ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(後編)

献花式

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病に伏せ療養していた第二王妃が崩御した。
その訃報ふほうは国王から国の上官に、国の上官から貴族に、貴族から領民にと伝えられた。

「療養中だったの知らなかったわ」
「私も。成年舞踏会の時から体調を崩されてたみたいよ」
「そうなの?だから最近はグレース姫殿下やフレデリク殿下が訪問してくださってたのね。まだまだお若いのにお可哀想に」

王都の中にある一般国民の地区ではそんな話題に。
目では前に並ぶ野菜を見ながら。

「今後は三妃がご公務を行うのかしら」
「そうなるんでしょうね。三妃しか居ないんだから」
「思えば三妃お一人でのご公務って見たことある?」
「表に出るような公務は二妃に任せてたんじゃない?」
「ああ、そうかもね。二妃は目立つことがお好きだったから」

国民は三妃も当然公務を行っているものと思っている。
王妃の務めの一つなのだから当然のこと。
まさか失敗をして恥をかきたくないから自分の宮殿に篭って意味のない賢い王妃を演じているなどとは思うはずもない。

「このリモを三つ貰える?」
「はいよ。ありがとう」

一般国民の生活はいつも通り。
普段から関わりのない王妃より今日の食事メニューが大事。

「心配なのは二妃の殿下方ね。母親を亡くしたのだから」
「ええ。もう成年なさっているとはいえ心配だわ」
「気を落として体調を崩されないといいけど」

話題は二妃から子供たちへ。
二妃よりもセルジュやドナやララの方が民にとって身近。
学業優先ではあるものの王子や王女にも公務があり、王妃よりも遥かに姿を見る機会や声を聞く機会が多い。

「陛下がおられるから大丈夫だろう」
「そうね。でも正妃のご崩御の際は陛下もお元気がなかったから心配だわ。あの若さで二人の妃を見送ることになるなんて」

八百屋の店主とそんな会話を交わす主婦。
国民の前では普段通りを装い悲しむ姿を見せなかったけれど、普段は堂々した立派な国王を務めているミシェルだからこそ肩を落としていることに国民は気付いていた。

「んー。正妃さまはなぁ……訃報を聞いた時には胸が痛んだ」
「いつも優しい笑顔で私たち一般国民にも手を振ってくださる方だったものね。子供医療院の環境を改善してくださったり」
「そうそう。グレース姫殿下を見ると正妃さまを思い出すわ」
「ええ。グレース姫殿下も正妃さまに似てお優しい方よね」

話題はもう完全にグレース一色に。
それほど国民にとって王妃の存在とは『居ても居なくても困らない存在』なのだ。





「そう。お兄さまたちもようやく解放されたのね」

王都から離れた領地。
王家が所有する邸宅で侍女から母の訃報を聞いたララは窓の外を眺めながら微笑む。

「陛下より花菓子が届いております」
「え?花菓子が?」
「はい。お茶の準備をいたしますか?」
「ええ、すぐにお願い」
「承知いたしました」

鮮やかな赤のリボンで括られた箱。
そこにはささやかながら白い花も添えられている。

「お母さまの赤と私の好きな白のお花。ふふ。直接弔いに行けない私を気遣ってくださったのかしら」
「そうかも知れませんね」

アルメルに協力して王女の身分を剥奪され追放されたララ。
遠い地には来たものの、週に一度はこうしてミシェルからお菓子の入った贈り物が届く。

「お兄さま方へのお返しは何がいいかしら」
「いただいたのは誕生日の贈り物ですので、今回はお礼をしたためたスクロールに留めておくのがよろしいかと」
「それで失礼にならないかしら」
「お二方の誕生日の際に贈り物をすれば失礼になりません」
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」

セルジュからの誕生日プレゼントはふかふかの膝掛け。
ドナからの誕生日プレゼントは花の形のブローチ。
そしてミシェルからは普段使いができる靴。
今のララにはそれが宝物。

「お待たせしました」
「ありがとう。二人も座って一緒に食べましょう?」
「よろしいのですか?」
「ええ。一人では食べきれないわ」
「ではお言葉に甘えて」
「ありがとうございます」

緋色宮殿鳥籠から解放されたララはもう自由。
以前のように一人でお菓子を抱えて食べることも、美しい装飾品やドレスを欲しがることもなくなった。

ララも監獄のような鳥籠の中に閉じ込められていた鳥。
母親から人格を否定されてオマケや駒のように扱われていた。
だから極端にを欲しがった。
そこしかない居場所に一つでも多く自分の物を置くことで、オマケのような扱いの自分の存在が確かなものになる気がして。

侍女と美しい花菓子を口へ運ぶララは幸せそうな笑顔。
自由に羽ばたいたララは母親の訃報にも悲しみなどなかった。





場所は戻り再び王都。
晴れ渡った青い空には一羽の白い鳥が飛んでいる。

王宮庭園の外れにある墓地。
建てられた石碑にはアルメル・ヴェルデの文字。
黒い衣装に身を包んだミシェルは赤い花を置いた。

王妃の弔いだけに参列者は多い。
国王から始まり王太子のマクシム、次に第二妃の子であるセルジュとドナ、第一王女のグレース、第三妃、最後にフレデリクとロザリーとリーズと続いて献花を行う。

大公グランドデュークの後は公爵デュークと続き、石碑の前に増えて行く赤い花。
花の数は多いが一体この中の何人が悲しみを抱いているのか。

自らの手で母に罪を償わせることを選んだセルジュとドナ。
記録石で面会の様子を最初から最後まで確認したが、自供を引き出すため怒りを誘って散々なことを言われていた。
献花を眺める二人をちらりと確認したミシェルにも二人の心までは読めない。

静かな墓地。
会話がないことは当然としても啜り泣きすら聞こえない。
正妃の時には多くの者が涙を流して嗚咽を堪えていたのに。

母に手をかけた息子たちの気持ち。
正妃の時とは全く違う献花式の様子。
心のやり場が難しく空を見上げていたミシェルの背後でカサリと音が聴こえて振り返った。

そこに居たのは金色の長い髪を風で揺らす鳶色の目の少女。
いや、春雪。
黒い衣装を身につけラッピングをした一輪の赤い花を手に持ってミシェルに頭を下げたのは春雪だった。

なぜ春雪がここに。
誰かが呼んだのかと辺りを見渡すと、愛児たちはミシェル以上に春雪の姿を見て驚いた表情をしている。

来ることを知らなかったのならばそうなるのも当然だろう。
春雪はまさしく今弔っているアルメルの愚行で拐われ手篭めにされかけた被害者なのだから。

風で顔にかかる長い髪を耳にかけた春雪は手に持っている花をミシェルに見せて石碑に視線を送る。
献花をしてもいいかという問いなのだろう。
献花中のため声には出さず、隣で待つよう軽く手を引いた。

春雪に気付いて歩いて来たセルジュとドナ。
二人にも春雪は深く頭を下げてお悔やみを伝える。
聞きたいことがあるのは自分も同じだが、今は前を向いていようと三人の肩を軽く叩いた。

公爵デューク家の献花が終わりミシェルから軽く背中を押された春雪は人々の注目を浴びながら石碑の前に行き、ラッピングした一輪の赤い花を積み重なった花の上にそっと置いて手を合わせる。

あれは一体なにを。
春雪の行動に小さく首を傾げる人々。
不思議に思うのも当然で、この世界では両手を組むことが祈りの形だが春雪が行っているのは合掌。

ただ、石碑に向かい両手を合わせて瞼を閉じている春雪の姿で弔う気持ちが深いことが伝わり、自分はこんなにも深く弔う気持ちがあっただろうかと自らを恥じて手を組み改めて祈る。

さっきまでと変わらず静かな墓地。
やはり啜り泣く声一つ聞こえないけれど、多くの者がしっかりと両手を組みアルメルを弔っていた。





「春雪殿。なぜここへ」

全員の献花と神官たちの祈りも終わって早速春雪に問う。

「突然来て申し訳ありません。お世話になっている国の王妃殿下のご不幸ですからせめて献花だけでもと私が代表で」

再び風が吹いて顔にかかる髪を煩わしそうに押さえる春雪に手を伸ばしたミシェルは形のよい春雪の耳にその髪をかける。
自分を拐った相手だというのに世話になっている国の王妃だからという理由で足を運んでくれたとは。

「献花式にこの姿では失礼かとも思ったのですが、そのまま来て騒ぎになる方が式を台無しにしてしまうかと思いまして」
「いや。数々の気遣い感謝する」

被害者でありながら一人の人間の死として偲び足を運んで献花してくれたことも、騒動にならないよう考えてくれたことも、貴族たちに弔いの心を思い出させてくれたことも。

「「春雪さま」」

春雪の衣装をキュッと握ったのはロザリーとリーズ。
ジッと見上げる双子を見て春雪はしゃがむと頭を撫でる。

「みんな静かなの」
「なんか嫌なの」

そう言って春雪に抱きつき泣き出す二人。
双子はアルメルの死が悲しいのではない。
亡くなるということが居なくなることだとは分かっていても、死について深く理解できている訳ではないから。
ただ、大人たちの表情や雰囲気を見て悲しくなった。

「はい。こういうことは嫌ですね」

幼い双子をそっと抱きしめる春雪。
人を見送る経験など大人であってもしたくはない。
傍で春雪や双子の様子を見守るグレースも涙腺を刺激されてそっとハンカチで涙を拭った。

母親の三妃ではなくご寵妃に。
と、内心で驚くのは公爵家の者たち。
春雪を成年舞踏会で見覚えのあった公爵家の者たちは、幼い姫殿下が泣く胸が母親の三妃ではなく春雪だったことに驚く。
純粋な幼子がそこを選ぶほどご寵妃を信頼しているのだろう。

「ロザリー、リーズ」

片膝をつくと春雪に抱きついている双子を撫でるミシェル。

「不安に気付いてやれなくてすまなかった」
「「父さま」」

王妃としての最期だから不手際があってはいけないと、式を滞りなく進める方に尽力して幼い愛児の不安に気付かなかった。
大人たちの複雑な心境を察してしまったのだろう。

双子を優しく抱きしめ撫でて慰めるミシェルと春雪。
それはまるで血の繋がった家族のよう。
いや、今日だけは下世話な考えは控えよう。
公爵家の者たちはそう考えを改める。

「いらっしゃい。ワタクシが抱いてあげる」

こんな時でも変わらないのが第三妃。
ミシェルと春雪がみんなから注目を浴びているのを見て面白くない三妃は、自分が成り代わろうと双子に手を伸ばす。

『…………』

そんな三妃をちらりと見た双子はますます春雪に抱きつく。
になっている母さまは嫌だと。

公爵家の人々はそれを見てなんとも居た堪れない空気になる。
我が子が自分ではなく寵妃から離れたがらないのだから、三妃は母として立場がないだろう。

「三妃さまが気を落とされていることを感じとってしまったのでしょう。長い時間を共に過ごした方を見送るのですから心中お察しいたします。私でお役に立てるのでしたらこの場は姫殿下とご一緒させていただきますので、後ほど三妃さまのお心が休まってから沢山抱きしめてあげてください」

なんと心優しい寵妃なのか。
三妃の心境も考慮して世話を申し出るとは。
王妃と寵妃という立場上ギスギスしてしまいそうなものだが、こうして二妃の献花にも足を運び三妃やその子供にも気遣いを見せているのだから不仲ではないのだろう。

王妃と寵妃の仲がよいことは好ましい。
なにせ頑なに寵妃を作らなかった陛下が選んだ女性。
二人の仲が悪くないに越したことはない。
公爵家の人々はホッと胸を撫で下ろす。

「お気遣いありがとう。ですが大丈夫ですわ」

顔を隠す黒いレースのヴェールの向こうで空笑う三妃。
引き攣ったその顔が見えないことだけは幸い。

「さあいらっしゃい。ご迷惑になるでしょう?」

春雪の配慮でせっかく空気が変わったというのにここでも意地を張るのかと頭が痛い王子と王女の面々。
今の流れはお任せするのが正解だったろうにと。

「いらっしゃい」
「「イヤ!来ないで!」」
「ロザリー!リーズ!わがままを言わないで!」

ああ、やはりこうなる。
必死の形相で春雪にしがみついて離れない双子とオロオロする春雪と無理矢理引き剥がそうと双子の襟首を引っ張る三妃。
公爵家はそんな三妃の行動に唖然。

「助けて春雪さま!」
「怖い!」
「姫殿下?」
「離れなさい!母に逆らうの!?」

ますますしがみつく双子に三妃が酷い剣幕で手を振りあげたのを見た春雪は咄嗟に双子を庇うように腕の中へおさめ、ミシェルは三妃の手を掴んで止める。

「手を上げるとは何たる愚行か。三妃は今日のこの式をなんと考えている。二妃を弔う気持ちがないのならばここに居る必要はない。ロザリーとリーズはフレデリクに連れて帰らせる」

そう話すと三妃の姿はスっと消えミシェルは溜息をついた。

「すまないドナ。使ってしまった」
「構いません。再度展開いたします」
「よろしく頼む」

ミシェルが使ったのはドナが王城と繋げた転移の術式。
帰還する際に使う予定であったが、あのままここに残しておく訳にも行かず先に三妃だけ転移させた。

「申し訳ございません。私が余計なことを言ったようで」
「それは違う。真摯に二妃を弔いロザリーとリーズの心にも寄り添ってくれた。改めて感謝する」

春雪の言葉を否定してミシェルは胸に手をあて頭を下げる。
二妃の息子であるセルジュとドナ、そして双子と兄妹のフレデリクも胸に手をあて頭を垂れ感謝を伝えた。

「公爵家の諸君も驚かせてすまなかった。二妃のため忙しい中をここまで足を運んでくれたことに感謝する。みなに弔われたことで二妃もゆっくり休めるだろう」

公爵家の人々にも感謝を伝えるミシェル。
その後ろで王家の子供たちである王子や王女も丁寧に感謝の礼をして、公爵家の人々も姿勢を深くし礼を返した。





ドナが再び術式を展開して一足先に公爵家の人々が帰った後。

「ロザリー、リーズ。頑なに嫌がっていたが何があった」

春雪の足元にヒシっとしがみついている双子。
あれほど頑なに行きたがらない姿を見たのは初めて。
公爵家の前では控えたものの、三妃と何かあったのではないかと心配になったミシェルはまたしゃがんで双子に問いかける。

「お母さま真っ黒だったの」
「真っ黒?衣装のことか?」
「怖くて苦しかったの」
「怖くて苦しい?」

春雪にしがみついたままそう説明する双子。
聞いたミシェルだけでなくみんなも理解できず首を傾げる。

「息が苦しいのか?医療師に診て貰うか?」
「平気。春雪さまが居るから」
「大丈夫。もう苦しくない」
「春雪殿が居るから?」

どういうことなのか。
理解できないことばかり。

「二人には三妃が真っ黒に見えたのだな?衣装ではなく」
「うん。トゲトゲの真っ黒の塊だった」
「お母さまじゃなかった。チクチクの真っ黒の塊」

しゃがんで聞いたのはセルジュ。
双子は大きく頷く。

「いつもは黒っぽい苔なの」
「黒っぽい苔がいっぱいついてるの」

それを聞いて手のひらを軽く叩いたグレース。

「思い出しました。以前そう言っているのを聞いたことがあります。ワタクシのことはお花のピンク、聖女さまは真っ白と」
「たしかに二人は人を色で表す時があります」
「色で?」

『黒っぽい苔』と聞いて思い出したグレースと、普段から色で表すところを聞いていたフレデリクもそう話す。

「いつもの黒っぽい苔の時は苦しくないのか?」
「うん。黒っぽい苔の塊の時は怖いけど苦しくない」
「黒っぽい苔と黒っぽい苔の塊では違うのか?」
「違うよ?黒っぽい苔はこうやってポンポンってあるの」
「ついてるけどお母さまなの」

春雪の体をポンポンと小さな手で触って表す双子。
要は、黒っぽい苔=黒い何かが体に張り付いてる状態。

「黒っぽい苔の塊は全部」
「黒っぽい苔の塊の時はお母さまじゃない」
「お顔も見えないの」
「黒っぽい苔の塊が歩いてるの」

セルジュの問いに何とか伝えようとする双子の話でミシェルは考える仕草をする。

「今日はその塊でもなかったということか」
「うん。真っ黒でバーって針みたいになってた」
「チクチクで息ができなくて苦しかった」
「うん。怖かった。苦しかった」

……これは自分たちで人に色をつけて表しているのではなく、双子の目には実際に色が見えているのでは。

「以前にも勇者さまを金色のキラキラと表現していたことがあってドナとも話したのですが、恐らく神眼ではないかと」
「ああ。私もそうではないかと思った」

セルジュに同意するミシェル。
ヴェルデの血を継いでいても女児で神眼を持つ者は極めて稀。
だからグレースやフレデリクも考え至らなかったのだろうが、極めて稀でも有り得ない話ではない。

「私が居るから苦しくないというのは」
「ああ、それはどういうことなのだ?」

セルジュやドナも持っている神眼の話だと分かったものの、自分が居れば苦しくないということが分からず春雪が疑問を浮かべて、ミシェルもそう言えばと気付いて再度双子に問う。

「春雪さまは綺麗なの」
「キラキラ」
「容姿の話か?」
「全部!」
「金色キラキラで綺麗なの!」
「キラキラで綺麗になるの!」

春雪の話になったら途端に興奮気味になった双子。

「キラキラで綺麗になるというのは?」
「みんな綺麗になるの!」
「キラキラになるの!」

の部分が気になり聞いたドナに答えた双子は嬉しそうにそう話す。

「落ち着いて話してご覧。勇者さまが居ると綺麗になるの?」
「うん!みんなキラキラになるの!」
「キラキラでみんなを綺麗にしてくれるの!」
「綺麗になったみんなもキラキラなの!」

フレデリクにも楽しそうに話す双子。
理由はわからないが、二人に見えている色や輝きが春雪が居ると変わるということなのだろう。

「私の能力が関係しているのでしょうか」
「確証はないが聖女の浄化のようなものだろうか」

そもそも〝聖勇者〟という特殊恩恵が初めてのこと。
聖とつくのだから聖女のように浄化能力を持っていても不思議ではないが。

「神眼で色や輝きが見えていることは分かりましたが、形が変わることは何を意味しているのでしょうか。普段から苔がついているように見えたり全身が苔の塊になったりと変化して、今日は針のようになっていたのですよね。ロザリーやリーズが苦しくなるのであればそこを無視することはできないかと」
「うむ」

マクシムの言う通りそれは双子の身の危険に繋がる。
今日は春雪が居て楽になったようだが常に居る訳ではない。
何を理由に変化するのか分からなければ防ぎようもない。

「苔がついていると聞けば汚れているという印象ですが、それが針と聞くと攻撃的な印象ですわね」

頬に手をあて言ったグレースのそれでみんなはハッとする。
まさかとは思うが。

「ロザリー、リーズ。普段は黒っぽい苔が黒っぽい苔の塊に変わる時は三妃が怒っている時か?」

その答えに辿り着いたミシェル。

「うん。怒ると黒っぽい苔の塊になる」
「すぐなるよね」
「なる。お顔は笑っててもすぐなってお顔が見えなくなる」
「今日針になったのはいつだった?」
「ロザリーとリーズにいらっしゃいって言った時」
「二度言われていたが二度目か?」
「そう。その前は黒っぽい苔の塊だから怖かった」
「次はバーって針で苦しかった」

やはり二人が見えているのは人の感情。
最初に来るよう言われた時に拒んだのは塊になっていて怖かったからで、二度目に言われた時は針になっていて息が苦しかったから必死の形相で助けを求めたと考えれば納得がいく。

「二人には怖いものが見えていたんだね。母上は黒とか怖いって何度も言っていたのに気付いてあげられなくてごめん」

双子の前にしゃがんで涙を落としたフレデリク。
自分の母親がすぐに人を敵視して怒りや嫉妬といった醜い負の感情を抱く人だと知っているから、見慣れているそれを『また機嫌が悪いな』とだけで特に気にせず流していた。
でも、感情が目に見えてしまう二人には流すことすらできないのだから嘸かし怖かったことだろう。

「兄さま悲しいの駄目なの」
「泣いたら駄目なの」
「しおしおになっちゃう」
「キラキラの青がしおしおになっちゃう」

そう言ってフレデリクに抱きつきフレデリク以上に泣く双子。
互いを思いやる優しい心の持ち主の三人をミシェルは国王ではなく父親としてしっかりと抱擁する。

「申し訳ございません。取り乱して」
「なぜ謝る。ロザリーやリーズが素直で元気に育っているのはフレデリクのお蔭だ。謝らなくてはならないのは私の方。大切な愛児たちにすら時に顔を出す程度の父親ですまない」

国王は一般国民の父親のようにはできない。
対応一つで自分の子供を国王にと考える王妃同士の争いの種となり子供が巻き込まれたり、最悪の場合は子供同士の争いの種にもなりかねないからだ。

「父上に不満などありません。たしかに幼い頃はもっと会いに来てくださればと寂しく思う時もありましたが、物心がついてからは如何に父上が国のため民のために忙しくしているのか知りました。そんなお忙しい中でも時間を作って会いに来てくださっていたのだと父上の深い愛を感じております」

フレデリクの言ったそれは子供たち共通の考え。
国王という存在の責任の重さや公務の量を知れば知るほど『よく会いに来る時間を作れたものだ』と思うようになった。
その時間が元から少ない休憩や睡眠を削って作ってくれていたのだと知ったからこそ父親の愛情はしっかりと感じている。

「父上のキラキラがふわふわなの」
「綺麗なの」

ジーッとミシェルを見上げて言ったロザリーとリーズ。
ハッとした表情をしたミシェルを見て春雪はくすりと笑う。

「殿下方のお気持ちが嬉しかったのでしょうね。ただそれは秘密にしてあげた方がいいかも知れません。照れくさいので」
「言葉にされてはトドメでしかないぞ」
「申し訳ございません」

ほんのり赤い顔で呟いたミシェルと笑う春雪。
初めて見たそんなミシェルの表情に子供たちは少し驚いたものの春雪とともに笑い声を洩らす。

「あ」
「どうした」

口を塞いだ春雪にミシェルが問い子供たちも首を傾げる。

「申し訳ございません。笑っていい場所ではないのに」
「なぜ笑ってはいけないのだ?」
「え?故人を偲ぶ時なのでは」
「それは献花式中のこと。笑って見送るという考えもある」
「そうなのですか?」
「賑やかなことが好きだった二妃にはその方がいいだろう」

沢山の花に囲まれた石碑。
その前には多くの参列者が置いた赤い花。
この世界では生前の故人に合わせた弔い方をするのが常識。

「さて。帰りの術式は私が展開しよう」
「父上、私が」
「ドナには余分に魔力を使わせてしまった。今は私たちしか居ないのだからいいだろう」

ミシェルが転移の術式を展開すると聞き驚く子供たち。
子供の中で唯一時空間魔法を使えるドナが慌てて自分がと申し出たが、ミシェルはくすりと笑って右手を前に出す。

「……え?」

ミシェルを中心にして地面へ描かれていく黄金色の術式。
魔力を流した指で地面に術式を描くのが通常のやり方だが、ミシェルが手を翳しているだけで春雪も含めたみんなの足下の地面に大きな術式が広がっていく。

「キラキラ」
「綺麗ねぇ」

大賢者だけが使える大型転移魔法。
魔力や魔力量の数値が高いほど転移させられる人の数や物の重量が増える。

「……凄い。何者?」
「国王だが?」

呟いた春雪の独り言に答えて笑ったミシェル。
ミシェルは盾の王と大賢者の特殊恩恵を持つ特異な国王。
そのことを知る者は少ない。





強制的に転移させられた王城庭園で怒りに肩を震わせる三妃。
なぜお一人で?と術式の警備についていた軍人たちは不思議に思ったが、三妃の様子で問うタイミングを失ってしまった。

そのまま数分。
再び術式が光り軍人たちは胸に手をあてる。
転移して来たのは公爵家の人々。
こちらはお怒りではない様子。

「マリエル妃」

術式の傍に立っていた三妃に気付いた公爵家。
術式からは降りて三妃へ丁寧に礼をする。

「陛下はまだ墓地に?」
「はい。先に私どもを転移させてくださいました」

公爵家の人々には今まであまり印象に残っていない三妃であったが、皮肉にも悪い方に強烈な印象が残ってしまった。

「それでは私どもは失礼いたします」

再び姿勢を低くして挨拶をした公爵家の人々。
見たのは一度とはいえ姫殿下のあの怯え方は普通ではない。
まるで殺されそうになっている子供のようだった。
ただ親に怒られたというだけであれほどの必死の形相で寵妃に助けを求めはしないだろう。

「ごきげんようマリエル妃」

普段からあのように姫殿下へ怒鳴り乱暴を働いているのでは。
若くお美しい寵妃へも醜い嫉妬で辛くあたっているのでは。
公爵家の人々はそんな疑心を抱いた。

「話し合う必要があるようだな」
「ああ。我々としても見過ごせることではない」
「ちょうどいい。食事の席で話そう」

三妃から離れて口を開く公爵家の人々。

「まだ幼いというのにあのように怯えてお可哀想に」
「寵妃さまの元へ行ったのもそういうことなのでしょうね」
「ええ。最初は驚きましたが理解できましたわ」

公爵夫人たちもそう話してハンカチで涙を拭う。

「これは由々しき事態だ。ヴェルデ王家の血を引く姫殿下をあのように乱雑に扱うなど許されることではない」
「妃が一人になり人前でも本性を見せ始めたのではないか?」
「恐ろしいことだ。先代の際の悲劇は寵妃が起こしたことだったが、今度は三妃が寵妃をということもあるのでは」

十三代国王の悲劇。
寵妃から毒を盛られ崩御したミシェルの母。
元より体の弱っていた十三代国王も、妻である王妃とミシェルの兄の後を追うかのように崩御した。

「そのような恐ろしいこと繰り返させてはなりませんわ」
「ああ。そうなる前に離縁していただく他ない」
「だが王妃不在になってしまう」
「三人制度の改正を嘆願してはどうだろう。難しければ今代だけの特例で寵妃さまを王妃に。殿下方とも親しそうだった」
「ふむ。たしかに」

貴族たちにとってミシェルは、若き頃を犠牲にして国や民のため何人もの王位継承者を残し国をおさめている尊い国王。
そのミシェルの血を継ぐロザリーやリーズに対して普段から虐待をしているような様子が垣間見えたことも、ミシェルが選んだ寵妃の気遣いを足蹴にする行為も許せることではなかった。

今まで賢い王妃を宮殿で演じてきた三妃。
誰も見ていないのだから意味のないこと。
しかも宮殿に仕えている者は本性を見ているのだから、その後に取り繕って演じたところで印象が良くなるはずもない。

春雪に関しては勘違いでしかないが、子供たちの前で大声で怒鳴ったり乱暴に手を引いたりしていることは正しい。
口汚い言葉で怒鳴り暴れて物を壊して使用人や子供たちに当たり散らし、男妾に気分よくして貰った翌日にはまた賢い王妃を演じてを繰り返すのだから救いがない

印象に残っていない三妃は最悪の印象の王妃に。
自分に注目して欲しい三妃の希望が叶ったとも言える。
ただしその注目のされかたは破滅への一歩でしかないが。

王城の上空を飛ぶ美しい黒い鳥。
くるりと一周すると空高く飛んで行った。
 
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まりぃべる
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