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第十一章 深淵
月祭
しおりを挟む夕方の鐘が鳴るまで遊んだ後、これから入浴時間になる子供たちのことは指導員たちに任せて孤児院を出る。
入浴の後は子供たちと一緒に司祭さまや修道女や職員もゆっくりクリスマス仕様の食事を楽しんでくれるよう話して。
祈りの日の俺の役目はこれで終わり。
医療院には医療師が居るし、孤児院にも保護師や指導員はもちろん司祭さまや修道女が居るのに、英雄や領主や院長という堅苦しい肩書きのある俺が長く居座ってはせっかくの祈りの日なのに誰かしらに気を使わせてしまうから。
「屋敷に戻るのか?」
「ううん。南区に行こう。祭りがやってるんだ」
「祭り?」
来た時と同じく孤児院の隣の広場に行きローブのフードをかぶって辺りに人が居ないかを確認する。
「二年に一度行われる月祭。出店も沢山あるらしい」
「ほう」
「俺も見るのは初めてなんだ。二人で見て回ろう」
この後は英雄でも領主でも院長でもない半身同士の時間。
二人で過ごす初めてのクリスマス。
「そうしよう」
くすりと笑い俺を軽く引き寄せた魔王は魔祖渡りを使った。
一瞬で辿り着いた南区。
転移した瞬間に賑やかな声が聞こえてくる。
「いつもの場所に転移したが、すぐ傍で声が聞こえるな」
「大聖堂を中心に祭りをやってるから。二年に一度だけあって大規模な祭りだから人も多いんだと」
魔祖渡りで突然現れると驚かせてしまうから、王都内で転移する場所は人通りのない路地裏や広場と決めている。
今回魔王が転移した先は南区の大聖堂広場という公園。
公園と言っても遊具がある公園ではなく緑を楽しみながら散歩やピクニックをするような場所だから、普段は夜になると殆ど人の姿を見かけない。
「今の内に魔力制御した方が良いんじゃないか?」
「え?」
「随分楽しみにしていたようなのにフードをかぶったままではよく見えないだろう?人が多いのなら尚のこと、正体に気付かれないよう気を使って楽しめなさそうだ」
周りを見渡しながらそう言って魔王は俺を見る。
「大切な人と過ごす日なのに親子になっちゃうけど?」
「それは他人から見ての話だろう?姿を変えていても半身と過ごしていることに変わりはない」
子連れの父親に見られるのは申し訳ないし、初めて一緒に過ごすクリスマス(祈りの日)なのに子供の姿ではさすがに色気も何もないだろうと思ったんだけど……魔王には関係ないらしい。
「じゃあお言葉に甘えて。気を使わせてごめんな」
「今日が大切な相手と過ごす日だと言うなら誰にも邪魔をされたくないと言うだけだ。正体に気付かれて囲まれては二人で過ごすどころではなくなる」
真顔で言う魔王に笑いならがら異空間から子供服を出す。
「人前ではマズイからその木の裏に隠れて着替えてくる」
「ああ」
祭りとあって疎らでも人が通るから木に隠れローブを羽織ったまま魔力制御すると、着ていた服が脱げ地面に落ちる。
子供の姿でもさすがにヌードをさらす訳にはいかないから(誰も見てないけど)ローブの中でモゾモゾと子供服を着た。
「着替えられたか?」
「うん」
「髪と瞳の色も変えてやろう」
「ありがとう」
今まで着ていた服を畳み異空間に仕舞っていると魔王がひょこっと顔を出し、俺の特徴でもある髪や瞳の色を変えてくれた。
「祭りを見て回りながら出店で何か食べよう」
「ああ」
一歩踏み出そうとすると後ろから掴まれ抱き上げられる。
「迷い子になる予定でもあるのか?」
「ありません」
つい普段の感覚で隣同士並んで歩こうとしたけど、今の俺が人混みに紛れれば迷子必須。
魔力制御しても2mある魔王と子供サイズの俺じゃ手を繋いで歩くのも厳しいから、結局は抱っこの選択肢になる。
やっぱりこれ半身じゃなくて親子。
・
・
・
広場に居ても聞こえていた喧騒。
街中に近付くほどその喧騒は大きくなって行き、広場を出ると沢山の人々が行き交っていた。
「賑やかだな」
「祭りって感じ」
道を挟んで左右に並ぶ木々や建物に飾られている装飾品。
沢山の造花や月や星や天使などの様々な形をした色紙が飾られている。
「ここの木には孤児院に飾った灯りはないのか」
「灯り?」
「青や赤や黄の小さな灯りだ」
「ああ、イルミネーションか。ツリーに使ったイルミネーションや飾りは俺が頼んで作って貰った物だから西区にしかない」
「そうなのか」
「異世界のものだから。異世界地区らしいだろ?」
この世界にイルミネーションの文化はない。
ただ作れるだけの技術はあったから、特殊鑑定で調べたものを絵や文字で書き写し技術者や職人に説明して作って貰った。
建物を見あげている魔王のことを前を通り過ぎつつ見る人々。
人族には見かけない背丈の人物が居れば嫌でも目立つ。
魔王と俺が歩いていたら注目されてバレていたかも知れない。
どこを見ても人人人の状況でバレたらどうなるかは明らか。
子供の姿になって(髪と瞳の色も変えて貰って)正解だった。
「出店を見に行こ」
「ああ」
祭りと言えば屋台(出店)。
せっかくの祭りだから屋台で何か食べたい。
日本の屋台と違って売ってる物の種類は多くないんだけど。
「食べ物は売っていないようだが」
「この辺りは飲食販売の区間じゃないんだと思う」
「分かれているのか」
「うん。武闘大会でもそうだった」
今歩いている場所に出ているのは布や糸や衣類の屋台。
この世界では既製品の衣類だと多少お高くつくから自分たちで縫って作る家庭も多く、布や糸を売る屋台(出店)の数も多い。
その上のオーダーメイドは商人や貴族といったお金のある層。
「あの屋台だけ客が多いな」
「ほんとだ」
布や糸を手にとって見ている人が多いから全体的にのんびりした雰囲気の中、一箇所だけ人が集まっている屋台がある。
「なるほど」
「…………」
何を売っているのかと覗いて魔王はポツリと呟く。
「本当に禁製品ではないのよね?」
「はい。染める前に確認をとって販売許可もこのように」
「それなら安心ね」
そんなマダムと店主の会話。
屋台に並んでいたのは白銀の糸や毛糸や布。
これはもしかしてもしかしなくても俺の特徴色。
「英雄色とは縁起が良いな」
「どうぞお手にとってご覧ください」
「英雄さまの色だね」
「そうよ?英雄さまのお色で幸福の刺繍をしてあげる」
「やった!」
白銀の糸や布をこぞって買う人たち。
自分の特徴色という理由で買われているとか恥ずか死ぬ。
「も、もう行こう」
「ああ」
さっさと離れようと道の先を指さす俺に魔王はくすりと笑い歩き出した。
「お前にあやかって商売するのは問題ないのか?」
「色の名前を英雄色にしたり英雄の衣装にだけ許された意匠の刺繍や紋章を入れて販売したらアウト。でもあの店主は白銀色の糸や布を販売してるってだけで、それが俺の特徴色だって判断して買うのは客の自由だから違反にはならない」
俺の称号で爵位名の『英雄』を無断で使えば違法。
それが出来るのは英雄の紋章を掲げる資格を得た人だけ。
具体的には英雄の妻や妻の親族、英雄個人と契約を結んだ人。
「そうか。あの店主なかなかの商売人だな」
「うん。俺の特徴色で刺繍したところで何の効果もないけど」
「縁起物などそんなものだ」
あの屋台には製造許可証と販売許可証が提示してあった。
白銀色に染めて良いかを国(総務科)に確認して許可を貰い、そのあと現物を総務に提出してしっかり資格代金も払った証拠。
製造許可証はそれが通って初めて渡されるものだから。
英雄色だと誰もが分かるけど店主は英雄色とは言ってない。
魔王の言う通り、あの店主はやり手の職人で商売人だ。
あの売れ行きなら月祭中にがっぽり稼ぐだろう。
その後も暫くは武器防具や装飾品の出店が続き時々足を止めつつ見て回っていると、ふわんといい香りが漂ってくる。
「その先の区間から飲食物の屋台らしい」
「香りで分かるな」
「うん。早速なにか買って食べよう」
「ああ」
休憩できるベンチが並んでいる向こう側からする香り。
ベンチに座って食べたり飲んだりしている人の姿も見られた。
「串焼きだ」
最初に目についたのは串焼き。
特殊鑑定をかけると『オンブル』と出る。
カラスのような見た目の魔物だけど、味は鴨に似てるらしい。
「食べたい」
「では買おう」
先に並んでいた人の後ろに並び待つ間もいい香りがする。
味つけはこの世界恒例の塩だけど、肉と野菜の焼ける香ばしい香りが食欲をくすぐる。
「お熱いので火傷には気をつけてくださいね」
「ああ。感謝する」
右腕に俺を抱っこしている魔王は左手で二本の串焼きを受け取り一本とるよう俺に差し出す。
「落とすなよ?火傷しないようにな」
「うん。ありがとう」
結構なボリュームの串焼き。
子供の姿だとなおさらお腹に溜まりそうだ。
「え?柔らかい」
早速一口食べると口の中でほろっと崩れるくらい柔らかく、塩の味が染み込んだ肉汁と獅子唐のような野菜の味がよく合う。
これは文句なしに美味い。
「固いと思っていたのか?」
「屋台で売ってる物だからそれなりかなって。値段的にも」
日本円で言えば3・400円程度。
祭り価格だから少し高めに設定されてることを考えれば安い肉かと思ってたのに、この量と味でこの値段ならむしろ安い。
「うむ。柔らかで美味い」
「これをあの値段で売ってる店主が凄い」
「良心的な店だったようだな」
「かなり」
祭りで売ってるものは大抵が高い。
原価で考えればぼったくりでも『まあ祭りだし』と買ってしまうのが祭り屋台マジックなのに、もっと高くても売れるだろうこれをこの値段で売るあの店主は聖人かなにかだろうか。
基本的には肉類の屋台が中心だけど麺類もちらほら。
祭りマジックで買い食いを楽しむ。
行き交う人も家族や恋人や友人だろう組み合わせと様々で、祈りの日の祭りを楽しんでいるようだった。
「列になってる店があるぞ」
「ほんとだ。なに売ってんだろ」
一箇所だけ長蛇の列になっている出店がある。
飲食系の出店が並ぶ区間の方が人が多いとあって布や糸を売っていたあの店以上の人集りだ。
「なあ。あれは良いのか?」
「ん?んん!?」
列の先頭の人が渡されたもの。
それはホットドッグ(らしきもの)だった。
「お前が大会で売っていた異世界料理だろう?」
「うん」
店に近付き確認してコソコソ話す魔王に頷く。
「良いのか?」
「うーん。まだ販売許可は出してないけど」
開発権はとってあるけどまだ『販売許可』は認めていない。
開発者が販売許可を出している権利物を販売する際には、開発権を管理する『権利科』という所に使用料を払い許可証を貰って見えるところに提示するよう義務付けられているんだけど、自分が西区に出すカフェのメニュー予定のそれをオープン前に販売許可を出すはずもなく現時点では『販売不可』にしてあるから、ホットドッグの存在を知っててパクったならアウト。
「違法になるのではないのか?」
「微妙なんだよなぁ。ここで売ってる商品はパンもソーセージもニオンもケチャップも元からこの世界にあった既存のものを使ってるから、単純なレシピだけに偶然似たものを作った人が居てもおかしくない。もしコレにこの世界になかった粒マスタードやチリソースがかかってたり、他の人気商品だったカレーやクレープなら似た物がないから完全に黒なんだけど」
この商品の一つ一つは元からこの世界にあったもの。
俺が開発権を持ってる『ホットドッグ』と全く同じならアウトだけど、俺のレシピで開発したパンやソーセージは契約しているパン屋や肉屋しか作り方を知らず、販売不可の今は他の人では手に入らないから全く同じものにならないのは当然。
『パンにソーセージを挟んで刻み玉ねぎを乗せケチャップをかけた』というだけの単純な商品だけに偶然似たものを思いついた可能性もあるから、パクリ商品と断定するのは難しい。
「そのパンはなんという料理なんだ?」
購入したばかりの男性客に魔王がサラっと声をかける。
「ホットドッグです。武闘大会で人気があった商品らしくて」
「店主がホットドッグと言っているのか?」
「プレートに商品名が書いてあります」
は い ア ウ ト。
ホットドッグと名乗って売ってるなら完全にアウト。
俺が武闘大会で販売するまでこの世界になかった『ホットドッグ』という商品名も当然権利に含まれる。
祭りを楽しむつもりで来たのに勘弁してくれ。
「そうか。引き留めてすまなかった。感謝する」
「ありがとうございます」
「いいえ」
購入者に罪はない。
教えてくれた男性には礼を言って離れてから目を見合わせる。
「ただの偶然ではなかったようだな」
「うん」
名乗ってなければ物が物だけに偶然もありうる似た物として見なかったことにしたけど、見た目も似ている上にホットドッグという商品名までが偶然にも一致するのは有り得ない。
ソーセージを挟んだパンというだけなら売上は望めないけど、それが武闘大会で売れたホットドッグとなれば人が列ぶと分かっていて名乗ってるんだからさすがに無視できない。
「店主。忙しいところをすまない。武闘大会で見かけたホットドッグの店は店主が出していたのだろうか」
偶然ではないことが分かり早々に女店主に声をかけた魔王。
警備兵を呼んで営業をストップさせようと思ったのに直接言うのかよ!
「そうです。ご存知でしたか」
「ああ。行列ができていて購入できなかったが」
「それは失礼を。今日は販売数に余裕がありますから是非」
「店主が考案した商品なのか?」
「はい。数年前から考えていたものが漸く完成しまして」
魔王の聞き方が上手いのか店主がアホなのか、ペラペラ喋ってくれる店主の話を黙って聞いていてその返事に驚く。
明らかにパクったのに自分が考案したと嘘をつく?
「不思議なこともあるものだ。二人も居るとは」
「え?」
「私の知人にもホットドッグという名前の商品を考案して開発権を持っている者が居てな。知人の店は武闘大会で販売して行列になっていたが、店主はどこで店を出していた?開発者が許可していない物を販売するのは法に反するのではないか?」
ニヤリと笑っていう魔王に店主は顔色を変える。
バレたら大変なことになると考えなかったんだろうか。
もし大会で食べた人が居たら全くの別物だと分かるだろうに。
「い、言いがかりは辞めてください!私が開発者です!」
「ほう。私の方が偽りを口にしていると?」
「ストップ。後は俺が話す」
苦しまぎれに開発者を名乗る店主に魔王がイラっとしたのが分かって止める。
「私が今お話に出たホットドッグの開発者です。申し訳ありませんが警備兵を呼ばせていただきますので、そちらも開発者だと主張するのでしたら権利者証を提示してください。もちろん私の方も屋敷の者に権利者証を持ってこさせて提示いたしますので、どちらが偽りを口にしているかはすぐに分かります」
俺が権利証を持ってるんだから店主が持ってるはずがない。
もし本当に持っているなら国の機関である権利科が二重に権利を認める大失態をおかしたと言うことになる。
「子供が開発者のはずがありませんよねぇ?」
眺めていた客や通行人に話しかけて鼻で笑う店主。
殆どの人は開発権など無縁のことだから、多くの人が『たしかに』と思いそうなそれを言って味方をつけたいんだろう。
「ご存知ないようですが、登録金を用意できて開発権を管理できる成人保証人や推薦人が居れば例え子供であっても申請できます。私が子供だから開発者ではない証明にはなりません」
残念ながら子供でも開発者登録はできる。
子供だと思って人を鼻で笑ったけど、無知なのは自分の方だ。
「私が開発権を持つホットドッグはパンもソーセージもトッピングもソースも私のレシピで作ったものです。何も知らず購入したお客さまに、既存のパンに既存のソーセージを挟んで二オンを乗せただけのこれがホットドッグと思われては困ります」
カフェのオープンは年明けの予定。
その前に色々間違ったコレをホットドッグと思われては困る。
だからオープン前に下手なものを売られてしまわないようまだ販売許可を出していなかったのに。
「フラウエルさん?」
「あ、ほんとだ」
店主と話していると後ろから聞き覚えのある声。
「弓士と剣士か」
「「お久しぶりです」」
魔王に挨拶したのはドニとロイズ。
レイモンとネルとセルマも一緒。
「あれ?子連れだと思えばシ」
「言うな」
魔王に抱っこされている俺を見て名前を呼ぼうとしたロイズをドニが横から口を塞いで止める。
普段の俺の姿では騒ぎになるから魔力制御で子供の姿になってると察して止めてくれたんだろう。
髪や目の色を変えていても、子供になっている時を何度か見たことがある二人は俺だと気づいてもおかしくない。
「と、ところでどうかしたんですか?」
人が集まっている状況を見てドニが止めた理由がわかったらしく、話題を変えたロイズに魔王は出店を指さす。
「あ、ここでもホットドッグ出店……ホットドッグ?」
「そう書いてあるけど私たちが食べたのと全然違うね」
「ホットドッグはパンもふかふかでもっと豪華」
「うんうん。ほぼ毎日食ってたからな。あれは美味かった」
大会で実際に食べたからすぐに違うと気付いたロイズたち。
もどき商品をジッと見て怪訝な顔をしたドニは魔王と俺の顔をチラリと見る。
「もしかして無許可販売ですか?」
「店主曰く、自分がホットドッグの考案者で開発権を持っていると。武闘大会でも販売していたらしい」
『はぁ!?』
聞いたドニに魔王が答えると五人は一斉に声をあげる。
「その嘘はさすがにヤバい」
「権利関係の詐称は罪が重いっていうのに」
こめかみを押さえるロイズと呆れた顔のドニ。
店主も指摘されて咄嗟についた嘘だったんだろうけど、本当は権利を持っていないのに開発者を名乗るのは重い罪になる。
「おばさん図々しい」
「その嘘とんでもない人に喧嘩を売ってることになるぞ」
「ね。ホットドッグを開発したのは」
ネルが何を言おうとしてるか察して後ろから手を伸ばしパッと口を塞ぐ。
「名前は勘弁。魔力制御して子供になった意味がなくなる」
『!?』
ボソッと呟いて止めるとネルとレイモンとセルマも俺が誰かに気付いたらしく驚いた顔でコクコク頷いて見せる。
俺が開発者だと既に話してしまったから、この中に英雄の名前を知っている人が居たら正体がバレてしまう。
ここに英雄が居るとバレて騒ぎになるのも困るし、英雄が権利を持つ商品をパクったとなれば店主の身も危険。
「ご、ごめん。頭にきてつい」
「ううん。怒ってくれてありがとう」
五人は俺がホットドッグの開発者だと知っている。
それなのに店主が堂々とパクって嘘までついてるから怒ってくれたんだろうし、それは素直に感謝してる。
「違法は許したら駄目。警備兵を呼んだ方がいい」
「うん。そうしようと思ってたところ」
「ついさっき見かけた。呼んでくる」
「俺も一緒に行ってくる」
「ありがとう。助かる」
魔王に抱っこされている俺を見上げて言ったセルマは警備兵を呼びに行ってくれて、レイモンも追いかけて行った。
「結局ホットドッグは買えないのか?」
「ここで買えるって聞いて急いで来たんだけど」
「売り切れる前に買おうと思って列んでたのに」
そう声をあげたのは列んで待っていた客。
後半は興味本位で見てただけの人が殆どだろうけど。
「これホットドッグじゃないよ?」
「俺たちは実物を知ってるけど、これは全然違う偽物だ」
「本物のホットドッグのパンは柔らかくて専用の長いソーセージを使ってる。刻み二オンもこんなただ切っただけのものじゃないし、二オンの他にも色んなトッピングやソースも選べる」
そう客たちに説明してくれるネルとロイズとドニ。
この世界の固いパンに短いソーセージを数本挟んだこの食べ物がホットドッグじゃないと他の人に教えてくれるのは有難い。
「連れてきた」
「念のため簡単には説明しといたから」
「ありがとう」
三人が客たちに説明してくれてる間に五人の警備兵を連れ走って戻ってきたセルマとレイモン。
殴りあいの喧嘩でもないのに警備兵の人数が多いな。
「エヴァンジル公爵閣下へご挨拶申し上げます」
レイモンから正体を聞いたのか警備兵たちは俺をチラと見たあと跪き、国王のおっさんが魔王につけた仮名で挨拶する。
魔王の顔とその名前(爵位名)を知っているということは、普段は王城で警備についている人なんだろう。
公爵だと知りザワザワする野次馬たち。
店主はますます真っ青。
魔王は貴族ではないけど喋りはとても一般国民のそれではないし、子供の俺も敬語で喋ってたんだから少なくとも貴族だってことは気付いてもおかしくない状況は作ってたんだけど。
「面をあげよ。この件の説明は当人が行う」
『はっ』
賢者公爵(だと思ってる)魔王への挨拶で跪いてるから声掛けをと顔を見ると、魔王はそう言って俺を警備兵の前におろす。
「警備で忙しい中を来て貰ってすまない」
「滅相もございません。光栄です」
人でごった返してる今日は警備兵も大変なのに、わざわざこのために足を運んで貰ったことを敬礼しながら詫びる。
「祭りを楽しんでいて偶然通りがかったこの店が、私が開発権を持っている販売不可の商品を販売していることに気付いて店主に声をかけたのだが、困ったことに店主もこの商品の開発者だと主張している」
ええと驚くような顔で店主を見る警備兵たち。
開発者と名乗れるのは開発権を持つ者だけで、俺が共同開発として申請していない限りもう一人開発者が居るはずがない。
それなのに開発者を名乗る者が二人現れたということは、どちらかが嘘をついているか権利科が二重権利のミスをしたかの理由しかないんだから驚くのも当然。
「いつも世話になっている国の機関を疑いたくはないが、万に一の可能性として権利科の調査不足で二人に対し権利を認めてしまったとも考えられる。そこで私も屋敷から開発者証を持って来させ、店主と互いに開発者証を提示し合うことで早期解決を図りたいと考えている。ただ私は誰にでもあかせる身分ではないため、諸君が証人として立ちあっては貰えないだろうか」
だらだらお互いの権利を主張する時間が惜しい。
開発者証を見せ合えば一発で解決する問題だから。
ただ人が集まってるここで店主に開発者証を見せて英雄だとバレると騒ぎになるから、見せるのは警備兵に。
「承知いたしました。では店主は先に開発者証の提示を」
「それは……い、家に」
「開発登録されている商品を販売する際には権利物販売許可証の提示が必須であり、提示の必要がないのは自分が開発者である商品のみ。この店は飲食物の販売を認める営業許可証は提示されているが権利物販売許可証はない。開発者を証明する証がなければ違法となるのだから家にあるという主張はおかしい」
さすが普段は王城の警備についてる軍人。
権利関係の法にも詳しいらしい。
いい人を連れて来てくれたレイモンとセルマに感謝。
「警備や管理から許可証の提示を求められた際に協力することは出店契約の第五項に書かれている。この出店の商品は問題ありと判断したため開発者証の提示を求める」
逃げられないよう警備兵に店を囲まれた店主は真っ青。
可哀想に思ってしまいそうだけど、二重に権利が発行されるミスが起きてない限り店主は権利詐称の犯罪者だ。
言い訳をしてすぐに提示しないんだから警備兵が逃亡の可能性ありと判断して取り囲むのも当然のこと。
「申し訳ありません!公爵さまだとは思わなかったんです!子供が病気でどうしてもお金が必要で!お許しください!」
そう言って手で顔を覆い泣き出した店主。
魔王を見上げると首を横に振られる。
つまりそれ(子供が云々)も嘘と。
嘘に嘘を重ねるとはまさしくこのこと。
「公爵家の権利物でなければ無許可で販売していい訳ではない。子が病だからと言って罪を犯していいことにもならない」
警備兵は表情ひとつ変えずにそうピシャリ。
うん、ご尤も。
「午後6時17分。無許可販売と権利詐称の罪で現行犯逮捕」
『はっ』
え?この場で逮捕したってことは警備兵じゃなく警備官。
警備兵は犯人を拘束して警備官の居る駐屯所に連行するまでが役目で、逮捕する権限までは持っていないから。
「後のことはこちらで処理いたします」
「助かった。証言や証明が必要な際には屋敷に伝達を」
「ご協力感謝申し上げます。月祭をお楽しみください」
「ありがとう。そうさせて貰う」
これで一件落着。
後のことは警備官の仕事。
再び魔王に抱き上げられて、連行されていく店主と警備官と警備兵の二人を見送った。
「この店はどうするんだ?商品がそのままだが」
「出店を管理する者が来て撤収いたします」
「その者が来るまで私たちも待たねばならないのか?」
「いえ。私どもが待機いたしますのでご安心ください」
「そうか。ではよろしく頼む」
「光栄にございます」
魔王から聞かれて答えたのは残った警備兵の二人。
出店を管理する人が来るまでは誰かに物が盗まれることがないよう待機することになる。
「みんなも協力ありがとう。本当に助かった」
「大変だったね。せっかくのお祭りなのに」
「随分人気の店だと思って覗いてみたらコレで驚いた」
苦笑するネルに苦笑で返す。
まさか祭りに来て自分が開発したものを不正に販売されてるところを発見することになるとは思わなかった。
「俺たちもエヴァンジル公爵閣下と呼んだ方が良いですか?」
「今まで通りでいい。知らぬ仲でもあるまいし」
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて今まで通りフラウエルさんで」
聞いたドニに魔王は苦笑する。
今まで爵位名を知らなかったから俺が紹介したままに『フラウエル』という名前で呼んでたけど、爵位名を知った限りそちらで呼んだ方がいいかと思ったんだろう。
祝福は国王のおっさんがつけた仮の爵位名であってフラウエルが本名だし、賢者ではなく魔族の王なんだけど。
「ねえ。明日本当に私たちもお屋敷に行って良いの?」
「パーティの話か?」
「うん。ロイズから私たちも一緒にって聞いたけど」
そう聞いてきたのはセルマ。
明日俺の屋敷でパーティ(一日遅れのクリスマス)をやることになっていて、一緒に大会に参加したロイズやドニはもちろん、ロイズを通してセルマたちや王都冒険者のことも誘った。
「パーティと言っても堅苦しいものじゃない。経済を回すために金を使うことも貴族の大切な役目の一つだから、今回は親しい人を呼んで盛大に飲んだり食ったりしようってだけ」
金のかかる舞踏会や茶会も貴族の役目。
うちは女主人が居なくて普段茶会をしないから、年が変わる前に一度会食でもしておくかと思っただけで、貴族の舞踏会のように正礼装を着てダンスを踊るような堅苦しいものじゃない。
「庭で会食するだけだから気楽に来てくれ。療養に入って出来なかった本大会の打ち上げ的なものとして考えてるから」
「そうなんだ。じゃあお邪魔する」
プロビデンスの四人とドニは参加してくれることが決まり、明日の夕方にと話して手を振り見送る。
「さて、片付いたことだし祭りの続きを楽しもう」
「ああ」
予想外のハプニングもあったけどまだ祭りは続く。
待機してくれる警備兵に軽く頭を下げて俺たちもその場を離れた。
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ファンタジー
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貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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