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第九章 魔界層編
原因
しおりを挟む「……まだ終わっていないというのか」
「ああ。距離から予想するにもって二時間だろう」
城壁の前で国王や城仕えは王都を背に。
魔王と俺と四天魔と眷属たちは王都を前にと分かれて、まだ魔物の襲来が終わっていないことを話す。
「ここに集まる原因は分からないのか?今はまだ魔層の強者は内に留まっているが、このままでは時間の問題だろう。今は一匹一匹の魔物が雑魚とはいえそれが続けば兵力が尽きる。原因をつき止めなければ王都は滅びるぞ」
角がなくならない程度に魔力を抑えた魔王や四天魔を前にして国王を護る騎士や魔導師たちは一瞬即発の様子。
天地戦で戦う敵が目の前にいるんだから当然だろうけど。
「情けない話だが原因は分からない。最近何かが起きたということもなければ魔物の活動に変化が見られたとの報告も受けていない。今日も急襲を受けるまで普段と何ら変わりなかった」
国王にも原因は分からないようだ。
それなのに魔物たちは他には目もくれずまっすぐこの王都を目指して集まって来ている。
「以前のように魔封石で呼ばれている可能性は?」
「ない。呼ばれていれば厄災の王が分かる」
「厄災の王……ああ、八頭八尾の」
俺の従魔になった魔層の王です。
姿を隠してるだけですぐ傍に居るけど。
エミーは俺をチラリと見てすぐに魔王に目を向け直した。
「原因が分からないのであれば魔物は止まらない。魔層の魔物たちは魔素がある限り生まれ続ける。この地と共に滅びたいのであれば好きにすればいいが、賢明な王であれば民を王都から避難させた方がいいのではないか?」
魔王が言う通り原因不明なら避難させた方がいい。
人族の六割にも及ぶ多くの人を他の地に避難させることは簡単じゃないと分かるけど、魔物たちがこの王都を目指して集まってる限り今後ここは終わらない戦場になる。
「恐れながら国王陛下。魔王の出任せという可能性もお考えください。この王都を乗っ取ろうとしてい」
「ガスパル!斬り捨てられたいか!」
相変わらず( ˙-˙ )スンッ
魔王にまで喧嘩を売るとは。
エミーに剣を突きつけられ魔導師長は口を結ぶ。
「お前たちやめておけ。天地戦では敵であっても今は地上の王と魔界の王として話している。耳障りに耳許を飛び回る小虫に腹を立て非礼に非礼で返すなど愚かな真似はするな」
『はっ。ご無礼を』
「失礼をした。ご寛恕を賜り感謝申し上げる」
魔王を嘘つき呼ばわりされて殺気の漏れ出た四天魔。
耳障りに飛び回る小虫と嫌味は言ったものの魔王から止められた四天魔は敬礼で謝罪をし、国王も嫌味だけで許した魔王と殺気を消した四天魔に感謝を口にする。
本当に魔導師長はクビにした方がいい。
いつかコイツの所為で地上戦や天地戦が起きそうだ。
今の失態をもし魔王が許さなければ不敬罪として最高司令官のエミーが魔導師長の首を跳ねることになっただろう。
「空を飛べない人族では疑うのも分からなくない。祖龍に乗せて空から見せてやろう。その目で現実を見るといい」
え?ラヴィに乗せるの?
無理ゲーだろ。
絶対拒否られる。
「どうした。空から見れば今の自分たちが置かれた状況がすぐに分かるというのになぜ来ない。状況を把握しなければ対策もたてられないだろう?」
薄笑いする魔王に石のように固まる魔導師長。
祖龍に乗る(+魔王付き)のはさすがに怖いらしい。
「私では駄目か?こう見えて私は国王軍の最高司令官だ。この目で見て王都にとって最善の判断をしたい」
そう申し出たのはエミー。
さすが戦闘狂軍人。
肝が据わってる。
「いいだろう。アミュに乗せて見せてやれ」
俺かよ!
やっぱラヴィは乗せないって分かってて言いやがったな?
俺の方を見て薄笑いする魔王はろくでもない。
「アミュ。この人も乗せてくれるか?」
「ピィ!」
俺のアミュが可愛い。
気難しい祖龍とは思えない社交性が可愛い。
ただ、巨体で飛び跳ねると地面に穴が空くからやめろ。
「大丈夫らしいから乗ってくれ」
「ああ。助かるよ」
トコトコ歩いて来たエミー。
巨体のアミュの隣に立つとまるで小人。
「……風で振り落とされそうだから前に」
「すまないね。気を遣わせて」
「しっかり握っておいてくれ」
「分かった」
抱き上げてアミュの背中に乗せてからその小ささにヤバそうだと気付き俺の前に座らせて首の轡を掴ませる。
「こちらをお持ちください」
「記録石か。撮ってくる」
クルトから渡されたのは記録石。
それを確認しながら今後の対策を考えるんだろうと判断してそれを受け取った。
「離すなよ?」
「うん」
「アミュ、ゆっくり飛んでくれ。上昇」
「ピィー!」
エミーと俺を乗せたアミュは鳴き声をあげて翼を動かすとゆっくりと地面から離れた。
「一度乗って見たかったんだ!」
「楽しむな」
怖がるどころか楽しそう。
戦いの最中とのオンオフが相変わらず神がかってる。
「アミュ。ここで止まってくれ」
「ピィ!」
城壁や城より高く飛んで360度見渡せるその高さで上昇を止めてもらって記録石を使う。
「苦しくないか?」
「障壁かけてるから大丈夫」
「大丈夫ならいいけど。あれ見えるか?」
「……黒い点がそうか」
「うん。記録石には鮮明に映ってるはず」
「へえ。魔界の記録石の方が性能がいいね」
「石は同じだけど含まれる魔素の量が多いからな」
空から見ると分かる魔物の集団。
地上のあちこちに見える黒い点が王都に向かっている。
「君はどうして魔物が王都に集まると思う?」
「俺が知る訳ないだろ。暮らしてないのに」
「そうだけど、暮らしてる私も本当に原因が分からない」
記録石で魔物たちの様子を撮りながらエミーに答える。
「フラウエルも言ってたけど魔封石で呼び寄せられてる可能性はないらしい。俺の従魔だけど魔物には違いないから呼び寄せを使われれば感じ取ることは出来るって厄災の王が言ってた」
「そうか。魔物がそう言ってるんだから間違いないね」
人為的に呼び寄せられてるんじゃないから分からない。
原因が分かれば止めようがあるけど原因が一切分からないとなれば止めようがない。
「……なあ。みんなは元気にしてるか?エドやベルや師団長や西区のみんなとか。ルナさまもシモン侯爵もデュラン侯爵も王都の冒険者たちも」
いま言った人たちは姿を見てない。
師団長は城でルナさまの護衛に付いてるから見かけないんだろうし、西区のみんなや冒険者たちは城壁内に居て見かけないのは当然なんだけど、特殊部隊のエドやベルも見かけていない。
「体は健康かって意味の元気ならみんな元気だよ。ただ精神的には元気ではないだろうね。書類だけ残して領主や主に突然居なくなられたんだから当然だろ?」
俺が地上層を離れてもう半年以上経つのに。
いや、俺も人のことは言えないか。
魔界層の生活に慣れてもまだみんなのことを思い出す。
「エドとベルはドニたちと一緒に西区の人たちを安全な場所に避難させてる。ロイズたちは南区の人たちを。有事の際は国民にパニックになられると危険だからね。魔物と戦うのも軍人の大切な役目だけど、国民を避難させることが何より優先だ」
「うん。犯罪も起きやすくなるしな」
「そうだね。犯罪者や怪我人が増えては困る」
見かけていないみんなは手分けして避難誘導をしてると。
「私も聞きたい。その体はどうしたんだい?まさか女になってるなんて思いもしなかったから刀を見るまで君だと分からなかったよ。守護壁すらも変わってるじゃないか。特徴が見えてるならまだしも隠されてて、性別も声も身長も守護壁も変わってるとあっては誰も君だと気付かない」
ああ、それ。
普通に話してたけど確かに疑問に思うのも当然だった。
「守護壁は特殊恩恵が変化したら変わった。体が女になってるのは魔王の部下の能力で替えて貰ってるだけ。公務で視察に行く時には姿を偽るためにいつもこれ。今日も視察に出ようとしてた時に厄災の王から王都のことを聞いたからそのまま来た」
特殊恩恵が〝始祖〟に変わって守護壁が変わった。
一人一人を守護するのは同じだけど、皮膜のように体にぺったり貼り付く感じじゃなくてもっと違和感のない物になったから守護壁がかかったことが分かり難くなっている。
「ご公務か。魔王の半身ってのも大変そうだ」
「まあ楽ではないな。俺が人族だから見下す人も居るし」
「どこも変わらないね。王都も相変わらずだ」
どこにでも嫌な人もいれば良い人もいる。
種族で見下す人もいれば気にしない人もいる。
どの世界でも平等とは難しい。
「よし、こんなもんだろ。降りるぞ」
「待った。降りたらまた話せなくなるから今の内に話しておきたい。君はまだエドとベルの主のままだ」
「え?書類に不備があったのか?」
「違う。二人が拒否したんだ。君の帰りを待つって」
王都に向かう魔物たちを記録石におさめもう充分だろうと思って降りようとするとそう告げられる。
「それだけじゃない。君はまだブークリエ国の国民で地上層の英雄で西区の領主のままだ」
「は?書類が駄目だったのか?書庫で調べたのに」
「国庫へ厳重に保管されてるよ。国王陛下は何一つとして受理していない。いまだに君への手当てや給金も払われている」
「何一つって、ま、待ってくれ。なんで」
もう疾っくに受理されて地上層とは無関係の人間になってると思ってたのに、何一つ受理されてないと聞いては驚かないはずがない。
「君が帰ってくると信じてるからだよ。変わったことと言えば西区清浄化計画の権利が君が戻るまでの一時預かりで国になったことと、スタンピードで多くの精霊族を救った功績として君の爵位が公爵になって王宮地区の屋敷が下賜されたこと。エドとベルはそこで君の専属執事や女給として帰りを待ってる」
……帰らない意思表示の手続き書類だったのに。
この世界の人間ではない異世界人がまた戻って来るとどうして信じることが出来るのか。
「君が大切な人たちやこの国のことを案じて姿を消したことは分かってるよ。中には君を怖がる人だって居るだろうし、人の域を超えた能力を持っていることが知られたから逃げたなどと言う馬鹿な奴も居る。でも多くの者は君のことを人為スタンピードという危機から救ってくれた英雄だと思ってる」
胸が痛んで目頭が熱くなる。
全て捨てたはずの王都にまだ居場所があった。
信じて待ってくれている人たちがいた。
それが嬉しくて、同時に苦しかった。
「……降りるぞ」
王都には戻れない。
待ってくれてる人が居ることは嬉しかったけど、俺が争いの火種になることや怖がる人が居ることも事実だから。
「アミュ、旋回して降下」
「ピィ!」
「待てアミュ!」
「ピィ!?」
アミュに降下を命じて王都に方向転換してすぐ止まって貰う。
「おい、エミー。なんだあれ」
「あれってなんだ」
「黒いモヤ。西区か北区辺りの」
「黒いモヤ?」
空から見下ろした王都地区。
恐らく西区と北区のどちらかだろうそこに黒いモヤがかかっている部分がある。
「もしかして見えてないのか?」
「どこだ?西区か北区か微妙な位置ってこと?」
「身を乗り出すな。危ない」
「火事だったら困るだろ」
「火事の煙じゃ……あ」
「ん?」
身を乗り出して見なくてもハッキリ見えてるのにエミーには見えてないってことは……。
「フラウエル!聞こえるか!」
腕輪の晶石に魔力を流して魔王に声をかける。
『どうした』
「原因が分かった!魔素溜まりだ!」
『魔素溜まりだと?』
「王都地区に黒いモヤがかかってる!」
エミーに見えていないのは魔力の色が見えないから。
同じく魔力の色が見えないはずの四天魔やエディやラーシュも魔素は黒いモヤと認識してたのに、どうしてエミーには見えないのか分からないけど。
「たしかに出ているな」
ラヴィに乗ってすぐ確認に来た魔王。
王都地区としか言っていないのにすぐ分かったってことは魔王にはハッキリ見えてるってことだ。
「これはかなりの量だ。建物より下に沈まれていてはこの高さまで飛べないゴーストバットでは気付くはずもない」
「うん。俺も旋回して見下ろすまで気付かなかった」
比重が重いのか建物の屋根よりも下に溜まっている黒いモヤ。
王都を真上から見下ろせる高さに来て初めて俺も気付いたくらいだから、祖龍ほど高く飛べないゴーストバットではあの場所に行かない限り気付かないだろう。
「原因が分かったって、魔物が集まってる原因か?」
「魔層に起きてる異変と同じ魔素溜まりだったようだ」
「ま、待ってくれ。国王の前で話して欲しい」
「その方が二度手間にならずに済むな。ラヴィ降下」
「アミュも降下」
「ピィ!」
二度話す時間を惜しんで急いで地上に降りる。
「国王陛下!機密情報のため人払いを!」
「監督官だけ残り後の者は下がれ」
『はっ』
地上に着いてすぐ言ったエミーを見て緊急性を理解したのか、国王はレナード団長と魔導師長を残して他の騎士と魔導師を引かせる。
「何をしている」
「防音するんだよ。聞かれないために」
「わざわざ描かなくていい。クラウス」
「はっ」
地面に術式を描こうとしたエミーを止めた魔王は仮面に話してすぐに防音魔法をかけさせる。
「凄いね。君は防音魔法を術式なしでかけられるのか」
「お褒めいただき光栄です。ですが、魔族には術式の技術が必要ないというだけで適性さえあれば誰にでも出来ます」
「羨ましい話だ」
相変わらず人懐っこいな!
四天魔相手でも物怖じしないのがエミーらしい。
「集まる原因が分かった。王都に魔素溜まりがある」
「うむ。祖龍に乗る前に聞こえていた。だが魔素溜まりであれほどの魔物が集まるとは聞いたことがない」
「魔界でも魔素溜まりのある付近に居る魔物が集まる程度の認識だ。だが王都の魔素溜まりは既に広範囲に渡ってかなりの量の魔素が溜まっている。魔素の薄い地上であの量の魔素が溜まっていれば魔物が惹かれて集まるのも不思議ではない」
早速本題に入った魔王と国王。
さすが王と名乗って君臨してる者同士だけある。
「暮らしている私たちには見えていないのになぜ溜まっていると分かる。国を混乱させ悪事を働こうと適当なことを言っ」
「貴様そろそろ胴と頭を切り離されたいか。国王の手前抑えているが俺にも限界がある」
魔王は隣に居る山羊さんが腰に帯刀していた剣を一瞬で抜くと魔導師長の首に突きつける。
「貴様が疑問に思うのは分からなくないが、それにしても先程から余計な一言が多い。周りの者からそう言われたことがないか?早死したくなければ口にするのは疑問までに留めておけ」
大正解!
満場一致でスタンディングオベーション。
疑ってかかるのは悪くないけど本当に余計な一言が多い。
それだけ忠告した魔王は山羊さんに剣を返した。
「再三の非礼を詫びる。ガスパルは下がるよう」
「残したということはこの者も国王軍の上官なのだろう?余計な一言さえ言わなければ居て構わない」
えー……下がらせて良かったのに。
緊急性のあることだから対策を練るにも上官も一緒に話を聞いた方がいいと判断したことは分かるけど。
エミーも魔導師長を残念な顔で見ていた。
「疑問に答えよう。魔素に敏感な魔族には実際に見えているから分かるというだけの話だ。空気中へ霧散した魔素は見えないがな。人族にも魔層は見えているだろう?あれは高濃度の魔素が絶え間なく噴き出しているから魔素に鈍い人族でも見える」
「へー。知らなかった」
魔導師長よりエミーの方が興味津々。
おい、エミー。
四天魔から微笑ましい物を見る生暖かい目をされてるぞ。
「層の違う種族であれば体質が違っておかしくない。目に見えているのであれば溜まっているというのが事実なのだろう」
「魔素を感知する物を作った方がいいのではないか?地上全て把握するのは難しいだろうが、せめて人の住まう地だけでも設置しておけば今回のような目的地となる事態は避けられる」
「そうしよう。このような事態が起こりうるのであれば早急に取り掛からなくてはならない。貴重な情報感謝する」
国王の柔軟性も相変わらず。
さらっとやってるけど、敵のはずの魔王の助言でも国や国民のためになることならしっかり聞くのが凄い。
「話を戻すが、最近魔層で魔素溜まりに関する異変が数十件起きている。魔界にも異変がないかを調べていたところだ」
「どういった異変か話せる範囲でお聞かせ願えるか」
「ああ。魔層の異変は地上にも無関係ではないからな」
地上層と魔界層は魔層で繋がっている。
魔層の異変は天地両方に影響を齎す重大なこと。
「待ってくれ。記録したい。ガスパル、録音石はあるか?」
「持ち歩いていない」
「魔界の物でもよろしければどうぞ。使い方は同じですので」
「ありがとう!助かるよ!」
あれ?もしかしてエミー、子供だと思われてないか?
記録石や録音石を常に持ち歩いているクルトが子供に玩具を与えているかのように身を屈めエミーに渡す様子で察する。
四天魔の生暖かい目の理由は勘違いか。
「人族の研究でどこまで理解しているか分からないから最初から話すが、この星は魔素の濃い土地ほど再生力が高い。同じ大きさの魔素溜まりでも魔素の薄い地上では数百年、濃い魔界では数十年と塞がるまでの期間が違う」
俺にも聞かせてくれたその話にエミーは夢中。
話の邪魔をしないよう黙ってはいるものの、魔界層に行けない人族が違いなど知らなかったと予想できる。
「中でも魔層は魔素で出来ているために再生力が高く、魔素溜まりの亀裂が入ろうとすぐ塞がる。だが二ヶ月ほど前に厄災の王から塞がらない魔素溜まりが見つかったとの報告が入った。魔層内で数千年生きている厄災の王でさえ初めて見たらしい」
「数千年で初か。楽観視できる異変ではないな」
「ああ」
国王も異変の重要性にすぐに気付いて難しい表情になる。
「その報告を受けて二ヶ月間あらゆる地を調べたが魔界に異変は見られなかった。地上は二ヶ月前の報告を受けた際に魔層近くで魔素溜まりがあったようだが厄災の王が埋めたらしい」
「地上に?どこの魔層だろうか」
「厄災の王。正確な場所を聞きたいようだ。話せるか?」
魔王から声をかけられて眷属たちの後ろにスーっと姿を見せたデザストル・バジリスク。
「敵しゅ」
「の訳ないだろ。そのつもりなら疾っくに攻撃されてる」
敵襲と言いたかったんだろう魔導師長。
エミーから軽く脚を蹴られているのを残念に眺める。
冷静な国王や団長を少し見習え。
【小さき者たちよ。聞こえるか】
「これは」
「厄災の王の念話能力だ」
「私の方から話すことも出来るのだろうか」
「ああ。現に俺の言葉も理解している」
直接脳に語りかけてきたデザストル・バジリスクを国王は見上げる。
「魔層を統べる王よ、お初にお目にかかる。私はブークリエ国十九代国王ジェラルド・ヴェルデ・ブークリエと申す。人為スタンピードの際にご助力いただいたこと、地上の魔素溜まりを早急に対処していただいたこと、心より感謝申し上げる。礼が遅れたことをお許しいただきたい」
……凄い国王だな。
魔層の王と言っても相手は魔物なのに、自分と同じ立場の王として敬意を払って胸に手をあてた正式な礼で感謝を伝える国王に四天魔もさすがに驚いている。
【人族の王が魔物の我に礼を言う日がくるとは長らく生きてみるものだな。今代はなんとも奇妙な王が揃ったものだ】
そう言って笑うデザストル・バジリスク。
念話では笑っていても顔は笑ってるように見えないから傍から見ると中の人が居るような感じだけど。
【我は魔層をおさめるデザストル・バジリスク。厄災の王と呼ばれる魔物だ。礼は不要。我は主に恩を返したまで】
チラリと俺を見た国王。
俺だと気付いていても口にしないのは国王の優しさ。
【地上で魔素溜まりを見たのは二ヶ月と少し前。魔層の異変に気付き天地層にも異変がないかを探しに魔層から出た。全ての層から出て付近を確認したが、魔素溜まりが見つかったのはここに程近い森の中の魔層付近だけだった】
「王都管轄下の魔層だったか」
俺たちがここに来る時に使った魔層。
人族の管轄下にある魔層で森の中にあるのはそこだけ。
エルフ族の領域は森の中が多いけど。
「魔層の王よ。改めて早急に対処していただいたことに感謝申し上げる。私たち王都の者にとってあの森は魔層の入口でもあり貴重な植物や生物が生息する宝の森でもある。危険な魔物が集まってからでは対処に迷うところであった」
【礼には及ばぬ】
まさか王都の中にも亀裂が入ってたとは。
二ヶ月前に報告していれば……いや、人族は魔素が見えないなら亀裂自体を見つけられる場所じゃなければ無理だったか。
「急いでも魔素溜まりを埋めるには数日かかる。原因がこの地にあるのならば迷っている時間はない。王都国民全てに緊急避難指示を出す。ガスパルは各領へ避難民の受け入れ指示を」
「待て。避難するのは魔素溜まりのある場所だけでいい」
素早く判断して国民の避難を決めた国王を魔王が止める。
「原因が魔素溜まりであれば対処できる。既に今こちらへ向かっている魔物とはやり合うことにはなるが、魔素溜まりは俺たちが埋めてやろう。人族がやるより遥かに早い」
「国王陛下聞き入れてはなりません!精霊神から護られた王都に悪の血を引く魔族を入れるなど神への冒涜です!亀裂を埋めると偽り何か仕掛ける腹積もりやも知れません!」
「黙れ。判断するのは陛下だ」
魔導師長を睨みつけるエミー。
人族は精霊神を信仰しているし敵の魔族を大切な王都に入らせるのが心配で反対するのは理解できるけど、悪の血を引くとか言わなくていい一言が本当に多い。
「勇者さま方のお命を狙っているのかも知れないだろう!覚醒まで待つなどという魔人の戯言を私は信じていない!」
「冷静なご判断を!お相手は魔界の王です!」
「だからなんだ!騎士が偉そうにするな!」
自分に障壁をはった魔導師長。
止めに入ったレナード団長やエミーに火炎を撃つ。
「ガスパル辞めないか!」
「陛下は優しすぎます!悪に耳を貸してはなりません!」
国王から止められても魔導師長の暴走は止まらず遂に俺たちに向けて特大の火炎を撃った。
「魔族など滅びろ!」
聞こえてきたそんな声。
三・四発撃たれて辺りは火の海。
性格は腐っていてもさすが魔導師長や国王軍の副指揮官に選ばれる人材なだけあって魔法を使う早さや威力には感心する。
ただし俺たちは魔王の魔障壁でノーダメ。
でもそろそろ限界だな。
「邪魔だからこの火消すぞ」
「もう止めてしまうのか」
「国王たちの心境も考えてやってくれ。クルト、剣借りるぞ」
「どうぞお使いください」
魔王は薄笑いで楽しんでたけど四天魔と眷属が限界。
火柱の向こうからは止めるよう咎める国王やエミーや団長の声が聞こえているけど、下手に実力だけはある奴だけに簡単に止められないのも分かる。
可哀想に。
今頃魔導師長以外の三人は天地戦が頭を過ってることだろう。
「行ってくる」
無効化すると同時にまだ薄く残る火柱から飛び出し魔導師長が自分にかけていた障壁ごと飛び蹴りで砕いて、地面に倒れたその顔の真隣に剣を突き刺す。
「おいアホ。お前そんなに地上を滅ぼしたいのか?」
「貴様っ!」
俺に魔法を撃とうと翳した手をブーツのピンヒールで思い切り踏むと魔導師長は短い唸り声をあげる。
「いいかよく聞け。今お前は俺たちを殺すつもりで魔法を撃ったよな?この世界では殺意を持って攻撃すれば殺されてもやむなし。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだよな?」
魔凍魔法を使って空に作った沢山の氷柱。
鋭い先端は全て魔導師長にロックオンしている。
「国王も勇者も居る王都に魔族を入らせることが心配なのは理解できる。だからと言って協力体勢の相手に攻撃をするのは愚策でしかない。何のためにこの国のトップの国王が敵のはずの魔王や魔層の王と柔軟に対話をしているのか考えろ。今は敵対する時じゃないことが分かってるからだろ。今は何を優先すべきか、国民のためになるのは何かを第一に考えてるからだろ」
国王のおっさんはいつもそう。
相手に合わせて柔軟に対応を変えるのは国民のため。
感謝も謝罪もすれば頭だって下げる。
「それなのに横から無下にするお前はなんだ。自分の不用意な一言や攻撃のせいで天地戦が始まってもおかしくないことを分かってるのか?今お前はこの王都だけでなく地上に暮らす精霊族全てを危険に晒した。自分の好悪で地上を危険に晒す奴が軍人を名乗るとは笑わせるな。責任をとって一回死んでおけ」
忠告して魔導師長からバックステップで離れて作ってあった氷柱を全て地面に落とした。
「……うん!全弾外れたらしい!」
「もう少し演技をする努力を見せてもいいんじゃないか?」
魔導師長の周りの地面に突き刺さっている氷柱。
棒読みすぎたらしく魔王からはやんわりツッコまれて四天魔からは笑われる。
「この無様な姿で許してやってくれないか?手助けを申し出て魔王や魔族を悪く言われたら怒って当然だし、不敬罪で粛清されてもおかしくない国仕えとしてあるまじき言動だったけど、今回だけはこれで見逃してやって欲しい。元は精霊族を守護する役目を担う英雄だった者として謝罪する。申し訳なかった」
気絶している魔導師長に変わって跪き頭を下げる。
ここで四天魔や眷属に怒りを爆発されては急襲や天地戦以前に王都は大変なことになってしまう。
「いいだろう。天地戦ではない場で魔界の王である俺に攻撃しただけでなく魔族は滅べなどと愚弄したことは到底許し難いことではあるが、今回は打診しての正式な訪問ではないことと、魔族側は魔王の半身の手で粛正を行ったものとみなし、この者の後の処遇は人族の王へ委ねる。みなもそれでいいな?」
『魔王さまと半身さまの御心のままに』
四天魔は胸に手をあて頭を下げ眷属たちは開いていた翼を閉じる。
「みんな、ありがとう」
怒りをおさめてくれて良かった。
口だけならまだしも攻撃したから今回はさすがに肝が冷えた。
「度重なる非礼に関わらずご寛恕いただき感謝申し上げる。この者の処分は適正に行うとお約束する」
「魔王の半身が直接粛正したとあらば魔族側からはもうこれ以上の罪は問えまい。後の判断は貴殿の好きにするといい」
俺が魔族側として対応したからこれで終わり。
心の広い魔王で本当に助かった。
氷柱を消してクルトに借りていた剣を地面から引き抜く。
「……シンさまだったのですね」
気絶している魔導師長を確認に来てボソッと訊いたレナード団長とフードを少し捲って目を合わせ、人差し指を口にあて秘密にするようジェスチャーした。
「お前たちを助けたいと願ったのは半身だ。俺たちはその願いを聞き入れ魔物を狩りに来ている。だが実際に魔族の手を借りるかを選ぶのは人族の王である貴台だ。これ以上は不要と言うのならば俺たちはこのまま引こう」
団長が深く頭を下げて魔導師長を防音壁の外に連れて行くのを見届け四天魔のところへ戻ってクルトに剣を返す。
「いま何より優先すべきことは民の命。民を救える可能性があるのであれば私はその可能性にかける。あとの責任は国王である私がとろう。どうか貴台方の力をお貸し願いたい」
そう言って国王は魔王に頭を下げる。
「貴台の覚悟受け取った。同じく民のために生き民のために死ぬ役目を担う王として手を貸そう。安心しろ。魔族は混乱に乗じて何かを仕掛けるなど卑怯な真似はしない。そのような卑怯な方法をとらずともいつでも崩壊は出来るからな」
「君も一言多いね」
「事実だろう」
真顔の魔王とジト目で言うエミーの会話に少し笑った。
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