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第零章 先代編(後編)
恋
しおりを挟む酒や酒のアテを嗜みながら会話を楽しんだ三人。
王子や勇者の煩わしいアレコレなど忘れ、一般国民の青年のように親しい友人同士が集まり酒を飲み交わすかのように。
おやすみと別れて寝室に戻った春雪はベッドに倒れる。
「楽しかった」
久々に天地戦のことを忘れて心から楽しめた。
思い返せば最近の自分は焦っていたように思う。
魔族が王都上空を旋回して行ったと聞いて強くならねばと。
魔王にとどめを刺せるのは自分だけ。
もし俺が先にやられれば時政さんや柊や美雨も死ぬ。
だから誰よりも強くならないと。
勇者一行の三人だけではない。
勇者が敗北すれば真っ先に命を狙われる国王のシエルも。
そのシエルの子供の王太子殿下もグレース姫殿下もセルジュ殿下もドナ殿下もフレデリク殿下もロザリー姫殿下もリーズ姫殿下も、みんなが無事で居られる保証はない。
この世界で出来た大切な人たち。
全ての精霊族のためになど大それたことは思えなくても、大切な人たちの命を未来へ繋ぐためにもっと強くならないと。
俺は生きたい。
大切な人たちにも生きて欲しい。
そのためにもっと力を。
何をしていてもその思いが頭にあって、時間の許す限りただひたすら特訓していた。
「……楽しかった」
もう一度同じ独り言を口にした春雪の頬は緩む。
ドナが誘ってくれて良かった、泊まりに来れて良かった、と。
「兄さん」
「なんだ」
寝室に向かい歩いていて立ち止まったドナ。
同じ方角の寝室に向かい歩いていたセルジュも足を止める。
「私は春雪さまを好いております」
「知っているが。今更なんだ」
ドナが春雪さまを好いていることなど百も承知。
三人で討伐に出た際には私の目しかないことを良いことに過剰なスキンシップを見せておいて、今更好きではないと言われた方が驚く。
「春雪さまのお考えが知りたいのです」
「考え……自分をどう思っているか知りたいと?」
「はい。春雪さまにも好いて貰えるよう私なりに努めたつもりです。言葉でも行動でも」
たしかにドナは変わった。
性別問わず人を研究対象として興味を惹かれるかどうかでしか見ておらず、王子の義務である公務以外は研究に明け暮れている男だったと言うのに、研究の時間を削り春雪さまを誘い、春雪さまを護れるようにと自主的に特訓するようになった。
「もう時間がないからこそ知りたい。悔いの残らぬように」
天地戦の開戦までもう遠くない。
既に魔物の活発化は始まっていて、今後ますます酷くなる。
その時は王太子以外の王子も軍の一部隊を率いて討伐に行く。
国を護るため、民を護るために。
「勇者が召喚されたのは天地戦のため。最初から期限のある平和であるのは分かっていたこと。だからこそ天地戦の前に私を好いて貰えるよう駆け足で努めてきたのです」
胸の痛むセルジュ。
ドナは私と違い真っ直ぐに好意を伝えてきた。
好きになって貰えるよう自分自身も努力をしてきた。
努力をした者に努力していない者が口を出す資格などない。
「もし悪い返事をされたならばどうする」
「今までのような接触はやめて友人になれるよう努めます。例え私の思いが受け入れられなくとも、天地戦に立つまでの春雪さまを傍で支えたいことには変わりありません」
献身的な恋。
いや、ここまで来たらもう愛か。
「好きにするといい。ただし春雪さまが嫌がるような愚行だけはするな。責任を持ってお預かりすると誓ったのだからな」
「ありがとうございます、兄さん」
踵を返し今来た道を戻るドナ。
誰に対しても愛想笑いでその場その時を穏便にやり過ごし生きてきたドナが私に自分の意思を訴える日がくるとは。
セルジュは苦笑して再び自分の寝室へ向かい歩き出した。
春雪の居る部屋に響いたノックの音。
こんな時間に誰だ?と春雪はベッドから足をおろす。
「春雪さま、ドナです。少しお時間良いですか?」
「ドナ殿下?どうぞお入りください」
その声は間違いなくドナで、一瞬警戒した春雪はホッとする。
「すみません。寝ようとしていたのにお邪魔して」
扉を開け部屋に入ると春雪が立っていて、早速眠ろうとしていたのかベッドに居た形跡が視界に入りドナは謝る。
「大丈夫ですよ。まだ眠れそうになかったので」
「なにか気がかりなことが?」
「いえ。今日は一日楽しかったと思い返していて」
少し照れくさそうな表情で笑う春雪。
喜んでくれたことがその表情で伝わりドナも嬉しくなる。
「ドナ殿下はどうなさったのですか?伝え忘れたことでも?」
「お話ししておきたいことがあって」
「話?じゃあ座って話しましょうか」
「はい」
立ったまま伝えて終わる内容ではなさそうだと察した春雪は飲み物やフルーツの置いてあるテーブルのソファを指さす。
「すみません。寝室まで来て」
「本当に大丈夫ですから」
ドナの隣に座った春雪はクスクス笑いながらテーブルの上のデキャンタからグラスに水を注いでドナの前に置く。
「それで、お話しとは?」
「春雪さまが好きです」
自分の分も注ぎながら聞いた春雪はそのドナの唐突な告白に驚き手にしていたデキャンタを傾けすぎて水を零す。
「す、すみません。ありがとうございます」
「いえ。私の方こそ驚かせてすみません」
テーブルに零れた水を風魔法で浮かせたドナは花を活けてある花瓶にその水を捨てる。
「……どうして急に?」
ドナの気持ちは知っている。
最初に研究室で聞いたその時から幾度も聞いてきた。
でも一度おやすみと別れたあとそれを伝えるためだけに寝室まで来たとは思えない。
「私は今日まで可能な限り自分を好きになって貰えるよう努めたつもりです。もちろん努めたのだから私を好きになれとは申しません。私が春雪さまに好かれたくてしたことですので」
水滴の一粒さえ残っていないテーブルを見ながら春雪は頷く。
「春雪さまのお気持ちを聞かせてくださいませんか?」
「……私の?」
「お互いを知ることからと申しましたよね?私は春雪さまに自分を知って貰うことは出来たでしょうか。知ったうえで春雪さまが私をどう思っているか……それが知りたいのです」
隣から目を合わせ真剣に話すドナに春雪の胸は痛む。
お互いを知るところから始めて答えを出す。
そう約束したのは自分だ。
「私は」
もう答えなど出ている。
今日共に長い時間を過ごして改めて確信した。
これは親しくなった友人へ抱くような感情ではないと。
でも、
「尊敬しております。友として、王子殿下として」
天地戦に行って生きて帰れる可能性は限りなく低い。
生きて帰ったとしても長くはない。
ドナ殿下には傍で支えてくれる人と幸せになって欲しい。
だから言わない方が良い。
「私のような無愛想な者に優しくしてくださってありがとうございます。ドナ殿下の未来が明るいものであるよう、私も友として出来る限りのことをしたいと思います」
その未来を俺は見れないかも知れないけど。
大切な人の未来を護るために例え刺し違えてでも魔王を倒す。
それが沢山の好意をくれたドナ殿下のために出来ること。
「……わかりました」
そう呟いたドナ。
「では私は無理矢理にでも春雪さまを手に入れましょう」
「!?」
ソファに押し倒され口付けられた春雪は驚きで咄嗟に口を閉じガリッと歯で何かを噛む。
「っ」
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
痛みで体を起こしたドナ。
傷つけるつもりはなかった春雪は慌てて謝り口元を確認する。
そんな春雪にドナは笑い声を洩らす。
「自分を襲う相手に謝まっては駄目ですよ。殴っても蹴っても撃ち殺しても良いのです。貴方は勇者なのですから」
勇者保護法で守られた勇者。
自分の身を護るためなら相手を殺そうと構わない。
例え国王や王家が相手であっても。
それが勇者保護法。
勇者保護法が定められることとなった革命の発起人は、当時の勇者や一行に仕えていた侍従や侍女たち。
愚王が国王の権力を利用して聖女を手篭めにしたことをきっかけに、以前から勇者たちをぞんざいに扱う国王や王妃に不満を抱いていた侍従や侍女の怒りが頂点となり、自分たちの生家である貴族家はもちろん平民とも手を組んで革命を起こした。
革命はブークリエ国だけでは収まらずアルク国にも飛び火してブークリエ国王と王妃の極刑を求める民の暴動が起き、その事態を重く見た当時のアルク国王とブークリエ国王太子の両名が現ブークリエ国王と王妃の公開処刑を行い勇者を守る保護法を作ることで漸く暴動を鎮静化させることができた。
それは両国にとって建国以来初となる大革命。
普段は王家に逆らわない民たちが怒りを露わにするほど、勇者や勇者一行は全ての精霊族にとって大切な存在である証明。
国王の権力を盾に尊い聖女を手篭めにしたから。
王妃の権力を盾に尊い勇者たちをぞんざいに扱ったから。
だからこそ勇者保護法は二度と勇者が権力で理不尽に傷付けられることがないよう、一般国民はもちろん貴族や国王であっても例外なく処罰対象となる唯一の法として制定されたのだ。
「ほら、反撃しないと。このままでは純潔を奪われますよ」
再び重ねられた口には血の味が広がる。
歯で噛んでしまった舌が傷になってしまったのだろう。
純潔を奪ったところでなんの意味があるのか。
性行為に及んだというだけで手に入れたことにはならない。
互いの心がなければただの行為の一つでしかない。
「どうしてそのような顔で襲うのですか?どうして私が拒んで反撃するのを待ってるのですか?」
ドナの顔に手を添えて春雪は問う。
襲われているはずの自分よりも襲っているはずのドナの方がよほど泣きそうな顔をしていたから。
「本当に無理矢理でも良いと思っているならそんな顔はしないはずです。わざわざ反撃されるのを待たないはずです」
こんなことは良くないと思っているから待っている。
俺が拒んでくれることを。
「こんなことをさせてごめんなさい」
俺が友人で居ることを選んだから傷つけた。
今まで好きになって貰えるよう努力をしてきたのに、俺が友人と言って壁を作ったからもう方法がなくて。
それだけドナ殿下の好意は強いものだったのだろう。
「……謝らないようにと申しましたのに」
春雪が引き寄せ抱きしめるとドナはそう呟く。
それは春雪にとって初めて経験する胸の痛み。
好意のある相手を傷つけたことに胸が痛い。
「申し訳ありませんでした。頭を冷やします」
「ドナ殿下」
春雪が腕を離すとドナは謝りながら体を起こす。
悲しませてしまうかも知れないから、幸せになって欲しいからと後々のことを考え今まさに傷つけているのだから世話ない。
こんなにも真っ直ぐ自分を思ってくれている人に。
「私にはまだドナ殿下が知らない秘密があります」
あの時約束したように互いを知り親しくなった。
それも全てはドナ殿下が互いを知る機会を作ってくれたから。
ただそれでもまだ俺の一番の秘密を知らない。
「私は地球の研究者の手で作られた人工生命です」
「……え?」
「男女の営みによって芽生えた自然生命ではありません」
自分の出生の秘密を話した春雪。
ドナは意味が分からず不思議そうな顔をする。
「私が毒に強いのは汚染された環境下でも耐えうる個体として作られたから。私が半陰陽なのは男性としても女性としても繁殖できるように。出生率も生存率も低くなった地球で人類が滅びてしまわないよう、世界中の研究者が手を組み研究を繰り返して初めて成功をした人工生命が私です」
人工生命はヒトではない。
人類が滅びてしまわないよう苦肉の策で作られた存在。
どんな環境にも適応できる多くの人工生命を作り出し、その人工生命が繁殖して自然生命を遺すことで人口を増やす計画。
新人類とは分類されているものの実際には自然生命を増やすための道具で、自然生命が増えるまでの代替品。
「ただ、成功して人の形にはなったものの核が脆かった。核というのは自然生命の心臓のことです。零号の私自体は核が脆く長生きは出来ないので、少しでも今後の研究の糧になるよう研究所から自然生命が暮らす世界に出されて日々の生活を観察されていました。毎日薬を飲まないと駄目なのも、私が人工生命を作ることには成功したというだけの失敗作だからです」
知能指数や身体能力、行動や感情や本能や三大欲求。
自然生命が生きる環境で自然生命と同じ生活をさせることで、人工生命がどこまでヒトとして成り立つかを観察されていた。
「世界規模での計画なので中には道徳に反すると快く思わない人も居て、計画が失敗するよう実験体の私が命を狙われることも少なくなかったんです。そうなることが分かっていたので研究所であらゆる武器の訓練を受けたんですが」
ドナの中で今までの疑問が明らかになっていく。
異様な程に毒耐性が高いことも、計算して作られたかのように容姿が整っていることも、どちらか一方に偏ることなく中性を極めていることも、そのように作られた生命だったから。
最初は召使すら傍に置くのを拒んだ警戒心の強さも、豊富な武器の知識も扱い慣れていることも、命を狙われていたから。
生と等しく死を受け入れてるのも長くないと知っているから。
「これで私が隠していたことは全てです。互いを知ることからと自分で言っておきながら隠していてすみませんでした」
春雪の最大の秘密。
真剣に向き合ってくれていると実感するほど、ドナへの好意が強くなるほど、隠していることの罪悪感は大きくなった。
「例え天地戦に勝利しても私が遠い未来を見ることは出来ません。それでもこの世界で出来た大切な人たちの命を未来に繋ぐために戦います。それが私に出来る唯一の恩返しです」
勇者だから戦うのではない。
大切な人を護りたいから戦う。
これは誰かに強制されたのではない自分の意思。
「お話しくださいましてありがとうございます」
嘸かし勇気のいることだっただろう。
それでもこうして話してくださった。
最初に交わした『互いを知る』という約束を守るために。
「それを知っても私の気持ちは変わりません。遠い未来を見ることが出来るか分からないのはみな同じ。異界の研究者の手によって創られた生命であろうとも、私が慕う今の春雪さまを形成したのは春雪さまご自身です。義理堅く勇敢で努力家。慧眼の持ち主でありながら、ことご自身の恋愛沙汰となると滅法弱くて奥手で鈍感。そんな春雪さまを愛しく思います」
春雪さまが人の手で作られた生命でも私の好意は変わらない。
例え残された刻が短くても後悔のないようお傍に居たい。
研究者が作らなければ春雪さまという生命は存在しなかったというならば、私はただ一人その研究者たちに感謝しよう。
例えそれが神の領域に踏みこむ禁忌だとしても。
「真摯にお答えくださいましてありがとうございました。春雪さまのお気持ちは分かりましたので、今までのような言動は控えます。今後は私も友人として振る舞えるよう努力いたしますので少々お時間をいただけましたら幸いです」
これから先も私は春雪さまを慕い続けるだろう。
ただ、今までの言動は友人の範囲を超えたものだったから、友人として振る舞うためには気持ちを整理する時間が欲しい。
その『友人として』という言葉に胸が痛む春雪。
本当は自分もドナを恋愛対象として好きなのだから当然だ。
言わばこれが春雪の初恋。
「……春雪さ」
胸に手をあて頭を下げていたドナは春雪からの返事がなく不安になり、ほんの少し顔をあげて驚く。
「私を憐れんでの涙ですか?」
苦笑しながら春雪の涙を指先で拭うドナ。
「ドナ殿下には幸せになって欲しい。長く生きられないことが分かってる俺じゃなくて、ずっと傍に居て支えあえる人と」
ボロボロと泣く春雪。
感情のまま話しているのか言葉を取り繕うこともせず、手の甲で何度も涙を拭いながら。
「そう思ってるのは本当だし、ドナ殿下の未来を考えれば友人で居る方が良いって分かってるけど辛い」
ドナの幸せを第一に考えるなら黙っておくべき。
それなのに辛くなっている自分が情けなくて身勝手だと思う。
そうすると決めたなら最期まで黙っていろと。
涙を拭っている春雪の手を掴んでドナは目を合わせる。
「友人で居る方が良いとはどういうことですか?私のことを友人としてしか見れないのではなく、私のためを思って友人で居ようとしているのですか?」
親交を深めても友人としてしか見れなかったと言うことなら、これ以上は私の個人的な感情を押し付ける訳にはいかない。
そう思い、今後は友人として振る舞えるよう気持ちを整理する時間が欲しいと言ったけれど、友人としてしか見れないという話でないのならば黙ってはいられない。
「本当は私のことをどう思っているのですか?」
「それは……」
「私は今まで正直に自分の気持ちをお伝えしてきました。互いを知った上で春雪さまが私に抱いた感情がどのようなものであろうと、本心をお答えくださらない方が不誠実では?」
他の誰かではない自分へと初めて向けられたドナの怒りの表情に春雪はズキズキと胸が痛む。
ドナの怒りは尤もで、例え結論はどうであれ真剣に向き合ってくれた人へ本心を偽ることは不誠実だ。
「ドナ殿下が好きです。友人という以上に」
それが偽りのない本心。
人を信用せず人目を避け生きてきた春雪が初めて抱いた感情。
「……春雪さま」
漸く聞くことが出来たその返事にドナは胸が締め付けられる。
初めて恋焦がれた相手が自分を好いてくれた。
こんなに嬉しいことはない。
「私も春雪さまをお慕いしております」
改めて気持ちを伝えて口付けるとぎこちない反応が返り、不慣れながらも懸命に応えてくれているのだと胸が高鳴る。
知識は豊富でも経験のなかった春雪の好奇心を幸いとばかりに狡く利用していただけの、今までの口付けとは違う。
正真正銘お互いの気持ちが通じ合っての口付け。
唇を離せば熱っぽい呼吸を吐いた春雪と目が合う。
それだけで胸を締め付けられるほどの愛おしさが込み上げる。
男性にしては細い白い肌の首に口付け、無防備に見えている浮いた鎖骨にも口付けて表情を確認する。
「良いですか?これ以上のことをしても」
そう問うと春雪はかぁっと頬を染める。
「あ、あの」
「はい」
躊躇する春雪の様子に、幾ら何でも気持ちを聞いたばかりのその日に早急過ぎたかと思いつつ頬を撫でる。
「……もしかしたらガッカリさせるかも」
「ん?」
「一度しか反応したことがないんです」
真っ赤な顔でそう話す春雪。
自信がなさそうにボソボソと小さな声で。
「地球に居た時には自分は不能だと確信していたくらいで。この世界に来てから一度お香を使われた時に反応したもののあれは香の効果があってのことで、それ以来一度も反応したことがなくて。だからドナ殿下をガッカリさせるかも」
矢継ぎ早に話した春雪にドナは少し黙る。
何やら腹立たしい記憶が混ざっているが、要は反応できずにガッカリさせるかもと心配しているだけで拒まれてはいない。
「例えそうだったとしても構いません。春雪さまが私を受け入れてくださろうとした気持ちだけで嬉しいですから」
「男性は気持ちだけで何とかなるものではないのでは」
さすが男性寄りの半陰陽。
しっかり男性の性本能を理解している。
男性は出すことそのものを求め女性は精神的な満足を求める。
「それは駄目だった時に考えましょう。癪に障りますが香を使った時には反応したならば使ってみるのも手ですし、それ以前に私自体が緊張していて上手く出来るかも分かりませんし」
「緊張?ドナ殿下が?」
「私も好いた方との行為は初めてです」
行為自体は経験していても好いた人との経験はない。
期待も緊張もあって、上手く出来るか自信がないのは同じだ。
「奥手で経験のない春雪さまが受け入れてくださると言うことが自信に繋がるのです。本当に私を好いてくださったのだと」
行為自体が上手くいくかどうかが重要ではない。
身を委ねてくれる程には好かれていると確信が欲しい。
そのような方法で確信を得ようとする自分を愚かだと思うけれど、私にとって春雪さまが好いてくれたということはそれほどに夢ではないかと疑ってしまいそうな話なのだ。
「イヤであればそう言ってください」
額に口付けもう一度問いかける。
先程押し倒しておきながら今更問うのもどうかと思うが。
「イヤだとは思っていません」
目を逸らし耳まで赤くしたその返事に胸が熱くなる。
私が好いた人は愛らしい。
そんな姿が愛おしい。
深く口付け力が抜けた体を抱き上げベッドに運ぶ。
ゆっくり降ろして目を合わせるとまたかぁっと赤くなる、そんな不慣れな姿も堪らなく愛おしい。
口付けながら部屋着を脱がせば白い肌が露になる。
見れば見るほど完璧なその肉体。
やはり私だけは異界の研究者に感謝しよう。
こんなにも胸が苦しくなるほど愛おしい人を世界に創り出してくれたのだから。
「愛おしくてどうにかなりそうです」
手首を甘噛みしてそう本音が洩れる。
今この時の春雪さまは私だけのもの。
英雄譚を読み育った多くの者が憧れ慕う勇ましい勇者や英雄ではなく、その名の通り雪のように白い肌をした美しい人。
ドナの熱っぽい視線に春雪の緊張はピークに達する。
以前自分で脱いで体を見せたことで既に半陰陽だとも知られているものの、やはりホルモン治療をする前の男性色の強い今の自分で大丈夫なのかと不安になる。
女性のような胸がなく余分な物はある体でも大丈夫なのか。
たった一度しか反応したことがない体が反応してくれるのか。
初めての経験で緊張するのも不安になるのも当然のこと。
「ドナ殿下」
「はい」
部屋着を脱ぎながら返事をしたドナ。
見慣れていないドナの体を見て、改めてこれからしようとしていることを実感した春雪は頬を染める。
「本当にこのままで良いんですか?」
「どういう意味ですか?」
「治療すればもう少し女性らしい体になれます」
何を言っているのかと少し考えたドナは、春雪が言いたいことを理解してくすりと笑う。
「体のことを気にしているのですね」
「女性らしい体ではないのに良いのかと」
「以前も何ら問題ないことは確認させたはずですが。今日も確認しておきますか?」
そう言って春雪の手を掴み反応しているのを確認させる。
薄い部屋着越しに伝わる感触でますます顔を赤くした春雪にドナはクスクス笑う。
「春雪さまの体は充分過ぎるほどお綺麗です」
「……ドナ殿下は変わってますね」
「そうですか?」
さて、どうだろうか。
私が変わっているのは否定しないが、むしろ神秘的ですらある春雪さまを見て美しく思う者は私だけではないだろう。
ご本人はそのことに気付いていないところが鈍い。
「そのままで居てください」
「?」
自分の魅力に気付いていない鈍い人。
そんなところも愛おしい。
急く欲求を堪えゆっくり春雪の体に触れ口付けるドナ。
よくぞここまで完成された肉体を作れたものだ。
メスや針の痕がないと言うことは生命として肉体が完成した後に手術をして整えたのではなく、最初からそうなるよう計算して作ったのだろうが、異界の技術とは驚くほど進んでいる。
確認するように体のあらゆる所に触れ唇や舌を添わせながらそう考えるドナは、やはり生粋の研究者。
ただ、いつもの被験者や実験体へ抱く歪んだ性的興奮とは違うことに気付いたドナは、そんな自分へ苦笑する。
経験は豊富なものの今までの相手は研究対象としてしか見たことがなく、性行為は体を隅々まで調べるための手段の一つなだけで調べること自体に性的興奮を覚えていたが、今日はその先を急く気持ちを抑えられない。
好いた人に触れていることへの純粋な興奮であり欲求。
好いた人を早く自分のものにしてしまいたい、好いた人と早く繋がりたいという至極単純な欲望。
その欲望をぐっと堪えて、怖がらせないようゆっくりと春雪の緊張を解いていくドナ。
一定の年齢になると行う指南役との性行為の際にどのようなことを教わったのだったか……既に曖昧な記憶になっているそれを必死に思い出しながら。
いや、思い出しても大した役には立たない。
指南役は女性だったが春雪は両性で、胸はなく下がある。
傷つけないよう優しく扱うという心得以外は役に立たない。
まるで未経験者のような焦りようだとドナは自嘲した。
そんなドナの密かな努力が続き数十分。
そっと触れた先で春雪の口から声が洩れる。
「春雪さま」
「言わないでください。分かってますから」
反応するか分からないと不安なようだったが、結果としてどちらもしっかりと反応している。
ただ今度は反応していることが恥ずかしくなったのか、枕で顔を隠した春雪の耳は赤い。
「顔を隠さないでください」
「イヤです」
「どうしてですか。私は嬉しいのに」
「恥ずかしいんです」
「恥ずかしがる顔も見たいので」
「それは悪趣味だと思います」
枕を必死に押さえて答える春雪にドナは笑う。
どこまで愛らしいのかと。
ただその愛らしい言動は男性の本能を擽るだけだが。
「そのまま隠れていて構いませんよ。私の好きにしますので」
「え?待っ」
「イヤです」
閉じていた脚を開かれ焦った春雪は枕から手を離してパッとドナを見ると、目が合ったドナはにこりと笑う。
「形も機能も成り立っているのが凄いですね」
男女の外性器を持つ半陰陽。
どちらか一方に偏りそうなものだが春雪のそれはどちらの外性器もしっかり形になっており、どちらも反応している。
まさしく人体の神秘。
「私はドナ殿下の実験体ではありませんよ」
「もちろん私の愛しい人です。愛しい人の体の隅々まで知りたいと思う欲求は普通ではないですか?」
「普通……なのですか?」
「春雪さまは私のことを深く知りたいと思いませんか?」
「体は別に」
キッパリと言われて落ち込むドナ。
好きな人のことなら何でも知りたいと思う人も居ればそうでない人も居るのだから、こればかりは仕方がない。
「落ち込むほど見たいのですか?」
「好きな人のことは何でも知りたいです」
研究者としての興味ではないのか。
春雪はドナの返事を聞いて安心する。
「じゃあ……少しだけなら」
赤い顔で脚の力を抜いた春雪にドナは胸を撃ち抜かれる。
なんだその愛らしい言動は。
この方は男の本能を擽る天才か。
「ゆっくり見るのは後にします」
「え?」
口付け女性の外性器に触れると春雪の体はぴくりと反応する。
それは、ドナの強い探究心よりも本能が勝った瞬間。
「好いた人が自分に身を委ねてくれることがこんなにも幸せなことだとは知りませんでした。誰よりもお慕いしております」
胸がギュッと痛むドナと春雪。
人を好きになると言うことはこういうことなのかと実感する。
「ありがとうございます。私もドナ殿下が好きです」
春雪も改めて本心を伝え、二人は幸せそうに笑みを浮かべた。
精霊王に愛されし勇者。
多くの者が憧れ慕う勇者が恋をしたのは一国の王でも王太子でも第二王子でも優秀な魔族でもなく、研究第一で身形にも人付き合いにも無頓着な目立たない第五王子だった。
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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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