ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

特別講義

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本日二度目のグラウンド。
ただし今回は人の数が違う。 
広いグラウンドにはアルク校の在校生と解放日で偶然見学に来ていた学生や両親なども集まっていた。

英雄エロー公爵閣下に敬礼!」

学長が国に報告をして集まった軍の騎士たち。
騎士団長のダンテさんの号令で騎士たちが敬礼する間を前後左右から警護されながら指揮台に上がった。

「既に大食堂や訓練塔でお見かけして知っていた生徒も居るだろうが、本日は英雄エロー公爵閣下が我が校の見学にご来訪くださっている。安全面に考慮して本来は公式発表する予定ではなかったが、生徒の混乱を避けたいという閣下のお心配りにより訪問発表と拝謁の機会を賜りこうして諸君に集まって貰った」

そう話すのは学長。
指揮台の上には訓練校と魔導校の管理長も揃っている。
英雄の俺の訪問を表沙汰にするということは『偶然見かけた生徒だけが知ること』では済まなくなるから、校内の警戒レベルが上がって軍の騎士が護衛や警備につくことになる。
だから大事にならないよう表沙汰にはせず講義を見学したり案内をして貰って終わる予定だったんだけど。

公務の予定を決めた師団や訪問を受け入れてくれた学長はもちろん、俺自身もを正直舐めていたと思う。
それについては軍人の方が正しく国民の心理を理解していて、急遽集められたダンテさんやラウロさんは『やはりそうなったか』と真っ先に思ったとのことだった。

英雄エロー公爵閣下にお言葉を賜りたいと存じます」

学長と交換して指揮台のマイク(拡声石)の前に立つ。

「まずは何より、私の訪問で想定していた以上の騒ぎになり公式発表することに決定したことで、こうして生徒諸君の貴重な学びの時間を削らせてしまったことをお詫びする」

最初に謝罪すると生徒たちが騒がしくなる。
俺が訪問しなければみんなも集まる必要がなく普段通りに勉強していられたんだから、そこは謝らないといけない。
この世界の学校は義務教育じゃなく学びたい人だけが高い学費を払って通っているんだから。

「今回の訪問は今まで交流する機会にあまり恵まれなかったエルフ族の学び舎や生徒たちが学ぶ様子を見学できるとあって楽しみにしていた。またとない機会に諸君の学生生活を見学させて欲しい。正々堂々とであれば勝負を申し込むも歓迎だ」

そう話すとザワザワと騒がしくなる。

「ただし、大勢で集まり転倒事故が起きるような状況になっては訪問を中止しなければならない。くれぐれも講師や警備や騎士の指示には従い節度ある行動をするよう願う。以上だ」

講義の時間を削って集まって貰ったから手短に話して終わらせたあと、管理長が注意事項等を説明して訪問発表は終了。
今回は軍人や講師も揃っているとあって興奮した生徒が押し寄せてくるということもなく、講師の指示に従っている。
みんなで渡れば怖くないの群集心理であんな騒動になるなら最初からこうして公にした方が良かったのかも知れない。

「よろしいのですか?」
「ん?」
「勝負を申し込むことを許可して」

講義のために解散になってすぐ学長とダンテさんとラウロさんが来て、ダンテさんから聞かれる。

「生徒とどう交流するかを考え手っ取り早い手段を選んだ。私から声をかけては萎縮する生徒も居るだろうし、逆に生徒から英雄という肩書きのある私へ気軽に声をかけるのも難しい」

今回の訪問は学校見学と生徒との交流を兼ねている。
でも俺に英雄という肩書きがある限り下手に近付いたり声をかければ萎縮する生徒もいるだろうし、生徒からしても気軽に声をかけられる相手じゃないと思っているだろう。
だから『みんなで渡れば怖くない』になってしまう。

「訓練校に通う生徒は知識はもちろん戦いの技術を学びに来ている者も少なくないだろう。日常の一般常識から違う異世界から来た私には基礎知識を教えてやることは出来ないが、戦いの技術ならば多少は教えることが出来る。私の訪問が何か一つでも生徒たちの学びに繋がればと思う」

せっかく来たんだから何か一つは生徒の役に立ちたい。
ただ訓練塔の時のように『見かけた記念に触りたい』とか『記念に私物を持って帰りたい』という感情で押し寄せられても困るから、学校らしくを提案しただけ。

「希望者が殺到するのでは」
「そうでもないかと」

心配するダンテさんにラウロさんが否定する。

「能力の高い英雄エロー公との勝負とあらば大抵の者は怯えて挑めないでしょう。敗北が約束された戦いで痛めつけられることを怖がる者が殆ど。それでも挑むとすれば、例え敗北しようと痛みを伴おうと実力者から直接学びたい向上心の高い生徒か、勝負というお言葉を使った意味を理解せず実際には加減して怪我をさせたりしないだろうと甘く考えている生徒のどちらかと」

ラウロさんが言うように俺も少ないとは思っている。
それでも中には勝負を挑んでくる生徒が居るんじゃないかと期待もしている。

「もちろん加減はしてくださるでしょう。加減しなければ一瞬で殺してしまうだけの能力の高さをお持ちなのですから。ただそれは殺さないよう回復ヒールで治療できる範囲の怪我に留めるという加減でしょうが」

よく俺の性格をご存知で。
俺も『回復できる範囲なら何でもあり』な条件の訓練で師匠から鍛えられて今の自分を手に入れたんだから、勝負を挑んで来る者に対しては『怪我をさせない』という加減はしない。

「恐れながらお願いがございます。もし挑む生徒がいるようでしたら、希望する生徒や体験入学者にも講義として見学する機会を賜れませんでしょうか。英雄エロー公爵閣下の戦術を拝見できるとあらば直接戦わずとも学べることは多いでしょう」

そう提案してきたのは学長。

「休憩時間に受けるつもりだったが講義時間で良いのか?」
「むしろこの上ない贅沢な講義を受けられますので」
「そうか。講師もそれで納得するのであれば構わない」
「ありがとうございます。講師に話して参ります」
「承知した」

今は本来なら講義の時間。
だからもし勝負したい生徒が居たら講義の邪魔をしないよう休憩時間に受けるつもりだったけど、それを講義として見学させたいというのなら俺は一向に構わない。

英雄エローから講義を受けられるとは羨ましいことで。軍の騎士や魔導師であれば我先にと手を挙げ胸をお借りしたでしょう」
「それは間違いない。精霊族の守護者である最強の英雄に挑む権利が与えられるなど贅沢どころの話ではない」

学長が講師に話しに行ったあとラウロさんとダンテさんはそう話して苦笑した。

「公務以外の時間ならいつでも手合わせしますよ」
「「え?」」
「アルク国に訪問してからは客室でひっそり筋トレするくらいしか出来てないので」

学長が講師のところに行ってダンテさんとラウロさんだけになったからの口調をやめて話す。

「アルク国に来てからも鍛えておられるのですか?」
「基本の腹筋や腕立てをしてるだけです。客室ではさすがに普段の日課の素振りやランニングまでは出来ないですし、庭園を借りるにも俺が下手に動くと警備に手間をかけますから」

むしろ鍛えられてない。
普段は朝夜問わず時間がある時に屋敷の庭園で筋トレをしたり素振りをしたりランニングをしたりしと鍛えてるけど、さすがにとして公務訪問しているアルク国では控えてる。
俺が城から出ると警備を厳重にしないといけないから。

「お忙しいでしょうに」
「確かに遊びに来てる訳ではないので一日の予定は詰まってますけど、例え数十分だけでも鍛えないと弱くなる気がして」
「「分かります」」

軍人の二人もそこは同じ感覚らしく大きく頷く。
たかが一日、されど一日。
普段から鍛えることが当たり前になっていると何もしない日の方が逆に違和感を覚える。

「失礼します」

三人で話していると学長と一緒に来た講師の二人が生徒を連れて来ていて深く頭を下げる。

「こちらの生徒たちが英雄エロー公爵閣下との勝負を希望しております。後学のためにお手合わせ願えますでしょうか」

希望する生徒の数は七人。
割と居たな。
尤も何百人と居る生徒の中の七人と考えると少ないけど。

「七人とも志願したのか?学長や講師が選んだのではなく」
「はい。私ども講師は強要しておりません」
「承知した。では一名ずつ自己紹介を」

講義を成立させる為に講師が選んだ生徒じゃないならいい。
本当は戦いたくないのにという生徒とは勝負できない。

「総首席から」
「アルク校総首席、魔導科上級所属、シスト・ボナです」

講師の指示で最初に名乗ったのはシスト。
魔導科上級の首席というだけではなくアルク校の総首席だったらしい。

「訓練科上級首席、ユリウス・カリフです」
「魔術科上級首席、セシリオ・アラスです」
「指揮官科上級首席、ノエ・アストルガです」

この男子三人も首席なのか。
科は違うけど見事に首席ばかり。
まあ多少の自信があるからこそ志願してきたんだろうけど。

「魔導科中級首席、アウラ・クーラです」

魔導科の中級クラスの首席は女子。
真面目で大人しそうな印象の子だけど首席ということは実力があるんだろう。

そして最後の二人。

「魔導科中級所属、アメリア・ベールです」
「魔導科中級所属、パストル・バルデラスです」

既に知った顔。
カフェテリアでレオポルトたちに絡んできたあの男女。
ジェレミーの双子の兄のレアンドルは居ない。

「先にルールを決めておこう。私との勝負で諸君が何を用いて戦うかは自由とする。得意な武器や武術で戦うもよし、魔法や魔術で戦うもよし。攻撃を禁ずる箇所もなしとする」
「お、お待ちを。禁止箇所がないというのは危険すぎます」

ルールを説明すると講師から止められる。

「安心しろ。禁止箇所なしのルールは生徒の方だけだ。私は当然頭部や胸部といった致命傷になる箇所は狙わない」
「生徒もですが万が一英雄エロー公に何かあっては」

それを聞いてふっと笑いが込み上げる。

「むしろ狙うくらいでいい。己が持つ力を駆使して私を殺すつもりで全力で戦え。私が言う勝負とはそういうことだ。記念試合の感覚で勝負を挑もうとした者が居るなら辞めるよう忠告しておく。殺しはしないと約束するが、決して優しくはない。私と真剣に勝負して何かを得たい者だけがかかって来い」

俺が受けると言ったのはではなく
生徒たちとお遊戯会がしたい訳じゃない。

「万が一英雄エロー公に怪我を負わせた時はどうなるのですか?」
「誇れ。英雄に傷をつけることが出来た自分を」

指揮官科の首席から聞かれてそう答える。

「私は精霊族の守護者として両陛下より勲章と称号を賜った英雄だ。英雄とは何者にも負けてはならない。例え両腕を失おうと、両脚を失おうと、両目を失おうと、両耳を失おうと、戦わねばならない敵を前にした戦場では撤退も敗北も許されない。私の敗北はすなわち民の死に繋がるのだから」

それが英雄の役目。
英雄とは例えそれで自分が死のうとも精霊族のために命懸けで戦う人のこと。

「その覚悟で日々鍛え続けている私に正々堂々と真っ向から勝負を挑んで傷を付けることが出来たなら誇っていい。その実力は本物だ。アルク国の国王軍も喜んで軍に勧誘するだろう」

相手は戦い慣れた軍人ではなく学生。
その学生が俺に傷を付けられたら優秀。
賢者のエミーや魔王並の強さと言うことだから。

「聞きたかったのは万が一私を傷付けたら英雄保護法に違反するのではないかと言うことだろうが、私の意思で受けた勝負で傷を負わせようとも罪には問われならないから安心しろ。傷付けることより傷付けられることを心配した方がいい」

俺を傷付けて違反になるのは同意ではない場合。
襲撃すれば英雄の命を狙ったということで罪になるけど、訓練や試合や勝負といった俺も同意しての戦いは別。
それが違反になるならエミーは疾っくに極刑になってる。

「さあ、私の話を聞いてもまだ勝負を挑む者は準備しろ」
「はい!」

シストを見て言うと大きな声で返事が返りくすりと笑った。



見学を希望する生徒は観客席に。
勝負を挑む生徒は試合の準備に。
講師たちは生徒の誘導に行って俺の護衛のラウロさんとダンテさんが残って他の軍人は警備の配置につく。

「何名が挑むと思いますか?」
「確実に言えるのは総首席のシスト・ボナ。彼だけは私の話を聞いても迷う様子を見せず意思が揺らがなかった」

学長から聞かれて確実な一人だけ答える。
合同講義での練習試合ではジェレミーのサポートに回っていたから俺とは戦ってないけど、この勝負では本気になったシストの実力が見れるだろう。

英雄エロー公、シスト・ボナはラ」

何か言いかけたダンテさんの口をラウロさんがパッと塞ぐ。

「何でもございません」

何気に仲良いなこの二人。
ダンテさんの方が遥かに年上だし、ラウロさんはダンテさんに敬語だけど、同じアルク国軍の団長同士だから立場は対等。

「ラウロ団長の弟でも贔屓はしない」
「ご存知だったのですか?」
「メテオールの時にな」
「メテオール?」
「雌性の時の私の偽名だ。登録のために師団がつけた」
「ああ、午前の体験入学中に会っていたのですね」

国王軍の軍人として俺の護衛に来ているラウロさんも、講師と一緒に来たシストも、互いに言葉は交わさなかった。
例え兄弟でも護衛中に私情を挟まないラウロさんも、軍人の兄の立場をしっかり理解しているシストも立派な兄弟だ。

「午前中は女性の姿で体験入学に参加していたことは師団から報告を受けましたが、正体に気付かれなかったのですか?」
「髪や瞳の色は変える術がないから英雄の親族かと聞かれることはあったが、英雄本人だとは気付かれなかった」

そうダンテさんに答える。

「英雄色で気付きそうなものですが」
「思い至らないかと。髪や瞳は唯一無二の白銀色でしたが、それ以外は最もたる性別はもちろん背の高さや髪の長さまで本来の姿とは異なる容姿でしたから。同じ特徴色をしていることとお顔が似ていることから兄妹と思うのがせいぜいでしょう」

学長が言う通り、真っ先に思うのは兄妹だろう。
英雄と同じ白銀色の瞳と髪のだから兄妹。

「ダンテ団長は今の私に胸があって女性の装いをしている程度の変化を思い浮かべているのかも知れないが、学長が言うように恩恵を使った時の私は誰が見ても完全に女性だ。外見の肉体だけではなく体内も雌性化する。当然背も今の私より低く声の高さも違う。幾ら髪や瞳が英雄色をしているからと言って、英雄とは性別が違う女性を見て本人だとは思わないだろう」

精霊族には性別を変化させる恩恵がないから。
そんな恩恵があることを知っていたら『もしかしたら』と疑う人も居ただろうけど、知らなければ『英雄と同じ特徴色を持つ女性』としか思わない。

「体内までも変化するとは凄い恩恵ですね」
「変化していられるのはせいぜい数日で、体内も変化しようと女性として妊娠出産を経験することは出来ない。外出する際に正体を隠したい時は活用できるありがたい恩恵ではあるが」

確かに体内の造りも雌性と同じになるのは凄いけど、二日ほどで元に戻るからそこはあまり意味はない。

そんな話をしている間にも着々と準備はすすむ。
観客席はグラウンドをぐるりと囲むように人が座れるようになってるけど、席が足りないらしく立っている人たちも居る。
警備兵や護衛の軍人の周りはさすがに何かあった時にすぐに動けるよう空けてあるけど。

その様子を見ていて目に付いた三人。
ジェレミーとレオポルトとアリアネ嬢。
合同実技が終わってジェレミーは制服に着替えているけど、一緒に行動しているのか三人で並んで座っていた。

その数段後ろにはジェレミーの兄のレアンドルの姿が。
カフェテリアや大食堂で一緒に居たんだから勝負に参加する二人は友人なんだろうけど、べったりの仲ではないようだ。
かと言って並んで座っている在校生と会話する様子もない。

「どうかなさいましたか?」
「ん?」
「在校生を見ているようですが」

同じ方向を見ていることを不思議に思われたようで学長から聞かれる。

「いや。警備の様子を確認していたら午前中に共に行動した体験入学者と練習試合をした生徒が居ることに気付いてな」
「体験入学者の一人と組んでシスト・ボナ総首席とジェレミー・ルセ首席の二人と試合をしたのでしたね。ルセ首席の隣に居る体験入学者の彼がそうですか?」
「ああ」

シストたちと試合をしたことは説明してあったから、学長はすぐに俺が見ていたのがジェレミーたちだと気付く。

「ルセ家の次男と試合したのですか」
「知っているのか?」
「今は退役しましたが、祖父母のお二人は元財政官僚です」
「……なるほど」

ラウロさんから聞いて納得。
国の財政に携わる官僚はエリート。
現役は退いたとは言え、どうりで影響力があるはず。
そのエリートだった頃の影響力を利用して孫の悪事まで揉み消していることが事実なら大問題だろうに。

シストが『努力して手にした首席も兄の行動次第では家が傾き全て失ってしまうかも知れない』と言ってたけど正しくその通りで、国に仕える官僚だった人たちが悪事を揉み消していることが明らかになれば爵位を剥奪されて家紋が消滅する。
思った以上の大問題をジェレミーが抱えていて頭が痛い。

「何か気になることが?」
「いや。そのような家系の少年だったのかと思っただけだ」

確実じゃないことは言わない。
一族の存続を揺るがすようなことだから。

「失礼します。生徒たちの準備が整いました」

知らせに来たのはさっきの講師。

「軍の配置も完了しております」

ダンテさんも騎士や魔導師たちと合図を出し合って準備が出来ていることを報告してくれた。

「辞退する生徒は居なかったのか」
「最終確認しましたが、辞退を申し出た生徒はおりません」
「承知した」

話している最中は迷う様子を見せていた生徒も居たけど、最終的には勝負すると決めたようだ。

「勝負をする順番やチームを組むか個人で戦うかなどの判断は生徒たちに任せる。決まったら手を挙げて教えてくれ」
「承知しました」

そう話すと講師は生徒たちのところに戻って行った。

「あの中にまだ甘い考えを持つ者が居ないことを願いたい」

勝負の邪魔になる外套や飾緒等を外して異空間アイテムボックスに仕舞いながら呟く。

「そういう生徒は自分が甘かったことを反省するだけのこと。志願して講師が最終確認もした上での勝負なのですから」
「失敗も敗北も貴重な経験です。それを命のかかった戦場ではない場所で経験できるのですから幸せなことかと」

さすが軍人。
ダンテさんとラウロさんの発言を聞いてくすりと笑った。

「では私は英雄として将来有望な生徒たちが成長できるように現実の厳しさを教えてやろう」

講師の手が挙がったのを見て試合用に引かれている白線の内側に入るとすぐに障壁がかかった。

「まずチーム戦か。中級科のパストルとアメリアだったな」
「はい。フーレ伯爵が次男パストルと申します」
「モティフ伯爵が娘アメリアと申します」

審判の講師が居る中央線まで行くとボウアンドスクレープとカーテシーで挨拶される。

「丁寧な挨拶をありがとう。だがここでは爵位名を名乗る必要はない。貴賎で加減を変えるほど私は優しくないのでな。互いに勝負中は貴賎は忘れ、よい戦いになるよう尽力しよう」

一応胸に手をあて応えつつもそれだけ伝えた。

「主審の私の手が挙がった時を開始と終了の合図とします。双方が後方にある第二白線に着き次第開始いたします」
「承知した」

今居るのは中央線。
試合の開始はそれより後方にある白線から。
講師の説明を聞いて言われた通りに白線まで下がった。

「開始!」

講師が高く手を挙げて勝負開始。
漸く始まったと同時に観客席も一斉に騒がしくなった。

「…………」

先ずは自分に強化魔法をかける二人。
その様子を腕を組んだまま眺める。
なるほど。二人の実力はそのくらいか。

「どうした?強化をかけ終わったのだろう?」

かけ終わるのを待っていたのに二人は顔をあげたものの剣で仕掛けてくることもなければ魔法も撃って来ない。

「仕掛けて来ないのですか?」
「私から仕掛けては二人の実力を見れないだろう?」

俺から仕掛けてたら今の間に終わってる。
力の差を教えるためならそれでいいけど、力の差があることなど最初から分かってるんだからやる意味がない。

「私を殺すつもりで全力で戦えと話したはずだ。二人で協力しても個人で仕掛けてもいい。最も得意な攻撃をして来い」

そう言われて二人が漸く使ったのは魔法。
魔導科の生徒だからまあそうなるだろうけど。

「それがお前たちの全力か」

パストルが炎でアメリアは風。
俺を狙ったその魔法を手で受け止めて消したあと、そのままパストルの前に走って行って顔面を掴んで地面に倒し、アメリアのことも足払いして地面に倒した。

「二人とも魔法の発動が絶望的に遅い。敵を前にして丁寧に魔力を練るなど殺してくださいと言っているのと同じだ。そうした割には威力も貧弱。形だけ綺麗な魔法など人を楽しませることが目的の大道芸のパフォーマンスでしか使えない。お前たちはどこを改善するという以前の問題だ。基礎から学び直せ」

地面に倒されたまま唖然としている二人に言うと講師が終了の合図で高く手を挙げ、静まっていた在校生たちが思い出したかのようにどっと歓声をあげた。

「次は誰だ」
「わ、私です」
「魔導科中級アウラ・クーラ。見てもう分かっただろうが、私は女性が相手であろうと勝負である限り優しく手解きしてやるような紳士ではない。それでもいいなら勝負をしよう」

もう一人の女子生徒。
女性なんだから優しくしてくれるだろうという甘い考えがあるなら怪我をする前に辞めた方がいい。

「や、やります!尊敬する英雄エローから学ぶことが出来る貴重なこの機会を逃したくありませんっ!」

そんなに怖がってるのに?
細長い棍棒をギュッと握りながら決意して白線内に入ったアウラに観戦席の生徒たちから拍手が送られる。

「講師。開始の合図を」
「はい。では開始!」

俺もアウラも白線に立ったのを確認した講師は手を挙げた。

「なるほど。棍棒ではなく長杖だったのか」

開始と同時にアウラが使ったのも火属性魔法。
棍棒だと思っていたのは魔力が通る長杖だったようで、その長杖を一振りして大きめの火球を投げてきた。

「肝が据わってるし、魔法の発動の速さも威力もよし」

目の前にきた火球を時空間魔法で止めると最初から当たらないことは読めていたのか、間髪入れず火球の追撃がくる。

いいな、この子。
しっかり自分の能力をフルに使って全力で勝負をしている。
俺が求めていた勝負とはコレだ。

「適性は火属性だけなのか?」
「いえ!雷と水の適性があります!」
「自分のタイミングでいい。それも見せてくれ」
「はい!」

火球を無効化して消した俺に水属性魔法を使ったものの、火属性と違って苦手なのか俺のところまでは届かず。

「いや、感電が狙いか」

追撃が雷属性だと気付いてアウラの狙いを察し、水を通って俺のところまで雷が届く前に無効化して消した。

「凄いな。その歳で自分の能力を理解し上手く魔法を使っている。まだ中級科で伸びしろがあると思うと将来が楽しみだ」

中級科でこの戦いぶりは素直に凄い。
首席というのも納得の実力。

「魔力を使い過ぎたか」
「……はい」

長杖を支えにして辛うじて立っている状態。
つつけば倒れそうになっていてもまだ気力を振り絞って立っているところも立派。

「じゃあ終わりにしよう」

歩いて行って額をツンとつつくと案の定フラリとした身体を支えて地面に座らせた。

「そこまで!」

生徒たちの大きな歓声。
この歓声はアウラの戦いを称えるもの。

「座って休憩しながらこれを飲め。魔力回復薬マジックポーションだ」
「あ、ありがとうございます」
「立てそうか?」
「…………」
「失礼。少し抱えるぞ」
「え?え!?」

異空間アイテムボックスから出した魔力回復薬を渡してから他の生徒たちが待機する場所に連れて行くために抱き上げると、アウラは顔を赤くして驚く。

「アウラの将来の夢は分からないが、何を目指すにしても今後も自分の実力を慢心せず努力を忘れず、現時点では唯一の弱点の魔力量を増やして立派な魔法師になってくれ」

他の生徒が待機する白線の外まで連れて行って長杖を渡す。
まだ中級科の生徒と考えると現状のアウラの弱点は魔力量。
それ以外は中級の平均以上の実力があるから言う事はない。

「精進します!ありがとうございました!」
「楽しい勝負だった。ありがとう」

長杖と魔力回復薬を両手に握りしめて力強くお礼を言ったアウラに笑って返した。

「アルク校にも才能のある生徒が居るようで嬉しい」
「ありがとうございます。光栄にございます」

中央線まで戻って主審の講師とそう話す。
エルフ族にもしっかりと若い芽が育っていることが分かっただけでもアルク校を見学に来て良かった。

「次は誰が出る」
「自分たち三名でお願いします」

手を挙げたのは指揮官科上級のノエ・アストルガと魔術科上級セシリオ・アラス、訓練科上級ユリウス・カリフの三名。
1対3になるとあって観戦席の生徒たちからはブーイングが聞こえてくる。

「構わない。言ったようにどう戦うも諸君の自由だ」
「ありがとうございます」

生徒たちはブーイングしているけど、いい判断だと思う。
組んだ三名は指揮官科と魔術科と訓練科の生徒だから。

術式は威力が高いけど描いてる間は狙われ放題になるという欠点があるから魔術科の生徒は他の人と組んで時間を稼いで貰う必要があるし、指揮官科は戦術を中心に学ぶ頭脳派の学科だから単体での戦闘が苦手ならサポートに回った方が懸命。
そうなると訓練科の生徒が攻撃の要になるけど、術式にプラスしてサポートも得られるのなら訓練科の生徒にとっても損にはならない。

総首席のシストを残して三人が白線内に入り障壁がかかる。

「周りの声は気にしなくていい。私に勝つことを考えて挑んでくれたことを喜ばしく思う」

俺に勝つための戦略。
大ブーイングを受けたからか、緊張しているからか、表情の固い三人にそう話して少し笑った。
    
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