183 / 283
第零章 先代編(後編)
外部訓練
しおりを挟む汗が滲む季節。
勇者たちは数ヶ月ぶりに四人揃って外部訓練に出ていた。
「多いな。魔物の数が」
「うん。暑くて体力の消費も早いし」
場所は第一魔層大森林。
血に濡れた剣を拭う時政と流れてくる汗を衣装の裾で拭う春雪はそう会話を交わす。
「やっぱりこの数って増えてるんですか?」
「はい」
「活発化が始まってるのは事実なんですね」
「そう判断せざるを得ない状況かと」
不安そうな美雨や柊と話すのはセルジュ。
魔層があるこの森は普段から魔物の数が多いが、例年の数と比べるまでもなく明らかに増えていた。
「兄さん。奥へ行く前に一度ここで休憩しませんか?」
「ああ。そうしよう」
「護衛は休憩の準備を」
『はっ』
セルジュに提言して護衛の騎士や魔導師に命じるドナ。
奥にある魔層に近付くほどランクの高い魔物が増えるため、体力と魔力の残量には気を付けておく必要がある。
「魔導師さまと聖女さまは魔力回復薬を飲んでください」
「「はい」」
ドナに言われた二人は魔導鞄から魔力回復薬を出して飲む。
「うぇ。マズ」
「漢方満載のぬるい栄養ドリンク風味」
飲んで深く眉根を顰める二人に時政と春雪は笑う。
「春雪さんは飲まなくて平気なの?」
「うん。殺傷能力の低い銃しか創ってないから」
「銃って時点で殺傷能力抜群だけどね」
平和な日本で育った美雨には銃というだけで危険な物。
威力や飛距離の違いがあることくらいは知っているけれど。
「美雨さまと柊さまは魔力の調節が不得手なようですね」
「そう!そうなんです!」
「俺たち今それで行き詰まってて!魔力制御の訓練も特訓もしてるんですけど何かコツってないですか!」
ドナに詰め寄る勢いで力強く話す二人。
柊も美雨も魔力量は多いものの魔力調節がまだ上手くない。
細かい調節が出来ずに弱い魔物が相手でもオーバーキルになる魔法になってしまうため魔力量の減りが早い。
「コツ……恐怖心を克服し正しく恐れることでしょうか」
「「恐怖心」」
「魔物と対峙した時に力が入ってしまうのは恐怖心からでは」
「思い当たる節がありすぎて」
「たしかに魔物を見ると怖いと思います」
安全な国で育った二人。
魔物というだけで強さは関係なく恐怖心が芽生える。
「慢心しないためにも恐怖心を持つことは大切です」
そう口を挟んだのは講師である魔導師の一人。
外部訓練中は発言の許可は不要とセルジュから言われているから今回は会話の途中に割り込ませて貰った。
「たしかに慢心しないということは戦いにおいて大切なことではあるが、恐怖心を煽り過ぎることも逆効果になりかねない」
講師の言うことも理解しつつドナは言葉を続ける。
「恐怖心とは冷静な判断能力を奪い動きを鈍くさせる。恐怖心が強過ぎるあまり、冷静であれば弱いと分かる魔物にも必要以上の魔力を込めた魔法を使っているのが今の御二方の現状だ」
準備の手を進めながらも静かな国王軍の騎士や魔導師たち。
ドナが言っていることは軍人であれば大いに理解できることであり、恐怖心の克服は軍に入るとまず鍛えることの一つ。
「護衛や講師の居る訓練と違い実戦では魔力を如何に節約するかが生死を分ける。魔力が尽き魔法の使えなくなった魔導師など戦場では標的でしかない。実戦に出る勇者さま方に必要なのは己を知り敵を知ることで恐怖心を克服すること。自分と相手の力差を冷静に判断しなければ生き残ることはできない」
声には出さず大きく頷く魔導師たち。
どれだけ魔力量を節約しながら戦えるかが生死を分ける。
「私が思うに御二方は既に魔力制御は身に付いているように思います。さきほど柊さまは飲み水として水魔法を使っておりましたが、水道の蛇口から出る水のように出せておりましたね」
「はい」
「あれは恐怖心のない時だから。どれだけの威力が必要かを冷静に判断できているからこそ出来たことではないですか?」
「……たしかに」
ドナに言われて納得できたようで柊は頷く。
常に制御できない訳ではなく、魔物が居ない時に使った魔法は必要に合わせて魔力を調節できていると。
「美雨さまも魔物を倒し終えた後の浄化や回復は調節できておりました。聖女は戦いにおいて一人でも多くの負傷者を救うことが大切ですので、美雨さまは素晴らしい才能をお持ちです」
「褒められると照れる」
「チョロ」
また余計なことを言ってこっそり抓られる柊。
腹パンじゃなかったのは王子であるドナの前だから。
「勇者の皆さまはお強いです。力を慢心して魔物を甘く見るようではお話になりませんが、恐怖心を克服して冷静な判断ができるようになれば肩の力が抜けて調節も上手くいくでしょう」
「「はい。ありがとうございます」」
深く頭を下げて感謝する柊と美雨に苦笑するドナ。
ドナは褒めて育てるタイプだなと思いながら様子を眺めていた春雪はドナの浮かべた苦笑にくすりと笑う。
「私も改めて考えさせられました。ご教示感謝申し上げます」
そう言って頭を下げたのは先程口を挟んだ講師。
「勘違いしないで欲しいが私は諸君の考えを否定していない。生徒の教育を主とする諸君と戦に出る軍人とでは恐怖心に対しての考えの差があったと言うだけのこと。正しく恐れるには魔物の生態を教える諸君の講義が必要不可欠。期待している」
「勿体ないお言葉を賜り光栄にございます」
ドナの実力は既に講師たちも知るところ。
勇者を拐った第二妃の息子とあって以前は警戒していた者も少なくなかったが、今となっては王家の王子に相応しい者との認識に変わっていた。
「話が済んだのであれば座って休憩しよう」
「休憩大事!準備ありがとうございます!」
セルジュの言葉で喜び感謝を口にする美雨。
準備をした騎士や魔導師は明るく感謝を伝えた美雨に表情を綻ばせながら胸に手を当て応えた。
「春雪殿は以前も来たと言っていたがこの先も行ったのか?」
「うん。もう少し先に進んだところに討伐対象が居た」
時政と柊と美雨は初めて来る場所でも春雪は二度目。
セルジュやドナと一緒にギルドで依頼を受けて足を運んだ。
「春雪さんはもう立派に冒険者になってますよね」
「それ。ランクSって何?聞いて震えたんだけど」
「ランクの更新をしていなかったところは春雪殿らしいが」
「強いのに普段は抜けてるとこがまた萌える」
拳を握る美雨と笑う時政と柊に春雪は苦笑する。
王家の者や勇者の個人情報は秘匿性が高く情報を見ることになる更新を行うのは勇者本人の申告が必要になるため、ギルド職員もまだ更新しないのかと思いつつあえてしていないのかと思って口にはしなかった。
ちなみにこれについてギルド職員は何も悪くない。
何故なら更新する為には申告が必要と説明を受けていたから。
春雪がそれを忘れていただけ。
だから時政や柊や美雨から笑われている。
「そう言えば朝ギルドでSランクは数名の賢者でSSランクは歴代勇者だけって話を聞いた時にふと思ったんですけど、歴代勇者や一行の子孫ってどのくらい居るんですか?」
水を飲みながら思い出して聞いたのは柊。
セルジュとドナはチラリと目を合わせる。
「あれ?聞いたら駄目な内容でしたか?」
「いえ。残念ながら勇者の子孫はおりません」
「え?」
春雪たちは六代目勇者。
天地戦に敗北したという五代目勇者の子孫が居ないことは理解できるけれど、それ以前に勝利した勇者も居たはずなのに血筋の者が居ないのは何故なのか。
「正確に申しますと分からないのです」
「分からない?」
「勇者の特殊恩恵は天地戦に勝利した時点でなくなります」
「「え!?」」
セルジュの話に驚きの声をあげる美雨と柊。
それは講義でも教わっていない。
「ご安心ください。勇者や勇者一行という唯一無二の特殊恩恵は消えますが、剣士や魔導師といった特殊恩恵は残りますので皆さま方が積み重ねた努力が無になることはございません」
「あ、そうなんですか……良かった」
勇者や勇者一行以外の特殊恩恵は残ると聞いて柊は安堵する。
この世界で何の能力も無しに生きられる自信はない。
「私は聖女が消えたら何もない」
「歴代の聖女さまは大神官や魔導師に変わりました」
「良かった!セーフ!」
ドナのフォローで大きくジェスチャーした美雨。
聖女自体が勇者一行にしかない職だから、勇者一行の文字が消えれば何の能力も無くなると思ってしまうのも仕方がない。
「美雨さまや柊さまは賢者や大賢者になれるだけの才をお持ちですので、覚醒すれば勇者一行の特殊恩恵が無くなろうとも生涯困ることはないと思います」
美雨は回復特化の賢者に、柊は大賢者になるだろう。
二人の成長過程を見たうえで同じ魔法特化型のドナはそう予想していた。
「天地戦後に勇者の特殊恩恵が消えることが分かっていると言うことは、生きて帰った勇者も居ると言うことですよね?」
「初代の四名と三代目の三名はご存命で帰還いたしました」
「三名?」
「三代目は元から三名だったのです」
「必ず四名ではないんですか」
「はい。先代勇者は六名でした」
時政の質問に答えるセルジュの話を黙って聞く春雪。
六名だった五代目は敗北して四名だった初代と三名だった三代目は勝利したと言うことは、ただ人数が揃っていれば勝てるような相手ではないと言うこと。
「帰還した者が居るのに子孫が分からないというのは?」
「初代も三代目も勇者に関する特殊恩恵が消えたことで役目を終えたと王都を去ったそうです。後の人生は勇者としてではなくこの世界に生きる者の一人として穏やかに生きたいと」
先代たちのその気持ちは分かる。
突然異世界に召喚されて勇者さまと持て囃され自分の意思での行動一つもままならなくなり、必死に訓練や特訓を重ねて命懸けで魔王と戦って勝利をおさめることができた。
ただ勇者は勇者のまま。
例え特殊恩恵から消えても人々には勇者として記憶に残る。
魔王を倒した後も本当の自由を得るのは難しいだろう。
だから王都を出て一人の人間として生きることを望んだ。
「王都を出た後にどこへ行ったのか分からないんですか?」
「捜さないことを望まれたそうです」
「国民登録してたらバレる気がしますけど」
「登録も抹消なさいました」
「え?そこまで?」
国からの保証より自由な余生を選んだと言うこと。
国民登録をしている限り王都を出ようと国王が調べれば行動が筒抜けになってしまうのだから。
「でも黒髪と黒目で分かりますよね?」
「特殊恩恵が消えると髪や瞳の色も黒ではなくなります」
「ええ!?なんで!?」
「事実は分かり兼ねますが、初代勇者曰く神の慈悲であると」
「慈悲?」
「この世界の者として生きていけるよう神が慈悲を与えたと初代勇者の言葉が文献には記されております」
勇者の特殊恩恵が消えて黒髪黒目という特徴もなくなる。
確かにそうなればこの世界の人に溶け込めるだろう。
初代勇者が神と対話したのかは分からないけれど、穏やかな余生を望んだ勇者たちが神の慈悲と捉えてもおかしくはない。
「だから子孫のことも分からないんですね」
「はい。特殊恩恵も消え特徴もなくなれば、本人が話さない限り子が自分の両親が元勇者だと知ることもないでしょう」
初代も三代目も本人たちは既に天寿をまっとうしている。
それでも勇者の血族を名乗る者が居ないのだから、子供が居たのだとしても元勇者であることは明かさなかったのだろう。
「私も天地戦に勝利した暁には同じ道を選ぶだろう」
「え!時政さん居なくなっちゃうの!?」
「ああ。もう元の世界には戻れないのだから、平和になったこの世界の一人として最期まで自分らしく生きたいと思う」
時政に一旦は驚いた美雨もそれを聞いて黙る。
たしかに王都で暮らして元勇者一行として見られている限り自分らしい生活というものは望めないな、と。
「どこだろうと俺は美雨と居るよ。今までもそうだったし」
ちらりと顔を見た美雨にそう答えた柊。
幼い頃から同じ施設で育ってずっと一緒に居たんだから、例え環境が変わったところで一緒に居ることは変わらない。
「プロポーズみたい」
「「え!?」」
くすりと笑った春雪に柊と美雨は大きく反応する。
「お幸せに」
「そ、そういうつもりじゃ!」
「幼なじみだから気を使ってくれたんだよ!」
真っ赤な顔で言う柊と美雨に春雪はくすくす笑う。
「そう弄ってやるな」
「ごめん。でも幸せになって欲しいのは本当。柊と美雨はもちろん時政さんも後悔のないように生きて幸せになって欲しい」
三人は寿命が短いことが既に分かっている春雪とは違う。
今まで生きてきた以上の時間を生きることになる三人には後悔しない道を選んで幸せになって欲しいのが春雪の本音。
「春雪殿は天地戦後はどうするんだ?」
「この世界を知るために色んな場所を旅するかな」
「ふわっとした春雪さんっぽい答え」
「物凄く春雪さんっぽい」
「え?俺ってそんなふわっとしてる?」
「「うん」」
笑いながら天地戦後の未来を語る勇者の四人。
その未来が如何に難しいことかを分かっていながら。
そんな若き勇者たちを見る者たちは胸が痛む。
「天地戦に勝てば私たちは自由だ。その自由を得るためには天地戦に勝って生き残ることが最低条件だがな」
「うん。勝って生き残ろう」
「そのためにももっと鍛えないとですね」
「よし、休憩終わり!頑張ってこー!」
自分を鼓舞して立ち上がる勇者たち。
誰かからの激励など必要ない。
彼らは理不尽な運命を受け入れた真の勇者たちなのだから。
・
・
・
休憩した場所から一時間半ほど進んで。
大森林の奥深くに進むほど鬱蒼とした樹々で太陽の日は遮ぎられて辺りは涼しくなる。
「なんか静かになったの気の所為?」
Bランクの魔物を二匹倒したあとふと気付いた美雨。
戦う前までは聞こえていた鳥や魔物の鳴き声が聞こえない。
「近くに高ランクの魔物が居るようですね」
「はい。改めて皆さま警戒を」
銃を消して辺りを見渡す春雪に答えたセルジュ。
強い魔物が居る時は他の魔物が近寄らなくなることが定石。
国王軍の騎士や魔導師はもちろん普段から魔物の討伐に出ているセルジュやドナや春雪も、美雨が気付くよりも早く戦いの最中に変化を感じとっていた。
「討伐対象だろうか」
「この静けさは違うと思う」
時政にそう答えた春雪。
ギルドで依頼を受けた魔物は今倒した魔物と同じBランク。
Bランクの魔物で他の魔物が逃げるとは思えない。
「柊さま、探査を行ってみてください」
「は、はい」
訓練を兼ねて指示したドナに頷いた柊は探査魔法を使う。
自分たちを中心にどれだけの魔物が存在するかを調べる魔法。
「あの……この方角に一体だけ」
「つまりその魔物を避けて他の魔物は逃げたと言うことです」
柊の探査範囲はまだあまり広くない。
けれどたった一匹しか探査にかからなかったことは初めて。
それが何を表しているのかをドナに言われて生唾を飲む。
「今朝も話しましたが改めて確認を。私ども同行者が協力しても討伐が難しい魔物が現れた際には術式にて撤退いたします」
『はい』
ここは魔層がある大森林。
しかも魔物が増えている今は高ランクの魔物が魔層から出て来ることも考えられるため、依頼対象を討伐する前であっても討伐が難しい魔物が現れた際には撤退することを決めていた。
「動きました」
「方角は」
「こちらへ。気付いているようですね」
「ではここで迎えよう」
探査で魔物が動いたことをセルジュに伝えるドナ。
下手に動くより足場のしっかりしているここで出迎えた方がいいという判断でセルジュは指示を出す。
魔物の種類は目で確認するまで分からない。
ただ他の魔物が避けるような魔物であることは確かで、勇者の四人だけでなく同行者として来ているセルジュやドナはもちろん騎士や魔導師にも緊張が走る。
「……この動きは飛行種!」
探査にかかっている魔物が樹々を避ける動きを見せず真っ直ぐ向かって来ることに気付いて空を見上げたドナ。
その声から僅か数秒足らずで鬱蒼としげる樹々が風でミシミシ音をたて始め、ドナは地に描いておいた術式で障壁をかける。
「きゃあ!」
頭上の樹々が折れて見えたのは鋭い爪を持つ脚。
突然頭上に現れた大きな脚に驚いた美雨がその場にしゃがむと同時にドナがかけた障壁に脚が弾かれた大きな音が響いた。
「グルマンディーズ!」
樹々が折れて見えた青空に居たのは緑の飛行龍。
地上で見上げているみんなが影に隠れてしまうほどの大きな体で、羽ばたく翼の風圧が森の樹々を軋ませている。
「講師は聖女さまと魔導師さまを撤退させろ!」
「はっ!」
そう指示をしたのはセルジュ。
怯えて座りこんでいる美雨や美雨を庇うように抱きしめている柊には戦えないと判断してのこと。
「空に居ては私の剣では届かない」
「落とせば行けそう?」
「やってみよう」
飛行タイプの魔物に時政の剣は届かない。
春雪は時政に確認しながら手に持っていたマグナムを消す。
「ドナ殿下。あの魔物のランクと特徴を」
「サイズから見てSランク。表皮の硬さは通常の飛行種の三倍ほど。まず表皮に傷をつけなくては魔法の効果が薄いです」
術式に魔力を送るドナから説明を受けた春雪は新たにライフルを創り、空に居る飛行龍に向かって構える。
「戦うのですか!?」
「美雨と柊を頼みます」
講師たちは春雪と時政も当然一緒に撤退するものと思っていたけれど、二人は怯むこともなく空を見上げ武器を構えている。
恐ろしい魔物の姿を見てもランクで強さを知ろうとも冷静な春雪と時政の肝の据わりようは別格。
「早く聖女さまと魔導師さまを連れ離れろ!落下してくる!」
身動きが取れない仲間を気にして春雪が撃てずに居ることに気付いたセルジュが指示を出すと、ハッと気付いた騎士の中から二人がすぐに美雨と柊を抱えて講師を連れ距離をとる。
「ありがとうございます」
感謝を口にした春雪は飛行龍の翼を狙って弾丸を撃った。
静かな大森林に響く銃声。
翼を撃たれた魔物は痛みと怒りで咆哮する。
巨大な体から放たれる咆哮は肌で振動を感じるほど。
「来るぞ!」
急降下してくる魔物を見てセルジュと時政は剣を構え、ドナは術式にありったけの魔力を送り、春雪は翼を撃ち続ける。
『…………』
Sランクの魔物を前に一歩も引くことのない四人。
それを見る柊と美雨。
急降下してきた魔物が障壁にぶつかり再び衝撃音が響いた。
「……美雨はここに居て」
「柊!」
「俺には戦う力がある。みんなと戦う」
美雨を護り一度は騎士に抱えられて離れた柊。
けれど、仲間や王家の王子までが戦っている姿を見ながら自分は安全な場所で護られている立場にはなりたくなかった。
「遅くなってごめんなさい!俺は何をすれば良いですか?」
走ってきた柊を見て春雪は微笑む。
「ある程度の傷は負わせた。翼を凍らせられそう?」
「出来ます!俺も勇者ですから!」
力強く答えて両手に魔力を集中する柊。
それを見て春雪はくすりと笑う。
「うん。一緒に撃ち落とそう」
全弾撃ち終えた春雪は新たにライフル銃を創って撃ち抜いた。
「……光が」
地面の術式に両手を添え魔力を送っているドナの呟き。
攻撃の機会を見計らい剣を構えている兄と時政に、魔力を両手に集める柊に、翼を狙って銃を撃ち続ける春雪に、そして命綱でもある障壁をはる自分にも黄金の光の粒が降り注ぐ。
「俺だって役にたてるんだ!」
そう言って柊が放った氷魔法で飛行龍の翼が一瞬で凍りつく。
元々水魔法のレベルを極めた状態で召喚された柊だったが、その威力は今までと比べ物にならないほどに強い。
「ありがとう柊。これで私も戦える」
翼を凍らされて落下してくる巨体。
柊に感謝を伝えて重心を落とした時政は、落下してくる飛行龍の心臓に狙いを定めてセルジュと共に両手の剣を突き刺した。
『…………』
国王軍の軍人である騎士や魔導師。
そして離れて見ていた講師たち。
自分たちが今まさに目の前で見ている光景に言葉を失う。
五人の上に落下した緑の飛行龍グルマンディーズ。
押し潰されれば命がないその巨体は五人を護る障壁の上に覆い被さるように乗っていて、その障壁越しに下から突き刺された三本の剣が致命傷となって絶命している。
通常の飛行龍の何倍も硬いグルマンディーズの翼がズタズタになっていることも、落下したことで体重が加算されたとは言え三本の剣が突き刺さっていることも、術式を使っているとは言え幾度も巨体に体当たりされてなお障壁が形を保っていることも、戦いに慣れた軍人の彼らでも驚きの光景だった。
「障壁を解きます!退避を!」
ドナの声で時政とセルジュは剣を引き抜き障壁の外へ走り、手から銃を離して消した春雪と柊も急いで退避する。
四人が退避したことを確認したドナが術式に魔力を送るのをやめると、グルマンディーズの体はドサリと地面へ落下した。
ワッと歓喜の声をあげる騎士や魔導師。
普段Sランクの魔物が現れた際に討伐に行く軍人は、救援を出さず少人数で倒すことの難しさを身をもって知っている。
この討伐は一人一人が強いからこそ成し遂げられたこと。
「ドナ」
「兄さんもですか?」
「ああ」
歓喜の声の中自分のステータス画面を確認したセルジュは、同じくステータス画面を開いて確認していたドナに声をかける。
「勇者限定ではなかったと言うことか」
「そのようですね」
「父上に報告せねば」
「はい」
安心したのか穏やかな表情で時政や柊と話している春雪。
そんな春雪の様子を見て二人はステータス画面を消した。
「美雨」
講師に連れられて来た美雨。
複雑な表情をしている美雨に柊が駆け寄る。
「……みんなごめんね。私だけ逃げて。ドナ殿下が言った恐怖心を克服する大切さが今になって分かった」
呟いた美雨の目から落ちた涙。
みんなへの申し訳なさと自分だけが動けなかった悔しさもあるのだろう。
「美雨が無事で良かった」
そう言って柊は美雨を抱きしめて背中を叩く。
柊が守りたかったのは美雨。
戦う戦わないなど関係なく、美雨が無事ならそれで良い。
「聖女の美雨はサポートが役目だ。前に出る必要はない」
「むしろ美雨殿には最優先で自分の命を大切にして貰わねば困る。天地戦で私たちを回復できるのは美雨殿だけなのだから」
「かける!擦り傷ひとつないくらいに回復かけるから!」
「擦り傷でかけてたら魔力が足りないし」
「魔力量増やすもん!」
くしゃくしゃに泣きながら言う美雨に笑う柊と時政と春雪。
そんな勇者たちを見守るみんなの目は温かかった。
・
・
・
講師とセルジュが転移の術式を使って報告に行ったあと、戻るまではここで待機ということで休憩に入る。
「皆さま少々お時間をいただけますでしょうか」
「はい」
各々が浄化魔法をかけたり魔力回復薬を飲んだり剣を拭いたりとしている春雪たちの所に来たドナは地面に術式を描く。
「防音魔法をかけさせていただきました」
周りに居る人たちに声が遮断される魔法。
軍人や講師には聞かせられない話なのかと察した春雪たちは行動していた手を止めた。
「討伐後にステータス画面は確認しましたか?」
「いえ、魔力回復薬を飲んでからと思って」
「飲み終えたら確認願います」
「はい」
真剣な表情のドナ。
グルマンディーズとの戦いで魔力を使った柊と春雪は魔力回復薬を飲み、時政は拭いていた剣を鞘にしまって画面を開く。
「え?ええ!?」
「な、なに!?」
真っ先に声をあげたのは柊。
その大きな声に美雨はビクッとする。
「と、特殊恩恵が賢者になってる!」
「ええ!?」
慌てて答えた柊に今度は美雨が大きな声で驚き、それを聞いて春雪と時政も改めて画面を確認する。
「私もだ。剣士だったのが騎士に変化している」
「時政さんも!?」
「俺は特殊恩恵は変わってないけど数値が上がってる」
「ど、どういうこと!?」
三人の画面を覗いて自分の画面を確認した美雨。
「……私はなんも変わってない」
「やはりそうですか」
四人の返事を聞いたドナは自分の推測が正しい事を確信する。
「まずは覚醒お慶び申し上げます」
胸に手を当て時政と柊へ祝いを口にしたドナ。
「三人ともまた一緒に覚醒したってことですか?」
「前回のあれも覚醒には違いないのですが、今回は剣士さまと魔導師さまが正式な覚醒をなさいました」
「正式な?」
小さく首を傾げる柊。
覚醒については初期の頃に座学で学んだけれど、正式な覚醒とそうでない覚醒があるなど聞かされていない。
「鍛えれば少しずつ能力値は上がりますが、覚醒以外で急激に能力値が上がることはございません。ですので前回も覚醒には違いないのですが、本来の覚醒とは今回の剣士さまや魔導師さまのように特殊恩恵が変化したり追加されたりとするのです」
新星の式典で四人同時に覚醒した時は能力値だけだった。
あれはこの世界の者にはない覚醒の形で、本来は今回の時政や柊のように特殊恩恵が変化すると同時に能力値も上昇する。
「この先は私の推測になりますが、既に勇者春雪さまは正式な覚醒をしておりますので今回は能力値の上昇だけに留まったのでしょう。そして御三方が覚醒して聖女さまが覚醒していないのは、黄金色の光の粒を浴びたかどうかだと思われます」
ドナの推測で納得する四人。
確かに離れていた美雨は光の粒を浴びていない。
「前回に引き続き今回もと言うことは、やはり春雪殿が纏うあの光の粒が私たち勇者の覚醒を促すと言うことでしょうか」
二度目となるとただの偶然では片付けられない。
時政の問いにドナは少し考える様子を見せる。
「正確には勇者のではなく覚醒を促す能力のようです」
「え?」
「勇者方の個人情報を伺う非礼をいたしましたので正直にお話ししますが、あの光の粒を浴びた私と兄も覚醒いたしました」
『!!』
勇者の能力と同じく王家の者の能力も極秘の情報。
それを隠さず話したのはドナの誠意。
「ま、待って。光の粒なら同行者も浴びてましたけどまさか」
一人離れて見ていた美雨。
あの光の粒を浴びた者が覚醒すると言うなら騎士や魔導師も覚醒していると言うことになる。
「そこが私も分からないのですが彼らは覚醒しておりません」
「へ?」
「軍人は戦いのあと能力値の残量を確認するために必ず画面を見るのですが、誰一人として反応がありませんでした。もし覚醒していれば何かしらの反応を見せていたでしょう」
つい反応してしまうほど人族の覚醒は稀なこと。
互いの能力を知っている軍人たちであればわざわざ隠す必要もなく、覚醒したことを仲間内で話しただろう。
「それに以前にも私はあの光の粒を浴びておりますが、その際には覚醒いたしませんでした」
訓練校での件でドナの命を救ったのは春雪の光の粒。
浴びれば覚醒すると言うのなら既にドナは覚醒している。
「浴びれば必ず覚醒するという訳でもみんながみんな覚醒できる訳でもないということですか」
「はい。現時点で分かっていることは光の粒が覚醒を促すと言うことと、それが勇者春雪さまの能力だと言うことだけです」
柊は腕を組んで「うーん」と唸る。
何かしらの条件があるのだろうけれどそれが分からない。
「そもそもの話だが、春雪殿が光を纏うのも毎回ではない」
「ああ、そうですよね。むしろ纏わない時が多いし」
時政の話で柊は確かにと頷く。
今回の外部訓練では何度も魔物と戦ったものの光を纏ったのはグルマンディーズと戦ったあの時だけ。
「創る武器の種類とか?」
「いや、それはない。あのライフル銃は普段討伐に出てる時にも距離がある魔物を狙う時には使ってる」
見上げて聞いた美雨に春雪は軽く首を横に振り答える。
銃の種類が条件なら普段からライフル銃を使っている時に光を纏ってなければおかしい。
「歴代勇者にもなかった初の特殊恩恵ですので確固たる証拠がないのですが、勇者春雪さまの持つ聖勇者という特殊恩恵は心の有り様で効果を発揮する発動型なのではないかと」
「心の有り様?」
ドナの予想に美雨は大きく首を傾げる。
今まで何時間も座学を受けて来たけれどドナの言うことは初めて聞く内容が多い。
「例えば勇者や勇者一行は精霊王の加護によって常に能力値が上昇しているという常時型の特殊恩恵ですが、それとは別に勇者の特殊恩恵は魔王と対峙した時という条件を満たした際に一度だけ精霊王召喚という能力を発動いたします」
「ああ!それは習いました!」
それは座学の中で教わったこと。
「勇者の他にも条件を満たした際に初めて効果を齎す特殊恩恵のことを発動型と言うのですが、中には発動条件がこれと決まっておらず、怒りや喜びや悲しみや悔しさといった個人の感情で発動するものもございます。恐らく聖勇者はそちらのタイプの心の有り様で発動する特殊恩恵なのではないかと」
憶測でしかない考えだけれど頷ける内容ではある。
だから同じ武器を使っても光を纏う時もあれば纏わない時もあると。
「あー……覚醒するかどうかは俺の好感度も関係してるかも」
「好感度?」
思うところがあるのかバツの悪そうな言い草の春雪。
「殿下方と同行者の違いを考えてみたんだけど、俺の認知度や好感度の差くらいしか思い浮かばない。普段から付き合いのある殿下方のことはよく知ってるし、何度も助けて貰って感謝してるのはもちろん親しくしてくれるから好き。同行者も嫌いな訳じゃないけどよく知らない人だから好きって感情はない」
同じ世界の住人で同じ光の粒を浴びたのに差があったことを考えると、覚醒を促す能力が発動する自分が相手のことをどう思っているのかが違いをうんだとしか思えなかった。
「光の粒を浴びるっていう分かり易い条件の他にも、春雪さんの認知度や好感度っていう目に見えない条件も必要と」
「多分だけど」
大いに納得する柊と時政と美雨。
「能力目当てに擦り寄る者には気をつけなくてはな」
「このことは陛下にご報告して箝口令を敷きます」
「そうしていただけると。私たちの大切な仲間ですので」
「私にとっても勇者さまは大切な御仁。お任せください」
胸に手を当て互いに頭を下げる時政とドナ。
大切な仲間や御仁という言葉に少し照れくさそうな反応を見せた春雪を見た柊と美雨はくすくすと笑った。
1
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる