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第九章 魔界層編
急襲
しおりを挟むデザストル・バジリスクから報告を受けて二ヶ月ほど。
あれから各地に居る軍官に指示を出して魔界層にも魔素溜まりや異変が起きていないかの調査を行った。
結果は……
「目立った異変なし」
新しい魔素溜まりが発見された報告はナシ。
魔物が増えたとか気性が荒くなった等の報告もなし。
以前からあった魔素溜まりには四天魔が、特に魔素が濃い場所には魔素に強い魔王と俺が調査に行ったけど、亀裂が小さくなっている所はあっても広がっている所はなかった。
「つまり魔界には異変がない、と」
「そういうことになるな」
魔王と俺と四天魔とラーシュとエディで執務室に缶詰になって二ヶ月間で集まった大量の報告書と記録石を再度確認しても、魔界層には異変と思われる変化はない。
「逆に奇妙だ。なんで魔界には異変がない?」
異変がないのはもちろんいいことだ。
ただ、魔層の異変は変わらず報告を受けているのに魔界層には何もないことが逆に嵐の前の静けさのようで気味が悪い。
「今はただの想像でしかないが、今回の異変が魔層内だけで起きているとしよう。今の状況のままなら魔物たちも時とともに慣れて落ち着くだろうが、もし今後大きな異変が起きれば魔層の魔物たちが天地層に溢れ出ることになる」
魔王の想像にみんなは無言。
それは『そんな馬鹿な』という無言ではなく、誰もが予想して口にしなかっただけの最悪の事態だったからだろう。
「……魔層から出て来るのを止める方法は?」
「ない。恐らく魔界と地上を合わせたよりも広大だろう魔層がなくなることは天地層に生きる種族の終わりとも言える」
「ハッキリ言うなぁ」
「事実だ。お前も分かっているだろう」
「分かってるけどさ」
魔層の中でだけ暮らす魔物も少なくない。
そしてその多くは武闘大会で戦ったヘルワームのように滅多に魔層から出てこない強い魔物たち。
魔物の生命の源である魔素が充満した魔層の中でならデザストル・バジリスクが魔物たちをおさめてくれるけど、魔層を失った魔物たちが正気を保っていられる保証はない。
正気を失った魔物は魔素を求め天地に出てきて種族を滅ぼし、最後には魔素がなくなり自分たちも力尽きる。
残るのは全ての種族が滅びた後の星だけ。
「きっついなぁ……重要すぎんだろ。魔層の役割」
「ああ。だからこそ魔層をおさめるデザストル・バジリスクは魔界で厄災の王と呼ばれ恐れられている」
納得。
デザストル・バジリスクがもし魔層から魔物を一斉に送り出せば厄災という名に相応しく生命が滅びる。
アホな王じゃなかったことが救い。
「現状で出来ることはデザストル・バジリスクに頼んで魔層の亀裂を埋めて貰うことくらいか」
「ああ。俺たちが頻繁に行っては逆に魔物を刺激してしまう」
「うん。……根本的解決にはなってないけど」
「星の営みを俺たちが知ることは不可能だろう」
「星が相手じゃ無理だな」
星が話せるなら何の営みをしようとしてるのか聞けるけど、そんな都合のいい話がある訳がない。
自然に対して生命が無力なのは地球でもそうだった。
「俺の代で天地戦以外の問題が起きるとはな」
「だから能力ガン積みの魔王が生まれたんだったり」
「だから精霊神と魔神の力を持つお前が現れたと」
……ないない。
魔王も俺も全生命を救う力なんてない。
「御二方ともお疲れのようですので少しお休みください」
缶詰続きで変なテンションで笑う魔王と俺に山羊さんはお疲れと判断したらしく、寝るようすすめる。
「フラウエルは寝とけ。俺は魔人街の視察がある」
「視察は午後からにしましょう。私どもに判断できるご公務は午前中に済ませておきますので半身さまもお休みください」
「そうなさってください。私どもは交換で眠りましたので後は魔王さまと半身さまだけです。午後からすぐに行けるよう準備は整えておきます」
魔人街へ視察に行く前に少し公務(書類に目を通してサインする程度の仕事)をしておこうと思えば、エディとラーシュから先読みされてバッサリ言われる。
「半年で優秀な専属補佐に育ったじゃないか」
「フラウエル」
「俺が今世代の半身と専属補佐の在り方を示せと言った手前口出しはしていないが、お前は毎日働き過ぎだ。四天魔や専属補佐を信頼しているなら少しは甘えて任せることを覚えろ」
椅子から抱えあげられ断るに断れない状況を作られ苦笑する。
「分かった。お言葉に甘えて少し寝る。みんな頼んだ」
『はっ』
四天魔とラーシュとエディは胸に手をあて頭を下げた。
眠りについたのは夜明け前。
魔王と俺は約二日ぶりの睡眠。
お互い公務は午後に先送りして魔王の部屋のベッドに入るとすぐに泥のように眠りについた。
・
・
・
「もう慣れたな。この姿も」
午後の視察に合わせて起こされたあと風呂を済ませ、視察に行く時にはお約束になっている雌性体に変化させて貰って俺専用に誂えられた魔王軍の赤い軍服を身につける。
「フラウエルはどこの視察に行くんだ?」
「死の谷に行く。魔物の様子を見ておこうと思ってな」
「分かった。気を付けてな」
「俺が魔物にやられると思うか?」
「それは有り得ないけど」
魔王も魔素の濃い死の谷と呼ばれている魔物の集まる谷に行くらしく軍服姿でブーツを履いている。
俺の方に同行するのはラーシュとエディと赤髪。
魔王の方は山羊さんと仮面とクルト。
視察だから全員が軍服を着ている。
「さてと。じゃあ俺らは先に行くか」
「ケープを」
「ありが」
【白銀の神魔よ】
先にブーツを履き終えて椅子から立ち上がり赤髪がケープを肩にかけてくれたタイミングで聞こえてきた声。
「どうした。また新しい亀裂が見つかったのか?」
語りかけてきたのはデザストル・バジリスク。
二ヶ月と少しの間に魔層内では既に五箇所の塞がらない亀裂が報告されていて、また見つかったのかと先に訊く。
「キイッ!」
「ゴーストバット?」
魔王の所にも現れたゴーストバット。
どうしてゴーストバットが急に。
【人族の居住地へ魔物たちが押し寄せている】
「は!?」
「半身。ゴーストバットもそれで戻ったようだ。念のため王都へ行かせて様子を観察させていたのだが」
デザストル・バジリスクもゴーストバットも同じ王都の異変を教える報告。突然のその報告に血の気が引く。
「魔物が押し寄せてるってどういうことだ」
【理由は分からない。呼び寄せは使われていないが、以前主が居た居住地へかなりの数の魔物が集まっている】
デザストル・バジリスクが状況を教えてくれてるなか小さな体のゴーストバット五匹が映写機のように観せてくれたのは街中と城壁外の様子。
「これは人族の王の特殊恩恵か。以前見たな」
空を飛ぶ魔物の攻撃を防いでいるのは国王のおっさんの特殊恩恵による〝護りの盾〟の効果。
街中では警備隊がパニックになっている王都の人たちを誘導しようとしている様子が映し出されている。
「なぜこれほどの魔物が」
「この慌てようは急襲にあったか」
「恐らく」
空を飛んでいるゴーストバットの視点で映し出される王都の城門前は先が見えないくらいの数の魔物が犇めいている。
「……ヒカル!?サクラとリクも!」
城壁の外で魔物と戦っている騎士や魔導師に混ざって戦っていたのはヒカルとサクラとリク。
まだ覚醒前の勇者も戦いに出るほどの危機的状況ということ。
「国王と王妃まで」
城壁に立っていたのは国王と第一王妃。
魔導槍を撃つ魔導砲が並ぶそこで国王は戦況を見ていて、その隣では第一王妃が跪き祈りを捧げていた。
「半身。どうしたい」
「…………」
阿鼻叫喚の戦況になっている王都。
でも俺はもう王都の住人でも地上層の英雄でもない。
地上層の人たちに恐怖を与えて戦の火種になる存在。
だから全て返還して王都を離れ魔界層に来た。
「どうしたいのかお前の本心を言え」
肩を掴み自分の方に向かせた魔王。
真剣な表情で俺を見おろす。
「俺は……」
俺はもう魔界層で魔王の半身として生きることを選んだ。
爵位もなにもかも返還して地上層や王都とは無関係の人間になってる。でも……
「……助けたい。みんなを」
誰にも告げずに地上層を去ったけど、もう地上層とは無関係な人間だけど……それでも助けたい。
「俺は半身と地上に行く。人族がどうなろうと構わないが、半身の思い入れのあるこの地だけはせめて天地戦まで遺してやりたい。ラーシュとエディは城に残り報告を待て。四天魔は来てもいいと思える者だけ着いて来い」
俺にケープのフードを被せた魔王。
自らも魔王の紋章の入ったケープを羽織る。
「ラーシュ、エディ。四天魔の我々が不在のあいだ城の指揮を一任する。魔王直属隊の大切な役目だ。気を抜くなよ」
「「はっ」」
エディとラーシュに指示してケープを羽織る山羊さん。
赤髪と仮面とクルトも何も言わず魔王軍の紋章の入ったケープを羽織った。
【我も手を貸そう。先に行っておく】
「……ありがとう。みんな」
天地戦では魔界層の敵になる地上層。
みんなが敵である人族を助ける義理など一つもないのに。
「地上の民ではなく半身さまの大切な地を守るため。我らが半身さまのために力を使うことに何の迷いがありましょうか。今こそ半身さまよりいただいた数々の恩を返す時」
山羊さんはそう言って微笑する。
「我ら四天魔の力、魔王さまのために。半身さまのために」
『我ら四天魔の力、魔王さまのために。半身さまのために』
跪いた四人は誓いを口にして頭を下げた。
「行くぞ。厄災の王も主が居なければ下手に戦えまい」
「うん!」
一階に転移して城仕えたちに見送られ外に出ると、視察に出るために庭園へ呼んでいた眷属の祖龍たちが既に待っていた。
「アミュはまだ地上へ行くのは無理か」
「これだけ成長していれば既に魔素が体に蓄えられているから問題ない。仮に尽きても眷属になっている祖龍は主人の魔力を糧にできる。お前の魔力量であれば大丈夫だろう」
「そうなのか。じゃあアミュも一緒に行こう」
「ピィー!」
以前若い祖龍は地上層に行けないと言っていたけど(魔素の量が少ないから弱ってしまう)、急成長した今のアミュならもう大丈夫らしく俺もアミュの背中に乗る。
「半身さま。お気を付けて」
「お帰りをお待ちしております」
「うん。城のことは頼んだ」
ラーシュとエディに後のことは頼んで城の庭園を飛び立った。
・
・
・
「まさかこれほどとは」
王都に一番近い魔層から出て見えた光景。
既にこの時点から遠くに見えているブークリエ城の方角に魔物たちが向かっている。
「なんで……呼び寄せは使われてないはずなのに」
「故意に呼び寄せられているのではなくとも何かに惹かれていることは間違いない。みな向かっている方角が同じだ」
魔王がいう通り魔物たちの進行方向は同じ。
アミュの背中から見おろす地上の様子はまるで魔物たちの絨毯のようだった。
王都に近付くと危険を報せる第三警報が鳴る。
祖龍の存在を肉眼で捉えたからだろう。
「我々を敵だと思っているようですね」
「仕方ない。本来は敵だからな」
「魔物も私たちが仕向けたと思っていそうだ」
「玩具のようなこれは一応武器なんですか?」
「恐らくそうだろう。精霊族の魔導が込められている」
晶石を通して聞こえる四天魔の声。
祖龍に向けて放たれる魔導砲や魔導槍は魔王の障壁と四天魔の魔法や剣で容易く撃ち落とされる。
天地戦用であれば魔族を舐めている。
魔導砲を運んで貰った時に魔王が言ったその言葉に偽りなし。
魔王だけでなく四天魔にとっても飛んでくる玩具でしかない。
砲撃を撃ち落とし空の魔物も倒しながら辿り着いた城壁。
「聞け!人族の王よ!」
国王と王妃が居る前に着くとラヴィの上に立った魔王は拡声魔法を使って国王に話しかける。
「撃ち手やめい!」
魔王に気付いて魔導師たちを止めた国王。
ずっと聞こえていた砲撃の音が初めて止んだ。
「我ら魔王軍は半身の願いを聞き入れ魔物を狩りに来た。これはお前たち地上の民を救う戦いではなく、半身の願いを叶えるための狩りだ。討伐に紛れ我々魔王軍へ攻撃をすれば王都は崩壊すると肝に銘じよ。天地戦まで生きたければ邪魔をするな」
魔王や四天魔が地上層を助けるためには理由が必要。
地上や王都を救うために戦うのではなく俺の願いを叶えるために狩りに来たんだと、国王やみんなに聞こえるよう宣言した。
「怪我をする前に勇者を下げろ。半身が心配している」
最後のそれは拡声魔法を使わず国王に直接伝えた魔王。
ヒカルたちが前線に出ている姿を見て俺が動揺したことを傍で見ていたからだろう。
「彼は元気にしているのだろうか」
「なぜそれを問う」
「彼はこのブークリエ国の大切な民であり地上の英雄だ。彼の心を慮ることの出来なかった愚かな私をいつか許してくれるのならば直接会って謝罪したいと伝えて欲しい。魔層を渡れない人族の私には貴殿に頼むことしかできないのだ」
……国王。
許すも何も全てを置いて去ったのは俺なのに。
まだ俺をこの国の民や英雄と言うのか。
「敵である魔族の王に頼み事とは熟々変わった王だ。この戦が終わるまで我々に攻撃をしないことを条件に聞き入れよう。攻撃をされれば眷属の祖龍が王都を焼き払ってしまうからな」
「誓おう。民を守るために私たちは戦っているのだから」
「いいだろう。お前たちは民を守るために。俺たちは半身の願いを叶えるために。目的のため互いの邪魔はせずに居よう」
「ジェラルド!」
魔王が国王に手を翳すと攻撃と思ったらしく王妃が隣から国王を庇うように前へ出る。
「お前も減っているな。ついでに分けてやろう」
「分ける?」
「番のために魔王の前へ身を挺すその覚悟、嫌いではない」
魔力譲渡。
身を挺して国王を守ろうとした王妃に魔王はくすりと笑うと魔力が減っている国王と王妃に魔力を譲渡した。
「お前たち待たせたな。狩りの時間だ」
『はっ』
魔王が薄笑いを浮かべて声をかけると四天魔は剣を抜いて眷属の祖龍たちも鳴き声をあげる。
「国王。奥側に人族は行っているか?」
「いや。手前で止めるだけで手一杯だ」
「それならいい。眷属たちよ。反転し城を背に」
魔王は眷属の祖龍に指示を出すと城に背を向けて魔物の絨毯になっている方を向く。
「ラヴィ、アミュ、サジェス、ノブル、シュヴァリエ、オネット。まずは魔物の数を一掃する。存分に活躍せよ。地上に居る人族にはあてないよう奥側の魔物たちへ龍の息」
火の息の上位ブレス。
眷属になっている祖龍だけが使える龍の息を六匹の祖龍たちが奥側の魔物たちに向けて吹く。
一匹でも甚大な被害になるそれを六匹もの祖龍が使えばもう天災級の破壊力だ。
一掃されて残ったのは焼け焦げた黒い大地。
そこに居たはずの魔物たちは骨すら残っていない。
恐るべし眷属祖龍。
これが魔王や四天魔が使役する眷属たちの本当の実力。
「眷属たちはそのまま空の魔物を。俺たちは地に降りて戦う」
『はっ!』
翼を出して眷属から飛び降りた魔王と四天魔。
俺も〝大天使の翼〟を出して少し後ろを振り返る。
「その瞳の色は!」
国王や王妃と目が合い何も言わず苦笑だけしてアミュの背中から飛び降りた。
【ピコン(音)!特殊恩恵〝始祖〟の効果により守護と加護が発動。特殊恩恵〝不屈の情緒不安定〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、全パラメータを限界突破。特殊恩恵〝大天使〟の効果により自動回復を発動。特殊恩恵〝魔刀陣〟の効果により魔神刀 雅を召喚。ただいまより特殊恩恵〝神魔に愛されし遊び人〟の効果、神魔モードに移行します】
個々が強い魔王や四天魔とは方々に分かれて、召喚されてきた雅を手に魔物と戦っている騎士や魔導師や冒険者の間を駆け抜けながら俺を襲ってくる魔物を斬り倒して行く。
……見つけた。
「ヒカル君危ない!」
「ヒカルさん!」
地面から半分体を出している魔物と戦っていた三人。
ヒカルを捕食しようとしていた魔物の首をギリギリのところで切り落とした。
「ありがとうございます!」
「助かりました!」
雌性体になってる上にフードを被っているから俺だと気付かずお礼を言うサクラとリク。
「あ、ありがとう」
地面に尻もちをついていたヒカルに手を差し出すと俺の手をグッと掴む。
「………」
震えていたその手。
どのくらい強くなったのか分からないけどまだ覚醒前。
地球では戦いなど無縁だっただろうヒカルが魔物の大群との戦いに放り込まれて怖くないはずがない。
「え?女性?……手を借りてすみません!」
手の感触で気付いたらしく慌てて手を離したヒカルはまた尻もちをつく。
「あ、あの!」
困った奴だ。
女の手を握って焦るとはさすが童貞引きこもりニート。
内心ではそう思いながらヒカルの腕を掴み立ち上がらせた。
「お前たち何やってるんだ!上!」
聞こえて来たその声。
懐かしく感じるその声を聞きながら、俺の背後から飛んできた飛行型の魔物の首を掴んで地面に叩きつける。
「つ、強い」
「素手で魔物を」
いや、この魔物は図体はデカいけどCランクだからな?
眷属たちが討ち逃がしただけの雑魚くらい素手で充分。
「その紋章は魔王軍」
『魔王軍!?』
「狩りと言いつつ最初から勇者が目的だったのか」
俺に剣を向けたのはエミー。
庇うように勇者三人の前に立つ。
「魔王が連れて来たから強者なんだろうけど、随分と背の小さい魔族も居るんだね。人族と変わらないじゃないか」
ヒカルたち勇者を逃がすための時間稼ぎに喋るエミー。
性別を変化させたら気配も変わるのか俺だとは全く気付いてないようだ。
「生憎こちらは魔族と勇者を仲良くさせるつもりはない」
「賢者さま、この人は俺たちを助けてくれて」
「魔人は天地戦で戦う敵だ。君たちには天敵なんだよ」
ヒカルが説明するとエミーは首を横に振る。
エミーが言う通りヒカルたち勇者の最大の敵は魔人族の魔王。
「陛下から勇者を下げるよう命令が出た。何の気まぐれか知らないが、コイツが動かない間に行け。とてもじゃないが今の君たちに叶う相手じゃない。魔物の大軍が可愛く見えるよ」
「そんなに強い相手なら賢者さま一人では」
リクの話の最中に三人の後ろに向けて刀を投げる。
エミーは目の前に居る俺から勇者を守ることだけに意識を集中してるから仕方ないにしても、勇者の三人は自分たちを狙う魔物に気付いてもいいだろうに気を抜きすぎだ。
「……その刀は」
「引け勇者たち。今のお前たちとは戦う価値がないから辞めただけだ。どれほどの強さかと期待して見に来たのに貧弱な魔物にすら殺られかけているとはガッカリした。天地戦で魔王さまに殺されたくなければもっと力を磨け。楽しませろ」
エミーの言葉を遮ってヒカルたちに言う。
どんなに避けても天地戦になるんだから勇者のヒカルたちには魔族は敵と思って鍛えて貰わないと困る。
勇者という宿命を抱えている限り、いつか覚醒の時が来てしまうんだろうから。
「どうしても今死にたいというなら遊んでやるが」
襲って来たBランクの魔物二匹をヒカルたちに力の差を教えるためあえてオーバーキルになる巨大な氷柱に閉じ込める。
今回は怪我をする前に大人しく引いてくれ。
「死にたくなければ引くんだ!足手まといだから行け!」
剣を握って俺に突っ込んで来たエミー。
投げたことで手から離れていた雅が俺の手許に戻って来てエミーのその剣撃を受け止める。
「賢者さま!どうかご無事で!」
俺とエミーの戦いを見て足手まといになると理解したのか、ようやくヒカルとリクとサクラは城に向かって走って行った。
「この師匠泣かせの馬鹿弟子が!勝手に居なくなるな!」
「俺だって考えた。考えた結果で地上を離れた」
「どうして相談しなかったんだ!私は君の師匠だろう!」
「俺の師匠でもあるけど王都を守る軍人でもある。俺は地上の人たちの争いの火種にはなりたくない。俺に関わるみんなが白い目で見られたり避けられたりするのは耐えられない」
ヒカルたち勇者が去っても剣を止めないエミー。
その剣に応えながら会話を交わす。
高く飛んで振り下ろす途中で剣を離したエミーの空から落ちて来るその小さな体を受け止めた。
「お前は馬鹿だ。どれだけみんなが心配したか」
「ごめん。それだけは謝る。心配させて悪かった」
ギュッと抱き着くエミーをしっかり抱きしめ返す。
でももう無事だと分かったんだから心配しないで欲しい。
俺は自分が選んだ人生を生きる。
「アミュ!」
エミーを地面におろして空に居るアミュを呼ぶ。
「ピィィィイイ!」
「ストップ!」
「ピ」
急降下して来たアミュは両手を前に出した俺に気づいて慌てて急ブレーキをかけて止まる。
「今は再会に浸る時じゃない。戦いを終わらせよう」
「ふん。少し強くなったからって気を抜くんじゃないよ」
アミュの背中に乗りながらエミーの憎まれ口に笑った。
「デザストル・バジリスク」
【どうした。白銀の神魔よ】
「今から恩恵を使って魔物を対象に攻撃をするつもりだけど、デザストル・バジリスクは大丈夫なのか気になって」
【我は白銀の神魔の従魔。契約されている限り白銀の神魔が魔物を対象とした攻撃にはあたらない】
「了解。それを聞いて安心した。先に来て戦ってくれてありがとう。本当に助かった」
【礼は要らぬ。主に加勢するのが従魔だ】
姿は隠したままだから目には見えないけど、俺たちが城壁に向かう間も魔王が国王と話してる間も邪魔をしてくる空の魔物たちを倒してくれていることに気付いていた。
お礼くらいは言わせて欲しい。
「フラウエル、四天魔のみんな」
『なんだ』
「また魔物が増えた。龍の息は暫く使えないだろうから今回は俺が恩恵を使って数を減らす。打ち損じた魔物を頼みたい」
『承知した』
『かしこまりました』
空から見た地上はまた魔物の絨毯。
俺たちが来る前から戦っていた騎士や魔導師には限界になっている人が居るだろうし、国王の護りの盾や俺の守護が残っている今の内に手を休める時間を作れる程度には数を減らしたい。
「中の人。いま俺の守護がかかってない人は居るか?」
【ピコン(音)!城壁の中に効果は出ていません】
「王都の中は国王の護りの盾で護られてるから大丈夫」
【重ねがけをおすすめします】
「え?前に聞いた範囲攻撃の恩恵を使うだけだぞ?みんな疲れてるから魔物たちの数を一気に減らしたいんだ」
覚醒した時に覚えてまだ使ったことがなかった恩恵。
中の人から範囲攻撃魔法だということや必要魔力量が多いことを聞いていたけれど、気軽に使うには必要魔力量というマイナス面が大きくて今まで試したことがなかった。
ただ今日は魔王や四天魔も居る。
仮に俺が魔法を使えなくなっても充分戦える。
【ピコン(音)!特殊恩恵〝大天使〟の効果により大天使の守護が発動。特殊恩恵〝神罰〟の効果により能力強化が発動。神魔特殊召喚。霊魔獣底無し穴の霊を召喚します】
ケルベ…………ケルベロスぅぅぅぅう!!??
王都の天空に描かれた術式から召喚されて来たのは三つの頭を持つ超巨大な犬……いや、これは明らかに例の地獄の番犬。
番犬注意のシールじゃ何の役にもたたない恐ろしい犬を何でこのタイミングで召喚したんだ中の人!
「ピィ!ピィ!」
「アミュ?……あれ?何かいつもの守護壁と違う」
【ピコン(音)!大天使の守護は城壁外で戦闘中の魔物以外の者と厄災の王が守護壁の対象。霊魔獣底無し穴の霊は王都全域を守護壁の対象としています。重ねがけは完了しました】
完☆全☆防☆御
なんで?初めて使うから狙いが狂ったら危ないから?
「……対象操作が出来るから大丈夫なのに」
「ピィ!」
「アミュ、立つから暴れないでくれ」
「ピィー!」
腑に落ちないような安心なような。
まあ万が一のことを考えれば感謝するべきか。
「恩恵〝神の怒り〟」
空に手を翳すと王都の天空を埋め尽くす黒い雲。
凄まじい勢いで魔力がその雲に吸い取られていく。
思っていた以上に魔力の消費が多いようだ。
「……あれ?これ、ヤバいんじゃ」
魔力切れになりそうで呟いた瞬間黒い雲に稲光が走り、破裂音のような雷鳴を立てた雷が地面に落ちて爆風波が吹く。
守護壁がなければ吹き飛ばされそうな爆風を一瞬感じたと同時に城壁よりも巨大な体のケルベロスが咆哮すると嘘のように爆風は止んで空も晴れ渡った。
「……ピ、ピィィィ……」
「……創造主が激おこした時の破壊力を舐めててすみませんでした……ありがとう中の人……ありがとうケルベロス」
【お役に立てましたなら幸いです】
『ワウー!』
綺麗に一掃されてしまった魔物たち。
騎士や魔導師や冒険者に手を止める時間を作るどころか見事に一掃されて欠片さえも残っていない。
これぞまさしく神の所業。
「相変わらずデタラメなことをする」
「さすが半身さま。素晴らしいお力をお持ちで」
「今の雷はやはり神の恩恵ですか?」
「う、うん。そうなんだけど」
「凄すぎる。一瞬で魔物が消えました」
「美味な魔物は早めに異空間にしまって良かった」
「な、なんかごめん消滅させて」
みんなワクワクしないで。
使った俺が一番驚いてるから。
自分たちの眷属に乗って集まって来た魔王と四天魔が子供のようにワクワクしていて、さすが血と戦を好む魔族と言うだけあるなと思い知らされる。
【今は一掃されたが終わりではなさそうだ】
「魔層からは出て来てるか?」
【力のある魔物はまだ魔層に居る】
「原因を調べてそれをどうにかしないと駄目そうか」
【ああ。また新たな魔物がこちらへ向かっている】
地上に居る人たちは戦いが終わって喜んでいるけど、城壁よりも高く飛んで空から見ている俺たちには魔物がまだこちらへ向かっているのが見える。
「これですと一・二時間後には再戦になりますね」
「仕方がない。人族の王と再度話そう。このまま帰ったのではまた急襲を受けて二の舞になってしまう」
『はっ』
終わらない魔物の行進。
時間稼ぎにしかなっていない状況に溜息をついた。
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はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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