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第十章 天地編
貴族裁判後
しおりを挟む貴族裁判が終わって一ヶ月ほど。
王都の城門でエドやベルと一緒に待ち人の到着を待っていた。
『英雄!』
名前を呼んで元気いっぱいに駆けて来た待ち人。
大きな荷物を背負ったまま飛びついて来たその体を笑いながら受け止める。
「醜い獣人女が高貴な英雄に抱きつくという背徳行為……ああ、みなさまの冷たい視線が癖になりそう」
「背徳行為どころか不敬罪だから!申し訳ありません!」
「俺が不敬だと言わない限り罪にはならないから安心しろ」
相変わらずの変態と慌てて引き剥がそうとする苦労人。
元気にしていたことが伝わる二人の様子に安心して笑う。
「カムリン、ウーゴ、ようこそ王都へ。よく来てくれた」
ブラジリア集落のカムリンとウーゴ。
約束通り来てくれたことに感謝すると二人は俺の前に跪く。
「ブラジリア集落カムリン」
「同じくブラジリア集落ウーゴ」
『本日より我ら二名は、偉大なる英雄公爵閣下の剣となり盾となり全身全霊でお仕えすることを誓います」
獣人族の誓い。
規律正しく揃った二人のその姿は頼もしい限り。
「その誓い聞き入れた。よろしく頼む」
胸に手をあて敬礼をして二人の礼儀に応えた。
「よし、堅苦しいのはこれで終わり。屋敷に案内する」
「「ありがとうございます」」
二人を案内するのは俺の屋敷の使用人邸。
本大会で声をかけた時には獣人専用住居に暮らして貰うつもりだったけど、俺が地上を離れている間に獣人住居は既に埋まってしまったし、就いて貰う警備隊の宿舎も空き部屋がない。
そこで現在建築中の宿舎が完成するまでは西区の警備隊の他に俺の屋敷の騎士としても雇い入れ、一時的ではあるものの使用人邸で暮らして貰うことになった。
「お疲れになったでしょう。部屋の支度は済ませておきましたので、本日は契約が済み次第ゆっくりお休みください」
「お心遣い感謝します」
「ありがとうございます」
全使用人長のエドも二人に声をかけ、ベルも顔には出してないものの二人に会えて嬉しいらしく尻尾をユラユラさせている。
癒し×4とか俺の全モフり欲が発動してしまいそうだった。
王都門から馬車(キャリッジ)に揺られて数十分。
屋敷の門をくぐり庭園の中を走って辿り着いた屋敷の前で二人はポカンと口を開けている。
「ま、まさか、広場の中に御屋敷があるのですか?」
「屋敷の庭園だから」
庭園の広さに驚いたらしく、本当は分かっていながらも可能性として一応聞いてみたんだろうカムリンに答えて笑う。
「お城の庭園の間違いでは。広すぎます」
「屋敷の大きさもまるでお城」
「この英雄公爵邸はもともと国王陛下が所有していた王宮地区最大の御屋敷ですから驚かれるのも無理はありません」
『地区最大』
荷物が落ちないよう縛っておいた紐を御者と解きながら説明するエドと、地区最大と聞き唖然とするカムリンとウーゴ。
屋敷の大きさや庭園の広さだけで見れば各領地にある貴族屋敷の方がデカかったりするんだけど、王宮地区という限られた地区の中でこれほどの大きさの屋敷を建てられるのは王家だけ。
王宮地区は王家と国仕えのためにある地区。
国王の身内ですら極身近な一部の人(例えば前国王や国王の兄弟といった親族)しか屋敷を建てることが許されていない。
「このように立派な御屋敷にお仕えしていいのでしょうか」
「私たちではあまりに分不相応では」
「屋敷は立派でも現家主が俺だからな。中身は伴ってない」
「またそのようなことを!」
「英雄は充分すぎるほどに立派な方ですから!」
遠慮する二人に軽く答えると力説してきてその勢いに笑った。
『お帰りなさいませご主人さま』
「ただいま」
荷物は使用人邸に運ぶから御者に頼んで、先に手続きをして貰うため本邸に入ると使用人たちが頭を下げて出迎える。
「明日からこの屋敷の護衛騎士として仕えてくれるカムリンとウーゴだ。本大会で準優勝をした集落の代表騎士だから戦闘能力の高さは保証する。屋敷の一員として温かく迎えてほしい」
『仰せのままに』
屋敷の中で働く使用人は協会の中でも優秀な上級だった人。
元々人族のみならずあらゆる種族を饗ていた人たちなだけあって、獣人族に対しても偏見がないことが救い。
「カムリンと申します。よろしくお願いいたします」
「ウーゴと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
『よろしくお願いいたします』
目で合図をすると挨拶した二人に使用人たちも挨拶を返す。
一時的にとは言ってもしばらくは同じ屋敷に仕える者同士。
上手くやってくれることを願いたい。
「後はディーノさんとエドで手続きを頼む」
「「承知いたしました」」
諸々の手続きはエドとディーノさんの役目。
頼んだ俺に二人は胸に手をあてて応える。
「手続きの後は部屋に案内して貰ってゆっくり休んでくれ」
「お出かけになるのですか?」
「仕事があるから出かける。忙しなくて悪いな」
「仕事を後回しにしてお迎えに来てくださったのですか!?」
「も、申し訳ありません!」
「俺が頼んで来て貰ったんだから出迎えるくらいはする。歓迎会は後日ゆっくりするから今日は忙しなくても勘弁してくれ」
これから仕事と聞いて申し訳なさそうにしょぼんと耳を垂らしたカムリンとウーゴを笑いながら頭を撫でる。
俺が頼んで遠路はるばる王都まで来てくれたんだから、最初の紹介くらいは屋敷の主である俺が直接しておきたかった。
「シンさま。何かあればすぐにご連絡を」
「分かってる。二人の案内は頼んだ」
「お任せください」
俺が一人で出掛けるから少し心配そうなベルに額を重ねてカムリンとウーゴのことをお願いする。
エドとベルは既に二人とは親しい仲だから、他の使用人たちとも親しくなれるよう上手く取りもって欲しい。
「じゃあ行ってくる」
『行ってらっしゃいませ』
どんな時でも丁寧に見送ってくれるみんなに口許は綻んだ。
・
・
・
魔祖渡りを使ってまず向かった場所は保護医療院。
何かしらの事件で入院が必要になった被害者の身を保護する意味も兼ねているこの医療院は国営施設の一つ。
貴族裁判は無事に終わったものの、まだ入院治療中の子供たちの様子を見に来た。
「失礼する」
「英雄。ご挨拶申し上げます」
医療師から説明を受け案内された部屋に居たのは、家宅捜索の後におこなった軍事会議で子供たちの状態を報告した医療師。
子供たちを担当している医療師のリーダー。
「変わらずか」
マジックミラー越しに見た隣の部屋に居る子供たち。
今は遊戯室で日に数時間を過ごす遊戯の時間中(医療師は観察中)だけど、小さな子でも遊べるよう玩具や絵本なども揃えられているにも関わらず誰一人それらの物には触れず、広い部屋の隅で身を寄せあって床に座っている。
「身体治療は順調に効果を得られていますが、精神治療の方は残念ながらまだ。悪夢に魘され目覚めて泣き叫ぶ子や検査や治療の時間に離されただけでも錯乱状態になる子もおります」
「そうか」
同じ地下室で育った誰かが居ないと駄目。
だから病室も介助が必要なサーラとラウを育てるリア以外のみんなは同じ地下室で育った誰かしらと同室にしてある。
「長い間地下室に閉じ込められて酷い扱いを受けてたんだから他人を怖がるのも当然だ。こればかりは焦っても仕方がない」
部屋の隅で身を寄せ合う子供たちのその姿は、捜索に入った日に外道屋敷の地下室で見た光景そのもの。
あの子たちはああして身を寄せあうことで互いを守っている。
薬や魔法で体の傷は治せても心の傷までは治せない。
「今日も菓子を作ってきた。確認して貰えるか?」
「拝見します」
異空間から子供たちに焼いてきたバウムクーヘンと使用した材料やグラム数を細かく書いたメモを出して渡す。
医療師の適切な治療のお蔭で今は通常食になったとはいえ、栄養管理が必要な子供たちに許可なく食べ物はあげられない。
「はい。問題ありません」
「じゃあいつものように頼む」
「承知しました」
いつものというのはオヤツの時間。
毎日朝から診察や検査を受ける子供たちには頑張ったご褒美として十時にオヤツの時間が設けられているんだけど、俺が来た日は特別に手作りをして持ってきたお菓子を飲み物と一緒に出してくれている。
『英雄さま』
繋がった部屋のドアを開けて中に入ると、声をかけるより早く俺に気付いた子供たちが一斉に顔をあげる。
「おはよう。みんな体調はどうだ?痛いところはないか?」
「大丈夫」
「そっか。安心した」
ラウを抱いたリアが立ち上がると他の子たちも立ち上がり、遠慮がちに近寄ってきたみんなの頭を順番に撫でる。
「サーラ。自分で車椅子を動かせるようになったのか」
「うん。でもまだ少しだけ」
「充分凄い。リハビリを頑張ってる証拠だな」
車椅子を自分の手で動かすサーラを見て驚く。
数日前に会った時は他の子に車椅子を押して貰ってたのに。
肘から先を動かせない状態から自分で動かせるまで回復したのは凄い進歩だ。
「もう。また頭を撫でる。子供じゃないのに」
「それは失礼した。レディサーラ」
「リアもちゃんと言わないと」
「わ、私、は好き。撫でられるの」
同い年のリアから賛同が得られず膨れるサーラ。
異世界から来た俺から見ればまだ二人も子供だけど、この世界では成人年齢とあって子供扱いされるのは不服のようだ。
「オヤツ?」
「凄いな。時間を覚えたのか?」
断舌されていた五歳の子供。
まだ上手く発音はできないものの、しゃがんで話す俺の腕を掴んで問いながら首を傾げる。
「時間を覚えたんじゃなくて英雄さまが来た時は必ずお菓子を貰えるってことを覚えたんだと思う」
「なるほど。俺イコールお菓子か」
オヤツを期待する気持ちがあるのはいいことだ。
喜びの感情を今まで味わうことがなかった子供たちのために、医療師へせめてもとオヤツの時間を提案して良かった。
「みなさん、オヤツの時間ですよ」
「お待たせしました」
カートに載せてオヤツを運んで来た女性補助師のその声で、俺に寄り添っていた五歳児と七歳児がビクッとする。
「よし。みんな椅子に座ってオヤツにしよう」
二人の頭を撫で両腕に抱いて立ち上がる。
毎日顔を合わせている補助師にさえも怯えるんだから、子供たちが心に負った傷は根深い。
「これはなに?」
「バウムクーヘンって名前のお菓子」
「初めて見た」
「俺が居た異世界のお菓子だから知らない人の方が多い」
「そうなんだ?」
椅子に座って目の前に置かれた皿を見る子供たちは興味津々。
訊いたサーラ以外はもう顔さえあげない。
「じゃあみんな食べる前にお祈りを」
食べたいのを堪えて手を組む子供たち。
俺が居た世界では手を合わせて『いただきます』だけど、幼い頃から地下室に居て食事の挨拶も知らなかった子供たちにはこの世界の人がする『祈り』を教えた。
『神に感謝します』
「召し上がれ」
祈りを終えて早速口に運ぶ子供たちを見て口許が緩む。
保護した時にはみんな枯れ木のような細さで重湯生活からだったのに、今はお菓子を口に出来るようになったことが嬉しい。
「慌てずよく噛んで食べるようにな」
「飲み物も飲んでくださいね」
「ゆっくりですよ」
この時ばかりは寄り添っていなくても怯えず食べている様子を眺め、一緒に様子を見ていた補助師たちと苦笑した。
オヤツの時間の後は遊びの時間。
置いてあるものは自由に遊んでいいんだと教えるため、子供たちの近くに持って来て一緒に遊ぶ。
「サーラ、本、読んで?」
「いいよ。今日はどれにする?」
保護された子の中で文字を読めるのはサーラだけ。
奴隷として地下室で育った子供たちは同年代の子に比べて幼いけど、サーラだけ大人びているのはやはり監視から一般常識や言語を教わっていたことが関係しているんだろう。
「こら。英雄さまのお膝じゃなくて床に座りなさい」
「大丈夫。ここが落ち着くならそれでいい」
「もう。足が痛くなったらおろしていいからね?」
「うん。ありがとう」
五歳児が俺の膝に座るのを見て気遣うサーラ。
乳母の役目もさせられていたサーラは子供たちからすれば姉でもあり母親のような存在でもある。
補助師にすら怯える子供たちが俺を警戒しないのは屋敷から連れ出したのが俺だからということプラス、姉や母でもあるサーラが俺のことを警戒してないからという理由が大きいと思う。
サーラが読み聞かせるのは勇者の冒険譚(絵本)。
登場人物は、大聖女、大賢者、聖騎士、そして勇者の四人。
子供向けの絵本だから内容はどこまでが本当なのか分からないけど、少なくとも登場人物は実際に居た先代勇者だろう。
思えば俺は先代勇者のことをよく知らない。
ヒカルたちは座学で先代勇者についても教わったと言っていたけど、俺が知っていることといえば先代勇者が初代英雄だったことと、竜人族と交流があったっぽい(人族の間でその話は知られてないけど)ということだけ。
「勇者さまたち、は、どこに行ったの?」
「何百年も昔の人だからもう居ないよ」
「家族は?」
「え?そこまでは私も知らない」
読み聞かせて貰っていて疑問に思ったらしくリアが訊くとサーラは大きく首を傾げる。
「英雄さまは知ってる?」
「俺も聞いたことがない。むしろ先代の勇者が男三人と女一人の四人パーティだったことさえ今初めて知ったくらいだし」
「そうなんだ。救世主の子孫なら貴族に居そうだけど」
「たしかに貴族爵を与えられててもおかしくないな」
言われてみれば勇者の子孫の話は聞かない。
特殊恩恵の〝勇者〟は召喚された本人が授かるものだから『勇者』の称号も一代限りだけど、先代魔王を倒した大きな功績に対して国が爵位を与えないとは考え難い。
爵位を与えられたなら勇者の子孫を名乗る貴族が居てもおかしくないのに、そんな話は誰からも聞いたことがない。
「勇者一行は天地戦後に爵位を返上して国を去ったそうです。大聖女さまと大賢者さまがご成婚なさって剣士さまも国仕えとご成婚なさったそうですが、国を去った後の足取りは残っておりません。余生は穏やかに暮らしたかったのでしょう」
そう教えてくれたのは補助師。
この世界で生まれ育っただけあって詳しい。
「気持ちは分かるな」
先代の勇者一行も召喚されてきた異世界人。
この星とは無関係の人間なのに魔王を倒すためだけに異世界から召喚されて戦ったんだから、戦いが終わった後はもう煩わしい役目など捨てて静かに暮らしたいと思うのも分かる。
「あれ?勇者は?一人だけ結婚しなかったのか?」
「勇者さまは天地戦へ出たままお戻りになりませんでした」
「魔王と相討ちしたか何かで亡くなったってこと?」
「いえ。魔王を倒し終えてすぐ霧のように消えたそうです」
勇者の話が出なかったことに気付いて訊くと補助師は少し困ったような表情でそう答える。
「魔王が絶命したと同時に勇者一行の目の前で突然消えたことしか分かっていないのです。消えた際に大賢者さまが探知魔法を使っても消息が掴めず国も数十年の年月を費やして捜索したそうですが、ご遺体すら見つかりませんでした」
亡くなったんじゃなくて行方不明になったってことか。
考えられる理由だと、勇者一行が嘘をついているか、国が何かを隠しているか、勇者本人が自分の意思で行方を晦ましたか。
ただ、勇者一行が嘘をついたり国が事実を隠したりする理由が分からないし、自分の意思で行方を晦ましたにしても魔祖渡りは使えなかっただろう勇者が大賢者の探知魔法で見つからないほど遠くに一瞬で転移できるとは思えない。
「英雄さま?」
「ああ、ごめん」
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
五歳児から心配そうな表情で見られて頭を撫でる。
子供たちの遊戯の時間なのについ考えこんでしまってた。
「続き読んで?」
「分かった」
再びサーラが読み始めると子供たちも夢中。
この子たちは地下室で生まれ育った子や幼児期に買われた子。
この世界の住人なら誰でも知っているだろう勇者の物語も、地下室に閉じ込められて世間を知らないこの子たちの中には初めて聞く子も居るんだろう。
「あ。時間だ」
リンと数回鳴った鈴の音。
時計を読めない子供たちにも分かるよう遊戯時間の終わりを教えるために医療師が鳴らす。
「続きは明日また読んで貰うといい。片付けよう」
『はーい』
結局今日も玩具は触れられることがないまま。
人形(男の子と女の子の人形)だけは毎回五歳児と七歳児が抱いてるけど、他の玩具は箱から出してるのすら見たことがない。
「みんな玩具よりも本が好きなのか?」
「分からない」
「ん?分からない?」
「本はサーラが読んでくれるから」
そう答えた十歳の子に首を傾げる。
サーラが読んでくれるから本の方がいいってことだろうけど、何が分からないのかが分からない。
「これで何をするの?」
「え?」
「これも検査?」
「検査?」
十三歳の子が言った『これで何をするの?』も、十一歳の子が言った『これも検査?』も意味が分からない。
補助師に助けを求めて顔を見ると大きく首を傾げられる。
「これは検査の道具じゃなくて遊び道具だ」
「遊びは痛いから嫌い」
「痛いのヤダ」
「嫌い」
俺の説明で深く眉を顰めた子供たち。
ああ、そうか。
この子たちは玩具で遊んでいいと言われても分からないんだ。
毎日外道や監視の目に怯えながら生きるか死ぬかの生活をしていたから、普通の子供のように自分で遊びを思いつく心の余裕すらなかったんだと少し考えれば分かることだった。
「……遊びは痛い、か」
リアが外道の部屋に行く時間を『遊びの時間』と言っていたのは恐らく外道や関係者がそう言ってたからで、地下牢に居たこの子たちも遊びと言われて酷いことをされていたから『遊び=痛いこと』の認識になってしまったんだろう。
唯一知ってる遊びが拷問とは……。
「みんなが覚えた遊びは本当の遊びじゃないんだ。本当の遊びは楽しいことで、例えばこのブロックならこうして重ねて自分の好きな形を作って遊ぶだけだから痛くないし怪我もしない」
箱からブロックを出して重ねながら説明する。
今後この子たちには遊びが痛いことではないということから教えていく必要がある。
「これはやらないといけないことじゃないから遊びたくない時は遊ばなくていい。遊ばないからって誰も怒らないし無理に遊ばせたりもしない。ここでみんながやらないといけないことは治療や検査だけ。薬を飲んだり注射したり嫌なこともあるだろうけど、みんなに元気になって欲しいから先生たちも薬を飲ませたり注射をしているだけで傷つけたい人は居ない」
今までの遊びは強制だっただろうけどここでは自由。
遊ぶも遊ばないも何で遊ぶのかも個人の自由だ。
「この部屋にある本や玩具はみんなに楽しいって気持ちを知って貰うために先生たちが用意してくれたものだ。みんなを傷つけるための物じゃないから、もしこれは何だろうと思えるものがあれば手にとるところから始めてみるといい」
まずは玩具に興味を持つことから。
気になったら手にとって遊び方を知っていけばいい。
今までの遊びは本当の遊びではなかったんだと知って、いつか楽しいという感情を知って欲しい。
「英雄さま。また来る?」
「もちろん。みんなの元気な姿を見るのが俺の楽しみでもあるから。頑張ってるご褒美にまたお菓子を作ってくるから、しっかり食べてよく眠ってますます元気になった姿を見せてくれ」
「うん」
遊戯の時間が終わって病室に戻る子供たちの頭を撫でる。
その気持ちに嘘偽りはなく、少しずつ元気になっていく子供たちの姿を見に来ることも俺の楽しみの一つになっている。
「来てくれてありがとう」
『ありがとう』
「どういたしまして。またな」
お礼を言ってチラチラ振り返りながら補助師の後を着いて行く子供たちを手を振って見送った。
「シン」
「師団長」
名前を呼ばれて振り返ると師団長が居て首を傾げる。
「どうしてここに?」
「子供たちの様子を見て貰うために」
「ん?見て貰う?」
「まだ少し先になるが、身体治療を終えたら未成年の子供は孤児院に入る。支度期間も考え受け入れ先を決めておかねば」
「精神治療はどうなるんだ」
「通いだ。保護の必要がない者をこの医院に置いておけない」
ああ、言われてみればそうなるか。
ここは施設に必要な資金も患者の入院費も国民の税で賄われている国営の保護医療院だから、外に出ても命を狙われる危険がない身体治療も必要ない人を入院させてはおけない。
「ガルディアン孤児院じゃ駄目なのか?」
「それは施設員の負担も考えての発言か?現状で手一杯のところに乳飲み子を含む九名を迎え入れられるとでも?」
そう言われては反論できない。
清浄化は進んでいてもまだ西区はスラム地区。
雇おうにも施設員が来てくれないという問題は解決してない。
「廊下で話す内容ではないな。少し中で話そう」
「院長たちが居るんじゃないのか?」
「お帰りになった。子供たちの遊戯時間が終わったんでな」
「そうなんだ」
来た時にも入った遊戯室の隣の部屋。
俺と入れ違いに来て様子を見ていたんだろう。
「お疲れさまです。本日も面会ありがとうございました」
「俺がみんなの様子を見たくて来てるだけだから」
中に入ると担当医も居て椅子から立ち上がり頭を下げる。
机に子供たちの情報が書いた紙が置いてあって、これに目を通して貰いながら説明したんだろうと思いつつ椅子に座った。
「で、どこか迎え入れてくれそう?」
「結論から言えば断られた。子供たちの精神状態を考えれば同じ孤児院が理想だ。そこで手始めに三箇所の規模が大きな孤児院の院長に来て貰ったが、無理だと言われてしまった」
「九人纏めては無理でも二・三人ずつなら?」
本当は同じ孤児院が理想だけど、自分も孤児院を運営してるだけに九人纏めて預かるとなると厳しいのは分かる。
この世界には託児所のような場所がないから孤児院に預けて働きに行く人も居て、どこの孤児院もカツカツなのが現実。
「当然それも提案した。だが受け入れられないと」
「そんなに運営がギリギリなのか」
「そうではない。子供たちが獣人族である時点で無理らしい」
ああ、そうか。
子供たちは獣人族なんだった。
俺は種族を意識してないから人数だけで判断したけど、獣人族であることが問題の一つにあがるのはこの世界では一般的。
「差別だなんだと感情論で語ってくれるなよ?種族が違うということは育て方から違うのだから、既に多くの子供たちの身を預かっている孤児院の院長が難色を示すことも致し方ない」
「……そうだよな。そんな単純な話じゃなかった」
言われてみればその通り。
例え院長が良くても人族と獣人族ではオムツの替え方一つから違うし、飲むミルクの量だって違えば成長速度も違う。
その違いは今まで人族しか育てたことがない職員にとって大きな負担になるし、既に居る子供たちが獣人族を受け入れてくれなければ虐められる可能性だってある。
命を預かっているからこそ無責任に受け入れられないというのはまっとうな院長の考えだ。
「俺もカームの時に子供たちが受け入れてくれるか不安だったことを忘れてた。他の地区の人よりまだ獣人との接点がある西区ですら一人迎えるだけでも不安だったのに甘いな。俺は」
自分の考えの甘さに呆れる。
他の地区の人に獣人族の二・三人はたったじゃない。
職員に知識から学ばせなくてはいけないことや、大人数の子供たちに受け入れてくれるよう話して聞かせないといけないことを考えれば、人族の子供を複数名受け入れるよりも大変だ。
「そう落ち込むな。君の甘さは欠点でもあるが優しき者の証でもある。現実は甘くないが、その優しさも忘れてくれるなよ」
子供たちの情報が書かれた紙を纏めながら言った師団長。
俺のその甘さで何度も苦労をかけているのに、そう言ってくれる師団長こそ優しき者だと思う。
「さてどうしたものか。獣人族という他にも問題は多い。本人たちが保護された仲間以外の者を怖がっていては他の孤児たちと親しくなれないだろうことや、一人にさせると錯乱する精神状態であることも受け入れ拒否の理由にあがっていた」
「だろうな。例え孤児院の子が受け入れてくれても、あの子たちが孤児院の子を受け入れられるかはまた別の話だから」
本人たちが受け入れられなければ結局はどこに行っても同じ。
孤児院の子供たちが親しくなろうとしてくれてもあの子たちがそれを拒否すれば心の亀裂が生まれる。
それに関しては乳児から受け入れた方が簡単だ。
物心つく頃には院にも周りの子にも馴染んでるだろうから。
「ああ。院長方も双子の嬰児は受け入れる孤児院もあるだろうとは言っていた。ただ、五歳から十三歳までの子供に関しては、精神治療の必要な子を何人も同時に受け入れられる孤児院を探すのは難しいだろうとのご意見だった」
引っかかるのはやっぱりそこか。
双子の嬰児は裏売買で取引された子で親も居ないし物心もついてないから乳児の受け入れ体制が整った孤児院なら種族の問題だけで済むけど、母親の居る嬰児は母親と一緒に受け入れる必要があるし、その母親が一人になれないから最低でも三人一緒に受け入れなくてはいけない。
種族+人数+精神状態。
それだけの問題を抱えた子を受け入れられる孤児院を探すのは難しいとあうのはご尤もな意見だ。
「今日来ていただいた院長方の孤児院が最有力候補だったが、彼らから断られたとなると厳しい。未成年を放り出す訳にはいかないから他の孤児院にも話してみるが、最悪の場合は一人ずつ預けることになるかも知れない」
明るい未来は見えない。
妥協してせめて一人だけでもと頼んでも受け入れてくれる孤児院は少ないだろうし、国の命令で渋々受け入れてくれたとしても一人ずつでは錯乱状態になって結局は手に負えないとなることが目に見えている。
理想は九人纏めて受け入れてくれること。
子供たちの精神状態を考えればそれが理想だけど、現実はそんな理想など語れないほどに厳しい。
「注意しておくが、君が院長に直接交渉するなど愚かな真似はしないように。英雄から言われては国から命じられるのと変わらない。英雄と繋がりを持ちたい下心で受け入れたり断れず無理に受け入れて貰っても子供たちが幸せになるとは思えん」
「分かってる」
子供たちを大人のあれこれに巻き込む訳にはいかない。
下心や断れずで受け入れて貰ったところで孤児院にも子供たちにもマイナスにしかならない。
「悩んでいても仕方ない。別の孤児院をあたってみよう」
「うん。あ、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「先代勇者のことが知りたい」
書類を封筒にしまう師団長にそう申し出る。
「先代の?なぜ急に?」
「ついさっき勇者の冒険譚を聞いてて何も知らないことに気付いて。魔王を倒してすぐ消えたって話も不可解だし」
今まで気にしたこともなかったし特別知る必要も感じなかったけど、勇者だけが消えたということが気にかかる。
「閲読が制限されてる書籍が読みたい」
「ふむ。王城の書庫に入る許可が欲しいということか」
「ヒカルは読んだって聞いた。俺は勇者じゃないから駄目?」
「いや、君も勇者召喚の儀で共に召喚された異世界人だ。勇者について知る権利はある。私から陛下に話してみよう」
「ありがとう。頼む」
良かった。
勇者じゃないから駄目と言われなくて。
相談したのが俺を勇者のオマケで着いて来た異世界人としか思ってない魔導師長だったら断られただろうけど。
ちなみに魔導師長は厳重注意を受けて謹慎中。
敵の魔族とはいえ開戦してない状況で攻撃の意思もない『王さま』を相手に攻撃をして許されるはずもなく、現在選考中の次の魔導師長が選出されたら解雇処分を受けるらしい。
魔王が許してくれたから極刑は避けられたようだけど、本来ならあの場で粛清されても文句は言えなかった。
「話が決まったところで俺も領事館に行かないと」
「私も戻って別の孤児院に書簡を送ろう」
「うん。孤児院のことは任せた」
「それも私の仕事だからな」
お互いにやることは山積み。
子供たちや孤児院についてはこの場で話していても解決しないから、今は自分のやるべきことをやらないと。
「医療師長。子供たちをよろしくお願いします」
「よろしく頼む。何かあれば報告を」
「はい。どうぞお気を付けて」
師団長は王宮師団の仕事へ。
俺は領主の仕事へ。
子供たちを担当してくれてる医療師長へお願いして医療院を後にした。
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えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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