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第十章 天地編
慰問
しおりを挟む黒の軍服に銀の飾緒と紋章入りの白外套と白手袋とブーツ。
勲章を左胸につけ腰に刀を帯刀した正装でエドとベルを護衛に連れて訪問した先は獣人族が暮らすブラジリア集落。
「英雄公爵閣下に敬礼!」
術式の先の広場で待っていたのは国王軍の騎士たち。
軍隊らしく胸に手をあてて敬礼をする。
「偉大なる英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。此の度は我がカスカド領にあるブラジリア集落への慰問へ足をお運びくださり心より感謝申し上げます」
左右に分かれて整列している騎士たちの間で跪き頭を下げていた数人の中から挨拶をしたのはブラジリア集落がある地の領主であるカスカド侯爵。
「こちらの都合で突然の訪問となりすまなかった。此度の慰問では暴動以降の集落の様子を知ることと民との交流を目的としている。以降は砕けた態度になるがお許しいただきたい」
「過分なるお心遣い感謝申し上げます」
俺と変わらない年齢(二歳上)の侯爵。
前カスカド侯爵が事故で逝去した際にまだ17歳の若さで侯爵家を継いだと師団長から聞かされている。
「ブラジリア集落の長のリボルにございます。私を含め集落の者たちも教育を受けていないため、知らずご無礼を働いた際にはどうぞお目こぼし願います」
緊張が伝わる初老の獣人。
領主の隣でガチガチになっているのを見て少し笑う。
「以降は砕けた態度になることを既に宣言した。堅苦しいのは苦手だ。取って食う訳じゃないから普段通りでいい」
顔をあげた長は驚いた表情。
その表情が分かりやすくてまたくすりとする。
「俺の方こそみんなが思い描いた英雄の姿じゃなくても許して欲しい。普段の俺は威厳も教養も無縁のどこにでも居る男だ。集落へ遊びに来た観光客だとでも思って気軽に扱ってくれ」
元ホストの遊び人。
立派なのは肩書きだけで、教育は受けていても教養なんてものは俺が一番どこかに置き忘れてきてる。
英雄らしくを早速やめた俺にエドとベルはクスクス笑い、俺の性格がこんな奴だと知ってる騎士たちは苦笑する。
「カスカド侯爵。貴族の教養には反するだろうが、今日は集落の者たちへの慰問。私への態度で咎めないよう願う」
「英雄公爵閣下の御心のままに」
領主の許可が出て長も少しホッとした顔に変わる。
領地に間借りしている状態の獣人にとって領主を怒らせる真似は避けたいと考えるのは当然だ。
「まずは集落のことを知りたい。案内を頼めるだろうか」
「案内は顔見知りである代表騎士に。カムリン」
「はい」
長から名前を呼ばれて前に出てきたカムリン。
武闘大会の時と違って肌の露出の少ない服装をしている。
ドレスも戦闘(訓練)服も露出が多かったから逆に変な感じがするけど、思えば国の仕事であるご公務で正式に慰問へ来た人を迎える時に露出の高い服装をしている訳がないか。
俺も公務だから正装して来てるんだし。
「ご無沙汰しております。本日は私が案内を務めます」
「よろしく頼む」
スカートを摘んで膝を曲げ挨拶するカムリンを見て、やっぱり自然にやっているなとまた不思議に思った。
・
・
・
「はぁ……気高い英雄の香りが醜い獣人女の体内に」
「早速か」
案内のために領主や長から離れたら早速。
背中にはりついて変態発言をするカムリンは相変わらず。
「ご挨拶が遅れました。ベルティーユさま、エドワードさま、ご無沙汰しております。王都滞在中はお世話になりました」
「お元気そうで何よりです」
「被害がなかったようで安心しました」
「ご心配をおかけしました」
会話できる状況になって握手で挨拶を交わす三人。
ブラジリア集落の騎士たちは俺が呼んで来てくれた客人だから俺の不在中にもエドやベルが宿の手配や王都の案内をしてくれていたらしい。
「悪かったな。急に来て」
「本当ですよ。昨日の今日で来るなんて。せっかく英雄が来てくださるというのに飾る時間もお料理の仕込みをする時間もなくて、みんな朝から大騒ぎだったのですから」
「だから悪かったって」
詰め寄られてもう一度詫びる。
何の準備も必要なかったからそれは良かったけど。
「数日いただければ新しい下着を買いに行きましたのに」
「心配しなくても下着を見る流れにはならない」
「心からどうでもいいと伝わるご褒美の目を見られて幸せ」
「カムリンだけは本当に喜びどころがおかしい」
頬を赤らめるカムリンと呆れる俺にエドとベルは笑う。
俺が不在中にもこの超絶変態の相手をしていたのかと思うと二人に申し訳ない気分になる。
「シンさまもカムリンさまには弱いですね」
「勝てないだろ。これだけぶっ飛んだ変態に。召喚されてくる前の世界でもここまでの変わり者には会ったことがない」
挨拶を終えて歩きだすとエドから言われて苦笑する。
今まで様々な性格や性癖を持つ人と出会ってきたけど、その中でもカムリンはぶっちぎりで変わってる。
「英雄の初めてが私なんて恐れ多くて逝ってしまいそう」
「その湾曲したものの考え方、ある意味天才だな」
天才と何とかは紙一重の何とかの方というか、病的なポジティブ思考というか、ダイヤモンドメンタルというか。
元居た世界に居なかったことはもちろん、この世界でもこれほど堂々とした超絶変態に出会うことは早々ないだろう。
「で、どこに向かってるんだ?」
「泉です。もう少しで着きますよ」
「泉?」
「このブラジリア集落は鉱山から採掘した鉱石が主な収入源ですから見て楽しめるような観光向けの場所がないのです」
「ああ、エルフ族も買い付けに来るって言ってたな」
以前アルク国に行ったことがあるかを聞いた時に『行ったことはないけどエルフ族の職人がここでしか採れない鉱石を買い付けに来る』と話してたことを思い出す。
「集落の人たちが鉱石を採掘するのか?」
「はい。男は鉱山から鉱石が入った塊を切り出す力仕事を、女はその塊の鉱石部分だけをとりだす仕事をしています」
「へー。集落のみんなで協力して働いてる感じか」
「そうですね」
つまりブラジリア集落は鉱山労働者のための集落。
ブラジリア集落の代表騎士たちの体格がいいのも納得。
普段から重労働の鉱夫として働いて力を使っているからこその筋肉と豪腕の持ち主だったと。
集落の人たちの普段の生活や労働環境などを聞かせて貰いながら森に入って奥へ奥へと進んだ先で辿り着いた泉。
「これは……凄い」
人が暮らす集落と鉱山の中間地点にあるその大きな泉は透明度が高く澄み渡っていて、水面が木漏れ日に照らされキラキラと輝いて美しく意図せず唸らされる。
「素晴らしい景色ですね。とても綺麗」
「本当に。美しい」
「ありがとうございます」
素で感想を洩らしたベルとエドにカムリンはスカートを摘み膝を軽く曲げてお礼を口にする。
「あの大樹がまた神聖さを醸し出してるな」
「集落の者には妖精の女王と呼ばれています。私は一度も見たことがないのですが、集落の長老曰く気紛れに雪のような真っ白の美しい花を咲かせるそうです」
大きな泉の中心にある小島に立つ大樹。
樹齢数百年はありそうなそれも込みでこの泉に神聖さを醸し出していることを言うとカムリンがそんな話を聞かせてくれる。
「気紛れっていうのは?」
「本来は樹木にも花や実がなるのに何年何十年と周期があるはずなのですが、あの大樹は突然花を咲かせて実を実らせるそうです。まるで気紛れな妖精のようではないですか?この集落が出来た時からあの壮麗な姿を保っているので妖精の女王と」
「なるほど」
俺が居た世界で妖精は悪戯好きの印象(童話の影響で)だけど、この異世界での妖精は自分が気に入った人へ気紛れに幸せを与えてくれる存在と言われている。
聖域のようなそこで存在感を放ち美しい花を咲かせる大樹だから女王というのも納得。
「女王って呼ばれるくらいなんだからよほど綺麗な花を咲かせるんだろうな。今の凛とした威厳ある姿もいいけど満開の花を咲かせた綺麗な妖精の女王も見てみたかった」
女王と呼ばれるに至った綺麗な花を見れなくて残念。
【……ル】
「ん?」
「はい?」
「あれ?今なにか言わなかったか?」
「「シンさまあれを!」」
声が聞こえた気がしてカムリンを見ると不思議そうに見返され空耳かと思っているとエドとベルが声を荒らげて泉を指さす。
「……いつの間に人が」
たった一瞬目を離した隙にどうやって。
四方を泉に囲まれた小島にある大樹の前には地面に引き摺るほどに長く白い髪の一糸纏わぬ女性。
【我が創造主】
これは……ヒトじゃない。
纏う空気がヒトのそれとは違う。
まるでこの神聖な場所のような……
「もしかして妖精の女王か?」
【我は祖。始祖から創られし祖】
精霊神が作った原始の始祖が創った子供。
つまりこの世界の人がいう大妖精や大天使にあたる。
妖精どころの話じゃなくもっととんでもない存在じゃないか。
以前白と黒の大天使が召喚された時にも俺を創造主と呼んでいたけど、今〝始祖〟を持っているのが俺だから白と黒の大天使も妖精の女王(多分)も俺を創造主と呼ぶんだろうか。
「その大樹と君は無関係なのか?」
【これは我の依り代】
じゃあやっぱり妖精の女王。
正確には妖精の女王と呼ばれてるのは大樹の方だから彼女の呼び名じゃないけど。
「英雄。あちらの御方は妖精……なのですか?」
「ん?もしかして声は聞こえてない?」
「何も。神々しいお姿は私にも見えておりますが」
「私にもお姿だけしか」
「私もです」
三人とも姿は見えているけど声までは聞こえないようだ。
俺にそう話しながらも三人は妖精の女王を見たまま。
美しく神々しいその姿に魅入られてるらしい。
「本人は妖精の女王とは名乗ってないけど、あの大樹を依り代にしてる妖精だってことは間違いない」
「なんと光栄なことでしょう。まさかこの目で妖精さまを拝見できる日がくるなんて。お美しいです」
カムリンの言葉に頷く。
たしかに綺麗な大妖精だと思う。
妖精の女王と呼ばれるに相応しい。
【創造主。どうか我らに救済を】
「救済?」
【我はこの地の負の気を浄化する役目を与えられた祖。一千と二百年、この地で役目を務めて参りました。ですが負の気を吸収し続けたこの依り代はじきに枯れてしまいます】
「え?……枯れる?」
大樹には瑞々しい葉が生い茂っていて全然枯れそうな様子は見られないけど。
「枯れるとは、妖精の女王がですか?」
「うん。枯れそうには見えないけど妖精がそう言ってる」
「……そんな。集落の守り神さまが」
「カムリンさま」
話を聞いたカムリンは一瞬にして顔が青くなり隣に居たベルがすぐに体を支える。
それだけブラジリア集落の人たちが御神木として大切にしている大樹なんだろう。
【この依り代が枯れれば我も消えます。我の子たちも】
泉の中から次々に現れたのは光の玉。
以前精霊神から見せて貰った神界の景色で見た祖の子供と同じだから、この光の玉が妖精や天使。
「弱ってるのか?」
よろよろ泉の上を飛ぶ光の玉の中から数個こちら側へ飛んできて、浮いたり沈んだりしながら俺の周りを飛ぶ。
【我にはもうこの子たちに与えられるだけの力が残されておりません。それどころか創造主にお見せしたかった星の樹に花を咲かせる力すら残されておりません】
妖精の女王の本当の名前は星の樹というのか。
よろよろ飛んで落ちそうになっている光の玉を両手で受け止めると他の光の玉も俺の腕や肩を宿り木のようにして止まる。
「シンさま。この光は」
「女王の子供の妖精らしい。あの大樹が枯れたら女王もこの妖精たちも一緒に消えるって言ってる」
「なにか方法はないのでしょうか。地上の民の一人でしかない私が妖精の力になれないかと考えるなど烏滸がましいことだと分かってはいるのですが」
エドは自分の手のひらに乗っている光の玉を見てそんなことを口にする。
「救済っていうのはどうすればいいんだ?」
【我に創造主の魔力をお与えください】
「それだけ?魔力譲渡なら賢者もできるんだから枯れるほど弱る前に集落の人に姿を見せて呼んで貰えば良かったのに。守り神として崇めてくれてるんだから呼んでくれたと思う」
救済なんて言うからどんなご大層なことをするのかと思えば、ただ魔力を与えるだけ?
【他の者の魔力では意味がないのです。創造主から生まれた祖にとって創造主の魔力は肉体を持つ生命体の寿命というものと同じ。祖に寿命はありませんが穢れにより消滅はいたします】
「なるほど。そういう理由なら俺にしか出来ないな」
納得。
始祖から生まれた祖の源を増やすには〝始祖〟を持つ俺の魔力じゃないと意味がないと。
「俺の魔力を譲渡すれば枯れずに済むって」
「シンさまの身に危険はないのですか?」
「まあ大丈夫だろ。譲渡する量によっては枯渇する可能性はあるけど。その時は適当に寝かせておいてくれ」
心配そうなベルの頭を軽く撫でて大天使の翼を出す。
「俺にしか救えないなら救わない選択肢はない」
それが精霊族だろうと魔族だろうと大妖精だろうと、俺にしか救えないというなら最初から選択肢は一つしかない。
【ピコン(音)!特殊恩恵〝神力〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、限界突破いたします】
さすが大妖精や大天使に匹敵する上位精霊。
普段の俺の魔力じゃ足りないらしい。
【我が創造主】
泉の上を翼で飛んでくる俺を両手を広げ待っていた女王。
目の前で見ると恐ろしさを感じるほどの美貌。
これが大妖精か。
「しっかり喰って元気になれよ」
重ねた唇から魔力を送ると花の香り。
魔力を吸収されるほどその花の香りは強くなり、噎せ返るほどの香りに包まれているのが何故か気持ちいい。
心地いいではなく気持ちいい。
快適という意味でなく肉体的な意味で。
女王の特性なのか分からないけど、ある意味で危険だ。
【感謝いたします。我が創造主】
充分魔力を吸収したのか女王は唇を離すと礼を口にする。
視界の端に入った白い何かを見るために顔をあげると、いつの間にか大樹は満開の白い花を咲かせていた。
「綺麗だ」
花を見てそういった感情を抱くことはあまりないけど、星の形の白い花を咲かせたその大樹は純粋にそう思う。
「これは元気になったってことでいいのか?」
さっきまでよろよろだった光の玉が満開になった大樹の周りや俺の周りをフワフワ飛び回るのを見て女王に確認する。
【創造主からいただいた魔力で依り代や子たちにも力を与えることが出来ました。救済された我らはまた幾年月、この地で負の気の浄化を行いながら生命の営みを見守ります】
「ありがとう。よろしく頼む」
美しい泉と美しい大樹と美しい大妖精。
助けられたなら良かった。
「花も実も星の形をしてるから星の樹か」
見上げた大樹になっている白い果実。
スターフルーツは切ると星の形だけど、この大樹の果実は既に星の形で実っている。
「ん?くれるのか?」
【創造主のために実らせた星の実です。神界で実らせたものよりは劣りますがどうぞ召し上がってください】
「ありがとう」
光の玉が大樹からもいで持ってきてくれた果物。
それを受け取って特殊鑑定をかける。
NAME 星の実
星の大妖精の依り代である星の樹になる果実。
生命の樹の一種で神族や神魔族が好んで食べる。
神族や神魔族以外の者には怪我や病の治癒効果がある。
味は林檎に似ている。
「……病気にも効果があるのか。凄いな」
上級ポーションや上級回復と同じ。
下級中級ポーションや初級中級回復では病は治せない。
その上の魔導車が買えてしまう額の上級ポーションや神官の中でも使える人が少ない上級回復なら病にも効くけど(※全ての病に効く訳ではない)、それと同じ効果と考えるととんでもない代物の果物だ。
この樹になった実だけでも生涯遊んで暮らせる金の成る木。
無造作に生えてていい樹ではない。
そんな思うところは色々ありつつ先ず一口。
「あ。美味い」
特殊鑑定にも出ていたように林檎の味。
ただ、味は間違いなく林檎でも食感は白桃。
一口噛んだだけで果汁が溢れるほどに瑞々しく、爽やかな甘みで何個でも食べられそう。
「美味いんだけど悪い奴に目をつけられたらと思うと怖いな。この樹で金を稼ごうとする奴に荒らされそうだ」
金の成る木だと知られれば絶対に狙う奴が居る。
泉に囲まれているとは言っても小舟一つあれば誰でも渡って来れるから、既に実っている実はもちろん星の樹を他の場所で育てて一攫千金を狙う奴も現れそう。
【星の樹は神の創樹の一種であり我の依り代。神に通ずる者以外が近付くことは出来ません。一千と二百年の間に幾度か切り倒そうとする者もおりましたが、聖域の泉に守られておりますのでこちらへ来ることすら出来ませんでした】
「え?じゃあ俺だから渡れただけ?」
【はい】
それなら大丈夫か。
この星に俺以外の神魔族が居ない限り。
仮に居ても神(精霊神)が造った物で金儲けしようなんて俗物なことはしないだろう。
【星の樹は創造主が我へ役目と共に与えてくださったこの星での依り代。聖域を穢し我の依り代を狙う不浄なる者が居れば、その身は朽ち果てることとなるでしょう】
神罰ってやつだな。
女王の話を聞きながら満開の星の花を眺めて果物を口に運ぶ。
「大丈夫なら良かった。綺麗な泉と大樹と光の子供たちと女王まで揃ったここを荒らされたら気分悪いからな」
実も本当に美味いし。
大丈夫だと安心できたから味わって美味さも噛みしめられる。
「なあ。この実って神族や神魔族以外の人には治癒効果があるみたいだけど副作用とか体に害があったりする?向こうで待って貰ってるあの三人にも食べさせたいんだけど」
泉の向こうで待っているエドとベルとカムリン。
三人には女王の声が聞こえないし、離れたあの場所からじゃ俺の声すら聞こえなくて何を話してるのか分かってないだろうけど、美味い物を一人で食べてるのは気が引ける。
【これは創造主のために実らせた星の実ですから創造主のご意思でお与えになるのであれば構いません。あの者たちは不浄の者ではないので食しても害はないでしょう】
「ん?不浄の者だと害があるってこと?」
その言い方だと。
【星の実は穢れを祓う生命の樹の一つ。神々が召し上がる実を魂に穢れを持った不浄の者が食せば毒となります】
「……一応神魔族で良かった」
危な。
もし神魔族じゃなかったら穢れまくってるだろう俺には毒の果物だったに違いない。
毒を盛られても効かない体とは言え、さすがに神の毒は効きそうだから危なかった。
【そのようなこと。創造主は**。**してもお美しいまま】
「ん?」
【?創造主は**してもお美しいです】
「してもの前が聞き取れな、あ」
例の『制限がかかってる言葉』なのか。
女王の口は動いていてるから何かを言ってることは間違いないけど一部分だけ聞き取れなくてふと気付く。
「精霊神や魔神が言うには今の俺は自分の役目を忘れてる状態らしい。その役目が何かは自分で思い出す必要があるみたいで二人と話してても時々伝わらない言葉がある。多分今女王が話したことも役目に繋がる何かだから聞き取れないんだと思う。褒めてくれてるっぽいのに聞き取れなくてごめんな」
【それであのようなことを……】
万物の創造神である精霊神や魔神でさえも制限された言葉を俺に伝えることは出来なかった。
記憶なんて努力すれば思い出せるものじゃないし厄介な制限をつけたなと思うけど、自分で思い出さないと意味がないような役目ってことなんだろう。
「ん?あ、ありがとう」
言葉が理解できるらしく光の玉たちがまた実を三つもいで来てくれて両手にそれを受け取る。
「ここは居心地が良くて体が楽だし会ったばかりの女王と離れ難いって不思議な気持ちもあるけど、公務中だし三人を待たせてるからそろそろ行かないと」
不思議と居心地のいい場所。
女王と居ると落ち着くし、魔力譲渡でごっそり魔力を吸収されて少し怠さを感じていた体は既に楽になっている。
まるで休日に自分の家で寛いでるようなリラックス気分で後ろ髪を引かれる気持ちが強いけど、公務として来てるのにゆっくりしてる訳にはいかない。
【離れ難いのは創造主の魔力で創られた我が創造主のお力の一部だからでしょう。そしてここは聖域。神界と近しい聖域の中で創造主の御身が楽になるのは不思議なことではありません。聖域の外に居る創造主の御身は穢れに晒されているのです】
「そうなのか」
自分が神魔族だと言われてもいまだにピンと来ないけど、人の域を超えた力を持った時点で少なくとも『人族ではないな』とは自分でも思うようになった。
穢れ云々言われても『なんだそれ』だし、その穢れってものに晒されてる感覚もないけど、心も体も楽になったことが聖域に居るからというのが事実なら、この離れ難い気持ちは楽な場所を本能で欲しているからなんだろう。
「女王?」
ふわと浮いて大樹の枝先を折った女王。
「痛くないのか?依り代なのに」
またふわと降りて来た女王は俺に小枝を差し出す。
【どうぞこちらの小枝を創造主のお傍に居られる地に埋めてください。地に埋めるだけで星の樹が育ちますので】
「え?神の樹が他の場所にもあったら拙いだろ」
神聖な物はイコールで物騒な物でもある。
金の成る木で騒動がおきてもおかしくないんだから聖域で守られてるここ以外に持ち出さない方がいい。
【星の樹が神の樹であることは人の子には分かりません】
「鑑定に出、あ。他の人の鑑定は詳細が出ないんだった」
他の人の鑑定は俺のように詳細が出ない。
自分で言ってる途中でそれを思い出した。
【我の一部であるこの星の樹が穢れを浄化し、僅かではありますが創造主の御身の癒しとなるでしょう。我にできることはその程度のことだけ。どうぞお連れください】
俺のために自分の依り代の一部をくれたのか。
「分かった。ありがとう。屋敷の庭に埋めることにする」
俺の屋敷の庭なら他にも樹があるから一本増えたところで目立たないだろうし、魔王がはってくれた強力な結界で守られてるから一番安全だろう。
「子供たちも実をとってくれてありがとう」
俺の周りをフワフワ飛び回る光の玉たち。
動きで好意的な感情が伝わってきて笑みが浮かぶ。
「じゃあまたな」
大天使の翼を出して美しい女王と小さな子供たちへ別れを告げて再び泉を渡った。
「ただいま。待たせてごめんな」
「お体は大丈夫ですか?」
「平気。大樹ももう大丈夫だって」
「安心しました。カムリンさまからこの泉を渡れた者は居ないと聞いて枯渇したらどうしたらと」
俺が行ったあとカムリンからそれを聞かされたらしくエドとベルは心底安心した表情で出迎えてくれる。
「妖精の女王が枯れると聞き動揺していたようで、危険なことを忘れお止めせずに申し訳ございません。ご無事だったとはいえ英雄を危険にさらすなどあってはならない失態をいたしました。私はどんな罰でもお受けいたしますので集落の者や領主さまへの罰はお許しください」
跪いて両手を組み懇願するカムリン。
一人だけ跪いてたのはそれが理由か。
「ん」
「え?」
「土産。美味いぞ」
カムリンの前にしゃがんで組まれている両手を解いて星の実を置く。
「あのな?英雄勲章や称号は地上に生きる人々を守護する者の証明として与えられるんだ。だから人々を守れるだけの力を持つ人に与えられる。俺には全ての人を救おうなんて崇高な考えはないけど、せめて自分にしか救えない人のことは救おうと思う。それが人族でも獣人族でもエルフ族でも例え妖精でも、俺にしか救えない人ならどんな危険な場所でも救いに行く」
そう話すとカムリンは顔をあげてキョトンと俺を見る。
「英雄を危険に晒したらいけないって考え自体が間違ってるってこと。英雄はむしろ誰よりも危険の最前線にいる存在だ。無意味な攻撃は困るけど、こんなことで罰したりしない」
英雄は安全とは程遠い存在。
貴族爵を持ってるから『危険に晒した=罰せられる』って認識なんだろうけど、俺の爵位はあくまで土地や給金を与えるためのおまけでしかなくて、常に優先されるのは英雄という身分。
「もし先に危ないって聞いてたとしても俺は行った。俺が自分で決めて行動したんだ。カムリンが謝る必要はない」
腕を引いて立ち上がらせるとカムリンは少し困ったような顔で苦笑する。
「体に罰を与えてくださっても良かったのですが」
「それカムリンにはご褒美だろ」
「残念です」
「お前の頭の中が残念だ」
俺の気持ちを慮ってくれて笑いに変えたカムリン。
エドとベルもカムリンと俺の会話で笑った。
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