ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(中編)

証言

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訓練校の学長室。
騎士に連行されたコラリーとその取り巻き、そして王都大聖堂に居たイムヌ公爵や取り巻きの親族である子爵や男爵も学長の名で緊急招集されていた。

「どういうことですかな。学長」
「今しばらくお待ちください」

コラリーが悪事を働いたことしか聞かされず招集されたイムヌ公爵は静かに怒りを滲ませる。
公爵家である自分の娘を床に座らせるなど幾ら学長であっても許されることではない。

「リディ嬢。私の娘が何をしたと申される」
「あら。ワタクシが招集したのではありませんことよ?」
「では誰が」

言葉の途中でノックの音が室内に響く。
タイミングの悪い。

「マクシム・ヴェルデです。入室許可を」
「セルジュ・ヴェルデです。入室許可を」
「ドナ・ヴェルデです。入室許可を」

ドアの外から聞こえた声。
王太子を含む王子三人の名前にイムヌ公爵はハッと娘を見る。

「どうぞお入りください」
『失礼します』

ドアから入って来たのは紛れもなく王家の王子三人。
イムヌ公爵や取り巻きの親族たちは途端に真っ青になる。
王子がこの招集に関わっているとなれば話が変わる。

「ご挨拶申し」
「必要ない。それぞれ自らの娘の隣で膝をつけ」

挨拶を遮った王太子のマクシム。
その言動で娘が不興を買う何かをしたのだと充分伝わった。

「…………」

最後にドナのエスコートで入室した春雪。
イムヌ公爵や取り巻きの親族たちはそのスラッと背が高く金の長い髪にブルーの大きな瞳をした美しい令嬢に目を奪われる。

「先程はご挨拶ができず御無礼をお許しください」

美しい女生徒の前へ行ったリディ。
スカートを摘み深く膝を曲げて謝罪する。
ガルディアン公爵家の令嬢が姿勢を低くするこの令嬢は一体。

「改めましてこの場でご挨拶申し上げます。ガルディアン公爵が娘、リディ・フォル・ガルディアンと申します。拝謁の機会を賜り光栄です、勇者さま」

……勇者。
リディの挨拶でその事実を知ったイムヌ公爵や取り巻きたちの親族は慌てて深々と頭を垂れる。

「ご挨拶もせず大変なご無礼を!」
「構いません。本日の訪問は混乱を招かないよう配慮して勇者と分かる特徴を隠しておりますから分からなくて当然かと」
「寛大なご配慮を賜り感謝申し上げます」

一気に大粒の汗をかくイムヌ公爵。
勇者は貴族の自分以上の階級である特級国民。
存在価値だけで表せば全精霊族の宝である勇者は唯一無二。
その勇者に不敬を働いたとあらば爵位どころか命がない。

「う、嘘よ!殿下に色目を使う者が勇者のはずないですわ!」
「コラリー!お前は勇者さまに何ということを!勇者さま重ね重ね大変なご無礼を!」

その失礼極まりない発言と態度にギョっとしたイムヌ公爵は娘の頭を押さえ床に押し付けつつ自らも深くアタマを下げる。
勇者本人を目の前にして『色目を使う者』と侮辱するなど我が娘ながらなんと愚かな。

「お父さまワタクシは何もしておりません!みんなドナ殿下とその女生徒に騙されているのです!」
「黙らないか!」

勇者だと知らなかったのはコラリーも同じ。
ただそれを認めては自分の先程の発言が重罪にあたると分かっているから認める訳にはいかない。

「おや?今回は私を殿下と呼ぶのですね。外れ王子ではなく」

親子の様子を見下ろし笑うドナ。
クスクスとそれはそれは楽しそうに。

「……コラリーがそう申したのですか?」
「ええ。今のような大層な剣幕でそれはもうハッキリと、なぜ外れ王子の言うことを信じるのかと。ここに居るセルジュ兄さんやマクシム兄さんやリディ嬢、他にもその場に居合わせた生徒や保護者の方々も一部始終を見ておりましたので、私の発言が事実かどうかを確認していただいて構いませんよ」

終わった。
聞かずとも王太子殿下やセルジュ殿下の目でわかる。
冷たく見下ろすその目は罪を犯した者を見る目だ。
勇者だけでなく王子までも侮辱していたとは。

「そうだ。公の教育が大変素晴らしいらしく、勇者さまを何故か私の婚約者候補である一般国民と決めつけ下賎げせんの者とも罵っておりました。継承権五位の私の婚約者候補などどうせ下賎の者だろうとのお考えでしょうか。私を侮辱しただけであれば見逃してもよかったのですが、多くの国民の前で兄さんたちへ声を荒らげ精霊族の宝である勇者さまをも侮辱したとあらば貴族裁判でどう判断されるでしょうね」

真っ青になっている公爵とコラリーを追い込むように言ってクスクス笑うドナ。
素顔が漏れるほど春雪を侮辱されたことに腹を立てていた。

それが本性か。
見たことのないドナを見てマクシムは思う。
けれど普段の何を考えているか分からないドナより怒りの伝わる今のドナの方が余程ヒトらしく思えた。

「ドナの発言は事実。私たち以外にも多くの者が耳にしたのだから言い逃れはできない。直接無礼な発言をしたのはコラリー嬢ではあるが、取り巻きたちもコラリー嬢を止めるどころか同調した発言をしていたのだから同罪だ。自分たちの娘は不運にもその場に居合わせただけなどという甘い考えは捨てろ」

春雪を侮辱したことに腹が立っているのはマクシムも同じ。
ただこの場で一番の権力を持つ王太子のマクシムが感情のまま事を急ぐ訳にはいかず、冷静を装い取り巻きの親族にも自分たちの置かれた状況がわかるよう説明する。

「まず幾つか質問しよう。なぜセルジュを誘いに来た?」
ワタクシはセルジュ殿下の婚約者です。婚約者の傍に女性が居れば不安になるのは当然かと」

そう答えたコラリーにマクシムはくすりとする。

「まだ婚約者を名乗るか。イムヌ公の娘はどうやら自分に不都合なことを聞かなかったふりをするのが得意なようだ。つい先程もセルジュ自ら婚約者ではなく候補だと注意したのだがな。それとも娘がそう信じるよう公が教育をしているのか?」
「そ、そのような不届きなことは断じて!」

国王が二人の婚約を認め民に発表して初めて婚約者となる。
例え候補でも王子の婚約者を名乗ることは虚偽罪。
勝手に王子の婚約者を語って悪事を働く者が現れないよう、しっかりと法で決められている。

「セルジュが自分の候補者たちへ事前に説明しておかなかったことも悪くはあるのだが、説明されずとも王家の王子が三人揃って案内している御方とあらば重要なまろうどだと分かりそうなものだが。ドナは事前に説明しておいたのか?」
「いえ?話してはおりませんが、私の候補者のご令嬢はみな慎ましく状況判断もできる賢い方々ですのでまろうどの居る場で私に声をかけるなどしないと信頼してのことです」

いいように言ったもののあまり関わりがないというのが事実。
ただ状況判断ができる令嬢というのも事実で、ドナが自分に興味がないことを知っているから必要以上に声をかけてこない。
それを分かっているから説明する必要がなかった。

「とはいえセルジュ兄さんもまさか誰しもがまろうどを案内していると分かる状況のなか誘いに来るような教育のなっていない婚約者候補が居るなどとは思ってもいなかったでしょう。実際にコラリー嬢以外の婚約者候補は私たちとすれ違っても軽く会釈をするだけでしたから」

言われずとも察するのが当然。
一般国民の恋人同士ならまだしも、状況判断のできない者など王家の妃として相応しくない。
だからこそ国も婚約者候補の居る貴族家と資金援助の契約を交わして妃となるに相応しい教育を受けさせているのだから。

「まあそうだな。コラリー嬢が特別なのだろう」

悪い方に。
ドナのフォローも理解できなくはない。
万が一もないよう備えるのが当然という考えは変わらないが、同じく説明していなかったドナの候補者やセルジュの他の候補者は自分で判断して声をかけてこなかったのだから、コラリーだけがセルジュの信頼を裏切った行動をしたとも言える。
セルジュのミスを咎めるのは私ではなく父上の役目だろう。

「もうひとつ。なぜ勇者さまをドナの婚約者候補と判断した」
「王太子殿下の婚約者候補でもセルジュ殿下の婚約者候補でもないのだからドナ殿下の婚約者候補であろうと彼女が」

マクシムの問いで思い出して取り巻きの一人を見たコラリー。
この子があんなことを言わなければこんなことにはならなかったのにと今更になって怒りが湧いてきて睨む。

「候補は増えもすれば減りもする。候補ではない彼女はそれを知らないからそう判断したのだろうが、コラリー嬢は契約の際に説明を受けたというのに人の所為にするか。自身が人の話を聞いていないことや契約書を読んでいないことや妃教育もろくに受けていないことを恥もせず人の所為にするとは、随分と立派な性格のご令嬢のようだ。援助金は何に使われているのだろうな。国は援助金を下水に棄てているのか?なあイムヌ公よ」

冷たい目で見下ろすマクシムと真っ青のイムヌ公爵。
妃教育の内容は保護者である貴族家に一任しているが、美容であれ教養であれ勉学であれ、妃として相応しい者となって貰うために必要な経費を援助している。

その根本から外れているのであればドブに棄てることと同じ。
何に必要かは先に国へ届けを出し援助金を受け取っているのだからイムヌ公が着服しているとは思っていないが、少なくともその援助金が妃教育の役に立っていないことは間違いない。

「私の婚約者候補たちがコラリー嬢の誘いを断ったのは誘われることを待っていたからではなく、まろうどを案内することを事前に説明してあったからだ。それをコラリー嬢に言わなかったのはセルジュが説明していない理由が不明であるため余計なことは言わない方がいいと判断したのだろう。それが将来国母になるに相応しい教育を受けている者とコラリー嬢との差だ。安易な誘いに乗らなかった私の婚約者候補たちを誇らしく思う」

王子と婚約者候補の関係は恋や愛ではない。
けれど、互いの立場を理解した上で候補者に相応しい行動をできる彼女たちを誇らしく思う。

「モニクさまはワタクシの誘いに乗りましたわ」
「ではなぜ一緒に来ていない」
「途中で気が変わったのですわ。急に怒りだして」
「怒った?何をして怒らせたのだ。彼女が怒るなど余程だ」
「それは」

婚約者候補を誇るマクシムの鼻を明かしてやろうとモニクのことを話したコラリーだったが逆効果。
何故ならマクシムはモニクが滅多なことでは怒らない穏和な性格であることを知っているから。

「それについてはワタクシが。発言の許可をいただけますか」
「許可する」

黙ったコラリーに変わって発言の許可をとったのはリディ。

「先程ワタクシどもも耳にしたドナ殿下を侮辱するあの発言ですが、コラリー嬢と取り巻きたちがモニク嬢へも同じ発言をし揉めていたという証言を生徒数名から得て確認したところ、本人も展示室にて大声で詰め寄られ最初は断るに断れなかったことを認めました。ですがドナ殿下を侮辱するあの発言が許せず口論となり展示室へと戻ったようです」

あの時そそくさと逃げた生徒から得た証言。
情報が入ってモニク嬢にも直接確認したため間違いない。

「侮辱したのはあの時が初めてではなかったということか」
「はい。お話の最中ですがドナ殿下と勇者さまへお話が」
「え、はい」
「なんでしょう」

マクシムとの話を一度中断させてドナと春雪を見たリディ。

「物事を正しくお伝えするために御二方への不敬にあたる発言を口にしたく存じます。許可をいただけますでしょうか」
「許可します」
「私も許可いたします」
「ありがとうございます」

侮辱する発言とだけでは証言として曖昧。
コラリーたちの罪を明らかにするにはどうしても『どのような言葉で侮辱したか』を話さなくてはならない。
そのための許可。

「貴族グループの出店区間に居た生徒からの証言ですが、コラリー嬢は勇者さまに対し、外れ王子の婚約者候補などどうでもよいがセルジュ殿下や王太子殿下が弟の候補者だから気遣っていると気付かず色目を使うのはいただけない。知識も教養もない一般国民はこれだから困るとの発言したそうです。また取り巻きの令嬢たちも、婚約者のいる男性に近づくなどはしたない庶民。外れ王子でも庶民には勿体ないというのに。あのように男性と近付くなど育ちの悪さが出ていると発言したとのこと。複数名から証言を得ておりますので間違いございません」

リディから話を聞いたマクシムは眉根を押さえる。
複数の生徒に聞こえるほどの声量で王家や勇者を侮辱する発言をしたなど救いのない愚か者たちだと。

「それとは別にもう一つお耳に入れておきたいことがあるのですが続けて許可をいただけますでしょうか」
「まだあるのか。……許可する」

もう十分なほど侮辱的な発言を聞かされたのに、まだ他にもあるのかとマクシムは呆れながらも許可を出す。

「なぜセルジュ殿下を誘いに来たかという問いにコラリー嬢は婚約者の傍に女性が居ればという発言をいたしましたが、ワタクシはコラリー嬢から王太子殿下やセルジュ殿下が離れられない状況になり困っているから一緒に誘い出そうという内容で声をかけられました。モニク嬢も同じく、お誘いするのは離れるに離れられない御二方のためとの内容で声をかけられたそうです」

それを聞きマクシムだけでなくセルジュとドナも首を傾げる。
勇者の護衛と案内を国王のミシェルから命じられて一緒に居た三人には一体何の話をしているのか分からないのも仕方ない。

「先程の証言をした貴族区間の生徒も、御二方が離れられるよう自分が協力するとコラリー嬢が発言していたことを証言しておりました。何をどう勘違いしたのかは分かりませんが、どうやら王太子殿下やセルジュ殿下が渋々ドナ殿下や勇者さまとおられると思ったようです。それがおかしいとは思わず取り巻きたちも、さすがコラリー嬢よいお考え、お怒りにならないコラリー嬢は心が広い、セルジュ殿下もコラリー嬢のお誘いなら喜ぶと嬉々として発言したという滑稽な結末なのですが」

棒読みで取り巻きの発言を口にしたリディ。
そもそもコラリーや取り巻きたちを賢い人とは思っていなかったが、さすがにその証言を聞いた時には真顔になった。

「私は笑い話を聞かされているのか?笑うべきなのか?」
「いっそのこと大笑いして差し上げた方が救いになるかと」
「私にはその救いを与えられなさそうだ」

誰がどう聞いても酷い妄想からの酷い着地点。
春雪だけは学長が淹れた紅茶を口へ運びながらくすりとする。
それであんなにも引き離そうと必死だったのかと納得した。

「もうひとつ」
「まだ出てくるのか」
「こちらは笑い話ではございません」
「では許可する」
「ありがとうございます」

食い気味にリディの言葉へ被せたマクシムは、真面目な顔で言ったリディを見て気持ちを入れ替え許可を出す。

「口論を見ていた生徒たちの証言の中に聞き流せない内容がもう一つありモニク嬢ご本人にも確認しましたが、口論になりその場を離れて展示室へ戻るモニク嬢に対しコラリー嬢が酷い剣幕で、王太子殿下の浮気を許すのならそうすればいい。外れ王子に媚を売る愚かな子と大声で罵ったそうです」

シンとした室内。
それもそのはず。
王位継承権五位のドナだけでなく王位継承権一位のマクシムの名前まで出てきたのだから。

「コラリー!お前は王太子殿下まで!」
「でも婚約者候補以外の女生徒と居たら浮気ですわ!」

その発言にはさすがにイムヌ公も娘の頬を張る。
王子の中でも一番敵に回してはならない存在の王太子を侮辱するなど今この場で粛清されても已む無し。
案の定護衛についていた国王軍の騎士たちがマクシムの判断次第で粛清できるよう剣に手をやる。

「私がいつ浮気などしたのだろうか。交際関係にある女性すらも居ない私が誰とどう浮気できるのだろう。答えよ」
「王太子殿下にも婚約者候補がおられるではないですか!それなのに他の女生徒を連れていれば浮気です!」

声を荒らげて言ったコラリーにピクリと動いた騎士たちへマクシムは軽く手を挙げ制止する。

「なあイムヌ公。私が他の女生徒と居たら浮気になるのか?」
「め、滅相もないことでございます!」
「ではなぜ公の娘は虚言で私の名誉を貶めようとしている?」
「申し訳ございません!」
「娘に今ここで婚約者候補の立場を説明するよう。自分の発言がいかに愚かなことかを理解できるように」

マクシムの表情に一切の恩情はない。
今回の愚行も本を正せば自分の立場を正しく理解していないからおこした、いや、ことでもあるのだから、娘に正しい教育をしなかったイムヌ公も同罪。

「コラリー。婚約者候補とは将来婚約者となるがある貴族家の娘が数名選ばれ妃として相応しい者になるためにかかる経費が国から援助されると言うだけで、正式な婚約者でもなければ交際している訳でもない。殿下方が婚約者候補以外の女生徒と居ようともそれを責められる謂れはないのだ」

婚約者も恋人も居ない四人で祭典を楽しんでいただけ。
言ってしまえばただそれだけの話で、逆にコラリーの発言は王太子の有りもしない浮気をでっちあげたことになり王家侮辱罪や名誉毀損といった罪にあたる。

「今の話で頭のよろしくない君が理解するのは一つでいい。婚約者候補とは恋人でもなければ婚約者でもない。以上だ」

王太子であるマクシムの怒りがひしひし伝わる。
ただこれで留めたことはマクシムの恩情。
本来であれば粛清も已む無しな発言だったのだから。

「王家に対するもの以外の証言は集まっているか?」
「ございます」
「ではリディ・フォル・ガルディアン。報告を」
「承知しました」

リディが集めた証言の数々。
コラリーと取り巻きたちの悪事は嫌がらせや暴言や暴行と多岐に渡り、中には精神的に追い詰められ心が病んでしまい退学した者や魔法を使って傷を負わされた者などもいた。
しかもその全てが一般国民。

貴族ならば何でも許される訳ではない。
魔法を使ってが許されるのは相手が自分に刃を向けた時。
刃を向けていない、戦う意思もない一般国民に魔法を使って怪我を負わせたのだから許されることではない。

「現時点で集まった証言は以上です。裁判までに新たな証言の調査を行うと共に証言者の署名や証拠を集めます」
「ご苦労だった」

静かな学長室。
リディが集めた悪事の数々に言葉が出ない。
ドナが研究室から見かけた光景など数ある悪事の中の一部でしかなかったのだから。

「神に仕える枢機卿の娘が一般国民を虐げ楽しむとは呆れる」
「全て偽りです!ワタクシを貶めようと下賎の者が」
「誰が発言を許可した」
「ですが!」
「一度は恩情を与えたつもりであったが、やはりこの場での粛清を希望しているということか?」

発言は王家の者が優先される。
仮に反論があってもマクシムの許可が出たあと。
注意を受けても黙らないならば粛清されてもやむなし。
この世界の者なら一般国民でも知っていること。

「一般国民を下賎の者と醜い言葉で罵る時点で私はコラリー嬢の発言を信用できない。だが、生徒の証言の真偽を見極めるのは警備官の役目であって私ではない。全て偽りだと言うのならば聴取の際に警備官へ真実を証言するとよいだろう」

愚か者の発言など信用ならない。
けれど証言の真偽を調査するのは警備官や検事官の務めであってマクシムの個人的な感情で判断することではない。

「娘たちが犯した罪を知り何か申し開きはあるか」
「……ございません」
「王太子殿下の御心のままに」
「大変申し訳ございませんでした」

憔悴した取り巻きの両親を見るマクシムの目は冷たい。
イムヌ公爵も自分の娘のしたことがどれほどの重罪かが分かっているからこそ反論の言葉すら出ない。
貴族の身分を傘に着て抵抗できない一般国民を虐げたことも、魔法を使って怪我を負わせたことも、多くの者が居る前で最高権力を持つ王家の王子を侮辱したことも、勇者保護法で護られた特級国民の勇者を侮辱したことも、逃れようがない。

勇者に関して『知らなかった』が通るのは知る前の発言だけ。
それもここに来て勇者と知ってからもなお侮辱する発言をしたのだから情状酌量の余地すらなくなった。
国王から爵位を与えられた貴族だからこそ、一般国民が親しい者同士で話した愚痴のような同情的な扱いにはならない。

「学長。裁判までの間この者たちを停学処分に」
「承知しました」

裁判が行われるまでは仮処分として停学。
判決が下ったあとは正式に退学になるだろうが。

「証言者の身の安全を確保するため貴族裁判まで娘たちには邸宅での謹慎と外出禁止を命ずる。また諸君や使いの者も訓練校と魔導校の学生や保護者へ接触することを禁ずる。金や権力を使い隠蔽を謀るなど出来ると思うな。既に罪が明らかとなっている王家の王子を侮辱したという点だけでも無罪はない」
『……はい』

床に両手をつけ頭を下げたイムヌ公爵や取り巻きの両親。
隠蔽したところで意味がないことは百も承知。
王家を侮辱したという事実がある限り刑は確実だから。
例え何かの温情で減刑されようとも王家を侮辱した者の居る貴族家など周囲の貴族家が許しはしない。

ワタクシはセルジュ殿下の婚約者として」
「黙りなさい。もう恥の上塗りはするな」
「お父さま!?」
「お前は貴族として何よりも恥ずべき罪の王家侮辱罪で裁かれることになる。イムヌ公爵家はもう終わりだ」

娘の犯した悪事で全てを失うことになる。
甘やかすのではなかったと今更後悔しても手遅れ。





「醜い争いを聞かせてしまいましたね。お疲れでしょう」

引き取りに来た警備官や軍の師団にコラリーたちや両親たちが連れられて行ったあと、ドナはソファに座っている春雪の足元に跪き顔色を伺う。

「私は座っておりましたし学長さまから飲み物もいただきましたから問題ありません。立っていた皆さま方がお疲れでは?」

ソファに座っていたのは春雪とマクシムと学長。
それ以外はみんな立って話をしていた。

「私のことよりもドナ殿下。たくさん心無いことを言われてましたがお辛くないですか?」

ドナに手を伸ばして顔の隠れる長い前髪に触れた春雪。
散々な悪口を言われて傷付いたのではないかと心配。

「それは春雪さまも同じでは?」
「私の事は概ね事実ですから。この世界に来る前は庶民でしたから彼女たちはそれを敏感に感じとったのかも知れません」
「では私も外れ王子だと認めなくてはなりませんね」
「それは駄目です。ドナ殿下は立派な王子ですから」

仲睦まじく会話を交わして笑いあう二人。
やはり研究室で何かあったのだろうとセルジュは察する。

「あ、でも一つだけ、色目を使った記憶はありません」
「そうですね。それが春雪さまの素だというだけで」
「はい。ん?」

考える仕草をした春雪にドナはクスクスと笑う。
これはもしや……と他のみんなも察した。

「話が一段落ついたところで謝罪を。此の度は私の訪問で皆さまにご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」

ソファから立ち上がり深く頭を下げ謝罪を口にした春雪。
みんなはその謝罪に驚く。

「春雪さまに責任は一切ございません」
「いえ。誤解を招く原因となったのは私の存在ですので」
「誤解した方が悪いのです。どうぞお顔をあげてください」

どうしたらというように焦るマクシム。
珍しいそのマクシムの様子にセルジュは笑いを堪える。
春雪に弱いのは自分やドナだけではないようだ、と。

「リディ嬢。此度の協力、深く感謝する」
「もったいないお言葉を。光栄にございます」

話の流れを変えてやろうとセルジュはリディへ丁寧に礼をし、リディもスカートを軽く摘んで姿勢を低くする。

「どうだろう。これから練習試合を見に行くのだが、もし時間に余裕があればリディ嬢も私たちと観戦をしないか?」
ワタクシがでございますか?」

セルジュの突然の誘いにリディは不思議そうな顔。
勇者の訪問なのだからむしろ無関係のリディは遠ざけられてもおかしくないというのに。

「なぜリディを?」
「私たちと居る女生徒が春雪さまお一人だけというのも余計な誤解を招く原因の一つの気がしてな。他の女生徒には同行を頼むことができないが、事情を知るリディ嬢であればと」

マクシムはセルジュから理由を聞いて考える仕草を見せる。
悪巧みをしているのかと思えば意外にも理に適っていて。

「悪くない提案だな」

王家の自分たちはどうにも目立ってしまう。
リディが居たところで生徒たちの憶測をうむことは避けられないだろうが、王子の中に女生徒一人という状況よりはお近付きを狙う令嬢の嫉妬の目は軽減されるだろうし、何よりリディが護衛としても充分な実力を持っているということも大きい。

「リディ。そういうことなのだが時間はあるだろうか」
「問題ございません。お店は任せてありますので」
「では頼んでもよいだろうか」
「はい。光栄にございます」

自分が他の生徒からの目くらましと勇者の護衛として役目を求められていることを即座に理解したリディは賢い。

「勇者さま、ワタクシもお供させていただきます」
「お手数をお掛けします。どうぞよろしくお願いします」

リディがカーテシーをすると春雪もカーテシーで返す。
その所作の美しさはまるで貴族として生まれ育った者のよう。
実際は教養を学んだ際に美雨が教わる姿を見て覚えていただけなのだが、春雪は昔から人の行動を真似るのが上手かった。

「春雪さま、リディにも御芳名を呼ぶ許可をいただけますか?外で話す際に勇者さまとお呼びする訳には参りませんので」
「構いません」

春雪にとってはわざわざ確認するほどのことでもない。
ただこの世界の人にとっては勝手に名前を呼ぶのは失礼という認識だとわかっているから、訊いたマクシムへそう答えた。

ワタクシのことはリディとお呼びください」
「ではお言葉に甘えてリディさまと」
「大変光栄にございます」

彼女たちはなぜこの御方を見て一般国民と思えたのか。
古くから続く公爵家の一員として幼い頃から王家の人々を見てきたが、この御方は陛下を見ているかのような錯覚に陥る。
ただそこに居るだけでも威圧感を覚えるほどの存在感があるというのに、それが分からない鈍感さがある意味羨ましい。

この御方が一般国民などどんな質の悪い冗談か。
心の広い御方なようでこの世界に来る前は庶民だったと笑っていらしたが、明らかに常人とは一線を画している。

そのいかんとも形容し難い存在感が勇者の特殊恩恵によるものか、この御方が元より備えていた存在感なのかは分からない。
ただ、その凛々しく美しいお姿が奇しくも恐ろしい。

リディは姿勢を低くし会話を交わしながらも春雪の持つただならぬ雰囲気を感じ取っていた。

 
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まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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