ホスト異世界へ行く

REON

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第九章 魔界層編

三人の竜人

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が終わってもベッタリ。
腕枕をして髪を撫で頭や顔にキスをしてとまるで恋人同士の情事後のような対応をラーシュから受けながら、最中の房事の技術だけでなく事後のこういうさせるような対応も人気の秘訣かと思わされる。

「申し訳ございません。途中で幾度か我を忘れて無理をさせてしまいました。体が痛みませんか?」
「大丈夫です」

腕枕のまま頭を撫でつつ訊くラーシュ。
たしかに危ういと思う時も時々あったけど、完全に我を忘れてしまうことはなかった。
魔族にとっては強烈らしい香りを嗅いでも冷静さを取り戻せたんだから相当な精神力の持ち主だと思う。
他の時はどうか分からないから性的なことに長けた淫魔である夢魔の特性(快楽に強い)という可能性もあるけど。

なんにしても感想は『上手かった』。
安いサービス料で房事を行う湯女として湯屋に勤めるにはあまりに惜しい才能テクニックの持ち主と言える。
現役の高級娼婦が突然夜鷹よたかまで落ちたようなものだ。

「ラーシュは経験豊富なのですね」
「経験豊富?」
「未経験の私に痛みや不安を与えないよう優しく丁寧に扱ってくださいましたから。それで、きっとこういう経験も豊富な方なのだろうと」

そんな話題に触れると頭を撫でていた手が止まる。
一番警戒心が薄まるのはピロートークの時間。
そのためにマッサージを頼んで情事に及んだ。

「たしかに多少の経験はありますが、全ての方に同じことをしている訳ではありません。優しく丁寧と感じていただけたのでしたらそれは相手がシンだからです」

さすが男娼。
そんなアフターケアも自然で上手い。
この世界では陰間の男娼が俺の居た世界でのホストに近い職だから。

「これほど保護欲に駆り立てられる方は初めてです」

それを狙って演技してますから(ドヤァァ

背が高くガタイのいい魔族から見れば細く小さな体。
この世界には居ないプラチナブロンド色のサラッサラの長い髪とダークグレー色のうるうる瞳、同じくこの世界には居ないつるっつるもっちもちの白い肌。
その弱々しく見える(魔族から見れば)容姿プラス、独りで生きていくのは到底無理だろうゆるゆる脳内お花畑な子の演技。

この子は俺が居ないと駄目だ(小動物を見る目)。
と思われるよう狙って演技をしてるんだから、むしろ保護欲求を擽られてくれないと困る。
演じている俺本人はこの手のタイプの子が好きじゃないけど。

「もう帰らないと。待ち合わせの時間が」
「……どうしても行きますか」
「はい。お断りするにしても行って謝罪はしないと。無駄にお待たせすることになりますから」

顔を手で挟まれてジッと見られる。
房事の効果か演技の効果か、最初よりは多少警戒心が薄まったように思う。

「分かりました。やはり行くのは賛成しませんが、律儀な方のようなのでこれ以上はお引き留めしません」
「お気遣い感謝いたします」

そう言ってお互いに布団から起き上がったもののまた腕におさめられて特大の溜息をつかれる。

「出会った方の半身も一緒にと言ってましたね」
「はい。二人で案内してくださると聞いてます」

そう答えるとまた溜息。

「あまりいい相手ではなさそうな予感が」
「出会った湯女の半身がですか?」
「どちらも」
「やはりなにか心あたりが?」
「いえ。特徴を聞いてもどの湯女のことなのか分からないのは本当なんですが、最近二角領でも以前に増して揉め事が増えているので本当に行かせても大丈夫かと」

ふむ。爆乳湯女に関しては本当に分かってなさそう。
そうなるとこの湯屋の湯女と言っていたあれが嘘なのか、言ってすぐに分かるような近しい間柄ではないのか。
爆乳湯女の方は随分詳しそうだったし、マッサージを受けるのを止めようとしてたことは間違いないんだけど。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。気をつけます」
「はい。行くと言っているのに何度も引き留めるようなまねをして申し訳ございませんでした。お体を流します」
「ありがとうございます」

本当に知らない(分からない)なら今の時点でこれ以上聞いても何の情報も出て来ないだろう。
たんに向こうが一方的に知っているだけの可能性も出てきたからラーシュには顔を覚えて貰っただけ一旦よしとして、先に爆乳湯女と半身の出方を見て考えよう。

部屋の浴室(小さな個室風呂)で丁寧に体を洗ってくれた後にも髪を乾かしたり服を着せたりと、何から何まで至れり尽くせりで世話をしてくれたお蔭で心身ともにスッキリ。
魔界層にない下着にはやっぱり驚かれたけど。

「今日はありがとうございました」

見送りは湯屋の裏口から。
マッサージを終えて帰る時にはここから帰らせるらしく、薄暗い裏路地に出てお礼を伝える。

「シン」
「はい」

名前を呼んだと思えば腕におさめられる。
意外と最後の最後まで親密な対応をするようだ。
体を使うかどうかの大きな違いはあるけど、他はホストがする仕事内容と変わらない。

「今の私には力がないのでシンに仕事を紹介してあげることすらできません。まさか今更になってこれほど今の状況を恨む日が来ると思いませんでした」

には?
ああ、竜人街一の男娼だった頃と比べてるのか。
人気花魁のリュウエンもそうだけど、竜人街では人気のある花魁や男娼が権力を持っているから。

「……いや、もう騙されたふりは辞めます」
「騙された?」
「仕事を探しているというのも嘘でしょうから」

気付かれてたのか。
騙されたふりに騙されていたのは俺の方だったと。
なかなか侮れない男だと笑う。

「何が目的で嘘をついたのかはお聞きしません。目的の邪魔をするつもりもありません。ですがシンが心配なことや約束している相手があまりいいお相手ではない予感がしていることは事実ですので、どうぞお気を付けて」

顎を引き上げられてキスをされる。
嘘をついてると分かってる相手の心配をするとか……やっぱ善い人か。

「ありがとう」

最後に俺の方からキスをしてお礼を伝え、苦笑しながら見送ってくれるラーシュに手を振った。


「クルト」
「はっ」

湯屋が見えなくなってから名前を呼ぶと既に閉店している店と店の間の暗い路地からクルトが出てくる。

「いつから待ってた?宿に戻ってて良かったのに」
「私も半身さまと入れ違いで出て来たばかりです」
「ああ、そうなんだ」
「先に決めていた通り宿で連絡を待つつもりで出たのですが、半身さまのお声が聞こえたので姿を隠しておりました」
「待たせてたんじゃなくて良かった」

湯屋を出たあとからクルトの気配は感じていた。
屋根の上に居たからずっと待ってたのかと思ったけど、偶然同じタイミングで出て来ただけのようで安心した。

「どうだった?クルトの方は」
「幾つか目ぼしい情報が」
「そっか。俺の方はまだ当たりか定かじゃないけど、休暇の日に客として来てたあの湯屋の湯女らしい竜人とその湯女の半身にこのあと竜人街を案内して貰う約束をしてる」

風呂に浸かっていて唐突に声をかけてきた爆乳湯女のことを歩きながら説明する。

「裏引きとはまた形が違いますが、外に誘い出されたということは可能性がありますね。半身も絡んでますし」
「うん。竜人街には単独で来たって言ってあるから警戒されないよう二人で行く訳には行かないけどクルトはどうする?」
「擬態を使って気付かれない距離で見張ります」
「分かった」

姿を消す〝擬態〟を持つクルトに隠密行動はお手のもの。
湯屋の中ではお互い情報収集をしてたから別行動だったけど、外で会うとなるとさすがに一人で行くのは許可しないだろうと思ってた。

「何人かまだしつこく着いて来てるな」
「追い払いましょうか」
「いや。下手に動いて美人局の関係者が居たら困るから放っておこう。クルトを誰と思ってるか知らないけど居る間は早々接触してこないだろうし、このまま無視して茶屋に向かう」
「分かりました。私は半身さまを誘う愚者のふりでもして着いて行きながら茶屋の前で一旦離れます」

湯屋からずっと着いて来てる奴が三人。
他の奴はクルトが現れて諦めたけど、一人になるタイミングを待ってるのかまだ距離をとって着いて来ている。
ラーシュが言っていた人売りや変異種愛好家なら追い払ってもいいけど、あの爆乳湯女が美人局に関係してるならその仲間という可能性もあるから無視するのが無難。

「一人で湯屋に行って実感したけど魔界には変異種専門の商人や愛好家が居るって凄いな。匂い以前にただ歩いてるだけでも注目を浴びてて下手な行動が出来なかった」

立っていても座っていても歩いていても注目される。
昼間視察に回っていた時にはそうでもなかったのは四天魔のクルトが一緒に居たことと、俺が魔王直属隊の紋章が入った軍服やローブを着てたから堂々と眺める人が少なかったというだけなんだろう。

「半身さまは特にだと思います。変異種の売買にもランクがあって、変異の特徴が多く見た目が美しい者ほど高額で取引されます。半身さまはどちらも揃っているので間違いなく最上級ランクで取引されるでしょう。人売りからすれば生涯豪遊できる額の宝石が歩いているようなものです」

なるほど。
ラーシュがあれだけ言っていたのも納得。
とんでもない額の宝石が警戒心もなくフラフラしていれば『自分の価値を知れ』と思うのも当然。

「地上は変異種に希少価値がつかないんですか?」
「どうだろ。地上でも魔物の場合は亜種、人の場合は変異種って呼ぶけど実際に会ったことがないし、奴隷商は居たけど獣人が対象だった。ただ地上は人を売買したら犯罪になるから堂々としないだろうし、俺が知らないだけであったのかもな」

魔界層の人売りと地上層の奴隷商が同じ。
でも変異種の売買の話は聞いたことがない。

「そうなのですか。安全な場所で暮らしていたから今までご無事だったのですね。そうでなければ半身さまほどのお美しい変異種をがめつい者が放っておくとは思えませんから」

いや、安全な場所だから無事だったというより地上層だと俺は変異種って扱いじゃなく異世界人って扱いだから、拐って売買しようなんて馬鹿は居なかっただけだと思う。
異世界人を売買しようものなら即足がついて断頭台行き。


話しながらも待ち合わせの茶屋に到着。

「すぐに擬態して護衛いたします」
「分かった」
「お気を付けて」

まだ性懲りも無く着いてきている奴が居るから口ではそう話しながらも断っているような素振りを見せ、クルトと一旦別れて一人で茶屋へと入った。

「ここ、ここ」

店内を見渡した俺に手を振ったのは爆乳湯女。
その隣と前には雄性の竜人が二人。
半身のことは前もって聞いてたけど何故か一人増えている。

まあいい。
また頭の中お花畑ちゃんのスイッチ入れますか。

「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「ううん。私たちもついさっき来たばかり」
「良かった。少し道に迷ってしまって」
「ああ、初めて竜人街に来たんだもんね。分かって良かった」

そう話しながらも雄性竜人の片方が座っている隣の席へ座るよう爆乳湯女に手で促される。

「あの……失礼ですが、こちらの方々は」
「安心して?こっちが私の半身でその人は半身の友達だから。半身と独り身で出歩くのは気を使わせるかと思って誘ったの」
「そうでしたか。お気遣い感謝いたします」

人数が増えて全く気にしないのも不自然だから一応聞いて、納得した様子を見せたうえで空いている席へ座る。

「先程はお声がけいただいたに関わらず名乗るのを忘れていて失礼いたしました。改めましてシンと申します」
「私はヘレン。よろしくね、シン」
「よろしくお願いします」

座って早速自己紹介。
爆乳湯女はヘレンという名前らしい。

「ヘレンの半身のトマスです。よろしく」
「エディです」
「よろしくお願いします」

爆乳湯女の隣に座っている竜人がトマス。
俺の隣に座ってる竜人がエディ。
本当に半身や友人なのか実名なのかすら分からないけど、挨拶をした雄性竜人二人とも握手を交わす。

「挨拶は済んだし後は普通に喋ってもいいかな」
「はい」
「シンも友人に接してると思って気楽にして貰えれば」
「分かりました。ご親切にありがとうございます」

そう提案したのはトマス。
ツノあり筋肉隆々ワイルド系。

「俺も普通に話していい?」
「どうぞ。エディさんが話し易い方にしてください」

エディの方はツノなしで甘いマスクの優男系。
俺の好みが分からないから両極端な二人を揃えた感。
三人が『美人局ならば』だけど。
今の段階ではまだなんとも言えない。

「先に聞いてはいたけど本当に綺麗な子だね」
「でしょ?こんなに綺麗なのに一人で竜人街を見て回ろうとしてるんだもの。危ないから強引に誘っちゃった」
「ヘレンの心配し過ぎではなかったことは見て理解した」
「でしょ?」

エディの言葉から始まり会話を交わす三人。
それが事実ならヘレンはお人好しの世話焼きというだけのことだけど、強引に誘い出した理由付けにしか聞こえない。
疑わしい相手の言葉は何もかもが疑わしい。
内心ではそう思いながら表情ではニコニコしておいた。

「まずはどこに行きたい?」
「芸者や遊女や男娼の居るお店に行きたいです」
「その中だと芸者茶屋かな。妓楼や陰間だと遊女や男娼と遊ぶのが主になるから別行動になっちゃうし」
「私は詳しくないのでお任せしてもいいですか?」
「うん。私たちに任せて」
「ありがとうございます」

その三者(職業)が竜人街の名物。
無難な行きたい場所を話して店はお任せする。

「どうして妓楼や陰間に行きたいんだ?そういう遊びを楽しむような人には見えないけど」

そう不思議そうに聞いたのはトマス。
どうしてって、竜人街はそれを商売にしてる場所だから観光に来た人ならみんな……いや、少し変化球で行くか。

「えっと……親切にしてくださる方々に隠すのは心苦しいので正直にお話しますが、笑わないで聞いてくださいますか?」
「うん」
「実は竜人街に来た理由が職探しで」
『え!?』

ラーシュにも言った嘘。
勘のいいラーシュにはバレたけどもう一度それを理由にする。

「お酒を呑む芸者や遊女や男娼のお店には様々な方が集まると聞きました。そういう顔の広い方々なら変異種で魔人の私でも雇ってくださるお店を知っているのではないかと思いまして」
「それでか。そういう遊びを好みそうな子には見えないのに行きたい場所がまずそれって変だと思ったんだ」
「隠していてすみませんでした」
「ううん。言えなかったのも分かる」

それで納得したらしい三人。
こう言っておけば竜人街の案内をすんなりお願いした理由にもなるだろう。

「そういうことなら店に行かなくても俺が紹介できる」
「え?変異種で魔人でもいいのですか?」
「シンなら大丈夫。店を変えて呑みながらゆっくり話そう」
「是非。お願いします」

さて、どんな仕事を紹介してくれるのか。
こんな方向に話が進むと思って言った訳じゃなかったけど俺にとっては好都合。

「最初から言ってくれればすぐ紹介できたのに」
「湯屋では他にも人が居たので。正直みなさんにも馬鹿なことを言っていると笑われるのではないかと思っていました」
「笑わないのに。でも竜人の中で働こうとしてるって言い難いのも分かる。信用して話してくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」

嘘だし信用もしてないけど。
これでもし俺の勘違いで本当に親切心から協力してくれようとしているだけなら全力で土下座して謝るしかない。

すっかり俺のことは信用したのか茶屋を出てから親しそうに腕を組んで俺の前を歩いているトマスとヘレン。
二人の関係が半身かどうかまでは確信が持てないけど、ただの仕事仲間というだけの関係ではなさそう。

「あのさ」
「はい」

屋根伝いに移動してるクルトの気配を感じとりながら二人の後ろを着いて行ってると、隣を歩いていたエディから小声で話しかけられ顔を見上げる。

「紹介される仕事は断った方がいい」
「え?」
「シーっ」
「あ、はい」

慌てて静かにするよう促すエディ。
前の二人とは仲間同士じゃなかったのか?

「一度しか言えないから黙って聞いて。紹介された仕事に就くのは賛成しない。シンを見れば見るほど勿体ないとしか思えなくなった。もし行く先がないなら俺が匿うか」
「エディ?シン?」

話の途中で名前を呼ばてれエディは前を見る。

「どうしたの?」
「なにが?」
「距離。歩くの遅くない?」
「ごめん。シンと話してて気付かなかった」

ヘレンから訊かれてごまかしたエディ。
答えてるのはヘレンにだけど目はトマスを見ている。

「気付かないほど夢中で何を話してたんだ?」
「ツノの話をしていました」
「ツノ?」
「私にはツノがないので。魔法を使えない魔人が自分で狩りをする魔人界で生活をするのは大変だっただろうと」

エディではなく俺の顔を見ながら聞いたトマスに嘘をつく。
嘘をつくなら俺の方が顔に出ると思ったからだろう。
見知らぬ人の誘いにホイホイのるお花畑な子だから。

「私もそれ最初に思った。ツノがないから竜人の変異種だと思えば魔人だって言うから今まで大変だったろうなって」
「うん。竜人街で働こうとしてるのも分かる」
「ここなら魔法を使わなくても生活できるもんね」

自分も気になったことだからかヘレンはすんなり話を信じてエディもそれにのる。
それでもまだ俺をジッと見下ろしているトマスに何も分かっていないフリでわざと少し首を傾げて見せる。

「行こう。もうすぐそこだから」
「はい。お願いします」

信じたのか信じたフリか。
どちらか分からないけどフイと顔を逸らしたトマスは再び歩き出して、またその後を着いて行った。


着いた店の前に居たのはガタイのいい雄性竜人が二名。
トマスの顔を見たあと後ろに居た俺を二度見する。

「席あるか?」
「あるけど……誰この子」
「ヘレンの知り合いだ」
「へぇ」
「初めまして。よろしくお願いします」

品定めするようにまじまじと俺を見おろす二人。
見物料とるぞこの野郎と内心では思いながら世間知らずの天然ぶって挨拶をする。

「ちょっと。あんまジロジロ見ないでよ。その大きな体で見下ろされたら怖がるでしょ?」
「俺たちが大きいんじゃなくてこの子が特別小さいんだろ。小さ過ぎて抱いたら一発で壊れそう」
「変なこと言わないで。気にしないでね、冗談だから」
「え?はい」

ゲスいこと言ってるな、お前ら。
本当は何を言っているのか理解していながらも、庇うヘレンに分かっていないフリで首を傾げて見せた。

「「どうぞ」」

ようやくドアを開けてくれて入った店内。
ここはもしや……飲み屋!?

薄暗い店内とボックス席のそれらしき店。
客のテーブルには酒類が置かれている。
この世界には酒を専門で提供をする店はないものと思っていたけど、そこはさすが日本の文化を感じる竜人街。
元ホストの俺にはノスタルジーを感じる光景。

「奥が空いてる。あそこに座ろう」
「はい」

異世界に来て初の飲み屋(風)を興味津々に眺めているとヘレンから手を引かれ、テーブルを囲むようにひと繋がりになってる椅子に、ヘレン、俺、トマス、エディの順番で座らされる。

なるほど、逃げられないよう両側から挟まれたと。
エディが『一度しか』と言ったのも納得。
こっそり話せるような距離じゃなくなることを来る前から知っていたということ。

クルトは……居るな。
さすが四天魔の『影』。
クルトの気配に絞って探知しても辛うじてしか分からないほど薄らだけど、しっかり店内にも着いて来ている。

「シンも呑むよね?」
「あまり強くないので少しだけ。湯屋でもいただいたので」
「お酒弱いんだ?」
「はい。竜人街のお酒って強いですよね」
「どうだろ。私にはこれが普通だから」

何も言わずとも運ばれて来た酒のセット。
俺があまり強くないというのは嘘だけど、竜人街にある酒のアルコール度数が高いのは嘘じゃない。

「体が小さいからそのぶんお酒も弱いのかもね」
「そうかも知れません。お恥ずかしながら成長しなくて」
「そこも変異種だからじゃない?歳は大人だよね?」
「はい。もう成長期は過ぎてます」
「気にしなくても逆に可愛くていいと思う。私は雄性が好きだけど、シンに見上げられるとキュンとするもの」
「お優しい言葉をありがとうございます」

小さい=可愛い(小動物を見る目)。
如何にも最弱そうなこの見た目のお蔭で相手の警戒心が薄れるから助かっている。

「一人で作らせてすみません」
「大丈夫。トマスとエディにも渡してくれる?」
「はい。前を失礼します」

手慣れた様子でグラスに作られた酒をまずは奥側のエディの前に置く。

「あっ……失礼しました。すみません」
「いや」

テーブルに置かれてたトマスの手に触れた胸。
慌ててサッと体を引いて顔を逸らす。

「どうしたの?」
「エディの前に置く時に体が俺に触れただけ」
「それだけで恥ずかしがってるの?」

体じゃなくて胸だけどな。
しかもわざとやりました(ドヤッ
恥ずかしがる演技に騙されて笑っている爆乳湯女はすっかり俺を信じきってるようだ。

体と言った辺りトマスも後ろめたい気持ち……ないな。
グラスを手にとろうとして爆乳湯女の存在感有り余る爆乳が目に入り、これを毎日見て(触って)いれば俺のスライム乳なんてまな板と変わらないだろうと気付いて凹んだ。

まあいいか。
警戒心ゆるゆるのお花畑キャラとしてやっただけだから。
トマスが一番警戒心が強いから、それで多少薄れれば(警戒するほどの存在じゃないと認識してくれたら)と思ったんだけど。

トマスの前にグラスを置いてエディと目が合う。
さっき話の途中で終わってしまったから気になって見ていたのか目立たないよう微笑だけしておいた。

まずは乾杯して飲酒タイム。
やっぱり竜人街の酒(日本酒っぽい味)は俺好み。
豪快にいきたいところだけど我慢。

「仕事の話はまだしないの?」
「あとで。先に聞いてからにする」
「どうして?」
「俺一人では決められない」

少し呑んでから話を切り出したヘレンにトマスは少し困ったような顔でそう答える。

「待たせて申し訳ないけど、シンに紹介しようと思ってる仕事関係の人が来るまで呑みながら待つんでも大丈夫?」
「大丈夫です。お手数をおかけしてすみません」

トマスたちより上の奴が居るってことか?
俺が仕事を探している話をしたのは会った後だから、トマスたちがソイツをここに呼んだのではなく普段からソイツがこの店に出没してるということ。

この三人が美人局に関係しているなら大きな収穫。
足取りを掴める場所があれば叩きやすい。
集団でやってることなら末端の一人二人を捕まえたところでそいつがトカゲのしっぽ切りをされるだけだから。

「シンはどんな仕事をしたいとかあるの?」
「いえ。そもそも私を雇ってくださる方が居るかどうかの話ですから。私にでも出来る仕事であれば頑張りたいと思います」
「出来ることなら内容は問わないってこと?」
「はい」

ちびちび呑みながらヘレンに答える。
それだけ真剣に仕事を探してると思って貰えれば。

「身体を売る仕事でも?」
「ヘレン」
「本人が内容は問わないって言ってたでしょ?」
「そういう問題じゃなくて」
「どうしてシンだと判断できないの?いつもは自分で決めてるのに。急に惜しくなったの?」

お?なんか争いだしたぞ?
まさかこの争いで難癖つけて詫び代を要求(恐喝)されるのか?
幾らお花畑が相手だからってさすがにガバガバすぎるぞ。

「ヘレン落ち着いて。店内で騒いだらつまみ出される」
「だってトマスが!」
「静かに。シンが驚いてる」

え?驚いてないけど?
俺の名前を出したエディにそう内心でつっこむ。
あ、落ち着かせるために言ったのか?

「私が何かヘレンさんを怒らせるようなことを言ってしまったようで申し訳ありません。今回のお話はなかったことにしていただいて構いません。ご親切にありがとうございました」

勝手に始めた痴話喧嘩(本気or言いがかり)だけど。
なんで怒ったのか分からないフリをしてペコっと頭を下げた。

「今日はヘレンを連れて帰った方がいい。見られてる」

エディとトマスが見た先に居たのは雄性の竜人が三人。
そう言っている間にも二人がこちらに歩いて来る。

「トマス。耳障りだ。ソイツを連れて出て行け」
「悪い。ヘレン帰るぞ」

退店するよう言いに来た厳つい竜人たちにトマスは謝って立ち上がる。

「申し訳ありません。お騒がせしました」
「どこに行くんだ?」
「ご迷惑をおかけしたので私も帰ります。お会計は」
「帰らなくていい。騒いだ奴だけ出てくれれば」

支払いだけして帰ろうとした俺の肩を掴んだ竜人はそう言ってドサリと隣に座る。

「後のことは俺が残って話しておくよ」
「頼んだ。ヘレン早くしろ」
「触らないで!」
「いつまでも立たないからだろ。つまみ出されたくないならさっさとしろ」

んー。偶然こうなったのかここまで演技か。
もし演技なら随分な演技力を持つ三人だけど……。
念のため尾行して貰うか。

探知を使いクルトの気配を確認して、出て行くヘレンとトマスの後を着いて行くよう顎で使って指示をする。
小さな動きでもしっかり伝わったらしく、ヘレンとトマスが出て行った後にクルトの気配もなくなった。

「あの、謝りに行かないと。怒らせたのは私なので」

肩から手を離して貰えずに言うと隣に座っていた竜人は笑う。

「君が行ったらますます拗れるだけなのに?嫉妬してるところに火を注いで楽しいか?いい趣味してるな」
「嫉妬?」

まあ手を離して欲しかっただけで実際には行かないけど。
この厳つい竜人がいうように嫉妬だったことを分かっててわざとやってるならと言われてしまうのも当然。
俺でもな奴だと思う。

「大丈夫。二人で話せば誤解が解けて落ち着くから。それより自分のことを考えなよ。俺でも良ければ相談にのるから」
「ですが」
「本当に大丈夫だって。一緒に呑もう?」
「……すみません。ありがとうございます」

トマスが居なくなった隣に座り直したエディ。
言葉を遮るように言って空いている俺のグラスに手を伸ばして酒を作る。

やっぱりコイツが本命か。
慣れた手つきで酒を作る様子を眺めながら気付いていないフリをした。


 
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