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第十一章 深淵
治療法
しおりを挟むクルトの能力を継承したあと城に戻ってから約一時間後。
寝落ちしていたこともあって外出していたことは一切気付かれることも無く護衛騎士から起こされ、従者の代わりに手伝いとして来た男性使用人二人に手伝って貰って支度を済ませた。
「英雄公爵閣下がお見えになりました」
「お通ししろ」
「はっ」
アルク国王の寝室に行くと護衛についていた騎士が声をかけて寝室の扉が開く。
「こちらへ」
第一妃から声をかけられアルク国王が居るベッドに行く。
湯浴みも着替えも済ませてスッキリしているアルク国王の顔色はさっきよりも良くなっていた。
「座ったままですまない。英雄も座ってくれ」
「恐れ入ります」
ベッドの隣に用意してあった椅子に座る。
「動いてみて気付いたが、あれほど重かった身体が嘘のように軽くなっていた。これも全て英雄のお蔭だ。改めて感謝する」
「御回復お慶び申し上げます」
部屋に残ったのはアルク国王と第一妃と俺だけ。
他の人は部屋に居ないとあってアルク国王は胸に手をあて頭を下げた。
「陛下。発言の許可をいただきたく存じます」
「英雄。貴殿は私の命を救ってくれた恩人だ。ここには私たちしか居ないのだから堅苦しくならず話してほしい」
「光栄にございます」
すっかり毒気の抜けているアルク国王。
今まで見た中で一番穏やかな表情をしている。
「陛下のお身体についてお伝えしたいことがございます」
「うむ」
アルク国王が頷くと第一妃が魔導ベルを鳴らし防音をかける。
一国の王の身体の話なんだから万が一にも間者に聞かれることがないようにという配慮。
「結論から申します。陛下のお身体から病の原因は取り除かれておりません。それを治療しない限り再発するでしょう」
完治したのは魔腐食に冒された心臓や肺などの器官。
それと魔力に変換出来ないまま蓄積された負の気の魔素は排出させられたけど、根治には至っていない。
「ライラ。席を外せ」
「陛下」
「英雄と腰を据えて話したい」
「……承知しました」
アルク国王から言われた第一妃は姿勢を低くして頭を下げると寝室から出て行った。
「原因というのは過多を起こす体質のことだろうか」
「はい。陛下が過多を起こす原因は魔力神経にあります」
「魔力神経に?」
「魔力を持つ者は通常であれば成長する過程や魔法を使うことで魔力神経も拡がるのですが、陛下の家系であるバルビ王家は拡がり難い体質をお持ちのようです」
病歴や書物に書かれていたのは『魔素を取り込み易い体質』とだけで、原因が魔力神経にあるとは書かれてなかった。
つまり原因は解明されていないということ。
「なぜ分かった。たしかにバルビ王家の歴史に私と同じ体質を持った者が居たことは書き遺されているが、誰一人として原因を究明できないまま運命に抗えず命を落としたというのに」
それを聞いて察する。
「正妃殿下に席を外すよう言った理由はそれですか」
「どうにもならないことで胸を傷めさせる必要はない」
正妃の第一妃ならアルク国王について一番知っているはず。
それなのにどうして席を外させたのかと思ったけど。
「私と同じ体質を持った者はみな短命だ。私自身は幼い頃に体質を持っていることを知り、大人になるにつれバルビ家に生まれた者の運命だと受け入れることが出来た。妃たちもそれを承知のうえで嫁いできたが、重い症状が出て寝込むことが増え私が老い先長くないことを察したようで苦しめてしまっている」
なるほど。
第一妃の心情を慮っての行動だったと。
本当に武闘本大会で見たアルク国王とは別人のよう。
「陛下。それはバルビ王家の運命ではありません。病です」
抗えない運命ではない。
原因のハッキリした病だ。
『中の人。魔力神経の状態を詳しく検査できるか?』
【可能です】
「陛下。魔法検査の許可をいただきたく存じます」
「あ、ああ」
「少しお時間がかかりますので横になっていただけますか?」
「承知した」
ベッドに横たわったアルク国王を魔法検査にかける。
他の項目は除外して魔力神経にだけ絞って。
「過多の症状は幼い頃から出ていたのですか?」
「初めて症状が出たのは私が一歳の頃だったと聞いている。それで過多を起こす体質を持っていることが分かった」
一歳。
まだ柔らかいその頃に魔力譲渡なり補助を受けることができていたら大人になった今苦しまずに済んだのに。
「陛下は魔力神経についてどこまでご存知ですか?」
「魔力を全身に行き渡らせる神経で、魔力がある者は太く魔力がない者は細いということくらいしか分かっていない」
「そこまでしか研究が進んでいないということですか?」
「ああ。魔力を使いレベルが上がることで威力が上がることは分かっているが、魔力神経が拡がるという話は初めて聞いた」
幼少期から帝王学を受けたはずの国王が無知というのは考え難いから、現時点で判明していることがそれだけなんだろう。
「私が暮らしていた異世界では生活を豊かにする技術だけでなく医学も発展していました。この世界には便利な魔法があるからこそ医学の方はなかなか発展しないのかも知れませんね」
「そうかも知れないな」
大病を患わない限り回復や回復薬で治せる。
だから魔法研究は盛んだけど人体についての研究は遅れがち。
魔法検査はあるけどレントゲンはないから体内構造がどうなっているかはメスを入れて知る必要がある。
【ピコン(音)!検査が終了しました】
中の人の声と同時に画面には全身にはり巡る魔力神経のレントゲン画像と診断結果が映る。
「魔法検査の結果に魔力神経硬化症と出ました」
「魔力神経硬化症?」
「つまりバルビ王家は魔力神経硬化症という先天性の病を持った赤子が生まれる家系ということです」
魔素過多というのはあくまで症状。
その症状を起こす原因が魔力神経硬化症という病気。
「……それがバルビ王家の呪いの真実か」
「呪い?」
「バルビ王家の間にだけに伝わる話ではあるが、過多を起こす体質の者が生まれる理由は呪いだと。遥か昔の先祖が神の逆鱗に触れ苦難を与えられた呪われた家系なのだと言われている」
なるほど。
だから運命だと受け入れていたのか。
「たしかに過多を起こす原因が分からず治すことも出来ないまま命を落とす者が居る家系という事実だけを見れば、抗えない運命と悪く捉えてしまう気持ちも分からなくはありません」
この世界には咒を使った呪いが存在する。
だから「呪いなんて」と思う異世界人の俺とは違って、原因が分からないことを呪いと考えてしまうのも分からなくない。
「ですが陛下の御身を蝕むものは神の呪いではなく病です」
創造主は呪いなどかけない。
あくまで傍観者だから。
創ることはしてもその後のことは生命次第。
「陛下には二つの選択肢がございます」
「選択肢?」
「このまま様子を見るか、病を根絶する治療を受けるか」
「……治せるというのか!?」
「はい。ただし頭を悩ませることにはなるかと」
治療は薬を飲んで終わりでも回復をかけて終わりでもない。
一国の王に施す治療法としては最悪の手段。
「治療をするのでしたら説明しなくてはなりません。ですが、一国の王へお伝えするには不敬極まりない内容を含みます。それこそ国王を侮辱したと罪に問われてもおかしくないような」
下手をすれば俺の首が飛ぶ。
みんな国王の前では言わないだろう『シモの話』だから。
「どのような内容でも罪に問わないと誓う。貴殿は誰もが為す術のなかった私の命を繋ぎ止めてくれた恩人。英雄だからという理由ではなく、大恩のある者の言葉として聞こう。手段があるなら教えて欲しい。私はまだ生きて民を導かねばならない」
ああ、本当に国王なんだ。
改めてそんなことを実感させられる。
「承知しました。陛下」
胸に手をあてて深く頭をさげた。
「失礼して、まずはこちらをご覧ください」
「これは?」
「先ほど許可を得て行った魔法検査の結果です。この身体中をはり巡る細い管が陛下の体内にある魔力神経です」
「……これが私の?」
検査結果を映したままの画面を見せながら説明する。
これも英雄の機密能力の一つではあるけど、確証を持てないことをただ話して聞かせたところで半信半疑だろうから。
俺の話を信用して貰わないと治療も出来ない。
「治療自体は単純で、魔力神経を拡げれば治ります。拡がれば魔力の通りが良くなり体内に取り込んだ魔素も正常に魔力へ変換できるようになるため、過多や過少を起こさなくなります」
人体を表すシルエットに魔力神経の位置が記されているそれを見るアルク国王は唸りつつも夢中で見ている。
レントゲンもCTもMRIもない世界だけにここまで詳しく体内の様子を見たことがなかったんだろう。
「狭いことが魔素を魔力に変換できないことにも繋がるのか」
「はい。今回魔腐食を起こした原因が正しく、負の気を含む魔素が魔力に変換されず放出もされないまま蓄積したからです」
「枯渇した訳ではないのになぜ魔腐食にと不思議だったが、蓄積されることでも魔腐食を起こすということだな」
「左様でございます。通常時の魔素であればいつものように発熱程度の症状で済んでいたかも知れませんが」
全て中の人と魔王から教わった知識だけど。
自分が原因を解明したかのように説明することに後ろめたさはあるけど、さすがにそれは話せないからそうするしかない。
「うむ。説明を遮ってすまないが、一つ伺いたい」
「私に答えられることでしたら」
「先日アルク国でも豊穣の儀を行い月神に祈りを捧げた。私が体調を崩したのはその翌日だ。負の気を含んだ魔素が私の身体を蝕んだというのが事実であるなら、儀式に失敗して浄化されていないということだろうか。それとも浄化は済んだが儀式前に蓄積されていた魔素の影響が翌日になって出たのだろうか」
ああ、それについてはまだ話してなかった。
治療法のことでバタバタしていてすっかり忘れていた。
「結論から申しますと、浄化はまだ済んでおりません」
「では儀式が失敗していたと?」
「いえ。通常時であれば浄化できていたと思います。ですが今年は例年と違い負の気が多すぎたため、儀式は成功したに関わらず全て浄化することができなかったというのが正しいかと」
神職者にも能力の違いがあるから本当に成功したのかは断言ができないけど、今年は例え成功していても浄化しきれないほど負の気が多かったことは事実。
「今年はブークリエ国でも豊穣の儀で捧げた祈りだけでは浄化できず負の気が残ってしまったため、教皇を初めとした神職者たちの月の祈りと私の能力を使うことで浄化いたしました」
「あのプソム教皇をしても浄化できなかったというのか」
「はい」
後になって知ったことだけど、現教皇は能力が高く、特に人々の健康や命にも関わる浄化能力は歴代教皇の中で随一らしい。
豊穣の儀の後にそれを聞いて、それほどの重要人物が生命力を削りながら祈りを捧げていたことに肝が冷えた。
「浄化が完全でないのであれば民の身体や作物などにも影響が及ぶ可能性がある。神職者たちは新星の祝儀を控え粗食期間に入っているが、今回に限り浄化を優先させるべきか」
俺に話しているのか独り言なのか曖昧なそれを口にしつつ、俯き気味に悩む様子を見せるアルク国王。
「それについては私も多少の協力はできるかと存じます」
「英雄が?」
「今回の私の訪問ですが、表向きにはアルク国の大聖堂で月神に祈りを捧げるためという理由になっております。ですので名目通り大聖堂へ行って私の恩恵を使い浄化を手伝えば、神職者たちも新星の祝儀が出来ないほど魔力は減らさずに済むかと」
明日明後日にも祝儀があるなら別だけど、俺も手伝って極力魔力消費を控えられれば祝儀までには回復できるだろう。
「……よいのか?英雄の能力をこのアルク国に使って」
真剣な表情で問われたそれにふっと笑う。
「陛下。私の種族は人族ですが、自分の能力を使う相手を種族や身分によって選んだりはしません。ブークリエ国での扱いと同じく私の能力を他者に漏らしたり悪用しようとせずにいてくだされば、このアルク国でも私に出来ることはいたします」
ブークリエ国には使ってアルク国には使わないなんてしない。
英雄保護法さえ守ってくれたらエルフ族であっても俺に出来ることはする。
「貴殿はまさしく英雄だな。神の化身と呼ばれるだけの高い能力を使い全ての種族へ平等に慈悲を与える守護者。実は記憶が曖昧な部分も多いのだが、本大会の時には己の制御ができず貴殿に無礼を働いた私にすら救いの手を差し伸べるのだから。今更だと思われるだろうが、あの時はすまなかった」
少し俯いて話すアルク国王。
これは今だから言えた謝罪だろう。
国に戻り冷静になって申し訳ないと思っても、そうなるに至った自分の体質を話すことが出来なかったのだから。
俺がアルク国王の体質を知った後だから言えた謝罪。
「正妃殿下から思い当たる症状の兆候として本大会の際の陛下のお話が出ました。他の地より魔素が薄く対策もとられているアルク国から遠く離れたことで変調を起こしたのでしょう。病によるものだったのですから謝罪は不要にございます」
全ては魔素を取り込み易い体質が原因。
実際にアルク国に居る時は今に至るまで一度も俺に突っかかる様子がなかったんだから、あの時は負の気が多い魔素を取り込んだ影響が強く出てしまっただけなんだと納得ができた。
「ではこれで最後にしよう。改めてすまなかった。そして、私の治療に真摯に取り組んでくれていることと、エルフ族のために能力を使おうとしてくれていることに感謝する」
俺としても改めて良かったと思う。
地上に二つしかない国の片方の国王が愚王ではなくて。
今のアルク国王は自分の体の話を中断して民の体や生活を真っ先に気にした善い国王。
「浄化については後ほど神職者も交えお話をするとして、陛下の治療についてのお話を続けてもよろしいでしょうか」
「うむ。説明を遮ってすまなかった」
「我が身より民を気遣う陛下に幸あらんことを」
立派な国王に敬意を表し胸に手をあてて応えた。
「先ほども申しましたように魔力神経を拡げるだけの治療ではあるのですが、その拡げるための手段が現状ではたった一つしかない上に患者が陛下となると少々厄介でして」
そう改めて前置きした上で魔力神経の治療法を説明する。
幼い頃であれば魔力を持つ者の血を少量飲ませるか魔力譲渡でも治療ができたということも含めて。
「……貴殿が言い淀んだ理由が理解できた」
「御無礼を。本来は陛下のお耳に入れる話では無いのですが」
「いや。手段が一つしかないのだから仕方がない。言葉を選んでの説明をさせてすまなかった」
治療法は高い魔力を持つ者と伽を行い体液を摂取すること。
そんな治療法しかないことを聞かされればこんな風に項垂れてしまうのも分かる。
「残念だがアルク国に女性賢者は居ない」
「え?一人も居ないのですか?」
「数年前までは双子の姉妹賢者が居たのだが、既にご高齢だったために数ヶ月の差でお二方とも天に召された」
「ではどちらにせよ伽は」
「ああ。ご存命でも頼むことはできなかった」
天地戦が死地となる賢者として生まれながら天寿をまっとうできたことは二人とって良いことだっただろう。
ただ、女性賢者がその二人しか居なかったとなると、治療に協力して貰える賢者が居ないということに。
「さすがにこのような内容の私事で他国であるブークリエ国に協力を仰ぐこともできない。アルク国でもそうであるようにブークリエ国でも賢者は秘匿の存在なのだから」
たしかにブークリエ国の女性賢者に協力を頼むのなら国王のおっさんを通す必要がある。
ただ内容が『治療のために体液が必要だから伽の協力を』というとんでもない話だし、国王のおっさんも身分を偽って生きている賢者にそんな内容の打診を出すのは厳しいだろう。
俺が思いつく女性賢者と言えばエミーだけど……。
頼んでも無理だろうな。
は?と冷たい目で蔑まれる未来しか見えない。
「他に居なかった時の最終手段と思っていたのですが」
「ん?」
「一度お見せいたします」
出来ることなら女性賢者に頼みたかったんだけど。
そう思いつつもクルトから継承したばかりの能力を使って雌性体に変身して見せる。
「…………」
女性に変身した俺を見たアルク国王は唖然。
精霊族にはない能力だから驚くなというのが無理だろうけど。
「私のこの恩恵は見た目だけでなく体内も変化します。ただ、元は男性だと知っている私ではさすがに嫌だろうと思ってアルク国の女性賢者にお願いした方がいいと考えていたのですが」
そこまで説明してもアルク国王はまだ無言。
そこまで驚く?
「……英雄なのか?い、いや、変わったところは目の前で見ていたし、髪や瞳の色も英雄の色で間違いないのだが」
「他の人の姿には変身することが出来ないので私の性別を変えただけの姿ですが、間違いなく私です」
一瞬で別人に入れ替わるというマジックを披露した訳もなく、たんに性別を異性に変えただけの俺。
性別を変えられるという見知らぬ能力を使われては疑いたくなる気持ちも分からなくはないけど。
「本来は男ということに陛下が目を瞑れるようでしたら、他人の魔力に干渉できて魔力値も高いという条件を満たした私がこの姿で治療に協力できるのですが」
ネックなのはアルク国王が俺の本当の姿を知っていること。
体は女性になっていても本来は男性と分かっているから受け入れるのは難しいんじゃないかと思う。
「王家の御前で肌を晒すのは不敬にあたりますが、念のため細部まで女性になっているかを確認されますか?」
「いや。女性になっているのだろうということは分かる。そのように異性へ容易く肌を見せるのは良くない」
俺も男ですけど?
たしかに今は雌性体になってるけど中身は男。
ぶかぶかになった服を脱いで見せようとしたらそんな理由で止められて逆に驚かされる。
「英雄は元の姿でも人とは思えぬ美しさがある。異性の姿をした今も十二分に美しいが、問題は私が目を瞑れるかということではなく、貴殿が保護法で守られた英雄だということだ」
「それがなにか?」
保護法に守られてるのは確かだけど、それがなんなのか。
問題がないなら治療する一択だと思うけど。
「貴殿に不義理を働くことは法に反する」
「それは私が嫌がっているのに陛下が権力を使い手篭めにしようとした場合に適用されることかと。私自身が申し出てその法が適用されてしまうのでしたら私は誰とも関係を持てません」
両者合意の元でしたのに相手が法に違反したことになってしまうなら、俺が英雄になってから体の関係を持った人は全員保護法違反で処刑されるし、今後誰とも体の関係を持てない。
俺の自由を奪うという理由では結婚すらも駄目ということに。
いや、結婚に関してはしては駄目な方がありがたいけど。
「た、たしかにそれはそうか」
最高権力者である国王でも勇者や英雄を好きには出来ないようになってるありがたい法律ではあるけど、今回の場合は俺の方から治療に協力すると言っているんだから違反にはならない。
勇者や英雄に手を出してはいけないという内容が真っ先に頭に浮かんだんだろうけど。
「それでも気になるのでしたら伽のことは話さず私の恩恵と魔力譲渡で治療を行うということにしましょう。私の能力は秘匿ですから治療中の入室を禁じれば私と陛下しか分かりません」
うん、それがベストな方法だと思う。
それなら俺が不敬罪に問われてしまいそうな国王の閨の話に触れずに済むし、アルク国王も英雄保護法を心配せずに済む。
なにより、王妃や王宮妃たちも本来は男性の俺が女性の体に変身して治療を行うことにいい気分はしないだろう。
「英雄を隠し事に加担させるのは気が引ける」
「私は真実を話すことが必ずしも正義だとは思いません。陛下が国を成り立たせるため清濁併せ呑む必要があるように」
英雄だからこそ隠し事もすれば偽りもする。
そんな俺に隠し事が一つ増えたところで今更だ。
それはアルク国王も同じだろう。
「英雄はいいのか?治療とは言え私のように歳の離れた者と」
「お役に立てるのでしたら光栄です」
言うほど離れてないけど。
病歴を調べていた時に知ったことだけど、今19歳の王太子が生まれたのがアルク国王が16歳の時。
成人年齢の15歳で王位を継承して正妃と結婚している。
つまりアルク国王はまだ35歳で国王のおっさんより歳下。
「ではよろしく頼む」
「承知しました。恐らくですが治療には数日を要することになると思われます。治療方法は偽るとしてもまずは説明が必要でしょう。一国の王である陛下のお体のことですので」
そう話しながら元の姿に戻る。
魔族と比べて魔力量が少ない精霊族は元々魔力神経が細いから拡がるのも早いだろうけど、アルク国王の魔力量が多いなら一度では拡がらないだろうと魔王が言っていた。
だから国王の体のあれこれに関わる人たちには病のことや今後治療することを説明する必要がある。
「うむ。この時間ならば晩餐後に集まるよう話しておこう。私のことに付きっきりで英雄も食事をしていないだろう?今日は饗すことが出来なくてすまないが、部屋に食事を運ばせよう」
「お言葉に甘えて。お心遣い感謝いたします」
そういえば午前中にアルク国に到着したあと魔王城に行く前に美味い葡萄を摘んだ以外は何も食べていない。
アルク国王の今までのカルテや医学書を読んだり継承して貰いに魔界に行ったりと慌ただしくて忘れていたけど。
アルク国王がナイトテーブルの上の魔導ベルを鳴らすと防音魔法が解除され、枕元に置かれている通常サイズの手持ちベルを鳴らすとすぐに扉をノックする音が聞こえてくる。
「お呼びでしょうか、陛下」
「英雄が滞在する貴賓室まで夕の食事をお持ちして誠心誠意お饗しするよう。それと晩餐後この寝所にて私の今後の治療方針についての報告を行う。主要人は必ず集まるよう伝達を」
「承知いたしました」
「下がってよい」
「はっ」
出入口で片膝を付き話を聞いた騎士が再び出て行ったあと、もう防音魔法がかかっていないから顔を近づける。
「今の内に確認いたしますが、治療方法は私の恩恵と魔力譲渡で行うという内容で。病については真実をお話ししますか?」
「そこは話した方がよいだろう。未来の世代に私と同じ病を持ち生まれた者が居れば幼い頃に治療を受けられるよう。その時代に今の私と同じ治療を受けられる保証はないのだから」
たしかにそうだ。
魔力神経硬化症という病の記録と、幼い頃であれば魔力の数値が高い血を飲ませるか魔力譲渡で治療できることを後世に遺しておけば、その人はアルク国王のように苦しまずにすむ。
「承知しました。では私も説明できるよう纏めます」
「なにかと手間をとらせてすまない」
「謝罪は不要にございます。今回の治療方法のことに関してだけは陛下と私は共犯ですので」
口に人差し指をあてて秘密とジェスチャーする。
俺も後世に病のことや治療方法を遺すことは賛成だし、病の治療とはいえ一国の王にシモの話をしたことや閨を共にするなど不敬罪待ったナシなことを隠せた方が助かる。
「それはとんでもない罪の片棒を担がせてしまったな」
「私もさすがに不敬罪に問われたくありませんからね」
笑い声をあげる国王に笑って返す。
治療ができることを知って安心したのか、まだベッドに体を預けてではあるもののアルク国王の表情は穏やか。
35年間も制限がかかった生活をしていたんだから、それがどんな治療方法でも受け入れる覚悟は出来ているんだろう。
「新星の祝儀に間に合うよう治療しましょう。陛下の体調を気にしているだろう民の前にお元気な姿で立てるように」
「ああ。まだアルク国は安泰であると民を安心させねば」
国民にアルク国王が危篤だったことは知らされていない。
ただ年の瀬の予定を全てキャンセルする必要があったから、体調を崩して暫く休養していることは国民も知っている。
代理できるものは第一妃や王太子がやっていたらしいけど。
「では私も部屋で食事をしてまいります。後ほど」
「ゆっくり食事を楽しんでくれ」
「ありがとう存じます」
最後にもう一度胸に手をあて頭を下げてからアルク国王の寝室を後にした。
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