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第九章 魔界層編

魔素溜まり

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「一刻も早く魔素溜まりを埋めるには今抑えている俺たちの魔力を解放しなければならない。周囲には魔力が漏れないよう俺が結界をかけるが、結界内に居る者の命の保証は出来ない。現在どのように避難させているのか知らないが、まずは魔素溜まり付近に居る者たちを早急に避難させる必要がある」

正式に協力することになって簡易テントを張ったそこで王都の地図を広げて話し合う。

「そのためには魔素が溜まってる正確な範囲を調べないと。西区か北区辺りって情報だけじゃ範囲が広すぎる」
「魔素が見える半身を一緒に連れて行け。俺たちはここで話し合いを進めておく」
「頼めるかい?」
「うん」

元は王都に暮らしてた俺が行くのが早い。
次の魔物の襲撃は避けられないにしても早く塞げれば一度の襲撃だけで済ませられる。

「アミュはここでみんなと待っててくれ」
「ピィー」
「駄目だって」
「ピィ!ピィ!」

小型化して俺の頭頂に乗っていたアミュは爪を出してしがみついて離れない。

「その姿なら誰も祖龍とは分からないだろう。街中で元の大きさに戻らないでいてくれるなら着いて来ていいよ」
「ピィ!」
「お前はほんとに人懐っこいにも程がある」

着いて来ていいと許可をしたエミーをテシテシ叩くアミュ。
人族相手にも警戒心の欠片もない。
だからこそ平気で背中に乗せたんだろうけど。

「その祖龍は半身に敵意を向ける者に敏感だ。連れて行けば少しは四天魔も安心するだろう」
「何かあれば必ず報せてください。すぐに参ります」
「分かった」

また心配症のオカンになってる赤髪。
俺だけ行くと聞いて四天魔がピリっとしたことに魔王は気付いてたんだろう。

「西区か北区と言ってたね。境界までは私の術式で行こう」
「うん」

すぐに地面へ術式を描くエミー。
繋げる先は西区と北区の境界に設置されてる術式。

「行ってくる」
『お気を付けて』

四天魔に言ってエミーの描いた術式に乗った。

「うわ……魔素すご」
「ちょうどここってことか」
「来てみても何も感じないのか?」
「全く。私にはいつもの光景にしか見えない」
「そっか。今まで気付かなかったのも納得」

術式から出た先は既にモヤの中。
魔法を使う時以外に魔素の要らない人族は例えモヤの中に居ても分からないくらい魔素に疎いってことなんだろう。

「ピィー」
「喰いすぎるなよ?」
「ピィ!」
「喰いすぎる?」
「祖龍の餌は肉と魔素なんだ」
「へー。それで嬉しそうなのか」

アミュにとってはご馳走の中。
尻尾を振って体内に取り込んでいる。

「端と端を調べたいから飛んで空から見るか」
「そうだね。歩いて調べるより早い」
「飛ぶから掴まってくれ」
「頼んだ」

魔素が広がっている範囲を調べるため空から見ることにしてエミーを抱き上げ大天使の翼を使って上空に飛ぶ。

「翼も前と変わったね。白と黒になってる」
「うん。これは何で変わったのか原因が分かってないけど。あのスタンピードの時までは透明だったのに」
「あの時君が召喚した白と黒の大天使さまの翼みたいだ」
「ああ。たしかに」

言われてみれば。
名前も使ってくらいだし、もしかしたら何か関係してるのかも知れない。

「やっぱ西区と北区を跨いでるな。まずは北区側に降りる」
「うん」

先に行ったのは北区。
ここも既に避難済みらしく人の姿は見られない。

「まずはここ、と」

持ってきた地図に印をつけるエミー。
東西南北に飛んで範囲を測る必要がありそうだ。
再び上空に飛んでまた魔素の途切れる場所へ。
どこへ降りても人の姿は見られず、みんなしっかり地下に避難してるんだと少し安心した。

「こんなに広い範囲に溜まってたのか」

飛んで降りてを八回繰り返して囲った円。
西区と北区それぞれ半分くらいが範囲に含まれている。

「いま避難させてるのは地下の避難所だよな?」
「そう。かなりの数になるけど、この範囲にある避難所に居る人たちを別の場所へ避難させないと」
「戻ってすぐに避難指示した方が良いな」
「そうだね。魔物を迎え撃つ準備もしないとだし」
「戻るのは術式の方が早いか」
「うん。今描く」

避難所の数が多いなら避難にも時間がかかる。
魔物ももう近づいてるだろうし時間が惜しい。
エミーの術式を使ってすぐにテントへ戻った。

「国王陛下。範囲が絞れました」
「ご苦労だった」
「早かったな」
「みんな避難してて誰も居なかったから翼を使った」

テントに戻り魔王と俺が話してる間にもエミーは地図を開く。

「……これほど広がっていたとは」

西区と北区の半分と言っても両方を合わせたら地区ひとつ分ほどの広さがある。
魔素の薄い地上でその広い範囲に魔素が溜まっていれば魔物が惹き寄せられてもおかしくない。
デザストル・バジリスクやゴーストバットが気付かなかったのが不思議ではあるけど、今はそれを考えてる余裕はない。

「国王はすぐに避難指示を。俺たちはまず亀裂を探そう」
「亀裂があるのは多分ここら辺だと思う。モヤが濃かった」
「そこまで絞れているなら探す時間を短縮できそうだ。避難が終わり次第すぐに向かう」
「うん」

空から見てモヤの濃かった場所。
それでも範囲は広いけど地区ひとつ分ある広さからの中から亀裂を探して回るより早く見つけられる。

「エミーリアは次の魔物を迎え撃つための準備と軍の指揮を。私は国民に避難指示を出す」
「はっ。レナード、陛下が避難指示を出したあと騎士数名を馬で走らせて確認してくれ。私は魔導師に指示をしてくる」
「はっ」

エミーと団長はすぐにテントを出て行く。
やっぱ魔導師長アホを気絶させたのはマズかったか。
有事の際には騎士団と魔導師で手分けをするけど、魔導師に指示をする魔導師長が気絶してて使い物にならないからエミーが一人で軍全体の指示を出さないといけない。

かと言ってあのまま攻撃させてたらじゃなくされただろうし、元をただせば悪いのは魔導師長アホに違いないんだけど、何となく気絶させた俺が悪いような気分。

「半身。どうかしたのか」
「ううん」

二人が出て行ったあとを見ていた俺に聞いた魔王へ首を横に振って見せた。


放映石を使って国民に出された避難指示。
魔素が溜まっている地域の地下に居る国民は範囲の外にある避難所へすぐに移動することと、安全が確認されるまでは入らないよう指示が出された。

避難指示後すぐにテントは片付けられて魔物を迎え撃つために騎士や魔導師がまた城壁の上や外に集合する。
今回は急襲ではないからしっかり準備ができたぶん前回ほどの負傷者は出ずに済むだろう。

「国王陛下へご報告します!魔素溜まり付近に居た国民の避難が完了いたしました!」

馬に乗って報告に来た騎士。
魔物の到着より先に避難が済んで良かった。

「半身、案内を」
「うん。デザストル・バジリスク」
【なんだ】
「大きすぎて連れて行けないからここで魔物の討伐を頼む」
【承知した】

祖龍より巨大なデザストル・バジリスクは街中に連れて行けないから残って魔物と戦ってくれるよう頼む。

「眷属は連れて行こう。抱けるよう魔力を抑えてくれ」
「ピィ!」
「お前はもう先に小型化してるだろ」

既に一匹だけ小型化していたアミュが一番張り切って返事をしていて苦笑する。
ポンポンと小型化した眷属たちはそれぞれの主の腕に抱かれて尻尾を振っていた。

「これを渡しておく。何かあれば魔力を通して報告を」
「お預かりする。どうか王都を頼む」
「自分たちが魔物にやられないよう気遣った方がいい」

晶石を国王に渡した魔王はそう言って少し笑うと翼を出す。

「終わり次第こちらからも報告する」

それだけ言い残してみんなで亀裂があると予想される場所に向かった。

「かなりの濃さですね」
「下に沈んでいるということは魔素が濃いことは間違いない」
「これだけ充満していれば自分も役に立てそうです」
「全員でやればそのぶん早く塞げる。眷属たちも今の間に魔素を吸収しておくよう」

亀裂を埋める俺たちにとって魔素が濃いのはありがたい。
魔法を使っても魔素のお蔭ですぐに魔力が補えるから。

「探知を行いながら結界を展開する」
『はっ』

魔力を解放した魔王が地区ひとつ分ある広さの魔素溜まりを結界で包む。
王宮地区よりも巨大な魔王城に結界をはるくらいだから地区ひとつ分なんて魔王には大したことじゃないんだろうけど、本来ならばだ。

「かなり大きな亀裂だが、どうしてこれに気付かない」
「え?」
「祖龍の背丈ほどの亀裂が入っている」
「そ、そんなに大きいのが?」
「人族にも亀裂自体は見えるのですよね?」
「見えるはず。魔素溜まりのことは知ってたから」

結界をはりながらの探知で亀裂が見つかったらしく魔王は眉根を顰める。

「これに気付かないのはおかしい。行って確認しよう」
『はっ』

魔王の探知に引っかかった亀裂は俺たちが降りた所からすぐ近く。

「なるほど。これで隠されていたのか」
「……舗装か」

王都の地面は魔法で練った石材で舗装されている。
祖龍の背の高さほどある亀裂が目に見えなかったのは頑丈な舗装の下に亀裂が入っていたからのようだ。

「この方角で亀裂が入っている。そのどこかに魔素が漏れ出している箇所があるはずだ」
「ここから先で舗装が切れるのは……川だな」
「川?」
「人工河川。王都には水害を防ぐために人の手で作られた河川があるんだ。案内するから着いて来てくれ」

また翼を出して向かったのは下水と河川の合流する場所。
河川があるから舗装は一旦ここで途切れている。

「ここで間違いない」
「この淀みで気付かないとは羨ましいやら」
「魔族の私たちでもこれは息苦しいですね」
「魔障壁をかけろ。酔うぞ」

下水の穴から漏れている魔素。
見えてる俺たちにはおどろおどろしい光景だし四天魔には息苦しく感じるようだけど、見えない人族からするといつもと変わらない景色なんだろう。

「地面を剥がさなければ埋められないな」
「うん。先に国王に報告した方がいいと思う」
「ああ」

舗装を剥がせば魔導バスや魔導車の通行が出来なくなる。
ただ、舗装の下の亀裂を塞がないと魔素は漏れたまま。
舗装が終わるまで通行止めになるとしても魔物が集まるよりはいいだろう。

「国王よ。聞こえるか」
『……ああ。聞こえている』
「魔素が漏れ出しているのはここだ」
『そこは……』
「北区の河川。下水の排出口」
『北区か。塞げそうだろうか』

魔王が晶石を使って国王に見せたけど排出口はどこも同じだから分からなかったらしく王都を知ってる俺が場所を教える。

「地上へと漏れ出しているのはここに違いないが、亀裂自体は祖龍の背丈ほどの大きさのものが地面の下に入っている。まずは舗装?というものを剥がさなくては亀裂を塞げない」
『祖龍の背丈?それほどに大きな亀裂が?』
「舗装という物の下では発見出来なくとも仕方ない。剥がしていいと言うなら全て塞ごう。どうする」
『漏れ出した箇所だけ塞いでも一時しのぎにしかならない。塞げるというのならこちらは願ってもないことだ』
「承知した。では剥がして取り掛かる」
『感謝申し上げる』

国王に許可をとって魔王は通信を終わらせた。

「クルト。まだ記録石は残ってるか?」
「はい」
「剥がす時と剥がした後の亀裂を証拠として撮っておく」
「証拠?」
「あの魔導師長のように疑う奴が居ないとも限らないから。亀裂が入ってた確実な証拠があれば文句は言えないだろ」

舗装を剥がして通行止めにする必要があるとなると、剥がしたあとに魔族が空けたんじゃないかとかクソみたいな言いがかりをつける奴が出てこないとも限らない。
魔族はそこまで細かい奴は少ないけど人族には細かい奴が多いから、自分たちには何の得もないのに手伝ってくれているみんなが疑われないよう証拠を残しておきたい。

「ここで暮らしていた半身が言うならそうなんだろう」
「何とも難儀な」

クルトはそう言って苦笑した。

「では剥がすぞ。しっかり記録しておけ」
「OK」

魔王と四天魔が魔空属性を使って舗装を剥がす様子を上空から記録石におさめる。
頑丈な舗装も魔族の手にかかれば土の地面と変わらない。
宙に浮く瓦礫を見て熟々魔族はチートだなと思った。

「……とんでもない亀裂が現れたな」

魔界層にある亀裂よりも遥かに大きな亀裂。
祖龍の背丈ほどと言っていたけれどがそれなだけで、ヒビ割れている範囲はそれよりも大きい。
漏れ出している範囲の亀裂だけ埋めてもすぐに別のヒビ割れ部分から漏れ出してくるだろう。

「あ。来たか」

街に鳴り響いた警報。
最初は緩やかだろうけど、早めに倒して行かないと後から後から押し寄せてさっきと同じ状況になってしまう。
早く亀裂を塞いで魔素を止めないと。

「この長さだ。分かれて塞ごう。俺は魔素が多く漏れていた先程の場所を最初に塞いでこよう」
『はっ』

記録石で撮ったあと長い亀裂を塞ぐために一箇所で作業はせずバラバラに分かれて、俺は今居た所にアミュと残って魔空属性で地面を塞ぐ。

「凄いなアミュ。上手い上手い」
「ピィ!」

龍族が使える土魔法のブレスで埋めるアミュはドヤ顔。
身体が小型化してるぶん範囲が狭いのが難点だけど、元に戻られたら建物を破壊されてしまうから仕方ない。

因みに塞ぐと言っても当然星のコアまでは無理。
数十メートルほど塞いで後は星の再生力に任せる。
今後魔素を感知する道具を作る話をしてたから、仮に再生力が追いつかず数十年後にまた亀裂が入ってしまってもすぐに対応できるだろう。

「魔素が充満してる間はいいけど無理はしないように」
「ピィ!」

今は亀裂がむき出しだから魔素が漏れ出してるけど、作業が進めば魔素は薄くなって行く。
魔力切れにならないようアミュに話して作業に集中した。


そのまま数時間。
空に月が昇る時間になっても大きすぎる亀裂を塞ぐ作業は終わらず、街中には魔導砲の音が響き渡り城壁の向こうを明るく照らしている。

「アミュ少し休め。ほら、サンドウィッチ」
「ピィー」

長時間の作業でお腹が空いただろうアミュに異空間アイテムボックスにしまっておいたサンドウィッチを渡す。

「みんなにも連絡するか。腹が減ってるだろうし」
「ピィピィ!」

空腹で作業が出来なくなったら意味がない。
長丁場になることは分かってるんだから食事休憩も必要だ。

「フラウエル、四天魔のみんな。食事休憩にしないか?」
『食事?持って来たのか』
「前に作ってしまってある。一旦食事にしよう」
『分かった。四天魔も一度戻ろう』
『はっ』

みんなが戻って来る間に魔導具のランプ五つに火をつけ異空間アイテムボックスの中に溜め込んでいた料理を次々に引っ張り出す。
作ってしまっておけば冷めないし腐りもしないから便利。
以前倒して照り焼きにしておいたファイアベアの巨大肉も三つあるから祖龍も少しは腹の足しになるだろう。

「お疲れ」
「凄い量をしまってあったんだな」
「俺も自分で出しててちょっと驚いた。自分で狩った魔物を料理してしまってたらこんだけ溜め込んでたらしい」

肉もスープもパンも勢揃い。
最初に戻って来た魔王はその量を見て笑う。

「戻りました。随分と豪勢ですね」
「こんなにしまってあったんですか?」
「気付かない間に」

次に戻って来たクルトと仮面クラウスもクスクス笑う。
手が空いた時に作ってはしまっていたから自分でも入ってる量を把握してなかった。

「ただいま戻りました」
「大量ですね」
「うん。お腹いっぱい食べてくれ」

山羊さんと赤髪も戻って来て、魔王や四天魔には自分たちで好きにとって貰ってる間に眷属たちにあげる肉類を大きく切る。

「今日は身体が小さいからいつもよりも小さく切ったから。まだあるから慌てずゆっくり噛んで食べるようにな」
『ピィー!』

切って山盛りになった肉にかぶりつく眷属たち。
よほどお腹が空いてたのか尻尾を大きく振って夢中で食べているのが可愛い。

「城に戻るまで食事は出来ないと思っていたが半身の溜め込み癖に救われたな」
「溜め込み癖って言うな。実際に溜め込んでたけど」

地面に座ってひとときの休息。
何時間も魔法を使って作業をしていたから魔力や体力が多い魔族とはいえみんなも疲れただろう。

「半分ほどは済んだでしょうか」
「ああ。深夜には終わるだろう」
「祖龍たちが元の姿であればもっと早く済むんですが」
「地上は建物が密集しているから仕方がない。危機が去っても住処すみかや店が壊れていては生活が出来ないからな」

悪と呼ばれる魔王とは思えない言葉。
スープを注いだカップを口に運ぶ魔王は山羊さんとそう話して周囲の建物を眺める。

「自分は初めて地上へ来て人族を見ましたけど、意外と半身さまの背丈は大きい方だったんですね」
「そうですけど?魔族がデカすぎなだけですけど?」
「悪意があって言った訳では」

赤髪と俺の会話にみんなは笑う。
2mを超えてることが普通な魔族から見たら190cmを超えてる俺でも小さく見えるのは仕方ない。

「変わった住処が多いですね」
「この辺は殆どが店」
「店?エルフの国と比べて小さくないですか?」
「ああ、うん。エルフは技術も進歩してるから人族の国より遥かに高い建物が多い」

クルトは姿を替えて色々な所に行くからエルフ国にも行ったことがあるらしく、それと比べて1・2階建てが多い人族の国の店は小さく見えるんだろう。

「技術力はエルフ族の方が高いが人族の方が愛嬌がある」
「そうなんですか?」
「今日は魔物に急襲を受け戦っているのだから愛嬌もなにもないだろうが、普段懐っこいのは人族だ」

地上層によく来る魔王は赤髪に答えて微笑する。
まあ『地上の神』を名乗るプライドの高いエルフよりは懐っこい人が多いことは事実。

「天地戦になれば互いに守るべきもののために戦うことにはなるが、それまではそう牽制する必要もないだろう。半身にも人族の血が半分流れているのだからな」

不思議な魔王。
四天魔もそんな魔王の意見に反対しない。
ベタベタになった眷属たちの顔を拭く四天魔も穏やかな表情だった。

「再開するか。人族も戦っているのに気が引ける」
「人族は交代で戦ってると思う」
「そうなのか?」
「疲労が溜まるほど負傷者も増えるから。人族は魔族より体力も魔力も少ないから交代で戦うのが普通」
「なるほど」

亀裂を塞ぐ作業だって魔族のみんなは数時間ぶっ通しでやってるけど、これが人族なら一時間もすれば魔力が尽きる。
魔素が漏れ出てるから魔力が回復できる(早い)というのも魔族ならではで、人族は魔力譲渡以外でそんな簡単に回復しない。

「とはいえまだ終わらないってことは集まって来てるんだろうし早く終わらせるに越したことはない」
「ああ。充分腹も膨れたし片付けてしまおう」

みんなには先に作業に戻って貰って俺はみんなが食べた後の食器やゴミを異空間アイテムボックスにしまう。

「よしアミュ、また頑張るか!」
「ピィー!」

お腹がポンポンになってるアミュも満足したらしく二人(一人+一匹)で作業を再開させた。


それからまた時間が経って深夜。

「この辺は塞がったな」
「ピィピィ!」
「うん。お疲れさま。手伝ってくれてありがとう」

俺が塞いでいた亀裂の真ん中辺りは完了。
ずっと手伝ってくれたアミュを抱き上げて体を撫でる。

『半身さま』
「ん?どうした?」

晶石から聞こえて来たのは仮面クラウスの声。
魔王じゃなくて俺に声をかけるのは珍しい。

『結界の外に人族が』
「え?」
『フードを被って角は隠しましたがずっと見ていて』
「今行く」
『はい』

隠す前に角を見られたんだろうか。
結界の外ってことはもう仮面クラウスも亀裂の端まで行ってたんだろうけど、小型化してるとはいえ祖龍も連れているし見られて騒ぎになると困る。
避難解除は出されてないのに外に出てくる人が居るとは。

「アミュ。この中に隠れててくれ」
「ピィ!」

アミュが居るから魔祖渡りは使えず、ケープの中に隠れておくよう話して転移魔法を数回使い西区に居る仮面クラウスの所へ急ぐ。

「半身さま」
「あ、え?子供?」
「泣いているのですがこちらには入れられないので」

西区南側に位置するそこに居たのは子供が二人。
姉弟なのか手を繋いで結界の向こうに立って泣いている。

「どうしたんだ。両親は?」

結界の内側から声をかけてもべそをかいていて答えない。

「父親や母親は?一緒に避難したんじゃないのか?」

もう一度声をかけても駄目。
結界の中に入れることは出来ないし、避難指示が出てるのに子供二人で居るのを放っておけないし参った。

「ピィ!」
「あ!アミュ!」

ケープから飛び出して結界にビターンとあたったアミュ。
子供たちはそんなアミュを見て唖然。

「……ヒック……大丈夫?」
「痛いの?」

顔をクシクシするアミュの前にしゃがんだ子供たち。
アミュに手を伸ばそうとして結界に遮られる。

「この中は危ないから入って来れないようにしてあるんだ。二人もお母さんやお父さんと避難してたんじゃないのか?」

そう訊くとまた泣き出した二人。

「お母さんどこ?」
「お母さん分からなくなっちゃったの」
「分からなくなった?」
「お人形を取りに行っただけなの。すぐ帰ろうと思ってたのに場所が分からなくなっちゃったの」

迷子か。
避難所から抜け出して迷子になったんだろう。
南側とはいってもここはスラム街。
子供を放っておく訳にはいかない。

「フラウエル」
『どうした』
「結界からって出られるか?」
『出る?どこに行くんだ』
「西区で迷子になってる子供が居る。子供だけじゃ危ないから近くの避難所に連れて行きたい」
『魔祖渡りを使え。早く戻って来るようにな』
「分かった。ありがとう」

少し離れて水晶を使い魔王に訊くと魔祖渡りを使えば出られることを教えてくれて、また戻って仮面クラウスに転移で出られるらしいから避難所に連れて行くことを説明してアミュを預ける。

「半身さまお気を付けて」
「「ピィ!」」
「うん。預けたらすぐ帰って来るから」

仮面とアミュとシュヴァリエに見送られて結界から出た。

「さてと。お兄ちゃんと一緒にお母さんのとこ行こう」
「お兄ちゃん?」
「お姉ちゃんじゃないの?」
「あ、うん。お姉ちゃんだった」

二人を抱きあげ言った「」の一言をツッコまれる。
雌性体になってるんだから当然だ。

「二人ともお母さんには言って来たのか?」
「ううん。寝てた」
「黙って出てきたのか。危ないのに駄目だろ」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「分かればいい。お母さんが心配するからもう二人で危ないことはしないようにな?」
「「はーい」」

もう深夜だから母親が寝入った隙に出てきたんだろう。
俺が怒ってもいいけどやっぱりそれは母親の役目だろうし、俺からは軽く注意するだけで済ませた。

「お姉ちゃんたちはあの中で何をしてたの?」
「うーんと、道の修理って言えば分かるか?」
「直してたの?」
「そうそう。直ったら外に出られるようになるからもう少し我慢してお母さんと待っててくれ」
「そうなの?良かった!」
「良かったね!」

子供にとって避難所が退屈なのは分かる。
同じ気持ちだろう子供たちのためにも早く塞いでやらないと。

「あれ?お姉ちゃん英雄エローさまと同じ目してる」
「ほんとだ!綺麗!」

子供の位置からだとフードの中が見えてしまったらしく、そう言われてドキっとする。

「そうなんだ。聞いたことないな」
英雄エローさま知らないの?」
「凄く強くてかっこいいんだよ!みんなを助けてくれるんだ!僕の新しいお家も英雄エローさまが作ってくれたんだって!」
英雄エローさまでここの領主さまなの。教会のお隣でみんなに美味しいご飯も食べさせてくれるんだよ?きっと魔物も英雄エローさまが倒してくれるから大丈夫だよ」

子供たちはその英雄エローが居なくなったことを知らないのか。
熱心に英雄エローのことを話す子供たちに胸が痛んだ。

「シリル!クラリス!どこなの!」
「「お母さん!」」

聞こえてきた声に子供たちが反応する。
掠れているその声を聞いて必死に捜していたんだろうことは予想できた。

「「お母さん!」」
「シリル!クラリス!」

おろしてあげると子供たちは母親に抱きつく。
泣き腫らした目をした母親は子供たちが無事に帰って来てますます大粒の涙を流した。

「お姉ちゃんが連れて来てくれたの」
「いま壊れた道を直してくれてるんだって」
「ありがとうございます。何とお礼を言えばいいのか」
「いいえ。危ないですからもう出ないよう着いていてあげてください。避難所まで送りましょうか?」
「いえ、一緒に捜し」
「居ましたか!?」

母親の声に重なった聞き覚えのあるその声。
まさかと思いながら母子から顔をあげる。

「この方が連れて来てくださいました」
「この方が?」

……エド。
俺を見て先端が白い黒の尻尾をゆらりとさせる。

「ありがとうございます。ですが、現在王都地区全域に避難指示が出ています。事情は分かりませんが女性一人で出歩いていては危険です。私と一緒に避難所へ行きましょう」

警戒してるな。
それじゃなくても危険なスラムで避難指示を無視して女一人で居たんだから何者なのかと警戒するのも当然だ。

「避難所には女性も多く居るので安心してください。食事や飲み物もありますから大丈夫ですよ」
「私たちの居る避難所には家族が多いので女性一人でも安全ですよ。不安でしたら私たちと一緒に行動しましょう」

子供たちの母親はエドの話を聞いて俺が女一人だから避難所に行くのを躊躇してると思ったらしく笑顔でそう申し出る。

「お姉ちゃんはお兄ちゃんと道を直してるんだよ?」
「そう。直ったら僕たちもお外に出られるんだって。お仕事をしてるから避難してないんだよ」
「道を直してる?」

まずいな。
どこまで国民に知らされてるか分からないけど、避難指示が出てる中で何か悪さをしていたと思われかねない。

「エド」

エドや子供たちの後ろから走って来たのは王都の冒険者。
避難所は沢山あるのによりによってエドが誘導を行った避難所の子供たちだったとは皮肉な巡り合わせだ。

「危ないですから先にご家族を避難所へ連れて行ってくれますか?私はこの方を連れて行きますので」
「誰?」
「子供たちを連れて来てくださった方です。避難所を警戒しているようなので安全だと説明して連れて行きます」
「分かった」

いい判断だ。
不審者の傍に子供たちや母親を居させるのは危険だと判断したんだろう。

「お姉ちゃん、連れて来てくれてありがとう」
英雄エローさまのお話またしてあげるね!」

無邪気に手を振る子供たち。

英雄エローさまのお話をしたの?」
「うん。あのお姉ちゃん英雄エローさまと同じ目の色なの」
「え?」

避難所に連れて行かれる親子の会話が聞こえてすぐに踵を返すと腕を掴まれてフードを外される。

「シ!」

驚き名前を呼ぼうとしたエドの口を空いてる手で塞ぐ。
俺はもう王都には居ない。
地上層から英雄エローは姿を消したんだ。

「お待ちください!」

手を払い逃げると追いかけてくるエド。
名前を呼ばないのは気遣いなんだろう。

「お話しくらいさせてください!」

転移魔法を使おうとするとそう声を荒らげられる。
このまま転移魔法で逃げたところで子供たちが場所を教えるだろうから意味がないか。

それに気付き諦めて足を止めた。
 
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