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第零章 先代編(中編)
初代
しおりを挟む年が明けて早1ヶ月。
国民もすっかり普段通りの生活に戻っていたある日、人族や獣人族が属するブークリエとエルフ族が属する聖地アルクの両国同時に大きな発表があった。
『六代目勇者へ英雄勲章を授ける』
放映石を使い両国王の口から各地へと放映されたその発表。
英雄が誕生したその瞬間、国民は驚きと喜びで湧く。
両国に映される春雪の姿。
白の軍服に外套という式典衣装を身につけ跪いている春雪に国王のミシェルがアコレードを行った後、英雄勲章を授かった者の証である徽章が春雪の胸につけられた。
「遂に英雄が」
「噂だけで実は存在しない勲章なのかと思っていた」
「私も。まさか本当にあったなんて」
数ある勲章の中でも『英雄』は特殊な勲章。
他の勲章と違ってブークリエ国とアルク国の両国から与えられる勲章で、条件を満たすだけの功績をあげ両国が同意しなければ授与されないという、授かることが奇跡とも言える勲章。
大昔からあった勲章ではあるが、実際に与えられた者は今まで居なかった。
「Sランクの魔物を一人で倒すなど本当に可能なのか?」
「偽りの功績で両国が同意するなど有り得ないだろう」
「襲撃事件以前にも国民をお救いくださっていたとは」
「英雄勲章を授かるに相応しい御方だ」
「なんと頼もしい勇者なのか」
勲章を授けるに至った功績を聞き人々は口々に褒め称える。
新年の祝儀でおきた事件で春雪の活躍により犯人を捕まえることができたというのはブークリエ国民であれば知るところ。
しかも軍が動くSランクの魔物の単独討伐など前例がない。
勲章を与えられることも納得の理由だった。
「可憐な女性でありながらそれほどお強いとは」
「男性でしょう?正礼装を着てるんだから」
「たしかに身につけた衣装は男性のものだが、お姿を見るに女性だろう?天地戦が終結するまでは一人の女性ではなく勇者として生きることの決意を表しているのではないか?」
春雪の姿を見て性別に迷う人も屡々。
召喚祭では鎧を着て剣を携えていたが、鎧は女性であっても着るため今代の勇者は女性と思っている者も少なくない。
歴代の中にも女性勇者が居たとあって見た目で女性勇者と判断する者がいても何ら不思議ではない。
「先日勇者方が爵位を賜ったと嬉しい発表があったばかり。そのうえ英雄勲章もとは今代勇者は素晴らしい方々だ」
「新しい年を迎えたと共に希望が見えた」
「ああ。きっと天地戦にも勝利してくださる」
未来に希望を見出す国民たち。
それが両国の一番の狙いでもある。
実はブークリエ国側は春雪の英雄勲章について以前から打診をしていたのだが、アルク国側は頑なに反対していた。
人族から初の授与者が出るのはエルフ族として望ましくない。
初の授与者は地上の神であるエルフ族が相応しい。
そんなプライドの高さが邪魔をして春雪の功績を一向に認めようとしなかったが、エルフ族の領域でも魔物の異変が数多く報告されるようになり、今後ますます増えて混乱期に入ることを考えれば流石にもう認めざるを得なかった。
魔王に勝利できるだけの力を持つ強い勇者が居る。
それが魔王に怯える民に大きな希望を与えることになるのだ。
「こうしてはおれん。我が領でも祝いの催しを考えなければ」
「忙しくなりそうですわね」
「嬉しい悲鳴は大歓迎だ」
両国王の狙い通りに活気づく地上層。
勇者の存在が人々に希望の光を与えてくれた。
・
・
・
授与式が行われた日の夕方。
第一訓練所に銃声が響く。
「このような日にも自主練か」
「シエル」
銃弾が尽きてイヤーマフを外した春雪は後ろから聞こえた声で振り返る。
「練習はしないと。勲章を貰っても強くなった訳じゃないし」
「それはそうだ」
いつもと変わらぬ様子にミシェルはくすりと笑う。
春雪にとって英雄勲章など興味の欠片もないもの。
英雄勲章の話をした時にはむしろ嫌がっていて、国民を安心させるために必要なことなのだとミシェルとイヴの二人がかりで説明した上に、勲章を貰っても英雄の役目を押し付けたりしないことを約束して漸く渋々ながらも承諾を得ることができた。
「血が滲んでいるではないか」
「血?あ、銃の練習する前にセルジュ殿下から剣の稽古をつけて貰ったからその時に皮が剥けたんだと思う」
手のひらに血が滲んでいるのを見てミシェルは手をとる。
毎日熱心に練習していることの伝わるその手のひらは皮が擦り切れマメが潰れ血が滲んでいた。
勇者たちの努力は目を見張るものがある。
外出禁止令を解いても不必要に外をフラつくことはなく、毎日講義や訓練にはしっかり参加して自主的に特訓もしている。
解任した有識者たちの不安など勇者たちには必要なかった。
自由を与えようと勇者たちはサボることをせず、自分の頭で考え特訓を重ねて以前よりも早いスピードで実力をつけている。
むしろ自由を奪う方が足枷になっていたのだ。
「回復をかけてやろう」
「この程度でかけなくていい。精神力が鍛えられない」
スッと手を引いた春雪にミシェルはくすりと笑う。
しっかり講義の内容も頭に入っているようで何より。
「今日の自主練はここまでだ」
「怪我なら大丈夫」
「そうではない。大切な話がある」
「大切な話?」
「一度自室に戻り普段着に着替えて王城へ来るように」
「王城に?分かった」
この場で話す内容ではないと言うこと。
王城と聞いてすぐにそれを察した春雪は素直に頷いた。
・
・
・
春雪が王城に訪れたのは一時間ほど経って。
ミシェルが先に話をしてあったようで、呼ばれたことを説明する必要もなく警備兵から国王の執務室に案内された。
「ご挨拶申し上げます、勇者さま」
「ドナ殿下。ご挨拶申し上げます」
執務室に居たのはミシェルとイヴとドナ。
ソファから立ち上がり丁寧に挨拶をしたドナを見て、国王の前だからかと気付いた春雪も丁寧に挨拶を返す。
「春雪殿もこちらに着席を」
「はい。失礼いたします」
イヴが手で指示したのはドナの隣。
対面のソファにミシェルが座ったことを確認してドナと春雪もソファに座った。
「ドナ。春雪殿にも報告と説明を」
「はい」
イヴが木のトレイを応接机の上に置く。
その上に載っているのは薬剤の瓶と色違いのカプセルが二つ。
「こちらが勇者さまのお身体に合うよう開発した新薬です」
「出来たのですか!?」
心配するミシェルたちを安心させるために採血や採取はさせたものの、この世界の人とは根本から違う人工生命の薬なのだから本当に自分が生きている間に完成するとは思っていなかった春雪には驚きでしかない。
「私の特殊恩恵でも分からない部分に照準を定め解析を重ねたところ、この世界に存在する生命を形作る体内成分の何にあたるのか、若しくは近しいものを探しあてることが出来ました」
ドナは簡単に言ったがそれは誰にでも出来ることではない。
血液や細胞の中に含まれるものが分かる神眼を持つドナだからこそ探しあてることができたのだ。
「今回お持ちしたのは風邪薬と解熱薬ですが、他にも幾つかの薬が既に治験段階に入っております。勇者さまが万が一体調を崩されるようなことがあればすぐ処方出来るよう今後も開発改善に取り組んで参りますので、どうぞご安心ください」
ニコリと微笑んだドナに春雪の目から涙が落ちる。
唐突なそれを見てミシェルとイヴとドナはギョッとする。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます」
春雪の能力は知る物しか創り出すことができない。
地球に居た時に飲んでいた薬では効き難くなっていることに気付いていたからこそ、万が一の時はそのままを受け入れて後は死を待つしかないのだと諦めてもいた。
それなのにドナは約束通り春雪に合う薬を作った。
自然生命とは根本から違うのだから調べるだけでも大変だったろうに、諦めることなく薬を作る約束も守ってくれたのだ。
無理だろうと諦めていた自分を恥じるとともに、ドナの努力が心から嬉しくてありがたくて上手く言葉が出てこなかった。
「どうか泣かないでください。私は人を泣き止ませることは得意ではないのです。研究漬けの根暗ですので」
隣から春雪にハンカチを差し出したドナ。
その表情が困っていて、春雪は泣きながらも笑い声を洩らす。
「少なくとも私を泣き止ませるのは上手なようですね」
友人のような恋人のような親しげな二人を見るミシェル。
少なくともドナは春雪に恋心を持っていることは間違いない。
恋心を抱く相手を救いたい気持ちが強く人前でも惜しみなく自分の特殊恩恵を活用したことで、こんなにも早く成果を上げることができたのだろう。
「陛下。勇者さまにお話ししたいことがございます」
「春雪殿に?許可しよう」
国王の許可が必要と言うことは勇者自身に深く切り込む内容。
それをミシェルやイヴは察して真剣な表情になる。
「勇者さま。もう一度採血をさせていただけませんか?」
「採血を?」
「私が採取したあの時とはお身体に明らかな変化が見られることをご自身でもお気付きではありませんか?」
「はい。以前より女性化しつつあります」
ハッキリ答えた春雪のそれにミシェルとイヴは驚く。
女性化しつつあることに今気付いて驚いたのではなく、自分の身体のことを隠さなかったことに。
「ドナ殿下には半陰陽だと話してあります」
「そ、そうであったか」
「勇者さまについては一切口外いたしませんのでご安心を」
「うむ」
ミシェルやイヴが驚いている理由に気付いて春雪が言うとドナもそう付け足す。
既に血判を押した契約も交わしているドナが知ることに問題はないが、春雪の方から話したというのは意外だった。
「お話を戻しますが、既にお身体に変化が見られると言うことは採血の結果もあの時とは変わっていると予想されます。そのためもう一度採血を受けていただきたく存じます」
春雪は少しずつ、でも確実に女性寄りになりつつある。
採取した時と変わった原因を調べなくては折角作った新薬が効かない可能性もある。
「既に解析は済んでおりますので、今回は前回の採血の際と何が変化したかを調べるための採血とお考えいただければ。その結果に基づき不足しているものを補い増えたものは減らして、勇者さまに最も合う薬剤をご用意したいと考えております」
「分かりました。よろしくお願いします」
小難しくなる専門用語はあえて使わず、誰にでも分かるよう話すドナの簡単な説明で春雪は納得して頷く。
以前の春雪なら小難しかろうが説明して理解してからでなければ承諾しなかっただろうが、今はドナを信用している証拠。
「父上。許可をいただけますでしょうか」
「本人が許可をしたのだから私が止める理由はない。今後の研究もよろしく頼む。私にも協力出来ることがあればしよう」
「勿体ないお言葉。尽力してまいります」
魔法に長けた大賢者のミシェルでも薬のことは分からない。
そこは専門の者たちに任せることしかできない。
ミシェルが出来ることは金銭面での協力くらいのもの。
「今回は賢者さまにもご協力頂きたく同席をお願いしました」
「陛下より伺っております。私に出来ることであれば」
「ありがとうございます」
そう話しながらドナは瓶の隣に置いてある紙を開く。
「勇者さまにはこの場でこちらの薬を飲んでいただきます」
「試しにと言うことですかな?」
「はい。副作用の有無を確認するために。賢者さまには万が一症状が出た際の上級回復をお願いしたいと存じます」
「承知しました」
所謂薬物アレルギー。
春雪に合う薬は強く人体での実験が難しいため、目の前で少量を摂取して貰って症状が出た際にはすぐに回復して貰いたい。
何度も計算をしたもののこればかりは『合う合わない』があるのだから念には念を。
「父上、まずは薬剤や水に毒性がないかの鑑定を」
「ああ。……どれも毒物の反応は出ていない」
「ありがとうございます。では春雪さま、こちらを」
「はい」
ドナは魔法で生成しておいた水をグラスに注いで量を減らした薬剤が載った紙と一緒に春雪に渡す。
それを受け取った春雪は躊躇なく口に入れて水で流し込んだ。
「このあと三十分ほど様子を見ます」
「三十分。そのあいだ暇ですね」
アレルギーが出るかどうかの確認なのに当人はケロリ。
緊張感のないその言葉にミシェルはプっと吹き出して笑う。
「怖さや不安はないのか?」
「私は早々の毒では死なないので効果の有無が一番不安です」
「……そうか」
生命が滅ぶレベルの汚染環境にも耐えうる人工生命体。
まだ人として形を成す前の段階から毒性のあるものは既に幾度も与えられていて、それを乗り越えられた初の人工生命が春雪なのだから外部から取り込むような毒物には強い。
「解析でもその辺りのことは分かっているのか?」
「はい。勇者さまは隠者の毒でも命を落とすことはないかと」
「なんと。そこまでですか」
「確かにそれならば毒で命を落とすことはなさそうだ」
解析の結果でも春雪が毒に強いことは判明している。
ドナだけでなく一緒に解析にあたった研究者全員がその結果に驚き再度解析を行ったほど。
「隠者と言うのは?」
「現在発見されている中で一番強い毒を持つ魔物です。長く生きている個体ほど毒性が強く、万が一刺されれば絶命します」
話に付いて行けず聞いた春雪にドナが説明する。
「そんな危険な魔物が居るんですね」
「普段は深海におりますので行かなければ遭遇しませんが、大雨が続いた後など稀に浅い場所へ上がって来ることがあって、その際に若手の冒険者などが被害にあうことが殆どですね」
強毒性の魔物ではあるが普段は深海に居て危険度は低い。
ただ雨季など大雨が続いた際に浅い場所に上がってくる個体が居るためギルドでも大雨が続いた後は海に潜らないよう再三注意をしているが、稀だから大丈夫だろうと甘く考えている経験の浅い冒険者や命知らずが潜って命を失う。
「魔物の恐ろしさを知っている熟練の冒険者や軍人は潜る前に必ず分解薬を飲み備えを怠ることは無いが、下位の冒険者には分解薬が高価であることもあって無謀にも飲まず潜ってしまう者が居る。大雨の後だけに捕れる魔物で一攫千金を狙ってな」
隠者が現れるのは稀。
その稀な遭遇する確率より大金に目が眩んで命を落としてしまうのだから頭の痛い話。
「分解薬を飲んだ人しか依頼を受けられないようにした方が」
「勿論そうしている。仮に売りに来てもギルドでは買い取らないが、依頼を受けず個人で行き裏で売買する者が居るのだ」
「取り締まりもしているのですがね。困ったものです」
春雪の提案は疾うに行っていること。
それでも裏で違反行為をする者が居るのが現状。
国でも頭を悩ませる問題で、ミシェルとイヴは溜息をついた。
「そこまでしても破るならもう後は命を落としたとしても自業自得としか。国からすれば明らかな違法行為を自業自得とだけでは済ませられないのでしょうが」
行くな売買するなと定めてるなら後は何があっても自業自得。
見つかれば捕まるし、遭遇すれば死ぬと言うだけ。
本人たちも分かった上で違法行為をしているのだろうから。
「ハッキリ切り捨てましたね」
「勇者らしからぬ発言でしたか?」
「どうでしょう。勇者を善悪問わず平等に救いの手を差し伸べる神のように崇拝している者には驚く発言かも知れませんね」
そう言ってドナは皮肉に苦笑する。
「おかしな話ですね。善悪問わず平等に救うことを求めるのであれば、精霊族の敵として扱われる魔王も倒してはいけないことになりますが。その人が言う平等は自分にとって都合がいいことを人に押し付けているだけの不平等でしかありません」
「ご尤もなご意見です」
ハッキリ答えた春雪にドナはくすりと笑う。
国民の中には他人にだけ平等を求める不平等な者が居ることが事実であり、今代勇者は外に出て国民と接する機会もあるだけにその声に惑わされなければいいと思っての意見だったが、余計な心配だったようだ。
「私が天地戦に立つのは自分が生きていたいから。この世界に来て出来た大切な人の未来を守りたいから。善人も悪人も関係なく救いたいなんて正義感は私にはありません。悪事や不運に巻き込まれて傷付いた人を見れば胸が痛みますが、悪事を働いた本人が捕まるのも命を落とすのも同情しません。私がそんな正義感を持っていれば爆破犯を撃ったりしなかったでしょう」
あの日春雪は躊躇なく犯人の胸を撃ち抜いた。
国民にこれ以上の被害を出さないため自分を囮にしたミシェルや、ミシェルを庇おうとしていたイヴを助けるために。
「普段から私たち勇者に寄り添い大切にしてくださる陛下やミシオネールさんを傷付けられたくなかったから。その二人が庇おうとした人たちを傷付けられたくなかったから。自分が大切に思う人を救う為なら悪人を撃つことに迷いはありません。そんな私に虫も殺せない善人の姿を求められても困ります」
自分や自分の大切な人を守るためなら躊躇なく撃つ。
どんな悪人であっても可哀想だから撃てないという感情は春雪にはない。
「たしかに人を撃ったという点では善人ではないでしょう。ですが勇者さまが撃った者は自爆しようとした者のみ。降伏した者は決して撃たなかった。もしあの時勇者さまが殺してしまわないようにと優しさを見せて別の場所を撃っていれば、自爆に巻き込まれた罪のない民の命が奪われたのです。例え罪のない民が巻き込まれようとも犯人を殺さないという選択をする者が本当に善人なのでしょうか。骸を増やすだけだと言うのに」
人の命を奪うなんてと非難する者も存在することは事実だが、そういうことを言う者は今回のように自分が犯人の周囲に居た一人だったとしても同じことが言えるのかと不思議に思う。
「私は勇者さまの行動はあの場において最善だったと考えております。何が正義かなど人それぞれ。そのように自分を悪く言わないでください。私は勇者さまが思う正義で父上や民をお救いくださったことを心より感謝しているのですから」
そう言って微笑したドナに春雪は少し頬を染める。
この人はいつも自分の意見を真剣に聞いてくれて、頭ごなしに否定することはせず広い心で包んでくれるのだなと。
そんな二人の様子を見て髭を撫でるイヴ。
これは陛下の分が悪い。
恋愛対象としての春雪殿の心はドナ殿下に傾きつつある。
わざとではないのだろうが、それを目の前で見せられる陛下の心境は複雑なものだろう。
イヴのその予想通り複雑な心境のミシェル。
ただ、それが春雪にとって幸せならばという思いもある。
他の誰でもない自分の傍に居て欲しい気持ちは強いが、やはり寵妃としてしか迎えられないことを思うと春雪を幸せにできるのは自分ではないという考えが拭えないからだ。
ドナは私の血を継ぐ子供ではない。
優秀であっても血継能力の〝盾の王〟を継げないため国王に選ぶことはできず、爵位を与え城を出て暮らすことになる。
本人も薄々は私と血の繋がりがないことに気付いているのだろうが、私はこのままドナのことも自分の愛児としたまま事実は明かさず墓場まで持って行くつもりだ。
国王の寵妃になるより王家の王子と婚姻した方が春雪のため。
回復魔法を使えて薬学にも明るいドナであれば、身体に問題を抱える春雪でもこの世界で安心して生きられるだろう。
諦めるべきなのは自分の方だとミシェルにも分かっていた。
「陛下?」
「っ、すまない。考えごとをしていた」
春雪から呼ばれてハッと我に返ったミシェル。
思いのほか深く考えこんでしまっていたようだ。
「今回は採血だけですので緋色宮殿のドナ殿下の私室で採血を行う許可をいただきたいとのことです」
「ああ。許可しよう」
ドナが話していたことをイヴが代わりに伝えるとミシェルはすぐに許可をする。
「お疲れなのではないですか?」
「いや、たんに考えごとをしていただけだ」
春雪から聞かれてミシェルは苦笑する。
なぜそのように心配そうな顔をするのか。
私だからではなく疲れていそうな者に対して純粋に心配しているだけだと分かっているが期待してしまう。
そんな期待をする私は愚かだ。
「ふむ。魔法検査でも薬剤による異常は見られませんな」
時間が経って魔法検査を行ったイヴはそう話す。
少なくともこの薬でアレルギーが起きる心配はなさそうだ。
「では万が一勇者さまがお風邪を召されて治療薬や解熱薬が必要になった際は私にお話しください。最初の内はその都度分量を調節して様子を見ながら処方するようにいたしますので」
「承知した」
この薬はあくまで春雪の身体に合わせたもの。
誤って他の者が飲めば大変なことになるから勇者宿舎の医療室に用意しておくことができないため、作った本人であるドナが責任をもって厳重に保管することになる。
「私から一つドナ殿下に伺いたいことがあるのですが」
「お答えできることであれば」
アレルギー反応が見られずホッとしたあと、本当に春雪に合う薬を開発したドナならばもしやと気になって口を開いたイヴ。
「春雪殿ご自身がドナ殿下に半陰陽であることを明かしたようですのでお聞きしたいのですが、春雪殿の体内にあるホルモンというものを調節する薬剤を作れたりはするのでしょうか」
「ホルモン?初めて聞くものですがそれは一体」
この世界にホルモンという言葉はない。
薬剤に詳しいドナでもそれが何かは分からない。
「脳下垂体、甲状腺や副甲状腺、副腎皮質や副腎髄質、膵内分泌、胃腸や心臓血管、睾丸や卵巣、脂肪や神経系といった内分泌臓器や組織で作られて、血流に乗って標的器官へ運ばれる情報伝達物質のことです。百種類以上あると習いました」
春雪からそれを聞いて考える仕草を見せるドナ。
「ホルモンの量は多くても少なくても駄目で、多ければ機能亢進やホルモン過剰、減れば機能低下やホルモン欠乏で身体に変化をきたすということが知られてます」
「では勇者さまのお身体の変化はそれが原因だと?」
「はい。私の居た世界ではホルモンに異常が起きて病気になることを内分泌疾患と言うのですが、半陰陽の私は毎日そのホルモンバランスを保つための注射と薬を飲んでいました」
「なるほど。それは重要ですね」
春雪の身体にはこの世界の人には存在しない種があることは既に解析結果で分かっているが、どれのことを話しているのか。
それがどれのことを言っているのかが判明すればこの世界にあるもので薬を作ることができる可能性はある。
「陛下。殿下の前で私の能力を使う許可をください。浅い知識しかない私の口からでは正しく伝えることができません」
春雪からそう言われてミシェルとイヴは目を合わせる。
利用価値が高すぎるため創造魔法のことは武器を作る能力であると限定して話してあるが、春雪の真剣な表情を見る限りだと口で説明するより正確に伝える方法があるのだろう。
「ドナには改めてこれから見ることの口外を禁ずる」
「承知しました」
「ではこの場でのみ使うことを許可しよう」
「ありがとうございます」
許可を得て春雪が創造したのは毎日創っている薬のセット。
春雪の手の上に現れたそれにドナは内心ギョっとする。
「これは私が毎日自分で創っている薬です。ただこの薬はもう今の私にはあまり効果のない薬になってしまったようですが」
「見せていただいても?」
「すみません。これも私以外の人が触ると消えます」
「ああ、武器と同じ制限があるのですね」
ミシェルが改めて口外を禁じたことも理解できたドナ。
本人しか触れられない制限はあると言え、武器以外の物も創れるとなればその能力を欲しがる者は後を絶たないだろう。
たしかにこの能力は誰かに知られていい類のものではない。
「では勇者さまがそのまま持っていてください」
「はい」
胸のポケットに入れていたピンで長い前髪を留めたドナは、触れないよう春雪の手に手を添えて薬のセットをジッと見る。
そのまま数分。
「薬に使われている成分の名前は分かりました」
「え。どうやって」
「神眼を使いました」
キョトンとした春雪にドナは自分の目を指さして苦笑する。
今まで隠していたが仕方がない。
「神眼ですと!?」
「ドナも神眼を持っているのか!?」
「はい。なぜ私にも神眼があるのかは分からないですが」
神眼と聞いて驚いたのはミシェルとイヴ。
それもそのはず。
神眼はヴェルデ王家の血を継ぐ者に現れる能力で、父親が違うドナには本来であれば無いはずの能力なのだから。
「……やはり分かっていたのか」
「私の神眼は成分が分かる能力ですので。血液も例外なく」
「そうであったか」
「大まかに分かるというだけの半端な能力ですので、正確に知るには詳しく調べる必要があるのですが」
なぜ私にもと言ったということは自分がミシェルの子供でないことを知っていたということ。
誰もが思っていて言わない『顔が似ていない』という曖昧なことで疑っていたという話ではなく確信していたようだ。
「私のことに関しては後程」
「ああ」
今は春雪の件が優先。
王家の秘密故に人前で話す内容ではないというのも大きいが。
「話を戻します。大まかな名前は分かったのですが、解析結果で出たどれに効果を齎す薬剤なのかが分かりません。もう少し詳しく説明していただくことは出来ますか?」
「私は医学専門で学んだ訳ではないのでこれ以上は……あ」
医学を専攻していた訳ではないから詳しい説明は難しい。
どうしたものかと考えてふと気付いた春雪は、今度はレオにも観せたことのある未来型のパソコンを創った。
「たしかデータがあったはず」
空中に浮かぶ実態のない画面やキーボードに驚くミシェルやイヴやドナを尻目に、春雪は研究所で研究員がホルモンについて説明している様子を録画したデータファイルを探して開く。
「私にはこの方の話す言葉が理解できないのですが」
「あ、英語」
そうだった。
パソコンで検索した内容はこの世界の言語に変換されないことはレオに見せた時で経験済みだった。
「絵がついているものを観せながら私が読んで説明します」
「お願いいたします」
口頭での説明でどこまで正確に変換されるかは分からないが、長くなるためイヴにも座って貰い三人に画面を観せながら写真や画像を指さしつつホルモンについての説明をしていった。
・
・
・
「どうでしょうか。多少は伝わりましたか?」
時間にして三十分ほど。
異世界から召喚された者に備わっている言語変換を頼りにホルモンがどのようなものかを説明したが結果はいかに。
そちら方面の知識は明るくないミシェルやイヴには理解できない内容だったが、ドナだけはまだ画面の画像を見ている。
「結論から申しますと、ご用意できると思われます」
「誠か!?」
「はい。全ての解析結果が頭に入っている訳ではないのでこの場で断言は控えますが幾つか思い当たる節がありますので、私の考えが正しければこの薬に準ずるものはご用意できます」
それを聞きミシェルは国王の立場を忘れ安堵の表情に変わる。
自分がこの世界に召喚したために春雪に合う薬がなくなってしまったことは、人前では何ともないよう普通を装っていつつも大きな懺悔に繋がっていた。
「まずは早急に採血いたしましょう。以前の解析結果とは変化しているものを確認することで、ご説明いただいたホルモンというものの正体がどれのことかはっきりするかと思われます」
「分かりました。よろしくお願いします」
やはりドナ殿下は天才だ。
まだ画面を真剣に見ているドナを見てイヴは独り思う。
なぜ神眼を持っているのか分からないが、ドナ自身の頭の良さがあってこそ神眼の能力が発揮されていることは間違いない。
ただ名前が分かるというだけでは宝の持ち腐れだから。
惜しい。実に惜しい。
ミシェルの血を継いでさえいれば血継能力の〝盾の王〟を引き継いで国王となれるだけの才能を持つ王子であったのに。
恐らくミシェルも同じことを考えているだろう。
華々しい王家の中で唯一印象の薄い王子。
けれどその正体は天才と表すに相応しい王子だった。
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まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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