましたので」
「……さすがラウロ団長」

探知で魔力の大きさまで分かるとか、ほんと有能。
神族の俺と違って普通の精霊族のはずなんだけど。

「三妃殿下と姫殿下はどちらに」
「あちらで時空間の中に寝かせている」
「お前たちは賊を」
『はっ!』

賊の身柄確保は一緒にきた軍人に指示を出したラウロさんは立ち上がった俺の後を着いてきた。

「これは」
「物魔防御を複合した時空間だ」

隔離された空間。
万が一賊の中に俺のバインドを跳ね除ける奴が居ると意識のない二人が危険だから念のための処置。

「姫殿下は眠らされているだけだが三妃殿下の方は重症だ。地面に落下させた賊も含めて一度範囲上級回復エリアハイヒールを使ったが傷が塞がっただけでやはり完治はできなかった」

時空間を無効化するとラウロさんはすぐにしゃがんで三妃の脈と呼吸を確認する。

「ここは任せていいだろうか。私はこのまま二人を城に連れ帰って三妃殿下へ増血処置と合わせて回復治療を行う」
「承知いたしました」

ラウロさんが来てくれたから安心してここは任せられる。
三妃や姫殿下を救出することはもちろん重要だけど、賊に逃げられたらまた別の形で王家が命を狙われることになるから置いて行く訳にもいかなかった。

「では頼んだ」
『はっ!』

王妃と姫殿下を両腕に抱え、後のことはラウロさんと軍人たちに任せて翼を使って城へと飛んだ。
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転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

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 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

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ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

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一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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