ホスト異世界へ行く

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第十章 天地編

外道

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獣人族の親子が入院して五日。
医療師から面会の許可がおりて病室に案内された。

「おはよう」
「え、英雄エロー、さま」
「横になったままでいい。顔色は少し良くなったみたいだな」

ベッドで横になっていた母親が扉を開けて入って来た俺を見て慌てて起き上がろうとしたのを止める。

「これ見舞いの花と果物」
「あ、あり、がとう、ござ、います」
「どういたしまして」

まだ言葉は吃ったまま。
病室に来る前に医療師から彼女の身体状況について説明を受けたけど、吃音きつおんについては恐らく心因性だろうとのことだった。

「一度お預かりして花瓶に生けますね」
「は、はい」
「シンさま。私は病室の前におります」
「分かった」

一緒に来たエドとベルは母親の状態を気遣って部屋を出る。
緊張するほど吃音が酷くなるらしいから。

ルナール種の耳って大きくて可愛いな」
「あ。だ出した、ままで」
「隠さなくていい。今一緒に来たエドやベルも出してただろ?俺は獣人族の耳や尻尾が好きなんだ。そのままで居てくれ」

俺から言われて慌てて耳を両手で隠した母親に笑う。
今の反応を見るにルナール種なのは間違いないようだ。

「体調はどうだ?治療して少しは変わったか?」
「うん。あ、は、はい」
「言葉遣いは気にしなくていい。今日は個人的に見舞いに来ただけだからお互い気楽に話そう」

ベッドの横に置いてある椅子に座りながら質問する。
俺に英雄エロー称号が付いてる限り言葉遣いを気にするなと言っても難しいかも知れないけど、口の利き方を気にして黙られるより喋ってくれた方が助かる。

「もう知ってるだろうけど改めて自己紹介を。俺はシン・ユウナギ・エロー。よければ君の名前も聞かせてくれるか?」
「リ、リア」
「よろしくリア。年齢は?」
「じじ15」
「15歳か。若いな」

医療師が聞いた名前や年齢と同じ。
緊張してガチガチになっている今の状況で表情一つ変えずに嘘をつくとは考え難いから、名前や年齢を偽ってるんじゃなくて出生届を出していない無国籍児の可能性が高そうだ。

「リアとご両親は西区の住民か?帰って来なくて心配してるかも知れないからここに入院してるって報せたいんだ」
「い、居ない」
「辛い質問だったらごめん。亡くなったのか?」
「わわ分から、ない」
「分からない?亡くなったかは分からないけど居ない?」

こくこくと何度も頷いて見せるリア。
西区で予想できる状況を考えると、出生届を出されないまま幼い頃に捨てられて何とかここまで生きて来たものの犯罪で身篭って出産したとか?

「どうだろう。こうして出会ったのも何かの縁だ。ゆっくりでいいから今までのことを話してくれないか?両親のこと、リアのこと、子供のことも。リアのことを知った上で俺にも協力できることがあれば手を貸したいと思う」

目を合わせて言うとリアは少し迷うような仕草をする。

「ご、ごめんなさい。わた、し、王都の人じゃない」
「え?」
「バ、バレッタ集落から、来たの」
「バレッタ集落!?……あ、ごめん。驚かせて」

暴動で滅んだロザリアの故郷。
その名前が出てつい大声を出してしまって驚かせてしまったことを謝る。

「ラウ、あ、私の子供、を連れて逃げたけど、途中で倒れて。バレッタ集落の人たちが匿って、くれたの」
「バレッタ集落はリアの生まれ故郷じゃないってことか?」
「う、うん。私、奴隷だから。子供の時から。だ、だから、親のことは分からないの。覚えてない」
「そうだったのか」

それで『分からない』なのか。
親の顔も記憶にないほど幼い頃に両親から奴隷商に売られてしまったのか、数が少ないルナール種だから拐われたかして今まで奴隷として生きてきたんだろう。

「集落の人、わ、私とラウに親切にしてくれた。私を捜しに来た人にも、知らないって、隠してくれた。み、みんなも、居場所を追われて集まった獣人だから、私とラウもここで、バレッタ集落で、い、一緒に暮らせばいいって」

薄いシーツをギュッと握って話すリア。
表情はないままでもやせ細ったその手が握りしめる強さで感情が伝わってくる。

「……あ、あの日の夜、女騎士さんに起こされて、お、お金と、沢山の食べ物が、入った鞄を渡されて、お、王都まで逃げなさいって。え、英雄エローさまや、代表騎士さん、ならきっとラウを助けてくれるから、王都に行きなさいって。み、みんなのお家や森が燃えてて、倒れてる人も、いっぱい居た」

つっかえながらも懸命に話す内容に胸が痛む。
エドのファンでもあったあの女騎士は俺を撃ったロザリアの故郷とは無関係の親子を暴動から守るため、お金と食料を持たせて逃がしたんだろう。

「こ、この前の、英雄エローさまのお話、聞いた。じ、獣人族の集落が、滅ぼされたって。……バレッタ集落のこと?」

今にも零れそうな涙の溜まった水色キトンブルーの目。
まっすぐに向けられるその目は不安を訴えている。

「違うって言ってやりたいけど集落の人から命を救って貰ったリアに嘘はつけない。バレッタ集落はもう……ない」

分かってはいたんだろうけど声を上げて泣くリア。
この場で違うと嘘をつくのは簡単だけど、嘘で期待を持たせて後で事実を知る方が二重の苦しみを味あわせることになる。
それにリアと子供はバレッタ集落の生き残りとも言える。
救って貰ったその命を集落のみんなの分まで全うして欲しい。

「なあリア。バレッタ集落ってどんなところだったんだ?人は多かったのか?みんなはどんな生活をしてたんだ?落ち着いたらでいいから行ったことがない俺に聞かせてほしい」

俺が見たのは焼け野原になった跡地。
そこにあった集落がどんな場所だったのか、どんな人たちが居てどのように暮らしていたのかは知らない。
声が枯れても泣き続けるリアのベッドに座ってハンカチで涙を拭いながら集落のことを聞く。

「どのくらいの期間かは分からないけどリアと子供は集落の人たちと一緒に過ごしたんだろ?それならリアと子供もバレッタ集落の一員だ。これからは救われた命を大切に集落やみんなのことを忘れず生きることがリアと子供の役目だ」

枯れ木のような体で抱き着き泣くリアの頭を撫でる。
親の記憶がないほど幼い頃から奴隷として扱われて、その環境から逃げた先でも親切にしてくれた人たちを亡くした少女。

この世界では成人でもたった15歳。
その若さで遠い土地から赤子を連れて王都に向かう途中にも心配や不安は大きかっただろうと思うと胸が痛かった。





「シンさま」

部屋が静かになって顔を覗かせたベル。
俺の膝に頭を置いて寝てしまったリアを見ると静かに入ってきて見舞いに持ってきた花を活けた花瓶を窓辺に置く。

「この子は幼い頃から沢山の辛い経験をしたのですね」
「うん」

部屋の前で警備をしていて話は聞こえたようで、後から入って来たエドも決して明るくない表情でリアを見る。

「歩けば数ヶ月はかかる集落からよくぞ無事で」
「本当に。逃がしてくれた女騎士もそのまま集落に居たら生きられないことが分かってたから無事に王都に辿り着いてくれる方に一縷の望みをかけたんだろうな」

集落と死ぬか僅かでも生き残る可能性にかけて逃がすか。
魔物が居るこの星では大人でも魔物に襲われて命を落とす。
しかも歩いて数ヶ月はかかる遠い距離を嬰児えいじを抱いた少女が無事に辿り着ける可能性は奇跡に近い。

それでも僅かでもある可能性にかけたんだろう。
リアやリアの子供を助けたい一心で。

「ロザリア。これがお前の望んだ革命か?憎しみの連鎖で罪のない人が不幸になることが革命なのか?人を不幸にすることで自分の憎しみは晴れて心は満たされたのか?」

ベルが開けた窓の外を見ながら問いかける。
革命が原因で起きた暴動が生んだ悲劇。
バレッタ集落で起きた悲劇を目にしながら唯一生き残ったリアはこの先もその光景を忘れることはないだろう。

「これからどうなさるのですか?」
「リアのことか?」
「はい。逃げ出す前は奴隷だったというのが事実であれば、拐われたから国民登録が出されていない可能性があります」
「その可能性が高いな。胸糞悪いけど赤子の父親も奴隷として仕えてた先の誰かの可能性が高い」
「せめて心を通わせた方の子であることを願いたいです」
「うん。それなら受刑期間は子供を預かるから両親揃ってしっかり罪を償って来いって送り出せるんだけど」

ベルが言うように拐われたから無国籍だった可能性は高い。
届けを出す前に拐われてしまったのか、リアを産んだ母親も届けを出せない状況だったのか。

「エド。奴隷登録所に行って俺の名前で15歳のリアと9ヶ月のラウってルナール種の契約記録が残ってないかを調べてきてくれ。王都以外の登録所の記録も」
「承知しました」

無国籍だから正式に奴隷契約を結んでいる可能性は低いけど、ないならないで違法売買として買った奴はお縄になる。
下手に逃げられないよう証拠は固めておきたい。

「ベルも執務科に行って以前調べて貰った無国籍児が裏取引された可能性があることを伝えてくれ。俺はこのまま残って本人からもう少し詳しく話を聞いてみるから」
「承知しました」

伝達を頼むとすぐに二人は部屋を出る。
自分たちも拐われた過去を持つ二人にとって、もしリアもそうならという腹立たしさもあるんだろう。

胸糞悪いのは俺も同じ。
法律で定められた中の最善の方法で奴隷契約を結んだなら文句はないけど、殺されるかも知れないのに嬰児えいじを連れて逃げ出す仕え先がまともな場所とは思えない。

しかもさっきの話の中でリアが『私を捜しに来た人』と言っていたことも気にかかる。
隠したい何かがあってバラされないよう口封じのためなのか捜して連れ帰るだけの価値がリアにあるのかは分からないけど、いまだに捜しているならリアと子供に危険が及ぶ。
それを知っていて知らないふりはできない。

「リア。大丈夫か?」

泣き疲れて寝たのに起こすのは可哀想だけど、もう少し話を聞きたくて声をかける。

「……わわ私、寝て!し、失礼、しました!」
「少し寝落ちしただけだから気にするな」

ゆっくり瞼を開けて俺を見ながら目をパチパチさせたリアは状況を把握して俺の膝から慌てて飛び起きる。

「起こしてごめんな。寝かせておいてやりたかったけど面会時間が限られてるから質問したかったことを聞いておきたくて」
「……質問?」
「中には辛い質問もあるだろうけどリアと子供の状況を知るためにも必要なことだから答えてほしい」

リアの肩に上着をかけベッドから降りて再び椅子に座る。

「まずリアは自分と子供が無国籍児なことは知ってるか?」
「む、国籍児?」
「子供が生まれたら一年以内に国へ届けを出さないといけない決まりがある。それを出さないと国民として認めて貰えない」
「ら、ラウのだ、出してない!」
「うん。調べたらリアの名前も子供の名前もなかった」
「ど、どどうしたら」

これは届け出のことも知らなかったパターンか。
親が居れば教えてくれただろうし、産院で産んだら院が手続きをしてくれるし、自宅出産でも助産師が書類を用意する決まりがあるらしいから例え本人が知らなくても届けを出さない事態にはならなかったんだろうけど。

「リアはどこで子供を産んだんだ?」
「お屋敷、の、お部屋で」
「その時に一緒に居た人は?」
「ご、ご主人と男の人」

そのが助産師か?
ただ、その男が正式な助産師なら出産場所や産まれた子供の状態を報告する書類を国に届けてるはず。
仮に本人が書類を出し忘れていても助産師の報告書は少なくともあるはずだから、それすらも記録に残っていないということは国に報告していないということだ。

「リアの子供の父親は誰だ?」
「ご、ご主、あっ」

手でパッと口を塞いだリア。
なるほど、が未成年を孕ませた張本人と。

「一番大事なことだから隠さず話して欲しい。リアはが好きなのか?好きな人の子供を産んだのか?」

未成年の受胎は父親も母親も裁かれる。
ただ法律に違反しているとは言ってもお互いに好きで行為をした結果であれば気持ちまでは断罪できない。
しっかり二年間の刑を受けて出所後に三人で暮らせばいい。

「ご主人、は、怖い」
「怖い?」
「い、痛いこと、するから、怖い。サーラも怪我」

の話になると途端にリアは青くなって体を震わせる。

「大丈夫。ここには俺しか居ない。俺はリアに痛いことなんてしないから怖がらなくていい」

真っ青な顔で背中を丸めて震えるリアを腕におさめて精神安定の魔法をかけながらゆっくりと背中をさする。
リアのこの怖がり方は尋常じゃない。
少なくとも好きな人の子供を産んだ訳ではなさそうだ。

「……英雄エローさまって不思議」
「ん?」
「こ、怖くなくなった」
「そっか。こうしてれば怖くないならこのまま話を聞くことにする。俺は絶対リアに痛いことはしないから信用してほしい」
「うん」

楽になったのは精神安定の魔法をかけたから。
でも俺は怖くないと思って貰うためにも黙っておこう。

「サーラっていうのは?」
「私と同じ、奴隷」
「じゃあリアとサーラは本当は嫌だったけど痛いことをするご主人のことが怖くていうことを聞いてたのか?子供の父親を聞かれても話さなかったのも怖かったから?」
「う、うん」

同じならその子も性的な行為を強要されてるんだろう。
奴隷の雇用形態として性奴隷もあるらしいけど、本人の意思ではなく強要しているなら契約が破綻してる。

「……英雄エローさま、サ、サーラを助けて」
「リア?どうした急に」

俯いていた顔をあげたリアは大粒の涙を零す。

英雄エローさま、怖くない。だからお願いする。サーラいつも、殺してって、言ってた。ないの、両手が。ご、ご主人がサーラは悪い子だから、って」

それを聞いて背筋がゾクっとする。
怖がってあんなに震えてたのに必死に説明するリアはボロボロ泣きながら助けを求める。

「サーラが私とラウを、に、逃がしてくれたの。し、集落の人にも話したけど、自分たちじゃ助けられないって、ごめんねって。でも英雄エローさまは、誰よりも強いって聞いた。獣人にも優しいって、聞いたの。サーラを助けてください」

獣人の代表騎士の強さがあっても助けられない相手。
……貴族か。

「分かった。いま焦っても変わらない。少し落ちつけ」

異空間アイテムボックスから晶石(魔封石)と記録石を出して魔力を送る。

「リア。サーラを助けるならリアが知ってることを話す必要がある。辛いだろうけどサーラのために話せるか?」
「は、話す」

相手が貴族ならリアの証言が必要。
今すぐにでも助けに行ってやりたいけど、焦ってやり方を間違えば上手く躱されてしまうかも知れない。
そうなればサーラという子は無事じゃいられないだろう。

「師団長。聞こえるか?」
『……なんだ。仕事中だぞ』
「時間が惜しいんだ。あとで謝るから聞いててくれ」

何かあった時に連絡をとれるよう魔王が作ってくれた伝達手段の魔封石の一つを師団長にも渡してある。
今日は王宮で仕事をしてることは分かってたけど、俺の予想が当たっているなら師団長にも聞いて貰った方が早い。

「リア。サーラの両手がないって言ったな。それは元からないんじゃなくてご主人が罰を与えて切ったのか?」
「う、うん。最初は左手。サーラがな、泣かないからつ、つまらないって。右手はサーラが、赤ちゃんを産まなかったから。わざと死なせたから、赤ちゃん、を死なせた罰」

話を聞いて舌打ちする。
クズを超えた外道。
そんな状況を見たならリアがあれほど怖がるのも当然だ。

「バレッタ集落の人が匿ってくれたってことは、まだサーラが残されてる屋敷は集落から近いのか?」
「う、ううん。二回、夜が来た」
「二日間逃げた先にバレッタ集落の人が居たんだな?」
「うん。森、で大会の訓練、をしてた」

どこをどう逃げたのか分からないけど、赤子を連れて二日間逃げて辿り着いた先がバレッタ集落のある森だったんだろう。

「主人の名前は分かるか?」
「名、前?……あ。男の人がトロン、さまって呼んでた」
『クレール・フェリング・トロンか』
「誰か知ってるのか?」
『エルフ族の王系公爵だ。アルク国第二王妃の傍系ぼうけいの者で、ブークリエ国とアルク国の境界にあるトロン領を治めている』
「リア。主人はエルフ族だったか?」
「うん」

エルフ族の公爵クレール・フェリング・トロン。
それが腐れ外道の名前。
しかもエルフ国の王妃と血が繋がった王系公爵とあらばバレッタ集落の人たちが助けられないと言ったのも当然だ。
国王や王妃の親族が腐れ外道であってもそれを止められる人は早々居ない。

同じでも王家と血の繋がった公爵と血の繋がらない公爵とでは中身(人々の見る目や扱い)が違う。
本来爵位は人ではなく領地に与えられるものだとはいっても、特別な存在である王家と血が繋がっているかどうかというのは人々の考えに大きな違いを生む。

『シン。今の会話では話が読めん。説明を』
「そいつが未成年のリアに性的な行為を強要して孕ませた父親の名前だ。親の顔を覚えてないくらい幼い頃にリアを奴隷にして国民登録もしてない。今話したサーラって子はリアと同じ奴隷らしい。屋敷からリアと子供を逃がしてくれた後もその子は罰で両手を切り落とすような外道の所にまだ残されてる」

リアの口から他の名前が出てこなかったってことは同じ性奴隷として屋敷に居たのはリアとその子の二人なんだろう。
その子は恐怖で支配する主人の子供を産むのが嫌で堕胎することを選び、その罰として右手も切り落とされてしまったと。

『間違いないのか?』
「さあな。リアが迫真の演技で俺たちを騙してる可能性がないとは言えない。今の時点ではリアの証言だけで証拠もない。だから今エドに奴隷契約の有無の確認に行って貰ってる。もし契約した情報が残ってないなら少なくとも正式な方法で奴隷にしたんじゃないことは確かだ」

確実な証拠は一つもない。
リアが真実を言ってるのか、本当にサーラという子が存在しているのか、それを知るためにも公爵家を調べられるだけの理由が必要だ。

「話に出たようにリアはバレッタ集落の生き残りだ。俺たち王都代表と親しくなった女騎士がリアと子供を暴動から守るために金と食料を持たせて集落から逃がしたんだと。俺たちならきっと助けてくれるから王都に行けって。リアと子供はバレッタ集落の人たちの最後の希望。暴動で犠牲になった人たちが俺を信じて希望を託したのなら無下にはできない」

暴動に加担した人の中にはロザリアが俺を撃ったことが怒りや憎しみの原因になった人も居た。
俺が暴動を起こさせたんじゃなくてもそれを原因にした人から集落の人は命を奪われたのに俺には無関係なんて言えない。

『後先考えずトロン領へ行かなかっただけ良しとするか』

眉間を押さえた師団長はそう言って溜息をつく。

『娘、リアと言ったか』
「う、うん」
『私はブークリエ国王宮師団長テオドール・ミュッセという。陛下に仕えその御身や国民を守る身分のため、手放しに君の話を鵜呑みにすることはできない。君の証言が信用に値するものかどうか幾つか質問をさせてほしい』

晶石が映し出す師団長を見上げたリアはこくんと頷く。

『君がトロン公の屋敷で奴隷になっていたと証言するならば、いつから奴隷となったのか、その屋敷でどのような生活をしていたのか、また、逃走するに至った理由を聞きたい』

厳格な師団長に気後れして緊張した表情になるリア。
屋敷内で奴隷として育ったリアが王宮師団長という立場をどれだけ理解しているかは分からないけど、少なくともという程度には伝わったんだろう。

「わわ私が分かるのは、奴隷ってこと、だけ。い、いつ奴隷になった、か、分からない。子供の時、から奴隷だった。えっと生活……ご、ご飯は一日、か、二日に一回。の、飲み物は、お水がいつも地下の、お部屋、にあった。そこで、サーラと寝る。と、トイレも、地下のお部屋にある」

緊張で吃音が酷くなっていてもリアは必死に説明する。

「え、えっと、お風呂は、ご主人が、私とサーラで遊ぶ日、に入る。自分たち、で入って、服を着ないで遊ぶお部屋で、ご、主人が来るのを待つ約束。子供の時から、の約束。お、遅れると、鞭で叩かれる。ご主人は、た、楽しく遊んで、たけど、私もサーラも痛い。私とサーラが痛がったり、泣いた、りするのが、楽しいって言って、た」

子供の頃から性奴隷にされてたということ。
こんなにも腹立たしく思うことは早々ない。

『暴行を受けた傷は残っているのだろうか』
「暴行?」
「痛いことをされた時に出来た傷」
「あ、ある。き、傷はある」

暴行が理解できず首を傾げたリアに教えると意味が分かったリアは躊躇なく病院着を脱いで裸になる。

『脱がなくてよい』
「え?あ、で、も傷」
『あるのかと聞いただけだ。見せるのは医療師でいい』
「そ、そう」

先に医療師から暴行を受けていたと思われる傷があることは聞かされていたけど、これほど酷いものだったとは。
俺が数日前に一度回復ヒールをかけたに関わらず、枯れ木のような細い体には一度の回復ヒールでは治らなかった痣や昔に負ったんだろう雑に縫ったと分かる傷が残されている。
その痛々しい体に病院着を着せなおし紐を結んでやりながら心の底から湧いてくる怒りを堪えるため唇を噛んだ。

『躊躇なく脱げることや傷痕を見るに、君が置かれていた環境や状況は察することができた。その過酷な環境から逃れるために子供を連れ屋敷から逃走したということか』
「ラウを、あ、あの、私の子供を、売るって言うから」
『……売るだと?』
「ご、ごめんなさい」

師団長の怒りを含んだ声にリアはビクッとして謝る。

『君に腹を立てたのではない。怖がらせてすまなかった』

今度は明らかにホッとした顔。
それほどに今までは人の顔色を伺って生きてきたんだろう。

『トロン公が君の子供を売ると言ったのか』
「う、うん。ルナール種の子は高く売れる、って。サーラはラパン種。ラパン種も高く売れるって、赤ちゃん売られた。だからサーラ、は二度と生まないって。赤ちゃんが不幸になる、なら、生まないって、自分で何度もお、お腹ぶつけて赤ちゃん殺した。ご、主人に、二度と生まないから自分を、殺せって。それでご主人怒って、サーラの右手、切った。でもまたサーラ、お腹に赤ちゃん居る」

お腹に宿った子供の将来を悲観して自分の身を傷付け堕胎を選んだ子にまた子供を宿させるという鬼畜の所業。
どこまで外道なのか。

「ら、ラウ、が、お腹に居る時から、さ、サーラは、ご主人が赤ちゃん売るって言ったら、私と赤ちゃんを、逃がしてあげるって、言ってた。遊びの日、お風呂の時、サーラがお屋敷から逃がしてくれた。サーラ怒られる。でも私ラウと逃げた。悪い子。私、罰を受けるから、サーラを、た、助けてください」

ボロボロ泣くリアに胸が痛む。
サーラという子が怒られると分かっていながら自分は逃げたことに罪悪感があって、こんなにも必死に助けてくれと懇願してるんだろう。

『エドワードが奴隷契約を調べに行っていると言ったな』
「俺の名前で他の協会の記録も調べてくれるよう頼んだ」
『王都で全てを調べるには時間がかかる。私が王宮師団長の権限で各領の協会へ伝達しよう。陛下にもお伝えしておく。情報が集まるまでシンはその娘の精神面のフォローを』
「分かった。ありがとう」

エルフ族から迫害を受けた獣人族はいま人族が治めるブークリエ国に居住しているから、国民がエルフ族から鬼畜の所業を受けているというなら国も調べる理由になる。

「リア。師団長は頼りになる人だ。獣人族の王さまでもある国王陛下も。相手がエルフ族の偉い人だろうときっと助け出す方法を探してくれるから今は信じて待とう」
英雄エローさま、が信じるなら、し、信じる」

通信を断ったあと緊張と必死の訴えで体を強ばらせていたリアを腕におさめてまた精神安定の魔法を緩くかける。

「リアは悪い子じゃない。リアと子供には助かってほしくて逃がしたサーラの気持ちを踏みにじる方が悪い子だ。もしリアがこうして話してくれなかったらサーラもリアも子供も助けられなかった。だから自分を責めなくていい」

啜り泣く声を聞きながら背中を撫でる。
リアの言葉が拙いのは吃音のせいだけでなく、子供の頃から奴隷だったから会話できる程度の言葉くらいしか分からず説明に迷うというのもあるんだろう。

「サーラを助け出してリアと子供も元気になったらみんなで美味しいものでも食べるか。俺の屋敷の料理人シェフの料理は美味いんだ。ラウにも美味しいミルクを用意するからな」

俺の話を聞いて泣き笑いするリア。
リアの話を信じるなら事態は一刻を争う。
逃がした時点でもしかしたらサーラという子は消されている可能性もあるけどもし生きていて妊娠しているというなら、また自ら堕胎を選んでしまう前に外道の元から助けださないと。

数々の痛みや悲しみを痩せこけた体で抱く少女。
今の俺にできることは少しでも笑わせてやることくらい。
心まで壊れてしまわないよう、少しでも笑みになれる救済なにかを。

 
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