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第十一章 深淵
神族
しおりを挟む艶やかな黒髪にキメ細やかな白肌。
まっすぐに筋の通った鼻はつんと高く、薄めながら口角の上がった口も含めて高貴な印象すら感じさせる。
一言で表せば妖艶。
目元は見えなくともまさしく美丈夫。
さすが創造神。
醜さにこそ美を感じる少数派の者でない限りは誰もが羨むだろう美の究極体。
「顔は構わないが目は見ようとするな。消滅したくなければ」
精霊神と同じく魔神も目元に黒い布を巻いて隠していて、ニヤリとした口元をしながらその布と顔の隙間に親指を入れ俺の腰に手を回すとグイッと引き寄せて忠告する。
「目を見ると死ぬってこと?」
「死ではない。存在ごと消滅する。永遠に」
妙な迫力があって背筋が寒くなる。
具現化した死の腕に抱かれているような恐怖感。
今まで感じたことのないそんな感覚。
「私も精霊神も自分の愛子を消滅させたくはない」
恐怖感があるのにその声は静かで優しい。
これから優しく殺されるんだろうか。
死の気配と優しさが混在していてそう思ってしまう。
「……なんか変わった?」
「変わった?」
聞き返しながら人の腰に回していた腕を動かした魔神の膝に乗せられる。
「魔神は冷めたタイプの印象だったんだけど」
精霊神は優しい印象で魔神はクールな印象。
黒いローブを着て口元しか見えてないのは初めて会った時から変わらないけど、以前は俺に触るどころか近寄ってくることも無かったし、会話をしていても一線を引かれてる印象だった。
それなのに今日は俺に近付くどころか口付けてくるし(これは精気を吸いとるためだけど)、親切に記録石を見つけてくれたり顔まで見せてくれたり今も膝に乗せられるしで、何か企んでるのかと勘ぐってしまう。
「私は何も変わっていない。変わったのはお前だ」
「俺?」
首を傾げるとベッドに降ろされ、いや、押し倒され顔が近付いてきてまた目の前で止まる。
「ようやくだ。私も精霊神もどれほど待ったことか」
ようやく?待った?
何を言っているのか理解ができない。
でもその言葉に胸がモヤモヤするのはどうしてなのか。
なにかが引っかかって取れない。
「こうして触れるようになったのもお前が変わったからで、以前のお前に私や精霊神が近付こうものなら消滅していた」
そう話して額に口付けられる。
「私と精霊神は何ひとつ変わっていない。私たちは彼の時から変わらず愛子のお前を愛している」
その言葉を聞いて目頭が熱くなる。
俺の何が変わったのかとか、かの時とはいつの話だとか、さっきのようやくとか待ったとか、言ってることが理解できた訳ではないのに涙だけが溢れてくる。
親子とは聞かされていても未だに実感がないけど、俺が忘れているだけで深い繋がりはあるんだろうと分かる。
思い出していないのにそう思うのも、この胸の痛みも勝手に溢れる涙もきっと、俺が変わったからなんだろう。
額に頬に唇にと口付けられる。
親と子で口にキスをするのはせいぜい赤子の頃までだと思うけど(子供ラブな親が一方的に)、そこは神とヒトの差なのか、寿命のない創造神には俺もまだ赤子の感覚なのか。
その辺りの感覚の差はヒトとして生きてきた俺にはこの先も理解できそうにないけど、大切にされてることは理解できる。
「動かずおとなしくしていろ」
そう言って重なった唇に舌が入って驚き涙も引っ込む。
体は仮初のものとは聞いたけどそこまでする?
魔神からふわりと漂う香り。
何の香りか分からないけど懐かしい気分になる。
「!?」
不思議と拒む選択肢が頭に浮かぶこともなくおとなしく受け入れていると胸に手を添えられ、その手が沈むように体内に入ってくる感覚が伝わってきてまた驚く。
「…………」
とてつもなく異様な感覚。
痛くも痒くもないのに体の中に手があって、その手が何かを探るように動いている。
「魔神!」
何をしてるのか分からず顔をそらして離れた口から名前を呼ぶとすぐ顔を押さえられて今までよりも深く舌を入れられる。
行動を止めることも出来ないまま体内を探られる感覚にゾワゾワしていると段々と体が熱くなってきた。
え?この状況で?
自分の体が反応し始めたことに自分で驚く。
死を感じるようなことがあった時に性欲が高まるというアレ?
今まで数回ほど死にかけたけど、一度も性欲が高まったことはなかった(そんな余裕がなかった)けど。
と自問自答して気をそらしてみたけど無意味。
魔神も気付いてるだろうくらいにしっかりと反応している。
例え肉体は仮初のものだろうと親の行動に反応してるとか自分でもドン引きでしかないのに抑えられない。
そんな状況で数分。
体内で何かを握った手がズルリと引き抜かれる。
「…………」
引きずり出されたのは球状の何か。
球状と言っても実態のあるものではなくて黒いモヤの塊。
開いた手から空中に浮かんだソレは魔神の胸元にスーッと吸い込まれて消えた。
「……今のなに?」
「継承能力から特性だけを引き抜いて封じた。これで無意識に精気を吸いとってしまうことはなくなる」
「それかよ!」
たしかに特性を封じてくれるって言ってた。
言ってたけど、あんなビビる手段が必要ならなおさら今から封じるって前置きが欲しかったし、過程で体(シモ)が反応してしまうことも説明しといて欲しかった。
「舌まで入れたのも引き抜くのに必要だったってことか」
「ただ引き抜くだけであれば口付ける必要はない」
「じゃあなんで舌まで入れたんだ!」
体内に手を入れたのと同じく舌も体内に入れる必要があったのかと納得しかかったのに違うらしく苦情を訴える。
エルマー枢機卿が付き合ってくれてようやくおさまったというのに必要ないことでまた(シモを)元気にされたとか。
一日で何度も活躍させてくれなくていいから。
「受肉しているお前の体にそのまま手を入れては気が狂う」
「そりゃそ……ん?」
「特性が刻まれるのは魂だ。例え特性一つでも封じるためには直接手を入れ魂から引き抜かねばならない。それは受肉した生命にとって気が狂うほどの痛み。傷は狭間を出れば無かったことになるが、崩壊した精神は無かったことにはならない。だからお前が死の痛みを感じて気が狂わないよう、生命を修復する私の体液を与えることで肉体と魂を修復しながら引き抜いた」
簡単に考えてたけどそんな繊細な作業だったとは。
破壊と再生(回復)を同時に行うとか、生命を創り修復もできる創造神だからできたことだろう。
「そういうことならありがとう。ただ……」
感謝はしてる。
気が狂うような痛みを感じさせないよう最大限に配慮しながら俺には必要ない特性を封じてくれたんだから。
ただ、元気になってしまったモノが困った。
「考えずとも雄の本能をおさめる手段など知ってるだろうに」
「手段は知っててもそうするほどの時間がないから困ってるんだよ。付き添い役の枢機卿がいつ戻ってくるか分からないし、帰城予定だから騎士もいつ報告に来るか分からないし」
エルマー枢機卿に協力して貰った時はみんな俺が寝ているものと思ってたから時間を気にする必要は無かったけど、今回は氷を捨てに行ったエルマー枢機卿がいつ戻ってもおかしくないし、騎士も師団と連絡をとって時間が決まれば報告にくる。
「っていうか息子の息子を平然と握るの何なの?」
人の悩みはお構い無しに元気な息子(比喩)を握られる。
口付けどころか息子の息子(比喩)を握ることにまで躊躇がないとは、これも創造神とヒトの認識(常識)の違いだろうか。
「無の空間に時間の概念はない」
「え?どういうこと?」
「世界と世界、時間と時間の狭間だと説明しただろう。ここには時間などない。例え何十何百年とここに居ようとも無は無。狭間から出たその時からお前の時間も進み始める」
つまりその間は外の時間が止まってるってこと?
「どう説明すればお前にも理解できるか難しいが、無の空間に居た間の時間は外に出れば無かったことになる。しまっている間は食べ物も傷まない異空間も同じ無の空間だ」
聞く前に心(頭の中)を読まれてそう説明してくれる。
「異空間って時間が停止してるんじゃないんだ?」
「異空間の外に居る者からすれば時間が停止していたということになるのだろうが、実際にはこうして私とお前が過ごしているように狭間の中でも時は経っている。だが外に出した後は無の空間にあった時の時間がなかったことになる」
なるほど。
魔神と俺が無の空間に来てから時間が経ってるけど、外に出れば経過したはずの時間は無かったことになると。
それなのに崩壊した精神がなかったことにならないのは、無の空間から出ても記憶という実体のないものは残るのと同じ原理だろうか。
「狭間とはこのように別々の時を刻んでいる並行世界の時間が干渉し合い歪みを起こさないよう存在する。実際は二つではなく幾つもあるが、全ての並行世界の間には無の空間がある」
また左手と右手の人差し指で並行世界を表し説明してくれたそれを聞いて何重にもなってるサンドイッチみたいだと思う。
今の魔神と俺はサンドイッチの具の位置に居ると。
「無かったことになるから時間を心配する必要はないってことはわかったけど、親から抜いて貰ったっていう俺の記憶まで無かったこととして忘れられる訳じゃないから」
話は終わったとばかりに背後から前に手を伸ばしてまた握られてるけど、無の空間から出ても記憶からは消えない。
「もう何ひとつ忘れさせはしない」
耳元で囁かれてまたぞくりとする。
今の囁きは役目を忘れている俺への苛立ちか。
少なくとも何かしらの深い意味がこもっていることは確か。
「…………」
まさか親に抜かれる日が来るとは。
近親交配(手だけど)は俺の性癖に刺さらないはずなんだけど。
ただ、今回のこれは本能に逆らえず流されてるんじゃなくて、相手が魔神だから拒めないというのが正しい気がする。
創造神の力で服従させられてるという嫌々感でもない。
嫌だと思ってたら握られた時点で辞めるように言ってる。
本来なら真っ先に出てくるだろう言葉が出てこなかったということは俺も本気では拒んでいないということだろう。
幾らビッチでもさすがにそれはないだろと自分でも思うけど。
それからどのくらいの時間が経ったのか。
「魔神……もういい」
「解消できたのか?」
「うん」
何度抜かれたことか。
むしろここまでしてやっと落ちついた自分が怖い。
魔神に背中を預けたままどっと疲れを感じつつそう思う。
昨晩から早朝にかけて治療で致して、少し前には下心むくむくで挿入以外のことは致して、トドメに魔神の手で数回。
アルク国王やらエルマー枢機卿やら魔神やら相手を変えながらも一日中致してる気がする。
「変な日」
据え膳は率先していただく俺でもさすがに初めて。
アルク国王の治療は別として、精気を吸いとった後の自分の性欲の強さは異常だし、そんな状況にやたらとなるのも異常。
『ボクが見てない間に何をやってるの?』
突然聞こえてきたその声にビクッとする。
「ご、ごめん精霊神。これは俺がまた性欲で困ってたから仕方なく手伝ってくれただけで、魔神は浮気した訳じゃ……」
いや、普通なら浮気になるのか。
聞こえたのは怒りを含んだ精霊神の声で、魔神に背中を預けて服も乱れているいかにも事後な状況を言い訳してみたけど、そういう仕事に就いてる訳でもない恋人が例え手でも他人のシモを世話したことを浮気じゃないと言っても説得力がない。
『キミはまたそうやってすぐ魔神を甘やかす』
「……ん?」
あれ?魔神が浮気したことに怒ってるんじゃない?
『何かあったら助けてあげてとは言ったけどそこまでしていいとは言ってない。自分はそっちに行けるからって狡いよ』
狡い?
怒ってる理由がズレてる気がするのは気の所為だろうか。
「今夜も精気を奪うことになると悩んでいたから特性を封じただけだ。私の体液を与えて昂らせてしまったから解消させただけで、最初からこうすることを目的に来たのではない」
『あ、そういうこと?じゃあ仕方ないか』
仕方ないで終わる話なの?
ひとつ分かったのは二人ともヒトの常識とは違うということ。
浮気を道徳的に悪いこととしているのも近親交配を道徳的にも遺伝子的にもタブー視しているのもヒトだけで、創造神の二人にとっては悪いことの認識ではないんだろう。
『痛くなかった?』
「うん。大丈夫」
『それなら良かった。もう安心だね』
「……え?」
心配してくれたかと思えば一瞬で景色が変わって、自分の体が空中に浮いていることに気付く。
「突然移動させるな。愛子が落ちて怪我をしたらどうする。まだ完全に戻った訳ではないというのに」
突然ベッドがなくなって本来なら地面に落ちる体を受け止めてくれた魔神は俺を姫抱きで抱えたまま精霊神に文句を言う。
『ボクがそのまま落とすはずない。ちゃんと浮かばせたよ』
「明らかに落下しかけていただろう」
『地面に落ちる前には浮かばせた』
そんな言い合い(精霊神は声だけ)をする二人。
どうでもいいけど……ここはどこ?
水が流れる滝と底が見えるほど透き通った水の溜まった滝壺。
辺りは緑の木々が生い茂っている。
うん、これはいいヒーリングスポット。
「じゃなくて、ここどこ?」
まだ言い合いをしていた二人に声をかける。
『汗をかいたから水浴びすると思って』
「ああ、それで水のある場所に連れてきてくれたのか」
『ここは安全だし水も綺麗だから安心して』
「気を使ってくれてありがとう」
『どういたしまして』
嬉しそう。
姿は見えないけど声でそれが伝わってきてくすりとする。
精霊神との会話が途切れると魔神は俺を地面に降ろしてローブを脱ぎ、中に着ていた足首が隠れるほどの長さがあるキトンらしき衣装も脱いだ。
「さすが神。顔だけじゃなくて身体まで完璧か」
本来は無性らしいけど、今の肉体は男性。
同じ男からみても文句のつけようがない完璧な肉体美。
『ボクはまた行かなきゃいけないから魔神に戻して貰って』
「え?うん。わざわざありがとう」
『またね。ボクたちの愛しい子』
「また」
またどこかに行くらしく精霊神の声は聞こえなくなった。
「神さまも忙しいんだな」
創造神には創造神のやることがあるんだろう。
神の世界の神殿で優雅にワインでも飲みながら毎日のんびりしてそうなイメージだったけど。
「眠りに行った」
「ん?」
「精霊神はいま形を成しておくのが難しい状況にある。私が来る前にも無に戻って眠りについたが勘づいて目覚めたようだ」
そう説明してくれながら魔神は滝壺に足を入れると俺の方を振り返り手招きする。
「浮気してることに勘づいたってこと?」
「浮気?」
「魔神が俺と浮気してることに気付いて起きたのかと思って」
二人の会話を聞いてた感じだと浮気とは思ってなさそうだったけど改めて聞くとククッと短く笑われる。
「精霊神のあれは嫉妬だ。自分はまだお前に近付くことが出来ないのに私は近付けていることに拗ねていた。そのうえ私だけがお前と性交に及んでいると思って嫉妬したのだろう」
ローブを脱いで滝壺に近付いた俺の手を掴み自然にエスコートする魔神はまるでヒトのよう。
「あのさ、ずっと違和感があったんだけど、二人は本当に俺のことを自分たちの子供だと思ってる?」
「ああ。精霊神と私から誕生したのだから子には違いない」
「普通なら子供と親って性交しないんだけど。勘づいて怒るとしたら親子で肉体関係を持ったことに怒る」
魔神だけが俺とヤった(一方的に手でやられただけだけど)と嫉妬するのはおかしい。
自分の恋人が他の人とヤったことに嫉妬するならわかるけど。
「私たちから誕生した生命は全て私たちの愛しい子供たちに違いないがお前は別だ。私にとってお前は精霊神と等しく愛する者。精霊神にとってお前は魔神の私と等しく愛する者。言っただろう。私たちは彼の時から変わらずお前を愛していると」
言ってたけど……まさかそっちの愛だとは。
家族が抱く親子愛だと思って聞いていた。
神さまの愛の種類少な過ぎるだろ。
「ん?俺は別?生命全てにそう思ってるんじゃなくて?」
サラリと言ったから聞き流しそうだったけど。
「思っていない」
そうキッパリと魔神は答える。
「お前がどこまで理解しているのか分からないから一から話すが、私と精霊神が直接創ったのは私たちの役割を代理で担えるよう知識や能力を与えた神族。神族の中には精霊族や魔族といった生命の原始となる者も含まれる。ここまで分かるか?」
「分かる」
そう話しながらもどこから出したのか石鹸のようなもので髪を洗ってくれる。
「私や精霊神の役割を代理する神族が創ったのが神魔族。ヒトの関係性で言うと私と精霊神の孫ということになる」
「……あれ?じゃあ俺は魔神と精霊神の孫ってことに」
俺の種族に書かれているのは神魔族。
魔神と精霊神は俺の祖父や祖母ということになる。
「お前は神魔族ではない」
「え?神魔族って書いてあるけど?」
書かれてることを見せようとステータス画面を開いて固まる。
「覚醒で叙事詩が解放され正しい系譜を得たはずだ」
「…………」
名前 夕凪 真 (神族)
国籍 地球(現国籍 地上層ブークリエ)
本籍 天界
年齢 22
第四覚醒したあとステータス画面をまだ見てなかったから気付かなかったけど、魔神が言う通り変わっている。
国籍は『地球(日本)』だったのが『地球(現国籍 地上層ブークリエ)』に変わってるし、本籍の項目が追加されて『天界』に。
「……神族」
「それが正しい系譜だ。お前が私と精霊神から誕生したという何よりの証拠」
たしかに疑いを挟む余地のない確実な証拠。
能力を手に入れる度に人外になっていったんじゃなくて最初から人外だったと。
沈黙した俺の髪を流す魔神の手は優しい。
こんな時だからか、まるで頭を撫でられている気分になる。
「ここまで話してもやはり思い出さないか」
「……うん」
ステータスに書かれてるから分かっただけ。
自分が神族だったことも忘れてる役割も思い出せない。
「ならばこれ以上は答えられない。いや、私がどんなに話したところで伝わりはしない。なぜお前が私と精霊神にとって特別なのか、自分で思い出さなければ理解しては貰えない」
水音に混ざって聞こえるその声に胸が痛む。
魔神の声がどこか悲しそうで。
愛する者(らしい)から忘れられたんだから当然か。
「生命を平等に創り見守ってきた精霊神と私とてみなを同じように愛せる訳ではない。生命を愛おしく思うのは自分たちが誕生させた小さき者への慈愛であって、お前への愛とは違う」
「うん。分かった」
それだけハッキリ言われたら嫌でも分かる。
二人の俺に対する愛情が全ての生命に対する慈愛ではないことも、子に対する親の愛ではないことも、よく分かった。
「いや、子に対する愛も少しはあるよな?」
「ある。それに気付いたのはお前が戻ってきてからだが」
二人からプレゼントされた布(今は指輪にしている)を見て精霊神が『これが親心って言うのかな』と言っていたことを思い出して聞くと、その感情もあるらしくハッキリ肯定する。
「じゃあ良かった」
「良かった?」
「親の愛を知らずに育ってきたから。本物の両親に会えたのに全くないって言われたら結構ショックだったと思う」
物心ついた時にはもう両親は居なかったから存在しない親の愛なんて望んだこともなかったけど、二人が俺の両親だっていうなら少しは期待してしまう。
大切にされてることは充分伝わったけど。
「そう言えば魔神には嫉妬するのにフラウエルには嫉妬しないんだな。魔神に抜けがけされるのが嫌なだけだったりして」
魔王とは肉体関係どころか魂の契約を結んでいるというのに、驚きはしたけど怒っていないと言っていた。
もし精霊神のさっきの怒りが本当に魔神が俺に手を出したことが理由だったなら、魔王はとっくに激おこされてそうだけど。
「精霊神と私がそうであるように、魔王とお前も元からついの者なのだから嫉妬などしない。ついの者同士は自然と惹かれ合うことが必然。尤もお前がまだ何も思い出していない出会いの瞬間から見初めるとは思わなかったが」
話しながらも今度は手のひらにつけた石鹸で背中を洗ってくれる魔神は意外と過保護。
「それって俺が人族になる前の神族だった頃からフラウエルがついの相手だったってことだよな?」
「そうだ。生涯の間に出会えない者も多いが出会えば必ず惹かれ合う。惹かれ合うと言っても伴侶や番とは限らないが」
「どういうこと?」
「同じ性を持ち出会って親しい友人同士となるついの者たちも居れば、親子や兄弟として出会うこともある。ついの者とはあくまで縁の者のことであって異性とは限らないからな」
「へー。そうだったのか」
じゃあ俺と魔王も以前は恋人じゃなかった可能性もあるのか。
俺が思い出したら魔王のこともわかるということは、いま魔神に聞いたところで聞きとれないだろうから聞かないけど。
「大教会の企みに振り回されるわ性欲に振り回されるわ親に抜いて貰うことになるわで変な日だったけど、少しでも精霊神や魔神や自分のことを知れたのは良かったと思う。普段はこうしてゆっくり話すこともないし」
聞いたところで思い出せてないけど、魔神や精霊神の考えなんてこんな機会でもなければゆっくり聞くこともなかったし、それだけは良かったと思う。
「今までは狭間に連れて来れる時間に制限があったからな」
「制限?」
「神族以外の者が私や精霊神と繋がれば大きな負担となる。それが直接であれば尚のこと一目見ただけでも発狂するほどに。お前は元々私と精霊神の子とあってそこまでのことにはならなかったが、それでも長く繋がれば肉体や魂が耐えられなかった。精霊神と交信して不調を訴えることもあっただろう?」
「身に覚えがあり過ぎる」
交信している最中に一瞬の激しい頭痛に襲われていた。
魔王とも『神と交信するのは体の負担になるのかも』と話したことがあるけど、あれは正解だったと言うことだ。
「お前が神族に戻ったことでようやくこうして狭間に長く居られるようになり、近付くことも触れることもできるようになった。それでもまだ精霊神はお前に近付くことが出来ないが」
「精霊神強すぎない?」
「訳あって今はな。ただ、それがなくとも精霊神は元から気を抑えるのが下手だ」
神さまにも得手不得手があるのかと笑う。
訳あってというのは気になったけど、濁したことをわざわざ深掘りはしない。
「前は自分で洗う」
「なぜだ。最後まで洗ってやる」
「ゾクゾクするからいい」
石鹸のついた手のひらが前に回ってきてまた性欲がむくむくしそうで止める。
「そのように容易い体をしているから済し崩しに魔王から性交を遂げられるのではないか?彼奴は魔族の中でも特に私の血を色濃く継ぐ者ゆえに性欲も強いというのに」
「ぐうの音も出ない」
触られて済し崩しにやってしまうのは身に覚えがあり過ぎて。
しょせん俺は気持ちいいこと大歓迎なビッチだ。
雄性の体でも雌性の体でもそこは変わらない。
「それでもよく堪えているとは思うがな」
「あれで?」
隙あらば襲ってくるのに?
「魔族は半身に対して強く執着する種族。それは繁殖力の低い魔族に少しでも多くの子孫を残させるため私や精霊神が与えた本能だ。ただ、執着心が強いために半身に対しての性欲も他の者に対する以上に強くなる。そのうえ半身が永い刻の縁の者とあらば一瞬たりとも交わらない時があることに不満を抱いてもおかしくないが、彼奴は理性だけでよく抑えられている」
一瞬たりともってヤバすぎ。
そう聞くと魔王がガツガツしてない草食系男子に思える。
いや、全く草食系ではないけど。
「自分が魅惑の特性と支配香の能力を持つ魔王でも精霊神と私の子であるお前には惹かれない訳ではない。にも関わらず性欲を封じられるでもなく理性で抑えられていることは立派だ」
「そうなんだ」
俺からすれば今時点でも『魔王の理性仕事して』と思うけど、本来はもっと盛られてもおかしくないってことか。
「一言でついの者と言っても、縁が結ばれてまだ短いついの者同士も居れば縁が結ばれて長いついの者同士も居る。永き刻を重ねたついの者同士は魔族でなくとも執着心が凄まじい。私と精霊神は最も永き刻を重ねたついの者だ」
それを聞いて思い出す。
精霊神は私のもので私は精霊神のものだ、と言った魔神を。
生命が誕生する前から一緒に居た二人が長い時間の中で執着や独占欲を経て自分のものと確信したのも必然だったんだろう。
「それはお前に対しても同じだ」
心(頭の中)を読まれたらしく背後から耳元で囁かれて背筋がゾクッとする。
「お前は精霊神と私のもの。精霊神と私はお前のもの」
背後から腕におさめ石鹸のついた体を撫でる手は純粋に洗ってくれていたさっきまでとは違う。
その手に反応する俺は本当に容易い。
ああ、もう分かった。
魔神と精霊神と俺は普通の親子関係ではない。
人族になる前の神族だった時にこういう関係だったんだと。
だから俺も拒否の言葉がまっさきに出なかったんだと。
「最初は力を使い果たして弱ったお前にまた力を分け与えることが目的だった。一度無に還して一から創り変えることも出来たが、新たに創ったそれはお前ではなくなってしまう。私も精霊神もお前には消えてほしくなかった。だからお前を壊さず交わることで自分たちの力を分け与えるという手段をとった」
そう魔神は真実を語り始める。
手は変わらず動かしながらも。
「創造神の代理をさせるために神族を創り分け与えた能力は私と精霊神の能力の一部を模造したもので、模造ではない私たちの能力を持っているのは唯一お前だけ。私や精霊神がお前と交わることで魂に刻みつけた。無から形を成した精霊神と魔神の私の能力を持つお前はもう一人の私たちだ」
それが俺を愛する理由か。
話したところで伝わらないと言っていたのに伝わったのは、重要な部分を言わなかったからなんだろう。
でも今はそれで充分。
親子という割には……と思っていた謎は解けた。
「魂に刻んだのは能力だけか?……能力だけなら今の俺の感情はおかしい……」
俺はまだ神族だった頃のことを何も思い出していない。
ステータス画面で『本当だった』と思っただけで、実際にはその頃の自分のことも二人のことも思い出せていない。
そんな俺にとって二人は気まぐれに姿を見せたり声をかけてくる両親とだけの距離感がある存在なのに、なぜか今は胸が苦しくなるくらいその時のことを思い出せないことが辛い。
「私や精霊神が意思を持って刻んだのは能力だけだ。神族に戻ったことで記憶が解け始めているのだろう」
じゃあいま思い出せないことが苦しいくらい辛いのは、神族の頃の俺にとってそれほど二人が大切だったと言うことか。
記憶が解け始めて二人の存在を思い出して。
「私も精霊神もあの者もお前を待っていた。幾度失敗しようと必ず戻ると。その刻が来たのだから二度と行かせはしない」
やっぱり魔神が言ってることは分からない。
でもこの胸の痛みは本物。
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