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第十章 天地編
ファーストダンス
しおりを挟む次の人の挨拶の邪魔にならないよう第二王妃の傍を離れた途端に遠巻きに見ている公爵家の人たちの視線が突き刺さる。
よーいドンの合図を待っているかのように声をかけるタイミングを伺う視線も夜会では見慣れたもの。
どうやらアルク国でもバナナ(作り笑い)の叩き売りが必要になるのは変わらなさそうだ。
「英雄公爵閣下。お飲みものはいかがでしょうか」
「いただこう」
まずは夜会恒例のスパークリングワインを配るボーイが来て、銀製のトレイに乗ったシャンパングラスに鑑定をかけ手を伸ばしたと同時に出入口の重厚な扉が開く。
入ってきたのは華やかなブルーのドレスを身に纏った女性。
まだ若いからエルフ族の公爵令嬢だろうか。
ブルーの髪をアップヘアに纏めた碧眼の美形。
どこかで見たような……。
「あの見目麗しいご令嬢をご存知か?」
「シャルム公爵家の末女メリッサ・フェリング・シャルムさまにございます」
ボーイにこっそり訊くと第二王妃の末妹らしく、王妃と同じブルーの髪と瞳に見覚えがあったことに納得する。
あれ?でも他にもブルーの髪と瞳の人に会ったような……。
「ん?メリッサ?………あ。警備長官」
「はい。第五部隊の警備長官です」
やっぱり!
第二王妃と同じ特徴だから見覚えがあったんじゃなくて裁判所で本人と会ったんだから見覚えがあって当然だ。
警備官の時(軍服)とあまりにも印象が違って気づかなかった。
「足止めさせてすまない。助かった」
「お役に立ちましたなら幸いです」
「ありがとう」
みんなに飲み物を配るのに引き止めてしまったことを詫びて今度こそグラスを受け取った。
それにしてもあの長官が第二王妃の末妹だったとは。
俺は第二王妃の末妹から大内刈でぶっ倒されたのか。
というか第二王妃の末妹が危険の多い警備官になるのはシャルム公爵家として有りなのか?
「シンさま」
「団長。警備長官が第二王妃の末妹だって知ってた?」
「いえ。シャルム公爵家が代々国仕えを排出する優秀な一族ということは有名ですが、人族の間で話題にあがるのはご令息のことばかりでご令嬢のことまではあまり耳に入りませんので」
再び一人になったタイミングを見計らい声をかけてきた団長。
団長も長官が第二王妃の末妹だったのは知らなかったようだ。
「そっか。家を継ぐのは基本的に息子だからな。令嬢は話題にあがらないのもわかる気がする」
貴族家は子息が家を継ぐのが基本。
その辺りは日本の皇族と変わらない。
例外として男児に恵まれなかった家は長女に継ぐ権利があるけど、大抵は男児の養子や婿養子を迎えると聞いたことがある。
「私も傍に居た公爵家の会話の中で知ってお伝えしようと」
「わざわざありがとう」
「では警護に戻ります」
「よろしく」
国民階級は俺の方が上とはいえ第二王妃の妹。
王系公爵は他の公爵家とはまた違う特別な存在だから報せに来てくれた団長は、交流の邪魔をしないよう再び俺から離れた。
「英雄公爵閣下。お時間をいただけますか?」
「ん?ああ」
第二王妃へ挨拶をしている警備長官の様子を遠巻きに眺めているとエルフ族の貴族から声をかけられる。
そこからは夜会恒例の光景がスタートしてあっという間に人が集まって来る。頑張れ俺の表情筋。
他愛ない世間話から商売の話まで様々。
どの話題に興味を持つか探られているのをひしひしと感じる。
国王軍だからという理由で貴族裁判に参加する義務を免除されているエミーが今更ながら羨ましい。
「ファーストダンスのお相手はお決まりですか?」
「いや。今日はパートナーが」
「ご歓談中に失礼いたします」
娘連れのエルフ貴族の問いに嫌な予感がしつつも今日はパートナーが居ないから踊らずに居るつもりだと答えようとしていると、聞いたことのある声が聞こえて貴族たちが道をあける。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。シャルム公爵家が末女メリッサ・フェリング・シャルムと申します。此の度は傍系の者が起こした過ちでお手数をおかけしましたこと、裁判中の度重なる不敬、本家の者として重ねてお詫び申し上げます」
カーテシーで挨拶をしたのは警備長官。
化粧も長官の時と違って華やかにしてあるけど近くで見るとあの時の警備長官だとすぐ分かる。
「お初にお目にかかる」
初見の体での挨拶だったからこちらも初見として返す。
関係性を知られたくない場合もあるから相手の言動に合わせるのが基本。
「顔をあげよ。既にご当主より謝罪いただいた。これ以上の謝罪は不要。私は私の役目を果たしたまで」
謝罪なら当主からも第二王妃からも聞いた。
両国王からの王命で今回は指揮をとっただけで、事件に関しては俺が何かされた訳じゃないんだから俺に謝る必要はない。
長官が来てから少し距離をとった貴族たち。
公開処刑となる大罪人に関係した一族だからの距離感か。
「メリッサ嬢。このあと急ぎの用はあるか?」
「いえ」
「では少し二人で話す時間が欲しい」
「光栄にございます」
悪事を働いたのは外道でも、一族の人たちが他の公爵家から距離を置かれてしまうような判決の証拠を集めたのは俺。
このまま挨拶だけで済ませるのは心苦しくて二人で話す時間を貰った。
「バルコニーで話そう」
「はい」
距離を置いた貴族たちに軽く敬礼をしてから団長にも目配せして長官を連れバルコニーに出た。
「はぁ。やっと解放された」
バナナの叩き売りより安い作り笑いと堅苦しい口調からようやく解放されて夜の冷え冷えした空気を吸い込む。
「寒そうだ」
人目の少ない場所としてバルコニーを選んだけど、ドレス姿では寒いことに気付いて礼服の上を脱ぎ長官の肩にかける。
「英雄公爵閣下が風邪をひいてしまいます」
「大丈夫。誘って風邪を引かせる訳にいかないから着てくれ」
「……ではお言葉に甘えて」
少し迷うような表情だった長官は軍服に包まる。
「さて。改めてよろしく。警備長官」
「知らぬ振りをして申し訳ございませんでした」
「気にしなくていい。それよりここには俺たちしか居ないんだから長官も気楽にしてくれ。名前も敬称は要らない。英雄でもシンでも好きに呼んでくれ」
そう返すと長官はようやく笑みを浮かべる。
お互いに立場(身分)があるから人前では最低限の礼儀は必要だけど、出会いがアレ(大内刈)だったことだし二人きりの時にまで堅苦しく話す必要はない。
「押収に来た時は名前しか名乗らなかったよな?」
「はい。名乗ると煩わしいことになる場合もあるので職務中は基本名乗りません。爵位と職務は無関係ですから」
「なるほど」
優秀な一族ともなるとたしかに煩わしいこともありそう。
若くして警備長官になった女性だからなおさら、シャルム公爵家だからコネで警備長官になれたとかいう奴も居そうだ。
「男女の体格差や年齢で向き不向きがあることは事実だけど、実力も見ずに最初から年齢や性別で決めつける頭の固い奴も居るからな。お堅い仕事の警備官となるとなおさら大変そう」
「ええ。ほんっっっっとうに!頭の固い偏屈は困ります」
力一杯溜めた長官に笑う。
異世界にも女性警官が居ることを知った時の反応はやっぱり年齢や性別で色々苦労しているからだったんだろう。
「警備官は続けられるのか?一族から大罪人が出て」
「大罪人の居る一族は警備官にはなれませんので引き継ぎを済ませ次第辞職します。その手続きがあって遅れました」
「やっぱそうか」
アルク国も大罪人(殺人犯)の一族は警備官になれないようだ。
傍系の者だから大丈夫かとも思ったけど、同じ姓を名乗っている限り警備官を続けることは出来ないんだろう。
「それは謝ることしか出来ない。例え先に長官と出会ってたとしても罪を見て見ぬふりはしなかった。ただ俺の行動が誰かの人生の妨げになったことは胸に刻んでおく。すまない」
加害者の家族や親族もある意味被害者。
連帯責任に問われるこの世界では特に。
でもだからといって俺に見ないふりは出来なかった。
出来ることは自分の言動が誰かを傷つけた事実を忘れずにいることだけ。
「そのような顔をなさらないでください」
そう言って長官はクスクスと笑う。
「英雄は悪を裁いただけで何も悪くありません。代々国にお仕えしてきたフェリング家の者でありながら大罪を犯した本人への怒りはありますが、民を護る警備官だからこそ罪が公になり裁かれたことに安心しました。どちらも私の本音です」
警備隊ならまだしも警備官は国家資格。
年齢や性別の壁も乗り越え長官になるのは並大抵の努力ではなかっただろうに、その努力を踏みにじる結果を齎した俺に長官は澄んだ目で微笑む。
「俺はどうやって長官に詫びればいい?」
本音でも強がりでも俺が人生を変えてしまったことは事実。
悪人を捕まえることを職務にしてる人に対して「ごめん」とか「申し訳ない」と謝るのは違う気がして、詫び方が分からず問いかける。
「では私と一曲ダンスを踊ってくださいませ」
「ダンス?」
「はい」
今は夜会の真っ最中だからダンスか。
ダンス……うん、ちょうどいい。
「レディメリッサ。私と踊ってくださいますか?」
「喜んで」
「ファーストダンスの誘いをお受けくださり光栄です」
「ファーストダンス!?お待ちを!それは知らなくて!」
「一度手を取ったんだからもう遅い」
舞踏会では様々な異性と踊るけど、一曲目のファーストダンスだけは既婚者なら伴侶と、独身なら恋人や同伴してきたパートナーと踊る特別感のあるもの。
さっき娘連れの貴族と話していた内容までは聞いてなかったようで、慌てて逃げようとする長官の手を離さずフロアに戻る。
「団長。ファーストダンスは長官と踊る」
「承知しました」
テラスの入口で護衛していた団長に話しながら、長官の肩にかけていた軍服を再び受け取り人肌に温まっているそれを着る。
「英雄公爵閣下、お考え直しください。私がファーストダンスのお相手を務めるなど恐れ多くて倒れてしまいます」
「安心して倒れてくれ。受け止めるから」
「そうではなくて!」
俺が毒を飲んだと知った時のように慌てふためく長官に笑いながら白いグローブをする。
「騎士さまどうぞ止めてくださいませ。私では英雄公爵閣下のファーストダンスのパートナーは務まりません」
「申し訳ございません。こうなった英雄公爵閣下を止められる者はブークリエ国中を捜しても存在いたしません」
「そ、そんなぁ……」
助けを求めた団長から断られて素の顔を見せる長官が可愛い。
「貴族たちの自分の娘とファーストダンスをって遠回しな圧力が凄かったから助かった。言ってくれてありがとう」
「お詫びというお話だったはずなのに」
「ダンスが詫びって言ったのは長官だし」
どうやって詫びればいいか訊いたらダンスと言ったのは長官。
気にする俺に詫びにもならないそれを詫びにすることで『それで許す』と気遣ってくれたことは分かってるけど、それが俺にとってはありがたい詫びの内容だったというだけ。
「さて、気持ちを切り替えて。レディメリッサ。お手を」
文句を言いつつ支度が済むまで律儀に待っていてくれた長官の前に跪いて手を差し出すと、長官は諦めたのか腹をくくったのか苦笑して手のひらを重ねた。
今までの曲が終わり長官をエスコートして中心に行く。
この世界の舞踏会は会場の中心に近いほど国民階級の高い者という決まりがあるから(例外として結婚式の中心で踊るのは新郎新婦)、特級国民の俺と踊る人は否が応でも目立つ。
だから俺のダンスパートナーという立場は貴族たちの様々な思惑が混ざっていて、親は娘と踊らせようと躍起になる訳だ。
しかも今回はファーストダンス。
アルク国では初参加の舞踏会で俺が誰と踊るか、思惑のある人たちは気になっていただろう。
注目を浴びるからこそこれでいい。
英雄がファーストダンスの相手に選んだのがフェリング一族の末女とあらば、さっきのように距離を置く貴族は減るだろう。
外道の罪を暴いた俺が罪のない他のフェリング一族や長官にできる償いはこのくらいしかない。
「やはり私では……みなさまの視線が」
「私と踊るのは嫌か?」
「憧れの英雄公爵閣下と踊れることは光栄です。ですが今の私は多くの民が慕う英雄へ刃を向けた大罪人の居るフェリング家の者。地に落ちたフェリング家の者と大切なファーストダンスを踊れば英雄公爵閣下の評価を下げることになりかねません」
貴族たちから針のむしろのような冷ややかな視線を浴びる中、サファイアブルーの力強い目で真っ直ぐ俺を見て言った長官。
背筋の伸びたその立ち姿には気品がある。
「これで評価が下がるなら私がその程度だったというだけ」
「で、ですが」
「そもそも私は他人からの評価に興味がない」
「……え?」
英雄としての評価や貴族としての評価なんて俺が取り繕ったキャラクターに対する評価でしかない。
小難しいことで左右される評価より俺を好きか嫌いかだけ分かれば充分だ。
「例えフェリングの名が地に落ちても心までも闇に落ちるな。どんなに立派な名を持とうとも名乗る者が愚劣であれば意味はない。大切なのは名乗る者の為人。地に落ちたならまた這い上がればいい。地面から見上げる空も存外いいものだぞ?」
オーケストラの演奏が再び始まり互いに正式なカーテシーとボウアンドスクレープで挨拶をして手を組む。
「英雄。ありがとうございます」
「何の話か分からないな」
「言いたくなっただけですので聞き流してくださいませ」
「そうしよう」
踊りながら小さな声で言った長官は笑みを浮かべて俺も笑みで応える。
「さすが公爵令嬢。ダンスも上手い」
「ありがとうございます。ですが私が上手に踊れているのでしたら英雄公爵閣下のリードがお上手だからです。どちらか一方が上手くてもチグハグになってしまいますので」
そんなことをいう長官に少し笑う。
人の立て方の上手さもさすが公爵令嬢。
しっかり人目につくよう二曲ダンスを踊った。
「英雄公爵閣下。レディ。お飲みものもいかがですか?」
「ありがとう。いただく」
「私もいただきます」
フロアの中心を離れて軽食の並ぶテーブルへ行き、給仕に来たボーイからよく冷えたスパークリングワインを受け取る。
「グラスを見て思い出しましたがお体は大丈夫ですか?」
「グラス?ああ、昼間のアレか。ご覧の通り何ともない」
「本当に効かないのですね」
「うん。全くのノーダメージ」
昼間のアレとはもちろん毒の話。
毒を入れる行為自体が犯罪(暗殺罪)だから捕まえたけど、毒が入っていようとも俺にはただの果実水でしかない。
「事情聴取はしたのか?」
「ええ。私の口から聴取内容を明かすことは出来ませんが犯行を依頼した使用人家族も既に拘束いたしました」
「対応が早いな」
「今回はエルフ族が英雄に毒を盛るという国家間の問題に繋がる大罪です。一人たりとも逃がす訳には参りません」
王家や特級国民の命を狙えば反逆罪。
この世界の法律は国単独の法と国共通の法があって(国内法と国際法のようなもの)、反逆罪は国共通の法にあたる重大な犯罪。
企てたり遂行した本人はもちろんその家族さえも、例え何も知らなかったとしても生涯大罪人の烙印を押されることになる。
「また憎しみの連鎖か」
スタンピードの時と同じ。
今回も罪を犯した外道を捕まえたことをきっかけにして一緒に逮捕された使用人家族が憎しみを持って新たな罪に繋がった。
憎しみの連鎖は知恵を与えられた生命の業。
「っ」
「大丈夫ですか?お顔の色が優れないですが」
「大丈夫」
頭を殴られたような一瞬の激痛。
咄嗟に頭を押さえた俺を見て長官は飲みかけのグラスを急いでテーブルに置き心配そうに様子を伺う。
「王宮医療室へ行った方が」
「本当に大丈夫。一瞬頭が痛かっただけ」
「病の兆候という可能性も」
「魔法検査が使えるから病なら自分で分かる」
「神官の特殊恩恵もお持ちなのですか?」
「一部の人しか知らないから秘密な?神官や魔法医療師の仕事を奪う気はないから」
人差し指を口にあてて秘密とジェスチャーして見せると、長官はコクコクと首の動きで表して納得してくれた。
「私もお話に混ぜてくださいませんか?」
「王妃殿下」
声をかけてきたのはまさかの第二王妃。
その後ろには俺が来た時に案内してくれた侍女の二人がついている。
「お邪魔かしら」
「滅相もないことです。光栄です」
「メリッサも顔をあげてちょうだい」
「はい。お姉さま」
深く身を屈めていた長官も第二王妃から言われて姿勢を戻す。
本当に姉妹なんだと第二王妃のリラックスした様子で分かる。
「メリッサをファーストダンスのパートナーにお選びいただきありがとうございます。素晴らしいダンスでした」
「お褒めに与り光栄です。メリッサ嬢が私の拙いダンスに合わせてくださったお蔭で恥をかかずに済みました」
壇の上からしっかり見られてたらしく胸に手を当てて感謝を伝える。
「ご謙遜を。メリッサをリードできる方を見たのは祖父以来。パートナーを気遣う必要なく踊る姿を見たのは久しいですわ。お転婆な子ですがダンスは姉妹の中で一番上手ですの」
「お姉さま、そのような身内の恥を堂々と」
「身内の恥?」
「私ももう十八です。お転婆などと子供のような」
「あら。幾つになっても私には可愛い妹よ?」
これが第二王妃の素の顔か。
仲睦まじい姉妹だ。
「って十八!?」
姉妹のわちゃわちゃを邪魔しないよう大人しく呑んでいようと思いグラスを手にとって一足遅れで驚く。
「第二王妃殿下の御前だというのにご無礼を」
「今はメリッサの姉としてここにおりますのでお構いなく」
「お目こぼし感謝申し上げます」
「ふふ。素の様子を見ることができて光栄ですわ」
他国の王妃が居るのに驚いて素の口調になってしまった。
今更リカバリーできるはずもなく王妃にクスクス笑われる。
「十八には見えませんか?」
「若いとは思っていたが、十八で警備長官と聞けば驚く」
「飛び級を使い十六で訓練校の公職科を卒業しましたので」
「そうだったのか」
この世界の学校(訓練校)は完全実力主義。
義務教育のようにただ通っていれば学年が上がる訳じゃなく、実力がなければいつまで経っても上がれない。
逆に実力さえあれば飛び級制度を使ってあっという間に卒業資格を得ることもできる。
因みにエミーは五歳で賢者の素質があることが判明して賢者専門の施設に入り、七歳で魔導校(魔法学校)の初等科に入学して九歳で上級科まで卒業、卒業同時に訓練校(武器科)へ入学して十一歳には卒業したという『とんでも経歴』の持ち主。
つまり日本で言うと小中高大を四年間で卒業したことになる。
「警備官になれるのは何歳からなんだ?」
「成人であれば」
「十五歳か」
「はい。昇格は一年の経験を経てからになりますが」
「なるほど」
地球では十八歳で警察のお偉いさんになるのは無理だけど、実力主義のこの世界だと警備長官になるのも年齢ではなく“警備長官になれる実力があるか”が重要なようだ。
そもそも成人年齢が十五歳の時点で大きく違うんだから、俺が居た世界と同じ感覚で考えるのが間違いだけど。
十六で卒業して奉職二年で長官。
並大抵の努力ではなかっただろう。
努力の末に手にしたその肩書きも今回の事件で潰えた。
しかも本人ではなく傍系の者が起こした事件で。
警備官という『悪を許さない職業』だから致し方ないとは言っても、事件と無関係ではないだけに複雑な心境だ。
「ご歓談中失礼いたします」
ボーイが来て深く頭を下げたと思えば侍女に耳打ちし、侍女が第二王妃に耳打ちする。
珍しい。
貴族社会は話を遮る行為を良しとしないのに。
特級国民という立場の俺と話をしてるのに後回しにしなかったということは、後回しにできない何かがあったということ。
「「?」」
長官と顔を見合わせ互いに少し首を傾げる。
「わかりました」
侍女にそれだけ言うと今まで柔和な雰囲気だった第二王妃の表情が変わった。
「ご挨拶申し上げます、テレシア妃」
第二王妃に挨拶をしたのは派手な真紅のドレスを着た娘っ子。
一緒に来た二人も胸の開いたド派手なドレスを着ている。
今回の舞踏会の趣旨を思えば肌の露出の多いそのド派手なドレスと装飾品は相応しくないと思うんだけど……。
「この度の事件でテレシア妃がお心を痛めてるのではないかと気がかりで、いてもたってもいられず伺いました」
「そうでしたか。ありがとう」
第二王妃を名前で呼ぶこの娘っ子は誰なのか。
晩餐に居なかったから少なくとも王妃じゃないことは確か。
年齢や雰囲気的に第二王妃の友人って感じでもない。
「お優しいテレシア妃のことですから身内の者が幼子を虐待し多くの民を殺めたとあってはお辛いでしょう。心中お察しいたします。ですがテレシア妃は何も悪くありませんわ。身内とはいえ傍系の者ですもの。どうぞお心安らかに」
「お気遣いありがとう」
娘っ子の大きめの声で再び周りの人の視線が向かう。
裁判で残酷な光景を見ることになった貴族たちへ、せめてその間だけでも忘れて心を休めて貰おうと第二王妃が主催した夜会なのにまた思い出すようなことを。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。パメラと申します」
「ロラと申します」
「カサンドラと申します」
「お初にお目にかかる」
俺にも挨拶をした三人。
第二王妃のすぐあと俺に挨拶したってことは、少なくとも俺の方が身分が上らしい。
「王妃殿下。こちらの方々は?」
名前だけでは何者なのかわからず第二王妃に訊く。
「王宮妃ですわ」
「王宮妃?」
なにそれ。
初耳なんだけど。
「寵妃のことです」
ボソッと教えてくれたのは長官。
お妾さんだったのか!
「そうでした。ブークリエ国には王宮妃がいないのでしたね。アルク国では王妃の他にも国が認めた王宮妃が数十名いて、王宮妃専用の宮殿に暮らしているのです」
「知らず御無礼を。他種族の文化にはまだ詳しくないもので」
国で認めた妾(愛人)と聞いて思いつくのは側室。
ブークリエ国では国王の妾のことを『寵妃』と呼ぶけど、アルク国では国王の妾のことは『王宮妃』と呼ぶらしい。
数十人も居るとか大奥のようだ。
「中でもパメラは王宮妃第一位ですの」
「第一位?」
「陛下のお渡りが一番多いのですわ」
「お渡り……ああ、はい」
つまりエルフ国王が部屋に訪れる(夜伽)回数が一番多いと。
国王お気に入りの妾だから第二王妃相手にも強気なのか。
しかも声の大きなあの発言を周りの誰も止めなかったということは、それなりの立場の存在として扱われているんだろう。
「放映では何度も拝見しておりましたが、実際にお会いできて光栄です。閣下の前ではどのような高価な宝石も霞みますわ」
「王都の一区を任されているとお聞きしております。お美しくて強くて才覚もあるなど非の打ち所がないですわね」
「アルク国でも閣下をお慕いする者が多いのですよ?」
……圧が凄い。
あと距離を詰めてくるのは辞めて欲しい。
国王の妾なのに他の男と距離が近いのはアリなのか?
ブークリエには王宮妃なんてないから娘っ子たちの立ち位置が分からないけど、駄目なら俺が不敬罪に問われそうで怖い。
「どのような女性がお好きですか?」
「お付き合いされてる女性はいらっしゃるのですか?」
いやだから近いって。
第二王妃が気がかりで来たんじゃなかったのかよ。
ガッツリ肉食系じゃねえか。
アルク国王のお手つきにどう対応したらいいんだよ。
「貴女たち。英雄にお会い出来てついはしゃいでしまう気持ちも分かりますが立場を弁えなさい。英雄は両国王陛下に次ぐ崇高なお立場の方なのですよ?」
見るに堪えなかったのか三人へ注意する第二王妃。
その表情は厳しい。
「私たちはただお話をしたかっただけで」
「それがそもそもの間違いです。身分が上の者に許可もとらず話すことは勿論、お体に触れるなどあってはなりません。陛下のご寵愛を受けているからと言って他国の英雄への無作法は許されませんよ。私への非礼は目を瞑りますが、英雄への非礼はアルク国第二王妃として見過ごすことはできません」
今のを聞く限り王妃が大人になって我慢しているようだ。
いくらエルフ国王のお気に入りでも立場で言えば王妃の方が上だろうに、どうして王妃の方が我慢しているのか謎。
「私たちそんなに悪いことをしましたか?」
たったいま第二王妃から注意をされたのに俺の軍服の袖を少し摘んでウルウルしながら見上げて訊く王宮妃第一位。
三人してメソメソメソメソ……うん、鬱陶しい( ˙-˙ )スンッ
「訊かれたから答えるが、私には不快だった」
キッパリ答えると周りの人がザワザワする。
「逆の立場で考えてみるといい。身分以前に、君たちは挨拶を交わしただけの見ず知らずの異性から個人的な質問攻めをされながら体を撫で回されても不快ではないのか?私は割と触れられることに抵抗がない方ではあるが、ここは公爵家の集まる第二王妃主催の夜会。申し訳ないが娼館に来た覚えはない」
挨拶しただけの人からいきなり質問攻めにされて体を撫で回されたら身分関係なく嫌がる人が多いだろう。
ホストクラブに来る客にだってそんなことをする客は少ない(居ないとは言わない)。
「英雄公。アルク国民が狼藉を働き不快にさせましたこと、重ねて、お見苦しいところをお見せしたことを深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
「どうぞお顔をあげてください。私の心情を察しての注意だったことは理解しております。お心遣い感謝申し上げます」
娘っ子たちは分かってるんだろうか。
自分たちが救われたことを。
地上に一人しか居ない英雄へ無作法を働いた者を第二王妃という高い身分の人があえてみんなの前で注意することで、貴族たちからの反感を買うことを回避してくれたことを。
アルク国の人なら『国王の寵妃だから』と甘やかされ許されるとしても、ブークリエ国の人にそのマイルールは通らない。
王家主催の舞踏会で、本来なら謁見許可が必要な英雄へ許可なく話しかけたうえに道行く人を誘う娼婦ように体に触れたとあらば、礼儀作法に厳しい貴族だからこそ反感を買う。
「厳しい物言いをして悪かった。礼儀作法に関しては素晴らしい師が君たちには居るのだから王妃殿下を見て学ぶといい。その時にはゆっくり話をしよう。親しくなってからならば許されることもある。私に怯えず声をかけてくれたことに感謝する」
今にも「国王に言いつけてやる!」と走って行きそうな娘っ子たちの手をとり、怯えなかったお礼のキスを指先にした。
「あの子たちにも温かいお心遣い感謝します」
「私はなにも」
俺に謝ってまた会う約束をした娘っ子たちを見送りながらお礼を軽く流すと第二王妃はクスクス上品に笑う。
「あの子たちは一般国民ですので貴族の礼儀作法には詳しくありません。動機は不純であっても礼儀作法を学べば英雄とお話できるとなれば真面目に学ぶでしょう。見捨てず学ぶ機会を与えてくださってありがとうございます」
高価でも場にそぐわないドレスを着ていることやカーテシーのぎこちなさで一般国民だということはすぐにわかった。
あのまま終わりにすれば第二王妃の目的だった気晴らしの舞踏会が不穏な空気になってしまうから、一番丸く収まるだろう方法をとったというだけ。
そんな余計なことは言わず第二王妃へ笑みで応えた。
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我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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