ホスト異世界へ行く

REON

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第十二章 邂逅

天才

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「開始!」

講師が手を挙げると同時に剣を手に俺の前まで走って来たのは訓練科上級ユリウス・カリフ。
帯刀していた刀で攻撃を受け止めると間髪入れず指揮官科上級のノエ・アストルガが雷属性で追撃をしてきて無効化する。

剣と魔法のダブル攻撃。
対する俺は一人だから両方の攻撃を捌く必要がある。
その間にも魔術科上級のセシリオ・アラスは着々と術式を描いていた。

さっきまで大ブーイングだった生徒たちも三人の見事な連携を見てチームを組んだ理由を理解したのか大盛り上がり。
属する学科は違っても上級科の首席になっている三人だけあって個人の能力も高い。

「物魔障壁か」

セシリオが術式を使ってかけたのは物魔障壁。
術者の自分を含む三名同時に物魔障壁がかかった。

「だが私には意味がない」

刀で剣筋を逸らしてまずは目の前に居るユリウスにかかっている物魔障壁から叩き割った。

「一つ可能性を潰されたからと言って怯んで手を休めるな!対人戦では相手も知恵を使ってくるのだから可能性など次々に潰されて当然だ!常に次の一手を考えろ!」

簡単に物魔障壁を砕かれて怯んだ攻撃の隙をついて次はノエの物魔障壁を拳で砕く。

「ユリウスは魔法でサポートしてくれるノエと術式で強化してくれるセシリオのところに私を行かせない手段を考えて戦え!ノエとセシリオは攻撃の要のユリウスを倒されない手段を考えて戦え!そうでなければパーティを組む意味はない!」

離れた後方に居る術者のセシリオにも聞こえるよう声をあげながらユリウスの剣術とノエの魔法を捌く。

「お前たちの実力はその程度か!ユリウスはもっと脚に力を入れてしっかり地を踏み込め!敵の行動をよく見て見失うな!セシリオは早くユリウスに魔障壁をかけ直せ!同士討ちになるのを気にしてノエが魔法の威力を加減してると気付け!」

パーティを組む最大のメリットは互いの弱点を補えること。
ただし連携が崩れると同士討ちになる危険を孕んでいる。

「ノエは逸早く状況を判断して指示を出せ!狼狽える指揮官など戦場では死体を増やすだけのお荷物でしかない!」

物理攻撃のユリウス。
指揮と魔法攻撃のノエ。
術式補助のセシリオ。
個人の能力は高いからこそ、その先を期待してしまう。

次から次に仕掛けてくる攻撃を捌き続けて数十分。
一番動いていたユリウスが遂に息を切らして膝をつく。
魔力の消費が多い術式を使うセシリオや、魔法を連発していたノエも一足先に膝をついていた。

「ん?」

三人の様子を見てこれ以上は辞めておこうと俺が刀を鞘に収めると同時に、ユリウスとノエがスっと左右に身体を傾ける。
身体を傾けた二人の後ろに見えたのは丸く大きな火球。
それを見てくすりと笑いが洩れた。

セシリオが最初に膝をついたのはのため。
膝をついたセシリオの前にノエが膝をついて魔法を使っていたのはを練るための術式と魔力の気配を俺から隠すため。
ユリウスは二人に俺の目が行かないよう最後まで手を止めずに攻撃をし続けたと。

それでなくとも威力が上がる術式を使い、全力を尽くして魔力を練りに練った大きなの火球は火傷では済まない代物。
学生が繰り出した魔法とは思えないその立派な代物に敬意を表して無効化はせず、召喚した風雅を手に火球のところまで転移して真っ二つに斬り落とした。

「そこまで!」

爆散した煙が晴れると講師が手を挙げて終了。
俺がかけた物魔障壁で護られている三人は既に力尽きて地面に倒れていた。

「担架を!」
「必要ない。私が回復する」

倒れている生徒を見て慌てた講師を止める。

「力の限りを尽くして戦った若者たちに神の祝福を」

両手を組んで範囲上級回復エリアハイヒールをかける。
最後まで勝ちに拘って諦めなかった三人は立派だった。

「……英雄エロー

数分ほどで回復して身体を起こした三人は俺を見上げる。

「ユリウス・カリフ。ノエ・アストルガ。セシリオ・アラス。最後まで勝利することを諦めず私を欺くとはよくやった」

しゃがんで褒めると三人は互いの手を叩きあって嬉しそうに満面で笑った。

「ノエとセシリオはアウラに渡した物と同じ魔力回復薬マジックポーションを。ユリウスには回復薬ポーションをやるから飲んで休んでくれ」
『ありがとうございます!』
「こちらこそ。楽しい勝負をありがとう」

まだ足許のふらつくセシリオに肩を貸しつつも頭を下げた三人に胸に手をあて感謝を伝えると、いい勝負をした三人を称えて生徒たちから惜しみない拍手が送られる。
俺にとっても武闘本大会で見たエルフ族の印象からがらりと変わったいい勝負だった。

「休憩を挟みますか?」
「いや。このまま続けよう」

主審から聞かれて断る。
今の勝負はフルに動いて魔法も使ったから(範囲上級回復エリアハイヒールも使ったし)休憩した方がいいと気にかけてくれたんだろうけど、この程度で戦えなくなるほどヤワじゃない。

「絶えず仕掛けられる攻撃を全てお一人で往なして汗一つ滲ませていないとは、やはり英雄エロー公のお力は底知れませんね」
「この程度で疲れるようでは英雄は名乗れない」
「大変頼もしいお言葉で」

そう会話を交わして笑う。
中身はただのクズ野郎だけど、せめて精霊族が憧れる強い英雄像だけは壊さないよう日々努力は続けている。

「総首席、支度が整ったらこちらの中央線へ」
「はい!」

休憩を挟むかどうかの判断を待っていたようで、最後の一人のシストは講師から声をかけられるとすぐに白線内に入る。

「シスト・ボナ。数百人もの生徒が集うアルク王都校の総首席と聞けば、私も含むこの場に居る誰もが実力を期待してしまうだろう。その重圧を背負って私と戦う覚悟はあるか?」
「はい!胸をお借りするつもりで全力を尽くします!」
「よろしい」

躊躇せずハッキリと答えたシストのやる気は充分。
最初から一貫して揺らがない精神力の高さ。
王宮魔導師を目指すシストには必要不可欠なもの。

「開始!」

講師の手が挙がるとシストはまず雷魔法で攻撃する。
頭上から降る雷を俺が避けた一瞬の隙に目の前に転移してきて振り下ろされた剣を刀で受け止めると、グラウンドには剣と刀がぶつかり合った大きな金属音が響いた。

「本当に学生か?」

転移は闇属性魔法。
学生の時点で既に何かの属性魔法を極めたと言うこと。
しかも今の間にしっかり闇属性の物魔防御をかけてある。
とんでもない才能の持ち主。

「この剣は魔封武器か」
「はい!」

受け止めた手が痺れるのは雷属性を剣に纏わせているから。
武闘本大会の影響で魔封武器も売れてるとヤンさんが言ってたけど、あの時が初披露だった魔封武器をもう使い熟すとは。
術札を使うラウロさんと言い、この兄弟は天才か。

「認めよう。総首席に相応しい才能の持ち主だ」

まさか学生相手に闇属性を纏わせた刀で戦う事になるとは。
こうしないと剣を受ける度に雷を喰らってしまうから。

剣術にしても魔法にしても常に全力。
魔法の発動が速い上に一手一手を大切にしていて、雷・火・水とどれを使ってもスカスカの魔法はない。
魔封武器は斬れ味が上がる代わりに魔法を使うと消費量が増えるという欠点があるけど、これだけしっかりした魔法を連発できるんだから魔力量も相当あるだろう。

「シストと戦っていると私の師匠が思い浮かぶ」
「アポトール公爵閣下ですか」
「ああ。魔法特化の賢者でありながら剣を振り回し、愛弟子を殺しかけては回復をして再び殺しかけてと繰り返すことで体力と精神を削ってくる鬼畜師匠だ」

一人で物理攻撃と魔法攻撃を使い分けて戦っている姿はまるでエミーのよう。

「私の師匠の口癖は。手足を斬り落とされ、腹を突き刺され、眼球を貫かれ、業火で焼かれ、水牢で溺れさせられ、竜巻で切り裂かれる。常に死の恐怖を感じながら生きるために戦い続けて出来上がったのが今の私だ」

超回復を持つ俺にだから出来た鍛え方だと言っていたけど、結果としてエミーのやり方は間違ってなかった。
エミーから鍛えられていなかったら今の俺は居ない。

「私の師匠は英雄エロー公爵閣下です」
「ん?」
「勝手に、一方的に憧れて英雄エロー公を模範にして鍛えてます」

剣と魔法で戦い続けてさすがに疲れたのか、肩で息をしながらも攻撃の手は止めず言ったシストに笑う。

「なるほど。師匠と弟子は似ると言うことか」

エミーのようだと思ったそれは実は俺だったと。
知らない内に鬼畜なクソッタレ軍人さまと似てたとか最高に気分が悪いけど、右も左も分からない時から訓練を繰り返して身体に叩き込まれたんだから当然と言えば当然か。

「私を模範にしているなら残る攻撃手段はなんだ?」
「武闘です!」

闇属性魔法で強化した拳で力の限り殴ってきたのを腕で受け止めると鈍い音が響く。
それでも攻撃の手は止まらず拳で殴り続けてくるシストに口許が緩む。

「あまり俺を喜ばせるなよ。加減が出来なくなるだろ」

シストの身体を浮かせるため空に向けて蹴りあげ、落下する前に転移で追いつき胸倉を掴んで持ち上げる。

「まだ諦めないのが恐ろしいな」

苦しい顔をしながらも胸倉を掴んでいる俺の腕を両手で掴み闇属性を使ったシストの魔法を無効化して笑い声が洩れる。

「魔導師になる前に本当に俺の弟子になるか?」

驚いて目を見開いたシストに笑って地面に叩きつける。
拳の骨が折れても殴るのを止めないし、もう剣を握れない状態なのに素直に諦める様子もないからこれで終わり。

「……そこまで!」

戦闘不能。
起き上がれないシストを見て講師が高く手を挙げた。

「不屈の闘志を持つエルフ族の青年に祝福を」

恩恵の神の裁きを使うと形になったのは大きな月神。
いつもはフォルテアル神なのにどうしてと驚いてる間にも月神はシストを手のひらで包んで癒し、フォルテアル神の時と同じように空中に霧散するように消えた。

「シスト」

観戦席の生徒がザワザワと騒いでいる中しゃがんで声をかけながら肩を叩くと瞼がパチリと開く。

「勝負は!」

飛び起きた第一声がそれ。
何故か今回はフォルテアル神じゃなく月神だったけど、回復することは変わっていないようでホッとした。

「総首席。勝負は君の敗北で決着した」
「……分かりました」

主審の講師から勝敗を聞いたシストは大きく息を吐く。
最初から俺との力の差を分かっていても敗北が当然の結果ではなく悔しいと思えるのは凄いことだ。
シストはもう学生の域を超えてる。

「痛いところは?」
「どこも。問題ありません」
英雄エロー公が治療してくださった」
「恐れ入ります。ありがとうございました」
「いや。私が叩き付けてしまったからな」

勝負を終わらせるために地面に叩き付けて気絶させたんだから回復するまで面倒を見るのは当然。

「立てるか?」
「はい」

シストは何事もなかったようにスクッと立ち上がると俺と中央線まで行って互いに胸に手をあて礼を交わす。
総首席に相応しい期待を裏切らない戦いに生徒たちは大きな歓声と拍手を送った。

「お疲れさまでした」
「ありがとう」

全ての勝負が終わって白線から出ると学長とダンテさんとラウロさんから出迎えられる。

「シストは将来が末恐ろしいな」
「愚弟が御無礼を。普段は冷静なのですが、崇敬する英雄エロー公の胸をお借りできて夢中になってしまったようです」

そう謝るラウロさんは苦笑。
ラウロさんにとっても今日のシストは意外だったようだ。

「シストを弟子にと言ったのは本気ですか?」
「ああ。将来の夢は兄と同じ魔導師と話していたからそれまでの間にはなるが、本人にその気があるのであれば」

ダンテさんから聞かれて答える。

英雄エロー公の弟子となればとてつもない話になります」
「私も弟子など考えたことがなかったが、今後エルフ族とも親交の機会を増やそうと考えていた今のタイミングで逸材に出会ってしまったからな。もっと才能を伸ばしてやりたい」

俺が弟子を取るとなれば騒ぎになることは承知。
でも俺を模範にして鍛えていると聞いて、実際に教えてやればまだまだ強くなるんじゃないかと思った。

「学長。生徒たちを解散させた方がいいのではないか?勝負は終わったのに待機させては時間の無駄になる」
「ではお言葉に甘えて、お話の途中ですが失礼いたします」
「ああ。すぐに気が回らず待たせてすまなかった」
「滅相もございません」

俺がダンテさんやラウロさんと話しているから失礼にならないよう話が終わるのを待っていることに気付いて、話を中断して生徒を優先してくれるよう話す。

「話の続きは後で」
「そうですね。内容が内容ですので」
「承知しました」

指揮台にあがった学長が特別講義を終了することを話すと生徒たちから『ありがとうございました!』と頭を下げられて、元気のいいその声にくすりとしつつ胸に手をあてて応えた。

「この後は如何なさいますか?」
「まだ行っていない場所を見学するつもりだ」

ラウロさんに答えつつ講堂に戻る途中で興味津々に見てる生徒やキャーキャー言ってる生徒たちに笑みで軽く手を振る。
訓練塔の時のように詰め寄られて危険な状況になるのは困るけど、こうして嬉しそうな生徒を見ているのは悪くない。 

「では講堂内にも警備を配置いたします」
「ありがとう。講義の妨げにならないよう配慮を頼む」
「承知いたしました」

俺が訪問してることを生徒や体験入学者にも正式に発表したからあらゆる場所に国王軍の騎士や魔導師が警備につく。
生徒の中に俺の命を狙う人が居るかも知れないし、講師や体験入学者や保護者の中に居るかも知れない。
それを想定して俺自身に護衛がつくのはもちろん構内もグラウンドも訓練塔も全てが警備対象になる。

英雄エロー!回復魔法のコツを教えてください!」
「こら!止まらない!」
「ごめんなさい!でも質問だけ!」

足を止め俺に声をかけたことを講師から怒られる女子生徒。
それを見て女子生徒の所に歩き出すと護衛のダンテさんとラウロさんも着いてきた。

英雄エロー公。申し訳ありません」
「構わない」

女性講師から深々と頭を下げて謝られる。

「回復のコツということは、君も聖適性を持ってるのか」
「恩恵特性です。戦闘は苦手で勝負を願い出る能力がないため図々しくもこのような形で質問したことをお許しください」
「そうか。そこまで気が回らずすまなかった」
「そ、そんな!」

思えば薬学科の生徒や恩恵特性の彼女のようにではなくを学びに来ている生徒も居る。
その生徒たちからすれば『勝負をして学ぶ』という選択肢を取られては学ぶ機会から除外されてしまう。

「恩恵特性ならば回復ヒール自体は使えるのだろう?」
「それがまだ。どうして使えないのか誰にも分からなくて」
「本人も毎日魔力を流して頑張ってるんです」
「やる気がないとかじゃありません」

彼女の友人なのか女子生徒がフォローする。
他の魔法と同じく能力値で回復量は左右されるけど、恩恵特性なら魔力を流せるようになっていれば問答無用で使えるようになるはずなんだけど。

「他の属性魔法は?」
「水適性はあります」
「そちらは使えるのか?」
「いいえ」
「魔法自体が使えないと言うことか」
「はい」

じゃなく使
そうなると魔力を流せていないと言うことになる。
魔力神経に異常があるんだろうか。

【ピコン(音)!魔力神経の魔法検査を行ってください】
『ん?』
【硬化している部分があると予想されます】
『え?この子も魔力神経硬化症ってこと?』
【はい】

中の人が教えてくれて驚く。
この子にはさすがにヤッて体液をあげる治療は出来ない。
かと言ってそのままにも出来ないけど。

「良ければ魔法検査をさせてくれないか?」
「え?」
「魔法検査の結果は術者に左右されると知っているか?」
「そうなのですか?」
「能力の高い魔法医療師の方が詳細に分かるのですよね?」
「その通り」

一緒に立ち止まって聞いていた生徒の中から一人、男子生徒が手を挙げて答える。

「私の魔法検査は少々特殊でな。魔法を使えない原因が体内にあるのかを調べるために検査させて欲しい。検査自体は痛みもなければ数分足らずで終わる。人を救うことの出来る能力を持つ君をそのままにはしたくない」

回復魔法を使える人は貴重。
この子が能力を開花することで救われる命が増える。

「お、お願いします」
「では少し離れよう。通行の妨げになる」
「見学させて貰うことは出来ますか?」

手を挙げたのはさっきの男子生徒。
何名かの男女が自分もと手を挙げる。

「君たちが興味があるのは魔法検査か?」
「薬学科のアクセル・ベックです。医療師を目指してます」
「ああ、それで」

魔法検査が能力値で左右されることも知っていたし、医療師を目指してるから魔法検査にも興味があるのかと納得した。

「どうする?」
「制服を脱いだりは」
「しない。魔法検査はそのままで出来る」
「じゃあ見学しても大丈夫です」
「ありがとう」

魔法検査は機械を使う検査と違って患者がやることはない。
それならと許可をした女子生徒に男子生徒はお礼を言って頭を下げた。

「私も付き添っていいですか?彼女が属する科の講師です」
「構わない。見学を希望する生徒の誘導を頼む」
「承知しました」

講師に話して列から少し離れる。
検査を受ける女子生徒には異空間アイテムボックスから出したパイプ椅子に座って貰った。

「そのまま楽にしていてくれ」
「分かりました」

許可を得てすぐに魔法検査をかける。

「検査をしている間に幾つか質問させてくれ」
「はい」
「突然胸が苦しい痛いなどの症状が出る時はあるか?」
「いえ」
「微熱も含め、頻繁に発熱はするか?」
「いいえ」
「ぶつけた記憶もないのに身体に痣が出来たりは?」
「ありません」

その時点でアルク国王とは違う。
珍しく中の人の予想が外れたんだろうか。

「今まで大病にかかったことは?」
「いいえ。ありません」
「そうか。健康で何よりだ」

幼い頃から至って健康。
アルク国王のように魔素の影響を受けて寝込むこともない。
今のところは魔力神経硬化症じゃなさそうだけど。

【ピコン(音)!検査結果が出ました】
『見せてくれ』

早速検査結果が出て画面パネルを確認する。

『え……本当だった』

本当に病状の欄に魔力神経硬化症と出ている。
症状らしきものは出てないのに。

【硬化しているのは一部分ですので魔素の変換は異常のない部分で行えています。ただし硬化部分で魔力が流れる量が極端に少なくなるため上手く循環できず魔法が使えない状態です】
『そういうことか』

魔力神経を見るとたしかに細くなってる部分がある。
そこまでは真っ直ぐなのにくびれのようにキュッと。
このキュッと狭まってる部分は魔力が少量しか流れてくれないから魔法を使えなかったようだ。

『治療方法は?』
【解してください】
『ん?』
【微量の雷電を硬化部分に流して解すことで軟化します】
『え?それだけで良いのか?』
【まだ魔力神経が硬化しきっていないため充分可能です】
『ああ、そっか。アルク国王は完全に硬くなってからの治療だから大変だけど、この子はまだ若いもんな』

納得。
十代の子と三十代の魔力神経じゃ硬さが違う。
全身の魔力神経を確認しても硬化部分は二ヶ所だけ。
それも1センチくらいの幅。

『今回も助かった。いつもありがとう』
【お役に立ちましたなら幸いです】

もう中の人は俺の先生のようなもの。
心からありがたい存在。

「検査結果が出た」

見学してる生徒から「もう?」という声が聞こえてくる。
検査のスピードも能力値に左右されるから、医療院で受ける魔法検査よりも早いことを驚くのも仕方ない。

「個人情報だから君にだけ見せる。護衛も配慮を」 
「「承知しました」」
「ありがとうございま……た、体重まで出てる」

個人情報が書かれた画面パネルを他の生徒に見せる訳には行かないから本人にだけ見せると、魔法検査の画面パネルを見るのは初めてなのか体重が書かれていることに気付いて恥ずかしがる。

「口外はしない。安心してくれ」
「ありがとうございます」

たしかに女性は気にするか。
そう思ってその部分は手で隠し俺にも見えないようにした。

「君が魔法を使えない原因は魔力神経硬化症だった」
「魔力神経硬化症?」
「こちらの画面パネルを見てほしい」

次に見せたのは全身と硬化部分の魔力神経を映した画面パネル

「な、なんですか?この細い線」
「君の体内にある魔力神経の位置と、その状態だ」
「体内にあるものが観れるのですか!?」
「ああ。言っただろう?私の魔法検査は少し特殊だと」
「す、凄い。切らなくても観れるなんて」

やっぱりそこに驚くようだ。
それだけこの世界の医療が遅れていると言うこと。

「あの、見学してる生徒にも見せてあげてくれませんか?」
「私は構わないが、いいのか?」
「こちらの画面パネルを観られるのは恥ずかしいですけど、この魔力神経の方だけなら。薬学科の生徒は医療師や魔法医療師を目指している人も居ますから勉強になるんじゃないかと」

そう話した女子生徒にくすりと笑う。
立派な考えだ。

「では彼女と同じく人の命を救う職業を目指している諸君のために画面パネルを観せながら説明しよう」

見学者にも見えるように全身の魔力神経と部分画面パネルを拡大すると、初めて観るそれに生徒たちは驚きの声をあげる。

「こちらの人体図に描かれている白線は諸君の体内にもある魔力神経の位置。こちらは魔力神経の一部を拡大したものだ」

右と左にある画面パネルを手で示しながら教える。

「人体図の方の赤い印はなんですか?」
「そこが君の魔力神経が硬化している部分を表している」
「二ヶ所に異常があると言うことですか」
「そういうことだ。こちらの拡大した画面パネルを見れば分かるだろうが、硬化が原因でこのように一部分が狭くなっている」

女子生徒に聞かれて答えると表情が曇る。
初めて聞く病名でも異常があると知れば怖いのは当然。

「心配は要らない。私が治す」
「え!治るのですか!?」
「ああ。治療をすれば魔法も使えるようになる」
「ほ、本当に?……私も魔法が使えるように?」
「ぬか喜びさせるような嘘はつかない」

それを聞いて女子生徒はぶわっと涙を零す。

「ヴィオラ良かった!本当に良かった!」
「勇気をだして英雄エローに相談して良かったね!」
「うん!」

さっき女子生徒のフォローをしていた友人たちも泣く。
治ると知って一緒に感極まるほど、この子がずっと悩んでいる様子を見てきたんだろう。

「治療法だが、少々痛みを伴う」
「……少々?」
「硬化部分に私の雷魔法を流して解す」
「雷魔法」

魔法と聞いてビビる女子生徒。
まあ気持ちは分かる。

「君の硬化部分は右腹部と左脹脛。そこに触れて流す」
「お待ちください!」
「どうした」

付き添いの女性講師が声をあげる。

「ヴィオラは女性です。未婚の女性が異性に肉体を触られたと噂になれば将来の妨げにもなり兼ねません。雷魔法であれば私にも使えますから、同性の私が治療いたします」

それを聞いて見学していた生徒はザワザワする。

「講師。君は賢者なのか?」
「え?いえ」
「じゃあ全身に雷を流すつもりか?死ぬぞ?」
「え?」

首を傾げる女性講師に溜息をつく。

「対象操作を使える者でないと不可能と言うことですよね」
「そうだ。君は賢いな」
「ありがとうございます」

アクセルという薬学科の生徒。
医療師を目指してるとあって知識は豊富なようだ。

「私も彼女の全身に雷を流すが、対象を硬化部分に限定することが出来る。仮に対象操作なしで全身に雷を流してみろ。心臓や脳髄や自律神経などの重要器官が損傷して心肺停止する」

この世界には電気刺激療法がない。
電気を使ってコリを解したり心臓マッサージをしたりという手段がないから魔法を使う必要がある。

「ですが女子生徒の肉体に触るのは。ご両親にもご相談を」
「やってください!」

女性講師の言葉を遮ったのは女子生徒本人。

「医療行為に性別は関係ありません!それを言ったら男性医療師は男性だけ、女性医療師は女性しか診れなくなります!女性医療師は少ないのに、女性は辛くても我慢しろと!?薬学科の生徒は医療師を目指す男子も多いのに偏見が過ぎます!」

ぷくっと怒る女子生徒。
なかなかハッキリと物を言う子のようだ。

「エレーン講師が自分で医療院に行く時はお好きにどうぞ!ただ私は我慢したくないので英雄エローにお願いします!」
「まあまあ。ご両親に相談した方がいいならそうしよう。不安なようならご両親の目の前で治療をしてもいい」
「辞めた方がいいです」
「ん?」

女性講師の言い分も分かるから学長を通して両親と相談してからと思って言うと、女子生徒は不穏な表情で俺を見あげて大きく首を横に振る。

「私の家族はみんな熱狂的な英雄エロー信者なので。英雄エローに治療して貰うと知ったら全員集合するでしょうし、実際に拝見したら喜びと興奮で失神すると思います。後から治療をして貰ったことを知ったとしても手が触れた部分を毎日拝まれる未来が見えて怖いです。そのくらい英雄エローが大好きな家族なんです」

いや、なにそれ。
面白家族すぎるだろ。
本人は不満なようだけど。

「もしや君はエルマンデル家のご令嬢か?」
「はい。次女ヴィオラです」
「やはりそうか」

ラウロさんが気付いて納得したように頷く。

「有名なのか?」
「白銀や白銀色を使った家具や装飾品を扱う大商会です」
「白銀」
「申し訳ありません。本当に英雄エローが好き過ぎる家族で」

手で顔を隠す女子生徒にラウロさんやダンテさんは苦笑。
俺を大好きな家族と聞いて分かるほど有名ってことか。

「危険が伴うような治療をするのであれば別ですが、そうでないのでしたら治療を拒否することはないでしょう。むしろよくやったと娘を褒め称えるのではないかと」

そんなに?
学長からも苦笑で言われる。

「私は先月15歳になって成人いたしました。治療を受けるか否かも自分で決められる年齢です。お願いできませんか?」
「そのような顔で懇願しなくとも治療はもちろんする。最初からそのつもりで君にも話したのだから」
「ありがとうございます!」

ご両親に相談するかどうかの話をしただけで治療はする。
今の内ならアルク国王のような治療をせずに済むから。

「エレーン講師。医療行為の接触で婚約や成婚に難色を示す家庭は聞いたことがない。仮に居ても極一部だろう」
「彼女がその極一部の家庭の異性を好きになる可能性も」
「居るかも分からないそれを優先して生徒が治る可能性を潰すと?治療をすれば魔法が使えるようになると聞いて涙まで流した生徒の未来を君の偏見で邪魔するのは辞めなさい」

学長からピシャリと言われた女性講師は黙る。
地球にも居たけど、結婚前の女性に男性が触れるなんて言語道断というタイプの人なんだろう。

「あの、ヴィオラの婚約者は私です」
「ベック君が?」
「はい。お互い学生の間は勉学に集中しようと決めて卒業するまで明かさないつもりでしたが、状況が状況ですので」

薬学科の男子生徒が彼女の婚約者だったらしく、一緒に見学していた生徒たちも知らなかったようで驚く。

「ヴィオラが治療を受けたからと言って成婚に響くことはないと断言します。私も医療師を目指しておりますし、実際に医療師になれば性別問わず必要に応じて触診いたします。医療行為を不埒な目で見る方が穿った見方なのではないでしょうか」

女性講師にハッキリと言った青年。
婚約者本人が問題視していないならもう何も言えない。

「ご両親とすぐに連絡を取れる手段はあるか?」
「ございます」
「では早急に連絡を取って欲しい。ご両親に相談してからであれば講師も納得するだろう。許可が出たら治療を行う」
「承知いたしました」

学長にお願いして連絡に行って貰う。
婚約者が気にしないと言ってるし、何より成人済みの本人が希望してるんだからこのまま治療しても良かったけど、納得できない人が居るならしっかり筋を通した方がいい。

「君は何科の生徒だ?」
「薬学科です」
「では両親の許可が出たら薬学科の教室で治療しよう。もし難色を示すようなら私が両親と話して納得していただけるよう説得する。治療しないということはないから安心してくれ」

椅子に座っている女子生徒の前に片膝をついて話す。
漸く原因が分かったんだから今すぐでも治療して貰いたいだろうけど、この女子生徒のためにも余計な可能性は潰したい。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「魔法を使えるようになった君がいつか人を救ってくれることを私への謝礼としよう。約束できるか?」
「はい!お約束します!」

そう約束を交わしてお互いに笑った。
    
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久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

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