ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(中編)

神に選ばれた者

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王城の一室に集まった春雪と時政と柊と美雨。
部屋の外では王宮騎士団が警備についている。

「春雪さん大丈夫?」
「なにが?」
「元気ないから」

春雪を見てそう話すのは美雨。

「昨日の今日では元気を出せと言うのも難しいだろう」
「それは私も怒ってるけど。ただ大丈夫かなって」

勇者一行が昨晩のことを知ったのは昼食時間。
最近は春雪も講義の間にある休憩時間に会話することも増えていたのに、最初の頃のように静かなことに気付いた時政が四人だけになる昼食の時間に聞いて事情を知ることになった。

「顔を合わせるのが気まずいだけ。散々なこと言ったから」
「言われて当然のことをしたのは向こうですけどね。話を聞いただけの俺でもはぁ?って頭にきたし」

そのことを春雪本人が言うまで誰も言わなかったことも。
朝から顔を合わせてる世話役も講師もそれを話さなかったのは内容が内容だけに口外を禁じられていたのか、自分たちの立場が悪くなるから言わなかったのかは分からないけれど。

「いや、したことに関しては俺が悪かったんだ。みんなは規則を守ってるのに俺だけ破ったんだからそれは反省してる。俺が破った所為でみんなまで言われることになってごめん」

真面目。
時政も柊も美雨も声には出さずとも同じことを思った。

「そもそも規則になっていることがおかしいのだがな」
「まあね。規則ってことは強制だから」
「そろそろ規則を変えて欲しい。多少は能力も身についたし」
「私も最近は特にその考えが強くなった」

勇者や一行が召喚されて数ヶ月。
座学より武器や魔法を使う実技訓練の時間を大幅に増やしたことで勇者たちはメキメキと才能を開花させて行った。

勇者たちは選ばれし者。
天賦の才を持つ彼らは武器や魔法を使えば使うほど強くなる。
あのままこの世界の初等科プログラムを続けていたらいまだに才能は埋もれたままだっただろう。

「幾つくらい要望考えてきた?」
「色々と考えたけど最終的には一つだった」
「え?柊も?」
「美雨も?」
「うん。色々書いたけど結局今時点での要望は一つだなって」

不満に思っていることを書き出してこうなればいいと要望を書いている内に、一つの要望が叶えば解決することに気付いた。

「なんかみんな一緒の要望な気がしてきた」
「ああ。私たちが今一番望むことはそれだろう」

そう話してくすりと笑う春雪と時政。
書いた内容はそれぞれ違えど言っていることは同じ。

「国王陛下が御出座おでましになられました」

騎士の声で四人が立ち上がると扉からミシェルが入室する。
その後に続いて入室したのはイヴ。
静かに扉が閉まるとイヴがすぐに防音魔法を施した。

「みなさま着席を」

国王のミシェルが座ったあとイヴの指示で勇者の四人も座る。

「王城まで足を運ばせすまなかった。今日の会談は私とミシオネールしか居ない。気を楽にして欲しい」

勇者たちには予想外のこと。
普段勇者の四人と国王のミシェルが顔を合わせる時には魔導師や師団や騎士といった国仕えが多く室内に居ると言うのに、今日はミシェルとイヴだけ。

「みなの要望を聞く前に一点、こちらから先に昨晩の件についての報告をしておきたい」

そうミシェルが話すとイヴが勇者たちの前に紙を置く。
異界人の四人にも分かるよう補足のしてあるそれはイヴが用意したもので間違いない。

「まず私より概要の説明を」

イヴが読み上げるのは昨晩なにがあったか。
どのような状況下でどのような発言があったのか、居合わせた者からの聞き取りや騒ぎを起こした当事者たちからの聴取で判明した範囲のことが書いてある。

「以上が私どもの調べで判明したことです」
「春雪殿。この内容に誤りがあれば指摘して欲しい」

一通りイヴが読み上げたあとミシェルが問う。

「不足している部分があるようですが敢えてでしょうか」

春雪が怒るに至った原因が書かれていない。
紙から顔をあげて聞いた春雪と目が合ったミシェルは少し考える仕草を見せる。

「ああ、愛児のことや緋色カルマン宮殿のことだろうか」
「え?はい」

一切出てきていないから言葉を濁したに関わらず、ハッキリ言ったミシェルに春雪は小さく首を傾げる。

「今日の報告は勇者に不敬を働いたことに対してどのような処分を下したかを報せるもの。勇者は勇者、王家は王家として別件で裁判にかけることになるため今回の処分に王家を侮辱したことは加味されていない。だから触れていないのだ」

今回の報告は勇者に不敬を働いたことに対しての処分。
有識者たちのどの発言が不敬にあたり、その不敬に対してどのような処分を行ったかの報告だから触れていない。

「愛児たちの件は判決が下り次第報告するつもりだ」
「わかりました。それでしたら内容に誤りはございません」

むしろよくここまで調べたものだ。
自分ですら何を言ったのか細かく覚えていないのに。

「此度の件に関わった有識者と世話役は全て解任した」
「全て?数十名おりましたが」
「その数十名全てだ。警備兵が機転を利かせ記録石を使っていたため証拠となる状況も発言も残っていた。それを観た上で全員が勇者に関わる者として相応しくないと判断した」

それでこんなにも細かく発言の内容が分かったのかと納得した春雪は「わかりました」とだけ答えた。

「あの、一つ良いですか?」
「なんだろうか」
「これだけの内容で裁判になっちゃうんですか?言ってましたよね?勇者は勇者、王家は王家として別に裁判するって」

小さく手をあげて聞いたのは美雨。
勇者教育の役目を解任されることはわかるけれど、怒らせただけで裁判沙汰はさすがにやり過ぎではと。

「この世界には勇者保護法という精霊族共通の地上法が制定されていて、勇者に対し不敬を働いた者は種族や身分を問わず裁判にかけられる。勇者とはそれほどの存在なのだ」
「え。そんなに?」

美雨からすれば恐ろしい法律。
自分が怒った所為で誰かが裁判にかけられる事もあるのかと。

「無論不敬にあたらないことで裁いたりなどしない。ただ今回の件では春雪殿一人に数十名で詰め寄り個人的な感情で侮辱ともとれる発言をしている。その場に居なかった美雨殿にとってはこれだけの内容と思うのかも知れないが、脅しともとれる状況でひたすら頭を下げ続けた春雪殿にとってはどうだろうか」

数十名に詰め寄られたのは春雪。
美雨にとっては「これだけの内容」であっても、実際に数十名から詰め寄られ口々に言われた春雪は堪ったものではない。
数十名に詰め寄られれば脅しととられてもおかしくない。

「私の件で裁判をする必要はありません。罪に問うのは殿下方を侮辱したことへの王家侮辱罪だけにしてください」

春雪の発言でハッとした美雨を柊が隣から抓る。

「春雪殿。それは国王陛下も困るだろう。法律で定められているというのに裁かなければ、その場に居合わせ状況を見ていた多くの者はなぜ裁かないのだと陛下への不信感を抱くことになる。美雨殿も自分の軽率な発言が人を惑わせてしまうことをもっと知るべきだ。この件の当事者は春雪殿なのだから第三者の美雨殿の感情で罪の重さを判断するべきではない」

眉根を押さえてそう話す時政。
美雨の発言は被害を受けた当事者の春雪に対しての配慮が余りにも足りないし、美雨の発言ひとつで法律に定められていることを必要ないと言ってしまう春雪も周りの顔色を伺いすぎだ。

「うん。ごめんね、春雪さん」
「いや。自分が感情に乏しい人間なことは分かってるから、美雨が裁判はやり過ぎって思ったならそれが正常な人の考えなんだろうと思って言っただけ。何か逆に巻き込んで悪かった」

春雪にとっては裁判しようがしまいがどうでもいい。
だから裁判をすると聞いても何も思わなかったけれど、美雨の発言で正常な人はそう考えるのかと思って必要ないと言った。

「ううん。春雪さんが悪い訳じゃ」
「もう黙った方がいい。今のは美雨が悪い。処罰を決めた陛下と被害を受けた春雪さんを悪者扱いしたのと変わらない」

呆れた目で柊から言われた美雨は口を結ぶ。
たしかにこの件でこれ以上話しても言い訳にしかならない。

やれやれ。
時政殿のお蔭で裁判の必要性を一から説明せずに済んだ。
裁判はやり過ぎと有識者たちに同情する美雨殿はお優しい方だということは間違いないが、若さ故か感情のままに物事を判断して深く考えず発言することが多いように思う。

先程の発言も人によっては不快になっただろう。
数十名に囲まれ罪人のように責め立てられたことを、ただ話を聞いただけの第三者からと言われたのだから。
こればかりは春雪殿が感情の起伏の少ない方で良かった。

「美雨。気にしなくていい。感情豊かな美雨だから色々欠けてる俺には思い至らないようなことを教えて貰えて感謝してる。俺や陛下の気持ちを慮って咎めてくれた柊もありがとう。冷静に判断して諭してくれた時政さんもありがとう。一緒に召喚されたのが三人で良かったと思ってる。いつもありがとう」

春雪から礼を言われて三人は唖然。
分厚い心の壁を感じていた春雪が随分変わったものだと。
ただその変化と感謝の言葉は三人にも嬉しいものだった。

「処分の報告は以上だ。新たな世話役は明日より就任させる」
「承知しました」

話を纏めたミシェルに春雪が答えて三人も頷いた。

「さて。ここからは腹を割って話そう。考えておくよう伝えておいた不満や要望を聞かせて欲しい」

今日の本題はそれ。
勇者の生活はもちろん、今まで通例に従ってきた国のやり方が大きく変わることにもなりかねない重要な会議。

「改めて紙をご用意しましたのでお飲み物でも飲みながらゆっくり記入を」

先ずは他人の意見に左右されていない個人の意見を知るため、イヴが四人に改善点や要望などの項目にわかれた紙を渡す。
迷うことなく早速書き始めた勇者の四人にミシェルは内心では緊張しながらも、イヴが用意した紅茶を受け取った。

時間にして数十分。
集められた紙に目を通すミシェルとは交換で勇者の四人もイヴの淹れた紅茶で喉を潤す。

「ふむ。今回の件について四人で話し合ったか?」
「いえ。ここに集まってから幾つくらい考えてきたかと言う話はしましたが、内容まではお互いに知りません」

一通り目を通して聞いたミシェルに春雪が答える。
それが事実で仲の良い美雨と柊もお互いが何を書いたのかまでは知らなかった。

「では四人の現時点での要望は一つ。外出禁止令の撤回」

ミシェルの口から聞かされたそれでやはりとなった四人。
些細な要望は個人的にあるだろうが、国王でなければ叶えることができないと分かっている要望はただ一つだった。

「勇者方に伺いたい。外出禁止令を撤回することで起きる危険性は承知の上での要望なのかを。外に出ると言うことはそれだけ身の危険に繋がることをしっかり理解しているのだろうか」

勇者が外出することは一般国民のそれとは比較にならないほどの危険性を孕んでいる。
簡単に考えているのならば後々泣きを見ることになる。

「勇者が出歩いている姿を見かければ民は一目見ようと集まって来るだろう。繋がりを作って勇者の能力や立場を利用しようと目論む者も居るだろう。甘い言葉で誘って手篭めにしようと考える者も居るだろう。国に反逆心を抱いている者から命を狙われることもあるだろう」

悪巧みに勇者を利用しようとする者。
国を混乱に陥れようと命を狙う者。
中には若い勇者を誘惑して肉体関係を持ち子が出来たと言って勇者を貶めようとする者や、勇者の子を作って身分を得ようとする者や、多額の金をせしめようとする者も居るだろう。

「そこまで理解した上での要望だろうか」

自由と危険は隣り合わせ。
簡単に許可していいことではない。

「私は万が一のことも理解した上での要望です。誰かに騙されても死んでも自己責任。自由を求めておいて国にも守って貰おうなどと都合のいいことは考えておりません。自分の行動の責任は自分でとります」

そうキッパリと答えた春雪。
自由を求めるということは今まで自分を守ってくれていたものがなくなることだと理解している。

「当然そうならないよう気を付けはしますが、もし国が私の行動で責任を問われるようなことがあれば王都から放り出してくれて構いません。例えそうなっても時が来たら何らかの方法で教えて貰えれば討伐には行きますから安心してください」

そこまで覚悟しているのかとミシェルは眉根を押さえる。
他の三人も春雪の覚悟を聞いて迷うような様子もなく、危険性を理解したうえで要望したのだと分かった。

「こちらからの要望は二つ。必ず護衛をつけることと行先を報せること。護衛をつけてであれば外出を許可しよう」
「やった!」

ミシェルから許可が出て美雨はガッツポーズ。
これで休日らしい休日を過ごすことができる。

「他の三名もそれでよいだろうか」
「寛大な配慮に感謝申し上げます」

胸に手を当て頭を下げた春雪に続き時政と柊も頭を下げる。
危険な事は遠ざけたい周囲から大反発を受けるだろうことを許可してくれたことに、改めてミシェルの器の大きさを感じた。

「皆さまには何処か行きたいところがあるのですか?」
「はい!私は王都地区へお買い物に行きたいです!」
「ふむ。ではその際の資金はお渡ししましょう」
「良いんですか!?」
「ええ。欲しい物をご自身で選ぶことにしたと言うだけのことですので変わらず国から援助いたします」

勇者にかかる資金を国が持つことは変わらない。
それよりも意外に慎ましい外出先で拍子抜けしたイヴ。
特徴を隠せるつけ毛などは早急に用意しなければならないが。

「柊は何処に行きたい?」
「俺?そう聞かれると特に」
「えー」
「出かけたくなった時に出かけられるって状況が欲しかっただけだから。休みに外で遊びたいって思っても宿舎から出られなかっただろ?極端な話、王都をぷらぷらするだけでも良い」
「ああ……わかる気がする」

今は何処か行きたい場所がある訳ではなくとも、今後は自由に出歩けると思えば気持ち的に違う。
王都を見て歩くだけでも宿舎にこもっているより気晴らしになるのだから。

「時政さんは?」
「王都から近場でもよいから実戦訓練に出たい」
「「ぶれない」」

時政の答えを聞いて声をハモらせた美雨と柊。
そんな三人に春雪は笑い声を洩らす。

「春雪殿はどうしたい」

ミシェルからそう聞かれた春雪。

「私はこの世界のことを知りたいと思います。誰かに教わっただけの知識ではなく自分の目で見たこの世界を」

自分が身命を賭して救うことになる世界。
天地戦が死地になる可能性もあるからこそ少しでもこの世界を自分の目に焼きつけておきたい。

「我儘を受け入れてくださってありがとうございます」

そう言って春雪が浮かべた笑みは今までにないほど美しい。
籠の中で足枷をつけられて空に憧れることしかできなかった勇者が解放された瞬間だった。


「初めて勇者方の本当の顔を見た気がします」
「ああ」

時間をかけて改善点や注意点なども話し合った会談が終わり、勇者たちが書いた紙を集めながらイヴが呟きミシェルも頷く。

「改めて彼らは勇者なのだと実感した。外出を禁じられ自由を奪われていることに相当の不満を募らせていただろうに、誰ひとり討伐に行かないとは言わなかったのだから。まして実戦訓練を増やせと言われるとは予想もしていなかった」

国王に不満や要望を伝えることのできる貴重な会談だと理解していただろうに、自由にさせないなら討伐に行かないなどと交換条件にする者もおらず、むしろ実戦経験を詰むために外部訓練を増やして欲しいとの要望が出て驚いた。

「分かっているのでしょう。鍛えて強くなることが自分の身を守る何よりの方法であることを。私どもは魔物や破壊主義者といった身近なものから勇者方を守ろうとしていましたが、既に本人たちは身近な敵など眼中に無いようですな」

この世界で最も神に近い魔王。
彼らにとってそれ以上に危険な者は居ない。
魔王に勝つためにはどんなに危険でも外に出て経験を詰むことが一番の近道だと彼らは理解している。

「討伐を頼んだこの世界の者の方が及び腰で過保護になっていたのだから勇者方には嘸かし滑稽だっただろう。勇者方の能力を伸ばすどころか私たちが足を引っ張っていた」

経験を詰む機会を奪っていたのはこの世界の者。
大切に籠に閉じ込めて守ったところで魔王に勝てる力を得られるはずがないのだから、それこそ死ぬと分かっていて死地に送り出すことになるところだった。

「信じ見守りましょう。使命を理解している若き勇者たちを」
「ああ」

天賦の才を持つ勇者たち。
彼らの成長を信じて見守ろう。

「さて。私も自分の役目を果たさなければな」

ソファから立ち上がったミシェルにイヴがマントをかける。
このあと勇者教育に関わる者たちが集まって行う会議で勇者の待遇について話して認めさせる必要がある。

「わからず屋は早々に退場していただきましょうかね」
「イヴが言うとシャレには聞こえんぞ」
「失礼な。まるで私を非道のように」
「目的の為なら手段を選ばないことは確かだろう」
「陛下に比べれば可愛いものだと思いますが?」

そう話して二人はくすりと笑った。





夕食までの時間は各々が自主訓練することにして春雪が向かったのは射撃設備がある第一訓練場。

「あれ?」
「勇者さま」

中に入ると護衛騎士や従者が居て春雪に気付き敬礼する。

「姫殿下でも剣の訓練を行うのですね」
「月に一・二度は剣と護身の訓練をしております」
「そうなんですか」

騎士と手合わせをしているのはグレース。
第一訓練場は本来王家の使う訓練場のためグレースが居ても不思議ではないけれど、魔法ではなく剣の訓練もするようだ。

「勇者さま?」

侍女から話を聞いていると後ろから名前を呼ばれて振り返る。

「王太子殿下。セルジュ殿下。ドナ殿下」

珍しい組み合わせ。
普段はこの時間に訓練をしていても誰にも合わないのに。

「グレースが訓練しているのか」
「はい」

マクシムが聞くとグレースの侍女が答える。
偶然といえ王位継承権を持つ者の四人が集まってしまうとは。

「勇者さまも訓練のためにこちらへ?」
「はい。私の武器の訓練設備はここにしかないので」

勇者が使う訓練場は武器の訓練場と魔法の訓練場の二箇所。
ただし春雪は能力を使って造った銃での訓練とあって秘匿性が高く、王家の者しか利用しない第一訓練場に限定されている。

「私は後日にし」
「お兄さま」

マクシムの声に重なったのはグレースの声。
気付かれる前に去ろうと思っていたのにとマクシムは洩れそうな溜息を飲んだ。

「お兄さま方お揃いで訓練で……春雪さま」
「ごきげんよう。グレース姫殿下」
「ご、ごきげんよう。このような姿で申し訳ございません」

走って来て春雪に気付いたグレースは赤い顔で髪を解く。
このような姿と言われても何も変わった姿はしていないけれどと首を傾げる春雪は乙女心の分からない鈍感。

「お、お兄さま方も訓練ですか?」
「私とセルジュ兄さんは一緒に来ましたが、マクシム兄さんとは偶然訓練場の前でお会いしてそれならば一緒にと」

そう答えたのはドナ。
セルジュもマクシムも答えないだろうと踏んでのこと。
気軽に会話を交わすほど三人の仲はよろしくない。
けれど春雪の前で不仲な姿を見せるのもよろしくない。

「重なってしまいましたので私は失礼します」
「能力の事は聞いております。どうぞ訓練なさってください」

グレースも春雪がこの世界にない銃という武器を造る能力を持っていることはミシェルから聞かされて知っている。
使う設備も剣と飛び道具では違うのだから重なろうと互いの訓練を妨げることにはならない。

「お気遣い感謝申し上げます。ですが私の武器は音が鳴るため皆さまの集中力を欠けさせてしまいますので遠慮いたします」

銃声が訓練の邪魔になりかねない。
四人は学業や公務で忙しく訓練できる時間があまり多くないのだから、重なった今日は俺が遠慮するべきだ。

「集中力を鍛えるよい機会になるかと」

手を掴んで言ったドナに春雪は小さく首を傾げる。
その何かを訴えるような目はなんなのかと。

「私はまだ病み上がりの身ですので体慣らし程度にしか動けませんから、この機会に勇者さまの訓練を拝見させてください」

ドナからすればこの組み合わせは地獄の所業。
セルジュとマクシムに関しては一緒に訓練校を案内したことをきっかけに多少なりとも会話を交わすようになったものの、そこにグレースが混ざるとなるとまた話が変わる。
要は会話にならない組み合わせの間に入るのが嫌だった。

「先に居たグレースが使うといい。私は宮殿で訓練する」
「では私もそうしよう。行くぞドナ」
「私は勇者さまの訓練を拝見するので」
「体を動かさねばますます剣の腕が落ちるだろう」
「魔法特化型ですから」
「言い訳はいい。勇者さま、失礼いたします」

胸に手をあて春雪に頭を下げたマクシムとセルジュ。
外套を掴まれそのまま連行されて行くドナに春雪は苦笑した。

「お兄さま方は親しくなったのですね」
「今時点ではまだ親しいと言える程の仲ではないかと。ただ、互いのことを知る努力はしていると思います」

兄弟仲がよろしくないことは春雪にも分かっていること。
お互いに誤解していることもあるだろう。
相手を知ることでその関係性を改善しようとしているところ。

「羨ましいです。ワタクシは兄さまたちから嫌われているので」

兄たちに避けられていることはグレースも理解している。
母の違うセルジュやドナはまだしも、同じ母から生まれた兄のマクシムからも。

「嫌ってるようには見えませんが。セルジュ殿下やドナ殿下は単純に異性の兄妹にどのような対応をすれば良いか分からないだけかと。王太子殿下も以前、雪が好きな正妃やグレース姫殿下を喜ばせたくて水魔法ばかり練習していたと話しておりました。もし嫌っていたらあのような話はしなかったと思います」

三人とも嫌いな人を見る目ではなかった。
あれはだ。
王位継承権を持つ者同士ということや、半分だけ血が繋がった異性の兄妹という関係性が対応を難しくしているのだと思う。

「部外者の私には事情が分かりませんが、それぞれが何かしらの誤解や事情があって今の距離感になってしまっただけなのではないでしょうか。いつか分かり合えるといいですね」
「そうなれたら嬉しいです」

微笑した春雪にグレースは心が温かくなり笑みで応える。

「訓練場はこのまま春雪さまがお使いください」
「よろしいのでしょうか」
「はい。ワタクシはもう二時間ほど訓練いたしましたので」
「ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」

いつ開戦するか分からない天地戦に行く勇者の訓練が優先。
偶然にも会えたのだからゆっくり話したい本音は堪えてグレースは射撃設備のある方へ歩いて行く春雪の背中を見送った。

「お疲れさまです」
「ありがとう」

タオルを手渡したのはグレースの侍女。

「表現に迷いますが、お人形のような方ですね」
「ふふ。お美しい方ですからね」
「はい」

侍女が言ったのはグレースのように好意的な意味だけでない。
その整った容姿も相俟って、感情の起伏の感じられない表情も声もまるで作り物の人形が動いているかのようで寒気がした。

少しこの世界に馴染んだと言っても春雪は春雪。
警戒心が強く相手の表情で限度を見極めて距離をとる癖は治っておらず、人によっては冷たい印象を抱かせる。

ただ、それと同時に得も知らぬ存在感があって人目を惹く。
怖そう、冷たそうと思ってもつい目で追う者が殆ど。
侍女も例外ではなかった。

そしてその印象はあながち間違いではない。
春雪は終わりを待つ世界の人々の希望を背負って研究者の手で造られた人工生命人形なのだから。

第一訓練場に響く銃声。
グレースのお付きの者は片付けの手をつい止めて春雪の射撃訓練の様子を眺める。

百発百中で撃ち落とされる的。
弓より遥かに殺傷能力の高い見知らぬ武器で的確に撃ち抜く春雪が恐ろしくもあり、勇者としては頼もしくもある。

神に近い魔王と戦うことになる精霊王に愛されし勇者。
彼もまた神に選ばれた者。

 
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