ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(前編)

祈り

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「こちらが春雪はるゆきさまのお部屋です」
「ありがとうございます」

春雪と勇者一行が案内されたのは勇者のための宿舎。
一人で過ごすには贅沢すぎる広さの部屋を春雪は軽く見渡す。

「先ずご挨拶を。私は賢者ミシオネールと申します。こちらの者は春雪さまに専属でお仕えする召使のダフネにございます」
「勇者さまにお仕え出来ますこと光栄に存じます」
「よろしくお願いします」

若き青年、春雪。
勇者を王都ここに繋ぎ止める為の一つとして格別に美しい容姿を持つダフネを用意したと言うのに表情一つ変えないとは。
そのような単純な若者ではないと言うことか。
自分の読みが外れたことをイヴは楽しげにほくそ笑む。

「お疲れでしょう。少々お時間をいただいて今後の説明をいたしますので、どうぞ椅子におかけください」
「はい」
「ダフネ。春雪さまにお飲みものを」
「かしこまりました」

個人的に問答してみたい欲求を堪えたイヴは既に話すことが決められていた内容を淡々と話す。
数日後に民へ勇者を紹介する式が行われることや式の翌々日から勇者教育が行われること等々とうとう、内容は勇者四人とも同じ。

今後の話を聞いても春雪の表情は変わらず。
ただ聞いていると言うだけで何の興味もないようだ。
話しているイヴ本人も『聞きたいのはこんなことではないだろうに』とは思いながらも役目を果たしているだけ。

「何かご質問があれば」

この王都の成り立ちなどまで一通り説明すると黙々とティーカップを口へ運んでいた春雪は漸くイヴと目を合わせる。

「生き残るために俺の能力について教えてください」

そうだろう、そうだろう。
右も左も分からぬ世界へ呼び寄せられたのだから、何より知りたいのはこの世界で生きる術・・・・に決まっている。
この世界の歴史など後々知っても遅くはないのだから。

「王家以外の者を敬う言葉遣いは必要ございません。勇者の春雪さまに敬語を使わせては私が非難を受けてしまいます」
「分かった」

話しながらもイヴは ・ に執着する青年に身震いする。
己より他人という考えは美しいが、先ずは自分を護れてこそ。
この世界では個人の命が軽んじられていると感じていたイヴには、自らの生きる術が最初の問いだった春雪に身震いせずにはいられなかった。

「能力については五日後の座学で魔導師が一から教えます」
「今知りたい。自分がこの世界で生き残れる可能性を早く知りたいと思うのは当然のことだと思う。生活様式も違う、魔法なんてものもない世界の人間がここで生き残れる自信が欲しい」

その通り。それは当然の権利。
イヴは事前に決められていた内容を説明するまでが与えられた役目だから「座学で」と答えたが、春雪は知らない世界で新たに芽生えた得体の知れない能力について知らないまま五日後を待つほど暢気のんきな性格はしていなかった。

「大変よろしい。では魔法がどのような物かお見せします」
「ミシオネール閣下」
「ダフネは下がりなさい。今宵聞いたことは口外を禁ずる」
「……は、はい」

賢者が有事以外で能力を見せることはない。
能力を悪用されないよう、また命を護る術として、賢者は姿を偽り名前も偽り『誰かしら』になって生きている。
伝道師ミシオネールというのも爵位名で、イヴという本当の名前はブークリエ国でも極一部の者しか知らない。

「これから魔法をお見せしますが春雪さまは魔法を覚えても決して室内でお使いにならないよう。火事になりますので」

ポツリ、ポツリ。
イヴの周りに一つまた一つと火の玉が現れる。

「……これが魔法」
「どうぞ触ってみてくだされ」

ニヤリと口元を歪ませたイヴ。
春雪はそんなイヴの表情を見て火の玉に手を伸ばす。

「あれ?熱くない」
「さよう。賢者は対象操作という能力を持っていて魔法を当てる対象を選べるのです。例えばこのように」

イヴが老いた手を翳すと部屋は一瞬で炎に包まれる。

「凄い。怖いくらいの火の海なのに何も燃えてない」

年相応の表情で興味津々に部屋を見渡す春雪。
初めて春雪の興味をひけたことにイヴの口元も緩む。

「魔法の属性は火・水・風・雷の基本四属性と、聖・闇・時空魔法の三属性を合わせた七属性が存在します」
「四属性と三属性をわざわざ分けてる理由は?」
「三属性は基本四属性のどれかを極めた者にしか使えないからです。例外として美雨さまのような聖女や神官という特殊恩恵を持つ者は基本四属性を極めずとも回復魔法が使えますが」
「特殊恩恵のお蔭で例外的に使えるってことか」
「さようで」

火を消した後も水、風、雷と魔法を見せるイヴ。
説明を受けながらもイヴが魔法を見せるたびに春雪はそれに触れて当たらないことを確認する。

「練習すれば俺にも使える?」
「どうでしょう。魔法には適性というものがあって自分に適性のない属性魔法は使えないのです。〝聖女〟の美雨さまは聖属性に適性をお持ちで〝魔導師〟の柊さまは適性も複数。〝剣士〟と〝格闘士〟の武力特化型の時政さまは恐らく適性があっても一つか二つ。と言うようにジョブである程度は予想できるのですが、春雪さまの持つ〝勇者〟だけは未知なのです」

この世界の者の職業はあくまでスキル。
自分が何を鍛えたかでスキル項目に職業がつく。
それも実力のある者だけで、冒険者の殆どはステータス画面パネルには反映されていない自称職・・・の者も多い。

でも勇者と勇者一行の職業は違う。
同じ剣士であってもスキルの剣士と特殊恩恵の剣士では全くの別物と言えるほど強さが違う。
勇者たちの特殊恩恵にある職業は『天賦の才』なのだ。

「未知?」
「魔法が使える勇者も居れば使えない勇者も居ると言うことです。春雪さまに適性があるかどうかは実際に魔力を通してみなければ分かりません。唯一歴代の勇者に共通しているのは、覚醒で精霊王の加護を得ることができると言うことです」

そしてその精霊王の加護が魔王を倒せる唯一の力。
精霊王の加護を得た者だけが『聖装備』を身につけることができ、一度限りではあるものの精霊王を召喚することができる。

「勇者には当たりと外れが居るってことか」
「いえいえ。勇者さまのお力は素晴らしいものです。魔王にとどめを刺せるのは勇者さまの精霊王召喚だけですので」
「精霊王召喚?」
「精霊王は精霊族の守護神。他の者が戦って魔王を弱らせることはできても、精霊王の力なくして倒すことはできません」

精霊王召喚は所謂『必殺技』の類い。
魔界の王を絶命させることができるのは神の力だけ。
皮肉にも悪の方が神に近しい能力を持っていると言うこと。

「だから何が何でも勇者を召喚するしかないのか。さっき国王さまが言った恨まれても・・・・・の理由が漸く理解できた」

この世界の人が鍛えて強くなれば良いという話ではない。
どんなに強い人が居てもとどめを刺せるのは勇者だけだから、みんなを護るためには恨まれ役になっても召喚するしかない。
イヴから話を聞いて漸くミシェルのあの言動が腑に落ちた。

姫殿下プリンセスが躊躇なく供物になったのも、国王陛下が感情を押し殺して愛娘を供物にしたのも、全ては地上に生きる精霊族のため。お優しい美雨さまは娘を供物にした国王陛下を不快に思ったようですが、誰よりも引き留めたかったのは国王陛下であると我々術者はみな分かっております」

民のために生き民のために死ぬ定めにある者。
理解されなくてもそれが王家に架せられた十字架。

「分かってる。王女さまが生きて戻ってきた時に見せた国王さまの表情は演技じゃなかった。この世界の事情も召喚術についても知らない俺が正しいか過ちかを口にするつもりはない」

見事な中立。
いや、これが春雪の優しさか。
同胞が抱いた不快感もこの世界の者の決断も非難することなく話を終着させた春雪にイヴはますます興味を惹かれる。

「春雪さ」

イヴが口を開いたタイミングでノックの音。
今日は説明だけで後の予定はないのにとイヴは首を傾げる。

「確認して参りますのでお待ちを」

勇者に万が一のこともないよう探知を使ったイヴは扉の向こうに居るのが一人であることを先に確認して扉へ向かう。

「どちらさまですかな?」
「私だ」
「!?」

その声を聞き念のためはった障壁をすぐ解いたイヴは矢継ぎ早にドアを開ける。

「なぜ勇者宿舎へお出でに」

イヴが開けたドアから入って来たのは黒いケープのフードを深くかぶって顔を隠した男性。

「国王さま?」
「よく分かったな」
「ミシオネールさんの反応で何となく」

フードを下ろして顔を見せたのはミシェル。
顔を見せるより早く正体に気付いた春雪にミシェルは口元を緩ませる。

「春雪殿。外へ行こう」
「国王陛下!?」
「静かに。今は国王ではない」
「またそのようなお戯れを」

眉根を押さえるイヴと素知らぬ顔のミシェル。
玉座の間で見たミシェルとの違いに春雪も内心驚いた。

「これを着ろ。勇者の黒髪は目立つ」
「許可しませんぞ?勇者さまをお連れになるのは危険です」
「私が護るから案ずるな」
「貴方さまも護られるべき国王なのですよ?」
「今更だろう。城にこもっては息が詰まる」

有無の確認もなく春雪にケープを着せるミシェル。
また始まったとイヴは大きな溜息をつく。

「何故よりによって人の多い今日なのですか」
「今日だから良いのだろう。大勢居る人をわざわざ見ない」

春雪にケープを着せ終えフードを被せたミシェルは満足気。
イヴの心労は計り知れないと言うのに。

「では行ってくる。後は頼んだぞ」
「はぁ……。お早めにお帰りください」

部屋の窓を開けたミシェルは春雪の腕を掴みイヴにニヤリと笑って転移魔法を使った。





「理解が追いつかない」
「なんの理解だ」
「どうやってここに」
「ああ。転移という魔法を使ったのだ」
「転移魔法」

一度目に着地したのは庭で二度目は宿舎の門の外。
三階の部屋に居たはずなのにあっという間に外に居る自分の状況が理解できないのも致し方ないこと。

「ミシオネールさんの口ぶりだとよく抜け出すんですか?」
「たまにな。最近はそれどころではなかったが」

春雪のイメージする国王は何処へ行くにもSPのついてる印象。
城の中で常に護られているそのイメージと違い、ミシェルは一人でフラリと城下へ行ってしまうアクティブな国王だった。

「歩きながら話そう。見つかっては面倒だ」
「はい」

ミシェルの隣を歩きながら春雪は景色を見渡す。
王城から勇者宿舎までは床に描いた魔法陣のようなもので移動したから異世界を出歩くのはこれが初めて。

「国王さま」
「国王ではない。シエルだ」
シエル?」
「幼少期の名がシエルだった」
「大人になると名前を変えるんですか?」
「王家の場合は、な」

この世界の王家には祝福名・・・というものがある。
乳母ナニーに育てられている間は祝福名を名乗り、人前へ出るようになったら本当の名を名乗るのがしきたり。

「ではシエルさま」
「シエルで良い。二人の時には堅苦しいのもよせ」

今は使っていない名前と言え国王であるミシェルを呼び捨てるのは如何なものかと思う春雪をよそに、外に出られた開放感かミシェルの機嫌は良い。

「じゃあ遠慮なく。俺を連れ出した理由は?」

ミシェルと個人的に話したのはほんの少しだけ。
みんなに街を案内してくれると言うならまだしも、なぜ自分だけを連れ出したのかと春雪が不思議に思うのもおかしくない。

「一番の理由はグレースを連れ帰ってくれた礼を言うためだ。国王という立場に居ると簡単に礼を言うこともできない。その礼や詫びがつけ込まれる原因にもなりかねないのでな」
「それで俺一人なのか」

親しい極一部の人以外には隙も見せられない生活。
隙を見せて万が一つけ込まれるようなことになれば国の混乱に繋がりかねない。
幼い頃から国王になる者として感情を隠すことを習い従ってきたミシェルには心の許せる存在が余りにも少なかった。

「でも俺は本当にただ咄嗟に受け止めただけだから」
「その咄嗟の判断がなければグレースは戻らなかっただろう」
「推測に過ぎないことで礼を言われても」
「たしかに真実は神にしか分からない。だが今まで生きて帰った聖者は居なかったに関わらず、春雪殿がグレースを腕に抱いて姿を現した時は神がご降臨なさったのかと錯覚した」

そんな話を聞いて春雪は小さな声で笑う。
表情の変わらない春雪が初めて見せたその笑みにミシェルは嬉しいような安心したような複雑な感情を抱く。

「改めて礼を言う。ありがとう、春雪殿」
「俺のことも春雪で良い。お礼は一応受け取っておく」

ああ、警戒心の強い生き物が少し懐いた感覚か。
はにかむように言った春雪の様子でミシェルは自分の複雑な感情の正体を理解する。

「何か変なの。国王さまなのに友達みたいだ」
「友か」
「あ、失礼なことを言ってすみません」
「よい。友というものは初めてだと思っただけだ」

訓練校へ行っても周りに居るのは国仕えの息子や娘。
一歩出れば大人の騎士や魔導師といった護衛。
王位継承権第一位の自分を友という者もいなければ、自分が友と思える者も居なかった。

「気になってたんだけど、シエルって何歳?」
「幾つに見える?」
「二十代。でも大きな子供が居るから三十代後半くらい?」
「私が最初に子を為したのは十歳の時だ」
「……え!?」
「初子の王太子が今年で十七になった」
「じゃあシエルは……二十七歳」

若き国王ミシェル。
若く見えるのではなく実際にまだ若い。
即位した歳はブークリエ国の歴史の中でも最年少であった。

「私の父である先帝は王位についてすぐ病にかかり、あまり子宝には恵まれなかった。私の上に唯一居た男児も病弱に産まれて病で亡くなりその二年後に先帝も崩御して、残された男児の私が僅か九才で即位することとなった」

悲劇の国王と言われる十三代。
三十代で国王に即位してすぐ心臓を患い、それでも国王の重要な務めの一つである世継ぎを命を削りながら遺して崩御した。
先に産まれていた王位継承権第一位の王太子も病弱だったために人々の期待は継承権第二位のミシェル一人にかけられ、王になるものとして大事に育てられた。

「本来この世界の成人は十五。子を為せるのも十五になってからと決められているが国王の世継ぎは別。万が一私が成人する前に崩御すれば血が絶えてしまう。それを回避するため三名の年上女性を王妃として迎えて世継ぎを遺すことになった」
「一夫多妻制なんだ。みんな年上?」
「ああ。私は王家の血が絶えないための例外措置だから仕方ないが王妃は法に従い成人した者でなくてはならない。有識者が選んだ者がみな二十歳以上の令嬢だった」

グレースの母の第一王妃が嫁いだのは二十一歳。
第二王妃と第三王妃は二十二歳。
ミシェルがまだ九歳の子供だけに王妃選びはミシェルに助力できる貴族令嬢が条件で、恋の酸いも甘いも知る前にミシェルはひとまわり以上離れた者を一気に三人も娶ることになった。

「ひとまわり離れた姉さん女房かぁ。自分が好きになった相手なら年齢差なんて気にならないだろうけど、そうじゃないなら伴侶って言うより姉とか母親くらいの感覚になりそう」
「実際そうなっている」
「だろうね」

春雪は事情を聞いて苦笑する。
子供だった国王もそうだろうし、九歳の子供に嫁がされて『世継ぎを』と言われた王妃も大変だっただろう。

「国にとっても重要な世継ぎに関しては既に役目を果たした。もう数年前から王妃の元への渡りもおこなっていない」
「次は好きな人と結婚すれば?一夫多妻制なら」
「国王が婚姻関係を結べるのは第三夫人までだ」
「え。じゃあもう結婚できないってこと?」
「ああ」

国母(王妃)となる者は三名までと決まっている。
周りの大人たちが令嬢三名を一気に娶らせたためにミシェルはもう自分で選んで夫人を迎えることができない。

「つら。一人ずつ迎えれば良かったのに」
「出生率をあげるため。それだけ急務だったと言うことだ」
「そっか。そんなことも公務かと思うと何か切ない」

自分の好きな人の子供ではなく国のための子供。
作れや産めやと周りに急かされてたのかと思うと国王にも王妃にも多少の同情心が芽生える。

「婚姻関係は結べないが寵妃ちょうひにはできるぞ?」
「寵妃……愛人か」
「王妃の中には宮に公妾を抱えている者も居る」
「国王さまだけじゃなくて王妃さまも良いんだ?」
「ああ。国母の務めさえすれば後は自由だ」
「ふーん。思った以上に悲壮感の漂う話じゃなかった」

そう感想を洩らした春雪にミシェルは笑う。
気遣わせてしまったことは申し訳ないが、ミシェルも王妃たちもそれについてはお役目・・・と割り切っていた。

「身分確認のご協力を」
「身分確認?」
「降ろすな。隠しておくように」

歩きながら辿り着いた大きな門。
鎧を着て槍を持った二人に声をかけられ春雪がフードを下ろそうとするとミシェルがクイッと引っ張り深く被せ直す。

「私だ」
「こく!」

驚いて口を開いた門番の口をもう一人の門番が塞ぐ。
驚いたのは新人の門番で、熟練の門番はミシェルが時々城下におりることを知っていた。

「どうぞお気を付けて」
「ああ」

危険は伴うものの国王が直接民の生活を見るのも必要なこと。
直接見て対策をとってくれるミシェルが国王となり民の生活も随分と変わったことに感謝している熟練の門番は、ミシェルに深く頭を下げて後ろ姿を見送った。





「何か急に雰囲気が変わった。賑やか」
「今までは王宮という国仕えたちが暮らす地区だったが、この先は一般国民が暮らす王都地区だ。本日は一年の豊作を祝う祈りの日。この南区では二年に一度のリュヌ祭が行われている」

煌びやかに飾られた街並み。
たくさんの人で賑わっている。

「春雪たちを召喚した日に祭りなど気分を害するだろうか」
「なんで?国民まで巻き込む必要はないだろ。二年に一度のお祭りならみんなもきっと楽しみにしてただろうし」

賑やかな街の様子を興味津々に見る春雪。
まさかそんな答えが返ってくるとは予想していなかったミシェルはフードを深く被り苦笑する。

「シエル!早く行こう!」
「春雪!先走って離れるな!」

子供のように変わった春雪を慌てて追いかけるミシェル。
これは幼少期の我が子の時くらい目が離せないと思いながら。

「祭りが好きなのか」
「俺の居た2150年はもう、こういうお祭りってないんだ」
「それ以前はあったのにと言うことか?」
「うん。美雨や柊の居た時代はまだあっただろうけど、俺の居た時代の祭りは家に居ながら仮想現実バーチャルリアリティで楽しむのが主流」
「春雪の言うことは聞いたことのない言葉ばかりだ」

春雪にとっては仮想現実バーチャルリアリティの祭りが普通。
出生率が下がり世界の人口も減り、日本でも夜に外へ出かけるのが危険な時代になって夜の行事が行われなくなった。
だから春雪にとって実際に外ヘ出てたくさんの人と同じ喜びを共有できる本物の・・・祭りは学校で学んだ知識の中にしかない。

「なにあれ」
「串焼きだな」
「もしかして肉?」
「ああ。肉とやさ」
「食べる!」
「春雪!」

まるで幼子と保護者。
現実に体験する祭りに夢中の春雪の頭の中からミシェルが国王であることはすっかり抜けていた。

「二本ください」
「はいよ」
「お幾らですか?」
「一本が銅貨二枚だけど二本で三枚にオマケしとくよ」
「銅貨?」
「店主これで」
「はいたしかに。ありがとね」

変わりに銅貨三枚を払ったミシェルは串焼きを両手に持っている春雪の腕を掴んで出店を離れる。

「先走るなと言っただろう。異世界の貨幣は使えない」
「ごめん。忘れてた」
「どうやったらこの短距離で忘れられるのだ」
「反省する。これはシエルの分」

黙れと言うようにミシェルの口へ串焼きを押し込む春雪。
礼儀作法に煩い王家育ちで口の中へ押し込まれたことなどないミシェルには春雪の行動がただただ驚きでしかない。

「……美味い!肉って本当はこんな味なんだ」
「肉を口にしたことがないのか?」
「ドライフードの肉味ならある。本物の肉は高くて買えない」
「この肉は高価な物ではないぞ?」
「安いのにこんなに美味いんだ?凄いな、異世界」

ミシェルは春雪の話を聞いて串焼きを見る。
高価な物しか食事に並ばないミシェルにもある意味食べ慣れない種類の肉ではあるが、まさか国民にもクズ肉・・・と呼ばれるこれで喜ぶとは。

「これも食べて良い」
「なんで?二人で食べた方が美味いのに」
「…………」
「あ。毒味してからじゃないと駄目か」
「いや。私は毒が入っていれば分かるから問題ないが」

鑑定の使えるミシェルを毒殺することはできない。
ただ、クズ肉を食べたことがないから躊躇してるだけで。
クズ肉をモグモグしながらジッと見ている春雪に負けてミシェルも恐る恐る串焼きを口にした。

「美味い?」
「……う、うむ」
「嘘つき」

ほぼ噛まず飲みこんだミシェルを見て春雪は吹き出して笑う。
それはそれはケタケタと楽しそうに。

「美味と言ったのは嘘だったのか?」
「ううん。俺は本当に美味しいと思った。でもシエルは安い肉を食べ慣れてないだろ?舌の肥えた人に合うはずがない。俺を気遣って一緒に食べてくれてありがとう」

ミシェルの手から串焼きをとった春雪は自分の口へ運ぶ。
そうだ。この青年は賢いのだったとミシェルは苦笑した。

「まだ食べられるか?」
「うん。お腹空いてたから」
「そうか。ではちょうどいい」

召喚時に春雪が外を歩いていたのはドライフードを買いに行くためで、そのまま召喚されてしまったから空腹のまま。
串を箱に捨てたミシェルは春雪の腕を掴んで別の出店に行く。

「店主。ポーグサンドを二つ」
「ありがとう。すぐ焼くから待っててね」
「ああ」
「パン?かな?」
「パンは分かるのか。最近王都で流行っている食べ物だ」
「へー」

返事をしながらも既に目は目の前で焼かれるパテに夢中。
何もかもが新鮮なもののように見る春雪にあれもこれも見せてやりたいと思ってしまう自分にミシェルは苦笑う。
とても国王への態度ではない春雪の素の態度が逆にミシェルには新鮮で、どんどん春雪へとのめり込んでいた。

「どっちのソースにする?」
「辛口と甘口一つずつ。後はリコリの果実水を二つ」
「了解」

出来上がったポーグサンドと飲み物と引き換えにミシェルが銀貨二枚を女店主へ払う。

「これは座って食べよう。ソースが垂れてしまう」
「うん」

後を着いてくる春雪を確認してベンチへ座ったミシェル。
一足遅れて春雪も躊躇することなくミシェルの隣に座る。
そんなことすらもミシェルには新鮮。

「春雪の好みの味が分からないから半分ずつ食べよう」
「それで俺に聞かずに決めたんだ?」
「聞かれても分からないのだから困るだろう?」
「うん。ありがとう、助かった」

半分に切ってあるポーグサンドを半分ずつとって口へ運ぶ。

「どうだ?」
「さっきのも美味しかったけどこっちはもっと美味しい」
「そうだろう?私もこれは好きだ」
「ありがとう。美味しいものを食べさせてくれて」

礼を言ったあと再び美味しそうに頬張る春雪を見てミシェルは満足そうに微笑する。

「こういう庶民の食べ物を食べて良いの?」
「しっかり怒られるぞ?ミシオネールに」

ふと気付いたように言った春雪はそれを聞いてまた笑う。
王都地区へ来てから笑顔の多くなった春雪を眺めながら連れてきて良かったと独り思うミシェル。

「シエルとミシオネールさんってどんな関係?」
「私の子供の頃の教育係で今も執務役をやってくれている」
「ああ。だから親しげだったんだ」
「親しげに見えたか?」
「え?違うの?」
「いや。言われたことがないのでな」
「そうなんだ。あんなに分かりやすいのに」

イヴはミシェルが心を許す数少ない人の一人。
物心ついた時から傍にいる父のような存在でもある。

「春雪が見ているものがみなにも分かると思わない方が良い」
「どういう意味?」
「言っただろう?春雪は恐ろしいと。頭の切れる者だからこそ気付くこともある。例えそれが知りたくなかったことでもな」

含みのある言葉のあと二人は無言でポーグサンドを食べる。
二人は無言でも前を通り過ぎる人々はみんな楽しそうに笑っていて賑やかだった。

「一つ言っておくけど俺は頭が切れるんじゃない。人の顔色を伺って生きるのが癖になってるだけだ」

食べ終えたゴミを丸めながら沈黙を破ったのは春雪。

「人の感情は表情に出る。ずっと見ておけば大体の人は分かるから怒らせないよう穏便に済むよう軌道修正できる。会った時のシエルやミシオネールさんみたいに上手く隠す人の方が俺には怖い。警戒するし必要以上に近付きたくない」

開きかけていたドアを閉められた気分になるミシェル。
ここまで気を惹いておいてそれはないだろうと。

「今も近付きたくないのか?」
「半分以上は」
「ん?」
「近付きたくないって考えが半分以上。でも今のシエルは表情が分かりやすいから迷う。ただその変化も勇者の俺を逃がさないために親しみやすい人物を演じてるのかもとも思う」

それは春雪も同じ。
ミシェルにとっては春雪の方が感情を読みにくい。
祭りに来てから分かりやすくなったのもまた同じ。

「どう話せば良いのか。私は幼い頃から感情を表に出さないよう教育を受けてきた。春雪が私の表情が読めないと言うなら上手くやれていると言うことだ。ただ、二人になってからは隠す必要性を感じなくなったから素のままで居ると言うだけで」
「……うん」

ああ、信じていない。
春雪の表情で察してミシェルは頭を抱える。
新鮮な気持ちにしてくれる春雪と親しくなりたいと思っているのに警戒心の強い春雪は曖昧な表情しか返してくれない。

普段は国王として毅然とした態度で居なくてはならない。
けれどその時の自分を見るほど春雪の疑いは深まるだろう。
まさかこの歳で人付き合いにこんなにも頭を抱える日がくるとはミシェル本人にも予想外だった。

「ありがたいことではあるが、若かりし頃の私の周りには如何に従順な者しか居なかったのかが分かるな」

従順と言えば聞こえが良いが、要はイエスマン。
批判せず反抗せず次期国王という権力に従っていただけ。
周りに居た人の数は多くとも、決して友人・・ではなかった。

「シエル。あの人たちは何をしてるの?」
「ん?」

ランプを手にしている神官たちの周りに集まる国民。
ミシェルは春雪の言葉で頭を抱えていたのに関わらず、悩ませたとうの本人の春雪はしっかり周りの様子を眺めていた。

「ああ、祈りの炎か。ああして神官から炎を貰うことでフォルテアル神の加護を受け来年も幸せに暮らせると言われている」
「だからみんな集まってるんだ?」

リュヌ祭の恒例イベントの一つであるそれ。
教皇が祈りを捧げた火を神官たちが国民に分け与え、国民はその火を貰って今年一年の豊穣に感謝すると同時に来年の豊穣も祈るというのが『祈りの日』の通例になっている。

「民が笑みであるのは喜ばしいことだ」

多くの人々の手にあるランプの淡い光。
平和だからこそ見ることの出来るその光景に、ミシェルは国民の幸せが続くことを祈らずにはいられなかった。

 
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