ホスト異世界へ行く

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第十一章 深淵

依頼

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豊穣の儀やリュヌ祭を無事に終えてから数日、翌年の新星ノヴァの月(一月)を迎えるための準備が始まった年の瀬。
そんな慌ただしい時期にも関わらずアルク国にある王都の沿道には多くの人々が集まっていて、道行く白い馬車キャリッジに向かって歓喜の声をあげている。

その中から笑みでヒラヒラと手を振る人物。
人々が歓喜の声をあげているのはその人物を見れたから。

翌年の支度を後回しにしても人々が見たかったのは英雄エロー
馬車キャリッジには厳重に二重の障壁がかけられていて、騎乗した何人もの王宮騎士や魔導師が取り囲むように警護についていた。

「見えた?」
「見た見た!神々しかったね!」
「これでいい年を迎えられそう!」

通り過ぎた後もすぐに解散とはならず家族や友人や恋人などと興奮気味に話をしている。

英雄エローが正式訪問したってことは良くなったみたいだな」
「うん。歓迎できるくらいに回復したから大々的にお迎えしたんだろうし」

そんな会話をする人の姿もちらほら。

「ありがたいね。ブークリエ国だけじゃなくてアルク国の大聖堂でも祈りを捧げるために訪問してくださったんだから」
英雄エローさまが祈りを捧げてくれたら来年はいい年になりそう」

今回の訪問はアルク王都の大聖堂で祈りを捧げることが目的。
英雄エローは全精霊族の英雄だけに、ブークリエ国の豊穣の儀で祈りを捧げたのと同じくアルク国でも豊穣と平和を願って祈りを捧げることになった。

……というのが表向きに発表された訪問理由。
俺が訪問した本当の理由はそれじゃない。

英雄エロー公爵閣下へご挨拶申し上げます」
「挨拶は後でいい。すぐに案内してくれ」
「はっ」

馬車を降りた俺を出迎えたのはアルク国の王宮師団長。
挨拶もそこそこに王宮騎士団や魔導師から周囲を護られつつアルク城の中へ案内される。

英雄エロー公爵閣下」
「ご挨拶申し上げます」

王城にある一室の前に居たのは正妃である第一妃と王太子。
胸に手をあて敬礼する王太子と姿勢を低くカーテシーをする第一妃に俺も敬礼で返す。

「御足労おかけして申し訳ございません」
「私に何ができるか分からないが出来うる限り尽力する」
「ありがとうございます」

晩餐の時より少しやつれた様子の第一妃。
心労が重なっているのだろうと察しながらも騎士が開けた扉から中に入った。

「偉大なる巨星、英雄エロー公爵閣下へご挨拶申し上げます。陛下の随行医を務めますフランコと申します」
「現在の容態を教えてほしい」
「はっ」

随行医から渡されたスクロールを受け取り目を通す。
日にちごとの容態や治療内容などが事細かく書かれているそれを見る限り、現状は『非常に悪い』ということは理解した。

「ここに居る者は事情を知る者だけだろうか」
「はい」
「では幾つか質問させてほしい」
「承知しました」

今回訪問した本当の理由はアルク国王の治療。
俺自身は医療従事者ではないただの素人ではあるものの、回復魔法を頼られてのことだった。

「容態の悪化は魔素によるものと聞いたがどういうことだ」
「アルク国の王家では稀に魔素を多く取り込んでしまう男児がお生まれになります。陛下が正しくその体質をお持ちでして」
「魔素を取り込み過ぎたせいで体調を崩したということか」
「左様で」

国王のおっさんを通して依頼されたから『魔素によるもの』とだけは聞かされたけど、他国の国王のことを国王のおっさんの口から話す訳にはいかないからアルク国の関係者から詳しく聞くよう言われている。

「分かっているだろうが回復ヒールで病は治せない」
「承知しております」

残念ながら回復ヒールをかけても病は治らない。
随行医や王家の人々がそれを知らないはずもない。

「言葉を濁さず伺う。分かっていながらも私を呼んだということは万策尽きたということだろうか」

それを問いかけたのは第一妃に対して。
ドレスをぐっと握った第一妃は静かに頷く。

「随行医だけでなく優秀な医療師や魔法医療師にも診ていただきましたし、神官や教皇にもご助力いただきました。ですが日に日に容態は悪化していくばかりで」

第一妃の変わりにそう説明したのは王太子。
回復ヒールは病に効かないし薬も効かないとなれば悪化していくのも当然のこと。

「今まではどのようにしていたんだ?何かしらの特別な対策をしなくとも症状が出たことがなかったのか?」
「いえ、対策はしております。王城には魔素を取り込み難くする設備を備えておりますし、何より王都のあるこの場所が他の土地よりも魔素が薄いのです。ですので今までは体調を崩しても数日ほど発熱するくらいで治っていたのですが」

なるほど。
国王の家系は魔素を取り込み易い男児が生まれると知っていたから城を置く王都の場所をここに選んだのか。

「今になって思えば異変はありました」
「どのような?」
英雄エロー公はあの場に居た当事者でもありますので覚えておられると思いますが、武闘本大会で気性が荒くなっておりました」

第一妃が話したそれであの時のことを思い出す。
確かにイヤイヤ期の子供のような国王だったと。

「本大会でお会いした陛下と晩餐でお会いした陛下が別人のようでどちらか影武者かと少し疑ったのたが、本来の陛下は晩餐の時のように穏やかな性格をしているということか?」
「穏やかとまでは言えませんが、少なくとも国王という権力を使ってあのような理不尽なことを申す方ではございません」

ああ、そういえば国王のおっさんもアルク国王の様子に違和感を覚えていたことをエミーが話していた。
すっかり忘れてたけど。

「あの時はおかしいと思いつつも王都へ戻ってからはいつも通りの陛下に戻られましたので、この王都から離れたために一時的に魔素を取り込みすぎてしまったのかと思ったのですが」
「そうか」

たしかに貴族裁判の最中もその後の晩餐でも本大会の時のような傍若無人な態度は一度も見かけなかったし、頭の切れる人というディーノさんの前情報も納得できる国王の印象だった。
その違いをうんだ理由が魔素のせいだったと。

「性格にも影響が出てしまうほど魔素を取り込み易い体質ということは理解した。とはいえこれを見ただけでは私に何が出来るのか判断ができない。直接陛下のご様子を拝見する許可を」
「はい。お願いいたします」

そう会話を交わすと医療師が天蓋ベッドのカーテンを開ける。
ベッドの近くまで行って見たアルク国王の姿に息を呑んだ。

「これは……」

荒い呼吸をしているアルク国王の肌には黒の痣。
寝衣から見えている腕や手だけでなく顔にも。
皮膚の黒ずみというレベルの話ではなく、蛇が這いずった跡が変色したかのように真っ黒になっている。

「いつもこうなっていたのか?」
「いえ。このようなことは初めてです。先ほど王太子殿下が申されましたように数日ほど発熱することはあったのですが」

皮膚が黒ずむ病気には幾つか心当たりがある。
ただこれはそういう類いの病ではない気がする。

「正妃。魔法検査をする許可をいただきたい」
「構いません。すぐに魔法医療師を」
「私が魔法検査を行う」

第一妃から許可を貰ってすぐに魔法検査をかける。
能力については成る可く秘匿にしておきたかったけど、人の命がかかっている時に悠長なことを言ってはいられない。

【ピコン(音)!診断結果。魔素の過多による魔腐食】
「は?」
【肝臓と肺、心臓も魔腐食によって機能が低下しています】

魔腐食?
自分の魔力量を超える魔力を使った時に起こすのが魔腐食で、少なくとも俺が知る魔腐食の認識とは違う。

『過多でも魔腐食はおきるのか?』
【はい。魔腐食は取り込んだ魔素と魔力量に何かしらの異常がある際におこります。魔力が枯渇した際はもちろん必要以上に蓄積した際にも通常に戻そうと体が暴走をおこした結果です】

体が異常と戦った結果で魔腐食をおこすと。
体内に入ったウイルスを倒すために熱が出たりすることを考えると納得できる理由だ。

【通常は魔力量以上の魔素を取り込んでも魔力には変換されず体外に排出されます。そのため排出される間一時的に吐き気や目眩や発熱をおこすことはありますが、命に関わることはありません。ただし、例外として上手く排出できない体質を持つ者は大量の魔素を急激に浴びた状態となり命の危険を伴います】

通常なら自然に排出される魔素が上手く排出されない。
そう考えると大変な体質だと分かる。

『今のアルク国王は危険な状態ってことか』
【現状のままであれば一日。よくて二日ほどかと】
『もう猶予がないな』
【はい】

思ってもみなかった診断結果。
魔素の過多による魔腐食なんて聞いたことがない。

英雄エロー公?なにかあったのですか?」
「え?」
「は?と申しましたまま考えておられるようで」
「ああ、診断結果に疑問を持っただけだ」

随行医から聞かれて答える。
この診断結果を正妃や王太子の居るここで正直に話すべきかどうか。

「どのような結果なのかお教えいただくことは」
「うーん……」

王太子からも追求されて改めてスクロールを確認する。
そこに書かれている病名は【魔素の過多】とだけで魔腐食については一切書かれていない。

「この病名は魔法検査を行って出たのか?」
「はい。三名の魔法医療師が検査を行いました」

じゃあ俺の魔法検査にだけ魔腐食の結果が出たということ。
俺もいまだに片目が複視のままであるように、魔腐食ともなると完治することは不可能に近い。
むしろ『死』が頭を過ぎる重い検査結果。

「検査結果を聞く覚悟があるかを先に伺いたい」

そう声をかけたのは第一妃と王太子に。
今の容態からしていい結果にはならないことは分かっているだろうけど、俺の魔法検査ではまで出てしまったから。

顔を見合わせた第一妃と王太子。
沈黙のまま少しすると正妃が頷き王太子も頷く。

「お聞かせ願います」

王太子の答えはそれ。
第一妃も同じ答えらしく頷く。

「検査結果は魔素の過多による魔腐食と出た」
「魔腐食……ですか?」
「肝臓と肺と心臓が魔腐食に冒されていて機能が低下しているらしい。現状での余命は一日、よくて二日」

それを聞いて第一妃の顔が青ざめる。
この国の国王でもあり伴侶でもある相手の余命が一日や二日と聞けばそうなるのも当然だろう。

「その検査結果は正確なのでしょうか。誰も魔腐食とは」
「信じたくないのは分かる。だが魔法検査は魔力が高い者ほど詳細な検査を行えると医療師も知ってるはずだ。魔法検査を行った三名が私より魔力が高いのならば疑いを受け入れよう」
「それは……」

俺より魔力の数値が高い人といえば魔王くらい。
三度の覚醒をした俺の数値は賢者のエミー以上になった。

「検査結果ではそう出たが私はこのまま最期の刻を静かに待つつもりはない。お前たちも絶望している暇があるなら救える手段を考えろ。医療師を名乗るなら最期まで患者と向き合え」

明らかに肩を落としている随行医たちを叱咤する。
俺もアルク国王の親族である第一妃や王太子に魔腐食という絶望的な結果を話すか迷いはしたけど、だからと言ってもう諦めろとは言っていない。

『中の人。回復ヒールで少し呼吸を落ちつかせられるか?』
【数時間であれば可能です】
『分かった。ありがとう』

中の人に聞いて上級回復ハイヒールをかける。
一日か二日しか持たないというなら上級回復ハイヒールで最低限の苦しみは取り除きつつ方法を考えるしかない。

「陛下の呼吸が」
「数時間しか持たないが切れたらまたかける。その間に救える手段を考えるから様子を見ておいてくれ」
「承知しました」

傍についている医療師たちに頼んでベッドを離れる。
アルク国王に残された時間は極わずか。





「お飲みものをお持ちしました」
「ありがとう」

時間にして五時間ほど。
隣室に移動してから随行医と話したあと二時間を少し過ぎた頃に上級回復ハイヒールの効果が切れて寝室に呼ばれ、もう一度かけ直して再び隣室に戻り魔素過多について書かれた書物やアルク国王の病歴を調べ漁っている。

魔力が枯渇したことでの魔腐食なら、完治は難しくとも魔力譲渡をした上に上級回復ハイヒールをかけることで多少は改善するだろう。
でもアルク国王の場合は魔力になる以前のだし、足りないのではなく多くて異常が起きてるんだから厄介だ。

使用人が用意してくれた紅茶を口に運びつつアルク国王の病歴を調べてみても今のような容態になった記述はない。
それどころか魔素過多について書かれた書物にも蛇が這った跡のように黒い痣になることは書かれていない。

一体アルク国王の体に何が起きているのか。
本当に魔素だけが原因なのだろうか。

「ん?」
英雄エロー公爵閣下へご報告がございます』
「エドか。どうした?」

腕輪の魔封石(晶石)が光って魔力を通すとエドの声。
他国の王家に関わる問題での訪問だからエドとベルは連れて来れず屋敷に居るけど、アルク国王の体調が悪くて治療のために行くことは話したのに連絡をしてくるとは急用か。

『どなたかと御一緒ですか?』
「ううん。今は一人で調べものしてた」
『では手短にお話を。庭のエトワールの樹を通りがかったんですが、以前お見かけした光の玉がなぜか私の周りを飛んでいて』
「光の玉?ああ、妖精の女王レーヌドゥフェの思念体」
『はい』

そう説明してエドが映したのはエトワールの樹。
たしかに光の玉がふよふよしている。

「女王?」
創造主クレアトゥール

声をかけると女王の声が聞こえてくる。
魔封石を通していても話せるようだ。

『治療にはエトワールの葉と実をお使いください』
「ん?」
『神族以外に高い回復効果を持つ実は魔腐食の回復に。負の気を浄化する枝葉は体内から魔素を吸い出すことができます』
「待った。なんで知ってるんだ?」

とてつもなくありがたい情報だけど、どうして魔素のことや俺が方法を探していたことを知っているのか。

『そちらにもがおりますので』
「そちらにも?アルク国にもが居るのか?」
『我らの子は星のあらゆる場所におります』
「妖精が居るってこと?」
『ヒトの子からは妖精と呼ばれております』

女王のような大妖精じゃなくて大妖精の子供。
つまりはあらゆるところに居てアルク国にも居ると。

「いいのか?大切な実を与えて」
創造主クレアトゥールがお与えになるのでしたら構いません』
「そうか。でも魂に穢れがあると逆に拙いことになるな」
の子を通して見たところ魂の穢れはありませんでした』
「わざわざ確認してくれたのか。ありがとう」

しっかり確認したうえで方法を教えてくれたようだ。
どうしたものかと悩んでいたから助かった。

『もう一つ。実と葉で治療はできますが、根本から取り除かなければまた同じ症状を繰り返すことになるかと』
「完治する訳じゃないってこと?」
『彼の者が取り込んだものは負の気を帯びた魔素ですので』
「……どういうことだ?」

意味が分からず聞くと、女王曰くアルク国王が取り込んだのは負の気が強く影響した魔素で、通常の人は体外に排出されるから多少体調が悪くなる程度で済むものの、アルク国王は上手く排出できないまま体内に残って魔腐食を引き起こしたらしい。

「つまり、魔腐食まで引き起こした原因は今回取り込んだ魔素が体に悪影響を及ぼすほどのものだったからってことか」
『地上はいま負の気の影響が大きくなっております。こたび魔素過多を起こした彼の者も、今までは過多を起こしても命に関わるほどのことは起きていなかったのではないでしょうか』

ああ、もうそれが原因だとしか思えない。
女王が言った通り、アルク国王の病歴を調べても今回のような酷い症状は書かれていなかったから。

「今年はブークリエ国の豊穣の儀でも神職者たちの祈りだけでは足りずに負の気が残ったから俺も浄化を手伝った。ってことはこのアルク国も含まれるよな?」
『はい』

ブークリエ国の負の気は浄化したけどアルク国はそのまま。
もちろんアルク国でも祈りの日に豊穣の儀を行ったはずだけど浄化しきれなかったんだろう。

「負の気が増えたり減ったりする理由は?」
『負の気とは生命の負の感情。災害や戦といった理由で多くの生命の心が荒んだ年は特に悪い気が増えます』
「……そういうことなら今年は影響が大きかっただろうな」

人為スタンピードに暴動。
そして天地戦がおきることへの不安。
俺たち異世界人が召喚されて一年以上が経っているけど、天地戦が終わるまでは本当の意味で安心することはないだろう。

「原因は分かった。治療のやり方を教えてくれ」
『彼の者の傍にエトワールの樹の枝葉を置き創造主クレアトゥールが月の恵みをお使いになることで生命力を得た枝葉が魔素を吸い取ります。吸い取った後の枝葉は創造主クレアトゥールの炎で燃やして浄化をしてください』
「実の方は?」
『そのまま与えてもすり潰して飲ませても効果は変わりませんので創造主クレアトゥールのご判断で。今であればまだ完治するでしょう』

魔素過多の治療にはエトワールの枝葉。
魔腐食の治療にはエトワールの実を使う。
それが事実ならアルク国王を助けられそうだ。

「分かった。教えてくれてありがとう。の子にもお礼を伝えてくれるか?俺にはどこに居るか分からないから」
『承知しました。それでは』

光の玉が消えるとエドがひょこっと顔を見せる。

『お話は済みましたか?』
「うん。エドが気付いてくれて助かった。もう五時間くらい書物だなんだと読み漁ってたけど方法がなくて困ってたんだ」
『お役に立てたなら幸いです』

エドが周りを飛び回る思念体が何か伝えようとしていることに気付いて連絡してくれたから治療ができる。
女王の声が聞こえないのに気付いたエドのファインプレー。

「今そこに居るのはエドだけか?」
『はい』
「じゃあ戻るから切るぞ」
『え?』

通信を切ってから使ったのは魔祖渡り。
魔祖渡りという能力があることは極一部の人しか知らないから魔導車と馬車を使ってアルク城まで行ったけど、一人で行き来するだけならわざわざ乗り物に乗らなくても一瞬で済む。

「数分だけただいま」
「シンさま。お帰りなさいませ」

ただいまお帰りと言っても居るのは数分だけど。
エトワールの樹の隣に立っていたエドは俺が転移してきたことに驚くこともなく魔封石を上着に仕舞う。

「シンさまのお声しか聞こえませんでしたが実をお使いに?」
「実と枝葉を使う」
「大丈夫なのですか?実の効果を知られるのでは」
「分からないようすり潰して薬として飲ませる。恩恵も使うから追求された時には特殊能力が発動したってことでごまかす」

エトワールの樹に手を伸ばして実を二つもいで、葉のついた木の枝も何本か折って異空間アイテムボックスの中にしまった。

「そこまでするほどの容態なのですか」
「俺の魔法検査の結果では余命一日。長くて二日だと」
「……え?」
「だから四の五の言ってられない。アルク国王が崩御すればアルク国内だけじゃなくブークリエ国にも影響がでる。何より助けられる手段があるのに救わないなんて俺には出来ない」

俺に救える命がそこにあるなら救う。
ただそれだけのこと。

「シンさまらしいです」
「悪いな。困った主人で」
「いいえ。誇らしく思います」

胸に手をあてハッキリと答えたエドの頭に額を重ねる。
いつもありがとう。

「じゃあまた行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」

軽く挨拶を交わして再び魔祖渡りを使った。

「さてと。早速実をすり潰すか」

実を使うとは言っても実物を見られるのは避けたい。
そうなると誰かを呼んですりおろしてきて貰う訳にはいかないから、自分の異空間アイテムボックスに入っているグラスを取り出し闇属性魔法を使って二つの実を絞った。

英雄エロー公。ちょうどお呼びしに」

二度目の回復ヒールが切れたらしく、部屋を出ると前から医療師が足早にかけてくる。

「正妃や王太子殿下を呼んできてくれ」
「え?」
「治療を許可なしには出来ない。説明するから呼んでくれ」
「は、はい!すぐに!」

医療師にはそう話して呼びに行って貰って、俺は寝室に行って護衛としてついている師団が開けてくれた扉から中に入る。
ベッドの傍では随行医や医療師が痛み止めの点滴を変えたりバイタルを確認したりと慌ただしくしていた。

「随行医」
「はっ」
「正妃と王太子殿下が揃ったら陛下の治療について説明する」
「……治療法が見つかったのですか?」
「一応な」
「一応?」
「二人も揃ってから説明する」

正直俺もどうなるか分からない。
今までしたことがないことをしようとしているんだし、少なくとも今までに他の誰かが同じ方法で治療をしたということもないだろうから、実際にどうなるかはやらないと分からない。

「苦しそうだ」
「……はい」

ベッドの隣に行って確認したアルク国王の呼吸は荒い。
肺も魔腐食で弱っているとあって呼吸器をつけていても苦しそうな表情をしている。

医療師からタオルを受け取り額に滲む汗を拭う。
武闘本大会では憎たらしく思わされたアルク国王だけど、こうして苦しむ姿を見るとやはり胸は痛む。

「一日も早く元気になって貰わないとな」
英雄エロー公」

エルフ族のために。
何より、無事を願う家族のためにも。

緩く回復ヒールをかけながら待っていると寝室の扉をノックする音が聞こえて第一妃と王太子が急く様子で入ってくる。

「治療をするとお聞きしたのですが」
「私の説明を聞いて納得が出来れば許可をいただきたい」
「「承知しました」」

医療師から話を聞いて慌てて来たんだろうと分かる二人はまっすぐに俺を見て大きく頷いた。

「これから話すことは英雄エロー権限を行使して口外を禁ずる。この時点で守る自信のない者は部屋を出ていてくれ」

英雄エロー権限は王家にも有効。
唯一無効にも出来るのは、ブークリエ国とアルク国の両国王だけ。
随行医や医療師たちはもちろん、国王の妃の正妃や第一継承者の王太子でも権限に背けば罰を受けることになる。

少し待ってみたものの誰一人動かず迷う様子もない。
そもそも国王の治療にあたるということは墓場まで持って行くことが増えることだと理解した上でここに居るからだろう。

「どうぞお聞きかせください」

第一妃が胸元からベルを出して鳴らすと防音魔法がかかる。
第二妃も使っていたそれを第一妃も持っていたようだ。

「治療には用意したこれと私の恩恵を使う」

異空間アイテムボックスから出したのは葉のついたエトワールの枝とグラスに入ったエトワールの実の果汁。

「この枝の種類や薬に何が使われているかは話すことが出来ない。その代わりに薬であることの証明として私が先に飲んでみせよう。もう一つ、これを飲ませたことで陛下に万が一のことがあれば、暗殺罪として私を粛清する許可を王太子に与える」

そう説明すると随行医や医療師たちの表情が変わる。
英雄エロー保護法に守られた俺を粛清できる人物は両国王しか居ないに関わらず王位を継いでいない王太子に粛清の許可を出したんだから、法律を知っている人からすればとんでもない話だとなるのも当然のこと。

「アルク国で出来ることは万策尽きた状況で私の能力に最後の望みをかけたのだろう?このままでは明日明後日にも消えてしまう陛下の命を私に預けてくれないだろうか。エルフ族のために。陛下のために。私は自分に救える者のことは救いたい」

決断をするのは最高権力を持つ第一妃。
アルク国王に治療を施せるかは第一妃の判断で決まる。

「陛下に最期の刻が迫っていることは感じておりました。もうヒトの力ではどうすることも出来ないと分かって国を通し英雄エロー公へ協力要請を打診したのはワタクシです。手段は問いません。もしそれで陛下の御身に何かあればワタクシが責任をとりましょう。大天使を従えた神の御子英雄エロー。どうか陛下をお救いください」

第一妃が床に跪き俺に祈るとすぐに王太子や随行医や医療師も膝をついて胸に手をあてる。

「覚悟は受け取った。私も陛下をお救いするため尽力しよう」

エトワールの枝にアルク国王の手を重ねる。
しっかりと悪い魔素を吸い取ってくれ。

「魔素に蝕まれ命尽きかけたこの者へ神々の慈悲を」

両手を組み月の恵みの恩恵を使うとエトワールの枝がするすると成長してアルク国王に巻き付き、同時に俺の体からは白と黒の大きな翼を持つ月神が顕現する。

「星と生命に恵みを与える豊穣の神よ。破壊と再生の神よ。この者の体に巣食う負の気の浄化を。月の恵みを与え給え」

見えている口元に微笑を浮かべた月神がエトワールの枝に触れると枝は急成長してアルク国王の体を完全に包み眩い光を放つ。
一瞬体内が焼けるような熱を感じたかと思えば光が消え、月神も再び俺の中へと消えた。

『…………』

月神が消えるとエトワールの枝もするすると解け、中から姿を現したアルク国王の体からは黒い痣が消えている。

【ピコン(音)!診断結果。負の魔素は体外へ排出されました。引き続き魔腐食の治療を行ってください】

その魔法検査の結果を聞いて息をつく。

英雄エロー公?」
「魔素は排出できた。引き続き魔腐食の治療に入る」

祈るように手を取り合う第一妃と王太子にそれだけ伝えてナイトテーブルに置いていたグラスを手にとる。

「先ほど言ったように先に私が飲んでみせる。みなで確認を」

スプーンを使ってすくったエトワールの実の果汁をみんなに見えるよう数回に分けて飲んでみせる。

「少しは信用して貰えただろうか」
「疑ってはおりません。陛下を救うために尽力すると申してくださった英雄エロー公のお言葉を信じております」

他にはもう残された手段はないのだから。
第一妃はそんな思いで俺を信じているのだろう。

まだ苦しそうな呼吸をしているアルク国王の背中に腕を回して薬を飲ませるために上半身を起こす。

「これでは飲めないか。吸い飲みはあるか?」
「ございます」
「これを吸い飲みに入れてくれ」
「はっ」

スプーンでは口の端から零れてしまうのを見て随行医にグラスを渡し、水を飲む時に使う吸い飲みに入れ替えて貰う。

英雄エロー公。私も父上を支えます」
「ああ。頼む」

王太子にも体がぶれないよう一緒に支えて貰う。
片手でしか支えられないから助かる。

「どうぞご確認を」
「ありがとう。鑑定」

入れ替えた吸い飲みの中に毒物が混ざっていないか念のため鑑定をかけてからアルク国王の口に吸い飲みの先を入れる。

ゆっくり少しずつ。
みんなが固唾を呑んで見守る中、誤嚥しないよう様子を伺いながら時間をかけて飲ませる。

「……あ」
「その調子です。ゆっくり飲んでください」
「ああ……父上が自らお飲みに」

こくこくと喉を鳴らして果汁を飲み始めたアルク国王。
血の気が引いたように真っ白だった顔色が飲めば飲むほど赤みを取り戻していく。

『中の人。魔法検査を』
【検査を行います】

しばらく寝込んでいたからよほど喉が渇いていたのか、綺麗に飲み干したアルク国王をそのまま見守る。
頼むから効いてくれ。

【ピコン(音)!診断結果。魔腐食によってダメージをおった臓器は完治しました。上級回復ハイヒールで体力を回復してください】
『分かった。ありがとう』

診断結果は完治。
しっかり実の効果が出たようで良かった。

「……英雄エロー?」
「お加減いかがですか?陛下」

体力を回復させるために上級回復ハイヒールをかけるとゆっくりと瞼をあげたアルク国王と目が合い、その不思議そうな表情にくすりとしながら声をかける。

「なぜ英雄エローが」
「父上!」
「ロランド?」

自力でベッドに座ったアルク国王を見て涙を落とす王太子。
それを見て随行医や医療師も安心した表情に変わって喜びの声をあげる。

「正妃もこちらに。無事完治した」
「ライラ」

上級回復ハイヒールを中断して第一妃に場所を譲る。
アルク国王の姿を間近で見て完治したことを実感できたのか、ベッドの隣に力が抜けたようにしゃがむとアルク国王の手を両手で包んでポロポロと涙を零す。

「どうしたんだ。二人して」
「陛下のお命は先程まで風前の灯火だったのです。それを英雄エロー公が秘匿とされている能力を使ってお救いくださいました」
英雄エローが?」
「お気付きになりませんか?ご自身のお体の変化に」

第一妃と王太子から言われてアルク国王は体を確認する。

「……あれほどあった痣が消えている。息苦しさや胸の痛みもない。私の病を英雄エローが治療してくれたというのか?」

話しかけられたから上級回復ハイヒールを再開して頷く。

「陛下の御身は質の悪い魔素を取り込み過ぎたことで魔腐食をおこしていました。そこで私の浄化作用のある恩恵と大自然の中で逞しく生きる樹の力を借り体内に蓄積した魔素を排出し、その後能力を用いて作った薬を使い魔腐食を完治させました」

説明してベッドに落ちているエトワールの枝を指さす。
負の気を吸収した枝は役目を終えて黒く変色していた。

「そうであったか。心より感謝する。だが、秘匿とする貴重な能力を他国の私に使って良かったのだろうか。状況はまだ把握できていないが見て見ぬふりもできただろうに」

そう言われて笑い声が洩れる。

「目の前の命を救うことに国も種族も年齢も性別も身分も関係ありません。助ける手段があるなら助ける。それだけです」

エルフ族だから見て見ぬふりをするなんてしない。
救える方法を女王が教えてくれたから行動しただけ。

「ただ、ここに居られる方々には先に英雄エロー権限を行使して口外を禁じさせていただきましたし、私の能力や薬については陛下も含めみなさまに墓場までお持ちいただけますと幸いです」

それだけ守ってくれたら。
そう話した俺にアルク国王はフッと笑みを浮かべた。
 
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