ホスト異世界へ行く

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第十章 天地編

飛行竜

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「なんだか体が楽になったような……気の所為?」
「妖精が宿る大樹の実だから気分的に神聖な実を食べた気分になってるんじゃないか?御利益ごりやくがありそうだし」

カムリンが星の実を食べて言ったそれ。
実際に治癒効果があるからではないけど誤魔化す。
世の中には知らない方が平和なこともある。

「瑞々しくて美味しいですね」
「貴重な果実をワタクシたちにもありがとうございます」

ニコリと笑うエドとベル。
どうやら二人は治癒効果に気付いてるようだけど、俺が隠していることが分かって気付いてないフリをしてるんだろう。

「このことは俺たちだけの秘密な」
「実を食べたことですか?」
「そのこともだけど、妖精と会ったことや俺が魔力譲渡をしたことも。あの樹に妖精が居るって分かったら狙う奴が居るかも知れないし。集落の人は泉を渡れないことを知ってるから無茶しないだろうけど、誰かが部外者に口を滑らせてって可能性もある。カムリンも嫌だろ?厄介事になるの」

多くの人が知るほど誰かが話してしまう可能性もあがる。
外の人に知られてこの地を狙う奴が居れば領主や集落の人にも危険が及ぶかも知れない。

「そうですね。観光客が増えれば領主さまや集落としてはありがたいことだとは思いますが、手に入れようと悪事を働く者が現れるのは困ります。私たちにとって妖精の女王レーヌドゥフェは大切な守り神ですし、泉のある静かなここは数少ない憩いの場ですから」
「うん。妖精が居る神聖な場所だからこそ人が安易に踏みこんでいい場所じゃない。眺めて癒されるだけで充分だ」

この場所はこのまま手付かずの聖地であって欲しい。
女王のためにも、子供たちのためにも、みんなのためにも。





「生きている間にもう一度見ることが出来るとは」

隠しようがない『妖精の女王レーヌドゥフェが開花した』ということだけを長や領主へ報せに行って貰うと、集落の中で唯一幼い頃に開花した星の樹を見たことがあるらしいも代表騎士のウーゴに背負われ見に来て声を震わせる。

「長老が考えた御伽噺だと思ってたのに本当に咲いてる」
「私も今までそう思っていた。子供の頃から何度も聞かされていたが、長老以外の誰も見たことがないものを信じろと言うのが難しい。事実だったとは申し訳ないことをした」

そう話すウーゴと長。
話してきかせる本人しか見たことがないんだから御伽噺おとぎばなしと思っていたのも分かる。

「祖父の手記にこの大樹のことも記されておりましたが、まさか本当に純白の花や実をつける樹だったとは」
「手記に?」
「はい。純白の花や実をつけるその美しい樹に触れるなかれ。泉を渡ろうとすれば神の怒りに触れ災いがおきると」

みんなが見惚れる中で青白い顔をしていた領主は祖父の手記に書かれていたらしい少し物騒な内容を聞かせてくれる。

「先代侯爵の私の父は泉を埋め大樹を切り倒して鉱山街にする計画をたてておりましたが、地鎮じちんの儀で小舟に乗り泉へ出て転覆してそのまま帰らぬ人に。偶然だろうとは思いつつ私はこの地をそのままにしておくことにしたのですが、見たことのない白い花や実をつけることが事実となると……」

事故で亡くなったことは師団長から聞いてたけど、神(女王)の怒りに触れてしまったのか。

「曾祖父の代から鉱山労働者のための街をたてる計画は幾度もあがっていたようですが、その都度事故や天災がおきて断念したことが記されておりました。父は偶然が重なっただけと申しましたが、やはり祖父の教えを破るべきではなかった」

悲しさと悔しさを滲ませ言った領主。
父親を亡くした人に『神の怒りに触れるから』なんてことは言えないし、それが偶然じゃないと知っているのに『偶然が重なっただけ』なんて悲劇を繰り返す嘘も言えない。

「今まで何度も計画を断念する事態になっていたなら祖父君が言うように人が触れていい場所じゃないんだと思う。もしカスカド侯爵が先代の労働者のための街を作るって意思を継ぎたいのなら、ここは壊さず憩いの場として残す形で開拓をすれば祖父君の教えも先代の意思も継げるんじゃないか?美しいここはこの土地の宝だ。出来れば残して欲しい」

……って、偉そうなことを。
人の領地のことに口を出してしまった。

「精霊族の宝である英雄エロー公爵閣下に宝とまでのお言葉をいただけるとは光栄の至り。私はこの先も祖父の教えを忘れず父の意思も継ぎながら領民やこの地を守ると誓います」

いい領主だ。
胸に手をあてて誓いを口にした侯爵に俺も胸に手をあて笑みで応えた。

「慰問の日に開花したことは偶然ではありますまい。英雄エローはやはり神の化身。妖精の女王レーヌドゥフェも神の化身を一番美しい姿でお迎えしたかったのでしょう。神の化身よ、いつも地上をお守りくださり感謝いたします」

ウーゴに支えられながら不自由な脚で地面に座り両手を組んで俺に祈りはじめた長老。
精霊神と魔神の子供だから一応神と無関係ではないけど、神の化身と言われるとそんな神聖な存在じゃない。
むしろクズ野郎と言われた方が自分的にもしっくりくる。

「夢を打ち砕くようで申し訳ないけど俺は祈られるような崇高な存在じゃない。みんなと同じく毎日を懸命に生きてるこの星の住人の一人だ。神のように万物を見通すことも守ることも出来ないし、英雄と言っても全ての人は救えない。せいぜい自分の手の届く範囲の人にほんの少し手を貸すくらいだ。だから長老のこの祈りは本物の神々へ捧げてくれ」

長老の前に膝をついて座って組まれている祈りの手を両手で包んでそう話す。
地上層の英雄という称号だけでも手に余るのに神なんて崇められた日にはますます荷が重い。
祈りは万物の神である精霊神や魔神に捧げて欲しい。

「え」

スーッと涙を伝わせた長老。
ありがたいとますます祈りだした長老をどうしていいか分からず助けを求めて長やカムリンやウーゴを見上げる。

「長老。お祈りの時間にはまだ早いですわ」
「地面に座ったらまた膝が痛くなるから」
「ほら立って家に戻ろう」

カムリンが肩を叩いて声をかけたあと、ウーゴと長が手を貸して長老の体を労りながらゆっくり立たせる。

「お手数をおかけいたしました」
「大丈夫。膝の痛みが和らぐように少し回復ヒールをかけておくから家でゆっくり休ませて欲しい」

ウーゴが背負った長老に手を添えて頭を下げる長に答えながら長老に回復ヒールをかける。

「おお。体の痛みが消えた」
「一時的なものだから無理せず休んでくれ。感謝してくれた長老の気持ちはありがたく受け取っておく。ありがとう」
英雄エロー……私の方こそありがとうございます」

また祈る長老と頭を下げたウーゴや長を見送る。

「御無礼をいたしました」
「いや。神の化身って言われて驚きはしたけど感謝の気持ちが嬉しかったことはほんと。何も失礼なことはされてないからカスカド侯爵も頭を上げてくれ」

深々と頭を下げるカスカド侯爵。
膝をついたり回復ヒールをかけたから恐縮させてしまったんだろうけど、俺が自分の意思で行動しただけで誰も悪くない。

「さて。神聖なこの場所の綺麗な景色を堪能させて貰って満足したことだし案内の続きを頼めるか?」
「喜んで」

スカートを摘み軽く頭を下げるカムリン。
その姿だけ見れば超絶変態とは思えないほど優雅で上品。

「では私は再び広場でお待ちしております」
「ありがとう。呼び出して悪かった」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」

胸に手をあてて頭を下げたカスカド侯爵へ同じ仕草で感謝を伝え、侯爵の護衛でついてきていた国王軍の騎士二人にも目配せして見送った。

「案内ですが……どんな場所に行きたいですか?」
「案内役がそれを聞くのか」
妖精の女王レーヌドゥフェの泉は自信を持って案内出来る場所でしたが、他の場所となると集落の中か集落外の森くらいしか」

残念な顔で言うカムリンに笑う。
そういえば観光向けの場所が泉しかないと最初に言ってたな。

「最終的に戻るのは集落の広場だから先に集落の外を案内して貰うかな。森の様子や警備体制も見ておきたいし」

慰問いもんに来たと言ってもただ集落の人たちと交流をすればいい訳ではなく、軍の警備体制を確認することも視察項目の一つ。
それを後で師団長に報告するまでが公務。

「分かりました。森へご案内いたします」
「よろしく」

次の行き先が決まって泉を離れようと歩きだすとふわりと花の香りがする風がふく。

女王や子供たち。
綺麗な景色や美味い実をありがとう。
またな。





「シェロン団長」
英雄エロー公爵閣下へ敬礼!」

門の前で警備にあたっていたのは第三騎士団。
集落の警備隊だろう私服の獣人と真剣な顔で話していたシェロン団長は俺を見てすぐ号令をかけて団員たちも胸に手をあて敬礼する。

英雄エロー公爵閣下へご挨拶申し上げます。お声がけくださるまで気付くことができず、非礼を心よりお詫び申し上げます」
「問題ない。気楽にしてくれ。来てすぐ領主や集落の人にも砕けた対応になることは宣言したからいつもの俺だ」

今までここで警備についていたから知らず騎士団の規則に則ったの対応をしてきたシェロン第三騎士団長に、来て早々は止めたことを話す。

「それより真剣な顔で話してたけど何かあっ」

俺の質問を遮るように重なった咆哮。
肌に振動を感じるほどの咆哮で森の鳥たちが一斉に飛びたつ。

「魔物か?物凄い咆哮だったけど」
「まさか本当に大食い竜グルートンドラゴンが?」
大食い竜グルートンドラゴン?竜種か」
「はい。名前の通り大型の飛行竜です」

初めて聞いた名前。
初耳ってことは食ったことがない魔物。
判断材料が『食ったことがあるか』なのはご愛嬌。

「たしかに探知にはかかっていますが岩竜ロックドラゴンの間違いでは」
「今まさにその話をしていて私もそう言ったんだが」
「でも本当に尻尾が二本あったように見えたんです。それで急いで戻って報告を」

さっき話していた警備隊だろう獣人から話を聞いてエドとシェロン団長は顔を見合わせる。

「全然話が読めない」
岩竜ロックドラゴン大食い竜グルートンドラゴンは見た目そっくりなのですが、岩竜ロックドラゴンはCランクで尻尾が一本、大食い竜グルートンドラゴンはAランクで尻尾が二本です」
「へー。じゃあそっちで間違いないな」

空を飛んでいる魔物。
岩肌のようなゴツゴツした皮膚に尻尾が二本。
説明してくれたベルに空を指さして教える。

「ど、どうして平野に大食い竜グルートンドラゴンが!」
「集落の警備隊は中へ入って閉門!第三隊は戦闘準備!」

すぐに指示を出すシェロン団長。
エドや騎士たちは剣を抜いて戦闘体勢に入る。
まさか警備体制を見に来た途端に魔物とお目見えすることになるとは。

「なあカムリン。あの魔物は食えるのか?」
「え?はい。滅多に出回らない高級食材です」
「ふーん。じゃあ美味い肉で肉パに決定」
「はい?」
「怪我しないよう下がってろ」

無駄な殺生せっしょうは良くないけど向こうも俺たちを食材として認定してるのか真っ直ぐ向かって来たし、集落をぶっ壊されても困るから美味しくいただかせて貰おう。

『シンさま!』
「みんなも障壁の向こうに下がっててくれ」

集落を護るための障壁をかけてから大天使の翼で空へ飛び、高速でこちらに飛んで来る竜の前に出る。

「……さすがに祖龍ほどのパワーはないな」

馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んで来た飛行竜を強化魔法をかけた両腕で受け止めてパワー比べをしてみたけど、甘えん坊アミュの突撃戯れに比べたらまだまだ可愛いもんだ。
体の大きさだけを見れば幼祖龍くらいありそうだけど知能は高くないようだから、パワー比べに勝てるレベルの魔物なら一人でも問題なく倒せるだろう。

「人型種と魔物種の関係性も弱肉強食。戦いを仕掛けてきた時点で勝者が食って敗者が食われる運命だ。お前の命、しっかりと美味しくいただかせて貰う」

顔面に蹴りを入れて怯ませてから背に飛び乗って岩肌のような固い背中へ雷魔法を付与した刀を突き刺すと、体内に直接電気ショックを受けた状態の飛行竜は断末魔をあげ絶命し地面に向かって落下する。

「あ。やば」

このままだとみんなが居る門に落下することに気づき急いで風魔法をクッション代わりにかけて落下を止めた。

「シェロン団長!コイツどこに降ろせばいい!?」
「色々と言いたいことはありますが広場へお願いします!」
「了解!」

ん?色々と言いたいこと?
あれ?もしかして怒られるパターン?
魔物より説教の方が怖いなと思いながら(多分師団長に話が行ってお説教のコースだから)、風魔法で浮かせたままの飛行竜を集落の中で一番広い平地の広場に運ぶ。

「おーい。食材を運んで来たから退いてくれ」

広場に居た人たちは空を見上げて唖然。
その後すぐに移動して場所を空けてくれて、誰も居なくなったことを確認してから巨体をゆっくり広場におろした。

英雄エロー。一体これは」
「集落の外の森に居た魔物。大食い竜グルートンドラゴン?って言ってた」
「え?岩竜ロックドラゴンでは……本当に二本ある」

集まってきた騎士たちは尻尾を確認して驚く。
エドやシェロン団長も言ってたけど、尻尾を確認しないと判断がつかないくらい似てるのか。

「いつ討伐を?警報が鳴っておりませんが」
「たった今。警報を鳴らす前に倒した」
「門の警備にあたっている者だけで倒せたのですか?」
「俺が倒した。雷魔法を付与した刀で」

まだ魔物の背中に刺さったままの刀を指さす。
俺の魔法にも耐えられるようにと銘持ち武器職人のヤンさんが何度も改良を重ねてようやく完成した渾身の出来の刀。
普段帯刀している刀は恩恵武器じゃなくてこっち。

遠巻きながら興味津々に見てる集落の人たち。
中には子供たちもいて巨大な大食い竜グルートンドラゴンをポカンとした顔で見上げている。

「何事ですか?……この魔物は」
「食材。集落を狙ってたみたいだからひと狩りしてきた」
「集落を?え……大食い竜グルートンドラゴン?」

騒ぎを聞きつけひと足遅れで走って来た侯爵。
騎士たちと同じく尻尾の本数を見て驚く。

「そんなに似てるのか。岩竜ロックドラゴン大食い竜グルートンドラゴンって」
「見た目は。ですがAランクとCランクですので脅威は全く違います。普通は一人で討伐する魔物ではありません」
「Aランクならまあそうか」

正直このくらいの強さの魔物なら魔界では珍しくない。
そんなデンジャラスな場所で魔王や四天魔と食材を狩っていたからAランクの魔物と聞いても全く負ける気がしなかった。
アミュの無邪気な突撃の方がよっぽど危険。

「「シンさま!」」

騎士から話を聞いていると走ってきたエドとベル。

「お怪我はありませんか?」
「大丈夫」
「危険なことはお辞めください」
「本当に。空に飛ばれては止めることもできません」
「ごめん」

俺の体を確認しながら説教する二人。
魔界での狩りは一人で仕留めるのが当たり前だったし、命に関わる強さの魔物じゃないと分かっていたから一人でも充分だと思ったんだけど、心配をかけたことは申し訳なかった。

「既に注意は受けたようですね」
「うん。心配をかけて悪かった」

少し遅れて来たシェロン団長とカムリンはエドとベルと俺の様子を見て察したらしく苦笑する。

「既に注意を受けたのでしたら私から言うことはありません。公務先でのことですので師団長へは報告しますが」

はい説教確定(  ˙-˙  )スン
魔界の時の感覚が抜けていない俺が悪かったんだけど。
やっぱり俺にとっては魔物より師団長の長い長い説教の方が危険(精神的に)。

「団長。この大食い竜グルートンドラゴンは亜種じゃないですか?」
「なに?」
「重さを測ってないので正確には分かりませんが体格が一回り大きいように見えますし、何より目の色が」

報告のために記録石を録っていた騎士団員の一人が竜の瞼を持ち上げて目の色を見せる。

「たしかに目の色が通常の個体より濃いな」
「はい。私が以前見たことのある普通ノーマルの個体は水色スカイブルーでしたが、この個体は明らかにブルーですので恐らく」

俺は他の個体を見たことがないから違いが分からないけど、知らずに倒した竜は亜種だったようだ。

「鉱山に居るはずの大食い竜グルートンドラゴンが平野に降りてきた理由は、この個体が亜種だから食料を求めての可能性が高いですね」
「恐らくそうだろう。どうして大食い竜グルートンドラゴンが鉱山以外の場所に居るのかと思えば」

亜種の魔物は普通ノーマル種より雑食。
だから亜種はその種の魔物が本来なら居るはずがない場所にも生息していたりするとエミーから聞いたことがある。

大食い竜グルートンドラゴンは普段何を食べてるんだ?」
「鉱山に居る魔物や岩を食べます」
「岩を?」
「はい。理由は解明されておりませんが、肉以外にも岩まで食べてしまうので大食いグルートンと名付けられています」
「なるほど」

肉だけじゃ飽き足らず岩も食べるとはたしかに大食い。
本人(竜)からしてみれば食い意地がはってる訳じゃなくて何かしらの理由があって食べてるんだろうけど。

「亜種だったとなれば恐らく強さはSランクに匹敵します。軍が討伐に出る魔物をお一人で瞬殺してしまうとは」
「Sランクって言うほど強くなかったけど」
英雄エローがそれほどにお強いということかと。ですが万が一のこともありますので危険なことはお辞めください」
「危険かぁ……」

魔物のランクはAの上はもうSランクしかない。

弱 E→子供や戦う術のない人は注意
│ D→駆け出しの冒険者は注意
│ C→一般的な冒険者でも注意が必要
│ B→Cランク以上の冒険者じゃないと危険
↓ A→Bランク以上の冒険者が複数で戦うレベル
強 S→国が関与するレベルの魔物

というような危険度で分けられている。

A~Eランクは判りやすいけどSランクはピンキリ。
国が軍事武器や軍隊を投入して戦うレベルの強さの魔物は全てSランクに分類されるから、今戦った大食い竜グルートンドラゴンも災害級の強さの祖龍や厄災の王も同じSランク。
仮にこの大食い竜グルートンドラゴンがSだとするなら、祖龍や厄災の王はSSS(トリプルエス)くらいに強さの違いがあるのに。

「俺がこの飛行竜を危険だと思わなかったのはもっと強い相手と戦ったことがあるからかも。自分が負ける要素なんて一切感じなかった。こんな感覚だから人外って言われるんだろうな」

俺の感覚は人族の中で一人だけズレている。
魔王や四天魔のような強い人たちと一緒に地上の魔物よりも強い魔界の魔物を狩っていたから、それが当たり前になって地上の人たちの感覚からは外れてしまった。

「今後は気を付ける。みんなに心配かけるつもりじゃなかったんだ。ごめん」

あのままみんなで戦えば怪我人が出てただろうし、警報が鳴れば集落の人たちも混乱しただろうから結果的には良かったと思うけど、地上の感覚とはズレた自分の感覚で行動をして心配をかけたことは申し訳なかった。

「……生き難いですか?ここは」
「ん?」
「お強い英雄エローにとってここは生き難いのではないかと」

俺の軍服の腕を少し摘んでそう言ったのはカムリン。

「生意気なことを言って申し訳ありません。ですが今ふと英雄エローは本意ではない生活を強いられていると感じたのです。地上唯一の英雄エローという崇高なお立場だけに、私も含めた周囲の者から必要以上にコレはいけないアレもいけないと干渉されて息苦しそうだと。私たちと生きると本当は自分一人でも大丈夫なことでも心配をされて、それが逆に英雄エローに気を使わせて行動を制限させる結果になっていると今更気付きました」

俺を見上げる曇りのない目。
束ねてある髪の飾りは俺がプレゼントした銀の髪飾り。
そんな分りやすいことに気付かないほど今日はカムリンをよく見ていなかったんだと気付く。

「多くの精霊族が英雄エローをお慕い申しております。ですので心配しないことは難しいですが、どうぞ英雄エローはご自分の思うままに生きてください。私は英雄エローがいつか私たち精霊族の前から居なくなってしまいそうで怖いです」

瑠璃色の大きな目から零れた涙。
その涙を指で拭う。

「思うままに生きろって言われるのは二度目だな」

拭ってもまた落ちる涙を止めるのは諦めてカムリンを腕におさめ苦笑する。

「たしかに英雄エローって立場上制限されることは多いし荷が重い時もあるけど、本当の俺がどんな性格かを知っても受け入れてくれてる人たちの前では素でいるから常に息苦しい生活を強いられてる訳じゃない。心配しなくても割と自分の思うままに生きてるから大丈夫だ。不安にさせて悪かった」

俺がいつかこの星から居なくなることは間違いない。
天地戦の敗北者と命運を共にするから。
でもその時までは魔王と国王の優しさに甘えて天地層で生活をするから、お前は要らないと言われない限りどちらか一方に留まる生活にはもうならない。

「おい。ご公務中に誑し込むのは遠慮して貰えるかい」
「言い方。心配させたから詫びてただけだ」
「詫び方が姑息なんだ。普通に詫びな。土下座しろ」
「俺の土下座はそんな安くねえんだよ」

背後からかけられた声。
いつもの憎まれ口を聞きカムリンを離して振り返る。

「……師団長‪」

小憎たらしいチビッ子の隣には眉間を押さえた師団長。
なんで師団長までここに。

大食い竜グルートンドラゴンの亜種だろう個体を討伐したと報告を受け急遽調査に来たが、まさか公務中のはずの英雄エローが異性を抱擁している姿を見ることになるとは想定していなかった。君には公務とは何かをもう一度じっくり教育し直す必要がありそうだ」
「い、いやだから、今のは慰め的な行動で」

師団長にしどろもどろになる俺をエドとベルがクスクス笑う。
大食い竜グルートンドラゴンがSランクなら国王軍の軍官が調査に来るのもおかしくないけど、来るタイミングの悪さよ。

「さて、説教は王都に戻ってからにして貰うとして。コイツが報告を受けた亜種か。たしかに大食い竜グルートンドラゴンで間違いないね」
「ああ」

説教は確定なんですね‪(  ˙-˙  )スンッ‬
俺の気持ちを置き去りにエミーと師団長+師団員は早速飛行竜の調査を始める。

「す、すみません。私の所為で」
「俺がとった行動が軽率だっただけ。ごめんな、人前で」
「いえそれは。みんなが憧れ慕う英雄エローから抱きしめられた醜い獣人女を蔑んだ目で見て貰えればご褒美です」
「変なことを期待するな」

キリッとして言うカムリン。
さっきまで俺を気遣って泣いていたのに唐突に超絶変態を発揮するんだから本当に調子が狂う。

「シン」
「ん?」
「この大食い竜グルートンドラゴンは君一人で狩ったんだよね」
「うん。一人で危ないことをするなって注意ならもう散々みんなから受けた。追加の説教は帰ってからにしてくれ」

飛行竜の瞼を持ち上げたまま聞いてきたエミー。
もう既にシェロン団長からもエドからもベルからも注意を受けたのに追加で説教されたくない。

「へー。君の心配をしてくれるとはみんなお優しいことだね。仮に今の君を倒せるほどの強い魔物が現れたら軍隊が総出撃することになるだろうよ。むしろ君が居る危険なタイミングでこの集落に来てしまった魔物の方が不運だ。可哀想に」
「お前はお前で言いたい放題だな」

戦闘狂軍人さまは言いたい放題。
まあそれだけ俺の力を理解してるってことだろうけど。

「君の身を案じる優しい説教はみんなやテオドールに任せるとして、そんなことよりもこの瞳を譲ってほしい」
「なんで俺に訊くんだ?」
「君が狩った獲物なら権利は君にあるだろ」
「ああ、そういえばそうか」

地上層では討伐した人の物になるんだった。
魔界層では魔王城の食料になってたから忘れてたけど。

「研究用に買い取りたいんだ」
「必要なものは無料タダで持って行っていい。ただ、肉はみんなに振る舞いたいんだけど。そのために狩ったんだし」
「公務中に?」
「え?駄目?」

調査書を書いていて『本気か』と言いたげな顔で振り返った師団長へ首を傾げる。

「彼に普通の公務を期待する私の方が間違いなのか?」
「シンらしいご公務でいいんじゃないか?それに今回の目的は慰問いもんなんだし、みんなが喜んでくれるのならそれが一番だろ」
「……ふむ。一理ある。今回だけは良しとしよう」
「だって。私の分も作り忘れるなよ」
「私たち師団もご相伴に預かろう」
「ちゃっかり食って行くのかよ!」

調査で来たのにしっかり食べて行くつもりの二人。
俺たちの様子を見ていた人たちも明るく笑い声をあげた。
 
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