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第九章 魔界層編
半身の仕事
しおりを挟む「多い。多すぎる」
「頑張ってください。このあと晩餐の予定もありますので」
「きっつ」
執務室のデスクに重ねられた書類。
竜人街から帰った日に改めて魔王や四天魔と話し合って二角領で妓楼と陰間以外の性風俗を許可することが正式に決まり、その翌日には竜人街へ通達を出して僅か数日……目眩がするほどの量の申請が集まった。
それを審査して許可するのは俺の役目。
地上層で商売をしていたから適任だろうと、魔界層の商いに関する権限は魔王の半身の俺に委ねられた。
披露式後の半身教育で『魔王の半身は魔界層の一部の土地を管理する役目がある』とマルクさんから聞かされていたけど(管理権が与えられる)、今回のこれは書類仕事嫌いの魔王から押し付けられた感が拭えない。
「それほど多くの者が望んでいたということですね」
「まあな。今まで妓楼と陰間以外の性風俗は一切許可されてなかったのが審査に通れば堂々と営業出来るようになるから」
俺が許可と不許可に分けた申請書を纏めるクルト。
この積み重ねられた申請書の数こそが、いかに妓楼や陰間以外の性風俗店を望む竜人族がいたかの証明でもある。
「お飲みものはこちらへ置いておきます」
「ありがとう、ラーシュ」
クルトの他にもう一人執務室に居るのはラーシュ。
魔王と話をして四天魔と同じく城で仕える魔王軍の隊員として所属することが決まり、今は秘書や補佐官の役目を四天魔から教わりながら雑務をしている。
「エディはどうだ?真面目にやってるか?」
「一応頑張っているようです。マルクさまや四天魔の目があるからサボれないというのが実際のところでしょうが、毎日食堂で会う時にはクタクタになっています」
「仕方ないな。罰だから」
淹れて貰った紅茶を口に運びながら話を聞いて笑う。
美人局の元締めだったエディは罰として巨大な祖龍宿舎や食料倉庫の掃除を一ヶ月間命じられた。
「マルクさんたちが確認してるから大丈夫だとは思うけど、竜人族だからって嫌がらせをするような城仕えが居たらすぐに四天魔や俺に話すよう伝えてくれ。もちろんラーシュもな」
「ありがとうございます」
竜人族が魔王城に仕えるのは初。
神龍の祠の除雪をした時の件でも分かったように、魔法を使えない竜人族を見下している者は城仕えの中にも居る。
四天魔が目を光らせているのは処罰中のエディを監視するためというのはもちろん、それが理由でもある。
「さて、もうひと仕事するか。許可を待ってる人のために」
許可を求めている多くは湯屋や座敷茶屋。
それらは今まで黙認されてきた性風俗。
ただ、黙認されてるだけなのと許可があるのでは別。
四天魔が今まで視察した情報を照らし合わせて申請に偽りがないか、料金は適切か等を確認して許可する店を決めている。
黙々と申請書に目を通していて静かな執務室にドアをノックする音が響く。
「どうぞ」
「失礼します。半身さま、ただいま戻りました」
「お帰り。お疲れさま」
入って来たのは仮面。
その声を聞いて書類から顔をあげた。
「結論から申し上げますと可能であろうとのことです。ただ、初の試みですので完成までにお時間をいただきたいと」
「全然待つ。喜んで待つ」
仮面が言っているのは米酢の話。
竜人街に視察に行く仮面に特殊鑑定スキルを使って調べた米酢の作り方を紙を渡して、竜人界にある酒造所で魔界層でも作れるかを確認してきて貰った。
「ライの実の酢に関しての報告は以上ですが、酒造側より新酒の商品化許可と酒造の増築許可をいただきたいとのことで申請書と試作品を預かって参りました」
「新酒の?」
「鑑定はかけてありますので試飲をお願いします」
「うん」
仮面が異空間から出したのは数枚を纏めた書類と瓶。
書類の一枚目に目を通しながら仮面がグラスに注いだ琥珀色の新酒を口に運ぶ。
「フォーティファイドワインか」
「フォーティファイドワイン?」
「ワインの醸造過程でアルコールを足して度数をあげた酒精強化ワインのこと。甘口の物ならそのまま酒として呑む他にもデザートにかけて使ったりする。これみたいに辛口なら食前酒として呑む方が俺は好き」
竜人界は緑が豊富で葡萄の種類も多いから(書庫で読んだ書籍曰く)ワイン造りに向いてそうと思ってたけど、書籍で読んだだけの俺が思った事を実際住んでる竜人が気付かない訳もなく、今まで幾度も試作を重ね漸く新酒として辿り着けたようだ。
「地上には既にあるのですね。そうであるなら酒造の増築をせずとも商人を通して買い入れることも可能かと」
「え?いや、え?」
また仕出かしたァァァ!
呑んだのは地球での話であって、地上では魔界と同じくノーマルワインしか見かけたことがない。
俺の余計なポロリで恐らくこの世界初の酒精強化ワインの行方が危うく……
【ピコン(音)!ブークリエ国ブラン領に酒精強化ワインあり。現在は試作段階のため販売は行われていません】
中の人来たァァァァァァ!
俺のポロリをフォロー出来る情報を教えてくれる。
「待った。俺が呑んだのは試作品だからまだ正式販売はされてない。それに土壌の違う魔界と地上じゃ原材料の種類や味も違うし、これはこれで魔界の商品として許可する価値はある」
「そうでしたか。流通されていないものでしたら商品化の許可と増築が必要になりますね」
中の人ありがとう!
もう君には足を向けて眠れない!
中の人にどう足を向けられるのか分からないけど!
『ありがとう。助かった』
【お役に立てましたら幸いです】
神魔族に進化してから中の人も確実に進化してる。
以前はステータスが更新された時や特殊恩恵が発動した時にしか話さなかったのに、今では『知恵袋』なみに助け舟を出してくれるようになった。
「ん?ラーシュも呑んでみたいか?」
「いえ。そうではなく地上にお詳しいのだなと思いまして」
「あれ?まだ耳に入ってなかったのか」
「耳に?」
お喋りな城仕えも多いから俺のこともラーシュやエディの耳に入ってるものだと思ってたけどまだ知らなかったようだ。
「クラウス、クルト。俺のこと話してもいいんだよな?」
「構いません。既に二人とは魔王城の内情を外部に口外しない契約を交わしておりますので」
俺一人の問題じゃないから念のため先に確認してから。
耳に入ってないということは禁じてある可能性もあるから。
「地上のことに詳しいのは俺が人族だからだ」
「……はい?」
「角なしの変異種じゃなくて人族だから角がない」
ラーシュはそれを聞いて固まりながーい沈黙。
仮面とクルトも固まってるラーシュを無言のまま見ている。
「……冗談ですか?」
「ううん。本当に人族。最近まで地上に暮らしてた」
冗談ではないと否定すると今度は唖然とするラーシュ。
「精霊族は魔層を渡れないと聞いたことがあるのですが」
「渡れない。渡れるのは俺だけ」
「シ、半身さまは特別な人族ということですか?」
「正しくは純粋な人族じゃなくて魔族の血も混ざってるから渡れる。他には存在しないって意味ではまあ特別かな」
驚くのも当然。
本来なら有り得ないことだから。
「知識にないことをすぐに信じるのは難しいだろうが、今後半身さまにお仕えするのであれば血統の常識は捨てろ。半身さまはこの世界で唯一、精霊神と魔神の両創造神より寵愛を受けた奇跡の者。聖と魔の力を持つ尊い御方だ」
仮面からそう言われたラーシュは四天魔に言われては何も言えないのか口を結ぶ。
「人族に仕えたくないなら無理しなくていい。俺もフラウエルも四天魔もそれで文句を言うほど器は小さくないし、魔王城の中には色んな仕事があるから別の役目につけるようにする」
こればかりは敵対してる種族同士だから仕方がないこと。
人族の中にだって俺に魔族の血が混ざっていると知れば嫌悪感を持つ人が多いだろう。
専属ともなると一緒に居る時間が多くなるからこそ、俺の種族に嫌悪感があるなら無理はさせられない。
「私はそんなにも尊い御方にお仕えしようとしていたのかと驚きはしましたが、忌わしい能力を持つ私を受け入れてくださった半身さまにお仕えしたくないなど思うはずがありません。今後少しでも半身さまのお役に立てるよう努力して参ります」
跪いたラーシュはそう言って頭を下げる。
「そう言ってくれるのはありがたいけど一つ忠告しとく。尊いと感じるのは神の寵愛って表現をしてるからで、俺自身は直感で生きてるだけのただのクズだ。威厳だ偉容だと求めてくれるなよ?そんなもの求めてもガッカリすることになるだけだ」
神である精霊神と魔神を尊いと表現するのは分かるけど、ご立派なのは神であって俺じゃない。
俺はただの元ホストで尊さの欠片もない。
「半身さまが風変わりであることは既に存じ上げております。初見の私に身分や性格はおろか性別すらも偽り、一切の確認もなく魔王城へ連れ帰ると宣言した御方ですから」
「たしかにな」
真顔で切り替えしたラーシュに笑う。
出会いから雌性の姿でお花畑な子を演じていた嘘の塊だった俺に威厳だなんだなんて求めないか。
「お聞かせくださってありがとうございます。真実を知っても私の考えは変わりません。私が蔑まれる存在の雄性夢魔であっても忌わしい能力を持っていても大したことではないように受け入れてくださった半身さまにお仕えしたいと思います」
「そっか。ありがとう」
ラーシュは俺に『大したことではないように受け入れた』というけど、俺の種族や性格を知ってもなお仕えたいというラーシュも変わらないと思うけど。
「半身」
「フラウエル」
ノックなく開いたドア。
魔王さまの突然の御出座にクルトと仮面とラーシュの三人は胸に手をあて頭を下げる。
「三人とも頭をあげろ」
『はっ』
こちらに歩いて来ながら言った魔王は重ねられた書類を避けて机に座る。
「どうだ?許可は進んでいるか?」
「ぼちぼち。軍事会議は済んだのか?」
「ああ。終わって部屋へ行かせた」
「そっか。お疲れ」
俺が大量の申請書に追われてる間魔王も遊んでいた訳じゃなく、各地に居る魔王軍部隊の上官と軍事会議を行っていた。
この後の予定で入ってる会食というのも上官たちとの謁見を兼ねている。
「それで?わざわざ執務室に来た理由は?」
「自分の半身に会いに来るのに理由が必要か」
「今は公務中なんだから必要だろ」
ハッキリ言うとしょぼんとする魔王。
そんな捨て犬みたいな顔されても。
「……分かった。少し休憩する」
しょぼんに負けてペンを置くと表情を笑みに変える魔王。
クルトと仮面は苦笑。
「ラーシュ。二人分のリュウカ茶を淹れてくれるか」
「はっ」
デスクから離れてラーシュにお茶を頼み、アンティーク調のテーブルとセットになっているセティに魔王と座る。
「クラウス。半身の酢の件はどうだった」
「初の試みですので多少の時間はかかるようですが、恐らく半身さまのレシピで作れるだろうとのことです」
「そうか。それに必要な物であれば材料や新機材の経費は厭わない。不足分は補填予算をあてるように」
「いや待て。酢一つで補填予算をホイホイ決めるな」
「一日も早く寿司というのが食べてみたい」
「食いしん坊か」
いまだに食べられていない寿司に焦らされてる気分なのか、真顔でキッパリ言った魔王にクルトはクスクス笑う。
「握り寿司じゃなくてちらし寿司と茶碗蒸しなら作ってやるから一旦落ち着け。自分の発言力を考えろ」
「いつだ。今日か」
「今日は会食だろ。近い内に作る」
またしょぼん。
困った魔王さまだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
テーブルの隣にしゃがんだラーシュが魔王と俺の前にリュウカ茶を置くとほわんといい香りがする。
「あ。手が空いてるならちょうどいいや。クラウス、酒造の申請書と試作品をフラウエルにも」
「はっ」
デスクに置いたままの申請書をとって貰って魔王に渡す。
「増築?」
「うん。新酒の商品化と酒造の増築の許可」
「Vinか」
「問題なければ許可しようと思ってる」
軽く目を通した魔王はクルトが注いだ試作品の入ったグラスを傾けるとまずは眺めてから口に運ぶ。
「今までのVinとは別物のようだな」
「地上ではフォーティファイドワインというそうです」
「初めて聞く名だ」
「私も半身さまに教えていただきました」
初聞きなのは当然。
だって地上層にも無い物(現段階では)だから。
地球でそう呼ばれていただけの話で、いま地上層で試行錯誤してる物が今後流通することになっても地球と同じフォーティファイドワインという名前(分類)にはならないと思うし。
「クセがあるがこれはこれで美味いな。だが地上にあるのであれば仕入れで済む話じゃないか?」
「ない。正確にいうと試作を繰り返してる段階だからまだ商品化はされてない。俺が呑んだのも試作品」
仮面と同じことを言う魔王に説明する。
酒造を増築するより地上から仕入れた方が早いし安いから二人がそういうのは当然なんだけど。
「他のも呑んだことがある俺としては商品化と増築の許可を出すべきだと思う。理由は単純に地上の物はまだ商品化してないから仕入れられないってことと、今後地上の物が商品化されても魔界の物の方が上質だろうから」
地上層の物は呑んだことないけど、地球の物と比べても魔界層のフォーティファイドワインは上質な味わい。
その理由は魔界層の豊かな大自然と綺麗な水と豊富な魔素で育った葡萄が原材料になっているからだと思う。
「地上と魔界じゃ土壌が違うから原材料の味も変わる。仮に魔界のこれと地上で出来た物を地上で販売するとすれば、魔界の物は貴族向けの高価な嗜好品として売り出せる。卸す量を減らせば勝手に希少価値が付いて魔界にも得だし、いま地上で作ってる人にも大きな痛手にはならないと思うんだ」
「なるほど。商売としては悪くないな」
現状で地上層にない新酒となれば竜人とエルフ間で取り引きされることは目に見えている。
どうせ留めておけないのなら魔界層の物には希少価値をつけ大量に出回ることは避け、地上層で作っている人たちの意欲も削がないよう配慮しようという考え。
「希少価値をつけるということは生産量を少なくするということですか?そうであれば指示が必要になりますが」
「この酒はフラウエルが言うようにクセがあって万人受けの酒じゃない。魔界でもまだ売れるか分からない段階で大量生産はしないと思うけど……念のため初期段階の生産予定量と増築した上で見込まれる総生産量を先に聞いてみてくれるか?常識の範囲なら増築と商品化の許可を出すと伝えてくれ」
「承知いたしました」
さすがにそんなギャンブルはしないと思うけど念のため。
酒造が赤字になれば魔王城にも無関係じゃない。
「お前は熟々半身らしくない半身だ」
「なんだ急に」
「軍事会議でお前につける補佐官の話題が出てな。今のお前を見ていて歴代の半身とはどこまでも違う奴だと思った」
笑いながら言った魔王はリュウカ茶を口にする。
「魔王の半身に与える管理権とは民に舐めらないよう権限を与えているだけに過ぎない。実際に調整を行い管理しているのは管理補佐官に任命された軍官たちで、半身は権限を使って管理補佐官が用意した案を承認しているだけだ」
「何だそれ。お飾り扱いだな」
書類を渡されて判を押してお終い。
そんな誰でも出来ることがお役目ならたんなるお飾りとして存在しているのと変わらない。
「ああ。だが考えてみろ。力のない者が魔族を管理出来ると思うか?お前のように自ら視察に足を運べると思うか?」
「……そっか。無理だな」
「だろう?だから魔王の半身として民の前に立つことと子を成すこと以外は望まない。それ以上望むのは酷というもの」
随分な話だと一瞬思ったけど聞いて納得。
歴代の半身は武闘派じゃなかったらしいから、舐められないための立場を与えて城の中で大切に守られてたんだろう。
俺は自分で戦えるからお飾りの半身扱いされて可哀想と思ったけど、逆に戦えないのに荒くれ者の魔族が居る土地を管理しろと無茶ぶりされる方が可哀想だった。
「語り継がれてきた歴代の半身たちがそうだっただけに披露後初となる今回の軍事会議で各隊の上官が補佐官に向いた者を薦めてきた。私利私欲の人選と思われる者も多かったがな」
そこは魔族も人族も変わらないな。
実際に管理するのは補佐官だというなら、極端な話、半身が任された土地をソイツが自由にすることも出来てしまう。
私利私欲の人選をする奴が出てきてもおかしくない。
「なんて答えたんだ?」
「推薦者の出生から今に至るまでが分かるよう書類にして提出しろとだけで終わらせておいた。お前はラーシュとエディを秘書や補佐として傍に置きたいようだが、専属ともなればお前を守れるよう文武両道でなくてはならない。相当の努力と才能がなくては専属補佐官になるのは難しいぞ」
まあそうだろう。
ただの馬鹿には魔界層に関わる仕事は任せられない。
一緒に考え案を出して貰うこともあるし、俺が手一杯の時や規模によっては仕事を任せることもあるだろうから。
「俺が望む補佐官はラーシュとエディで変わらない。フラウエルが四天魔を信頼して傍に置いてるように、俺も自分が信頼できる人を傍に置きたい。ラーシュとエディなら補佐になれると信じてるし、もし力の面で不足してるってことなら俺が二人を鍛えるし、俺自身も二人を守れるようもっと鍛える。一方的に守られることしか術のなかった歴代の半身と一緒にするな」
戦う力のなかった半身と戦う力のある半身は違う。
歴代の半身は守って貰わないといけなかったから傍に置く人が文武両道である必要があったんだろうけど。
「面白い。そこまで言うなら権限や能力を駆使して歴代の半身とは違うことを示してみせろ。そうすれば頭のかたい軍官たちもラーシュやエディをお前の秘書や補佐官として認めるしかなくなるだろう。二人は補佐官になるための知識や技術を学び、お前は二人の就任に誰も口を出せないよう立場を固めろ。三人で今世代の半身と補佐官の在り方を示せ」
笑いを含ませ話しながら俺を引き寄せ頬にキスする魔王。
昔に倣いながら面白いと感じたものも受け入れる魔王は人のことを言えない変わり者。
「んじゃそういうことで仕事に戻る」
そう話して離れるとまたしょぼん。
デカイ図体で立派な角を生やしておきながらのしょぼんの破壊力はヤバい。
「自分の執務室で仕事しろ。仕事があるだろ?」
「会食までもうない」
「暇してんなら申請……いや、やっぱいい。フラウエルにやらせたら面白いか面白くないかで決めそうだから。みんなから話し相手になって貰って茶菓子でも喰ってろ」
危ない。
問題や不備のある店でも面白いとだけで許可されたら二度手間になるところだった。
「クルト。次の店の調査書を」
「こちらです」
「ありがとう」
再びデスクに戻って専属の補佐官が決まるまで代役をやってくれてるクルトから調査書を受け取る。
「クラウス。俺の半身が冷たいのは気の所為か?」
「ご公務中ですので。申請の量も多いですし」
「俺より仕事なのか?魔界の王で半身の俺がこうして会いに来てるんだぞ?他の者のように喜ぶのが普通じゃないのか?」
「半身さまにその普通は通用しないかと」
「どうしてこうなった。誰だ、半身に仕事を与えたのは」
「魔王さまです」
「……俺か」
後は頼んだ仮面。
私と仕事どっちが大事なの!とヘラってる魔王と話し相手になってあげている仮面の会話でクスクス笑うクルト。
俺が茶菓子でも喰ってろと言ったからか、ラーシュは会話の邪魔しないよう無言で茶菓子をテーブルに置いている。
人前ではしっかり威厳を感じる異世界最強の王なのに気を許した人の前では面倒な男になる魔王。
そのギャップもまたいいんだけど、申請書が山積みの今は本音でウザイ。
「あ、クルト。晩餐はどっちの姿で出ればいいんだ?」
「雌性体用のご衣装を用意してございます。実態を明かす必要性がない限りは御目見式まで雌性体での謁見が主になるとお含みおきください」
「了解」
それも俺の身を案じてのこと。
本来であれば御目見まで城から出さないほどに魔王の半身の姿は厳重に隠されるんだから、軍官との謁見でも極力本当の姿は見せないようにするのも分かる。
まあ俺の場合は雌性体になったところで本当の姿を見たことがある人なら髪や瞳や肌の色で分かるだろうけど、何も知らない人になら目くらまし程度にはなるだろう。
「仕方ない。俺は部屋に戻ろう。あまり根を詰めるなよ」
「ありがとう。時間までゆっくり休んでくれ」
「ああ」
俺が黙々と仕事をしてたから暇になったらしく、仮面を連れて魔王は執務室を出て行った。
「半身さまも後一時間ほどで湯浴みをしていただきます」
「分かった」
雌性体での謁見なら準備に時間がかかる。
どちらの姿で晩餐会に出るのか聞いたのはそれが理由。
時間までに一つでも多く目を通しておこうと書類に向かった。
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