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第十章 天地編
捜索
しおりを挟む「このような夜更けに何用にございますか?」
「こちらのトロン公爵邸にて我がブークリエ国の国民が不当な扱いを受けているとの通報を受けた。同時に不正な獣人売買を行なっている証拠もあがっている。これよりブークリエ国特級国民シン・ユウナギ・エローの持つ英雄権限を行使し、この屋敷にて証拠物の捜索を行う。これが捜索状だ」
あの日から一週間。
各地の協会から奴隷(主従)契約に関する情報を集めつつ裏取引を行う奴隷商人を洗い出し、外道が獣人族の子供や嬰児を不正に売買している証拠を掴んだ。
国王を通してエルフ族の国王にも通達済み。
ブークリエ国王とアルク国王の直筆サインと紋印が入った捜索状を持ち、国王軍のエミーと師団長、王宮騎士と魔導師と師団員数十人を連れて外道の屋敷に訪れた。
「みなその場に控えよ。動けば証拠隠滅の恐れありと判断して粛清を行う。大人しく従うのであれば手出しはしない」
情報を得るために英雄の立場を利用した一週間。
地上層唯一の英雄という肩書きに裏の住人も早々と口を割ってくれたお蔭で、一週間という異例の早さで捜索まで漕ぎ着けることができた。
「この屋敷の家令は誰だ」
「私にございます」
寝衣に上着を羽織っている老紳士。
外道が悪事を行う凡その時間を聞き出しその時間に合わせて来たから、既に部屋に居ただろう家令が寝衣姿なのも当然。
「トロン公はどこに居る」
「寝室でお休みになっております」
「寝室か。年端もいかない娘を痛めつける拷問具の揃った寝室となれば嘸かし良い夢を見られるのであろうな」
ピクリと眉を動かした家令。
普通の寝室じゃなく遊びの寝室に居るようだ。
「主人を逃がそうなどと思わぬことだ。既にこの屋敷は国王軍が包囲している。粛清されたくなければそこを動くな」
家令が口を結び頭を垂れたのを見て溜息を飲む。
「午後10時30分。これより証拠物の捜索と押収を行う」
『はっ』
指示を出すと軍人たちは来る前に決めていた通り二人一組で分かれ記録石を持ち各部屋へ散らばる。
「師団長。団長。ここは頼んだ」
「ああ」
「お気を付けて」
「エミー行こう」
「うん」
後の指示は師団長と団長に任せてエミーと俺はリアから聞いた遊び部屋に急ぐ。
「あの部屋で間違いなさそうだ」
「気付かれないよう警備を眠らせる」
屋敷二階の一番奥の部屋。
廊下の角から少し顔を出して覗いた部屋の前に警備が二人立っていることを確認してエミーはさっと出ると睡眠魔法を使い声一つあげる暇も与えず二人を眠らせた。
「よし、これで」
「ぎゃぁぁあああーー!!!」
エミーの声に重なった叫び声。
断末魔のようなその声を聞いて部屋の前に転移する。
「動くなっ!」
ドアを蹴り壊して突入した部屋。
焼け焦げたような香りが鼻をつく。
「だ、誰だ!」
「誰が動いていいと言った」
慌てて体を動かそうとした外道の居るベッドに転移し帯刀していた刀を抜いて首筋に突きつける。
「……え、英雄」
傍まで来て誰か分かったらしく、外道は青ざめた顔で俺を見上げながら手に持っていた鉄の棒をベッドに落とした。
「聖地アルク国公爵貴族クレール・フェリング・トロン。我が国に属する獣人族に対しての人道を外れた残虐な行為の数々。並びに不正な獣人売買を行った罪で、午後10時47分。ブークリエ国国王陛下、聖地アルク国国王陛下の直命を受けた私シン・ユウナギ・エローが英雄権限を行使し貴公を拘束する」
「で、でたらめだ!権限の乱用だ!」
「申し開きは公の場で述べよ」
エミーがブークリエとアルク国王の名が入った書状を見せると反論を口にした外道は益々青ざめて口を結ぶ。
「証拠もなく両国王陛下の命がくだると思うのか。王系公爵という強い権威で有無を言わさず人の命を弄ぶ外道が。今現在の鬼畜の所業も記録石に記録している。忘れるな。今この場で立場が上なのは英雄権限を持つ私だ。私がこの場で粛清を行う権限も与えられているのだと肝に銘じよ」
ベッドには一糸纏わぬ小太りの外道と獣人。
サーラという子だろう痩せこけた兎種の獣人は両腕と膝から下の両脚がなく布で目隠しをされていて、熱した棒で肌を焼かれたショックか泡を吹いて気絶している。
この悲惨な状況だけでも既に外道が罪を犯した証拠として成立している。
「エミー。もうこの子に回復をかけてあげていいか?」
「いいよ。回復前の状態はしっかり記録したから。早くかけてやりな」
捕縛と自害防止の轡を噛ませた外道をベッドから引きずり下ろすエミーに聞き、生まれたままの姿で気絶しているサーラを脱いだローブで包んですぐに回復をかける。
「嫌ァァァアア!」
回復の途中で目が覚めて暴れだしたサーラ。
肌を焼かれたところで気絶したからその痛みの記憶を引きずっているのか、暴れながら絶叫する。
「もう殺せ!早く殺せ!」
「サーラ。もう大丈夫だ」
かけ途中の回復を止めて四脚のない体を必死にくねらせ枯れた声で叫ぶサーラを腕におさめる。
「だ、誰!?」
「俺はシン・ユウナギ・エロー。リアの願いを聞いてサーラを助けに来た。敵じゃないから安心してくれ」
顔が見えるよう目許の布を外すと淡いピンクの虹彩をした瞳と視線が重なる。
「ほ、本当に英雄さま?」
「この世界には瞳と髪の色が白銀の奴は一人しか居ない。この色が俺が英雄だって証拠にならないか?」
「監視が白銀の英雄さまの話をしてるのを聞いたことがある。リアとラウは英雄さまと居るの?生きてるの?」
「サーラが逃がしてくれたからリアもラウも無事だ。今は医療院で治療を受けて少しずつ元気になってる」
「よ……良かった」
俺が英雄だと確信できて話を信じることができたのか、リアとラウの安否を聞いてサーラは大粒の涙を零す。
「安心したところで、君がサーラで間違いないかい?」
「うん。この監獄にサーラは私だけ」
「監獄とは随分と優しく表現してあげたものだね。毎日三度の食事ができて外で運動する時間も本を読む時間もある本物の監獄の方が君には天国だろうよ。悪趣味極まりないこの部屋の光景を見てるだけでも反吐が出る」
サーラと話しながら部屋を記録石におさめるエミー。
その様子を見て俺も部屋を見渡すと自然に眉が寄る。
大きな拷問具から小さな拷問具まで、まるで権力を象徴する美しい装飾品かのように飾られているのが呆れる。
「人体パーツから魔物から節操がないね」
「さすがにこの量は偽物だろ。趣味悪い装飾品だけど」
大棚にずらりと並べられてる透明な瓶。
拷問具の揃った部屋の雰囲気に合わせてるのか、耳や眼球や手足といった人体のパーツや小型の魔物がそのまま入っている瓶は理科室のホルマリン漬けを彷彿とさせる。
「本物。私の腕と脚も飾られてる」
「「は?」」
当然かのように衝撃的なことをあっさり言ったサーラにエミーも俺も思わず疑問符をあげる。
「自分の腕や脚が飾られてる部屋で辱めを受けてるなんて笑っちゃうでしょ?自分の体だったものを目の前に置かれて反応見ながら陵辱するのが趣味みたい。死にたいのに奴隷印のせいで死ぬことも許されない」
さっきの涙で頬を濡らしたまま無表情で言うサーラ。
両腕がないから自分で涙を拭うことさえ出来ないんだと気付いて軍服から出したハンカチで涙をそっと拭う。
「リアとラウを助けてくれて、自分一人ではもう動けない私のことまで助けに来てくれた心優しい英雄さま。ご主人のことを証言したら私はもう死ねる?」
俺をじっと見るその目や質問する声に裏は感じない。
言葉のままに自分の役目が終わったらようやく死ねるのかと聞いているんだろう。
「死にたいのか」
「うん」
「どうして死にたいんだ?」
「この体で生きるのがイヤ。前は腕がなくてもリアが体を洗ってくれたけど、今は監視が雑に洗って荷物みたいに部屋へ運ばれるの。前は監視も私の体を弄んでたのに痩せて腕も脚もなくなって何の魅力もなくなったんだろうね。人扱いもされないお荷物になったのに生きていたくない」
感情のない目。
見えているのは絶望だ。
「主人が外道なら監視も外道か。どいつもこいつも俺を腹立たせてくれる。これで両国王が外道たちに適正な処分をしてくれなかったら俺の堪忍袋の緒がブチ切れそうだ」
腸が煮えくり返る思いでもこの場で粛清しないのは、外道と身内にあたるエルフ国王や獣人族も国民として受け入れて国に属させているブークリエ国王が公の場で外道の罪を全て明らかにして適正な処分をくだしてくれると信じてるから。
「棚の瓶の中身は全部記録した。もう返してやりな」
大棚の端から端まで記録石におさめたエミー。
許可が出て再びサーラに回復をかける。
「俺も死んだ方がましだと思ったことがある。だからサーラの今の体の状態や心に負った深い傷を考えれば無責任に生きろとは言えない。言えないかわりにせめて死にたいと思う原因の一つは取り除いてやる」
悪趣味なコレクション目的でも残っていたことは好都合。
荷物のように扱われるようになった体で生きるのが嫌だというのが死にたい原因の一つなら、それは俺でも解決してやれる。
「…………え?」
小さく声を洩らして腕を動かしたサーラは回復で戻った自分の両手を唖然とした表情で凝視する。
「あ、脚も……?」
「手足が保存されてて良かったよ。最上級の回復力を持つシンの回復ならモノさえあれば綺麗に戻せる。切られて時間が経ってるなら体に慣れるまで多少時間はかかるだろうけど、リハビリすれば動けるようになるから安心しな」
回復をかけている俺のかわりにエミーが説明すると今度は俺を凝視するサーラ。
「英雄さまは神さまなの?」
「俺が?」
「シンが神だというならとんだ駄目神さまだね」
「残念ながら反論できない」
神の子供ではあるけど。
こんな状況でも容赦ないエミーの憎まれ口に笑った。
「失礼します!英雄にご報告があります!」
「どうした」
今日の捜索の責任者は権限を持つ俺。
回復をかけ終えて外道を連行しようと話してる最中に師団員が壊れた扉の外から姿を見せる。
「地下牢に5歳から13歳までの子供が5名、乳児が3名、計8名の獣人族が囚われているのを発見しました」
「リアとサーラだけじゃなかったのか」
「はい。全員の栄養状態は悪く、中でも受胎が認められる10歳児、出血と高熱のある11歳児、生後間もない衰弱した乳児などは早急な治療が必要かと思われます」
その報告を受けて床に座っている外道を見る。
どこまでも腐りきった奴だ。
「地下牢に行く。この子を頼む」
「私も連れて行って。知らない人が来て怖がってる子も居るだろうから。みんな私の顔は知ってる」
「分かった。エミーと師団員はトロン公を師団長の所へ連行してくれ。各部屋の捜索は続けるように」
「はっ」
「了解」
まだ自力では歩けないサーラを抱いて地下牢に急ぐ。
リアが知っている範囲の屋敷の配置と地下牢があることは聞いていたけど、他にも囚われている子供が居たとは。
「他にも居るなんてリアから聞いてなかった」
「知らないから。私とリアが居たのは地下一階で他の子が居るのは地下二階なの。私は前に乳児たちへ母乳をあげに行ってたから知ってるけどリアは知らない」
「そうだったのか」
思えばサーラも出産経験があるんだった。
外道が奴隷商へ売るために産ませた子なのか裏取引で買った子なのか分からないけど、経産婦で母乳が出るサーラに乳母役をやらせていたんだろう。
サーラに案内して貰って着いた地下牢。
騎士が既に入っている牢の中の光景を見て絶句する。
「私をみんなの傍におろして」
「うん」
俺が来たことに気付いて牢から出た団長や団員と入れ違いに入り隅で固まり小さくなっている子たちの傍にサーラをおろす。
「怖がらなくて大丈夫。この人たちは私たちを助けに来てくれたの。みんなでここから出よ?」
サーラが子供たちに話しかけたのを見て辺りを見渡す。
風の通らない空間に何か腐敗したような饐えた匂い。
牢の隅にトイレは辛うじてあるものの、隠せるような壁やカーテンもないむき出しのままの使用できるかさえ分からないレベルのもの。
石造りの床に敷かれているのは薄い布一枚。
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視線を感じて会話していた子供たちを見ると5人とも俺を見上げていた。
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怖がらせないよう眼帯を外して床に跪き話して聞かせると緊張の糸が切れたのか声をあげて泣く子供たち。
片目を薄汚れたガーゼで塞がれている子、手足に包帯を巻かれている子、顔に大きな傷痕のある子というように嬰児以外の5人は全員がどこかしらに傷を負っていた。
俺はサーラを抱き上げ他の子供たちを抱いた団員と牢を出る。
子供たちに酷い環境と待遇を強いた外道に怒りを覚えながら。
「この子たちがそうか」
「うん」
エントランスホールで待っていたエミー。
集められた屋敷の使用人たちも全員が拘束された状態で床に座らされていた。
「酷い顔をするんじゃない。子供たちが怖がるだろう」
師団長からそう言われて自分の感情がそのまま表情に出ていたことに気付いて深呼吸する。
「見た目には外傷のない嬰児も含めて子供たちの健康状態が心配だ。先に連れて行って医療院で検査と治療を」
「捜索を終えた者は術式を使い戻って子供たちを医療院へ。向こうではロイス副団長の指示に従うように」
『はっ』
エミーの指示で第一騎士団の団員から第二騎士団の団員へ子供たちが渡される。
「サーラ。君も子供たちと医療院に行きな」
「最後まで居なくていいの?」
「ここから先は軍人のお仕事なんでね。後で話を聞かせて貰うからしっかり検査と治療を受けておいてくれ」
「分かった」
エミーと話すサーラを第二騎士団の団員の腕に渡す。
「英雄さま。助けに来てくれてありがとう」
「子供たちが怖がらないよう一緒に居てやってくれ」
「うん」
さっき酷い顔と注意されたから作り笑いをして、王宮訓練場と繋げてある術式に入る騎士や子供たちを手を振り見送った。
「……腐れ外道が。何一つ言い逃れできると思うなよ」
権力を笠に着て数多くの獣人を虐げ弄んだ外道。
家令や使用人たちと捕縛をかけられ床に座らされている外道は睨む俺を蒼白い顔で見て項垂れた。
・
・
・
日をまたいで行われた家宅捜索。
押収品や外道や使用人たちの身を国に引き渡す頃には既に夜が明けていた。
「此度の捜索大儀であった」
ここは軍事会議室。
国王から労いの言葉をかけられる。
『私からも労いを。夜通しの捜索ご苦労だった』
放映石で映し出されるエルフ国王の姿。
今回はアルク国の公爵がブークリエ国の国民へ犯した罪とあって両国での捜査と裁判が行われる。
「まずは捜索の場で新たに判明したことのご報告を」
捜索の指揮官だった俺が代表して、外道の屋敷に入ってから分かったことを記録石の記録を流しながら説明する。
今日は捜索報告だけで後々詳しく調べて裁判を行うことになるからこの場では拘束した時の記録や地下牢の記録などの主要部分を掻い摘んで流しながら説明すると、両国王は屡々眉根を顰める姿を見せる。
それだけ目に余る酷い状況だったということ。
ベッドの上で肌を焼かれて気絶している手足のないサーラの姿や必死に体をくねらせ「もう殺せ」と叫ぶ姿。
悪趣味極まりないコレクションの数々や劣悪な環境の地下牢で怯えている怪我をした子供たちの姿と、鬼畜の所業に眉を顰めてしまうのも当然だ。
「子供たちの様子については医療師が報告を」
「はい」
先に医療院へ行かせた子供たちの検査結果。
一旦報告を終えて座った俺と入れ代わりに医療師二人が立って記録石の準備をする。
「詳細な説明をする前に結論から申しますと、9名の健康状態は大変悪いと言わざるを得ません。検査中に記録したものをお見せしながら一名ずつ説明させていただきます」
最初の記録は男の嬰児から。
検査のために裸にされている子の体は俺が知るぷくぷくした愛らしい赤子の姿ではなく細い手足で鼻に管を通されている。
「こちら男児は最年少の乳児で生後五日。母親は11歳の大山猫種で、ご覧の通り低体重児として産まれ適切な処置を受けていないために危険な状態にあります」
たった11歳の子が産んだ、たった生後五日の嬰児。
リアから聞いて証拠を集めている間に産まれて適切な処置を受けられないまま命の危険に晒されている。
「細菌検査の結果が出るのは午後になりますが、11歳の母親の方も産後処置もなく不衛生な環境に居たため何らかの感染症を患っているようで、熱が高く意識が朦朧としており栄養失調で体力もないため危険な状態です。今現在こちらの親子には医療師が2名ついて全力で治療にあたっております」
診察台の上で点滴や酸素マスクの処置を受けている母親の方も見ただけで栄養失調だと分かる酷い状態。
「次の男児二名ですが、5歳児の方は断舌されていて7歳児の方は左眼球を摘出されています。こちらの二名には処置をした形跡がみられたのですが方法が適切だったとは申し難く、押収物に舌と眼球はあったものの手術での回復は望めません」
舌が半分ない5歳児と左眼を醜く縫われた7歳児。
こんな小さな子供にまで残虐行為を行うあの外道を自分と同じヒトだとは思えない。
「こちらの10歳児は現在受胎8ヶ月。魔法検査を行いましたが胎児の発育状況は悪く、母体自体も発育不足であり栄養失調ですので早産や死産となる可能性が高いと言わざるを得ません」
10歳の体で妊娠8ヶ月。
胎児の発育状態が悪くてもお腹が大きく見えるのは母体自体がまだ小さな子供だからか。
「こちらの13歳の女児は過去に二度の出産経験があるとのことです。ご覧の通り受胎9ヶ月だったのですが、検査を行ったところ残念ながら胎児は既に亡くなっておりましたので死産処置を行い経過を観察しております」
地下牢に居た8人の中の最年長。
俺が行った時は2人の嬰児を両腕に抱いていた。
「母親不明の女乳児が2名。恐らく生後3ヶ月ほどの双子だと思われます。こちら2名は栄養状態は良くないものの怪我などは一切見られず、最近になって連れられて来たとのことです」
連れられて来たということは地下牢に捉えられていた誰かが産んだ子じゃなくて不正売買で買われて来たのか。
一人が説明をして一人が記録を流して。
次々と映し出される誰一人無事とは言えない子供たちの惨い姿の数々に、悲しくも人の死に慣れている軍官たちもさすがに言葉がでないようだった。
「最後に拘束の際に映っていた兎種の15歳女児ですが、英雄の回復による手足の接合に問題はなく神経も正常に繋がっております。ですが、切断後時間が経過していることと行為の残虐性もあり、正常に動けるまでの期間は本人の心の在り方で大きく左右すると思われます」
俺が治してやれるのは体だけ。
心までは治してやれない。
精神安定でその場は落ち着かせることができても、あくまで一時の安らぎを与えているだけにすぎない。
「また、数ヶ月前と最近の二度に渡り手荒な方法で堕胎を行ったらしく子宮の摘出が必要な状態です。どうやらこちらの女児が一番拷問を受けていたようで、自己評価が極端に低く自死願望も強いために早急な精神治療が必要です」
やっぱりもう居なかったのか。
お腹が大きくなかったから察してはいたけど。
リアと俺が出会った時には既に手遅れだったということ。
サーラは今回も子供の将来を悲観して堕胎を選んでしまった。
「現時点で報告できることは以上ですが、この場をお借りして英雄に子供たちの治療協力を要請いたします」
「英雄に?」
「はい。先程ご報告した通り5歳児と7歳児には医療手術が行えません。ですが、手足接合を完璧に行うことができる英雄の上級回復であれば治療が可能であると考えます」
被害者の子供たちは裁判が終わるまで国の保護対象だから医療師も国の判断なしに勝手なことはできない。
だから要請という形で協力を申し出たんだろう。
「英雄。どうだろうか」
「私の力で子供たちを救えるならば喜んで」
「では要請を許可しよう」
「はっ」
「ありがとうございます」
俺に出来ることなら断る理由もない。
リアやサーラはもちろん子供たちも精神的な治療を行うためにはまず身体状態の回復が必須。
「後日証拠が揃い次第、両国合同の貴族裁判を執り行う」
貴族の悪事を暴く裁判。
今回のように被害者側が一般国民だった場合は国民階級が上の貴族が相手では正しい判決がくだされない可能性がある。
それこそ貴族が金に物を言わせて事実を隠蔽したり嘘の証人をでっち上げるかも知れない。
そうならないよう国VS貴族(加害者)で争う。
国側は貴族が悪事を働いた証拠を集め加害者が『貴族に相応しい人間かどうか』を判断する。
悪事を働いたことが証明されれば罪の重さに合わせ禁固刑や罰金刑を与え、それが重罪だった時には爵位の剥奪や極刑と重い罰が与えられる。
親族までも巻き込む裁判。
重罪で爵位を剥奪されればその貴族家の名前が消滅するのはもちろん、刑の重軽はあっても連帯責任として伴侶(夫人とつく人全て)や子供までも何かしらの罰を受けることになる。
「本日はこれにて散会とする」
『諸君、ご苦労だった』
ちりちりと胸をやく感情。
報告を終えて散会になっても心は晴れない。
「シン」
みんなが会議室を出て行くなか椅子に背凭れ瞼を伏せて溜息をつくと背後からエミーから声をかけられる。
「酷い顔してるね。得意の愛想笑いはどうした」
瞼をあげると反対向きのエミーの顔。
両手で俺の頬を挟んでムニムニしながらエミーは苦笑する。
「物理的に酷い顔になってる」
「お前が酷い顔にさせてるんだろうが」
下手な慰め。
慣れないことをするもんだから事故ってるじゃないか。
「ありがとう」
礼を言いながら手を伸ばして頭をぽんぽんと叩く。
戦闘狂軍人さまから慣れない慰めを受けてしまうほど酷い顔をしていたんだろう。
「今日はよく我慢したね。君なら殴ると思ったのに」
「俺は清い人じゃないから誰かを救うためなら躊躇なく殴る。でもあの場で殴ったら俺が自分の怒りを晴らすための行為でしかない。権力を与えられた特級国民の俺があの場で殴っても罪にならないことを知りながらそれをやったら、外道が権力を振りかざして子供たちを虐げたのと変わらない」
怒りの限界でキレそうになったことは事実。
仮に特級国民の俺があの場で自分より下の階級の外道を殴っても罪にはならなかったけど、それじゃあ権力を笠に着て子供たちを虐げた外道と同じになってしまう。
「俺はご立派な奴じゃないし何が正解かも分からないけど、権力は誰かを護るために使うものだと思ってる。自分の権力が大きいからこそ自分が犯した罪から逃れる手段にはしたくない」
怒りのままに人を殴ればそれは悪いこと。
悪いことなのに、悪いことだと自分でも分かっているのに、特級国民という階級の者が粛正したとだけで済まされてしまう。
その法で自分は何をしても許されると勘違いする馬鹿にだけはなりたくない。
「よし。気晴らしにギルドで依頼を受けてひと狩りするか」
「お前はどこぞの異世界最強だ」
「そのまま屋敷に帰っても鬱々とするだけだろ?私たちは気が紛れて困ってる人の助けにもなるんだから最高の方法だ」
ストレスを戦闘で解消させるとかフラウエルか。
戦闘狂ってやつはこれだから。
「ほら行くよ」
「寝てないのに元気だな」
早く早くと手を引くエミーに苦笑した。
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