ホスト異世界へ行く

REON

文字の大きさ
上 下
119 / 283
第十章 天地編

英雄の帰還

しおりを挟む

長らく療養していた英雄エローが王都に帰還した。
その吉報は瞬く間に地上層の各地へと広まった。

王都ブークリエでは、北区、南区、東区、西区、そして王宮地区に数ヶ所ずつ放映石が設置され王都中がまるで祭りのような賑わいをみせる中、放映石の設置された各々おのおの広場では国民が今か今かとその時を待っていた。

そして予定されていた10時ぴったり。

晴れの日に相応しい澄清ちょうせいな空。
ステンドガラスから射し込む光が真紅の絨毯を光の道のように輝かせるそこを堂々とした姿で歩く英雄エローが放映石を通して映し出される。

一級の芸術品のような体を包んだ白い軍服には数々の勲章が付けられていて彼の偉業を窺い知ることが出来る。
また、特級階級英雄エローを表す肩章エポレットと白銀の飾緒しょくしょと虎や三日月をモチーフにした紋章入りの外套ペリースが華やかさに拍車をかける。
右眼を眼帯で覆っていても一級品の彼の美しさが失われることはなく、それすらも彼を飾る装飾品。

神々こうごうしいと表現するに相応ふさわしい白銀を纏う彼の帰還に国民は歓喜し、中には祈る者も居れば涙する者も居た。

今日行われるのは陞爵しょうしゃく式。
王家が集まるおごそかかな玉座の間に敷かれた赤い絨毯にひざまずく彼の肩へ剣を寄せた国王。

『シン・ユウナギ・エロー。公爵の爵位をじょする』
つつしんでお受けいたします』

武闘本大会三冠という長き歴史における初の偉業と、人為スタンピードでまた多くの命を救った彼に授けられたのは公爵位。
遂に王家以外の者が得られる最高爵まで上り詰めたことはとても名誉なことではあるが、多くの国民からすればこの陞爵式は彼の姿を観ることができる行事でしかない。

何故なら彼は地上唯一の英雄エロー勲章と称号を持つ者だから。
に勝る誉れなどない。
侯爵マーキスであろうと公爵デュークであろうと、英雄エロー称号を持つ特級国民の彼に逆らえる貴族など既に存在しないのだ。

彼と肩を並べられるのは同じ特級国民の勇者と賢者だけ。
彼に命ずることができるのは国王だけ。
貴族爵は彼のでしかない。

ただ一つこの陞爵式で期待されるのは下賜かしされる恩賞。
もちろん国民には恩賞が与えられる訳ではないが、彼の恩恵を享受きょうじゅすることはできる。

その恩恵というのは領地。
現在彼は西区の領主として手腕を奮っているが、今回下賜される領地がもし自分の暮らす土地ならば〝領主が英雄エロー〟という恩恵を享受することができる。
自分が暮らす土地の領主が英雄エローというだけのことが誉れになるほどに今や彼は国民から絶大な支持を得ていた。

ただ、残念ながら今回下賜された領地は耕作地。
農業や林業などに利用する土地だから住人は居ない。
がっかりする国民も少なくはなかった。

他に下賜されたものは王宮地区のお屋敷。
これには驚いた国民も多い。
何故なら彼に下賜された屋敷は国が管理している王宮地区にある国王所有の巨大屋敷だったから。

遂に国王陛下が英雄エローを自らの庇護下ひごかに。
自らが所有している屋敷を与えたということは、国王陛下が民へ「英雄エローは大公(王族)と同等」と宣言したに等しい。
これはもしや今後正式に発表されるプリンセスのご成婚相手がアルク国第二王子から英雄エローに変わるとの先触れではないか。

等々などなど、国民たちは想像を膨らませて色めき立った。
もっともそれは国民の願望が大いに含まれている想像でしかないのだが。

粛々しゅくしゅくと進められた陞爵式も終盤。
願望と期待に想像を膨らませていた者も、玉座の間に降り注ぐ光に照らされた美しい白銀の英雄エローの姿に見惚れていた者も、もう終わってしまうと悩ましい溜息をつく。

そんな国民の様子はまるで恋をした乙女のよう。
一秒でも長くその姿を記憶におさめようと放映石を通して映される英雄エローへと国民の意識は集中していた。

国王が陞爵式を締めくくる言葉を口にした際には遂に終わってしまったと落胆する国民も。
陞爵を受ける彼の横顔を飽きもせず眺めていた国民からすれば祭りあとのような物寂しさすら感じていた。

……次の瞬間までは。

『これを観ている人々に聞いて欲しい。政治的な発言ではなく私個人の発言として、一人でも多くの者に』

放映石に向かい立ち右眼を覆う眼帯を外した英雄エロー
その滅多に見ることのできない力強い白銀の双眸そうぼうに国民は一瞬沈黙したのち、まるで示し合わせていたかのように一斉に地鳴りと聞きまごうほどの大歓声をあげる。

熱狂的、いや、ここまでくればもはや狂信。
国民の彼に対する崇拝は既に危険な域に達している。
彼が正義と言えば悪すらも正義になるだろう。

『まずは先般せんぱんの急襲で殉職した方々の御遺族に心よりお悔やみ申し上げる。国や民を守るため最期まで軍人として戦った彼らの責任感や使命感を誇りに思う。彼らの御霊みたまが神の身許にお導きあらんことを』

英雄エローが殉職軍人に哀悼あいとうの意を表した。
その言動に一時ざわついたものの、胸に手をあてた敬礼で長い睫毛まつげを伏せた英雄エローのどこか寂しげな姿を見た国民も両手を組むと殉職した御霊みたまの安らかならんことを祈った。

『私が療養のため王都を離れている間に獣人族の集落が一つ暴動により滅ぼされたことを聞いた。今もなお各地の獣人集落では厳戒態勢が続いていることも。とても嘆かわしい』

顔をあげた英雄エローが口にしたのは壊滅派かいめつはと名乗る者たちが起こしたスタンピード事件をきっかけにした暴動。
壊滅派の中でも祝歌を唄い英雄エローを撃った歌唱士が一番目立っていたこともあり、家族や大切な人を事件で亡くした人々の怒りの矛先は真っ先に彼女の集落へと向けられた。

『此度の暴動に加担した者に問いたい。諸君はその暴動で何を得たのか。革命という聞こえのよい言葉で罪のない人々の命を奪った壊滅派と、集落に壊滅派が一人居たというだけで罪のない人々の命を奪った諸君の何が違うのか』

怒りと悲しみの混ざった表情。
今まで多くの人々を救ってきた彼が暴動という行為に怒り罪のない人々の命が奪われたことに胸を痛めているその姿を王都国民は瞬きも忘れて静かに見守っていた。


各国、各領、各集落の放映石でも映し出される英雄エローの姿。

英雄エローが御心を痛めている。
各地に居る人族やエルフ族や獣人族に衝撃が走る。

『私も壊滅派にはいきどおりを覚える。彼らの犯した罪は決して許されるものではない。もし暴動に加担した者の中に彼らから大切なものを奪われた者が居るのならその怒りや憎しみが如何許いかばかりか心中察するに余りある。だが、壊滅派も元は被害者。過去に被害者だった者が壊滅派という加害者となり、彼らの報復で被害者となった者がまた暴動を起こし加害者となった』

言葉を忘れた地上層。
種族をこえて多くの人々が地上層にたった一人しかいない英雄エローの声に耳を傾けその姿を凝視する。

『諸君の暴動が未来の加害者と被害者を作る。諸君の傍らで無邪気に走り回る子供が。諸君の腕に抱かれた愛らしい赤子が。母体に守られ成長中の胎児が。怒りや憎しみがまた痛ましい歴史を繰り返し被害者や加害者になるのだと忘れないで欲しい』

ある者は傍に居る子供を、ある者は腕の中で眠る赤子を、ある者は胎児の居るお腹を撫でる。
報復や暴動を他人事のように考えていた人々も罪のない未来ある者が憎しみの連鎖に巻き込まれようとしているのだと、彼の言葉で気付いた者も少なくなかった。

『暴動に加担せんとする者に告ぐ。その両の手を罪でけがすなかれ。諸君の両の手は隣人をいつくしむためにある。その両の手がけがれぬよう、諸君の怒りや憎しみは私が預かろう』

英雄エローがたった一人で怒りや憎しみを背負おうとしている。
そのことに多くの人が驚き涙する。

『最後に壊滅派の残党に告ぐ。降伏こうふくし罪を悔い改めよ。もなくば、大切なものを奪われた人々の怒りと憎しみを私がこの身に背負い英雄エローの名においてこの手で諸君を断罪する』

最後は強い口調で。
偶然にも放映石から映し出される彼に射したステンドガラスの光で後光が射したように見えて人々は自然と両手を組み祈りを捧げる。

英雄エローあまそらから来た神の化身に違いない。
異世界から来た英雄エローが勇者でなかったのは神の化身だから。
大天使さまを従え地上に降り立った神の化身。

英雄エローが我々の愚行を嘆いている。
英雄エローに罪を背負わせてはならない。
辞めよう、もう争いは辞めよう。

地上層に広がっていく祈り。
王都から遠く離れた地でも人々が両手を組み祈る。

英雄エローは地上層で特別な存在。
暴動を企てる者の中にも彼を崇拝する者は多い。
そしてそれは壊滅派の中にも。

「司祭さま。私は罪を犯しました」

膝から崩れ落ち涙する者。

「降伏する」

武器を棄て両手を挙げる者たち。

英雄エローに幸あらんことを!』

木漏れ日のさす深い森の中、多くの声と数十発の銃声が鳴り響いた。


白銀を纏った神々こうごうしい英雄エロー
彼の姿は美しく、言葉は力強く、心は慈愛に満ちている。
地上層の者が彼をそう狂信してしまうのも仕方がない。
暗い時代には何かに救いを求めたくなるものだ。

多くの者の両手は今、祈るために組まれている。
その間は誰かが振り上げた拳で傷付けられることもない。
それは地上層でもっとも争いのなかった瞬間だった。

それでも全ての悪がついえた訳ではない。
今この瞬間にもは行われている。
知恵と欲を持つ生命が存在する限り争いは終わらない。

地上の英雄エローで魔王の半身の帰還。
彼とともに天地は新たな時を迎えようとしている。

    
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...