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第九章 魔界層編

第二覚醒

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「シンさまっ!」

足を止めた瞬間後ろから抱きつかれる。

「どれほどお会いしたかったか!」

苦しいくらいに強く抱きつくエドに胸が痛む。
前に回された両腕でも尻尾でも離さないと訴えているのが伝わってきた。

「お姿を消したのはシンさまの優しさだと理解しています!ですがどうして私やベルには話してくださらなかったのですか!生涯お傍に居ると誓ったあるじを突然失った私たちの気持ちが分かりますか!?」

エドの訴えはご尤も。
命をかけてあるじを守る獣人のエドとベルを俺は一番手酷い形で裏切った。

でも顔が知れ渡った俺は地上層では暮らせない。
素性を隠して冒険者として地上層で生きることも考えたけどギルドカードの名前で俺だと分かってしまうし、ルナさまに保護され王都の国民として生きているエドとベルをそんな逃走者のような生活に付き合わせたくなかった。

俺はもう地上層では暮らせないけどエドとベルには今まで通り王都で暮らして欲しい。
それは俺の身勝手な願いだとは分かってたけど、武闘大会で王都の獣人として優勝したエドとベルのこの先の人生を思えば一人で地上層を去る以外の選択肢は選べなかった。

「エド。ベルと一緒に契約の解除を受け入れろ。お前たちを置いて消えたあるじのことはもう忘れるんだ」
「嫌です!忘れることもできません!」
「俺は魔王の半身や魔族として魔界で生きてる精霊族の敵だ。お前たちの知るあるじはもう居ない。忘れろ」

そう話してもエドは腕と尻尾を前に回したまま離さない。

「戻って来ないと思えば捕まっていたのか」

翼を使って飛んで来て地上に降りた魔王と四天魔。
俺に抱きついたままのエドが咳き込んでみんなが魔力を解放しているからだと気付いてすぐに魔障壁をかける。

「ああ、この姿では苦しいか。魔力を抑えてやれ」

俺の魔障壁で魔王も気付き四天魔にも話して魔力を抑えた。

「半身を返して貰おうか」
「嫌です。シンさまは私のあるじでもあります」
「つい今しがた忘れろと言われていただろう?」
「私は認めていません」

抱きつく腕にますます力を入れるエド。
冷静にハッキリ拒否する。

「どんなにお前が嫌がろうと夕凪真はもう正式に魔王の半身として認められた魔族の一員だ」
「それが何だと言うのですか?私は種族で判断して契約したんじゃなくシンさまだからお仕えしたいと思ったんです。シンさまが地上の英雄エローでも魔界の魔王の半身でも私や姉のあるじだということだけは生涯変わりません」

そう答えたエドに魔王はくすりと笑う。

「久しく会っても変わっていないな。半身のこととなるとエルフ族の王が相手だろうと魔族の王が相手だろうと自らの危険を顧みず牙をむく。そういうところが気に入っているが、魔族ではなかったことが惜しまれる。魔族であったならお前以上に半身の補佐の適任は居なかっただろうに」
「シンさま!」

俺の腕輪に付与されている転移魔法を使ってエドの腕から魔王の腕の中に転移させられる。

「……俺だって魔族になれるものならなりたかった!そうすれば魔界に行ってシンさまにお仕えできたのに!シンさまをたった独りで行かせずに済んだのに!」

そう力の限り叫んだエドの魔力が上昇する。

『叶えてやろうか。その願い』
「魔神?」

バングルに変えていた絹が俺の腕からスルリと解けてその上に姿を現した魔神。
魔王は俺を降ろすとすぐにその場に跪き、初めて魔神を見た四天魔も魔王が跪いたのを見てスッと跪く。

「……シンさま……こちらの御方は」
『私は生命の創造主。お前たちの星では魔神と呼ばれている。種族を変えてやることは出来ないが、心から願うのであればこの者に仕える力を与えよう』

突然現れて声をかけてきた魔神を見上げるエド。
今日も黒いローブで姿を隠した魔神はエドを見下ろす。

『自らの意思で選ぶがいい。今の覚醒で本来得るはずだった獣人の力か、この者に仕えるための未知の力か』
「待て!なんで魔神がエドに力を与えるんだ!魔神は魔界の神だろ!?絶対駄目だ!」

地上層に暮らす獣人族は精霊神が神。
それなのに魔神が力を与えるなんて嫌な予感しかしない。

『さあ選べ。欲する力を』
「本来の獣人の力を選べ!お前の神は精霊神だろ!」

実体がないから魔神を止められずエドに言い聞かせる。

「シンさまにお仕えできる力をください」
「エド!」
『叶えよう。本来の力と引き換えだ』

手を組み祈るエドに落ちた雫。
一瞬眩い光が辺りを照らした。

『ボードを確認してみるといい』
「はい。………霊獣王れいじゅうおうの加護?」

魔神から言われてステータスを確認したエドは首を傾げる。

『霊獣王とはの時代に天と地を繋ぐ役目を担っていた者。その加護があればお前たちは天と地を渡ることができる』
「魔層を通れるということですか!?」
『ああ。魔素に強くなり魔層を渡れる程度の加護ではあるが、お前が望んだこの者に仕える力ではあるだろう』
「ありがとうございます!」

喜んでるけどとんでもない力だと分かっているのか。
魔層を渡れる力を持っていることが知られれば軍事に利用される可能性だってあるし、エドの気持ち次第では魔界層へおかしな物を持ち込むことも出来てしまう。

「……戻せ。エドが本来得るはずだった力に」
「シンさま」
「エドがその力を悪い方に使うとは思わないけど、魔層を渡れない地上の人の中には軍事目的でエドを利用しようとする奴が現れる。そんな力なんてない方がいい」

軍事目的に利用される力なんてない方がいい。
誰かを盾に脅されて悪用される可能性だってある。

「エドが危険にさらされる力なんて認めない。エドやエドを大切に思う人が悲しむ力なんて俺は絶対に認めない」

特別な力がいいとは限らない。
本来魔族にしかないはずの力を与えたらエドまで俺のように人外扱いされてしまうかも知れない。

『面白いことを言う。ではお前の持つ魔法は誰かが危険にさらされる力ではないのか?お前の握った拳は誰かを悲しませる力ではないのか?力というものはその者の使い方次第で人を傷付けることもできれば護ることもできる。その力を不要と言うのならば願い通りお前の力を全て奪おう』
「お待ちください!」

魔神が俺に手のひらを向けると魔王は俺を庇って腕におさめ、エドは魔王と俺の前に身を挺する。

「シンさまが悲しむのでしたら力はお返しします。お返し出来ないのであれば誰にも言わず生涯使いません。シンさまは私のことを考えて怒ったのであって悪いのは身の丈に合わない力を望んだ私です。どうか私の命でお許しください」

跪いたエドは手を組み魔神に許しを乞う。
その姿を見て唇を噛んだ。

「……フラウエル俺を殴れ」
「半身を殴れるはずがないだろう」
「手合わせ中は殴るだろ!」
「手合わせと意味もなく殴るのでは違う」
「じゃあアミュ!俺に突撃してこい!」
「ピィー!」
「……鳩尾みぞおちは吐く」
「ピィ?」

フラウエルに頼んでも殴ってくれずアミュに頼むと喜んで突撃してきて鳩尾に頭突きが決まる。

「……悪かった。エドまで俺のように人外扱いされるようになるんじゃないかって思ったんだ。でもエド本人が望んだ力を俺がどうこう言っていいはずがなかった。何を求めるもどう使うもエドが決めることなのにごめん。過ぎた心配だった」

まるで過保護な親のように。
本人が望んだことなのに自分の善し悪しだけで判断してそれを押し付けようとしてた。

「シンさま」

抱きついたエドの背中を叩く。
いつも腕におさまるはずのエドが自分よりも大きくて複雑な心境だったけど。

『危険だから姿は出せないけど声だけ届けるよ』
「精霊神」
「……精霊神さまの声なのですか?」
「うん」

四天魔やエドが居るから強いを持つ精霊神は姿を現せないらしく声だけが聞こえてくる。

『魔神じゃ言葉足らずだから改めて説明するけど、今解放した霊獣王の力は元々彼の中に秘められていた能力の一つなんだ。ボクたちが好き勝手に決めて能力を与えた訳じゃない』
「え?能力って神が決めて与えるんじゃないのか?」
『違う。ボクたちは解放してるだけ』

ふざけ散らかした俺の能力も?
明らかにふざけた名前ばかりなのに。

『特殊恩恵も恩恵も魔法の属性もその生命が持って生まれた素質をボクたちが解放してるだけなんだよ。彼は霊獣王の子孫で力を得る素質を持っていて条件が揃ったから能力を解放してあげただけで、彼と無関係の能力を与えたんじゃない。今回は本来得るはずの力と望む力のどちらの条件も揃ってたから強く願う方の力を解放したんだ』

じゃあエドは元々魔層を渡る能力を持ってたってことか。
それを魔神が解放した、と。

「最初からそう説明してくれれば良かったのに」
『今の話を聞いていたのか?強く願う方の力がどちらかを知るために、自らの種族である獣人の力を捨ててでも未知の力を得る覚悟があるかを見たのだ。例え素質があろうとも覚悟のない者に未知の能力は解放できない』

そんな怒らなくても。
愚痴る俺と怒る魔神に精霊神のクスクス笑いが聞こえる。

『人型種はみんな同じ。持っている素質とその素質を得る条件を満たすかで能力が変わる。鍛えれば得られる能力もあれば生き方や考え方で得られる能力もある。中には出会いや別れで得られる能力も。自分では分からなくても君たちがいま持っている力は条件が揃ったからこそ得られた力だ』

自分の生き方や考え方次第で変化するということか。
良い方にも悪い方にも。

「精霊神さま、魔神さま。図々しい願いと承知しておりますが今までのお話の中で二つお伺いしたいことがございます」
『答えられることなら』
「ありがとうございます」

両手を組み跪いたエド。
普段から祈り慣れているだけある。

「一つは私の知識不足なのですが、霊獣王れいじゅうおうさまのお名前を初めて耳にいたしました。私の祖先とのことですがどのような方かお聞かせいただくことは可能でしょうか」

あ、俺が知らないだけかと思えばエドも知らないのか。
王ってつくくらいだから偉い人なんだろうとは思うけど。

『精霊王や妖精王と同じと言えば分かるかな?精霊王は人族、妖精王はエルフ族。霊獣王は獣人族の守護神』
「獣人族にも守護神がいたのですか」
『もちろん居るよ。魔族で言えば霊魔王が魔人族、神龍王が龍族、竜王が竜人族の守護神。まだ君が会ったことのない生命もこの星には存在していて、その全ての生命に守護神がいる。ボクと魔神にとって生命は平等なんだ』

そのに優劣をつけたのは生命。
地上層にも魔界層にも同じ層に暮らす種族でさえ優劣をつける者はいる。

『私や精霊神にとって生命はみな平等。星の環境に合わせて地上層の生命を精霊神が創り私が魔界層の生命を創ったというだけで、層や種族で敵対を始めたのは生命。かの時代敵対を始めた生命の意思を尊重して守護神が天と地に別れた時、守護神同士を繋ぐために唯一天と地の守護神で居たのが霊獣王だ』
「あ。だから子孫のエドも魔層を渡る素質があるのか」
『それもあるが、獣人族はそもそも魔族でもある』
「……え!?」

精霊神と魔神の話を夢中で聞いていたみんなもその話には驚いた表情を見せる。

『獣人族は精霊神と魔神の私が二人で創った種族だ。かの時代の獣人族は魔界と地上を行き来していたが、全体数の少ない地上に腰を据えたというだけ。そしてそれは魔人族も同じ。魔人族も精霊神と私が創った生命で、魔素の多い魔界に腰を据えたというだけだ』

魔神の話にみんなは唖然。
この異世界に今生きている誰も知らなかったことを聞かされたんだから驚かないはずもない。

「今この星で認識されてる種族だけで分けると、精霊神が創ったのが人族とエルフ族。魔神が創ったのが龍族と竜人族。二人が共同で創ったのが獣人族と魔人族ってこと?」
『ああ。偏ってしまわないよう最初は同じ数の生命を創り、魔族は精霊族よりも繁殖力が低いぶん寿命を長くした。いま種族によって数に違いがあるのは生命同士で争った結果だ』
「納得。本当に平等に生命を創ったんだな」

精霊神と魔神は平等に生命を創って後は生命に任せた。
魔物は人型種の食糧としても狩られてしまうから魔層の中で次々と生まれるようにしたんだろう。

「不思議な気分になるお話ですね。地上の種族としか思わず生きてきた私には戸惑いもありますが、神は私たち獣人にも平等を授けてくださっていたのだと知れて嬉しくもあります」

獣人差別を受けてきたエドには“神は平等である”ということが嬉しかったらしく微笑していて、その嬉しそうな様子に俺の頬も緩んだ。

『もう一つの質問は?ボクが繋がると愛しい子の負担が大きいから君たちとはあまり長く話せないんだ』
「愛し?あ、いえ。先程魔神さまが仰ったというのがどういうことかをお聞きしたくて。私の他にも魔層を渡れるようになった者が居るということでしょうか」

……言ってたな。
思い返してみれば。
頭に血がのぼってたから疑問に思わなかったけど。

『お前にはが居るだろう?』
?」
「ベルのことじゃないか?双子だし」
「姉にも加護をいただけたのですか!?」
『お前とは元々霊獣王の血を色濃く引く一つの生命。片方の加護を解放したらの加護も解放されたというだけで私が別々に与えた訳ではない』

さすが双子。
結果的にベルは選ぶ権利もなく解放されてしまったってことになるけど。

『魔王フラウエル』
「はっ」
『私はこの者の能力を解放したが、魔界と違って地上は魔層を自由に使うことが出来ない。もし自由に使えば愛し子が心配した軍事利用を目論む者にこの者の能力を教えることに繋がる』

そう話しながら開いた魔神の手のひらの上には水晶が二つ。
ビー玉程度で小さいけど透明度が高い綺麗な水晶だ。

『愛し子の心配も理解できないものではない。そこで私はこれを加護を得た二人に渡す。魔層の役目をこの水晶にさせる』

持ち運べる魔層ってこと!?
地上層では魔層はずっと監視されてるから使えないことは確かだけど……とんでもない物を渡そうとしてるな。

『とはいえ魔族側からすれば魔界へ自由に出入りされても困るだろう。だから魔族の王のお前が制限をつけるといい』
「制限ですか」
『極論を言えば来るなと制限するも自由だ。私は能力を解放することと能力を扱うための道具を渡すだけで、得た力をどう使うかは星に生きる生命次第だからな』

なるほど。
それなら魔王の面目が潰されることもない。
勝手に決められたことじゃなく決めたことだから。

「決める前に問おう。お前は得た力を使って何をする」

魔神から水晶を受け取ってエドに聞いた魔王。

「シンさまの元へ参ります」
「他には?」
「他?」
「この力さえあれば今まで行くことの出来なかった魔界と地上を自由に行き来できるようになる。したいこともあるだろう」
「したいこと……強いていえば魔界を観光できたら嬉しいとは思いますが、それもシンさまと一緒に観光したいのであって、やはりシンさまにお会いする以外のしたいことはありません」

少し考えたエドがそう答えると魔王は笑う。

「敵地に来てしたいことが観光とは。まあいいだろう。魔王城の城門前に制限して魔界へ来ることを許可する」
「魔王さま。本当によろしいのですか?」
「先に伝達をしてから来ることや口外禁止事項などの条件はつけるが、これにつける制限は場所だけでいい。この者やこの者のついは半身ためなら命すら惜しまない忠義な臣下だ。半身の立場が悪くなるような愚かな真似はしないだろう」

地上層で一緒に過ごしたから分かること。
少し心配そうに聞いた山羊さんに魔王はそう答えた。

『常に身に付けられるよう首にかけられるペンダントにしてやろう。それに魔力を送れば小型の魔層が開く。開いたその魔層を使えるのは霊獣王の加護を持つ者だけに制限してある』
「では万が一盗まれたとしても悪用されずに済むのですね」
『加護を持たない者にはただの装飾品だ』

俺とフラウエルが貰った絹と同じか。
エドやベルにしか扱えないなら良かった。

『能力の使い方の善し悪しを決めるのはお前たち星の生命。精霊神と私は生命が決めたそれを見守るのみ』
「はい。ありがとうございました」

ベルの分のペンダントも首にかけ再び両手を組んで感謝を伝えるエドの表情は嬉しそうだ。

「一度開いてみれば?今は俺たちしか居ないし」
「そうですね。試しに」

避難指示が出てる今なら人が居ないから試しに使ってみるようにいうとエドはペンダントを握る。

「おぉ……地味」

ペンダントがピカーっと光る派手なエフェクトがある訳でもなく、地上や魔界にある魔層のように天高くまで続いている訳でもなく、エドの前にスーッと現れたのは本当に人一人が通れるサイズのドアのような魔層。

「……どこでもド〇だな」
「どこでもド〇?とは?」
「著作権に引っかかりそうな」
「著作権?」
「いや、なんでも」

某ネコ型ロボットが出すアレとは違って魔層と同じ黒いモヤだけど、形がそれっぽくて言った俺にエドは首を傾げる。

「この大きさならば室内でも使えそうだ」
「たしかに。私たち魔族には小さいですが」
「人目を気にせず使えるのはいいですね」
「しっかり魔層だ」
「これは凄い。さすが神のお力」

魔王や四天魔は興味津々。
身体の大きな魔族には身を屈めないと入れなさそうなサイズだけど、元からエドとベル専用なんだから充分。

『消す時にもペンダントに魔力を送れば消えるよ』

そう精霊神から言われて再びエドがペンダントを握るとはスーッと消えた。

「消える時も地味」
『あえて目立たぬようにしたのに苦情か』
「苦情は言ってないけど凄いアイテムなのに地味」
『お前が軍事利用をされたらと心配していたからあえて目立たぬようにしたというのに地味地味と』
「それは感謝してる。ありがとう。でも地味なものは地味」

魔神と俺の会話でまた精霊神はクスクス。
何気に精霊神はよく笑う。
でも存在するだけで放たれるの強さは殺人級。

『そろそろ時間だ。これ以上は愛し子が疲れる』
『うん。またね、ボクたちの愛しい子』
「また。二人ともありがとう」
『運命を決めるのはお前(君)だ』

最後にまた跪いて頭を下げる魔王と四天魔とエド。
いつもの言葉を残して精霊神と魔神の気配は途切れた。

「我々も創造神のお姿を拝見できる日が来るとは」
「お顔を隠されていても威圧感が凄まじかった」
「本当に。貴重な経験をさせていただきました」
「種族に関する驚くべき事実も」
「ああ。あのことは魔界に戻り次第書き残さねば」

地面に落ちている絹を拾ってまたバングルに変えて腕につけながら魔王や四天魔の会話に苦笑する。
俺にとっては怪しい黒ローブの人(神)って印象だけど、普通は神に会えばみんなの反応の方が普通なんだろう。

「みんなが来たってことはもう塞ぎ終わったのか?」
「ああ。塞いた証拠を記録石で撮って舗装も戻した」
「え?舗装までやってくれたのか」
「あのままではすぐに生活が出来ないだろう」
「てっきりそうなるものだと思ってたから。ありがとう」

舗装の修理が終わるまで数日間は通行止めになるのもやむなしと思っていたのに舗装まで直してくれるとは。
人族の敵とは思えない気遣い。

「子供たちが話していた修理とは事実だったのですか?」
「うん。魔物がここに集まった理由が舗装の下に入ってた魔素溜まりだったからみんなが協力して塞いでくれたんだ」
「魔素溜まりで大軍が押し寄せたのですか?」
「祖龍の背丈よりも大きい亀裂の魔素溜まりだったから。魔素が見えない地上の人には分からなかっただけで」
「そ、そんなに大きな魔素溜まりが?」

西区で避難活動をしていたから何の事情も知らず驚くエドに、俺たちが来た経緯や国王と話し合って討伐班と魔素溜まりを埋める班に分かれたことを説明する。

「そうでしたか。危機をお救いくださり感謝いたします」
「俺たちは半身の願いを聞き入れて狩りに来ただけだ」
「理由は何であれ力をお貸しくださったことが事実。みなさまのお蔭で多くの国民が救われました。ありがとうございます」

片膝を付いて魔王や四天魔に頭を下げるエド。
敵であるはずなのに感謝をして頭を下げるエドに四天魔は複雑そうな表情をしていた。

「まだ終わってない。塞ぎ終えたなら加勢に行かないと」
「ああ。もう魔素は出ていない。この戦いが最後だろう」

最後の総仕上げ。
魔素が止まったから魔物もじきに落ち着いて集まらなくなるだろう。

「エドはすぐ避難所に戻って引き続き国民を守ってくれ」
「……またお会いできますか?」
「もちろん」
「心配せずともお前や獣人娘とは条件を話し合う必要がある。戦が終わったのちに落ち合おう。これを渡しておく」
「以前エミーリアさまが伝達用にお借りした物ですね」
「ああ。話せる状況になったら報せろ」
「承知しました。お預かりします」

魔王がエドに渡したのは水晶。
制限はつけたものの条件の話はまだ終わっていないから、片付いた後に落ち合う約束をする。

「シンさま、みなさま、どうぞお気を付けて」
「エドも」

俺が顔に両手を伸ばすと身を屈めたエドに額を重ねて無事を祈った。


「なんとも不思議な獣人ですね。我々魔族に頭を下げ感謝を述べるだけでなくとは」
「単純な話だ。あの者やあの者のは半身に害をなす者かどうかで自分たちの敵味方を判断している。半身の味方は自分の味方、半身の敵は自分の敵とな。だからこそ往来を許可しても半身の立場が悪くなるような悪事はしない」
「そういうことだったのですか」

飛んで城壁に向かいながらエドの話をした山羊さんはその話を聞いて魔王が簡単に許可した理由を納得したようだ。

「天地戦では敵であることに変わりませんが、実際に接してみなくては個々の為人ひととなりまでは分からないものですね」
「ああ。醜い魂色の者も居れば美しい魂色の者も居る。それは魔界も地上も変わらない」

クルトに魔王はそう答える。

地上層の種族の敵は魔界層の種族。
魔界層の種族の敵は地上層の種族。
互いに自分たちとは違う層に生きる種族を一纏めにして敵と教わり育ったんだから、個人の善し悪しではあまり考えたことがなかったんだろう。

それは俺もそうだった。
魔王に出会い魔族のことを知る機会がなければ、地上層の人たちが話す魔族の話で敵(悪人)だと思ったままだったと思う。

「まさか押されているのか?」
「そのようだな」

城壁の向こうで赤く染まる空。
さっき戦った時より立ち昇っている火の手が城壁に近い。

「デザストル・バジリスク。無事か?」
【魔素溜まりを塞ぎ終えたか】
「うん。魔物に押されてるみたいだけど理由は?」
【先程より能力の高い魔物が多い。人族にはきつかろう】
「……そうか。さっき戦ったのは王都近くに居た魔物だから低ランクの魔物が多かったのか」

城壁の外で国王軍と一緒に戦って貰ってるデザストル・バジリスクから戦況を聞いて舌打ちする。
王都は常に魔物が寄り付かないよう対策をしているから強い魔物は警戒して早々近寄らないけど、今回の魔物たちは距離のある場所から集まってきている。
さっきより強い魔物が多ければ苦戦するのも当然だった。

「これは……というところか」
「負傷者の数もかなりの数になっていそうです」

城壁に辿りついて空から見た状況は地獄絵図。
戦っている国王軍を超えて城壁の近くにも魔物が居る。
国王の護りの盾が発動しているから王都への侵入は堰き止められてるものの、明らかに劣勢の戦況だ。

「人族の王よ。無事か」
「魔素溜まりは」
「全て塞いだ。この戦いが最後になるだろう」
「そうか……感謝申し上げる」

さっきの戦いと同じく城壁の上に居た国王。
長時間護りの盾が発動しているから既に満身創痍。
床に片膝をついていながらも何とか意識を保っていて、魔素溜まりを塞いで戻って来た俺たちへ礼を口にする。

「国王のおっさん。隣の二人……王妃とルナさまか?」

国王の隣で俯せに倒れている二人。
軍服姿だから国王軍の軍人かと思ったけど、その髪色に見覚えがあって『まさかな』と思いつつ聞く。

「二人は兵士たちに守護をかけ魔力が尽きた」
「なんで次期国王のルナさままで引っ張り出したんだ!」
「私たちが力尽きてもルイスが居る」
「まだ六歳の子供だろ!どれだけの重荷を背負わせるんだ!」

ルイスさまはまだ六歳の子供。
仮に国王の身に何かあっても国をおさめられるよう、次期国王のルナさまはこの場に立たせるべきではなかった。

「いま護りきらなければ王都は滅ぶ!ルイスは六歳であっても王家の者だと忘れないでいただこう!私たち王家は国と民を護る盾だ!命を惜しんでいては国と民は護れない!」

初めて俺に声を荒らげた国王。
自分より王妃より娘より国民の命。
それが王家。

城壁の傍で戦っている騎士や魔導師。
命をかけ身体が欠損しても国や国民を護るために戦っている。
それが軍人。

これがこの世界での戦い。

「きっとこの世界ではそれが常識なんだろうな」

王家は国と民を護る盾。
自分の命が尽きようとも護るべきものは国と民。
でも国王も本当は王妃やルナさまを戦に立たせたくなかったんだろ?だからそんなに悲しい顔をしてるんだろ?

「例えそれがこの世界の常識でも、平和ボケって言われる国で生きてた俺には納得できない!生きて国民を導くことが王家の役目だろ!生きて国民を護ることが軍人の役目だろ!本当に国や国民を護りたいならみっともなく地に這いつくばってでも生きろ!こんなことで死ぬのは許さない!」

例えこの世界では王家や軍人のが正義でも、情けなくても無様でも地面に這いつくばってでも生きて欲しい。
死んでしまっては国民を護ることも導くこともできない。

【ピコン(音)!シン・ユウナギ第二覚醒。特殊恩恵〝宿命〟を手に入れました。特殊恩恵〝宿命〟と〝不屈の情緒不安定〟が融合進化。新たな特殊恩恵〝神力しんりき〟を手に入れました。全パラメータのリミット制御を解除、限界突破リミットブレイク。〝神力〟と〝始祖〟の効果により魔素を吸収し魔力へ変換。上限値の第一解放に成功。……第二解放成功……第三解放成功。ただいまより神魔シン・ユウナギの魔力と生命を消費し慈悲シャリテを与えます】

慈悲シャリテを与える?
西区襲撃事件の時と同じく唐突に覚醒をしたらしく、マシンガントークで報せてくれる中の人。
俺を中心にして光が水の波紋のように広がってゆく。

「……これは半身がやっているのか?」
「能力値が物凄い早さで回復しています!」
「見てください!負傷者の怪我も!」
「光に触れた魔物が消滅して行く」
「これが半身さまの真のお力」

徐々に遠くなる魔王や四天魔の声。

『ピィピィ!』
『半身さま!?』

魔力だけでなく命まで削られる感覚。
そんな感覚とともに体から力が抜けた。

【ピコン(音)!神魔シン・ユウナギ。機能停止】
「半身!」

――――――……プツン

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まりぃべる
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