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第十章 天地編
炊き出し
しおりを挟む『シン兄ちゃんお帰り!』
「ただいま!」
王都西区北側、ガルディアン孤児院。
子供たちが元気に飛びついてくる。
「体は大丈夫?」
「もう平気。元気になったから帰って来た」
「良かった。師団長さまからシン兄ちゃんは治療で他所に行ったからしばらく王都に帰って来ないって聞いてびっくりした」
「心配かけてごめんな」
「ううん。でももう無理するなよな」
「気をつける。ありがとう」
幼少組が甘える後ろで俺の様子を伺い見たのはカルロ。
心配をかけた上に嘘をつくのは心苦しかったけど、国王のおっさんとの約束だから本当のことは言えない。
「みんなは元気にしてたか?」
「えーっとねぇ、ジョスが病気になった」
「ジョスが?もう大丈夫なのか?」
「大丈夫!治ったから!」
「お帰りなさい、シンさん」
「司祭さま。ただいま」
クロエから聞いて脚にしがみついているジョスの頭を撫でながら話を聞いてると司祭さまが廊下を歩いて来る。
「ジョスが病気になったって聞いたんだけど」
「ああ、はい。三ヶ月前ですが扁桃炎で」
「医療院には?」
「師団長さまが術式で連れて行ってくださいました」
「そっか。良かった。あとでお礼を言わないと」
孤児院の子供たちは国に身元が登録されているから治療自体は問題なく受けられるけど、西区には医療院がないから一番近くても北区まで行かないといけない。
術式を使える師団長が居てくれて良かった。
「シンさん。お帰りなさい」
「ただいまシス……ター」
後ろから修道女の声も聞こえて振り返ると、修道女の足元にちょこんと立ってる子供に目が行く。
「まさか……カーム?」
「はい」
「もう立ってんの!?」
「立つだけでなくしっかり歩けますよ」
「歩くのも!?一歳なのに!?」
「獣人族の中には幼少期の成長が人族よりも早い種が何種か居るそうで、カームはその中の犬種らしいです」
「じゃあこの成長速度が普通ってこと?」
「はい」
金髪に青い目。
黒い耳と尻尾を見てまさかとは思ったけど、地上層を離れていた半年あまりで立って歩くまで成長していたとは。
「ほら、カーム。シンさんですよ」
修道女の修道着を掴んで俺を見るカーム。
王都を離れる前日に最後と思って孤児院にも来たけど、あの時はまだそろそろお座りが出来そうというくらいの赤子だったから、カームからすれば見知らぬおっさんだろう。
「ボクのお名前の?」
「ええ。カームのお名前をつけてくださった、このガルディアン孤児院の院長さまです」
まだ辿々しいものの会話までしていてますます驚く。
本当に人族より成長が早いようだ。
「おはようカーム」
「おはようございます」
「挨拶できて偉いな。半年でこんなに大きくなって」
怖がらせないようしゃがんで挨拶をするとカームもしっかり挨拶してペコっと頭を下げる。
気分は子供の成長を見逃した単身赴任の父親。
「運び終えたぞ」
「ありがとう。助かった」
「異空間のお兄ちゃんだ!」
「ほんとだ!おはようございます!」
『おはようございます!』
「おはよう」
孤児院の出入口から顔を覗かせたのは魔王。
顔を見てすぐにカルロが気付き、クロエに続いて子供たちも元気に挨拶する。
「ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」
「今日もここまで運んでくれたんだ」
「そうでしたか。感謝申し上げます」
「礼は要らない」
カームを保護した日に異空間で荷物を運んでくれた以来の再会で礼を言う司祭さまに魔王は変わらず塩対応。
基本無言だから返事をしただけでも実は神対応だけど。
「あの時の赤子か」
「うん。一歳なのにもう歩けるらしい」
魔王も目が行ったのはカーム。
ジッと見上げるカームをジッと見下ろした魔王は「ふむ」と何かに納得する。
「どうしたの?」
「いや。小さいと思ってな」
「だってまだ一歳だもの」
「カームは一歳でも大きいのに」
「お兄ちゃんが大きすぎるんだよ」
気になったらしいカルロが聞くと魔王は当然のことを答えて子供たちから笑われる。
子供たちの人懐っこさも相変わらず。
「夕凪真。俺はもう戻るがその前に少しいいか」
「うん」
やっぱり何か見えたのか。
小さいなんて当然のことであの凝視は有り得ないと思ったら。
「お兄ちゃんは炊き出しに参加しないの?」
「俺もこれから仕事があるんでな」
「そうなんだ。楽しいのに。残念」
「お仕事頑張ってね」
『頑張れー!』
今日は教会の隣の広場で炊き出しを行う。
仕事で参加出来ないことを知って応援する子供たちに魔王は基本の無表情を少し崩して微笑した。
「で?みんなの前で話せない何が見えた?」
二人で孤児院を出ると耳鳴りがして防音をかけたことに気付いて早速聞く。
「あの赤子、賢者の血継を持っている」
「……え?」
「以前はまだ魂色がハッキリしていなかったが成長して安定したんだろう。あの色は賢者の素質を持つ者の魂色だ」
「カームが賢者」
それが意味するものは明るい未来ではない。
賢者=死地に向かう者、だから。
「あくまでその素質があるというだけで賢者の血継を持つ者が全て賢者に覚醒する訳ではない」
「そ、そうだよな」
エミーも覚醒して賢者になったと言っていた。
魔王も魂色の話の時に魂色はそうでも才能が開花するかは別と言っていたから必ずみんなが魂色の通りになる訳じゃないことは分かってるけど……よりによって賢者とは。
「地上の者は儀式を行い能力を知ると学んだ記憶がある。あの場で話してはおかしなことになると思ってな」
「ああ、うん。五歳になったら聖堂で祝福の儀ってやつを受けるんだ。安易に話さないでいてくれて良かった」
魔王が言う通り地上では五歳になると聖堂へ行って〝大神官〟の特殊恩恵を持つ大司教から祝福の儀を受けることで初めてステータス画面を見れるようになる。
しかもステータス画面を解放できるその〝大神官〟すら画面を見ずに他人の能力を知ることは出来ないのに、あの場で言われていたらそれこそ大変だった。
「わざわざ歳を待たずとも能力を持つ者であれば解放できるというのに。地上の者は熟々非効率なことをする」
「赤ん坊が悪事に利用されないよう本人が秘密にできる歳になるまでわざと解放しないんだと。いい能力を持ってることが分かると拐われたりする危険もあるだろ?守れるだけの力のある魔族や護衛の居る貴族家ならまだしも一般国民には難しい。全ての子供の安全面を考えての決まりなんだ」
「ふむ。そういう理由か」
五歳までは解放しないのが国の決まり(王家は除く)。
子供を守るために必要な法律。
「話はそれだけだ。俺も魔界へ帰る」
「あ。エディとクラウスにありがとうって言っといて」
「ああ。伝えておこう」
健康診断のために来ていた仮面と半身業務の管理書類を持って来てくれたエディは一足先に魔界に帰ったけど、屋敷の料理人たちと作った炊き出し用の料理を魔王の異空間に仕舞う作業を手伝ってくれた。
「何かあればすぐに呼べ。気をつけるようにな」
「うん。ありがとう」
揃いの腕輪を指さして言った魔王はチークキスをすると転移魔法(魔祖渡り)を使って魔界に帰って行った。
「……あと四年か」
カームが祝福の儀を受ける五歳まであと四年。
この世界の人は喜ぶんだろうけど、天地戦から帰って来た賢者は居ないとエミーから聞いて知っているだけに喜べない。
ヒカルたちがいつ覚醒するか分からないけどそれが長引くほどカームも成長するし、もしそれまでに覚醒していたら天地戦に行くことになるかも知れない。
「シン兄ちゃん?時間だよ?」
「ああ。話は終わったからみんなで行こう」
「うん!みんな、シン兄ちゃんが行こうって!」
孤児院から顔を出して教えてくれたカルロ。
俺が魔王と会話をしに外へ出たから待っていてくれたらしく、司祭さまや修道女と一緒に子供たちも嬉しそうに孤児院から出て来る。
今は考えないでいよう。
カーム本人はもちろん本物の家族や兄弟のように仲睦まじい孤児院の人たちに暗い顔は見せられない。
全ての人が覚醒する訳じゃないんだから今はまだ心に留めておくだけにしよう。
みんなで広場に行くと既に人が集まっていて、子供たちは配膳の準備をしている女の人たちの所へ走って行く。
「一列に並んでくださーい!」
「子供はこっちだよー!」
元気のいい子供たち。
親と一緒に来ている子供と触れ合える炊き出しの日は孤児院の子供たちも楽しみにしている大事な日。
「俺はエドに話を聞いてから行く」
「分かりました」
司祭さまと修道女には先に配膳の手伝いに行って貰って広場の外を警備中のエドの所に行く。
「エド。準備ありがとう」
「いえ。今日は陞爵式の影響か普段に増して人数が多いです。警備兵は増員しておりますがお気をつけて」
「ありがとう。気をつける」
広場の中にも外にも警備兵の姿。
それと万が一を考えて障壁をかけてある。
「じゃあ予定通り少しだけ参加してくるから」
「はい。中の警備はベルが指揮をとってますので」
「分かった」
魔界に行く前の炊き出しの日までは俺も最後まで配膳をしてたけど、今回からはあまり長い時間顔を出さないことになった。
それも西区の住人を危険に晒さないための配慮。
仮に俺の命を狙う奴が居たらみんなを巻き込むことになってしまうから。
エドには引き続き警備を頼んで、早速配膳を始めた司祭さまや修道女の所に向かう俺へ向けられる視線は二種類。
以前と変わらず好意的な視線で見る人も居れば少し怯えるように目を逸らす人も居る。
『自分の役目を全うしろ。そうすればいつか畏怖が畏敬に変わる日が来るだろう』
うん。俺は俺に出来ることをやればいい。
悪いことをしたんじゃないんだから堂々としていよう。
無愛想な顔で前に進めるよう背中を押してくれた魔王の言葉を思い出し、そう心に決めて子供たちの所へ向かった。
「俺も少し手伝う」
「シンさん。お帰りなさい」
『お帰りなさい』
「ただいま」
「まだ無理はなさらないでくださいね?」
「うん。ありがとう」
今日の炊き出しは野菜や肉を使ったスープとおにぎり。
幼少組と紙に包んだおにぎりを配っていた女の人たち(普段は西区の清掃員)と軽く話してから俺も参加する。
「英雄。お加減はいかがですか?」
「ご心配をおかけしました。すっかり元気になりました」
「ご無理はなさらずお元気でいてくださいね」
「ありがとうございます」
「お帰りなさい英雄」
「ただいま戻りました。また西区の領主として地区の改善に務めますので改めてよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
並んでいる順に手渡ししながら住人と会話する。
例え少しの時間でも参加するのは、炊き出しの日が住人と領主の大切なコミュニケーションの場でもあるから。
「お元気なお姿を拝見できて嬉しいです」
「ありがとうございます。突然の療養になってご心配をおかけしました。今日も係の者が待機していますから西区の改善についてご意見やご要望があれば係の者にお伝えください」
「はい。いつも西区のためにありがとうございます」
炊き出しの日は情報収集の日でもある。
この日ばかりは普段家に閉じこもりがちな住人も来るから、文字を書けない住人からも意見や要望を聞くために数人の師団員が来てくれている。
まだ怖々という人も中には居るものの、王都を離れる前より露骨に避ける人が減っていることを感じて少しホッとする。
それを自分の目で確認できただけでも炊き出しに顔を出した意味があった。
・
・
・
「シン兄ちゃん。ちょっと来て」
「どうしたカルロ」
「ちょっと」
一時間ほど配膳した頃にカルロが来て俺の服を軽く引っ張る。
普段から炊き出しを手伝ってる孤児院の子供たちはこの日が俺と住人のコミュニケーションの場だと分かってるからいつもは配膳中に気を使ってあまり近寄って来ないのに珍しい。
「ごめん。少し離れるからここも頼む」
「はい」
ケースからおにぎりを出す作業をしていた従業員の一人に配膳を代わって貰って先に早足で歩き出していたカルロの後を着いて行った。
「シン兄ちゃん。赤ちゃんが」
「赤ちゃん?」
連れて行かれた広場の隅に居たのは薄汚れたローブ姿でフードをかぶった人とその人の腕に抱かれている赤子。
俺を見上げて指をさしたクロエは涙目。
「どうかし……」
地面にペタリと座っている人の前にしゃがんで布に包まれてる赤子の様子を見て絶句した。
「……少し抱かせて貰えますか?」
無言のまま震える手で俺に赤子を差し出した人。
ローブから少し見えた腕はまるで枯れ木のように細い。
そしてそれは受け取った赤子も。
「さっきまでは動いてたの」
「そっか」
子供を亡くした絶望や恐怖からか、俯いたまま震える母親だろう人のローブを掴んで説明するクロエ。
ここに来てから……ということか。
呼吸の止まっている赤子。
母親と同じく痩せ細っているから栄養失調だろう。
【ピコン(音)!検査結果。瀕死と判断】
「待て。生きてる」
『え?』
もう手遅れかと思いながら一縷の望みをかけて魔法検査をしてみると、中の人が教えてくれたのは瀕死という状態。
つまりまだ命は潰えてないってことだ。
「カルロ。すぐ孤児院へ行って養護師にベッドの準備を頼んで来てくれ。生きてれば回復をかけられる」
「うん!」
「クロエは師団に医療師の手配を頼んで来てくれるか?」
「分かった!」
すぐさま走って行くカルロとクロエ。
着ていたローブを脱いで地面に敷いたその上に赤子を寝かせると包んでいた布がはらりと落ちて赤子の姿が見える。
頭には金色の大きな耳。
獣人族の親子だったようだ。
「大丈夫。この子は生きてる。貴女も後で治療しよう」
初めて顔を上げた母親の顔もガリガリと表現するのがピッタリの痩せ細り方をしていて胸が痛む。
清浄化が始まったといえ、悔しいことに今はまだこれが西区の現状だ。栄養失調で亡くなる人も珍しくない。
「頑張れ。空に還るのはまだ早すぎる」
両手を組み回復をかけながら声をかける。
西区の現状と自分の無力さを悔やみながら。
「……ふぇ」
回復をかけ続けて数分。
ピクリともしなかった赤子がか細い泣き声を洩らす。
【ピコン(音)!検査結果。危険な状態から脱したと判断】
「よく頑張った。偉かったぞ」
魔法検査の結果で危険な状態からは回復したことが分かり抱き上げると後ろから歓声が聞こえてビクッとする。
「また英雄がお救いくださった!」
「良かった!無事で良かった!」
治療に集中していて気付かなかったけどいつの間にか住人たちが集まっていて赤子の無事を喜び拍手する。
「シン兄ちゃん!すぐにベッド使えるって!」
「医療師さまもお願いしてくれるって!」
「分かった。ありがとう」
走って孤児院や師団員の所へ行ってくれていたカルロとクロエは息を切らしていて、孤児院に関係する人じゃなくても必死になれる優しい子供たちの頭を撫でて額を重ねた。
「この子のお母さんですか?」
「は、い」
「もう大丈夫です。じきに医療師が来てくださいますのでお母さんも一緒に孤児院の中で診察を受けましょう」
母親の隣にしゃがんで声をかけたのは司祭さま。
答えた母親の声も赤子の泣き声と同じく弱々しい。
「立てますか?」
栄養失調のせいか赤子が無事で力が抜けたのか、様子を見に来ていたベルから手を借りて立ち上がろうとしたものの足に力が入らないようだ。
「俺が抱いて行こう。司祭さまはこの子を」
「はい」
弱々しく泣く赤子を司祭さまに預けて敷いていたローブを軽く払い素足が見えないよう母親の足元を包んで抱きあげる。
「………」
まるで子供。
枯れ木を抱えたような軽すぎるその体重にまた胸が痛む。
これほど痩せてしまうほどの厳しい生活をしていたんだろう。
「ベル。引き続き警備を頼む」
「承知しました」
「みなさんもゆっくり食事をしてください」
「カルロとクロエは修道女の所へ」
「「はーい」」
ベルに警備をお願いして集まっていた住人たちにも営業スマイルで声をかけ、カルロとクロエに修道女と居るよう話した司祭さまとすぐに広場を出る。
抱いている腕には俺に怯えているのか体を強ばらせる母親が震えていることが伝わっていた。
「シンさん、司祭さま。こちらへ」
孤児院の扉を開けて待ってくれていた指導員2名。
普段は事務室として使っている部屋に行く。
「回復はかけたけど医療師から診てもらうまで目を離さないようにしてくれ。様子が変わったらすぐに報告を」
「承知しました」
危険な状態は脱したと言っても何があるか分からない。
司祭さまがベビーベッドに下ろした赤子に指導員は手馴れた様子でテキパキと布団をかける。
「嫌だったら無理強いはしないけど、医療師が来る前に検査させてくれないか?俺も魔法検査が使えるから」
問題は赤子だけじゃなくて母親も。
枯れ木のようなあの軽さは尋常ではない。
ソファに下ろした母親の前にしゃがんで魔法検査をさせてくれないか話しかける。
「あ……あの、わ、たし、獣人で」
「うん。赤子がそうだから分かる」
「あ、の、私、ここ、に」
掠れたか細い声で何かを伝えようとする母親。
その間もずっと震えている。
「俺が怖いか?」
震えてる原因はもしかして俺かと思って訊くと弱々しいながらも何度も首を横に振る。
「怖いから近寄るなってことじゃないなら検査させてほしい。命が助かっても母親の貴女に何かあったらあの子が困る。俺は医療師じゃないから検査費は貰わないから心配しなくていい」
西区の住人なら一番に気にしそうな検査費の話をすると母親は口を結んで小さく頷いた。
「痛くもないしすぐに終わるから」
膝に置かれている母親の手に手のひらを重ねる。
体が小さいから当然だけど手も小さい。
【ピコン(音)!検査結果。慢性栄養失調、脱水状態、疲労、貧血、うつ、ナイアシン欠乏症と判断】
『回復でどこまで回復できる?』
【ナイアシン欠乏症、脱水、貧血、慢性栄養失調、疲労は改善可能。精神疾患のうつは回復不可能】
『精神疾患以外は多少なりとも改善されるってことか』
【はい。慢性栄養失調は改善後にも適切な食事療法と回復や投薬による治療を行ってください】
『分かった。ありがとう』
検査結果と必要な治療を教えてくれた中の人。
今日も優秀。
「やっぱり栄養が不足してるみたいだ。体が辛かっただろう。回復で多少は改善するから今からかけてもいいか?」
余計なことは言わずに頷いたことを確認して回復をかける。
医療師が後で診察をして判断するだろうから俺がすることは少しでも体が楽になるよう回復をかけることくらい。
「……どうだ?体調は」
「ら、くに、なった」
掠れ声は多少改善されたけど吃ったまま。
吃りは回復が効かない精神的なうつが原因か。
「良かった。俺にできる回復はあくまで応急処置だから、後は病気に詳しい医療師からしっかり診て貰おう」
「あ、りがとう」
「どういたしまして」
さっきよりは少し話すようになったな。
貧血や疲労と中の人が言っていたから体が怠くて喋るのもしんどかったのかも知れない。
「医療院から医療師さまがお見えです」
「入って貰ってくれ」
「はい」
指導員の一人が母親の肩に毛布をかけているとノックの音と師団員の声がして、早速来てくれた医療師に中へ入って貰う。
「失礼いたします」
「お忙しいのに往診をお願いして申し訳ありません」
「事情は伺いました。赤子はこの子ですか?」
「はい。呼吸が止まっていたので回復をかけました。母親にもいま回復をかけましたけど、念のため二人とも診て貰えると。診察の邪魔になるといけないので自分たちは外に出てます」
「承知しました」
来てくれたのは医療師と医療補助師。
医療の専門家が来てくれたから後はお任せして指導員の2人と司祭さまと俺は事務室を出た。
「あの様子ですとしばらく食事を摂ってなかったようですね」
「魔法検査では慢性栄養失調って出てた」
「母親の体が小さいのはそれが原因でしょうか」
「年齢にもよるけど慢性ってくらいだから可能性はある」
地上層の成人年齢は15歳と早い。
ただ肉体的には十代ならまだ成長中でもおかしくないから、以前から慢性の栄養失調なら成長が遅れている可能性はある。
「赤子も生後半年ほどに見えましたが見た目だけで判断するのは難しいかも知れませんね」
「うん。赤子の方が栄養失調の影響は大きいだろうな」
痩せ細った小さな体。
息を吹き返してくれて本当に良かった。
とはいえ一度の回復じゃ栄養失調が改善されたって程度だから今後も治療を続ける必要がある。
「ところであの親子を見たことあるか?」
「お母さんの顔は見えなかったので分かりませんが、正式に住人登録をしている獣人族はまだ少ないですから特別医療援助は受けられない可能性が高いです」
「ああ、そっか」
今現在西区の住人として国に登録している獣人族は、建設した獣人専用の住居二棟に暮らしている人と本来の姿を隠して他の住居に暮らしている極僅かな人だけ。
王都国民として通常の医療援助は受けられるけど、貧困街の西区の住人だけが受けられる特別援助は適用されない。
「もしかしたら必死に伝えようとしてたのはそれか?」
「そうかも知れませんね。食事もできないほど生活に困っていたんでしょうから」
虐げられてる獣人族の中には西区に逃げて来る人も居る。
他の地区で部屋を借りたくても貸して貰えず、犯罪者のように姿を隠してこっそり廃墟で暮らす人も少なくない。
本当は住居侵入や不法滞在の罪になるんだけど、西区に限定して国も領主の俺も知らないふりで見逃しているのが現状。
そうでもしないと獣人族が暮らせる場所が本当にないから。
だから俺は種族問わず西区に受け入れることにした。
でも現状ではまだ獣人専用の住居が二棟しか完成していないから全ての獣人族を受け入れるのは不可能。
充分受け入れられる状況になるまでは見て見ぬふりをするしか方法がない。
「まあ特別援助は関係なく今回は俺が払う。俺の判断で医療師に来て貰ったのに自分で払えとは言わない」
「呼ばない訳にはいかない状態ではありましたけど」
「それでも。本人に支払い能力がないことは明らかなのに呼んだから。元気になってくれればそれでいい」
栄養失調になるほど困窮した人に治療費が払えるはずもない。
領民を平等に扱う必要がある領主としては失格だろうけど、今回は自分の判断で医療師を呼んだんだから俺が払う。
「英雄。少々お時間をいただけますか?お話がございます」
「あ、終わりました?」
「診察は。ですが他に問題が」
「問題?」
「シンさん。私たちは部屋に戻っておきます」
「うん」
医療師の様子を見て気遣った司祭さまは指導員の2人を連れて再び部屋に入る。
「体になにか問題が?」
「どちらも栄養失調ですので入院治療が必要な状態ですが、そうしようにも問題がございまして」
「治療費や入院費のことであれば仮に本人が払えなくとも往診を頼んだ俺が払います」
「そちらについてはまだ訊いていないですが母親の年齢が」
「年齢?」
困った顔で話す医療師に首を傾げる。
年齢が何だというのか。
「口を噤んでしまったので確かなことは分からないのですが、投薬治療に必要ですので赤子と母親の年齢を聞いたところ、赤子が9ヶ月で母親は15歳だと答えまして」
……え?
9ヶ月の子供が居て15歳?
お腹に居た期間が約10ヶ月だとして、産まれてから9ヶ月経っているから1年7ヶ月前……え?
「13歳か14歳で身篭ったってことですか?」
「そうなります」
仮に15歳になったばかりなら13歳の時。
もう16歳間近だったとしても14歳で妊娠している。
「ご存知の通り婚姻や妊娠や出産が認められているのは15歳の誕生日からです。違法行為にあたるので相手や身篭った状況を訊く必要があるのですが口を噤んでしまって」
結婚も妊娠も成人年齢の15歳から。
それ以前に妊娠すれば父親も母親も罰せられる。
唯一罰せられないのは犯罪が理由で身篭ってしまった場合。
「ここは西区ですから犯罪による望まずの妊娠という可能性もありますのでそれならば罰せられることはないから話して欲しいと説明したのですが、口を噤んだということはそうではないのだと思います。隠す必要がありませんので」
たしかに西区は強盗強奪強姦などの犯罪の巣窟。
成人前の子が被害にあうこともあるけど、それが妊娠した理由なら母親が状況や相手を言わないのはおかしい。
自分に酷いことをした犯罪者を庇って得をすることがあるとは考え難い。
「俺が話を訊いてみてもいいですか?」
「後日であれば。もちろん訊かない訳にはいかないのですが、今の身体の状態や精神状態を考えると治療が優先かと」
「分かりました。さきほども話したように今回は俺が支払いますから子供と母親の治療をよろしくお願いします」
「承知しました」
法で決められている限り故意に破れば違法行為。
投獄されたり罰金を払うことになる。
ただ、仮にそうだったとしてもまず回復するのが先。
「あ、名前や種を聞いていたら俺にも教えてくれますか?王都国民登録と西区住人登録を確認しますから」
「母親はリア。赤子はラウ。狐種と言っていました。狐種が事実であれば数少ない種ですので見つけ易いかと」
「ありがとうございます。執務科に確認をとってみます」
入院するほどの状態ならなおさら身元確認が必要。
治療費は恐らくほぼほぼ俺が払うことになるけど、未婚なら身元引受人(孤児ではない限り肉親)が居るはずだから入院していることを報せないといけない。
「手続きのために医療院まで同行します」
「よろしくお願いいたします」
身元確認が済むまで身元引受人が居ない状況だから、医療師を呼んだ俺が院に同行して一時的に身元引受人になる。
そうしないと医療師も検査や治療が出来ないから。
話して二人で事務室に戻ると医療補助師から抱っこされていた赤子はぐっすり眠りの中。
母親の方には司祭さまが居て相変わらず俯いたまま。
事情を聞かれたくないから誰とも目を合わせないという理由もありそうだけど。
「そんなに怯えなくても誰も取って食ったりしない。君も赤子も継続して治療が必要だから入院して治療を受けよう」
「入院、無理。お、かね、ない」
「それは俺が払うから心配しなくていい。君と赤子がしっかり治療を受けて元気になってくれればそれで」
「だ、め。人に、払ってもら、う、駄目」
足元にしゃがんで話しかけた俺を見て首を横に振る母親。
「誰にも頼らなかったからこうなったんじゃないのか?今日まで頑張ったんだからたまには人を頼っていい」
「で、でも、返せな、い」
「じゃあ二人が今よりふっくらして健康的になった姿を見せてくれることが俺への返済にしよう。俺の取り立ては厳しいから一日も早く元気になってしっかりと返済してくれ」
しばらく俺をジッと見ていた母親は小さく頷いた。
「院への搬送は魔導車を出しますか?」
「師団さまが術式を繋げたままにしてくれてます」
「それなら俺がまた抱いて連れて行きますね」
「助かります。お願いいたします」
医療師から術式が繋がっていることを訊きまた俺が抱えて行くことにして、毛布に包まっている母親を抱きかかえる。
「司祭さま。炊き出しの方は頼む。エドやベルや警備兵が居るから大丈夫だとは思うけど充分気をつけて」
「はい。シンさんもお気を付けて」
警備兵も増員してあるし外からの攻撃を弾く障壁もかけてるから大丈夫だとは思うけど、念には念をで注意を促してから医療院へ向かった。
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退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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