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第零章 先代編(前編)
月が消えた日
しおりを挟む一つ。赤い月が最初の予兆。
その赤い月は七日間続く。
二つ。赤い月が昇った日から四日後に大雨が降る。
その大雨は赤い月が昇った日から数え七日目まで続く。
三つ。赤い月が昇った七日後に空から月が消える。
地上が闇に包まれたその日、魔界の王が復活する。
予兆が見られし刻、異界より勇者を召喚せよ。
・
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・
刻は三百と三年前。
ブークリエ国十四代国王、ミシェル・ヴェルデ・ブークリエが国を統治していた時代。
人々は空に浮かぶ赤い月を見上げ嘆いた。
「遂にこの刻が訪れた」
ミシェルは王城のテラスから空を仰ぎ呟く。
「お父さま」
声をかけたのは王女グレース・ヴェルデ。
国王であり父でもあるミシェル譲りの美しい紫の髪と母譲りの薄緑の瞳をしていて、その整った顔は絶世の美女と名高い。
「グレースの花嫁姿を見る前に刻が来るとは皮肉なものだ」
ひと月後に予定されていた成婚の儀。
継承権第三位のグレースは公爵家へ降嫁することが決まっていた。
「ブランディーヌも楽しみにしていただろうに」
ブランディーヌとはミシェルの第一王妃だった女性。
美しく聡明だった第一王妃ブランディーヌは数年前、継承権第一位のマクシム王子とグレースを遺し病に倒れて崩御した。
「私は盾の国の王の娘として産まれ生きる者。民を護るためならばこの身を捧げることも厭いません」
「グレース」
迷いなく言ったグレースをミシェルは苦渋の表情で見る。
国王の娘として産まれ、王女としての学びを受けてきた娘。
民のために生き民のために死ぬことが定められた王族として愛娘の覚悟を褒め称えるべきだが、国王としてではなくミシェルの父としての心が苦渋の表情に繋がっていた。
何故に我が娘だったのか。
ミシェルは再度赤い月を見上げ、思う。
盾の国であるブークリエ国に伝わる秘術。
この地上で唯一命あるものを呼び寄せることのできる勇者召喚術は、その代償として犠牲を払う。
特殊恩恵〝聖者〟を持つグレースは、齢十六にして勇者召喚を成功させるための供仏となる運命にある。
「グレース。我が愛しの娘よ」
ミシェルは悲運の待つ娘を腕におさめる。
この国と民を護る王として、何故我が娘が〝聖者〟だったのかとは口が裂けても言うことはできない。
聖者の居ない勇者召喚術は多くの賢者と魔導師の犠牲を払うことになるのだから。
「お父さま。私は明日から浄めに入ります。最後になる今日だけはお父さまと眠っても良いですか?」
「ああ」
親子として過ごす最後の夜。
王と王女としてでなく父と娘としての最後の夜を赤い月だけが見ていた。
・
・
・
赤い月の消えた翌日。
勇者召喚の儀が玉座の間にて行われる。
勇者召喚の術式に誤りは許されない。
少しでも誤れば術者も命を失うことになる。
術式を展開する賢者三名、魔導師七名が幾度も確認を行ったのち、玉座の間に白い衣装を身につけた〝聖者〟が呼ばれた。
「勇者召喚の儀の術者に選ばれた崇高な者たち。この国の民のため、精霊族のため、この召喚を必ず成功させてください」
多くの民からも愛された美しき王女。
今まさに供物として命を終えようとしているにも関わらず心を乱すことなく優しい笑みを湛える王女に、賢者と魔導師は引き留める言葉をぐっと飲み込む。
「国王陛下。陛下の娘として生まれたこと、精霊族の礎となる聖者として生まれたことを誇りに思います」
表情を変えずにただ一度頷いてみせたミシェル。
国王としてのその姿に術者たちも覚悟を決めた。
十名の術者が魔力を送る術式の上に立ったグレース。
「万物の創造主よ。聖者を身代わりに救世主を召喚せよ」
七色に光った術式。
自らの胸に銀の短剣を刺したグレースの体が空中に浮かぶ。
七色の神々しい光に包まれた美しい王女を見る術者たちは落ちそうになる涙を堪えた。
さらば美しき王女よ。
供物となったグレースの姿が忽然と消えると術式の上に一人、また一人と異世界の者が姿を現す。
「どこだ。ここは」
「痛ぁ……なんなの?」
「イテテ」
禁書に書かれていた通り黒曜石の髪と瞳をした異世界人。
一番最初に召喚された男性は上手く着地をしたのち両腕を組んで考える仕草を見せ、次に召喚された男女は尻もちをつく。
召喚の儀は無事に成功したようだ。
地上のため御身を捧げた美しき王女もこれで報われる。
そうホッとしたのも束の間、一足遅れて四人目の異世界の者が召喚されてきてその場に居た者は息を飲む。
『…………』
女性……いや、男性か?
性別の判断に迷う中性を極めた見目麗しい異世界の者にみな一瞬目を惹かれていたが、その腕に抱いているものを見て驚く。
「グレース!」
見目麗しい異世界の者が抱いていたのは供物となった王女。
間違いなく一度は姿を消したに関わらず、何故なのか召喚されてきた異世界の者の腕にしっかりと抱かれていた。
「この女性の知り合い?気味の悪い空の裂け目みたいなのから降って来たから咄嗟に受け止めたんだけど」
驚きを隠せないミシェルに説明する異世界人。
「そうだ。怪我してるからすぐに病院……あれ?」
グレースの胸元を見た異世界人は首を傾げる。
「傷がない。服には血がついたままなのに」
有り得ない状況に唖然としていた術者たちはそれを聞いてハッと我に返る。
「そちらの御方はグレース姫殿下にあらせられます」
「姫殿下?」
「この老人に確認させていただけますかな?」
「あ、どうぞ」
最長老の賢者が近付き抱かれたままのグレースを確認する。
「国王陛下。姫殿下はご存命にあらせられます」
「誠か!?」
「信じ難いことでありますが。眠っておられるだけで傷もなければ心の臓も正常に動いておられます」
賢者が行った魔法検査でもグレースの体に異常は見られず。
それは奇跡としか言いようのない出来事。
聖者は消滅し異世界の者が召喚されてくることが勇者召喚術の常識であり、未だかつて生還した聖者など居なかった。
「……う、ん」
「あ、目が覚めた」
「え、あの、貴方さまは」
「俺は春雪。突然目の前に降って来たから驚いた」
異世界の者の腕の中で目覚めたグレース。
状況を把握できないのは自ら供物となって命を絶ったグレースも同じで、自分を見おろす見目麗しい異世界人に驚きほんのり頬を染めたのちに辺りを見渡す。
「お、お父さま!」
玉座から立ち上がっているミシェルを見つけて驚くグレース。
二度と会うことはないと思っていた父の姿を見て驚かないはずもない。
「よく分からないけど早く行ってやりな。心配してたから」
玉座の間に降ろされたグレースは王女という身分も忘れ白い衣装をグッと掴んで、今にもこちらへ駆けて来そうなミシェルの元へ走って抱き着く。
「グレース。よくぞ生きていてくれた」
「お父さま。生きてまたお会いできるなんて」
国王と王女としてではなく父と娘として抱き合う二人。
術者たちも今は国王と王女ではなく親子になっている二人の再会を視界に入れないよう顔を伏せ、喜びの涙を落とした。
『誰?』
状況の把握できない異世界の者たちは感動の親子の再会を見てただただ首を傾げる。
「まさか王さま?……異世界転生した?死んだの?私たち」
「いや漫画読みすぎ」
四人の中で唯一の女性の発言に呆れる男性。
二人とも学生服を着ている。
「みな珍妙な衣を着ているが何者だ」
「私たちから見れば貴方もいつ時代の人って感じだけど」
「羽織を知らぬのか?」
「歴史の教科書で見た。コスプレのクオリティ高すぎ」
「こすぷれ?」
四人の中の一人は長羽織姿の男性。
髷にはしておらず後ろで髪を結んでいる。
「時間遡行か?同意書を書いた覚えもないのに違法だろ」
『時間遡行?』
「服装を見る限り三人も過去人だよな?城っぽい建築物だから中世のヨーロッパ辺りに飛ばされたんだと思うけど、どうやって違う時代の人間を一緒に時間遡行させたんだ」
春雪は自分と同じく何者かによって強制的に時間遡行されたんだろう三人を見たあと、玉座の間を見渡しながら説明する。
「いや、それ以前に時間遡行機に入れられた記憶がないな。王女さまを受け止めたあと気を失ったってことか?となると俺とこの過去人たちは時間犯罪に巻き込まれた?」
ぶつぶつと独り言を呟いている春雪に三人は何も言えずただただ唖然としている。
「えっと、時代も国も違うので口の利き方から分からなくて申し訳ありません。俺は西暦2150年の日本から来た未来人です」
『2150年!?』
「うん。時間遡行機のなかった時代の人は驚くだろうけど、俺の居た2150年では時間を行き来できる」
異世界人の一人である春雪は2150年に生きる日本人。
それを聞いて学生の二人は驚きを隠せない。
「状況を把握するために伺いたいのですが、この国はどこで、今日が西暦何年何月何日なのか教えていただけますか?」
「お答えするのはこの老人でもよろしいですかな?」
「国王さまと庶民は直接話せないんですね」
「お早いご判断で。感服いたします」
「浅い知識しかないので失礼があれば言ってください」
「ご配慮感謝いたします」
現時点では異世界人と言うだけの四人。
国王であるミシェルとは直接会話をすることができない。
昔は特に身分差というものに厳しかったことは未来人の春雪でも知っていた。
「ここはブークリエ国の王都。西暦と言うものは存じ上げませんが、本日は神の月16日にございます」
「……神の月?」
自らを老人と名乗る賢者イヴから聞かされ春雪は首を傾げる。
中世ヨーロッパにも暦や月日はあったはずなのに、と。
「……三人は西暦何年何月何日に居た?」
「私と柊は2010年12月16日」
「西暦とはなんだろうか」
「元号で良い」
「元号?」
「え?元号でも分からない?」
「知らんな。12月16日ではあったが」
侍の時代の人だと思っていた男性。
その時代に西暦を使っていなかったとしても元号は使っていたはずなのに、話が噛み合わずますます春雪は首を傾げた。
「制服の二人は俺と同じ日本人……だよな?」
「「うん」」
「私も日本国の者だ」
「じゃあ知ってるはず。慶長とか慶応とか。あ、明治は?」
「聞いたことがない」
「何でだ。江戸期辺りの過去人じゃないのか?」
春雪と学生は時代が違うだけで日本から来たのは間違いない。
しかし、もう一人の男性だけは知識に微妙なズレがある。
「少々よろしいですかな?」
「はい」
すっかり四人で話し込んでいたところにイヴが割って入る。
「皆さまはこの国が行った召喚術により選ばれた勇者の素質を持つ方々。共通しているのは異世界から来た黒曜石の髪と瞳を持つ者ということだけで、過去の勇者さま方にも生まれた星が違うということはあったそうです。それではないですかな?」
召喚術で召喚されるのはあくまで『勇者の素質を持つ者』。
そこに『地球』や『日本』といった条件はない。
黒曜石の髪と瞳は『勇者の素質を持つ者』の特徴であるだけ。
「……つまり時間遡行で過去の時代の海外に飛ばされたんじゃなく、異なる世界からこの世界へ呼び寄せられたと?」
「ほら!異世界転生もので合ってたじゃん!神さまからチート能力を貰って別の世界に生まれ変わって無双するってあれ!」
「生まれ変わってないけど?」
「あれ?じゃあ異世界召喚ものだね!」
春雪の後ろではしゃぐ女子学生。
事の重大さを理解しているのかどうか。
「宇宙にある高度な文明の技術で呼び寄せられたと言うならまだしも、異世界なんて非科学的なことを言われても信じ難い」
「私たちにとっては時間遡行も信じ難いけど?」
「時間遡行機なんて漫画や映画の世界の話だよな」
「うん。人が時代を行き来できるなんてワクワクするけど、成功したって話は聞いたことがない」
時間を遡るだけと異世界へ渡るのでは規模が違うけれど、冷静に考えれば異なるはずの言語が通じるという不可解な点もあるためここが異世界ではないと断言することはできなかった。
「それより。さっき少し言ってたけど私たちは勇者なの?」
「勇者であるかはステータス画面でご確認を。特殊恩恵と書かれた項目に何と書かれているかお教え願えますかな?」
「ステータス画面?」
「先ずはステータスオープンと口にしてくだされ」
「了解。ステータスオープン」
この状況を一人楽しむ女子学生はイヴから聞き早速ステータス画面を開く。
「異世界あるある来たぁ!」
「喧しいわ。耳が痛い」
「柊のは何て書いてあった?」
「美雨は?」
「私は〝勇者一行〟と〝聖女〟」
「聖女?暴力女のどこが聖女だ。武闘家の間違いだろ」
「余計なお世話」
美雨から鳩尾に拳を一発入れられた柊。
その二人の会話で術者たちの表情が変わったことには気付かないまま。
「えーっと、柊のは〝勇者一行〟と〝魔導師〟だって」
「なんと。最初から魔導師とは」
「え?魔導師って凄いの?」
「大変素晴らしいことですぞ。能力については後ほど説明しますが、魔術師の上級が魔導師。柊殿は魔法の才がありなさる」
「え、俺って凄かったんだ」
「なんか納得いかない」
魔法が存在する世界。
それこそ御伽噺のようだと春雪は洩れそうな溜息を飲む。
「二人はどうだったの?」
「私は〝勇者一行〟と〝剣士〟と〝格闘士〟らしい」
「二つですと?これはまた素晴らしい」
「そうなのか。私にはよく分からないが」
「この世界でも二つの才を持つ者は珍しいのです。貴殿には剣士と格闘士の二つの才が備わっていると言うことですな」
「ほう」
長羽織の男性はあまり興味がなさそうな反応。
「そう言えばお兄さんの名前は?一人だけまだ知らない」
「時政だ」
「時政さんね。私は美雨。よろしくね」
「ああ」
握手を交わす美雨と時政。
そして最後に残った春雪を美雨はジッと見上げる。
「俺か。みんなと違って〝勇者〟としか書いてない」
「国王陛下!」
「ああ。揃ったようだな」
イヴが跪くと術者たちもその場に跪き、グレースも玉座から立ち上がってドレスを摘み姿勢を落とすと、最後に国王であるミシェルが玉座から立ち上がる。
「異世界よりよくぞ参られた。勇者たちよ」
紫の髪と瞳を持つ国王ミシェル。
その立ち姿を見て異世界から来た四人は息を飲む。
大きな娘が居るとは思えない若さでありながら、これが国王かと思わせる得体の知れない威圧感の持ち主。
「私はブークリエ国十四代国王ミシェル・ヴェルデ・ブークリエ。幾百年の刻を経て今ここに集いし新たな勇者たちよ。地上層を救うために諸君の力を貸して欲しい」
この世界で繰り返される歴史。
先代の勇者の誕生から数百年。
またここに新たな勇者が誕生した。
「力を貸す……鉄板だと魔王を倒してくれ!とか?」
「おい美雨。国王さまにその話し方はマズイだろ」
「構わない。勇者は地上を救いし者。国王の私とはまた違った特別な存在にこの世界の礼儀を押し付けるつもりはない」
くすりと口元を笑みで歪ませたミシェル。
幼い頃から王家として常に跪かれ敬われてきたミシェルには美雨の人懐っこさが嫌ではなかった。
「美雨殿とお呼びしてもよろしいか?」
「美雨で良いよ?あ、良いですよ、かな?」
「勇者を呼び捨てるのは忍びない。美雨殿と呼ばせて欲しい」
「そんなものなの?分かった」
厭味を感じさせない不思議な雰囲気を持つ美雨。
術者たちも愛らしいものを見るように眺めている。
それが〝聖女〟の特殊恩恵の効果の一つであることを、この時はまだ誰も気付かずにいた。
「美雨殿の申された通り、諸君には魔王を討伐して欲しい」
「やっぱりね!異世界の鉄板だもんね!」
「どうしてそんな気楽なんだ。死ぬかも知れないのに」
「そうならないためのチート能力でしょ?」
「すげえな。その漫画脳」
呆れる柊の方が至極真っ当な反応と言える。
美雨と同じ時代に生きる柊にとっても『異世界物』は馴染みのある言葉でもあくまで空想の物語で、実際にそれが起きてしまったと言うなら話は別。
「よく分からないけど困ってるから異世界の私たちをわざわざ呼んだんだろうし。困ってる人を放っておけないよ」
「異世界でも美雨は美雨か。……仕方ない。俺も手伝う」
「そうこなくちゃ!」
地球でも困っている人を放っておけない質だった美雨。
幼なじみの柊は美雨に振り回されてきた。
ただ、美雨のその困った質がイヤではなかったのも事実。
「人助けと言うなら私も力を貸そう」
「良いんですか?簡単に決めて」
「私はここに来る前にも罪を犯した者を捕らえる職務についていた。その対象が魔王という者に変わったと言うだけだ」
柊の問いにハッキリ答えた時政。
時政は元いた世界では所謂『警察官』であった。
警察官らしい正義感ゆえの判断。
「参った。もう断れる雰囲気じゃない」
「すみません。言い難い雰囲気にして」
「いや。どちらにせよ呼び寄せられた時点で拒否権はなかっただろうし。異世界から俺たちを呼んだってことはこの世界に他の勇者は居ないってことだ。簡単に手放すはずがない」
この世界に勇者が居るなら四人は召喚されなかった。
その時点で呼び寄せられた勇者に拒否権はない。
断わろうと執拗に勧誘されるだけだと春雪は理解していた。
「春雪殿は恐ろしいな。異世界と知ってから周りの雰囲気に飲まれることなく状況判断を行いながらも、国王である私を常に観察していた。冷静に相手の表情や仕草を観察する者は頭が切れる。さすが勇者一行を率いる勇者。何とも頼もしい」
春雪の言動を眺めていたのはミシェルも同じ。
この者が〝勇者一行〟を率いる〝伝説の勇者〟その人であろうと春雪を見た時から直感的に察していた。
「だが私は拒否を認める。王都を出る際には旅費を渡そう」
「せっかく召喚した勇者なのにですか?」
「無論春雪殿を失うのは惜しい。だが嫌々では能力も覚醒しないだろう。それならばまた勇者召喚を行い新たな勇者を召喚した方が利口だ。この世界に勇者はたった一人。新たな勇者が現れれば春雪殿の特殊恩恵から勇者の文字は消える」
ピリリとした空気が玉座の間を包む。
見目麗しいミシェルと見目麗しい春雪のやり取りに。
どこか楽しそうにも見えるミシェルのその初めて見せる顔に術者たちも魅入っていた。
「さて、春雪殿。返事をお聞かせ願えるか」
「最後にもう一つ伺いたい。元の世界に帰れるのかを」
「元の世界へ帰った勇者は居ない」
「やっぱり一方通行か。元居た場所に帰るには正確な座標と時間が必要になる。勇者の素質を持つ者って条件だけで何時何分何秒にここに居る人と決めて呼び寄せたんじゃないなら帰らせようもない」
そう。世の理に反する勇者召喚術は一方通行。
魔法のある世界でも『召喚』とつくのは二つしか存在しない。
勇者だけが使える『精霊王召喚』とブークリエ国王が受け継ぐ禁術の『勇者召喚術』だけで、勇者召喚術に関しては能力ではなくあくまで術であり、呼び寄せることはできても帰らせることまではできない。
「このブークリエ国は盾の国。異世界から来た勇者に恨まれようとも精霊族を護るためには召喚術を成し遂げなくてはならなかった。その変わりと言うのもなんだが、諸君がこの世界で生涯困ることのない身分と費用は保証するとお約束しよう」
目を逸らすことのないミシェルと春雪。
誰もが二人の様子に緊張感を覚えて沈黙していると春雪はふっと肩の力を抜く。
「俺は天涯孤独だから帰れなくても悲しむ人は居ない。三人は戻れないと聞いて率直にどう思ってるんだ?」
「天涯孤独というのは私も同じだ。意見は変わらん」
春雪と時政は同じ境遇の者同士。
二人に帰らなくてはいけない理由はなかった。
「凄いね。そういうのも選んでるのかな」
「選んでる?」
「私と柊も施設暮らしなの。両親は居ない」
「そうだったのか」
「うん。小さな頃から一緒の柊が居ればどこでも良い」
「俺も地球に未練はない。ここの方が良い暮らしさせてくれそうだし、やれるだけやってみるかって考えは変わらない」
偶然が必然か、帰りたい理由がない四人の勇者。
四人の意見は同じ方向で固まった。
「お聞きの通り、その条件で討伐を受け入れます」
「うむ。今代勇者よ。諸君の働きに期待する」
まだ若き青年たち。
その青年たちに過酷な人生を背負わせる罪悪感を押し殺し、ミシェルは最後まで国王として振舞った。
「では勇者さま方、先ずは勇者宿舎へご案内いたします」
「お待ちください」
イヴの案内を引き留めたのはグレース。
ドレスを摘み階段を駆け下りてくる。
「プリンセス?」
「どうかお礼を言わせてください」
行ってしまう前にという必死さの伝わるグレースの表情にイヴは口を挟むことができず口を結ぶ。
「勇者さ」
「危なっ」
ヒールで走りツンと躓いたグレースを受け止めた春雪。
これで受け止めるのは二回目。
一度目は空から、二度目は走って来たグレースをしっかり両腕で受け止めた。
「大丈夫?怪我はない?」
「は、はい。気が逸ってお恥ずかしいところを」
「赤くなってる。可愛い。萌え」
「萌え?」
「王女さまに萌えとか言うな」
真っ先に怪我がないかを確認したのは美雨。
照れて頬を染めたグレースに時代言葉を使い柊からまた呆れられる。
「勇者さま」
「春雪で結構です」
「ではお言葉に甘えて、春雪さま。ありがとうございました」
「いえ。怪我をしたら大変ですから」
「それではなく、いえ、もちろんそれも感謝しておりますが」
慌てるグレースに春雪は小さく首を傾げる。
「私が生きて帰ることが出来たのは全て春雪さまのお蔭です。本当にありがとうございました」
「俺はただ空から降って来た人を咄嗟に受け止めただけで」
「それこそが私が帰還できた理由だと思われます」
春雪本人には助けたという感覚はない。
ふと空を見上げたら空に奇妙な亀裂が入っていて、そこから絶世の美女が目の前に落ちてきたから咄嗟に腕を伸ばして受け止めたと言うだけ。
「グレース。私にも説明を」
「はい、国王陛下。私にも何故このようなことが起きたのか分からないのですが、恐らく春雪さまの召喚に巻き込まれる形で私もこの世界へ連れ戻されたのかと」
グレースの説明で玉座の間は騒がしくなる。
それを手の動き一つで諌めたのはミシェル。
「それは有り得ない。勇者召喚で召喚されるのは勇者の素質を持つ者のみだとグレースも知っているだろう」
「たしかに私は〝勇者〟の特殊恩恵は持っておりませんが、勇者召喚に大きく関わる者ではあります」
「……〝聖者〟か」
「はい。言い伝えられてきた聖者の身代わりというのが文字通りの意味であれば、聖者の身が異世界へ渡り入れ替わることでこの世界へ勇者さまを召喚できるのではないかと」
あくまでも推測にすぎない話。
けれど不可解なことが実際に起きたのだから有り得ないこととだけでは片付けられない。
「身代わりって……国王さまは止めなかったの?」
「私はこの国の王女でもありますが、勇者召喚の供物となる〝聖者〟の特殊恩恵も持って産まれましたので」
「そんな自分の身を犠牲にするようなこと」
「美雨さまはお優しいのですね。ですが〝聖者〟の居ない勇者召喚術は術者の命に関わる危険なことなのです。私は民のために生き民のために死ぬ定めの王家。大切な民を護れるのであればこの命を捧げることも厭いません」
グレースの強い決意に美雨はグッと口を結ぶ。
儚げな王女に見えても自分とは覚悟が違うのだと思い知った。
「この話はここまでだ。勇者方を部屋へお連れするよう」
「はっ」
話を切ったミシェルを見てグレースはハッとする。
勇者召喚術と同じく〝聖者〟についても国民には詳しく明かされていないのに、勇者という頼もしい存在への安心感でつい話してしまったことを後悔した。
「その辺の話もっと詳しく聞きた」
「辞めておけ。知らない方が幸せなこともある」
「えー」
「墓場まで持って行くような話に首を突っ込みたくない。聞きたいなら俺の居ないところで聞いてくれ。案内頼みます」
「承知しました」
「もう。冷めてるなぁ。春雪さんは」
美雨の言葉を遮って止めた春雪はグレースとミシェルに背を向けイヴや時政と歩き出し、知りたがる美雨のことは柊が背中を押して後に続く。
君子危うきに近寄らず。
知ることと知らずにいることを即座に判断した春雪にミシェルも背を向け王家専用の出入口に向かう。
「勇者春雪。面白い男ではないか」
ミシェルは独り呟き春雪の為人に不敵な笑みを浮かべた。
これが後に『天帝』と呼ばれるミシェルと『伝説の勇者』と呼ばれる春雪の出会いであった。
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