ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(中編)

救世主

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ディヴの月末日。
地球の大晦日にあたるこの日、王城で式典が行われていた。

集まっているのは今年成人を迎えた齢十五の貴族令嬢と子息。
所謂いわゆる『成人式』がこの式典。
国王から爵位を賜る貴族家の者として、成人したこの時より貴族として相応しい振る舞いをするという誓いの場でもある。
そのため一般国民に『成人式』は存在しない。

親からすれば十二歳で行うデビュタントに続き子の晴れ舞台。
子息も令嬢も晴れの舞台に合わせた華やかなドレスや正礼服を身につけている。

「国王陛下、王妃殿下へご挨拶申し上げます」

成人を迎えた子を持つ親のそんな挨拶から始まる顔合わせ。
ひと家庭ごとに跪き国王と王妃に挨拶するそれが延々と続く。

「プソム伯爵が末女ドリス・ブランドと申します」
「無事成年を迎えたことを喜ばしく思う」

そう短く祝いを伝えるのはミシェル。
今年玉座に着いているのは国王と三妃の二人。
二妃は体調が優れないため欠席ということで昨年までとは少し違いがあれど、式典は滞りなくすすんでいた。


一方、勇者宿舎では。

「ダフネさん。体に使うオイルはコレで良いの?」
「はい。塗った後に少しお待ちいただいて洗い流しを」
「分かった。ありがとう」

浴室の扉を開けて瓶に入ったオイルを見せた春雪。
使用方法を教えたダフネは浴室に戻る春雪とは反対に部屋に戻ると衣装に不備がないかを入念に確認する。

今日は勇者や勇者のお付きの者も大忙し。
式典の後に行われる舞踏会には勇者たちも参加するからだ。
しかも明日は新星ノヴァの祝儀が行われる。
ダフネも他の召使いと同じく明日の夜までは家に帰れない。

「美雨さま。香りはどちらがお好みですか?」
「えーっと……こっち!」
「承知しました」

美雨は現在マッサージ中。
世話をされるのも慣れたもので、エステルの丁寧なマッサージを満喫している。

「凄いなぁエステルさんは」
ワタクシがですか?」
「テキパキお仕事が出来てマッサージまで出来るんだもん」
「ふふ。ありがとうございます。ですがワタクシは美雨さまのように傷付いた人々を治すことは出来ません。お優しくて可愛らしい美雨さまは素晴らしい聖女さまですわ」

照れ笑いする美雨の可愛らしさにエステルはクスっと笑う。

「いつもありがとう。エステルさんのお蔭でツルツルだよ」
「嬉しいお言葉を。精一杯努めさせていただきます」
「わーい」

仲の良い美雨とエステル。
部屋でドレスの確認をしている侍女や召使にも楽しそうな話し声が聞こえていて、みんな手を動かしながらクスクス笑った。

「本当にこっちで大丈夫?」
「よくお似合いです」
「ほんとーに?浮かない?アイツダサって思われない?」
「ご安心ください。お似合いです」

柊の自室もバタバタ。
と言うより柊が個人的にバタバタ。
同性の従者に衣装の善し悪しを確認するのももう何度目か。

「フラヴィさんから見ても変じゃない?」
「ええ。奇抜なご衣装ではございませんし、とても上品です」
「舞踏会に来る人もこんな感じ?」
「成年の子はもっと豪華なご衣装かと」
「え?これ以上に?じゃあ平気かな」

ローブ姿に慣れ過ぎて正礼装が派手に感じるようで、舞踏会の主役たちはもっと派手だと知りようやく納得してくれた柊に従者とセラヴィは苦笑した。

「痛みはございませんか?」
「ああ。最初の違和感にはまだ慣れないが」

鏡で瞳を確認する時政。
隣ではイザベラが虹彩の色を薄くする点眼薬を持っている。

「よし。変わった」

黒い虹彩からブラウンの虹彩に。
濃いブラウンの瞳はこの世界の者にも居るため勇者と気付かれずに済む。

「ふふ。お揃いですね」
「髪色か?」
「はい。いつもの黒髪も好きですが、お揃いで嬉しいです」

ヴイッグをしている時政の髪色は金色。
イザベラの髪色も金色で、お揃いなことを嬉しそうに微笑む。

「そうか。私もイザベラの髪は美しくて好きだ」

髪に触れて口付ける時政。
一緒に召喚された他の三人にも見せたことのない幸せそうな顔でイザベラを抱きしめた。


また場所は変わって緋色カルマン宮殿。

「ドナ!いい加減に支度をしろ!従者たちを困らせるな!」

ドナの私室のドアを勢いよく開けたセルジュ。

「あと少し!もう少しで分かりそうなのです!」
「時間を見ろ!お前だけ白衣で参加する気か!」

大量の本が乱雑に重ねられた床。
机の上に広げたスクロールに向かいあっていたドナは白衣姿。
朝からずっと私室に籠りきりで出で来ないドナを引っ張り出して欲しいと、セルジュの元にドナの従者が頼みに来た。

「舞踏会など第五位の私にはどうでもいいのに!」
「ほう。では春雪さまに近寄るなよ?みなが着飾っている中で一人場違いな白衣姿の王子とあらば恥をかかせてしまう」
「う……それは」
「勇者方も今日は祝儀に合わせて朝から支度をしていたのだろうな。それなのに王家の王子はいまだ髪もボサボサとは」
「す、すぐに湯浴みをします!」

セルジュの大勝利。
心配そうにハラハラと見守っていた従者や召使たちは大喜び。
慌てて使用人たちと私室を出て行ったドナの後ろ姿を見てセルジュは苦笑した。

「……なるほど。これが理由か」

大量のスクロールの中の一つにふと目の行ったセルジュ。
春雪の血液に関する情報が書かれているそれを見て、最近ずっと私室に篭っている理由はこれかと納得する。

「万が一の時の為に一日でも早く開発したいのだろう」

春雪がこの世界の人族と違うことはセルジュも聞いている。
そのため万が一の時に備え春雪にも効く専用の薬が必要だと言うことでドナに白羽の矢がたった。
見たとてセルジュには何がどう違うのか分からないが、春雪の為にドナが今まで以上に熱心に研究していることは分かった。

「健気な求愛が報われるのかどうか」

スクロールを戻したセルジュは再び苦笑して私室を出た。


数時間後。
式典が無事終わり、ミシェルは自室に急ぐ。

「お疲れさまです陛下」
「ああ。すぐに支度を」
『承知しました』

式典用の衣装から舞踏会用の衣装へ。
がらりと衣装を変えるため先ず湯浴みをしなくてはならない。
毎年繰り返している仕えの者たちは慣れたもの。
すぐにミシェルの衣装を脱がせ始めた。

「準備中に失礼します。配給の支度が整いました」
「そうか。しっかり鑑定はしたのか?」
「はい。全ての配給品の鑑定をいたしました」
「ご苦労だった。時間に間に合うよう運んでくれ」
「はっ」

報せに来たのは師団長。
新星ノヴァの祝儀では一般国民にも配給が行われる。
ミシェルが国王になってから行われるようになった配給は、貧困層も共に新年を祝えるようにという配慮だった。





みんながバタバタ準備をして遂に舞踏会の時間。

『…………』

舞踏会に参加するため王城の一室に集まった勇者たち。
先に支度を終えて待合室で待っていた時政と柊と美雨は、時間ギリギリになって部屋に入って来た人物に沈黙する。

白の清楚なドレスを着た金髪とブラウンの瞳の女性。
スラッと背が高く、まるで絵本から出てきたお姫様のよう。
王家にはまだ他の王女が居たのだろうか。

「間に合って良かった」
「……ええええええぇぇぇ!」

平然とした顔で近付いて来たその女性の声を聞いて驚いた美雨の声が部屋に響き渡る。

「……春雪さん?」
「え?うん」
「ええええええぇぇぇ!」

改めて確認してまた美雨の大きな声が響く。
どうしてそんなに驚いているのかと不思議に思った春雪は、三人はまだ女装姿を見たことがなかったからかと気付く。

「変?」
「いや変じゃないけどっ!むしろ萌えるけどっっ!」
「美雨、声が大きい」
「吃驚するなって言うのが無理でしょ!」
「……まあ」

今回ばかりは柊も美雨が取り乱すのもわかる。
誰が今の彼を見て男性と気付けると言うのか。

「春雪殿は女性の衣装を着ることになったのか」
「うん。みんなも今日は髪と目の色が違うから印象が違うね」
「この姿で春雪殿と会うのは初めてだったか。人と顔を合わせるような場所へ外出する際には幾度か使っていたのだが」
「俺は初めて見た。これなら誰も勇者って気付かれないね」
「ああ。どうしても私たちの髪と目は目立つからな」

そう平然と話す時政。
今日はみんなが勇者だと分からないよう外出用に渡されているウイッグや黒の虹彩の色を薄くする点眼薬を使用しているものの、春雪に関しては平然と話せる変化ではないのにもう普通に話している時政の順応性に柊と美雨は驚かされる。

「元から中性的だけど今日は完全に女性に見える」
「元の姿でも男性か女性か分からないって言われるくらいだから、今日みたいにドレスを着てたら女性に見えるだろうね」

真剣に見上げてくる美雨に春雪は苦笑する。
今は薬の効きが悪くなって女性寄りの体つきになり始めているからなおさら女性に見えるのだろう。

「無理に女装させられた訳じゃないんですか?」
「先に確認された。主役の子に気を遣わせないため勇者だって分からないよう三人も偽装するって話だったから、それなら良いかなって。大事な舞踏会で気を遣わせるのは申し訳ないし」

なんか可愛い。
男性だと知っているのに可愛い。
複雑な心境で両手で顔を隠し悶える柊を美雨は呆れ顔で見る。

「勇者さま方。お待たせしました」

四人を呼びに来たのは王城の護衛騎士。
丁寧に敬礼した騎士たちの目が春雪に向かう。

「では参りましょう」
『はい』

一瞬目を惹かれてしまったもののそこは王城に仕える者。
すぐさまニコリと笑って再び扉を開ける。

「……これは別の意味で注目を浴びそうだね」
「ああ。本人は気にしていないようだが」
「そんな鈍いところもまた萌えるっ」

拳を握って言う美雨に時政は苦笑した。


オーケストラの演奏に合わせて踊る子息や令嬢。
既にデビュタントは済ませて社交界に出ているとは言え、王城での舞踏会は初とあって少しぎこちない様子で踊っている我が子を両親たちは微笑ましく眺める。

ただこの舞踏会はただ微笑ましいだけの行事ではない。
貴族からすれば娘や息子の婚約者を見つける機会でもある。
そしてあわよくば王家の王子と。

という裏事情を大いに含んだ舞踏会の真っ最中、ひっそりと会場に入った勇者の四人。
本来四人はこの舞踏会には無関係の年齢だけれど、舞踏会には参加したことがない勇者たちにも今日は国民と一緒に楽しんで欲しいというミシェルの配慮で途中参加。

「凄っ!眩い!」
「豪華」

初めて経験する煌びやかな舞踏会に美雨は大袈裟に目を隠し、柊はポカンと会場を眺める。

「舞踏会ってこんな感じなんだ。本当に豪華」
「今日は成年を祝う舞踏会だから普段以上らしい」
「いつもはここまでじゃないってこと?」
「王城での舞踏会がそもそも一年に二・三回と言っていた。他の場所で行う舞踏会より王城の方が華やかなのも当然だろう」
「なるほど」

時政と春雪は普段と変わらない。
くるりと辺りを見渡しただけで反応は薄い。

「私たちこれからどうすれば良いんだろ」
「そう言えば」

入場してから後のことは聞いていなかった四人。
美雨と柊が困った顔で時政と春雪を見る。

「自由にして良いってことじゃないの?」
「私もそういうことだと思っていたが」

言わなかったということは自由ということ。
この世界での礼儀作法などは既に教わっているから今回は自由に楽しめということ。

「じゃあ早速料理を食べて良いのかな」
「花より団子か。美雨殿らしいが」
「だって見たことないお菓子が並んでるのっ」
「ぶくぶくの豚になるよ?」
「は?肥えても私は可愛い」

はいはい、いつもの。
と言いたくなる毎度の腹パンに、この世界の人と違和感がないよう偽装していても美雨と柊は変わらないなと安心感を抱いた春雪は時政と笑う。

そんな四人に注がれる視線。

一体どこのご令嬢やご子息なのか。
デビュタントはもちろん社交界でも見たことがない。
判断出来そうなご両親も同伴していないようだ。
ただ、四名とも身につけている物はとびきり上等な代物。
衣装も装飾品も派手ではないが品がある。

これはお近付きになって素性を探る必要がある。
是非ともうちの娘&息子の婚約者に。

なんと美しいご令嬢なのか。
隣の真面目そうな男性は伴侶?
いや、瞳の色が同じと言うことはご兄妹か。
今年成人を迎えた元気のよい二人の付き添いで来た姉や兄と言うところだろうか。
両親が已むを得ない事情で参加できない際には近親者が付き添うこともある。

これはお近付きになって素性を探らねば。
未婚ならば是非ともうちの娘&息子の婚約者に。

貴族家の両親からロックオンされた可哀想な四人。
この世界の人には四人が童顔に見えるため十六の柊と美雨は今年成人した者として違和感を持たれず、付き添いと勘違いされた春雪や時政まで婿や嫁にとロックオンされてしまった。

そんなことなど四人は露知らず。

「とりあえず料理の所に移動しよう」
「やった!」

今子供たちはダンスの真っ最中。
両親はあくまで付き添いで主役の娘や息子よりも先に声をかけることは礼儀に反するため、終わった後に声をかけに行かせようと四人の行先だけ抜かりなくチェックした。


「陛下。お飲みものを」
「ああ」

正礼装姿で玉座に座っているミシェル。
二妃とララ以外の王家が揃っている壇上でイヴが鑑定をかけた飲みものをみんなに配って回る。

「勇者さま綺麗」
「綺麗」
「え?この中から勇者さま方を見つけられたの?」

幾つか離れた席から聞こえてきたロザリーとリーズとフレデリクの声でミシェルも改めて会場を見る。
これだけ人が居るのによく気付いたものだ。

「勇者さまのところに行く」
「行く」
「駄目だよ。まだダンスの途中だから」
「「えー」」
「ロザリー、リーズ。駄目ですよ」
「「はーい」」

椅子から降りようとして先にフレデリクから止められ、ミシェルの隣に座っている三妃からも窘められて双子は渋々頷く。
まだ幼い双子にはこの待ち時間が退屈なのもわかる。

「ロザリー、リーズ。勇者方はどこに居る?」
「お菓子のところ」
「お菓子。そうか」

やれやれ。
菓子が食べたいがために言ったのか。

「ダンスが終わるまで我慢したら少し食べてよい」
「陛下」
「今日くらいはいいだろう」

三妃は菓子を好まない。
そのため双子も菓子を禁じられているが、子供なのだから少しくらいは大目に見る日があってもいいだろう。

「勇者さまと遊ぶの」
「お菓子も少し食べるけど勇者さまと遊ぶの」

ん?本当に勇者たちを見つけたと言うことか?
料理が用意されている場所はここから見えていないが。

「みんなの前で勇者さまって呼んだら駄目だからね」
「なんて呼ぶの?」
「お姉さま?」

そんな会話を聞きミシェルは洩れそうな笑いをグッと堪える。

「余り良くないけど今日だけ美雨さまでいいんじゃないかな」
「美雨さまって誰?」
「聖女さまのお名前だよ」
「聖女さまじゃなくて勇者さまのお名前は?」
「え?聖女さまの話じゃなかったの?」

それならばどうしてなのか。
まだ性別を勘違いしている?
いや、二人は男性でも女性でもないと言っていたが。
困ってフレデリクが顔をあげるとミシェルと目が合う。

「勇者の名前は春雪殿だ」
「はるゆきどのさま?」
は名前ではない。春雪が名前だ」

珍しく翻弄されているミシェルにグレースはクスクス笑う。
双子も純粋で愛らしい。

「ロザリー、リーズ。春雪さまとお呼びすればよいですわ」
「春雪さま」
「春雪さま」
「ええ。今日は特別ね」
「ありがとう、グレースお姉さま」
「ありがとう」

許可なくご芳名を呼ぶことは不敬。
けれど今日は勇者と分からないようにして参加しているのに勇者と呼ぶ訳にはいかない。だから今日だけ特別。

「二人ともしっかり座るように」

足をゆらゆらさせ話す双子にピシャリと言ったのはマクシム。
双子は怒られて姿勢を正す。

「お兄さま。二人はまだ幼いですので」
「幼くとも王家の王女。恥をかくのは二人だ」

マクシムの言うことは尤もな意見ではある。
これが王女ではなく王子であれば注意を受けていた。
ただ、継承権はあっても優先順位の低い王女の方が多少は甘やかされる。

マクシムとグレースの会話を聞きながら苦笑するセルジュ。
賢い割に不器用な護り方しか出来ないのだから困ったものだ。
グレースも自分が三妃から宜しくない視線を向けられていたことに気付いても良さそうだが、昔から少し抜けている。

正妃は亡くなり私とドナの母である二妃も罪人に。
実質王妃が一人になって遂に三妃の本性が出てきた。
王妃の中にまともな者などいない。
化けの皮が剥がれるのも時間の問題だろう。

小さな溜息をついたセルジュの隣で欠伸を噛み殺すドナ。
王位に興味のない私には王家のごたごたなどどうでも良いが、三妃がのさばって来るのは困る。
国母の務めを果たす分の見返りはあって然るべきだと思うが、グレースが双子と親しくしただけで嫌そうな顔をするとは。
まるで自分の子供以外は王家ではないとでも言うように。

人格者だった正妃が生きていてくれれば、ただ取り繕っただけの面の皮の厚い三妃もそんな態度はとれなかっただろう。
私の母もそうだったように、兄妹が少し歩み寄ろうとしてもそれを阻むのは母親の存在と言うのが皮肉だ。
父上のことは尊敬しているが、三妃がのさばる未来しか見えない王家など早く去りたい。

傍から見れば穏やかな表情を浮かべた高貴な王家。
けれどそれぞれの頭の中は見せている表情とは正反対。
みな感情を表情に出さないよう育てられたと言うだけ。

そうこうしていると成年者によるダンスが終わる。
ここからは漸く王子や王女も動けるようになる。

「我慢をして偉かった。約束通り食べてよい」

チラチラと確認する双子に許可をするミシェル。
双子は嬉しそうに笑顔に変わった。

「兄さま、勇者さまのところに行く」
「私も行く」
「待って。二人で行ったら危ないから一緒に行こう」

急いで椅子から降りた双子を慌てて追いかけるフレデリク。
面倒見の良いフレデリクのお蔭で双子は歪まずに済んでいる。

「父上。私とドナも行って参ります」
「ああ。楽しむといい」

この場に居たくないセルジュとドナも早々に席を立つ。
どこかに居る勇者を探したいということも大きいが。

「グレースも聖女さまを捜すのではないのか?」
「お約束はしております」
「ではここは父上と三妃にお任せしよう」

ミシェルと三妃に丁寧な挨拶をして離れた子供たち。
舞踏会を楽しみたいのではなく一緒に居たくないのだとミシェルにも分かっていた。

「グレースがロザリーやリーズと親しくするのは嫌か」

子供たちが見えなくなった後そう切り出したミシェル。
マクシムやセルジュやドナが気付いていたのに隣に居るミシェルが気付かないはずもない。

「嫌などと思うはずがないではありませんか」
「そうか。では感情を表に出さないよう表情を作る練習をした方がいい。敵が居なくなって気が抜けてるのではないか?」

フフと笑った三妃にミシェルはニヤリと笑う。
例え王妃が一人になろうとも、三妃という立場の者に子供たちの主導権を握らせるほどミシェルは甘くない。

やれやれ。
二妃を捕らえた弊害がこのようなところで。
ミシェルの隣に着いているイヴは無の表情で二人の会話を聞きながら思う。

やはり寵妃が必要だ。
たった一人の王妃という状況は好ましくない。
それが性格のよい王妃であれば問題はないが、三妃では。
自分しか公務を行う者が居ないとなれば我儘も通ると勘違いし兼ねない。

だが寵妃が居れば国王が命じて代行することが出来る。
過去には王妃よりもよほど優秀な寵妃も居た。
好みではなく優秀な者を選んで寵妃とした国王も居たほど。

そのためにも布石は打ってあるが、どうなることやら。
無能な有識者どもめ。
王家へ負の遺産を遺して行きおって。





「ゆ、違う。春雪さま」
「春雪さま」

双子が真っ直ぐに向かったのは春雪のところ。
後ろからキュッとドレスを掴む。

「あー。かわゆい双子ちゃんだ」
「王家の姫殿下に失礼だから」

反応したのは菓子を食べていた美雨。
晩餐会で会った天使たちだと気付いてしゃがみ、柊から指摘される。

「ロザリー姫殿下、リーズ姫殿下。如何なさいましたか?お二人で出歩いては危ないですよ?」

春雪もひと足遅れて気付き双子の視線に合わせてしゃがむ。

「綺麗なの」
「ゆ。春雪さま綺麗なの」
「ゆ?」
「ロザリー!リーズ!」

慌てた様子で来たのは三妃の長子。

「御無礼を!人違いをしたようでお許しください!」

急いで双子を春雪から引き離したフレデリク。
何を勘違いしたのかまさか勇者とご令嬢を間違うとは。

「ご挨拶申し上げます。フレデリク殿下」
「ご丁寧……え?勇」
「兄さま、シーなの!」
「春雪さまなの!」

ドレスを摘み姿勢を低くした美しいご令嬢。
もう一人の令嬢も同じく姿勢を低くして男性二人は敬礼する。
一緒に居る三人を見て勇者一行だと気付き、よく見れば美しいご令嬢と思った人物が勇者であることに気付いてつい口に出してしまったフレデリクを双子が止める。

「あの……春雪さまでお間違えないですか?」
「はい。偽りの姿でご挨拶する御無礼をお許しください」

これは女性にしか見えない。
しかもとびきりの美しい女性。
晩餐会で見た時と変わらぬ存在感はそのまま。

「失礼をしました。皆さまだとすぐに気付かず」
「姿が違いますのでお気付きにならなくて当然かと」
「あの、皆さまどうぞ挨拶はそのくらいで」
「ありがとうございます」

スっと立ち上がった背の高さはたしかに晩餐会で見た勇者。
三人は顔を見れば聖女さまと魔導師さまと剣士さまと分かる。
けれど勇者さまだけは変わり過ぎてすぐには気付けない。

「ゆ。春雪さま、お菓子食べた?」
「美味しい?」
「姫殿下も召し上がりますか?」
「「食べる!」」
「フレデリク殿下、よろしいでしょうか」
「はい。ありがとうございます」

菓子を食べる許可は父上から出ている。
そもそも取ってあげるつもりでいたから問題はない。

「天使ちゃんたちは何を食べたい?」
「美雨。相手は姫殿下だって」
「天使みたいに可愛いんだもん」

双子にメロメロの美雨。
そんな美雨と呆れる柊に時政と春雪は笑う。

「姫殿下のお体に合わない食材はございますか?」
「いえ。禁忌食材の検査は済んでおります」
「ではご本人にお選びいただいても?」
「ええ。問題ありません」

アレルギーがあるかを柊がフレデリクに確認してから、双子は小さな背で背伸びをしながらお菓子を見上げる。

「見え難いか。交換で抱っこしようか?」
「「うん!」」

フレデリクに抱っこして貰ったリーズの目はキラキラ。
宮殿では出ないお菓子に幼い子供が興味津々なのも当然。

「フレデリク殿下は面倒見がよいのですね」
「歳が離れているので心配になってしまって」
「兄妹仲が良いのは良いことです」

美雨と春雪が双子にお菓子をとっている間にフレデリクと時政と柊はそんな会話を交わす。
王家の者は表に出さないため兄妹仲も分かりにくいけれど三妃の子供の三人は別。

「ゆ。春雪さまと、美雨さまと……えっと」
「時政と申します」
「柊と申します」
「時政さまと柊さま」
「時政さまと柊さま」

春雪と美雨の名前しか聞いていなかったリーズは迷い、教わるとロザリーと一緒に名前を繰り返す。

「春雪さまと、美雨さまと、時政さまと、柊さま」
『はい』
「父上のところには行かないの?」
「母さまも居るよ?」

そう聞かれて四人は顔を見合わせる。

「やはりご挨拶に伺うべきでしょうか。礼儀としては行って当然なのですが、挨拶をする際はまず自分の名を名乗ることが基本と教わりましたので、貴族が集まったこの場で爵位のない私どもはどう名乗れば良いのかと話していたのですが」

勇者だと隠していても挨拶くらいは。
そう思ったものの〇〇家という爵位のない四人はどう名乗って良いのかわからず行けずにいた。

「んー。私では判断に迷いますので父上に聞いて参ります」
「申し訳ございません。お手数をおかけします」
「いえ。こちらの方がロザリーとリーズがご迷惑をおかけしておりますので。少々お時間をいただきます」
「よろしくお願いします」
「ロザリー、リーズ。大人しく食べてるんだよ」
「「はーい」」

行かなくて良い気がするが、後々勇者方が言われては困る。
父上に確認さえしておけば無礼などと言い出す者は居ないだろうと、フレデリクは玉座に向かった。

「フレデリク」
「マクシム兄さん、グレース」

戻る最中にマクシムから声をかけられて立ち止まる。

「ロザリーとリーズはどうした」
「勇者さま方とおります」
「美雨さまも居られましたか?」
「うん。四人で一緒に居る。ご挨拶はどうしたらいいか時政さまに聞かれたから父上に確認しようかと」

グレースの問いに答えてマクシムに説明する。
フレデリクは王家の中でも珍しく誰とでも話す。

「名乗れないだろう」
「はい。それで迷っていたようです。正体を隠してますし」
「それはこちらの配慮が足りなかったな。たしかに父上に判断を仰いだ方が良さそうだ」

マクシムもそれは判断に迷う。
王家の舞踏会に来てるのだからまずは国王に挨拶をするのが礼儀だが、事情が事情だけに今回は挨拶すべきとは言えない。

「皆さまは料理のところにおりますので」
「わかった」

軽く頭を下げてフレデリクはまた玉座へと向かう。

「フレデリク」

また?
次に声をかけて来たのはセルジュとドナ。
再びフレデリクは足を止める。

「春雪さまを見かけたか?」
「料理のところにおられます」
「ん?ロザリーとリーズが言っていたのは本当だったのか」
「はい。驚きましたが」
「わかった。引き留めて悪かった」
「いえ」

二人も勇者さま方を捜していたとは。
いや、勇者さまを捜していたというのが正しいか。
最近セルジュ兄さんとドナが勇者さまとギルドで依頼を受けていることはそれとなく聞いていたが、他人に興味を示さない二人と親しくなれた勇者さまは偉大だ。

普段は王家の集まりでしか顔を合わせない兄妹が自主的に勇者さま方の所に集まっている。
そのことに気付いてフレデリクは口許を緩ませる。

「勇者さま方は私たち兄妹の救世主でもあるのか」

フレデリクはそう呟いてみたび玉座へ向かった。
 
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まりぃべる
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